生徒達がホグズミードから帰って来た。ロンとハーマイオニーは楽しい時間を過ごしてきたようだ。色とりどりのお菓子をお土産にたくさんの話をしてくれた。ハリーは二人の話を聞きながらも、心配そうな顔でチラチラとシャーロットの顔を窺ってきた。シャーロットはまだぼんやりしていたが、ハリーの視線に気づくと小さく微笑み、心配しないでという風に首をふった。三人はスネイプの薬を飲んだルーピンの話をしながら大広間へ向かい、シャーロットもそれを追いかけようとしたが、寮の入り口の前でピタリと止まった。
「レディ、今夜出かける予定はない?」
「はあ?なに言ってるの?」
太った貴婦人は怪訝そうにシャーロットを見返した。
「私はのんびり一人でハロウィーンを楽しむわよ。早く大広間に行ってきなさい。あんまり遅くなっちゃダメよ」
「うーん、あー、ちょっと待ってね」
シャーロットは杖を取りだし、小さくブツブツと呪文を唱えた。
「あなた、何やったの?」
「…何でもないわ。行ってくるね」
シャーロットは杖をしまい、急いで大広間へ向かった。あまりハロウィーンを楽しめるような気分ではなかったが、ハリーが心配してるし少しは気が紛れるのではないかと思ったのだ。
大広間は賑やかだった。何百ものカボチャにコウモリが飛んでいる。シャーロットも少しだけ食事を口にし、ゴーストの余興を静かに眺めていた。
パーティーの終了後、グリフィンドールへ続く道は生徒がすし詰め状態になっていた。
「なんでみんな入らないんだろう?」
ロンが怪訝そうに言う。その時パーシーが偉そうにやって来た。
「通してくれ、さあ」
パーシーは不思議そうに肖像画の前に立ちすくむ。肖像画から太った貴婦人が消えていた。
「レディ?いないのか?」
次の瞬間、ダンブルドアがそこに立っていた。ダンブルドアが肖像画を怪訝そうに見回す。他の先生も足早に近づいてきた。
「どこに行ったのかしら?」
ハーマイオニーが首をかしげた。その時、ピーブズがニヤニヤ笑いながら姿を現した。
「見つかったらお慰み!」
ダンブルドアがピーブズを問いただすと、甲高い声で話を続けた。
「校長閣下、やつはナイフでなんとか寮に侵入しようとしましたが、なぜか肖像画はナイフを跳ね返したのですよ。あいつは怒り狂って何度もあの女を襲おうとしました。あの女は怯えて逃げ出したのです。」
ピーブズはくるりと宙返りし、ニヤニヤ笑った。
「あいつは癇癪持ちだねえ。あのシリウス・ブラックは」
シャーロットがパーティーに行く前にかけた防御呪文は概ね役に立ち、切り裂かれる事はなかったらしいが、太った貴婦人は原作通り逃走したらしい。その夜はみんなで大広間で眠った。グリフィンドールの生徒だけでなく、他の寮の生徒もヒソヒソとブラックの話をしている。シャーロットもハーマイオニーの隣で横になり、大広間の夜空を見つめていた。シリウス・ブラックの無実を晴らすために動かなければならないとは分かっていたが、シャーロットはどうしても気力が湧かなかった。
それからしばらくの間、学校中シリウス・ブラックの話でもちきりだった。グリフィンドールの入り口には「太った貴婦人」の代わりに「カドガン卿」の肖像画がかけられ、みんな合言葉を覚えるのに必死になっていたし、ハリーは監視する目が増えてウンザリしていた。ただでさえクィディッチの試合前で練習で忙しいうえに、天気も荒れ模様なのだ。また、ハーマイオニーも逆転時計を使った授業で勉強が増えたためバタバタしていたし、シャーロットは表面上は穏やかな毎日を過ごしているように装おっていたが、ふとした拍子にじっと考え事に没頭する時間が多くなった。
「エクスペクト・パトローナム、エクスペクト・パトローナム」
授業がすべて終わったあと、シャーロットは必要の部屋で、守護霊の呪文を必死に練習していた。母との思い出は、逆に悪い方向へ考えてしまうため、別の思い出に集中する。初めてホグワーツを見た日、ハリー、ロン、ハーマイオニーと出会った日、四人で遊んだ思い出。いろんな過去を思い出すが、どんなに集中しても、杖の先から出てくるのは、か細い銀色の霞みだけだった。何度も練習し、一度深呼吸をする。再びシャーロットは目を閉じて、杖を構えたとき、何者かの気配を感じて腕を下ろした。
「…何か用ですか、お爺様」
「よく分かったの、シャーロット」
シャーロットが振り返ると、部屋の隅にいつの間にかダンブルドアが立っていた。ダンブルドアは穏やかな顔でシャーロットを見つめている。
「シャーロット。それぐらいにしておきなさい。ただでさえ、お主は疲れておる。守護霊の呪文はゆっくり練習すればよい」
「…放っといてください。これは私の問題です」
シャーロットは視線を反らし、ぶっきらぼうに言いはなった。ダンブルドアは珍しく厳しい目をして話を続けた。
「シャーロット。ルーピン先生から話は聞いた。お主は母君を誤解しておる。お主のその思い込みをボガートは再現しただけじゃ。ボガートが話したのはお主の想像であり幻じゃよ」
「分からないでしょう。母は生前、私を生んだことを後悔したことがあるのかもしれません。心の奥底では私の事を憎んでいたかもしれません。」
「違う。絶対に違うんじゃ、シャーロット。お主の母君は…」
「もうやめてください。不愉快です。お爺様は母の事を知らない。会ったこともないのに何が分かるんですか」
「そうじゃ。シャーロット。お主しか母君の本当の姿は分からんのじゃよ。母としてのグレース・エバンズを知ってるのはシャーロット、お主だけじゃ。お主は母君の愛を疑うのか?母君を信じられないのかの?」
シャーロットはダンブルドアと目を合わせられなかった。シャーロットにも分かっている。シャーロットが母を疑うのは、母に対する侮辱だということが。
「…怖いんです。怖くてたまらない。母が私に隠れて私を憎んでいるかもしれない可能性があるということが。お爺様なら分かるはずです。だって、そうでしょう?私を家族にしてから何年も経ったのに私に対して隠し事をしているじゃないですか。」
シャーロットがそう言うと、ダンブルドアは口を一文字に結び、言葉に詰まったようだった。
「気づいていますか?お爺様、あなたは私を見るとき、時々爆発する前の爆弾を見るような目で見ていますよ。私が分からないと思っていましたか?」
「…シャーロット、」
「…申し訳ありません。言葉が過ぎました。以後、気を付けます。でも、しばらくは構わないでください」
シャーロットは最後までダンブルドアと目を合わさずに、荷物をまとめると必要の部屋から出ていった。
クィディッチの試合前日。シャーロットがロンとハーマイオニーとともに「闇の魔術に対する防衛術」の教室へ行くと、そこにはルーピンではなくスネイプがいた。驚きを隠せないグリフィンドール生に対して、スネイプは顔をしかめながら、
「ルーピン先生は気分が悪く、教えられないとのことだ」
と言って、椅子に座るよう指示した。ウッドに捕まり、授業に遅れたハリーもルーピンがいないことに戸惑いを隠せないようだった。
スネイプは教科書の後ろまでページをめくると、今日の課題は人狼だと言った。ハーマイオニーがこれからやる予定なのはヒンキーパンクだと伝えたが、スネイプは全く聞き入れず、グリフィンドール生に教科書を開くように指示した。
「人狼と真の狼とをどうやって見分けるか、分かるものはいるか?」
スネイプの質問にハーマイオニーだけが手を挙げる。スネイプが唇をめくり上げながら、ルーピンを非難するような発言をしたため、グリフィンドール生のほとんどは苦々しげな視線を送った。シャーロットだけがぼんやりとスネイプを見つめていた。ハーマイオニーが堪えきれず、手を挙げたまま質問に答え始めた。
「先生、狼人間はいくつか細かいところではほんとうの狼とは違っています。狼人間の鼻面は――」
「勝手にしゃしゃり出てきたのはこれで二度目だ、ミス・グレンジャー。鼻持ちならない知ったかぶりで、グリフィンドールからさらに五点減点する。」
ハーマイオニーは真っ赤になって手を下ろし、涙を浮かべうつむいた。今やクラス中がスネイプを睨んでいた。ロンが大声でこう言った。
「先生はクラスに質問を出したじゃないですか。ハーマイオニーが答えを知っていたんだ!答えてほしくないんなら、なんで質問をしたんですか?」
言い過ぎだ、と恐らくクラス全員が思っただろう。スネイプが静な怒りを伴いロンに近づく前にシャーロットが立ち上がった。
「先生、やりたいことは分かりましたが、少し大人げないかと」
スネイプが鋭い目でシャーロットを見た。
「ミス・ダンブルドア。勝手な思い込みは――」
「こんな事をしても、気づくのはハーマイオニーくらいでしょう?」
シャーロットがそう言うと、スネイプがギョッとしたように目を剥いた。今度はクラス全員が不思議そうな視線をシャーロットに送った。
「ダンブルドア!こっちへ来い!」
スネイプが大声でそう言って、慌てたように教室の外へ出た。シャーロットも渋々それを追いかけた。
スネイプはシャーロットにズイっと近づき、小声で問いただした。
「さっきの発言はどういう意味だ!」
「だから、こんなせこい事をしたって、ルーピン先生が人狼だって気づくのは秀才のハーマイオニーくらいですよ」
「気づいていたのか!?」
「もちろん。そんなにルーピン先生を追い出したいんですか?見苦しすぎますよ」
シャーロットがそっけなく言いきった。教師に対してあまりにも失礼だとは分かっていたが、スネイプのハーマイオニーへの対応に腹が立っていたのはシャーロットも同じだったのだ。別に減点されても構わない。しかし、そんなシャーロットの態度にスネイプは怒りもせず、怪訝そうに眉を寄せた。
「…ミス・ダンブルドア。何かあったか?」
「はあ?」
スネイプは、今や心配そうとも言える表情でシャーロットを見ている。
「…別に何もないですよ。早く授業を再開してください。」
シャーロットはスネイプの様子に構わず、教室へ戻った。生徒達が不思議そうな顔でシャーロットを見てきたが、シャーロットは何も言わなかった。
その後、スネイプは人狼の授業を淡々と続けた。スネイプはロンの発言への減点すら忘れ、シャーロットの方をチラチラ窺ってきた。シャーロットは他の生徒と同じように静かに無表情で授業を受けた。最後にレポートの課題が出され、ようやく息の詰まる授業が終了した。