あの子はこの世界が嫌い   作:春川レイ

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マクゴナガルの記憶

シャーロットはマクゴナガルの言葉に顔が凍りついた。

「何ですか、先生……。いったい何の話です?何故先生が…」

「極めて珍しい例でした。本当に……」

マクゴナガルは意味不明の事を呟き、立ち上がった。

「ついてきなさい。ミス・ダンブルドア。あなたが知らなければならない事を教えましょう」

シャーロットは戸惑ったが、マクゴナガルに導かれるように教室を後にした。

 

 

 

 

シャーロットはマクゴナガルに連れられ、ある部屋へ通された。恐らくはマクゴナガルの部屋なのだろう。机の上には書類が並び、たくさんの本がある。きちんと整理され落ち着いた雰囲気の部屋だった。

「さあ、こちらへ……」

マクゴナガルが導いた先には銀色の物質が波打つ石の水盆があった。憂いの篩だ。

「先生、これ…」

「ここには私の記憶が入っています。さあ、はやくこちらへ。記憶を見るのです。あなたは知らなければならない。」

マクゴナガルはまるで挑むようにそう言った。シャーロットは少し迷ってから、ゆっくりと憂いの篩に近づいていった。

 

 

 

パチっとシャーロットが目を開けると、そこは明るい街角だった。恐らくはどこかの田舎街。人通りは少ないが、マグルらしき人々がチラホラと買い物をしている姿が見える。

「ここ、どこかしら…」

シャーロットがキョロキョロ辺りを見渡していると、見覚えのある人影が視界に入った。暗い緑色のローブ姿のマクゴナガルだ。今よりも少しだけ若い。シャーロットには見慣れた服装だが、この街角ではあまりにも不似合いだ。けれども、周りのマグル達はマクゴナガルには気づかない様子だった。シャーロットは急いでマクゴナガルを追いかけていった。

マクゴナガルは何の感情も見せずにただ歩き続ける。シャーロットもこの後何が起こるか予想できず、とにかくマクゴナガルを見失わないように付いていった。いったい何の記憶なのだろう?

ピタリとマクゴナガルが止まったのは小さな店の前だった。恐らくは仕立屋らしい。ショウウィンドウには上品なスーツやワンピースが飾られていた。看板に書かれた文字を見てシャーロットはハッとする。そこには、『テイラー』と大きな文字が記されていた。

マクゴナガルはほとんど躊躇いなくその店に入っていった。シャーロットもそれに続く。店の中はこぢんまりしており、やはり上品な服が並んでいた。店の中にいた店員らしき人物が、入ってきたマクゴナガルを見て一瞬だけ不審げな表情を浮かべた。その店員をシャーロットはじっと見つめる。とても素敵なスーツを来た茶髪の真面目そうな男性だった。シャーロットの目を捉えたのはその男性の瞳だった。まるで空のように青い。どこかで見た瞳だ。

「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」

店員はマクゴナガルの姿を奇妙に思ったに違いないが、にこやかに声をかけてきた。マクゴナガルが男性に向かって口を開く。

「突然申し訳ありませんが、グレース・テイラーさんとそのご両親はご在宅でしょうか」

店員は驚いたように目を見開いた。

「グレースは私の娘ですが…」

マクゴナガルはその言葉を聞き、すぐこう切り出した。

「はじめまして。私はミネルバ・マクゴナガルといいます。ホグワーツ魔法魔術学校で教師をしている者です。お嬢さんのホグワーツ入学案内のために伺いました」

シャーロットは思わず

「はあっ!?」

と声をあげ、その後パッと手で口を塞いだ。しかし、自分の声はここにいる人物には聞こえていない事を思いだし、手を下ろした。混乱してなにがなんだか分からない。

「ちょっと待って、意味が分からない…。ママが、魔女?」

シャーロットが混乱のあまり、ブツブツ呟いていると突然周囲の光景が歪んだ。

次の瞬間、シャーロットが立っていたのはどこかの家のリビングだった。たくさんの家族写真らしき物が飾られ、可愛らしい家具やインテリアが並んでいる。マクゴナガルはその部屋のソファにどことなく落ち着かない様子で座っている。突然、シャーロットのすぐ後ろにあった扉がガチャリと開いた。シャーロットは咄嗟に後ろを振り向き、目を見開いた。扉から金髪碧眼の少女が入ってきた。

「お待たせしました。私がグレース・テイラーです」

シャーロットは思わず少女の正面に回り、まじまじと見つめた。間違いない。少女時代の母だ。10歳くらいだろうか。シャーロットが知っている母はいつもふんわりとした儚い雰囲気の女性だったが、目の前の少女はどことなく凛とした顔をしており、緊張からか体が固くなっていた。グレースの後ろから年配の男女が姿を現した。男性の方は先ほどの仕立屋の店員、女性は淡い金髪が印象的な少し小太りの女性だった。シャーロットにはすぐに誰だか分かった。恐らく、母の両親、シャーロットの祖父母だ。祖父母にも会うのが初めてだったのでじっと見つめてしまった。祖父母はグレースを心配そうに見守っている。

グレースと顔を合わせ、マクゴナガルは先ほどと同様の挨拶をした。

「初めまして、ミス・テイラー。そしてそのご両親。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で教師をしています。今日は入学にあたっての案内のために参りました」

グレースは戸惑いを隠せない様子で少し上ずったようにマクゴナガルに話しかけた。

「あの、手紙が来たときは冗談じゃないかって思って、放置していたんです。本当なんですか?魔法なんて…」

「何かのイベントとか、私達をからかっているんじゃ?」

グレースの母が不信感を隠さずマクゴナガルに問いかける。

「いいえ。ホグワーツは実在します。貴女方、マグルには想像もつかないでしょうが…」

「マグル?」

「ああ、我々の間では魔法使いではない人々の事をマグルと呼んでいます」

マクゴナガルは少しだけグレースに微笑んだ。

「入学許可証をもらった生徒はそこで学ぶ権利を与えられるのです。ミス・テイラー。あなたも魔力があることが認められ、手紙を送らせていただきました。」

グレースの父はまだ理解ができないようで途方にくれたようにマクゴナガルに向かって口を開いた。

「この子はじゃあ、その学校に行くんですか?」

「ええ。全寮制の学校ですが、世界で一番安全な学校です。保証しますよ」

「あなたの話が本当なら、魔法を見せてください」

グレースが好奇心を押さえきれないように口を開いた。マクゴナガルは少しだけ迷ったあと、杖を取りだし、周囲の小物を宙に浮かせたり、杖の先に光を灯したりなど簡単な魔法をかけた。初めて見た魔法にグレースの顔は輝き、両親はポカンとしていた。

「ミス・テイラー。今日は学校生活で必要なものを購入し、汽車の乗り方を教えましょう。早く出かける準備をしてきてください。ダイアゴン横丁へ向かわねばなりません」

マクゴナガルの言葉にグレースはスッと顔を伏せ、思い悩んでいるような表情をした。

「あの、マクゴナガルさん…いえ、先生?」

「先生と呼んでください」

「では、マクゴナガル先生。その学校へは、私は入学しません」

突然のグレースのキッパリした言葉にマクゴナガルとシャーロットは唖然とした。

「ミ、ミス・テイラー、何故です?あなたには魔女になる資格が……」

「私、小さい頃からバレエをしてるんです。将来はプリンシパルを目指しています。魔女になっている暇はありません。」

マクゴナガルが意味が分からないというように首をひねった。

「ばれえ?それは何ですか?」

「えっ、ご存知ないんですか?えっと、ちょっと特殊なダンスみたいなものです。私はそれのプロを目指しています」

「…魔女よりもそのバレエのプロになりたいと?」

「もちろん。だって、小さい頃からそれを目標に頑張ってきたんです。今さら、投げ出すわけにはいかないんです」

グレースがチラリと壁の写真に目ををむける。シャーロットがその視線を追うと、グレースが可愛らしいレオタードやチュチュを身に纏い、踊っている写真がたくさんあった。

マクゴナガルが理解できないというように首を横に振りながら口を開いた。

「そんな、あなたの入学は生まれたときから決まっているんですよ!」

「ちょっと、待ってください!娘の進路をあなた方が勝手に決める権利はないはずです!」

グレースの母がマクゴナガルの言葉に猛然と食って掛かった。グレースの方へ駆け寄り、後ろからグレースの肩を抱き締める。

「娘は小さい頃から夢のために必死に努力してきたんです!娘の未来はこの子の物です!娘が拒否するのなら、あなた方の学校へは行かせません!ええ、絶対に!」

グレースの母はマクゴナガルを睨むように宣言した。グレースの父もそんな母娘のそばへ行き、マクゴナガルから二人を庇うように前へ出た。

「先生、娘もこう言っていますし、入学はしません。お引き取りください」

「いえ、しかし…」

「あなた方がどう言おうと、娘の将来は娘が決める。そして、私達はその意思を尊重し、サポートします。あなた方が無理矢理にでも連れて行こうものなら、私達は負けませんよ」

グレースの父は娘にも受け継がれた美しい青色の瞳で、マクゴナガルを睨んだ。

「どうぞ、お引き取りを」

 

 

気がつくと、シャーロットはマクゴナガルの部屋へ戻っていた。マクゴナガルは静かにシャーロットを見据えていた。

「先生、今のは、」

「今から20年以上前の記憶です。あなたの母親、グレース・テイラーは魔女になる力を持ちながら、それを拒否し、マグルとして生きる道を選んだのです。」

マクゴナガルは淡々と話を続けた。

「そんな、私、知らなかった!」

「ええ、そうでしょうとも。この後、ミス・テイラーとその両親には忘却呪文をかけたのですから。ミス・テイラーはホグワーツの事はなに一つ知らなかったはずです」

マクゴナガルは淡々と話を続けた。

「ホグワーツの入学を断るなんて、できるんですか?」

「ええ。あまりないことですが前例はあります。」

マクゴナガルは過去を思い出すように目をつぶった。

「この後、私は学校へと戻り、ダンブルドア先生にミス・テイラーの入学拒否の件を伝えました。職員会議になり、魔法省にも話が伝わりましたがミス・テイラーがマグル出身だということ、本人の意志が固いことが分かると、ダンブルドア先生は本人の希望を受け入れることにしたのです。幸か不幸か、ミス・テイラーは魔女になれる魔力を有してはいましたが、そこまで強くはなかったのですよ。ほとんどの魔力を持つ子どもは幼い頃、その魔力を無意識に使ったり、本人の意思とは無関係に魔法をかけてしまったりするものですが、魔法省が調べたところ、ミス・テイラーはそういった魔力の暴走は全くなかったのです。」

シャーロットはどう反応していいか分からず、下を向いた。

「お爺様はどうして教えてくれなかったんだろう…。知らなかったです。母がバレエをしていたなんて」

「そうでしょうね」

シャーロットが顔を上げ、怪訝そうに眉を寄せるとマクゴナガルは少し悲しそうな顔をしていた。

「私もダンブルドア先生から聞いたのですが、この後、ミス・テイラーはバレエを本格的に続ける事はできなかったのですよ」

「え?何でですか!?」

「ダンブルドア先生によるとこの数年後、ミス・テイラーのご両親が営む仕立屋は不況の煽りを受けて破産したのです。ご両親は心労が祟ったのか相次いで亡くなられ、その後は生活のために学校を辞め、働いていたそうです。それでも細々とバレエを続けてはいたそうですが、その職場であなたのお父様と出会い結婚したあとはキッパリやめたそうです。」

シャーロットが愕然とし、目を見開いた。

「そんな、……あんなにバレエに熱心だったのに。続けようとは思わなかったのでしょうか」

シャーロットは昔、母が生きていた頃の事を思い出した。少なくとも、シャーロットは母がバレエをしていたのを見たことはない。

「…ええ。これは私の予想ですが、ミス・テイラーは結婚後に夫を亡くし、バレエの事が考えられないくらいあなたとの生活で手がいっぱいだったのでしょう」

シャーロットは唇を噛んだ。そうだ。他ならぬシャーロットが知っている。母は体が弱かったのにシャーロットのために働き続け、ボロボロだったのだ。そんな余裕はなかったのだろう。

「じゃあ、やっぱり私がいたからバレエを続けられなかったんですね。私を生んでから体調を崩したって聞いたことがあるし、私がいたから…」

「ミス・ダンブルドア!いい加減にしなさい!あなたはお母様の何を見てきたのですか!」

マクゴナガルが話を遮るように怒鳴るった。シャーロットはハッと顔を上げた。

「ボガートが見せたのはあなたの不安な心そのものであって、あなたのお母様ではありません!あなたの間違った思いであって、あなたのお母様の意思ではない。いい加減に受け入れなさい、シャーロット・ダンブルドア。あなたは知っているはずです。お母様の無償の愛を。」

シャーロットは顔を真っ赤にして、口を一文字に結んだ。知っている。シャーロットは分かっている。母がシャーロットを愛していたことを。

「…だって、怖い。もしかしたら、って思ってしまうんです。母はバレエを続けたかったかもしれない。私がいなければって思ったことがあるかもしれない。そうでしょう?だって、あんなに夢を楽しそうに語っていたのに」

マクゴナガルの記憶の中のグレースの姿を思い出す。バレエの話をするときは本当に楽しそうだった。きっと辞めたくなかっただろう。夢を諦めるのは悔しかっただろう。

「……ミス・ダンブルドア。この記憶にはまだ続きがあります。見てきなさい。あなたは間違っている」

マクゴナガルが再び憂いの篩にシャーロットを導いた。シャーロットはあまり見たくなくて迷ったが、マクゴナガルの視線に根負けしたように、憂いの篩へ近づいた。

 

 

 

目を開くと、先ほどのリビングだった。目の前にはグレースとマクゴナガルが向かい合っている。テーブルにはお茶やお菓子が並んでおり、グレースの両親はこの場にはいないようだった。

「ありがとうございます、先生。せっかくわざわざここまで来ていただいたのに、申し訳ありませんでした」

「ミス・テイラー、本当にいいのですね?」

「はい、私はホグワーツには行きません。」

グレースはニッコリ笑った。

「あなたとご両親の記憶を消すことになりますが…」

「構いません。そうしないと都合が悪いんでしょう?」

グレースは何でもないことのようにそう言うと、マクゴナガルにお茶を勧めた。

「少しもったいない気はします。魔女になれるなんて、凄く楽しそう。でも、いいんです」

「やはりバレエの方がいいですか」

「…それも、ありますけど」

グレースはマクゴナガルに顔を近づけ小さな声で話した。

「小さい頃、バレエを習いたいと言った私に両親は全く反対せずにすぐにレッスンをさせてくれたんです。ご存知ないかと思いますが、バレエって本当にお金がかかるんですよ。うちはこんな小さな仕立屋なのに、両親が無理してバレエをさせてくれてるんです。」

グレースは嬉しそうな表情で続けた。

「私、両親の事が大好きなんです。お父さんは私に何も気にせずバレエに集中しなさいって言ってくれました。お母さんはレッスンに送ってくれたり、体調管理まで気をつけてくれています。二人はいつも私の事を一番前で応援してくれるんです。そんな二人の思いに応えたいんです」

マクゴナガルはそんなグレースを微笑ましそうに見つめていた。

「とても残念ですが、仕方ありませんね。あなたの意思を尊重しましょう。この前は勝手に話を進めようとして申し訳ありませんでした」

「いいえ!魔法を見ることができて嬉しかったです!忘れてしまうのは凄く残念だけど」

グレースは身を乗り出すと、こっそりとマクゴナガルに囁いた。

「先生、この前はあんなこと言ったけど、実はちょっとだけ嘘をついたんです」

「嘘?」

「はい。プロのバレリーナになりたいのは本当です。でも、それよりも、」

次のグレースの言葉にシャーロットは思わず泣きそうになった。

 

「私、将来はお父さんみたいな優しい人と結婚したい。それで、お母さんみたいなお母さんになりたいんです」

 

マクゴナガルは目を見開くと、ニッコリ微笑んだ。

「あなたの夢がすべて叶うように祈っていますよ。」

「ありがとうございます、先生」

「では、そろそろ…」

「はい、お願いします」

グレースは目を閉じた。マクゴナガルは杖を取りだし呪文とともにそれを振った。

「オブリビエイト」

 

 

 

 

気がつくと、シャーロットはマクゴナガルの部屋の床に座り込んでいた。今見た光景が、グレースの言葉が頭を駆け巡る。瞳からは涙が溢れていた。そんなシャーロットにマクゴナガルは駆け寄り、ぎゅっと抱き締めてきた。

「あのように心から家族を愛した少女です。あなたの事だって、誰よりも愛していたに違いありません。そうでしょう?」

シャーロットは涙が溢れる目を閉じた。

『大好きよ、チャーリー』

うん、私も大好き。

『忘れないで。あなたの事を誰よりも愛してる』

忘れたりはしない。絶対に。あなたの愛を、今なら信じられる。もう、迷ったりなんかしない。今度こそ、見つけた。もうなくしたりはしない。否定しない。全部まとめて肯定してやる。愛された記憶がある。愛した記憶も。それだけで、きっと戦える。

シャーロットはマクゴナガルの腕の中から杖を取りだし、小さく呟いた。

「エクスペクト、エクスペクト・パトローナム」

シャーロットがそう唱えた瞬間、今までで一番くっきりと実体化した雌ライオンが飛び出した。銀白色に光輝くライオンはシャーロットにすりより、すぐに消滅したが、シャーロットは満足だった。

シャーロットはマクゴナガルの腕の中でしばらく泣き続けた。ようやく、長い悪夢から解放された気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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