バーン!!
紫色の『夜の騎士バス』が大きな音を響かせて動き出す。シャーロットは後ろにガクンとなった。
シャーロットとハーマイオニーは休暇が始まるとすぐに『夜の騎士バス』を呼び出し、グリモールド・プレイスへ向かった。アンブリッジはハリーとウィーズリー兄弟がいないことに怒り心頭だったが、無視した。ダンブルドアがあとは何とか治めてくれるだろう。
バスは周囲の車を次々と追い越していく。静かな田舎町やにぎやかな大通りが見えたが、シャーロットもハーマイオニーもほとんど無言だった。ウィーズリー氏が心配なのと、バスの揺れでそれどころじゃなかった。
夕方になってようやくグリモールド・プレイスに到着した。シャーロットとハーマイオニーはスーツケースを抱えながら玄関の呼び鈴を鳴らす。出迎えてくれたのはウィーズリー夫人だった。
「まあ、シャーロット、ハーマイオニー!」
「モリーおばさん、お久しぶりです。おじさまは……」
「大丈夫よ。まだ包帯はとれていないけど……」
ウィーズリー夫人はそう言いながらも不安そうに顔を曇らせた。
「ハーマイオニー、シャーロット!来てくれたの?」
階段からロンとジニーが下りてきた。
「ええ、ハリーは?」
シャーロットがそう尋ねると、ロンもジニーも気まずそうな顔をした。
「えっと、ハリーは……」
「ちょっと私達を避けてるの……」
シャーロットとハーマイオニーは話がよく分からず首をかしげた。
そんな二人に、ロンとジニーが昨夜の出来事を話してくれた。大人達は『例のあの人』がハリーに取り憑いているのではないかとこっそり話していたらしい。それを聞いてシャーロットが顔をしかめた。
ロンとジニーの話を聞いたあと、シャーロットとハーマイオニーはハリーがいる客間へと向かった。
「なんで君達がここに?」
ハリーは驚きで目を丸くしていた。
「心配だったからよ、もちろん」
シャーロットが笑ってそう言うと、ハリーは曖昧に頷いた。そのままハーマイオニーの提案で3階のハリーの部屋へと入る。ロンとジニーもベッドに腰かけて待っていた。
「気分はどう?」
「元気だ」
ハリーは素っ気なく答えた。
「まあ、ハリー、無理するもんじゃないわ。ロンとジニーから聞いたわよ。聖マンゴから帰ってからずっとみんなを避けてるって」
ハーマイオニーの言葉に、ハリーがロンとジニーを睨んだ。ジニーが叫ぶように反論する。
「だって本当だもの!それに、あなたは誰とも目を合わせないわ!」
「僕と目を合わせないのは君たちの方だ!」
空気がギスギスしてきた。シャーロットはたまらず口を挟んだ。
「ハリー、取り憑いてるなんて決まったわけじゃないでしょ?私は取り憑いてなんかいないと思うわ」
「なんで言い切れるんだ?」
ハリーの鋭い視線に少しだけ怯む。
「……ヴォルデモートはホグワーツには来れないはずよ。ハリーが気づかないうちに接触したとは考えられない。少なくともお爺様がいる限り」
「そうよ。それに、私は『例のあの人』に実際に取り憑かれたことがあるわ。それがどういう感じか私なら教えてあげられるはずよ」
ジニーの援護が入った。シャーロットがハッとしてジニーの顔へ視線を向け、ハリーも言葉の衝撃で一瞬体が固まった。
「……それじゃ、君は僕が取り憑かれていると思う?」
「そうね、あなた、自分のやったことを全部思い出せる?何をしようとしていたのか思い出せない、大きな空白期間がある?」
ハリーはしばらく考え込み、やがてキッパリと
「ない」
と言った。
「それじゃ『例のあの人』はあなたに取り憑いたことはないわ。あの人が私に取り憑いた時は、私、何時間も自分が何をしていたか思い出せなかったの。どうやって行ったのか分からないのに、気がつくとある場所にいるの」
ジニーの言葉でハリーは少し気が楽になったようだが、まだ難しい顔をしており、今度は部屋の中を往ったり来たりしはじめた。
その後もロンやハーマイオニーと少しだけ話し合ったが、結局ハリーは険しい顔を崩さなかった。話に結論はでないまま4人はそれぞれの寝室へ帰った。
シャーロットは与えられた部屋に入り、ベッドに倒れこんだ。クリスマスだというのに、ちっとも幸福な気持ちは訪れない。気分は下降する一方だ。考えることが多過ぎてクラクラする。ホグズミードの家に帰りたくてたまらなくなった。アンバーに会いたかったし、アンバーの作ってくれたケーキが食べたかった。ふと、アンバーが切ってくれた自分の赤い髪が目に入る。夏休みには肩にも届かないほど短かかったのに、今は少しだけ伸びているが、毛先はバラバラだった。毛先を揃えてみようと思い付き、ハサミを手に持って、洗面所へ向かった。
数分後、
「…………」
シャーロットは目を数秒強くつぶった。ゆっくりと目を開ける。
「……やってしまった」
鏡には髪は短くカットされてはいたが、見事にボサボサで毛先が前よりもバラバラになった姿が写っていた。
「……私に美容師の才能はないわね。」
鏡の前で腕を組み、ため息をついた。夏休みにも失敗したのに、懲りもせずまたやらかしてしまった。このおしゃれというには程遠い髪型をどう処理すればよいのか。
「またアンバーに泣かれるなぁ」
正直髪型がどうこうよりも、アンバーにむせび泣かれるのは精神的にきつい。途方に暮れていたとき、コンコンと誰かが扉をノックした。
「はーい」
シャーロットが返事をしながら扉を開けると、ジニーがいた。
「シャーロット、さっきのことだけど、……って、その髪、何!?」
ジニーがひどい髪型になったシャーロットをみて目を剥いた。
「毛先を揃えようとしたら失敗しちゃったの」
「どんな切り方をすればそうなるのよ……」
「できると思ったんだもの……。ジニー、何かいい方法知らない?」
すがるような思いでジニーに助けを求めると、ジニーが大きなため息をついた。
「……とりあえずハサミ、貸して」
「え?ジニー、髪切れるの?」
「あなたにこのままやらせるよりはたぶんマシにはなると思う」
ジニーはハサミを手に取ると、呆れたような顔をしながらもシャーロットの髪を整え始めた。
チョキン、チョキンという音が部屋に鳴り響く。
「ジニー、さっき、大丈夫だった?」
「え?あぁ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
ジニーが小さく笑ったので、シャーロットはホッとした。ジニーにとってヴォルデモートに取り憑かれたことは、二度と思い出したくないくらい恐ろしい思い出だったはずだ。ジニーには恐ろしい思い出よりも、今はハリーの心配の方が重要らしい。
「シャーロット、どうすればいいのかしら」
「うん?」
「どうすればハリーは元気になる?私、どうにかしたい。でも、方法が分からないの」
ジニーは髪を切りながらも、切羽詰まったような表情をしていた。
「……私にだって、分からない。きっと、ハリー自身が乗り越えるしかないのよ」
「シャーロットにも分からないの?」
「そりゃあ、そうよ。相手はヴォルデモートよ。今の私達には大きすぎるわ。ハリーは自分で打ち勝つ方法を見つけないとダメなんだと思う」
ジニーの顔が暗くなった。
「ハリーが心配?」
「当たり前でしょ!だって……」
「分かってはいたけど、ジニーって、一途ねぇ」
シャーロットの言葉にジニーは顔を赤くした。
「……あのさ、シャーロットは、ハリーのこと……」
「えー!ジニー、まだ私とハリーのこと疑ってるの?もしかして去年のダンスの事があったから?」
シャーロットは髪を切られているにも関わらずジニーの方へ振り向きそうになった。
「だ、だって……」
「もう、何度も言うけどハリーは友達!そんな関係にはならないから!」
シャーロットが言い切るも、ジニーは不安そうな顔をしていた。
「シャーロット、ボーイフレンド作らないじゃない?もしかしたら、そのうち友達から特別な関係に……」
「ならない!」
シャーロットは原作のハリーとジニーのカップルが好きだ。二人の恋の妨げになるなんて冗談じゃない。
「っていうか、ハリーだって私のことはそういう目で見てないわよ。ハリーは……」
たぶん今はチョウ・チャンに未練タラタラだから、とはさすがに言えず、言葉が尻すぼみになってしまったが、ジニーは少し安心したように笑った。
「じゃ、じゃあ、シャーロットは好きな人いないの?」
「好きな人?」
「うん。気になる男の子とか、」
「そうねぇ……」
ホグワーツのたくさんの男の子の姿が思い浮かぶ。残念ながら今のところ特別な感情を向ける相手はいない。
「いないわね。でも、私、できれば早く結婚したい」
「へ?」
突然話が飛躍したのでジニーはビックリした。
「結婚?」
「うん!私、ウィーズリー家みたいな家族が夢なの。好きな人ができたら、すぐに告白すると思う。それで、早く結婚したいなぁ。愛情がいっぱいある温かい家がほしい。子どもも4人くらいいて、一緒におしゃべりして、ゲームして、それでたまに喧嘩したり、そんな家族がほしいなぁ……」
シャーロットの言葉にジニーが胸が詰まった。ジニーの家での普段の暮らしはきっとシャーロットの夢その物だ。
「……はい、これでどう?」
「わあ、ありがとう、ジニー!」
シャーロットの髪はジニーに整えられて綺麗なショートとなった。思ったよりも短いが、綺麗に毛先も整っている。
「シャーロット、さっきの夢のことだけど」
「うん?」
「……シャーロットなら、叶えられるわ。きっと素敵な家族ができると思う」
「……うん!頑張らなくちゃね!」
二人の笑い声が小さな部屋に響く。夜は更けていき、やがてクリスマスが訪れた。
グリモールド・プレイスで過ごすクリスマスは、ホグワーツでのパーティーに負けないくらい素晴らしいものにしようとシリウスが頑張ったらしい。金銀の飾りや魔法の雪、大きなクリスマスツリーや本物の妖精がキラキラと輝いていた。
午前中はクリスマスプレゼントを開くのに少し時間がかかった。服を着替えて部屋を出ると、みんなで「メリークリスマス」と挨拶を交わす。
「シャーロット、髪をまた切ったの?」
ロンが声をかけてきた。
「うん。毛先を揃えたくて、ちょっと短くしたわ」
「ふーん。僕は長い方が似合うと思うけどなぁ」
「短いほうが楽なのよねぇ」
などといいつつ階段を下りる。ウィーズリー夫人は目を真っ赤にさせながら「メリークリスマス」と声をかけてきた。フレッドによると、パーシーがプレゼントのセーターを送り返して来たらしく、ずっと泣いていたらしい。
少し重い気分になりながらも、食料庫の反対にある大型ボイラーの方へ行き、ハーマイオニーがクリーチャーにプレゼントを置くのを見守った。
クリスマスランチを食べた後は、みんなでウィーズリー氏のお見舞いに行くことになった。車に乗り込み、空いている道路を走る。やがて車は聖マンゴ魔法疾患傷害病院に到着した。そこは赤レンガの大きなデパートだった。マネキンがいるショーウィンドーの中に入る。
入った先は受付ロビーらしい。クリスマスの飾りつけらしい玉飾りが目に入った。
ウィーズリー氏は昼食中だったらしい。七面鳥が残っており、難しい顔をしていたが思ったよりも元気そうだった。
「みんな、いいクリスマスだったかい?プレゼントは何をもらったかね?」
いつもの笑顔が見えて、シャーロットも安心した。その後はウィーズリー氏が傷をマグル式に縫合したことに対して、ウィーズリー夫人が怒り始めたため、ハリー、シャーロット、ロン、ハーマイオニー、ジニーの5人は一旦退室し喫茶室へ向かった。
一行が5階の踊り場に足を掛けたとき、チラリとネビルの姿が見えたので、慌てて4人を6階の喫茶室まで急がせた。
「おじさま、傷も治りそうだし良かったわね」
喫茶室でゆっくりとお茶を飲んだ。みんなの顔は明るい。ロンとジニーは縫合したことに対して、呆れ返ってはいたが。
「ねえ、ハリー。夢の事だけど、たぶんお爺様が何か対策をするはずよ」
「対策?」
「シャーロット、やっぱり何か知ってるの!?」
ハリーの顔が少し緊張してきた。
「ううん。何も聞いてないけど、でもこのままヴォルデモートの好きにはさせないと思うわ。お爺様にも何か考えがあるはずよ」
恐らくハリーは閉心術を習う事になるだろう。その時、ふとシャーロットは疑問を抱いた。そういえば、自分は何年もダンブルドアと共に過ごしてきたが、心を読まれているという事はないのだろうか。ダンブルドアが開心術ができないはずはない。なぜ今まで気にしなかったのだろう。ダンブルドアに心の全てを覗かれたかもしれない、という考えにシャーロットはこっそり顔をしかめた。確かめる必要がある。
それから少しおしゃべりをしたあと、5人は再び階段を下りてウィーズリー氏の病室に向かった。ウィーズリー夫人の怒りが鎮まっているといいが。その時、恐れていた事が起きてしまった。階段でネビルとその祖母のミセス・ロングボトムらしき人物と鉢合わせしてしまった。
「えー!ネビル!」
ロンが大声を上げる。ネビルが怯えたような顔で縮こまった。シャーロットは諦めたように天を仰いだ。
「こんなところで会えるなんて!誰かのお見舞いかい?」
「ネビル、お友達かえ?」
ハゲタカの剥製がのった三角帽子のミセス・ロングボトムは穏やかな顔で握手を求めた。
「お会いできて嬉しいですよ。ネビルがよく話してくれました。何度か窮地を救ってくれたのですね?この子はいい子ですよ。でも、この子は口惜しい事に父親の才能を受け継ぎませんでした」
ミセス・ロングボトムは病棟の方に視線を向けた。
「えー?ネビルのお父さんが入院してるの?」
ロンがまた大声を上げたので、シャーロットは容赦なくロンの足を踏んづけた。
「イタっ!なんで!?」
しかし、ミセス・ロングボトムはロンの事を気にせず鋭い声を上げた。
「何たることです。ネビル、お前はお友達に両親の事を話していなかったのですか?」
ネビルは可哀想なくらい、暗い顔をして天井を見上げた。事情を知っているらしいハリーもシャーロットと同じくらい顔が青くなっていた。
「いいですか、何も恥じる事はありません!お前は誇りにすべきです!ネビル、誇りに!」
ミセス・ロングボトムが語ってくれた内容は、ハリーとシャーロット以外の3人に衝撃を与えた。ネビルの両親が闇祓いだったこと、ヴォルデモートの配下に正気を失うまで拷問を受けたこと。
ハーマイオニーとジニーは両手で口を抑え、ロンは俯いてしまった。
「魔法使いの間では尊敬を集めておりましたし、夫婦揃って才能豊かでした」
ネビルは頑なにみんなの目を避けていた。シャーロットはネビルにどう声をかけるべきか、考えたが結局何も言えず沈黙を選んだ。
「さて、もう失礼しましょう」
ひとしきり話したあと、ミセス・ロングボトムは穏やかに挨拶をし、孫と共に立ち去ろうとした。シャーロットは思わずその背中に声をかけた。
「ミセス・ロングボトム。あなたもネビルを誇りに思うべきです」
ミセス・ロングボトムが不思議そうな顔をして振り向いた。
「私はネビル・ロングボトムほど優しくて勇敢な魔法使いを知りません。間違った行動を正そうとする、真の勇気を心に持っている。私はネビルを心から尊敬しています」
シャーロットは本心からそう言った。ネビルは必要以上に萎縮してしまい、自分に自信が持てないだけだ。魔法の技術もまだ未熟だが、そんなこと関係ない。真の強さを秘めている。
ネビルは戸惑ったようにしながらも、やっとシャーロットの目を見てくれた。シャーロットは小さく笑ってネビルに頷く。ミセス・ロングボトムは少し驚いたような顔をしたあと、困ったように笑って孫と共に立ち去っていった。
二人の姿が消えた後、ハーマイオニー、ロン、ジニーが口を開いた。
「知らなかったわ」
「僕もだ」
「私もよ」
3人がハリーとシャーロットを見た。
「僕、知ってた。ダンブルドアが話してくれた。でも、誰にも言わないって、僕、約束したんだ」
「私も知ってたわ。昔、古い記事を観たことがあるの」
「ベラトリックス・レストレンジがアズカバンに送られたのは、そのためだったんだ。ネビルの両親が正気を失うまで『磔の呪い』を使ったからだ」
「ベラトリックス・レストレンジがやったの?クリーチャーが巣穴に持っていた、あの写真の魔女?」
ハーマイオニーが恐怖を感じたように声を上げた。
「そうよ。ベラトリックス・レストレンジ。ヴォルデモートに狂信的なまでに忠誠を誓った恐ろしい女よ」
シャーロットがそう言うと長い沈黙が続いた。クリスマスとは思えないほどに暗い空気が周囲を満たした。