思えば長い時を過ごしたものである。
数々の時代、それぞれの生き方、理念、思想。
そういったものをその時代それぞれの特徴として彩りながらこの世界の住人は生きて、そして死んでいった。
「なまえはキーノ・ファスリス・インベルン」
そう答えを返してくれた彼女もまた、そんな時代を眺める側の存在だったのかもしれない。
今ならそう思える。
「率直に言うよ。キミ、ぷれいやーでしょ?世界を汚す存在かどうか、確かめさせてもらうよ」
「…がんばれ、サトル!」
世界の流れを変えぬ様、守護することを選んだ彼もまた、時代を眺める存在だったろう。
「ぐっひゃっひゃ!ほんと嬢ちゃんは泣き虫じゃのう!」
「にゃ、にゃいてなんかないわーーーーー!!」
…まぁ、彼女もそれに該当するのだろう。
若干横槍を入れるのが好き過ぎるきらいはあったけど。
「モモンガさん!これ見て!新しいマジックアイテムですよ!!」
「おぉ!?現地産のマジックアイテムでこれは中々…!」
―――彼はきっと、その中には含まれない。
残念ながら彼は人間種だった。
それも純人間種だった。
いつか来る別れは絶対のもので、頭では分かっていたのだ。
分かってはいた、それでも…こんな最後だとは思っても見なかったのだ。
そして彼は―――
その答えは十三英雄が居た時代には見つけられなかった。
本当の答えはそう、それから数百年後になるのだ。
「…やっぱりここに居たんだね、サトル」
「………キーノか」
静かな墓地、一つポツリと墓石の前に佇み続けていた存在に声をかける人物。
吸血姫の少女は彼の後ろに立ち、声をかける。
「…ねぇ、サトル」
「…なんだい、キーノ?」
その大きな影は小さな影の呼びかけに応え、疑問の声を上げる。
「リーダーはさ、きっと今のサトルの事を見たら悲しむよ」
「…そう、なんだろうな」
小さな墓。
英雄が眠るにはあまりに質素で簡易的過ぎるその墓は、それでいて仲間達の思いを詰め込まれ、素朴ながらもどこか神聖さを感じさせていた。
皆に愛され、この魔神の脅威が世界を覆っていた時代を戦い抜いたリーダー。
そんなリーダーに待ち受けていたのは悲しく残酷な最後だった。
そしてリーダーを失った彼にとってもその別れは残酷だった。
少女は彼を―――この優しい骸を見上げながら言葉を紡ぐ。
「リーダーはきっと、今のサトルの姿を望んでないよ…。」
「……そうか、そうなんだろうなぁ。」
彼ならそう言うだろうな。
同じぷれいやー同士、共通の話題も持てて、それが何より楽しかったのだと。
「そう!絶対そう!」
少女は明るく、そして強めの口調で彼に語りかける。
まるでそうしなければ目の前の存在は消滅してしまいそうで―――いや、実際その可能性もありえるから。
「けれど、彼はもう居ないんだ。だからもう…いいんだ」
「良くない!!」
彼の否定的な言葉に少女が昂ぶりながら返事をする。
「…サトル、また世界を一緒に見て回ろう?最初の頃みたいに、色んなものを見て周ろう?」
「………」
少女の願いに彼が応える事は無い、ただひたすらに、何の色も宿すことの無い骸の目を墓へと向け続ける。
「…世界を旅して回ろう?少しは平和になったこの時代を。私たちは悠久の時間があるんだから、少しずつ。ゆっくりとさ」
「………」
「サトルさ、言ってくれたでしょ?『いつか世界が平和になったなら、余すことなく冒険してみよう』って」
「………」
「サトル…お願い、このままじゃあなたは駄目になっちゃう」
「………」
「サトル!!!」
いつまでも無言を貫く彼に痺れを切らし、少女が苛立ちを乗せた声で叫ぶ。
「…ってくれ」
「え?」
「帰ってくれないか?」
「…!!」
驚きに少女が固まる。
今までこんなにも突き放すような態度を彼に取られたことは無かったのだ。
衝撃で目を見開き、ぽっかりと口を開けて静止する。
(ダメだ、このままじゃ本当にサトルは…!!)
そう彼女が思い、どうにかしようと言葉を紡ぐ。
「サ、サトル?本当に大丈夫?私は、その、あの…心配なだけで」
今まで見せたことの無い彼の態度に、少女が回せる気など碌になく、見た目相応のワタワタとした姿を見せるだけだった。
「…ごめん、一人にしてくれないか?」
「…っ!!」
それは拒絶の言葉、今まで片時も離れる事の無かった彼女にとって何よりも心に圧し掛かる一言。
見た目は十二歳ほどの彼女ではあるが、生きてきた時間は見た目不相応である。
だからこそ、心を強く持とうとし、そして今この瞬間こそが覚悟を決めるべき時だと心に誓いを立てる。
「サトル…一緒に、ずっと一緒に居て欲しい。これからも…ずっと」
それは彼女にとってはこれからを決める一世一代の告白のつもりだった。
だが今の彼にはそれを受け入れる余裕は無かったのだ。
リーダーが彼らの元から居なくなったのは数ヶ月前。
その期間にやがて十三英雄と呼ばれる彼らは一人、また一人とリーダーの墓であるこの墓地を去っていったのだ。
それぞれが、それぞれの故郷や目的を持ちどこかへ消えてゆく。
そんな中、彼だけはずっとこの場に留まり続けた。
骸の姿―――アンデッドである彼には食事の必要もなく、睡眠も必要ない。
日がな一日、彼の英雄の墓の前でじっと佇むアンデッド。
彼がここに居るだろうことは分かっていた。
何日か前にここに来て、その時から彼は居た。
いつまでも動くことの無い彼に少女が先のように消滅を選ぶ可能性に気付き、それを恐れて声をかけるのは無理のないことであった。
リーダーと誰よりも仲良くなり、共に笑い会っていた彼。
彼を取られた気がして少しばかり嫉妬心を燃やしていたのも否定できない。
それでも喜ぶ彼の姿を見て、自分もまた微笑んでいたのだ。
最も、それも今は失われてしまったが。
そんな彼を救いたくて、笑って欲しくて、あの時してくれた約束を思い出し声を掛けた。
「…ごめん」
ただ、簡素な一言。
それだけで自分の価値を決められたように彼女は思った。
その程度なのだ、と言われているように感じた。
心の涙が、止まらない。
溢れる感情は自身がアンデッドであることを忘れさせるほどに湧き出し心の像から零れ落ちる。
「サトル…その、別に今は私の思いに応えて欲しいわけじゃなくって、そのっ! ただ元気になって欲し―――」
「放っておいてくれ!!!」
激高、それは今まで彼が彼女に見せたことの無いものだった。
それを受けると同時に彼女は理解した。
自分は自惚れていたのだ、と。
最初にこの世界の人物として出会い、心のどこかで彼の中で誰よりも自分が一番なのだと、そう誤解していたのだ。
「―――っ!!!」
理解した、自分は何の対象としても見られて居なかったのだと、少女の中の心のどこかがパキリと割れる音がし、すぐさまガラスが砕け散る音が鳴った。
振られてしまったな―――そんな思いを抱きながら、少女は彼から離れる。
悲しいはずなのに、涙は出ない。
心は激情で埋め尽くされているのに、涙を流せない。
そんな歪な精神状態が自分はアンデッドなのだということを否が応でも知らされる。
この瞬間、少女の初恋は散った。
アンデッドとして生まれ変わり、その間ずっと見守り続けてくれた存在。
何かあったときは必ず助けてくれた存在。
そんな彼に今こそ恩返しをしたくて―――不必要なのだと告げられた。
「…自由に生きろ」
「………自由?」
突然、切り出された彼からの「自由」という言葉
「あぁ、この世界で好きに生きれば良い。冒険をしたければ冒険を。恋をしてみたければ恋を。夢があるならそれを叶えてみるのもいいだろう」
「…それは、サトルも一緒じゃなきゃ―――」
「出来ないよ、もう」
その諦観にも似た囁きに、恐ろしい可能性を少女が考え、顔を青くする。
「何故?まさか消めっ―――」
「俺は
「………」
その一言に、彼女が返せる言葉はなかった。
失う事を恐れるが故の拒絶、それは何かを失ったばかりの人間にとって当たり前で、そしてそんな姿の彼に掛けれる言葉など、少女は持ち合わせていなかったのだ。
「ごめんねキーノ、俺はここで…そうだな、墓守でもしているさ」
小屋でも建ててさ、彼はそういいだし、ここから動くことは無いと言外に告げる。
それは共に居ることを拒絶する言葉のように感じられた。
消滅なんてしないから、目の前から去ってくれ―――そう言われた気がした。
「そっか、わかった…」
ぽつり、小さく返事をし、彼の向く方向とは反対に歩きだす。
彼に背を向け、何度も振り返りながら…。
少女の心は薄暗いもので塗りつぶされながら、前を進む。
墓から、彼の姿から徐々に遠のいていく。
だが彼は少女に目を向けることは無い、そのまま少女の姿は遠のき、やがては見えなくなっていった―――――――。
それは後世には残らない歴史の内側、悲しい少女の失恋と悲しい不死者の物語。
誰も知ることのない英雄譚の悲劇の一幕。
―――だった、はずである。
まぁ、その後の時代においては、そうではなかったということだ。
そして時は現代へ戻る!
最初から捏造バリバリです。
シュガールートなので当然ですが。
二次創作ははじめてなので何処までやり切れるか分かりませんが頑張って書いてみます。
どうぞ軽い形でご覧ください、そんな真面目な作品にするつもりもありませんので。