「どうだった?」
ハリー、ロン、ハーマイオニーがハグリッドの小屋から帰ってきた。シャーロットも行きたかったが、透明マントに四人で隠れるのは難しかったし、アンブリッジに見つかる危険性があったので、今回は寮に留守番していた。三人は暗い顔で戻ってきた。
「……ハグリッドは巨人に会いに行ってたって」
真夜中の談話室で静かに事の経緯を聞き出す。ハグリッドが巨人の協力を仰ぐためにオリンペ・マクシームと共に巨人の頭を訪ねたこと、巨人の山で死喰い人に会ったこと、巨人の協力は得られそうにないこと、ハグリッドの小屋にアンブリッジが訪ねてきたこと……。
「……ハグリッドの授業をアンブリッジはお気に召さないでしょうね」
シャーロットは絶望的な表情で呟いた。ハグリッドの“面白い”授業なんて、嫌な予感しかしない。最近、『占い学』のトレローニーが停職になったらしいし、ハグリッドも時間の問題な気がした。
「いざとなれば、私がハグリッドの授業計画を作ってあげる。トレローニーがアンブリッジに放り出されたって構わないけど、ハグリッドは追放させやしない!」
ハーマイオニーが決然として言い切ったが、シャーロットは今後の展開を思い、大きなため息をつくしかなかった。
翌日からシャーロットは自分の部屋か談話室で自主学習を始めた。グリフィンドールの生徒達が気の毒そうにシャーロットを見てくるが、シャーロットの心は軽かった。本来ならば、ハリーやウィーズリーの双子はクィディッチ終身禁止になるはずだったのだから、それに比べればずっといい。それに、アンブリッジの書き取りの罰則を受ける危険性もあったのだから、謹慎の方がずっと楽だ。後々停学という処分は将来に響く可能性はあったが、シャーロットは全く気にしていなかった。
「悪いわね、ドビー。助かるわ」
「いえいえ、とんでもございません!」
食事は厨房からドビーがわざわざ届けに来てくれた。正直とても助かった。毎食ハーマイオニーに持ってきてもらうのは悪いと感じていたからだ。ハーマイオニーはドビーの仕事を増やすことに、渋い表情をしていたが。
一人でカリカリと羽根ペンを動かす。謹慎中もしっかりと課題をこなす必要があった。アンブリッジからこれ以上罰を受けるなんて、まっぴらごめんだ。
夕方になると、夕食から帰ってきたハリー達に、授業の様子を聞き出した。やはり、アンブリッジはハグリッドの授業に最低の評価を下しそうだと教えてくれた。
「最悪だわ、あのヒキガエルババア!」
部屋では、ハーマイオニーが珍しく悪態をついた。シャーロットもハグリッドの今後を思い、暗い顔でその日はベッドにもぐった。
週の真ん中。シャーロットは談話室で勉強をしていた。暖炉の近くで、教科書を読み込む。そばではイライザが暖炉の炎をじっと見つめて、のんびり寛いでいた。水分補給のため、水の入った小さめのコップを手に持ち、口に含んだ。今頃、ハリー達は『変身術』の授業だろう。できれば今やっている課題を夕食までに終わらせたい……。そんな事を考えながら、字を目で追っているうちに、ぼんやりとしてきて、いつしか意識は暗闇に落ちていった。
「あなたはこの世界に必要ない。あなたはこの世界で生まれるべきじゃなかった」
自分の声が聞こえる。シャーロットはヒッと声をあげて、思わずしゃがみこんだ。手で耳を塞ぐ。それでも、手の間から、その声は明確に、はっきりと聞こえた。
「だって、あなたは本当は嫌いなのだから。この世界も、ホグワーツも、ダンブルドアも」
そして、だんだん声は大きくなる。
「ロンも、ハーマイオニーも、そして、ハリーも」
「……ちがう!やめて!」
悲鳴のように、シャーロットは叫んだ。クスクスと笑い声がする。
「認めなさいな。だって……」
声がする。誰の声だろう。知らない人の声だ。
ガシャン!
大きな何かが壊れる音がして、シャーロットは目を開いた。一瞬自分がどこにいるか分からず、混乱する。ようやく机に突っ伏して眠ってしまった事に気がつき、体を起こした。
「……あれ?」
なんだか、今、誰かがそばにいた気がしたのに、そこにはシャーロットとイライザしかいなかった。イライザはなぜか楽しそうにシャーロットを見ている。床を見ると、水の入ったコップが割れていた。どうやらさっきの音はコップが落ちて割れる音だったらしい。
「気のせいか……」
シャーロットは首をかしげて、杖でコップの後始末をすると、再び教科書を開いた。眠らないように集中する。久しぶりに悪夢を見てしまい、頭が痛かった。謹慎中なのだから、居眠りなんてしないように気を付けなければ。
金曜日、ようやくひとりぼっちの勉強も今日が最後だ。ハーマイオニーから借りたノートと自分のレポートに目を通す。謹慎中、不幸中の幸いというべきか、課題をこなす時間だけはたっぷりあった。どの課題もすべて完璧に、教師達が求めるレベル以上のものを完成させた自信がある。自分の書いたレポートを読みなおし、満足していると後ろから気配がした。
「お爺様、お久しぶりですね」
シャーロットは振り返りもせずに口を開いた。
「……相変わらずじゃの」
ダンブルドアがそこに立っていた。顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。最後に会ったのは夏休み前だったのだから。ダンブルドアはゆっくりとシャーロットの向かい側のソファに腰を下ろした。
「お説教にきたんですか?」
「いいや。むしろ誉めにきたんじゃよ。こうして誉めるのは教師失格じゃが、実に素晴らしい飛び蹴りじゃった。……しかし、暴力はいかんの」
「やっぱりお説教じゃないですか」
シャーロットは口を尖らせた。ダンブルドアは少し笑った。
「あまり君らしいとは言えん行動じゃったの」
「あそこでハリー達を止めなければ、ハリーはアンブリッジのクソ……失礼、アンブリッジ先生にひどい罰を受けたでしょうから。私の停学程度で済んで、よかったと思ってますよ。後悔はしていないです」
その言葉を聞いて、ダンブルドアは笑った。
「わしは今、組み分け帽子の判断に感心しておる。君は実にグリフィンドールらしいグリフィンドール生じゃ。」
今度はシャーロットが小さく笑った。二人はしばらく黙ったまま見つめ合っていた。しばらくしてから、初めに口を開いたのはシャーロットだった。
「……ダンブルドア軍団とつけられました」
ダンブルドアが目を見開いた。
「何の名前かね?」
「私達が作った組織です。闇の魔法に抵抗するために、真の防衛術を学ぶための組織です」
ダンブルドアは困ったように首をかしげた。
「……それは」
「いい名前でしょう?“ポッター”軍団ではなく、“ダンブルドア”軍団だなんて。いざとなったら、私が責任をとるつもりです」
ダンブルドアは少し厳しい表情になった。
「シャーロット、無理をせんでおくれ。確かに君は非常に優秀じゃ。認めるよ。トムと同じくらい……」
「あいつとは違う!あいつの名前を出すな!!」
シャーロットはダンブルドアが出した名前にカッとなり、思わず怒鳴った。ダンブルドアは一瞬怯んだように口を閉じる。シャーロットはダンブルドアを見て我にかえり、目を反らした。
「……お願いします。止めないでください。ハリー達も頑張っているんです。そのままで見守ってください。私は、この世界を闇に染めたくないんです。この組織はそのために絶対必要なんです」
ダンブルドアは自分が何を言っても無駄だという事を察した。今、無理やり止めさせても、恐らくシャーロットも、ハリーも、同じような組織を何度も作るだろう。ダンブルドアは諦めたように肩を落とした。
「なるほどの。では、わしは何も聞かなかった事にするかの」
シャーロットの顔が明るくなった。ダンブルドアは久しぶりにシャーロットの笑顔を目の前で見て、心が締め付けられた。ダンブルドアは守りたい。シャーロットを。もちろん、ハリーも。そのためには――――。
「では失礼する。シャーロット。体に気を付けるんじゃよ」
ダンブルドアはいろんな事を考えながら、グリフィンドールから出ていった。
シャーロットはホッと大きなため息をついて、緊張していた体を、ゆっくりとソファに埋めた。