歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

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王都に暗躍する陰

 王都における某所で、彼らは集まっていた。

 八本指と呼ばれるリ・エスティーゼ王国内における影で暗躍する組織、いや既に多くの貴族を取り込み表にも影響があるといって良い。 何せこの国の、それも王都を腐らせている一番の原因と言って良いほどの存在だ。

 そんな彼らが集まり、話し合いの場を設けたのにはワケがある。

 

 

 

「黒粉の畑は依然として襲撃にあっている、そして麻薬の売人の襲撃…取引相手の暗殺。やりたい放題やられている」

 

 ヒルマ・シュグネウスは非常に不機嫌なままに告げた。

 彼女は元娼婦ながらに八本指の一幹部にまで登り詰めた女だ。麻薬部門の長でもある彼女は多数の貴族と繋がりを持つ辣腕の持ち主である。

 

「あたしの所の部下もねぇ、何人かやられちゃってるの」

 

 コッコドールと呼ばれる痩せぎすの男が続く、所謂おねぇ口調で喋る彼は奴隷部門の長だ。

 

「聞いた話じゃ冒険者が関わっているそうじゃないか?」

 

 鍛え抜かれた筋肉、身体に多数のタトゥーを施したゼロがそう尋ねる。

 彼は警備部門―――実質の傭兵部隊を取り仕切る八本指の武力部門のリーダーだ。その中でも六腕と呼ばれるトップクラスの戦闘力を持つもののトップに立つ男。ハゲ頭の彼は余裕の態度を崩さず、ヒルマに問いかける。

 

「そうさね、あの”黄金”も関わっているに違いないだろうねぇ」

「となると、動いているのはやっぱり蒼の薔薇か…」

 

 彼らは既に被害をもたらしているのが誰なのか気付いていた。ただ単に無名の相手ならばそのまま消し去っていたのだが、相手はアダマンタイト級の冒険者だ。一人ひとりが六腕の幹部とタイマンを張れるほどに強いのだ。実際にはイビルアイ一人で六腕全員相手にしても勝てるのだがそれはそれ。彼らは自分達にダメージをチクチク与えてくるこの冒険者が鬱陶しいこと無かった。

 

「俺達の力を使うべき時だろう」

 

 ゼロが周りに”自身を雇え”と言外に促す。彼ら八本指は同じ組織ながら部門ごとに全然違った思想、目標を持っている纏まりのない集団だ。彼らが一致団結することなど無い。だが今回の出来事は違う、八本指にとってかなりの打撃だったのだ。それを回避するために彼らが少しばかり…そう、本当に少しばかり協力するのもおかしいことではなかったのかも知れない。ゼロの提案に感づいたヒルマは言葉を返す。

 

「だが蒼の薔薇だけではない可能性がある」

「何?」

 

 ゼロが眉を寄せる。ここまで後を残さずに自分達八本指に横槍を入れられる存在。そんなものはあの黄金と蒼の薔薇が協力してやっている以外には考えられない。この王都でそこまでの行動力と戦力を有している存在は彼女達を除けば朱の雫と呼ばれるもう一つのアダマンタイト級冒険者ぐらいだろうか?だが朱の雫は現在王都には居ない。情報の取得に優れているヒルマはそこまで把握していた。

 

「近頃、漆黒の鎧に大剣を二本も装備した剣士が蒼の薔薇の近くで行動しているのが目撃されている」

「…聞いたこともないぞ、そんな外見の奴は。冒険者かそいつは?」

 

 ゼロの疑問も尤もだろう。彼は裏社会を牛耳る武人、冒険者にしてアダマンタイト級ほどに力のある存在だ。そんな彼が強者の名前を確認していないはずがない。なのに近頃は青の薔薇の活躍を聞くばかりで、王国ではそんな名など聞いたこともないのだ。

 

「どうにも冒険者ではなく、他国から来た人間という事みたいね」

「南方か、そこいらから来た田舎者といったところか?」

「わからない、けれども蒼の薔薇は近頃行動している形跡はない。そしてその男は毎日夜は出かけているようね」

「フン…つまりは黄金が新たに雇ったということか」

「何でも”漆黒のペド”なんて異名が付いているとかなんとか…」

「…本当にそいつなのか犯人は?」

 

 なんて酷い二つ名なんだ。ゼロがあっけに取られても当然だろう。というかそんなのにやられていたのか?という顔だ。まぁ、当然の表情だろう。

 ともあれ、疑わしいなら排除せねば。ゼロの考えることはヒルマも一緒であり、八本指の幹部全員が同じように邪魔者の排除を考えていた。

 

「しばらくは六腕のメンバーを各部門に配置してやろう。任せておけ…すぐに問題を解決してやるさ」

 

 ニヤリと笑うゼロは気付かない、相手が単独で世界を支配できる死の支配者(オーバーロード)なのだと。

 気付くはずもなかったのである。

 

「…しかし、本当に酷い二つ名だな」

 

 呟いたゼロの言葉に、否定できるものは居なかった。

 

 

 

 

 

 

 数日前、青の薔薇とモモンガが王都に帰ってきた頃。もう一度どうするのかをイビルアイに尋ねてみた。そして返ってきた言葉は「保留」という返答だった。

 

「その、サトルが迎えに来てくれたのは嬉しく思う。嘘じゃないぞ?…ただ、仲間も放っておけないのだ」

 

 そんなイビルアイにモモンガは嬉しいような、寂しいような気持ちになっていた。

 仲間を大切に思う姿は自身のかつてのギルド時代やリーダー達との姿を思い出させ、そして自身の大切な何かを失う気持ちになる。モモンガはきっとこれは娘が離れていく感覚に違いないとか素っ頓狂な考えに至り始めた頃、ラナーが言っていた言葉の一部を思い出す。

 

 ―――蒼の薔薇にとっても、危険な未来です―――

 

(そういやそんな事言ってたなぁ。)

 

 ラナーから教えられたこの国の危機。そしてそれをラキュース達が自らの命で以ってして止めにかかる可能性。八本指の厄介さをそこまで彼女は見込んでいたのだ。

 そしてそれに纏わる貴族も勿論のこと、この腐敗をどうにかしなければこのままでは国ごと帝国に飲み込まれ。自身の周りの人たちが悲しい目にあってしまう。そう聞いていた。そんな彼女の憂いを帯びた願いに一度だけ協力してあげようと思ったのだが―――気が変わった。

 

「キーノはあれで結構怪我するからな…」

 

 そう、仲間の情に厚いイビルアイは昔よく怪我をしていた。<損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)>を覚えてからは随分と怪我も減ったけれどそれでも無くなったわけではない。その度にこちらの心がチクリと痛むのだ。そんな彼女を守るため、彼は行動を起こすことにした。

 

(ラナーにもう一度会ってみるか…)

 

 あの王女に接触し、イビルアイが無事で居られる様に援助しよう。彼女によくしてくれている蒼の薔薇の面々の役にも立つだろう。良いこと尽くしだ―――そうして、彼はラナーと再び接触を図り。八本指の撃滅に向けて動き出したのだ。

 

 

 

 

 デイバーノックはゼロからの指示を受け、一つの麻薬取引の場面に同行していた。勿論表立って行動はしていない、あくまで離れた位置からゼロが言う”漆黒のペド”なる剣士を待ち受けていたのだ。そもそも彼は元から表立って行動できる存在ではない。

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、それが彼の種族名だった。

 生者への憎しみを抱くといわれる死者(アンデッド)でありながら彼はその憎しみを制御し、自身が求める魔道の探求を行うためゼロに追随しているのだ。魔法を覚える場を用意してくれるゼロにはそこそこに感謝はしており、彼の命令なら聞き入れるほどにはこの死者は理知的だったのだ。

 

 目の前で今も取引が行われ、漆黒のローブを羽織った不死王は敵を待つ。聞いた話ではただの剣士だと思われるので魔道に強い関心を持つデイバーノックは興味を示していなかった。現れれば命令どおり消し去るまで、ただそれだけの相手だと思っていたのだ。実際に出会うまでは。

 

「グギャッ!!」

「ヒギャゲッ!!!?」

 

 一瞬で現れ、一太刀で二人まとめて胴体を上下から分離させる。漆黒の鎧に紅いマントが少々目立つが、今攻撃をしかけるまで一切の気配を感じさせなかった相手。突如現れ、問答無用で麻薬商人を切り裂いた存在はなるほど情報どおりだと、不死王は姿を見せようとし…先に声がかけられた。

 

「…おや、珍しいな?エルダーリッチが街中を闊歩してるとは」

「何?私に気づいていたのか?」

「あぁ、アンデッド感知できるんですよ。私」

「なるほど…マジックアイテムか?ふん、面白いアイテムだな。後で私のものにしよう」

「で、貴様が例のデイバーノックで間違いないか?」

 

 目の前の剣士は肩に掛けた大剣を持ちながら話しかけてくる。自身を知るということはやはり八本指に戦いを挑んでいるというのは間違いないだろう。すぐに殺しても良いが餞別だ。一言二言ぐらいは冥土の土産を用意してやろうと思い質問に答えてやる。

 

「そうだ、魔道の探求を行うべくこの人間の国で過ごしている」

「…一人だけで?」

「私の種族的な部分で言えばそうなるな」

「それで、魔法の研究の為に人間社会に溶け込んでいると?」

「ん?まぁそうなるな」

「おぉ…!」

 

 何故かちょっと感動したように漆黒の剣士が声を上げるが気にするほどでもない。どうせ自分の魔力の強さに当てられたとかそんな事だろう。目の前の何の気配も感じさせない弱者をさっさと消し去る、その事しか頭に無かったデイバーノックは躊躇することなく魔法を唱える。

 唱えたのは自身の得意技でもある<火球(ファイアーボール)>だ、これを喰らえばひとたまりも無いだろう。鎧は豪華なので崩せない可能性はあるが中の人間が焼けないわけではない。つまらない仕事だったと思いながら魔法を放ち、彼は興味を失った。

 

 ―――が、魔法が当たった瞬間、火球など無かったかの様に消滅していく。

 

「なっ!!!?なんだと!?」

「あーすみません、私にその位階の魔法は効かないんですよ」

 

 目の前で魔法を避けるでもなく消し去った剣士に驚愕し、声を張り上げる。だが剣士のほうは何故か気の抜ける態度で話しかけてきた。

 

「貴様、何かマジックアイテムでも使ったのか?」

「いや、必要ないですし」

 

(何だと…?マジックアイテム無しでこの俺の魔法を消し去った?こいつは一体何者だ?)

 

 目の前の剣士が嘘をついているようには見えなかった。何せ本当に緊張感も無く、「いやいや、そんなことしてませんし」とか言ってるのだ。ならばコイツはなんだろうか?魔法を打ち消せるほどの剣士?自身の能力だけでそれを出来る人間だなんて聞いたことが無い。

 ひょっとすれば生まれながらの異能(タレント)だろうか?可能性としてはそれが一番ありえたのだ。

 

「…なるほど、タレント持ちか。それならばありえなくは無いな」

「あぁ、持ってますが…関係ない能力ですよ?」

「えっ?」

 

 何言ってるの?と言わんばかりの相手の反応。思わず間抜けな返事を返すデイバーノック。何故だか相手はタレントの事を思い出して「あぁ、やな事思い出した」とか呟いている。

 

「…異能の力でないならなんだというのだ?」

「あぁ、まぁそれに似た特殊技術(スキル)ですね。まぁ話を聞いてくれれば詳細は教えますよ?」

 

 割かし気さくな目の前の剣士、何故だが自分を見て珍しいものを見たという雰囲気を纏っている漆黒の鎧。そんな姿に少しばかり気が引かれたからだろうか、デイバーノックも相手の情報を得ようという気になっていったのである。

 そしてそこから彼の苦行は始まる。勿論望んだ部分もあるがまさかここまで苦労するとは思っても居なかったのだ。

 

 

 

 

 

 日中は蒼の薔薇と行動を共にしたり、適当に街をぶらついてみたりして時間を流し、夜になれば麻薬取引の現場を探しては狩りを行う。蒼の薔薇が畑の焼き討ちの時に手に入れている情報を元に幹部の連中のいくらかも消していた。王女様に毎回会うわけにも行かない。そう思い途中からは自身の力だけで行動するようにしていった。

 魔法や召喚スキルを駆使し、情報を手に入れて蒼の薔薇が襲撃を仕掛けようとしている場所を先回りして潰しておいたりもした。娼館とやらは流石に入らなかった。というか入る勇気が無かった。

 人間性を強く残しているモモンガとしては性行為が行われている場所に入る勇気はなかったのだ。童貞暦280歳は伊達じゃない。ただ、表をうろついている関係者を消すぐらいのことはしたが。

 そうして驚くべき速度で八本指という王国を腐敗させる一因は急速なダメージを受けていく。

 

「そういや王都に来たら立ち寄るようにガゼフさん言ってたなー」

 

 もっと言うと王城に呼び立てたいらしい、戦力的な意味も含まれてるんだろうなと考え辞退したが。どの道自分はモモンとして王都に居るのでアインズの姿を見せるつもりはない。それでも積極的に好意を向けてくれるあの武人は嫌いではなかった。

 人間性がイビルアイやリーダーのお蔭で根強く残っているモモンガは気に入った存在に対しては割とフランクだった。ラキュースやガガーラン達もわずか数日で打ち解けて仲良くなったほどだ。

 

 そうこうしているうちに今回は墓地の近くにたどり着いた。事前に調べていた通り貴族派と呼ばれる連中の子飼いの取引人が麻薬を買い取る事になっているはずである。とりあえずは今日はどうしようか?

 ちょっとは生き残らせて泳がせるのも大切ですとラナーが言っていたのを思い出す。

 

「今一ピンと来ないんだよなぁ、要るやつ要らないやつってのが」

 

 人間性が強く残ってるとはいえ、種族の特性として人間の価値は低い。敵対者なら問答無用で殺せるのだ。勿論リーダーとの約束を守るつもりだが、敵に対してまで情けを掛ける必要は無いだろう。精々がレアかどうかで見逃すかどうか決めるぐらいだろうか?この間出会ったエルダーリッチはそういう意味では判断しやすい相手だったなと思い出す。

 

「フフフ、彼は脱出できたのかなぁ?」

 

 人里で人間と一緒に暮らしているアンデッドというのは驚くほど少ない。アンデッドだけで組織を作っている者は居ても人間と一緒に過ごすというのは見たことが無い。完全に自分とイビルアイを棚の上にあげているがそれはそれ、その棚上げのおかげでデイバーノックは救われた。

 

「タレント持ちねぇ、持ってないわけじゃないんだけどねぇ…」

 

 ある意味黒歴史、とはいえリーダーとの思い出でもある。指輪まで使って手に入れたタレントは酷いものだった。幸いだったのは他のスキルが上書きとかにならなかった事か―――。

 

 

 

 

 あれはリーダー達がエリュエンティウに向かうと決まった時、あの八欲王の本拠地である城に潜入する計画を建てていたのだ。どうするべきか色々案が出された中でリーダーが持つ流れ星の指輪(シューティングスター)を使えないかという話になった。彼と同じアイテムを持っていたモモンガはその貴重なアイテムの効果がこの世界でどこまで通用するのか試すことにしたのだ。

 

「いきますよ?―――さぁ、指輪よ!俺は願う(I WISH)!私に生まれながらの異能(タレント)の祝福を与えよ!!」

 

 試したところ、成功した。この世界では指輪の力はもっと便利なものに変わっていたのだ。課金アイテムであるそれを手に入れていた事に心からの感謝だ。そう思ったのはタレントの内容を理解するまでだったが。

 

「ん…何これ?魅了(チャーム)に近い効果?それも異性には効果が増幅…だと?」

 

 タレント持ちは自然とその内容が理解できる。どうやら自身もきちんとタレントが手に入ったらしい。レベルカンストだった自分には他のスキルに上書きされる可能性も考慮したが、リーダーの為に試してみることにしたのだ。

 そうして手に入れた能力は<主役は色恋多し(クリエイト・オブ・ザ・ハーレム)>とかいうクソふざけたタレントだった。ナンダコレ。

 

「っていうことなんです、なんですかねコレ?ふざけてるんですかね?」

「あはははっ!!!ちょ!!!おかし!!!」

「笑いすぎでしょ!?リーダー酷くないですか!?」

「あはっ!!!…ご、ごめんなさヒ。オナカいたひです」

 

 ケラケラと笑い転げるリーダー。「ひどい!」とか言いながら憤慨する骨。折角リーダーの為に実験してあげたのにこの仕打ちはないだろう。流石のモモンガもちょっと怒っていた。

 

「す、すみませ…ハハッ…。でもいいじゃないですか。モテモテになれるってことでしょ?」

「あのね?これ種族については関係ないみたいなんです。…ある日突然雌雄同体の種族の人から『ワシ、今日からメスだから。抱いて!』とか言われる恐怖わかります?」

「うっわ」

「でしょ?そういう反応になっちゃうでしょ!?亜人とか異形とか関係なく効果あるみたいなんですよこれ!?どうしたらいいんでしょうか!?ユグドラシル時代のスキルと違ってオンオフ出来ないみたいだし…」

「でも力自体は弱いんですよね?」

「あぁ、それは…一応スキルレベルは1みたいなので」

 

 本当に幸いだったのはスキルレベルを指定していなかったことだろう。これを指定していればとんでもないことになっていた。そうして彼はこのスキルを忘れることにした。したかった。周りに女性が増えたのはこの頃からだった気がするが、イビルアイが不機嫌さを増やしたり。この頃からやたらと自分は女だと猛烈にアピールし始めたのは気のせいだろう。そう、気のせいと思いたい。

 けれどそんな嫌な思い出だって今じゃ大切でもある。リーダーとの限りある思い出だから。そう思い、黒歴史と言い放つのは気が引けたのであった。

 

 

 

 

「近頃モモンさんは何処に出かけてるのかしら?」

「さぁな、私も何も聞いていないぞ?というか聞いてもはぐらかされるのだ…」

 

 イビルアイが少しばかり気落ちした様子で返事をする。最近はラナーから仕事の依頼が入らないので蒼の薔薇の面々は暇を持て余していた。八本指に備えていた為、冒険者組合の仕事も請けてはいない。

 精々が何かあったときに備え、そしてイビルアイを連絡要員としてモモンガの所に送り込むくらいだ。勿論<伝言(メッセージ)>を使えば良い話なのだが、イビルアイに気を利かせるつもりでラキュースは毎日のように使いを出していた。

 毎日のように現れる蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の姿、そしてそれを迎え入れるモモンガについた二つ名は”漆黒のペド”だった。彼の休む宿では日々「もうやった」だの「孕ませてる」だのの話題が出ていた。そんな二つ名が付いてるとは思ってもいない当人は「ここ、下品な話多いなぁ…」ぐらいに流していたが。

 

「鬼ボス、私がつけてみようか?」

「モモンが来てから八本指が次々攻撃されてる、答えは明白」

 

 ティナが言うとおり、ここ数日だけで大半の売人が死亡し、黒粉の畑は何故か一瞬で枯れ果て、そして八本指の幹部もかなりが消されていた。毎日のように朝になると血溜まりと共に首の刎ねられた死体が上がるのだ。王都では怪人現るとして人々が怖がり、表通りですら出歩く人数は減っているほどだ。

 

「でもそれならモモンさんが単独でそこまで出来るってことよね?」

「イビルアイの見立てじゃ可能なんだろ?あの旦那で確定じゃないかねぇ?」

 

 勿論イビルアイも分かっている。彼が全部やっちゃってるんだなぁ…というぐらいには既に認識している。冒険者でもなく、ただ突然沸いた存在としてきっとワザと自分が犯人であることを分かるようにやっているのだろう。

 青の薔薇の面々がやろうとしていたことを()()を連れ帰る為にしてくれているのだろうと思っていた。ラキュースは「剣士のモモンさんがどうやってここまで?」と疑問の声を上げていたが本性を知らないならそれも無理ない事だろう。彼の本性は魔法詠唱者なのだから。

 

「まぁ、旦那なら色々隠してる手段があるんだろうよ。うちのチビさんみたいにな?」

「チビいうな。…まぁ、手札はかなりあるのは認めよう。詳細は言えないが」

「いいぜ別に?秘密や隠し事を詮索しないのは冒険者の鉄則だからな」

「…助かる」

 

 そう、モモンガは自身のことは全然語っていない。語るときは適当に剣士として戦った様な曖昧な説明だけだった。明らかに不審だ。だがそれを追求するものは蒼の薔薇にはいなかった。それぞれがそれぞれに秘密の一つや二つは抱えているのだ。今更モモンガの隠し事を暴こうとする者はいない。そんなメンバーに感謝しながらも、複雑な表情を浮かべるイビルアイ。彼女はここ数日間、思案に耽ることが多かった。

 愛しのモモンガが来てくれたからとか、そういった色めいた感じでは無いことだけはメンバーも気づいてはいた。詮索するべきじゃないことだけは分かっていたので、問うたりはしなかっただけだ。

 

「でもそれならどうやって情報を手に入れているのかしら…まさかラナー?」

「姫さんは一度会ったっきりだって言ってるんだろう?」

「そうなんだけど…でも」

 

 ラキュースが勘繰るのも当然の話ではある。だが、あれほど慎重に行動してきたラナーが自分達を越える戦力を手に入れた途端派手に動くとは思えない。政治的な側面にも強く関わりのある八本指、そんな連中をただ力が手に入ったからと言って身勝手に潰し始めるとは思えなかったのだ。他の者もそこには同様の感想を持っていたのでラナーを信じるしかない。

 巷では六腕のデイバーノックは始末されているとの話が入ってきている。デイバーノックは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なので殺せば基本消滅する。確証は無いが少し裏を探ればその話題で持ちきりだ。

 

「毎日幹部クラスが狩られてる、恐ろしい辣腕」

 

 ティアがそう感心するのも納得だ。何せ手が徐々に広まって行ってるのだ、先日は貴族派の下仕えの者が数人纏めて死体であがっていたそうだ。勿論全員八本指と深くつながっている事を確認出来ている連中だ。それも驚くことに複数個所を一晩で、それも十以上も襲われているのだ。一体どうやって単身でそこまで出来るのか?

 イビルアイより強いという事実がそれを認めそうになるが、一人の身体では移動距離も考えても不可能だろうという結論にしかならなかった。

 まぁ、イビルアイはモモンガの力を知っているので、無理じゃないんだろうなぁと認識していたが。

 

「なんにせよ、近々大きく動き出すだろうな」

「えぇ…()()が始まるわけね」

「よっしゃぁ!来るんならきやがれやぁ!」

 

 戦争という単語に意気揚々とし、戦意を見せるガガーラン。

 握り締めた拳をもう片方の手に叩きつけ、「待ってました」とばかりにニヤリと笑い、戦いの始まりを喜んでいる。

 

「モモンが居れば楽勝」

「全部やってもらっても良いぐらい」

「貴女達、楽したいだけでしょう…」

 

 いつだって軽口を忘れないそっくり顔の二人に頭を悩ませるリーダーの姿があった。だが仮にモモンガが全てを行っていたとしても、協力するだけだ。既にここまで事が動いた以上、最早とめられない。

 身内には気の良い彼の姿はラキュースにとっても喜ばしい存在なのだ。一緒に戦える機会があるなら嬉しい以外他には無い。

 

 そうして彼女達は決戦へ向けて準備を進める。それも無駄になってしまうのだが未来を彼女達が知る由もない。




勝手にモモンガさんのスキルを追加してしまった。
やってしまった…リーダーとのほんわかエピソードを増やしたかった為に。
尚、亜人や異形だけじゃなく、モンスターとか家畜にも有効な模様。

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