歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

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戦争開幕

 モモンガは一人王都を歩く、何をするでもなく、あてもなく彷徨い歩いていた。

 考えるのは先日の出来事。イビルアイから告げられた言葉が頭に反響する。

 

「―――私を選んでくれないなら、私は蒼の薔薇を選ぶ―――」

 

 嬉しい言葉のはずだった。仲間思いな彼女が自分で見つけた大切な仲間なのだから。蒼の薔薇の人たちは癖はあるが皆良い人たちだ。喜ばしいことじゃないか…そう、思いたかった。

 けれど実際には不快な、なんとも言い切れない気持ちが続いていたのだ。精神の沈静化が行われるわけでもなく、グズグズと心の奥底に何か黒い靄のようなモノが溜まり続けていた。

 そうして呆けていたからだろうか、気づけば娼館がある裏路地に来ていた。

 

 ―――ドシャッという音が聞こえた。

 

 すぐ先に黒い袋に包まれた何かがある。気にも留めず、そのまま歩き去ろうとしたところで足を掴まれる感覚に気づいた。―――袋から、手が伸びていた。

 

「…うぉ!?」

 

 呆けていたモモンガは突然の事に驚きの声を上げる。その声に気づいた娼館の店員と思わしき男が近づいてくる。

 

「あぁ?あんた何だ一体?見せもんじゃねぇんだ、とっとと帰んな。今なら見逃してやらぁ」

 

 モモンガの鎧姿を見ても引かずに荒い声を出す男、腕っ節に自信でもあるのだろう。堂々とした態度と共に威圧してくる。

 

「いや、この人が足掴んでるんですが」

「あぁ?なんか言ってる暇あったらどっかいけや!うちは八本指の後ろ盾があるんだぞ!」

 

 どうやら腕っ節に自信があるわけじゃないらしい。単なる小物な発言で相手を退けられると思っただけのようだ。

 

「…また八本指か」

「あぁ?なんかいったか!?」

「あぁ―――言ったさ、お前らは()()だ。丁度良い、憂さ晴らしさせてもらうぞ」

 

 それは八つ当たりと言ってもいいかもしれない。リーダーとの約束。イビルアイを守りたい想い。先日から続く不快感。それらが混じり合わさって目の前の小物の運命は決まった。

 

「待ってろ。すぐに回復してやるから」

 

 黒い袋から伸びる手を優しく剥がし、男の命を刈り取るべく動き出した。

 

 

 

 

 

「近頃モモンさんはどうしたのかしら?」

 

 ラキュースが疑問の声を上げる。ここ最近のモモンガは静かだった。夜になっても八本指の襲撃をしなくなったのだ。彼女が不思議に思うのも当然だろう。

 

「何か知らないのかよ?イビルアイ」

「…知らん、何も聞いてないぞ」

 

 明らかに嘘なのは皆分かっていた。ただ、二人には長い付き合いだからこその秘密が色々あるのだろう、という考えで誰も詳細を聞こうとはしなかったのだ。そんな優しい変態メンバーに感謝しつつもイビルアイは憂鬱な気分に浸っていた。

 伝令役も断り、いつまでもションボリとした様子を隠さないイビルアイ。そんな彼女の姿に業を煮やしたのか、ラキュースが行動を起こした。

 

「イビルアイ、ちょっとこっちきて」

「…なんだ?化粧台?何かするのか」

「い・い・か・ら!早くきて」

 

 ラキュースにしては珍しく、イビルアイに向かって苛立ちの篭った言葉を放つ。仲間の中で誰よりも長生きな彼女に向かってそういう態度を取るのは珍しかった。イビルアイを無理矢理化粧台に引っ張り出し、勝手に仮面を外して化粧をしていく。

 

「ちょ、お、おい…」

「いいから、何も言わずにお化粧されなさい」

「化粧って、私はそんな気はしないぞ」

「いいから―――動くと変な顔になっちゃうわよ?」

 

 嫌がる素振りを見せるイビルアイを言葉で巧みに押さえ込む。黙って化粧を施されていった。仮面をつけるから頬の化粧なんて崩れるだろうに、と思ったら何故か仮面が改良されていた。頬や口が擦れないように空間が広げられていたのだ。肌身離さず身に着けているはずの仮面の新事実に衝撃を受ける。というか今まで身に着けていて気づかなかったのだろうか?落ち込んでいるとはいえ中々間抜けな250歳だった。

 頬に朱を塗り口に紅をつける。睫毛は最近出回っている”光粉”と呼ばれるキラキラしたものを付けられる。どうやら他人に化粧を施すことに楽しみを見出しているらしいラキュースは鼻歌を歌いながら化粧を施していく。そうして兎に角目一杯のおめかしを受けた後、ラキュースから命令を言い渡される。

 

「モモンさんに情報を伝えてきて」

 

 いつ戦争が開始されるか分からないこの現状、情報交換は必要だ―――なんて理由を作って会いに行け。つまりはそう言ってるのだろう。先日あんなイベントを起こした手前、会いたくないイビルアイとしては勿論嫌がったが。結局は「命令よ」という言葉で飲むしかなくなったのだ。そうしてイビルアイは部屋を出て行った。

 

「私達も冒険者組合に行って来る」

「留守番頼むぜリーダー」

「分かったわ、気をつけてね」

 

 他のメンバー達も次々と各々の仕事に移る。近頃はラナーからの依頼は入ってこない。クライムも伝令に来ることは無い。となれば日中出来る仕事と言えば情報収集と、組合からの依頼は無いか確認するぐらいだ。他のメンバーに仕事を割り振り、自身は本拠地で待機。一人きりになる。

 そう、()()()()なのだ。久々に一人になれた、最近は暇を持て余したティアあたりがべったりひっついて来るので()()が無かったのだ。例の()()をする時間が。

 さてさてようやく時間が作れたぞ、そう思いながらニヤリと笑い、ラキュースは魔剣キリネイラムを手にするのだった。

 

 

 

 

 折角化粧を施してくれたのだ、会うだけでも会うべきだろうか?そんな想いを抱きながらも行くべきか悩み、自然と歩幅は短くなっていく。元々小さいからだなのでかなりゆっくりペースだ。大体があんなことを言った手前、自分から会いにいけるわけが無い。普通ならそうなるだろう。

 王都に流れる川の上、橋の真ん中で歩みを止める。小さな身体には少し大き目の塀に身を預けて下を見る。

 

「会って情報を伝えて…、その後何をしろというのだ?」

 

 彼女のその発言も尤もだろう。自分から会いに行くというのはちょっと気が引ける状況だ。ちょっと前までの浮かれている自分では居られないのだから。それに会ってしまえば恋心が再び火を噴いて止まらなくなるかもしれない。それほどに好きなのだ。だからこそ、止まらなくなる前に蒼の薔薇を選ぶ選択をしたというのに…。

 

(全く、ラキュースの奴め。人の気も知らずに…ん?)

 

 選んだはずの仲間であるラキュースに恨みを抱きながら橋の下を流れる川を見ていた。そう、下を見ていたのだ。

 この時立ち止まり、橋の下を覗かなければ気づかなかっただろう。橋の下、都市を巡る川の中でも長く続く地下水道の門、その中へ入っていくローブを纏った仮面の男が見えたのだ。不審に思い、彼女が後を追いかけるのは当然の事だった。

 

 

 

 

 日夜怪人現るの噂が立っている中、あるアンデッドがこっそりと移動を開始していた。デイバーノックである。勿論人目につかないよう地下水道を通るルートを選んでいた。モモンガとの約束を果たすべく、王都内からの脱出を目指していたのである。既に自身は殺されたとの偽情報を流してある。後は八本指に感づかれずに脱出するだけだ。

 モモンガの見せてくれた魔道書は驚愕に値するものであった。もう魔道に嵌る者の身としては歓喜でホイホイ協力しちゃうほどである。その程度には彼は魔道バカだったのだ。

 

「ふむ、これで後は街の外まで歩いていくだけか。なんとかなったな」

 

 デイバーノックは都市部の地図を確認しながら呟く。地下水道の流れる道、その先には王都を囲う壁の外にある堀に繋がっている。つまり外への脱出路である。八本指にばれることの無いよう、ゆっくりと慎重に行動していたため、今の今まで脱出に時間がかかっていたのだ。

 

「モモン殿は約束を守ってくれるだろうか?」

 

 気になるのはそこだ。あの温和な態度から嘘をついているようには見えないが、万が一ということもありえる。だがそれでも彼の見せてくれたいくつかの魔道書は非常に価値のあるものだ。危険を承知でゼロを裏切ってでも手に入れたいと思うほどには彼は魔道バカだったのだ。

 

「おい、何をしてる貴様」

「…っあ、イビルアイ嬢だと!?」

「嬢?」

 

 嬢とか呼ばれて「うえキショイ!」とかいう感じで身を引くイビルアイ。だがデイバーノックは気にしない。元より魔道バカなので幼女から嫌われようと気にしない。

 

「くっ…まさか嬢に見られていたとは」

「だから嬢ってなんだ、やめろ気持ち悪い」

 

 恐らくは敵と思わしき謎のローブの男、そんな男からいきなり「嬢」とか呼ばれてもそりゃ引いてしまうだろう。彼女の反応は尤もだった。

 

「近くを通ったのが私だったのが運の尽きだったな。そのローブのフードを降ろせ、何者か調べさせて貰うぞ」

 

 「従わなければわかるな?」そういいながら魔法を唱え始めるイビルアイ。怪しい男への彼女の行動は当然の対応だ。そんな彼女を見て焦りながらデイバーノックが話しかける。

 

「ま、まてまて!!私はモモンさんに協力してもらって八本指を抜けたのだ!!」

「むっ?貴様やはり八本指の関係者か!…モモンに協力してもらっただと?」

 

 彼女の前にローブで隠していた顔を見せる。深々と被っていた為、イビルアイも気づかなかったのだ。デイバーノックは奇妙な仮面―――もとい嫉妬マスクを装備していた。

 

「な、何故貴様がそれを装備している!?」

 

 確かあれは()()()()だけが持っていたものだったはず。ぷれいやーなら持ってる装備とモモンガから聞いては居たが()()()()は持っていなかった。モモンガだけが持つ特殊装備だと思っていたものを何故コイツが持っているのか?疑念の表情を浮かべ、攻撃の手は止まった。

 

「…モモンさんは私と取引をしてくれたのだ」

「取引?」

 

 首を傾げる小さな魔法詠唱者、どうやら話を聞いてくれる気になったらしい。

 

「あぁ、私に魔道書のいくつかを読ませてくれる代わりに色々手伝って欲しいのだそうだ」

 

 彼は既に協力済みだ、八本指の重要な情報も幾つか渡して取引を交わしていたのである。そんな彼にモモンガは魔道書の貸し出しを約束したのだ。別に既に覚えている位階の魔道書はモモンガにとって必要なものではない。持っているのは単にデザインデータがある以上、コレクターとして揃えておきたかったからだ。

 

 イビルアイとしては「あぁ、そういえばよく読ませてもらったな」である。だが、ここまで言っても疑念がまだ消えきらない彼女はある質問をすることにした。

 

「…それでその魔道書は()()()()()()()()?」

 

 嘘ならこれで相手は答えを言い当てられないはずだ。普通この質問でどう答えるべきかなんて分からないだろう。そう思っての発言はしかし、あっさり答えられてしまった。

 

「勿論()()()()()()()()()()()()()を使わせてもらったのだ」

 

 これでいいか?という顔でデイバーノックが返事をする。そう、ユグドラシルとこの世界の文字は違う。彼らぷれいやーと会話は出来ても文章は読めないはずなのである。これにあっさり回答した時点で、信じざるをえなかった。

 

「…いいだろう、信じよう」

 

 そう彼女が返事をしたとき、新たな存在が現れた。

 

 

 

 

「よう、久しぶりだなデイバーノック?」

 

 男は声を上げ、不死王へと皮肉の笑顔を向ける。

 

「…ゼロ」

 

 ハゲ頭の刺青男、”闘鬼”ゼロがそこに居た。

 

「俺も忘れてもらっては困るな」

 

 もう一人の男が姿を現す。

 

「ペシュリアン…貴様もか」

「当然だ、裏切り者には粛清を」

 

 ペシュリアンと呼ばれた男は短く言葉を切る。全身鎧を纏ったその姿が蛍光棒で照らし出される。

 

「貴様ら、気づいていたのか?私が死んだわけじゃないと」

「勿論だ、例の剣士が流した噂だという事まで把握してるぜ?…蒼の薔薇の魔法詠唱者がいるのは予想外だったが…()()は何をしてるんだ?」

「クソッ!」

 

「おい、これは貴様の罠というわけじゃないんだよな?…というかデイバーノックだったのか」

 

 イビルアイがデイバーノックへ不信の一言を飛ばすのも無理はないだろう。あまりにも現れたタイミングが良すぎるのだ。だがそのデイバーノック自身も何故待ち伏せをされているのかは分かっていない。そんな彼には焦りの様相が漏れ出ていた。

 ペシュリアン相手なら自身も勝機はあるだろうが、修行僧(モンク)でもあるゼロは相性が最悪だ。近づかれないよう<飛行(フライ)>を使えば対処も出来るだろうが残念ながらここは地下水道。

 水が流れる地面の下、王都を囲う門へと向かう道すがらにあるこの地下水道は天井があるのだ。事実上<飛行(フライ)>は潰されたことになる。

 

 少し戻ればイビルアイが入ってきた水門への光が見えているがそこからも続々と何者かが向かってきているのが分かる。なるほど、自分は誘い込まれていたのだとデイバーノックは理解した。

 

「…罠か?いや違う。モモンさんが俺を売ったとは思えん」

 

 彼にそんな事をする利点は思い浮かばない。イビルアイの事を家族のようなものだと言っていた彼が彼女を窮地に立たせるとは思えない。彼女の登場が誤算だった可能性もあるが態々元仲間だった連中を仕向けるよう罠を張れるだろうか?モモンガの能力を考えればそんな必要もないように思える。あの時斬ってしまえばよかっただけなのだから。

 

「悩むのは後にしろ、まずはこいつらを倒すぞ」

 

 見た目の年齢にそぐわないイビルアイからの一言で意識を取り戻す。目の前の相手は油断できる存在じゃない、気を取り直して戦いへと意識を向けなおす。そうして戦争の口火は切られた。

 

 

 

 

 

 ゼロの鋼のような拳の一撃がイビルアイの顔の横を掠める。

 

「シェアァァァッ!!」

 

 そのまま止まらずに拳の連撃を放ち、途中に膝も交えて相手に隙を与えずに攻撃を続ける。

 

「ッチ!!」

 

 この地下水道の中では出来る行動も限られてくる。距離を離そうにも後ろから来ている連中がいるのだ、今の限られた空間で対処する以外に無い。後ろから来ている連中はどう考えても雑魚の気配しかしないがだからと言ってこのハゲ頭を前にして無用に相手にしたくは無かった。壁に後ろ手を付き、口を動かしながら回避行動を取る。

 

「させるかぁ!」

 

 魔法詠唱と思わしき呟き声が仮面越しに聞こえてきてすかさず拳を繰り出す。その攻撃も何とか回避するとその居た場所の壁が大きくえぐれていた。常人では考えられないほどの威力を持った拳を放つ、その錬度は流石のアダマンタイト級に匹敵すると言われるだけはあるだろう。その後も彼の連撃は止まらない。鍛え抜かれた肉体から放たれる一撃がイビルアイに当たろうモノなら彼女とて大ダメージを負うだろう。

 それでも彼女が攻撃を喰らうことは無かった。彼女は吸血姫(ヴァンパイアプリンセス)、近接戦の心得は無くとも種族としてそもそも人間の身体能力を凌駕する。その彼女の動体視力と反射速度が驚異的なまでのゼロの一撃の数々を凌いでいたのだ。だがそれだけだ。何度も地面や壁に手をつきながら詠唱の言葉を紡ごうとしてはゼロの素早い一撃に対し中断を余儀なくされる。

 

「フッ、逃げるだけか?蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、どんなものかと思ったが底が知れるな」

「………」

「言葉も出ないか?まぁいい、()()()戦うつもりは無かったが、ここで消えてもらおう」

 

 相手の沈黙を痛いところを突かれたのだろうと読み取り、ニヤリと捕食者の笑みを浮かべながら目の前の魔法詠唱者に迫る。追い詰められた獲物の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 ペシュリアンは口数の少ない男である。全身鎧の下を知る者は皆無といっていいほどであり、彼はひたすらに剣技を磨いている男だ。「空間斬」とも呼ばれるその剣技はウルミと呼ばれる特殊な武器から放たれる姿から来ている。一メートル程の鞘から繰り出されるその剣先は柔らかい鞭のようなしなりをみせ、三メートル先の相手をも切り裂く。その一撃は人間の視認速度を越え、空間を切り裂くかのような姿から付けられた二つ名だ。

 モモンガが聞けばある理由から激怒するレベルの程度の低いものだがしかし、この世界基準で言えば十分なほどの技術といえよう。そしてその技術は目下デイバーノックに降り注ぐ。

 

「ぐぅぅ!!」

 

 地下水の流れる水路を隔てている為幅自体はそこそこある通路。だがしかし水路自体は足を取られる。必然、戦いの場所は足場のある通路のみに絞られていく。人が行き来することを想定していない通路は僅かにしか幅が無く、デイバーノックは攻撃を避けることすらままならない。<飛行(フライ)>は三メートル程しかない天井が邪魔をし、それ程早く動けるわけでもないデイバーノックにとってはそれこそ狙ってくださいというようなものだ、はっきりいってこの状況は詰みに近かった。

 それも当然だろう、詰みを狙って相手は攻撃を仕掛けてきたのだから。いつの間にか追い込まれていたデイバーノックが窮地に陥るのは当然のことだった。

 

「ぬぅん!」

 

 ペシュリアンが声を上げ、更なる攻撃が下される。僅かな光の残滓と共にデイバーノックの身体を切り刻む。攻撃に身体を吹き飛ばされ、彼は水路の中へと身を投げ出す。

 

「グッ!!くそがぁ!舐めるなよ人間!!」

 

 <火球(ファイアーボール)>を撃ち込みけん制する。一発でも当たれば燃え盛る炎がペシュリアンを包み込み、隙ができるはずだ。そう思い攻撃を受けながらも魔法詠唱を続けていたのだ。だが、火球はしっかりとペシュリアンに当たったが、彼は短い呻き声を上げた以外は大して負傷した様子もない。燃え盛るはずだった炎は僅かな時間で収束していった。

 

「な、何だと!?」

「…元々お前を追い詰める作戦だ、対策していないと思うか?」

 

 そう、デイバーノックを相手にすることが元から前提だった。それで彼の得意技に対策を採らないはずがない。ペシュリアンは火属性に対する反射(リフレクト)効果のあるマジックアイテムの指輪を装備していたのだ。ダメージが無いわけではないが、少なくとも反射効果が時間経過と共に火属性を跳ね返す。火達磨のままにならずに済むのだ。

 どうするべきか、相手は自身の手の内を知っている存在だ。状況からしても圧倒的にデイバーノックが不利であった。

 

「くっ、何か策はないのか…??」

 

 このままではやられてしまう、横を見ればイビルアイ嬢も追い込まれているようだ。見捨てて逃げても恐らくモモンガは許しはしないだろう。ぶっちゃけ目の前の連中より彼のほうが圧倒的に強いという核心があった。なんとかしてこの嬢を連れて逃げなければどの道自身に未来はない。

 だが彼には策が思い浮かばなかった、まだ幾ばくかの魔道書を見せてもらった程度の彼では…。

 

 

 

 

「私が魔法を撃てないよう動いていたと思っているようだが」

「あぁ?」

 

 突如口を開いた少女に疑問の声を上げる。

 

「私の魔法はずっと発動しているぞ、()()()()()

「何!?」

 

 最近、地面に埋まったりと良いところが無い彼女。一見するとポンコツな彼女。だが、かつてモモンガと旅をしていた彼女に蓄えられた魔法の知識は伊達じゃない。

 モモンガの魔法の使用方法の中に、予め魔法を貯めておくという手法がある。彼が言うには”こんぼ”なるものらしい。様々な魔法を戦いながら連続で組み合わせる手法だ。彼ほどの手際で魔法の”こんぼ”を組み立てるのは無理だ。この世界の住人はそれほどの数の魔法を使えるわけではない。もう一つ、彼の使う魔法のいくつかに<地雷(マイン)>という特性の魔法がある。

 彼女は考えた。彼ほどの”こんぼ”が出来ないのなら、もっと手軽に相手を騙せる手法を取ればいいと。二つの特性を組み合わせればお手軽”こんぼ”魔法になるじゃないか!と。そう、彼女は魔法を作ることが趣味。この世にたった一つ、自身にしか唱えられない魔法を数多持つ天才魔法詠唱者なのだ!

 

「喰らえ!<|水晶の遠隔爆撃地雷《リモート・オブ・クリスタルエクスプロードマイン》>」

 

 ゼロの攻撃を避ける中で壁や地面に手をつき、埋め込んでいた魔法が彼女の任意の意思(タイミング)で発動される!

 

「うぉおおおおお!!?」

 

 ゼロの身体を囲うように魔方陣が発動し、その中から次々と水晶の散弾が飛び出す。咄嗟に顔を守るが散弾は次々とゼロの体に食い込み全身が血しぶきを上げる。脹脛が吹き飛び、横腹から内臓へと食い込み、肋骨を次々とへし折り顔を庇った腕はズタズタになり血が止め処なく噴出す。どうみても致命傷に見えるなかそれでも彼は立っていた。

 

「ボス!!」

 

 ペシュリアンがゼロを守るべく攻撃を繰り出す為、水路へと足をつけた。

 

「今だ!<火球(ファイアーボール)>」

 

 攻撃を繰り出すペシュリアンの()()目掛け火球を飛ばす。だが一歩早くペシュリアンの攻撃はイビルアイの首へと迫る!

 

「っ!!クソ」

 

 咄嗟に攻撃をかわしたが、そのせいでゼロへの決定打を撃ち損ねる。それと同時にペシュリアンの足元の水が火球の高熱を受けて蒸気が噴出する、水路に付けていた足が熱湯で焼け爛れ、沸騰し飛び散った飛沫と至近距離からの高温の蒸気が彼の全身の肌を焼く。

 例え全身鎧でも蒸気から鉄に伝わる熱までは防げない、火属性の火球はマジックアイテムで防げても蒸気という大地系属性に変化した熱量までは防げない。生身の彼に蒸気熱を避ける術はなかったのだ。

 

「ギィィァァアアアァァァ!!!?」

「死ね、<水晶騎士槍(クリスタルランス)>」

 

 ブスリと水晶の槍が刺さりこみ、ペシュリアンは絶命した。その瞬間、ゼロの叫び声とともに全力の一撃が振舞われる。

 

「カァァァァァァッ!」

 

 モンクとして彼が鍛え上げた特殊技術(スキル)。シャーマニック・アデプトの力を宿し、人外の力を持って攻撃を打ち出す。横を向いていたイビルアイはその全霊を篭めた一撃をかわしきることが出来ず、肩が殴られ、そのまま壁に激突する。

 

「グゥ!!!ックソ!!」

「イビルアイ嬢!」

 

 当たった箇所が肩だった為、身体が捻られ顔から壁に激突する。その衝撃で仮面の左半分が割れて散るほどの勢いだ。このままではやられる。そう思い身体を捻り、そしてゼロと目が合った。一瞬驚きの表情を見せた後、躊躇なく地面を叩きつける拳を放つゼロ。バコォォン!!と強烈な音と共に粉塵が舞い、視界が奪われていく。

 次の一手を警戒し、そのまま油断無く粉塵が引くのを待つ。―――だがゼロの姿はそこには無かった。どうやら逃げたらしい。全身を怪我していたのだ。さっきの攻撃が繰り出せる限界だったのだろう。

 

「…どうやら仕留め損ねたようだな」

「くっ、とりあえず助かりましたね」

「おまえ、敬語で話すような奴なのか?なんだか気色悪いんだが」

 

 肩が外れているのか、ダラリと垂れ下がった腕を押さえながらイビルアイが「キモッ」という顔で話しかける。割と辛辣な態度である。

 

「…モモンさんは我が師となる予定の人だ、その師である人の家族は敬意を払うべきだろう」

 

 たった今しがた、強さも認めるに値するのを間近で見たデイバーノックは魔法の先輩としても彼女に尊敬を抱いた。故に敬語で会話しているのである。今度は口に出して「キモッ」とか言われたけど彼は気にしなかった。とりあえず後ろから来ていた雑魚を魔法で肉片に変えながら二人で今後を考える。

 

「見られた…か?不味いな…」

「まさか吸血鬼だったとは…」

 

 当然ながら、仮面が割れているイビルアイの目を見てデイバーノックも彼女の種族に気づいていた。だがゼロが気づいたかは分からない。この薄暗い地下水路の中、光を放つ蛍光棒を持っていたのはペシュリアンだったのだ。彼が倒れ、光は水路の中に埋もれて光は弱くなっていた。見られたかどうかまでは判断が付かなかったのだ。

 

「フンッ、悪いが貴様を見逃すことはできん。仲間と合流するまで私と一緒に来てもらうぞ」

「え、そんな困ります!?」

「文句があるなら消し去る、あと敬語キショイ」

「………」

 

 辛辣すぎる一言に思わず黙る不死王。彼の苦労は既に始まっている。

 

 

 

 

 

「イ、イビルアイ!!いる―――」

「我が右腕に宿りし暗黒が唸る!!超級奥義!!!!邪王炎殺―――」

 

 バタンッ―――扉が閉められる。

 

(あれ?部屋間違えた?)

 

 確認するが、間違えてはいないようだ。気を取り直してもう一度扉を開ける。

 

「くっ!!静まれ我が邪眼よ!!!私を乗っ取るというのならばこの右手に宿りし暗黒の炎で―――」

 

 バタァァァン!!―――扉が閉められる。直後ドッドッドッドという足音と共に扉がビタァァァアアン!!という音を鳴らしながら開かれる。扉のダメージが心配だ。

 

「モ、モモンさん!?来てたのですヵ!?」

「え、えぇ…はい」

 

 気まずい、凄く気まずい。常識人だと思っていたラキュースがまさかの中二病ということを知ってしまった。精神の沈静化が行われる。あぁ、こういう時の沈静化は助かる。

 目の前ではラキュースが前に腕を組み、顔を赤らめながらモジモジしている。腕に挟まれた胸が強調されていて凄く目線の行き所に困る光景だ。下に目を彷徨わせ顔を赤らめチロチロとこちらを見てくる。

 

「み、見ました…?」

 

 頬を染めながら、ポソッと呟く。これが着替えシーンとかなら分かる態度なのだが。見せたのは中二病シーンだ。はっきりいって若気の到りをえぐられる気分なのでモモンガのテンションは全く上がらなかった。

 

「あぁー…その、そんなことよりですね。困ってるので協力していただきたいと」

「ウグッ…!そ、そんなことって」

 

 何故だかショックを受けた様子のラキュースがしかし、困惑していると思わしきモモンガの姿に気づいて意識を改めなおす。

 

「何かあったんですか?焦ってるようですが」

「その…お、お、お―――」

「お?」

「女物の服を貸してください!!!」

「―――はっ?」

 

 ポカン、と口を開けて目の前の大男を見上げる。当然の反応だろう。推定年齢200歳以上の漆黒の鎧を着た男が女性の服を所望してるのだ。よく見知った仲でなければ平手打ちしていたかもしれない。

 

「…一つ聞きますが。変なことに使う訳じゃないですよね?」

「ち、違います!その、娼館から救助した女性の服が血に濡れていて…」

「娼館を、やってくれたんですか?」

「えぇ、まぁ。流れで…」

 

 何故か「やっちゃった」みたいな雰囲気を纏っているが、どうやら娼館を潰してくれたらしい。ラキュースとてあの娼館は消し去りたくてたまらなかったのだ。目の前の男性へ好感以外に浮かぶものはない。

 

「わかりました。どのぐらいの背丈の方でしょう?皆の私服の中から選んでもっていきます」

「あぁ!助かります!!やはり常識人だ!!!―――中二病だけど」

「中二病?」

「いえ、なんでもないです!…とにかく酷い姿なので急いでやりたいんですが」

「えぇ、少し待っていてください。すぐに用意しますので。…仲間へ書置きを残したいので、少し時間を頂きますね?」

 

 「勿論」と答え。続いて女性の特徴を教え、ラキュースが自室へ一度戻る。時間がかかるかと思ったが思いのほか早く出てきてくれてモモンガはホッと胸を撫で下ろす。

 

(良かった。ラキュースさんはやっぱり出来る人で、しかも常識人だ―――中二病だけど。)

 

「何か失礼なことを思われた気がするのですが?」

「いやいやいや!そんなことありませんよ!?さ、行きましょう!」

 

 女性特有という奴だろうか?勘の良さにドキリとしながら階段を降りていく。女性を匿うだなんて早々あることじゃないので焦っていたが、頼れる女性が付いてきてくれることにホッと胸を撫で下ろし、一階の酒場に着いた頃には先ほどの出来事をいじりたい衝動に駆られていた。

 

「―――邪王炎殺黒龍波」

「ちょ!!?モモンさん!?」

「―――我が右目が疼いてならぬ、深淵の闇を覗きし魔眼!」

「お昼!!!お昼おごります!!!!だから黙ってください!!!」

 

 何故人が沢山居る場所で言うのか、とラキュースが焦って叫ぶ。女性に奢らせるだなんて発言が飛び出し酒場の客の一斉に視線が集まる。さっきから滅茶苦茶見られていた。周りは口々に「あ、ペドだ」「漆黒のペドがきたぞ」なんて囁いている。あの蒼の薔薇のラキュースが奢ると言い出すなんて、そりゃあもう目立つどころではなかったのだ。

 

「―――あ、ひょっとして机の下に設定ノートとか隠してたり」

「何でもします!!何でもしますから何も言わないでください!!!!」

 

 女性に、しかもラキュースに何でもしますだなんて言わせる漆黒のペド。周りは更にザワザワしだし、口々に「ゲズ・ザ・ダークウォーリアー」だの「漆黒の外道」だの単語が飛び交っていた。自分は目立たない格好で、しかも完璧に馴染めていると思っているモモンガはそんなことも露知らず。ラキュースの反応をみて(じゅ、重症だー!!!)と沈静化を行うのであった。




<水晶の遠隔爆撃地雷/リモート・オブ・クリスタルマイン>

融通の良さを求め、”こんぼ”を手軽に生み出すべく作られたイビルアイのオリジナル魔法。作中では描かれませんでしたがこれで足止めしたあとクリスタルランスで貫くのがコンボの模様。
尚、便利さを求めたあまり威力は低下し2位階級です。イビルアイの能力値のおかげで3位階級までの威力が出てるだけ、という設定です。これが5位階級クラスならゼロさん即死ですし。
全てはモモンガの相手を騙す手法を真似た戦術という代物です。

その他、コメントや誤字報告ありがとうございます。
励みになります。

2018.06.05追記
×クリスタルマイン ○クリスタルエクスプロードマインが正式です。
誤字報告ありがとうございます。
まぁもう登場しないと思うので覚えていただく必要はないかと思います。
使える場面あればまた使いたいですね。

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