【未完】死の超越者は夢を見る   作:はのじ

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S様、J様、S様、T様。誤字、句読点報告ありがとうございます。

恐怖公アニメに出てましたね。おったまげました。

少し性的表現があります。
全然セーフのはずですがNGなら直ぐに直します。


内容を覚えていない方いると思うので、後書きの最後の方に簡単なあらすじを記載しています。必要に応じてご確認下さい。


そして彼らの物語は幕を開ける

 ナザリックに於ける情報収集の手段は、大きく分けて三つに分類される。一つは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)や恐怖公の様に巷間に紛れ込み、数の利を活かし広範囲に情報を収集する現地収集型。一つはニューロ二ストの様な拷問官に代表される、肉体と会話し、ダイレクトに情報を引き出す個別収集型。最後は情報系魔法に特化したニグレドに代表される特殊収集型だ。

 

 手段にはそれぞれ長所があり短所がある。例えば現地収集型は大規模に情報を集めることが可能だが、集めた情報を選択、精査、分析、考察まで行える情報管理官がいなければ情報は宝の持ち腐れとなる。

 

 個別収集型に情報管理官は不要だ。拷問官の腕に因るものの精神操作系の魔法も駆使する為、情報の精度は極めて高い。ただし個人が関知しない情報は蒐集できない為、集団に属する者を一定数確保し、正確性を担保する必要がある。特定の組織の情報を引きだすのに向いているとも言える。

 

 最後は特殊収集型だ。この分野に於いて頂点に立つのはニグレドだ。情報系魔法に特化した彼女の前では何人たりとも丸裸同然となる。逆探知の阻害魔法と同時展開する攻勢防壁魔法を併用し、探りを入れる敵性存在の殲滅を当然とし、相手が展開する汎ゆる防壁魔法を察知される事なくすり抜け、場合によっては迎撃型の防壁魔法を瞬時に展開する高度な諜報戦のエキスパートだ。彼女は遠隔地に居ながらにして望む情報を知ることを可能とする。対象は生物であろうが、非生物であろうが関係ない。但し、その特性上、中規模以上の情報収集には不向きである。失せ物や人探しに関しては絶大な力を発揮すると言って良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷河をイメージして作られた第五階層は転移直後に失われている。青白い氷河も、白亜の大地も、当然ニグレドの住居だった氷結牢獄も存在しない。

 

 仮拠点第五階層の一室。ここには母子が描かれた朽ちたフレスコ画も赤子のカリカチュアも腐肉赤子(キャリオンベイビー)もいない。あるのは簡素な家具がいくつかと、同じく簡素な寝具に座る赤子を抱いた女性が一人いるだけだ。

 

 喪服姿はさながら未亡人だ。艷やかな長い黒髪、透き通るような白い肌。光を反射しキラキラと輝く瞳。思わず触れてみたいと思うほど整った真っ白な歯列。在るべき所に無い瞼と唇。皮膚がない為、剥き出しになった顔面の筋繊維。一つ一つの器官は美麗だが、人間の感性を持った者からすれば背筋を凍らせる醜悪な(かんばせ)

 

 アルベドとルベドの姉、ニグレドだ。

 

 顔に表皮のないニグレドの表情は余程親しい者にしか分からない。しかし分かる者は彼女が意外と表情豊かである事を知っている。

 

「あら、アルベド(可愛らしい方の妹)。御機嫌よう」

 

「姉さん、機嫌がいいみたいね」

 

 ニグレドの機嫌は一目瞭然だ。両の(かいな)で優しく包む赤子がそれを物語っている。

 

「あなたにこの子を貰ったからね」

 

 赤子はベビー服を着せられ、おくるみに包まれている。むず痒がる事もなく鳴き声もあげない。覗き見える顔には表皮はなく一片の肉もない。真っ白な骨が見えるだけだ。

 

「大事に育ててよね。姉さんだから特別に養子に出したんだから」

 

「養子って……この人形()、モモンガ様に似てるんだけど」

 

 赤子は人形だ。アルベドが夜なべをして製作した骨の人形。

 

 ニグレドは子供に対して慈悲深い。転移後、住居だった氷結牢獄の館を失った。課金モンスターの腐肉赤子と言えど赤子を失い、気を落としていたニグレドにアルベドが手作りの赤子の人形をプレゼントしたのだ。着せられている服も一式、手芸が得意なアルベドが作っていた。

 

「似てるのは当たり前よ。モモンガ様と私の六人目の赤ちゃんなんだから」

 

「あぁ、そういう……勿論大事にするわ」

 

 一種のままごと遊び。アルベドも案外子供らしいところがある。ニグレドはそう思いながら改めて人形を見る。額から顎にかけてモモンガによく似ていた。頬のラインはアルベド似だ。モモンガとアルベドに似せた骨の人形。芸が細かい。

 

 アルベドはニグレドが抱く人形を見つめ、嬉しそうに目を細めている。

 

「何人産んでもみんな可愛いわね。モモンガ様が毎晩求めて下るから、もう八人目よ。このペースだと一〇〇人なんて直ぐね。丈夫な体に造って頂いたタブラ・スマラグディナ様にいくら感謝してもし足りないわ」

 

 大人のままごとだった。そういう設定の下での八体の人形製作。多忙を極めているはずなのに寝る間も惜しんで製作したのだろう。モモンガ不在の寂しさを紛らわせるための手慰みなのかもしれない。

 

 モモンガの不在で寂しいのはニグレドも同じだ。タブラ・スマラグディナがナザリックから姿を消した時、何がいけなかったのだろうと思い悩んだ。至らない理由は幾つも思い浮かんだが、正解は未だに分からない。モモンガを除く全ての至高の存在も去ってしまった。ナザリックに所属する下僕は例外なくニグレドと同じ悩みを抱えていた事だろう。

 

 ナザリックに残るたった一人の至高の存在であるモモンガ。姿を見る度、声を聞く度、気配を感じる度に、安心と同時に不安も感じていた。いつかモモンガもナザリックを去ってしまうのではないか。役に立たない下僕だと見限られ、捨てられてしまうのではないか。

 

 慈悲深いモモンガは下僕を捨てない。捨てるはずがない。お願い捨てないで。

 

 慟哭混じりの切望は、ユグドラシルの崩壊で一時の別離を伴ってしまったが、同時に未来への希望へと変わった。モモンガは世界の崩壊という異常事態を迎えようとも下僕を見捨てなかったのだ。見捨てるどころか全ての下僕を護り、未来で再び拝謁する機会を与えると約束をしてくれた。新天地で下僕が迷い子とならぬよう勅命まで与えてくれたのだ。

 

 勅命が無ければどうなっていたかなど想像は容易い。実例は既にある。主を失い狂気に走った、この世界で滑稽にも魔神とも従属神とも呼ばれた存在。運命が僅かでもずれた時、ナザリックの下僕も同じ末路を辿っていたかもしれない。いや、運命ではない。運命など介在する余地などあろうはずがない。未来を見通す(モモンガ)の叡智は不確かで曖昧な運命という概念すらねじ伏せてしまうだろう。それは既に証明されている。気配を感じる事すら出来ない次元を超えた先から勅命という慈悲で下僕を今も護り続けているからだ。

 

 モモンガ不在は寂しい。だが今は我慢の出来る寂しさだ。日が登る度、指折り四万に満たない数を数えれば、再び膝下に拝謁し忠義を尽くす事が許されるのだから。もどかしくも待ち遠しい日々だ。

 

「ふふ。この子を授かった時の事は、はっきりと覚えているわ。姉さん、モモンガ様って優しいけどとてもいじわるなの。もう無理って何度もお願いしても許してくれないの。一晩で何度も気を失ってしまうのよ。はしたない女だと思われない様に、せめて声を出さないように我慢してもモモンガ様の前では無力だわ。だって可愛い声をもっと聞かせろって耳元で囁かれちゃうの。頭が真っ白になっててもモモンガ様の声ははっきりと聞こえちゃうのよ」

 

 それはこの可愛い妹も同じはずだ。モモンガに会えぬ日々の無聊を手芸で慰め、ナザリックで唯一モモンガを異性として愛することを許された自慢の妹。同じ女性として羨ましくはある。だがそれ以上に誇らしい気持ちが大きい。創造主のタブラ・スマラグディナも祝福してくれるに違いない。

 

「モモンガ様が私を貫く度に体中に稲妻が走り抜けるの。火花が頭の奥でバチバチと散って自分がどんな体位で愛されてるかも分からなくなるの。最初は堅くて冷たかったモモンガ様は、包み込んで離さない私の奥の奥から熱を奪ってどんどん熱くなっていくのよ。不思議な事にモモンガ様に熱を奪われても私の奥は冷めることなく益々熱くなって、モモンガ様に熱を奪われれば奪われる程、心が繋がっていくのがわかるのよ! そうなの! モモンガ様も私に! 私の体に興奮してらしたの!」

 

 モモンガとの閨の様子を語るアルベドの瞳は熱を孕み、白磁の肌はまるで行為の最中(さなか)の如く、ドレスから曝け出している胸元まで紅潮していた。薄く開いた唇から淫靡な舌がちろちろと蠢き、耐性のない常人ならばこの舌の動きを垣間見るだけで、瞬く間に果ててしまうだろう。両の(かいな)は折れそうな程自らの体を抱きしめ、大きく柔らかな乳房を押し出している。淫魔にしか持ちえない張りがあり嫋やかで淫心をそそる艶腰がぶるぶると震えていた。それは姉妹で同性のニグレドですら思わず性的興奮を覚えそうな程、婬靡な様態だ。

 

「アルベド?」

 

 大人のままごとだと鷹揚に聞いていたニグレドも、モモンガとの逢瀬を語るアルベドの様子に違和感を感じた。元々妄想に浸りやすい妹だった。特に転移後はモモンガに頼ることが出来ない中、下僕を誰一人として欠ける事なくモモンガにお返しすることを念頭に活動をしていた。その重圧はニグレドの想像の埒外だ。

 

「体も心も一つにどろどろに溶け合って、喘ぐ事しか出来ない私の心に直接モモンガ様は伝うのよ! お前の体は最高だって! 艷やかな黒髪! 淫らに啜り上がる嬌声! 快楽に歪みきった(かんばせ)! 吸い付く白い肌! 赤子をあやす極上の乳房! しなやかな弾力のある臀部! いつの日か(・・・・・)……子を宿す子宮…… 玉体に絡みつく肢体! 公私に渡る奉仕と閨での奉仕! 奉仕する幸せ! あぁ! モモンガ様ぁ! それは私の役得ですぅ! タブラ・スマラグディナ様! モモンガ様好みに創造して下さり感謝致します! え!? 次はアルベドが上に!? あぁ!! それは不敬です! で、でも……モ、モモンガ様が支えてくださるなら……十回でも二十回でも一〇〇回でも!! 喜んで!!」

 

 ニグレドの背筋に怖気が走った。アルベドの顔は肉欲の期待で上気し、瞳はとろんと潤み宙空の一点を見つめていた。まるで愛する誰かに語りかけるように。誰かとは決まっている。アルベドが愛する男性はこれまでも、これからもたった一人しかいない。

 

 これは違うのではないか。いつもの妄想とは何かが違う気がする。何かが何なのかニグレドには分からない。愛欲に溺れた瞳。愛の言葉を紡ぐ唇。いつからだ? いつからこんなにも熱を孕んだ痴態とも言える妄想を恥ずかしげもなく曝け出す様になったのは。

 

「アルベド!!?」

 

 ニグレドはアルベドの肩を掴み、叫びに近い声を上げた。自然と腕に力が入りアルベドの体を揺らそうとしたが、ステータス特性が違い過ぎてびくともしない。

 

「? どうしたの姉さん? びっくりするじゃない」

 

 瞼を見開き、ニグレドを見るアルベドの瞳に肉欲の熱はなかった。あるのは急に大声を上げたニグレドを心配する温かい金の虹彩だ。

 

 アルベドが不意を討たれたかの如くきょとんとした表情を見せたのは一瞬だ。それは見間違いだと思わせるほど、アルベドの姿はいつもの楚々としたそれに戻っていた。

 

「モ、モモンガ様がご降臨されるのは一〇〇年後よ?」

 

「何言ってるのよ。そんなの知ってるわ。皆の前で説明したのは私よ?」

 

 一〇〇年後のモモンガの降臨。仮説であるがナザリックの智を代表するデミウルゴスとパンドラズ・アクターとアルベドの意見は一致している。確定した未来だと断言出来るだろう。ナザリックの下僕を集め、アルベドがこの事を説明したのは記憶に新しい。

 

「だ、大丈夫なの? 一度ペストーニャに見て貰った方がいいわ」

 

「変な姉さんね。大丈夫も何も姉さんの方が心配だわ。急に大声を出すんだもの」

 

 心配していたのはニグレドだ。しかし表皮のないニグレドの表情は読み取りづらい。逆にアルベドの豊かな感情は優美な容姿からダイレクトに伝わる。アルベドは心から姉を心配していた。そこに先程の痴態の残滓はなく、いつもの姉妹思いの可愛い妹の姿があるだけだ。

 

「本当に大丈夫なのね?」

 

「姉さんが何を心配しているのか分からないけど、私は大丈夫。大丈夫よ。何も問題ないわ」

 

 アルベドはニグレドの背に手をまわし優しく撫でた。心の平静を失った姉を安心させるように。

 

「私は大丈夫よ。大丈夫」

 

 大丈夫と繰り返すアルベドの熱を近くで感じながらもニグレドに芽生えた小さな不安は消えない。冷寒に耐性があるにも関わらず背筋に氷柱を突き刺されたように寒気を感じた気がした。

 

 どれほど時間が経過しただろう。或いは直ぐだったかもしれない。忙しいアルベドは、例え姉であろうと大きな時間を裂くわけにはいかないのだから。

 

「さて。姉さん、頼んでいた件だけど」

 

 慈愛を含んでいたアルベドの表情は守護者統括として相応しいそれに変わっていた。こうなれば姉妹としての態度は取れない。仲の良い姉妹だとしてもナザリックの下僕として役目を果たさなければならない。

 

「え、えぇ。現時点で探りを入れて来ているのは五七人。どれも取るに足らない存在よ。全部防いでいるけど言ってくれれば、直ぐにでも攻勢防壁魔法で全員殺せるわ」

 

「帝国の……なんて言ったかしら、主席宮廷魔術師はその中に?」

 

「フールーダ・パラダインね。人間にしては長生きで一六八歳。魔法で寿命を延ばしているみたいだけど構成は稚拙。無駄が多いわ。使える魔法は第六位階まで。人類最強の魔法使いと言われているみたいだけど、探査魔法が全部空回りしてるのに、何故か嬉しそうに興奮して騒いでいるわ」

 

 情報魔法を複数展開しているニグレドの瞳には王都、帝都、神都の三都市の様子が手に取るように見えていた。

 

 恐怖公が展開したジェリコの城壁。事前に取得した情報を元に効率よく資源を回収する下僕。慌てふためく人間ども。状況を把握しようと探査魔法を展開する複数の組織に所属する魔法使い達。国家、魔法組合、あるいは犯罪組織。中には個人で魔法を行使する者もいた。ニグレドはその全てを把握し特定していた。

 

 ジェリコの夜の発動にあたり、アルベドから魔法で探りを入れてくる魔法使いの妨害と特定を頼まれていた。今のところニグレドの防壁魔法を突破する者は皆無だ。逆探知で特定し、情報を抜いた現在では防壁魔法を察知される懸念すらなくなっている。

 

「パンドラズ・アクターの調査通りね。今は放置でいいわ。いつでも殺せるようにだけしといて」

 

 ニグレドは既に迎撃型の防壁魔法を仕込んでいる。アルベドの号令一つで探査魔法を展開している魔法使いは、自身と周囲一帯を巻き込み魔法の暴風にさらされるだろう。今からこれを防ぐにはニグレドと同等以上の力が必要だ。つまり不可能だと言うことだ。

 

「わかったわ。それとアルベド。少し気になるのがいるの」

 

「あら。何かしら」

 

 脅威となる存在はいない。アルベドの中では既に終わった案件となっていたのか、別の案件を頭に中で張り巡らせていたのか。アルベドはこの件について興味を失っている。ニグレドだからこそ分かるアルベドの表情。

 

 アルベドは人間に一切興味がない。地を這いずり回る名もなき虫に興味を持つだろうか。有益ならば使う。邪魔ならば消す。ただそれだけだ。

 

 それは慢心か? 違う。純然たる事実だ。至高の存在に仕える者として恐れる者などいない。だが、もしも強敵がいたとして、モモンガの盾となり死ぬことが出来たなら、それに勝る幸せなど早々あるものではない。

 

 ニグレドも人間などどうでも良い。ただし子供は別だ。そうあれかしと創造されたニグレドは子供さえ無事ならば他の人間などどうでもよかった。

 

「帝都に死霊使い(ネクロマンサー)がいるの。そいつが探査魔法で探りをいれているんだけど……」

 

「それで?」

 

「死霊使い自体はゴミよ。気になるのはそいつと一緒にいる奴」

 

「ふうん」

 

「一人は吸血鬼。この世界ではレベルが高い方だけど大したことないわ。プレアデスでも勝てるわね」

 

「姉さん。端的に結論だけでいいわ」

 

「もう一人は白金の全身鎧。鎧の中には誰もいないわ。空っぽよ」

 

「だから?」

 

 中身のない鎧が動いているからどうだと言うのだ。仕草からアルベドの苛立ちを感じた。

 

「私の探査魔法が弾かれて鎧を動かしている奴の本体までたどり着けないのよ。あれは私達の魔法とは違う原理で動いてるわ」

 

 この日、アルベドの瞳に色情以外の強い光が初めて灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どごん!!

 

 衝撃波を伴う轟音が響き渡った。石畳は大きくえぐれ、行き場を失った運動エネルギーは轟音の中心を基点に放射状に隆起しながら大小様々な破片を撒き散らし復旧不可能な程にひび割れを広げた。

 

 飛び散った礫は綺麗な同心円を描き、周囲に飛び散った。飛礫はその大きさに関係なく人工構造体、建築物、そして漆黒の壁にぶつかると容赦なく平等に破壊の限りを尽くした。

 

 建築物は音を立てて崩れ落ち、漆黒の壁はぽっかりと穴を開けるや否や、ぞぞぞと音を立てながら開いた穴を何者かが埋め、元の状態に戻ろうとしていた。それはさながら、怪我を治そうとする細胞分裂の動きを早送りするかの如くだった。

 

「あ、あのっ! ボクの名前はマーレっていいます! マーレ・ベロ・フィオーレです! お姉ちゃんと一緒にナザリック地下大墳墓、第六階層の守護者をしています!」

 

 おどおどと、しかししっかりとした口調でマーレと名乗った少年は目の前の肉片すら残さない僅かに残った血痕の残滓に堂々と名乗りを上げた。

 

 手にした黒檀色の杖、シャドウ・オブ・ユグドラシルは先端を半ばまで石畳にめり込ませ、未だぶすぶすと砂煙を立ち上らせていた。恐らく人間だったであろう物体は一グラム以下の血痕だけを残しこの世から消え去っていた。

 

 これはマーレのナザリックの下僕としての名乗りだ。あたら疎かにすることなど出来るはずがない。

 

 マーレ・ベロ・フィオーレ。

 

 ナザリックでは珍しい人間種のダークエルフだ。双子の姉のアウラと同じく第六階層『ジャングル』に配置された階層守護者の一人である。

 

 ひらひらと翻る白いスカートから艶めかしい褐色の素肌が覗き見え、太ももから先は白いストッキングと膝上のブーツで覆われている。金糸の金髪はさらさらと揺れ動き、左右色の異なるオッドアイは自信なさげに潤んでいた。

 

 一見気弱な少女に見えるが、マーレは創造主ぶくぶく茶釜にそうあれかしと創造されたれっきとした少年だ。

 

「マーレ! ぐずぐずしてないでいいからさっさといくよ!」

 

「で、でもお姉ちゃん!」

 

「でもじゃない!」

 

 思いもよらないアウラの大きな声にマーレは体をすくませた。膝と背筋を曲げたことでアウラを上目遣いで仰ぎ見る形だ。

 

「で、でも……デミウルゴスさんが名乗りを上げていいって……」

 

「そうやってこれで六回目だよ!? せめて相手を選びなよ! まぁ、ろくな奴いないけどさ」

 

「うぅぅ……ごめんなさい」

 

「まったく」

 

 アウラは呆れると同時に小さくため息を吐いた。

 

 帝都アーウィンタール。

 

 恐怖公のジェリコの城壁が発動すると同時にアウラが率いる部隊は、シャルティアが開いた転移門(ゲート)から帝都に乗り込んだ。続いてシャルティアはスレイン法国の神都に転移門(ゲート)を開き、デミウルゴスが指揮を執る部隊を送り込んだ。

 

 王都リ・エスティーゼにはモモンガに変身したパンドラズ・アクターが転移門を開き、そのまま指揮を執っている。

 

 帝都の指揮官はアウラだ。アウラ、マーレ、コキュートスと、三人の階層守護者で盤石の構えだ。本来ならば階層守護者は同格だ。他の階層守護者の指揮下に下るなど挟持が許さないだろう。しかしコキュートスは「今ハ非常時ダ」とあっさりと承諾しアウラの指揮下におさまった。デミウルゴスが事前に含んでいた事も大きい。

 

 一部例外はあるが、戦闘に向かない者、移動に困難な者は仮拠点に残し、それ以外は出撃という総力戦の様相を見せていた。

 

 物資回収の肝は投入する人員の数だ。つまり物量が物をいう。個々の強さは関係がない。ナザリックの下僕の力が強大だとはいえ三都同時襲撃には数が足りないと言わざるを得ない。それを補う手段として召喚モンスターを利用する。ただここにも問題があった。転移後に触媒などの資源が枯渇した為、ナザリックの下僕は満足のいく召喚を行うことが出来ない。レベル、スキル、能力、召喚時間等に制限(ペナルティ)がかかり、知能も低下していた。

 

 この制限の枷を受けない下僕はごく一部だ。現地で自給自足が可能なスキルを持つ恐怖公の《眷属召喚》、あるいはエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの《蝿吐き》などだ。

 

「お、お姉ちゃん怒ってる?」

 

「怒ってない!」

 

「怒ってるよう」

 

 ダークエルフの姉弟は左右を漆黒の壁で遮られた道を走っていた。二人の後ろを、眷属や召喚モンスターが様々な物資を抱えている。獣、妖精、蟲、悪魔。知るものがいれば百鬼夜行と表現するかもしれない。

 

 前方に漆黒の壁が見えた。袋小路の突き当りだ。道は他にない。しかし姉弟はそのまま疾走する。突き当りに到着する直前に漆黒の壁がぞぞぞと動いた。壁が崩れ新たな道が姿を表した。

 

 アウラは視線を前方にだけ固定する。通り抜ける際に背筋を震わせた。

 

「お前たちはこのまま進んで転移門に! 残りはついてきて!」

 

 アウラの指揮の下、百鬼夜行の集団が二つに別れた。知能の低い召喚モンスターは簡単な命令しか受け付けない。漆黒の壁は、自らを動かす事で百鬼夜行の集団を一本道で転移門まで誘導していた。一本道を進むだけ。知能の低い召喚モンスターであっても命令を間違える事はありえない。

 

 既に皇城は襲撃済みだった。別働隊のコキュートスは帝都の貴族邸宅や倉庫を襲撃している。姉弟はこれから別れて各種組合(ギルド)、商家の物資を根こそぎ奪う予定だ。

 

「お姉ちゃん、恐怖公すごいね」

 

「うるさい!」

 

 アウラは涙目になりながら動く漆黒の壁を通り抜ける。壁は動くたびに、ぶぶぶ、ぞぞぞ、かさかさと音を立てる。雲が月を隠し辺りは暗闇だ。だが種族特性で暗闇でも見通す瞳を持っているアウラには漆黒の壁の細部まではっきりと見えていた。

 

 漆黒の壁は帝都全域で展開されていた。辻々は遮られ通行は不可能。高さは人工建築物を大きく超え、暗闇を更に深める程だ。帝都の各地で漆黒の壁が動き物資を運ぶ百鬼夜行の群れが暗闇で蠢いていた。

 

 《ジェリコの城壁》

 

 恐怖公がこの日の為だけに仕込んだ超々大規模眷属召喚。繁殖力と成長速度に特化した低レベルの眷属の軍勢。寿命は三〇分と短く防御力も最低限。ただし羽化した瞬間から仲間の死骸を糧に膨大な卵を産み続ける。例え魔法の炎で焼かれても殲滅速度が繁殖速度を上回らない限り次々と再生し続ける。この壁を消滅させるには全ての壁を同時に殲滅するか、それが不可能であれば、スキルの効果が切れる朝日の太陽を待つしかない。

 

 たった一晩だけの儚くも美しい漆黒の蠢く城壁。それがジェリコの城壁だ。

 

 驚くべきことに恐怖公は遠く神都にいながらにして、王都、帝都、神都の三都市でジェリコの城壁を同時展開していた。一度制御に失敗したが、今日、この月のない美しい夜にデミウルゴスのリクエストに完璧に応えることに成功していた。

 

「うぅ……気持ちわるい……」

 

 遠くで混乱に陥った人間の魔法使い(マジックキャスター)火球(ファイヤーボール)を漆黒の壁に放っていた。壁は次々と燃え広がり周囲を魔法の光で照らした。ざわっ! ざわっ! っと水面に広がる波紋の如く漆黒の壁が周期的に何度も震え、魔法の光が消えた跡には何事もなかったように壁は再生していた。

 

「気持ちわるいよう」

 

「恐怖公すごいね、お姉ちゃん」

 

「うるさい!!」

 

 アウラは両の二の腕をさすった。弟とは違う色のオッドアイから涙がこぼれ落ちそうだ。吐き気はない。華奢に見えるがレベルカンストした強靭な肉体が吐き気を抑えていた。

 

 さっさと終わらせて転移門を通る! 帰ったらデミウルゴスを殴る!

 

 恐怖公が悪い訳ではない。作戦立案はデミウルゴスだ。恐怖公はデミウルゴスの指示に従っただけ。だから殴らない。というか触れたくない!

 

 アウラは決意を新たにした。

 

 ここでマーレと別れて商家の倉庫の襲撃だ。それが終われば一段落がつく。マーレに指示を出そうとしたその時。

 

「え? 何? もう一回言ってよ?」

 

「どうしたの? お姉ちゃん」

 

 伝言(メッセージ)だ。アウラは立ち止まり中空を見つめていた。

 

「なんで!? あと少しで終わるのに!? モモンガ様をお迎えする準備はどうするのさ!?」

 

 ただならぬ会話に驚いたマーレが不安そうに杖を抱えていた。

 

「仮拠点も!? なんでさ!? はぁ!? なにそれ!!?」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 アウラは邪魔するなと言わんばかりに掌を開いてマーレを黙らせた。

 

「わかった。じゃ、戻ってアルベドの指示に従うよ」

 

 中空を見つめていたアウラは視線をマーレに戻した。伝言が終わったのだ。アウラは小さく息を吐き出した。表情は先程とがらりと変わり普段の陽の雰囲気はなく深刻そのものだ。漆黒の壁すら既に関心の外だ。

 

「エントマから緊急の伝言」

 

「う、うん……」

 

「物資は全て破棄。邪魔だから全部捨てるよ」

 

「え?」

 

 アウラは走った。その後ろをマーレが追随する。向かう先は転移門のある方向だ。

 

「作戦は放棄! みんな! 急いで仮拠点に戻るよ! 物資も召喚モンスターも全部捨てて!」

 

 アウラは走りながら下僕達に指示を出す。マーレは混乱しながらもアウラの後ろについていった。道など関係ない。邪魔な構造体を魔法とスキルで破壊しながら一直線に進んだ。

 

「ちっ、遅かったか」

 

 たどり着いた先。転移門は消えていた。場所の間違いはない。事前に何度も確認している。

 

「走って戻れるけど、問題は時間かぁ……」

 

 フェン達を連れてこなかったのが痛い。大型のモンスターは城壁の間を通ることが出来ない為、仮拠点に置いてきた。

 

 もう直ぐコキュートスも現れるだろう。コキュートスと相談する必要がある。

 

 アウラが判断に迷っていたのは僅かだ。アウラが決断をした直後、目の前の空間が歪んだ。半球体の闇が広がり定着する。転移門だ。誰かが転移門を開いたのだ。

 

 闇から白い骨が見えた。豪奢なローブ。凛々しい髑髏。

 

 転移門を開くため、モモンガに変身したパンドラズ・アクターが姿を現した。

 

「お待たせしました。この先は仮拠点に繋がっています。急いで戻り守護者統括殿の指示に従って下さい」

 

 余裕がないのか、いつもなら本来の姿に戻るパンドラズ・アクターは変身を解かずにいた。

 

「ほらほら! みんな急いで! パンドラズ・アクター! 助かったよ!」

 

 叫ぶそばからアウラは率先して転移門に飛び込んだ。召喚モンスターを捨てて数を減らした下僕達がその後に続いた。

 

 マーレは訳が分からず杖を抱えて立ち往生していた。転移門に飛び込むのが正解だ。だが何が起こったのか答えを知りたかった。

 

「マーレも急いで下さい」

 

「あ、あの……パンドラズ・アクターさん……一体何があったんですか?……」

 

 下僕達が転移門を通る様子を確認していたモモンガ(パンドラズ・アクター)はマーレに視線を合わせた。逡巡は一瞬。骸骨の口が開いた。

 

「……混乱を避けるため仮拠点(あちら)で聞いて欲しかったのですが……」

 

「お、お願いします」

 

「…………シャルティア嬢が裏切りました。今、デミウルゴス殿が次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)でシャルティア嬢の転移を防いでいます」

 

「え?」

 

「転移されれば仮拠点の戦えない下僕達はシャルティア嬢に殺されてしまうでしょう。戦力を集結させた後に仮拠点は放棄。私は転移門を閉じた後にデミウルゴス殿と合流します。さっ、急いで」

 

 マーレ視界に映る全てのジェリコの城壁が一斉に崩れ落ちた。

 

 

 




【捏造】

①一三巻でスクロール作るのにユグドラシル金貨が必要なのが判明。つまりナザリック毎転移してないと作れないって事ですかね? 今更感があるのでなくても作れるという捏造ってことで。

②冒頭の情報分類。
それほど不自然ではないはず。

③白金の鎧
原作では二〇〇年前に十三英雄の一人として登場する。
時期的に鎧で放浪放浪していたか不明ですが、原作でも謎の吸血鬼と遭遇戦を繰り広げていることから、特異な現象が発生した場所に現れても不思議ではない。
今回は仲の良い死霊使いに誘われて油虫の大量発生の原因を調べようとしていた。

④魔法が弾かれる
始原の魔法(ワイルドマジック)とユグドラシルの探査魔法はお互い干渉せず届かないという捏造。他の魔法は当然通じる。

⑤ジェリコの城壁
もちろん捏造。











時間が取れずそのままずるずるパターンでした。
申し訳なし。
話を忘れてしまった方が多いと思うので簡単にあらすじを書いておきますね。



■あらすじ■

 ユグドラシルのサービス終了で鈴木悟は精神を崩壊させた。かつてのギルドメンバーに感謝の気持ちを抱きながらも、ナザリックの終焉を認めることが出来なかったのだ。

 鈴木悟は世界が崩壊してもNPCは生き続けるという妄想を滾らせサービス終了までに着々と準備を進めた。アルベドの設定を書き換え、ワールドアイテムや所持出来るアイテムを僅かながらNPCに与え、全てのNPCに転移後の妄想を語った。

 サービス終了の日、玉座の間に可能な限り集めたNPCの前で演説を行い、最後の時を待つ鈴木悟。時が来た時モモンガは一人になった。現実と仮想現実。双方で孤独となったモモンガはアンデットにも関わらず耐えきれずに精神に異変を起こす。

 妄想を現実と思い込み、再びNPCと出会える日を願い、想像という夢の翼を一人玉座で広げ続ける。

 一方、世界転移したNPC達は混乱しながらも、モモンガに与えられた勅命を遂行するため失意の底から立ち上がろうとしていた。モモンガとの再会を夢見ながら。

 やがて世界の謎の一端を突き止めモモンガとの再会が実現する事を確信するに至る。

 準備しなきゃ!(下僕並感

 わー忙し忙しー!(きゅっきゅ。ぺろん。

 モモンガきゅんすこ。すこすこ。超すこ。(迸る妄想

 三都同時襲撃で資源をかき集めモモンガたんをお迎えする準備をするNPC達。準備は万全だ! 人間? しょぼいよねー。慢心? いえ純然たる事実です。



 構成の都合上、捏造だらけですが、そういうものだとご理解下さい。

 念の為タグもご確認下さい。

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