夜空は少し曇っていたが、星が綺麗だった。イライザとシャーロットは闇の中を飛び続けた。ホグズミードを飛び越えると山々や峡谷が見える。時折、人が住んでいるらしき村や町の光が見えたが冷たい空気が顔に当たり、夜風の冷たさに思わず目を閉じた。イライザはしっかりとフォークスの姿を追っているらしく、迷いのないまま飛び続けた。飛行の旅は思ったよりも短かった。イライザは低めに飛びながらゆっくりと地上に近づいていく。シャーロットはそれを感じて足で地面を探り、ようやく足を着けた。
「……ここは?」
シャーロットはキョロキョロと辺りを見渡した。暗くてよく見えないが辺りに人はおろか建物もない。ザワザワと風が木々を鳴らした。遠くに町があるらしく光が見える。
「シャーロット、体調はどうじゃ?怪我はないかの?」
いつの間にかそばにダンブルドアが立っていた。
「はい、大丈夫です。あの、お爺様、ここは?」
「目的地はまだ先じゃよ。シャーロット、わしにつかまりなさい。また移動するからの」
「は、はい」
シャーロットは促されてダンブルドアの腕を掴んだ。フォークスとイライザもそれぞれの主人の肩に乗る。ポンと音がして、次の瞬間、シャーロットはどこかの路地裏に立っていた。どうやら、どこかの町の中らしい。真夜中のためか、人の姿は見当たらなかった。
「お爺様、ここはどこですか?」
「わしが用意した隠れ家がすぐそこにある。シャーロット、ついてきなさい」
シャーロットは何も言わずにダンブルドアに従った。少し歩いて、シャーロットは不思議な違和感に包まれた。あれ?なんかこの景色って……。
「お、お爺様……」
シャーロットが口を開いた時、ダンブルドアが足を止めた。
「シャーロット。さあ、ここじゃ」
シャーロットは目の前の建物をポカンと見上げた。それはシャーロットがかつて暮らしていた場所。生まれたときから5年間、母と一緒に暮らしていたアパートだった。
「いつから、このアパートを?」
「もうずいぶん前じゃよ。君の生家と知ってのう。マグルの“アルビー・ダグラス”という名前でアパートを借りたんじゃ。それからわしの個人的な研究室としても利用しておる。君が卒業してから譲り渡そうと思っていたんじゃが……」
シャーロットはダンブルドアの後についてアパートの中に入りながら複雑そうな顔をした。このアパートは母との幸せな思い出がたくさん残っている。帰ってこれた事は嬉しいが、まさかこんな事情で再び帰ってくるなんて思いもしなかった。
「さあ、シャーロット。お入り」
そこは正しくシャーロットが暮らしていた部屋だった。茶色のドアを開けたダンブルドアに促されシャーロットは足を踏み入れた。
「……わあ」
さすがに部屋の中は昔と同じというわけではなかった。シャーロットが暮らしていたときよりもずっとずっと広い。おそらくダンブルドアは拡張魔法をかけているに違いない。ソファーやテーブルなどの家具が設置され、生活必需品は揃っているようだった。グリフィンドールの談話室に似ている。奥の部屋はキッチンらしい。過ごしやすそうな空間だった。
「えっ!これって……」
部屋のすみっこにある物を見て、シャーロットは思わず声をあげた。それは大きな鏡だった。シャーロットは見るのは初めてだったがこれはおそらく、『みぞの鏡』だ。
「シャーロット、こちらへ」
ダンブルドアは素早くみぞの鏡に大きな布を被せて見えないようにした。シャーロットも特に突っ込まず、ダンブルドアに促されて部屋の中にあるピンクの扉を開けた。
「……えーと、これってもしかして」
「君の寝室じゃよ。気に入ったかね?」
シャーロットはマジマジと部屋を見渡した。なんというか、少女趣味な部屋だった。白とピンクを基調とした可愛らしい家具が並んでいる。ベッドにはレースの天蓋カーテンまで付いていた。
「あー、えーと、ありがとうございます。……とても嬉しいです」
シャーロットは顔を必死にひきつらせないようにしながらお礼を言った。ダンブルドアはなんでこんな部屋にしたんだろう。可愛らしい部屋だが、ちょっと落ち着けない気がした。
「シャーロット、今夜はここでおやすみ。わしは一度外に出るからの」
「え?どこにいくんですか?」
「心配せずともよい。さすがに急な展開じゃったから少し必要なものを持ってくるだけじゃよ。明日の朝には戻ってくるからの」
「……はい」
「ああ、それと、杖をだしなさい」
「え?」
シャーロットはキョトンとした。
「杖?」
「君が魔法を使うことは禁じる」
「ええ!?」
「君は未成年じゃ。魔法を使ったら居場所がバレる危険があるからの。さあ、出しなさい」
ダンブルドアは厳しい顔をしており、拒否することは許されないようだった。シャーロットは渋々ダンブルドアに杖を渡した。
「よいか。外には出るでないぞ。今日はこのまま休むんじゃ」
「……はい」
「ああ、それから」
と、ダンブルドアはシャーロットの部屋の右隣、黒い扉の方へ視線を向けた。
「この部屋の物は何でも使ってよいが、あの部屋だけは別じゃ。決して入ってはならぬ」
「何ですか、この部屋?」
「……わしの研究している物が入っておる。危険な物があるのでな、立ち入り禁止じゃ。念のため合言葉がないと入れないようにしているからの」
ダンブルドアは珍しく誤魔化すようにそう言った。
「分かりました、入りません。別に興味もありませんよ」
シャーロットは肩をすくめた。
その後、ダンブルドアはすぐに『姿くらまし』をした。フォークスはソファの上にすでに目を閉じている。シャーロットは与えられた部屋に入るとローブを脱いだ。トランクから適当にシャツとズボンを取り出して着替えるとそのままベッドに横になる。イライザがそばに寄ってくるのを感じながら瞳を閉じると、すぐに眠りの世界へと入っていった。
その頃、ホグワーツのグリフィンドール寮では、ハリーが校長室に連れていかれてからの出来事を生徒達に話していた。
「……というわけなんだ」
「嘘だろう!ダンブルドアが……シャーロット……」
ロンが声をあげた。生徒達は全員が顔色を悪くし不安そうな表情でザワザワと話し始める。もう真夜中だというのに誰一人眠ろうとしない。
一番ショックを受けているのはハーマイオニーだった。今にも気絶しそうな顔をしている。
「ハリー、……どうすれば……シャーロットは……、」
動揺で上手く言葉が出ないらしい。ヨロヨロと倒れこむようにしてソファへ座り呆然としていた。ハリーは何と言葉をかけていいか分からずうつむいて唇を噛んだ。グリフィンドールではほとんどの生徒達にとって眠れない夜となった。
一夜にしてアンブリッジが校長になったことと、シャーロットとダンブルドアの逃亡のニュースは学校中を駆け巡った。
新聞にはホグワーツの生徒が魔法省を乗っ取ろうと画策したこと、それが発覚してダンブルドアとともに逃亡したことが記事に載った。さすがに未成年のためシャーロットの名前は伏せられているが、シャーロットを知るものなら誰だかすぐに分かる。ハリーのもとには事情を知るためにルーピンやシリウスから手紙が届いた。ロンにもウィーズリー夫妻から手紙が届いたらしい。
ハリーは手紙を読みながらポケットに入っている小瓶を触った。フェリックス・フェリシスの事はロンにもハーマイオニーにも話していない。何故だかその方がいい気がした。シャーロットの最後の言葉がまだ耳に残っている。
『
あれはどういう意味なのだろう。ハリーはじっと考えながら朝食の席を立ち、重い足取りで授業へ向かった。
一方、目が覚めたシャーロットは人生で最大のピンチに陥っていた。ダンブルドアは部屋の物は何でも使っていいと言った。ホグワーツを出てから何も口にしていない。空腹を感じたシャーロットはキッチンに入った。冷蔵庫には、ある程度の食材が揃っている。何を食べようと考えていて、ふと気づいた。ここにはシャーロットしかいない。すなわち、シャーロットが自分で料理するしかないのだ。
今まで料理なんかしたことはない。杖がないから魔法は使えない。シャーロットは少し考えてからため息をついて、決心したよう冷蔵庫から食材を出した。
数分後、
「……」
テーブルの上にある物を黙って見つめた。卵とベーコンを焼いたが消し炭になっている。野菜を適当にちぎってサラダっぽくしたが、ドレッシングは残念ながらなかった。皿の上には哀れな野菜クズが散らばっていた。
「……イライザ。朝ごはんよ。どうぞ召し上がれ」
シャーロットが皿をイライザに差し出すと、イライザは「ご冗談でしょう?」とでも言いそうな顔でシャーロットを見上げた。フォークスに目を向けると、フォークスは慌てたような様子で目をそらし、歌い始めた。
「……むう」
シャーロットは頬を膨らませて、フォークを握った。卵とベーコンを口に入れる。苦味が口いっぱいに広がった。これは卵でもベーコンでもない。炭だ。これはただの炭だ。卵の殻らしき物を噛んでシャーロットは情けなさに思わず呻いた。
「……アンバー、助けて」
ホグワーツを出てから初めて泣きそうになった。
結局その後は料理せずに食べられるパンや果物を適当に食べて空腹を満たした。
昼に近い時間にダンブルドアは戻ってきた。
「お帰りなさい、お爺様」
「ああ、シャーロット。眠れたかね?」
「はい」
ダンブルドアはテーブルの上の消し炭を見て首をかしげた。
「シャーロット、これはなんじゃ?何かの魔法薬の材料かね?」
「……いえ、何でもないです。お気になさらず。それよりもどこに行ってたんですか?」
「ホグズミードじゃよ。アンバーに安全な場所へ移ってもらったんじゃ」
「ああ、よかった」
シャーロットはホッと息をついた。ダンブルドアは杖を振るうとお茶を2つ用意し、椅子に座るよう促した。ダンブルドアとシャーロットはテーブルを挟んで向かい合った。最初に口を開いたのはシャーロットだった。
「お爺様、申し訳ありませんでした。お爺様をホグワーツから離すつもりはありませんでした。今からでも間に合います。私に騙された事にしてホグワーツに戻ってください」
「――いいや。今は戻るつもりはない」
「なぜです?ホグワーツには、ハリーのそばにはお爺様がいないと……」
「わしにとって一番心配なのは君じゃよ」
ダンブルドアは静かにシャーロットの瞳を見た。シャーロットはなんとなくダンブルドアの考えを悟った。ダンブルドアはシャーロットから目を離すつもりはない。シャーロットとともに逃げたのは守るためではなく、見張るためだ。
「……」
「しばらくはここで暮らすがよい。必要なものはわしが揃えよう」
「……では杖を返してください」
「ダメじゃ」
即答だった。シャーロットはダンブルドアを軽くにらんだ。
「お爺様の鬼!悪魔!たぬきじじい!」
「今日は口が悪いのう」
ホグワーツはすでに退学になっている。ダンブルドアを罵ったところで、怖くなかった。
「そうじゃなあ。ではこれを終わらせたら返してあげよう」
「ん?」
ダンブルドアはどこからか大量の羊皮紙を持ってきた。
「わしが独自に作った課題じゃ。わしが満足する出来に仕上げたら杖を返そう」
シャーロットは唇をひきつらせた。
「は?今さら勉強?」
「おや、出来んのかね?君なら楽勝じゃろう?」
ダンブルドアはにっこりと言い放った。シャーロットはしばらく呻きながらダンブルドアを睨み付けていたが、やがて諦めたように課題の羊皮紙に手を伸ばした。