暗く長くも感じられた3月が終わり、4月となった。もうすぐOWL試験が始まる。5年生全員がストレスを感じ始めたようだった。特にハーマイオニーはピリピリしていた。シャーロットも勉強の疲れと悪夢が続く苦痛から不眠気味になってきている。
「早く終われ早く終われ早く終われ……」
「シャーロット、気持ちは分かるけどちょっと黙って」
教科書を開きながら思わずブツブツ呟き、ハーマイオニーに怒られた。
ハリーもロンも最近顔色が悪い。唯一楽しみを感じるのはDAの時間だけだった。明るい教室できつい練習は続いていたが、皆の進歩は素晴らしかった。
その日、DAではとうとう守護霊の呪文の練習を始めた。みんなが練習したくてたまらなかった呪文だ。教室では銀色に光る動物達が飛び回っている。一方でまだ守護霊が出せないラベンダーやネビルなどは必死に杖を動かすものの、杖の先からは微かな銀色の煙のような物が出るだけだった。
「何か幸福なことを思い浮かべなきゃいけないんだよ」
ハリーとシャーロットが指導をしていたその時だった。
突然『必要の部屋』のドアが開いた。そちらに視線を向けたシャーロットはドビーが入ってきたのを見て目を見開いた。ドビーはハリーに素早く近づきローブを引っ張る。
「やあ、ドビー。何しに――どうかしたのかい?」
ドビーは恐怖を感じているかのように目を見開き震えている。シャーロットは一瞬で悟った。他の皆が戸惑うのをよそに、シャーロットはドビーを素早く取り押さえ、真っ直ぐに目を見て口を開いた。
「ドビー、アンブリッジね?」
ドビーが頷いた。そのあと自分を罰するために床に頭を打ち付けようとする。シャーロットはそれに構わず叫んだ。
「逃げなさい!バレたわ、逃げるのよ!!」
その声を皮切りに、全員が出口に突進した。
「逃げろ!早く!」
ハリーが叫ぶ。シャーロットもドアのところで揉み合う群れに必死に叫んだ。
「寮に真っ直ぐに戻っちゃダメ!走って!」
「ハリー、シャーロットも早く!」
ハーマイオニーの声がどこからか聞こえた。シャーロットはもがいているドビーを抱えて走った。
「ドビー、命令よ!厨房に戻るの。あなたは何も知らない。アンブリッジが何を聞いても、あなたは何も知らないし答えられないの!」
「そして、自分を傷つける事は僕が禁ずる!」
ハリーが後から付け足すように命令した。出口でドビーを下ろして急いでドアを閉める。
「ありがとう、ハリー・ポッター!シャーロット・ダンブルドア!」
ドビーはすごいスピードで走り去った。
シャーロットとハリーは揃って右に走り出した。この先には男子トイレがある。ハリーは男子トイレに押し込めばいい。この際自分も男子トイレに隠れてしまおうか――。
シャーロットが考えに夢中になっていると何かに足を掴まれた。
「キャッ!」
「シャーロット!」
大きく転倒し、ハリーが慌てて立ち止まる。誰かの嫌な笑い声が聞こえて、痛みに構わずシャーロットは叫んだ。
「だめ、ハリー!逃げて……」
しかし、遅かった。マルフォイの嬉しそうな声が響いた。
「『足すくい呪い』だ、ダンブルドア!先生!捕まえました!」
アンブリッジの楽しそうな顔が見えて、シャーロットは諦めて身体の力を抜いた。マルフォイがシャーロットの腕を掴み無理矢理立たせる。それを止めようとしたハリーはアンブリッジに押さえつけられるように捕まった。
「お手柄よ、ドラコ!」
アンブリッジが叫んでいる。シャーロットは逆に冷静になった。どうやら、エッジコムは母親の圧力に耐えきれず、とうとう口を滑らせたらしい。あの取引は無駄だった。まあ、想定内ではあるが。
「あーあ、やっぱりこうなるか。さて、どうしようかな……」
「ダンブルドア、うるさいぞ!早く来い!」
マルフォイが乱暴に腕を引っ張る。こいつ、あとで白イタチにしてやろうかとぼんやり考えながらシャーロットとハリーとともに校長室へ入らされた。
校長室ではダンブルドア、マクゴナガル、魔法大臣のファッジ、キングズリー・シャックルボルト、パーシー・ウィーズリー、そしてシャーロットが知らない厳めしい顔の魔法使いがいた。シャーロットはダンブルドアと目が合い、謝るように顔を伏せた。ダンブルドアは何を考えているのかいつもと変わらず穏やかな顔をしていた。
扉が閉まり、ハリーがアンブリッジの手を振りほどいた。初めに口を開いたのはファッジだった。
「さーて、さてさてさて……」
シャーロットがそれに構わず叫んだ。
「マルフォイが私に乱暴したんです!」
「へっ?」(マルフォイ)
「え?」(ハリー)
「は?」(アンブリッジ)
「ん?」(ファッジ)
「……」(その他)
みんなが思わずキョトンとしたが、それに構わずシャーロットはマシンガンのように話し出した。
「マルフォイが私に『足すくい呪い』をかけたんです。私は廊下を走ってただけなのに、ひどいわ!笑いながら私にひどい乱暴を振るったんです!名門マルフォイ家の息子さんだから、たとえひどい言葉を言っても女性に乱暴はしないと信じてたのに!転倒した私の腕を引っ張ったんです。私、腕がいたいのに、何も話を聞いてくれないし。本当にひどいわ!今まで紳士的な人だと思ってたのに……」
「お、おい!待て!僕はそんな事……」
マルフォイが慌ててシャーロットの腕を離した。それまでの経緯はともかく嘘は言っていない。シャーロットは手で口を押さえ、大粒の涙を流した。
「こんなに暴力的な人だったなんて……。私、とっても怖かった……」
「いや、ちがう!ちがうんです、先生!」
マルフォイの顔が青白くなってきた。さっきまでの横柄な態度が嘘のようにオロオロしている。
「……とりあえずマルフォイ、話が進まないので部屋から出ていきなさい。」
アンブリッジが少し困ったようにそう言って、マルフォイはあたふたと校長室から出ていった。シャーロットは嘘の涙をぬぐいながら心の中で舌打ちをした。やっぱり白イタチにすればよかった。
気を取り直すように、ファッジが咳払いをして口を開いた。
「オッホン、それで、ポッター、ミス・ダンブルドア。どうしてここに連れてこられたか、分かっているだろうな?」
「いいえ、ファッジさん。分かりません」
ハリーはどうしようか迷っていたが、それに構わずシャーロットがはきはきと答えた。
「どうしてここにいるか分からんと?」
「はい」
「アンブリッジ先生が校長室に君達を連れてきた理由が分からんと?校則を破った覚えはないと?」
「ちょっと意味が分からないですね」
ファッジの血圧が高まるのを感じながら、シャーロットはダンブルドアを盗み見た。ダンブルドアはやっぱり静かにシャーロットを見つめていた。
「では、これは初耳かね?構内で違法な学生組織が発覚したのだが」
「はい、初耳です」
今度はハリーが答えた。ハリーとシャーロットはチラリと目を合わせる。
やがて、アンブリッジに連れられてマリエッタ・エッジコムが校長室にやって来た。エッジコムは両手で顔を覆っている。シャーロットは誰にも分からないようにエッジコムを睨んだ。馬鹿な子だ。今後の人生に二度と来ないであろう幸運を自分から取り逃がすなんて。
「怖がらなくていいのよ。あなたは正しいことをしたの」
アンブリッジに促され、エッジコムが顔を上げる。その顔を見て全員がぎょっとした。エッジコムの顔には膿んだ紫色の文字が描かれていた。“密告者”と描かれた顔を隠すようにエッジコムはローブを引っ張り泣き声をあげた。
アンブリッジがエッジコムに話をするよう促したが、エッジコムは泣きわめくばかりだった。やがてアンブリッジは促すのを諦めて自分から話し始めた。
「この子は何らかの会合が行われるはずだと白状しました――」
大人達がエッジコムを囲みながら話を続ける。シャーロットは誰にも見られないようにこっそりと手をポケットに突っ込んだ。ポケットにはシャーロットが1年生の夏休みに作り、秘密の部屋事件の時に活躍した金色の猫のブローチがある。シャーロットがツンツンと突っつくと、猫のブローチは動きだし素早くシャーロットのローブから離れ、走り去った。
幸運にもその行動は誰にも見られていなかった。シャーロットは激しく言い争う大人達とどうすればいいか分からず苦悩するハリーを見つめながら沈黙を守った。今は動くべきではない。
「ミス・エッジコム。いい子だから会合がどのくらいの期間続いていたか、話してごらん――」
「わたくしが聞いたのはね。あなたが会合に参加していたかどうかということなのよ。参加していたんでしょう?」
エッジコムが必死に首を横に振る。どうやらキングズリーが記憶を操作したらしい。シャーロットは心の中で感謝した。
やがてアンブリッジは決定的な証拠を出した。『必要の部屋』で見つけたというDAの名簿だ。シャーロットは涼しい顔をしていたがハリーは顔を歪めた。ファッジが満面の笑みを浮かべた。
「でかした!でかしたぞ、ドローレス……。生徒達がグループを何と命名したか分かるか?『ダンブルドア軍団』だ」
ダンブルドアがファッジから羊皮紙を受け取った。ダンブルドアはそこに書かれた名前を見つめ、やがてシャーロットの方へ視線を向けた。シャーロットは小さく頷き、口を開いた。
「さて、そろそろこのめんどくさい騒動を終わらせましょう、大臣。私が自供します」
ファッジが鋭い目でシャーロットを見た。ハリーが戸惑っているのが分かったが、構わない。
「自供?自供とはどういう事かな、ミス・ダンブルドア」
「素晴らしい名前だと思いませんか?『ダンブルドア軍団』ですよ。『ポッター軍団』ではなく、ね」
そう言いながらシャーロットは得意気に胸を張った。ファッジとアンブリッジがハッと顔を見合わせた。
「では、君が……?」
「ええ、その通り!私が全ての首謀者であり、黒幕です!」
「シャーロット!」
ハリーが叫ぶ。マクゴナガルの顔が青ざめているのが見えた。
「この低能大臣!ガマガエル女!あんたたちに従うなんてまっぴらごめんよ!私が独自に指揮した生徒達を使って魔法省を乗っ取るつもりだったのに!そして、私が魔法省大臣になろうと思ってたのに!」
シャーロットがわざと悔しげに叫んだ。ダンブルドアが何かを言いたげに見つめてきたが無視する。
ファッジとアンブリッジが侮辱された怒りで顔を真っ赤にした。
「だまれ、ダンブルドア!そういうことだったんだな!ウィーズリー!全部書き取ったか!?今夜は君達を退学させるつもりでやって来たが――そういうことであれば、貴様はアズカバン行きだ!」
「シャーロット、ダメだ!」
ハリーがまた叫んだ。シャーロットは鼻で笑った。
「あんなガバガバセキュリティの監獄程度、私が逃げられないとでも思ってるの?ロックハートなみの能無し大臣ね」
シャーロットの挑発にファッジは顔を歪める。シャーロットは素早く杖を取りだし、ファッジとアンブリッジに向けた。
「おまえはたった一人でドーリッシュ、シャックルボルト、ドローレス、それに私を相手にする心算かね?え、ダンブルドア?」
「……ドーリッシュって誰?」
「今はそんな事どうでもよろしい!この子は一人じゃありません!」
シャーロットの言葉に律儀にツッコミながらマクゴナガルがローブに手を入れようとした。それをダンブルドアが止める。
「ダメじゃ、ミネルバ。ホグワーツにはお主が必要じゃ」
シャーロットが訝しげにダンブルドアを見た。一瞬シャーロットとダンブルドアの視線が交差する。
「何をゴタゴタと!ドーリッシュ、シャックルボルト!かかれ!」
ファッジが杖を抜いた瞬間、シャーロットの視界が銀色に染まった。誰かがシャーロットを抱き締めて身体を床に倒す。フォークスの叫ぶような鳴き声とガラスと割れる音が聞こえた。
やがて静寂が訪れる。シャーロットが目を開くとそばにはダンブルドアがいた。
「大丈夫かね?」
「ええ、お爺様。すみません。ありがとうございます。」
どうやら、ダンブルドアが呪いをかけたらしい。部屋はめちゃくちゃに破壊されており、床にはファッジ、アンブリッジ、キングズリー、ドーリッシュらしき人物が倒れていた。マクゴナガルがハリーとエッジコムを必死に引っ張りあげている。エッジコムは気絶しているらしい。
「気の毒じゃがキングズリーにも呪いをかけざるをえなかった。そうせんと怪しまれるじゃろうからのう」
「……お爺様。こんな事しなくてもよかったのに」
ダンブルドアがシャーロットを見つめてきた。シャーロットはダンブルドアを見返した。
「私、逃げます。元からDAの事がバレたらそうしようと思っていたし。この呪いは私がやったことにしといてください」
「……シャーロット」
ダンブルドアが何かを言おうとしたとき、シャーロットが待っていた者が現れた。
「イライザ!こっちよ!」
不死鳥のイライザがシャーロットのトランクを持って現れた。猫のブローチは無事に助けを呼んでくれたらしい。イライザはどこか心配そうな瞳でシャーロットを見つめてきた。
「シャーロット、ごめん、本当にごめん、こんな事になるなんて……」
ハリーは泣きそうな顔をしている。シャーロットは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ、ハリー。こんな事もあろうかといろいろ考えていたから……」
シャーロットはダンブルドア、マクゴナガル、ハリーの顔を見て口を開いた。
「じゃあ、私はこれから逃げます。多分また戻ってくるかもしれないのでその時はどうぞよろしく」
わざと明るい声で言う。
「ミス・ダンブルドア……どこに行くのですか……?」
マクゴナガルが囁くように尋ねてくる。シャーロットは困ったように首をかしげた。
「うーん、とりあえず誰にも分からない場所にいきます。そこから適当に住む場所を探して……」
「いいや、それには及ばん。シャーロット」
ダンブルドアがシャーロットの背中を優しく叩いた。シャーロットは不思議そうな顔でダンブルドアの方へ視線を向ける。
「お爺様……?」
「ミネルバ。ホグワーツをよろしく頼むの。ファッジはわしとこの子をホグワーツから追い出した事をすぐに後悔することになるじゃろう。間違いなくそうなる」
シャーロットは目を見開き口を開いた。ハリーとマクゴナガルもポカンとしている。
「お爺様、それは、ダメです。私が全て企てたことになったんですから、お爺様は……」
「いいや、シャーロット。お主を見放すことはできんよ。大丈夫じゃ。」
ダンブルドアが静かに微笑んだ。シャーロットは必死に首を横に振り口を開こうとしたが、ダンブルドアは今度はハリーに向き直った。
「よくお聞き、ハリー。『閉心術』を一心不乱に学ぶのじゃ。よいか?――」
「お爺様!お爺様はここにいるべき――」
その時、ドーリッシュが微かに動いた。シャーロットはハッとしてトランクを抱える。それと同時にダンブルドアがシャーロットの腕を掴んだ。
「シャーロット、よいな?わしについてくるのじゃ。決して離れてはならんぞ。」
ダンブルドアがそう言っている間にフォークスとイライザが輪を描いて飛び、ダンブルドアとシャーロットの上に低く舞い降りてきた。ダンブルドアがシャーロットから手を離しフォークスの長い金色の尾を掴む。シャーロットも慌ててハリーのそばに駆け寄りそっと呟いた。
「ハリー。あなたに贈り物よ。忘れないで、
「え?」
ハリーが不思議そうに見返してきたが、シャーロットはそれには答えずにイライザの足を掴んだ。その途端、目の前に大きな炎が上がった。
気がつくとシャーロットは静かな夜空をイライザに捕まって飛んでいた。少し離れて前方にはフォークスらしき影が見える。イライザがその後を追うように翼を動かしていた。
シャーロットは後ろを振り向いた。壮大な城の光がチラチラと視界に映る。シャーロットの大切な我が家同然のホグワーツがどんどん離れていく。
「……さようなら」
シャーロットは小さく呟いた。
ダンブルドアとシャーロットが姿を消した校長室ではファッジとアンブリッジが怒り狂って喚いていた。ハリーはまだ現実を受け止めきれず呆然としていた。
「さて、ミネルバ。お気の毒だがあなたの生徒と友人はこれまでだな」
ファッジの言葉にハリーは身震いした。シャーロットはこれからどうなるんだ?ダンブルドアは――?
「その二人をベッドに連れていきなさい」
ハリーはマクゴナガルに促されてエッジコムとともに校長室から出ていった。よろよろと歩きだしたその時、ハリーは自分の着ているローブに微かな違和感を感じた。マクゴナガルに断り途中でトイレに行く。ハリーはこっそりとトイレの個室でローブを探る。そしてポケットから、かつて見たことのある物を見つけ、ポカンと口を開いた。シャーロットの言葉がグルグルと脳内を回転する。
『
ローブのポケットに入っていたのはフェリックス・フェリシスの小瓶だった。
翌日、ホグワーツの掲示板にドローレス・アンブリッジが校長に就任、同時にシャーロット・ダンブルドアがホグワーツを退学になった事と指名手配された事が発表された。