歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

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幼女が割りと酷い目にあいます。ご注意。


王都最後の夜(上)

 軽装鎧を身に纏った一団は駆け足で目的地へ向かう。彼らの一団のリーダーと思わしき人物は焦りの顔を浮かべながら駆ける。その顔には予定が崩れてしまったことへの恐怖が感じ取れる表情だった。

 ―――自分はちょっと裏の賭け事に手を付けていただけなのだ、それがまさか借金を理由に蒼の薔薇を押さえ込めだって?だがそれ自体はいい、ただ適当にでっちあげた罪で一時拘留させればそれでいいだけだ。問題はここに来る前に娼館が襲われたということだ。移動の最中、中から次々裸の男女が飛び出してきたのだ。対応せざるを得ず、こうして今遅れた時間に焦りを覚え、必死に駆けているのだ。

 

「間に合え!間に合え!!!」

 

 顔を青褪めさせながら走り続ける―――手遅れなのは、言うまでもないことだ。

 

 

 

 

 

 

「…ラキュースは何処へ行ったのだ?」

「書置きがある、モモンのところで秘め事中らしい」

「ングッ…冗談はよせ、そんな気分じゃない」

「まぁ、冗談だけど…にしても」

 

 チラ、とティナが横を見る。仮面を取り上げられ。ロープで縛られながら美女美少女集団に囲まれるデイバーノックの姿がそこにはあった。

 

「まさか他の男を連れ帰るとは、イビルアイがっつきすぎ」

「誰ががっついてるんだ、誰が。…逃がす訳にいかんから連れてきただけだ」

 

 変な言い方をするな、と言いながら皆でデイバーノックを囲んで睨みを利かせる。

 

「クソッ、どうしてこうなったのだ…?」

 

 困ったように呟きながらも目の前の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は逃げようとする素振りは見せない。モモンガから蒼の薔薇には手を出さないよう言い含められていたのだ。下手に抵抗して傷つけるわけにもいかないと考えた彼は黙って従うしかなかった。

 

「聞いてた特徴だと赤色の袖先のローブだったはず、何で真っ黒?」

「モモンさんが色を変えてくれたのだ、魔法の染料(マジック・ダイズ)を使ってな」

 

 「目立つでしょ?」ということで見事に漆黒一色のローブの出来上がりだ。「なるほど」とティナが短く返して会話は終わる。

 

「とりあえず<伝言(メッセージ)>使ってみれば?」

「そうだな…ラキュースに繋いでみる」

「モモンにも情報は伝えるべき」

 

 ティアが進言する、別に変な意味を篭めてるわけじゃないのだろう―――真剣な声色だった。二人の間に何かあったのだろうと思っていた仲間達はこんな時まで意地悪く突っつくことはしない。イビルアイにとってやはり最高の仲間達だったのだ。

 

「…ラキュースと一緒ならアイツにも情報は伝わるさ。とりあえず、ラキュースとの連絡が先だ」

 

 そう言い、<伝言>を繋げる。残念ながら、呼び出しても反応がない。<伝言>は相手もどちらか片手が空いていなければ使えない。頭に指をつける必要があるのだ。戦っている時や何かで両手が塞がっている時は会話することができないのだ。

 

「クソッ、繋がらないぞ?何かあったのか?」

「私が偵察行って来ようか?」

「今バラバラになるのは不味くねぇか?ただでさえリーダーになんかあったのかもしんねぇのによ?」

 

 ティアの提案にガガーランが否定的な声を上げる。行き違いもあるかもしれないのだ、別に間違った判断ではないだろう。

 

「大丈夫、私なら鬼ボスの臭いだけで探し当てることが出来る。今は()()が来てるから臭いも濃いし」

「うーわ…引くぞ」

 

 ドン引きしてしまう。臭いで探し当てられるだけでも引くのに()()が来ているとか判断出来ちゃってるのが更に引く。何で知ってるんだと言いたいが言わない、言ったら色々語るだろうから。

 

「というわけで、出てくる。仮面貸して?」

「ん?なんでだ?」

「今もモモンのところに居る可能性が高い、もしモモンと一緒に居たならついでに返してくる」

「あ、あぁ…わかった」

 

 そういいながら”嫉妬ますく”と言われる仮面を手渡す。「じゃ、いってくる」といいながらあっという間にティアの姿は部屋から消えていった。

 

「モモンにも連絡取ってみればよかったんじゃ?」

「う、その…」

 

 イビルアイが言い淀む。やっぱり声をかけづらいのだ。未だ彼を強制的に振った状態は続いているのだから、たとえ声だけといえどやりとりはしたくなかった。

ティアはそんな彼女に気を使い自分から名乗りをあげてくれたのだ。感謝せねば、とイビルアイは思いながらも次の行動に気を回す。と言っても出来ることは現状待機だ。やれることは頭の中で何が次に起こるのか、どうするべきなのかを考えることぐらいだった。

 

 

 

 

 ゼロに顔を見られた可能性がある、今もって仮面の半分は割れたままだ。ここには魔法で姿を消した状態で戻ってきた。顔を見られた可能性は問題だが、それ以上にデイバーノックをどうにかするのが先だろう。そう思い先に戻っていた仲間と一緒にラキュースを待っていた。

 先の一戦で気になることがある。ゼロは「()()()戦うつもりは無かった」と言っていた。それはどういう意味か?―――つまりは後日攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。そこまでは良い。デイバーノックを処刑する、それだけのつもりなのだろう……本当にそれだけだろうか?何か違和を感じ、思考を練り直す。

 本当にデイバーノックを殺すだけか?あれほどの人数を用意して。それも態々昼間から行動して。

 

 そうだ、私達はいつも夜に行動していた。人目に付きにくいように。相手も当然夜の行動が基本だ。裏社会の人間が日中表立って行動は出来ないだろう。どんなに影響力が強くても裏社会は裏社会。基本は日陰側の存在なのだから。そこまで考えがいったとき、一つピンと来るものがあった。

 近頃夜に行動している存在。それは八本指の連中と蒼の薔薇。そしてもう一つ…。

 

「…モモンとラキュースは襲撃にあっているのかもしれない」

「あん?昼間っからか?」

「デイバーノックは昼間に襲われた。地下水道という人目に付かない場所だったが、それでも2、30人ほどのゴロツキを用意していたんだ。かなり大規模な行動だろう」

「確かにな。けどよぉ、それでモモンの旦那が襲われるっていうのは?」

「ゼロ、あいつは()()()戦うつもりは無かったと言っていた。つまり今日の襲撃の目標は私達じゃないということだ」

「…んで?それがモモンの旦那の襲撃に繋がるのか?」

「アレだけの人数を揃えていた。そして六腕の中で二人がデイバーノックに宛がわれた。…残りは?」

「…可能性としてはありえるかも、デイバーノックの相手は有利に働くゼロが自分から行っただけかも」

 

 ティナが自身の考えを推してくれる。日中からの大胆な行動が実行に移されたという提言だ。今までお互い夜に行動しあっていたから昼間は何も無いと思い込んでいた。そう、そこを逆手に取ったのだ。

 

「だとしたらよぅ、俺らを足止めする必要もあるんじゃねぇか?」

「うん?」

 

 ガガーランが何かに気づいたかのように声を出す。

 

「だってよ?俺ら毎日のように旦那と連絡取ってるんだぜ?イビルアイを使ってよ。協力されちゃ連中だって困るだろ?」

「………」

 

 確かにそうだ、そしてその協力を塞ぐ手立ては何か?考えてみる。ゼロが発したある一言が思い浮かんだ。

 

 (―――()()はなにをやってるんだ?)

 

「―――不味いぞ、デイバーノック!今すぐどこかに隠れろ!!」

「な、何故ですかお嬢!?」

「キショイが今はどうでもいい!!とにかくはや―――」

「誰かきた!!」

 

 ティナの野伏(レンジャー)としての能力が異音を捉える。複数の集団が金属音を鳴らしながらこちらに近づいているのだ。そして警告も碌に無いまま扉が蹴破られた。今日の一番の被害者はこの扉かもしれない。美女にバァァン!と勢いよく開かれたと思えば最後はむさ苦しい鎧を纏った衛兵にドォォン!と蹴り潰されたのだ。哀れドア。

 

「我々は王都憲兵団第11隊所属のものだ!!蒼の薔薇が不法侵入者を匿っていると聞いて取調べにきた!!!」

「クソッ!!遅かったか!!?」

 

 目の前には名乗りを上げた警備の為の憲兵団がいる。そしてデイバーノックはその顔を晒したままでいた。イビルアイも顔を見せないよう、咄嗟に手で覆ったが出来たのはそれだけだ。そして連中は詳細は聞かされないまま動かされていたらしい、デイバーノックを見て動揺の声を上げている。

 

「な、エルダーリッチだと!?」

「クソッ!!悪いが逃げさせてもらうぞ!!!」

 

 両手を後ろ手に縛られた状態では攻撃魔法は使えない。攻撃の方向性を示すのに手の向きが重要だからだ。杖など持っていればそれを向けた方向でも指定できるが彼は杖を使ったりはしない。そのまま後ろにある窓に突撃し、貴重なガラス材を砕きながら窓から飛び出していく。<飛翔(フライ)>を唱えてそのまま行方を眩ますつもりだ。だが身体を縛るロープが邪魔だった。

 

「ク、クソ!上手く飛べんぞ!?」

 

慣れない姿勢で飛行しようとしたせいかフラフラと地面に足を付く。当然だが、市中の面々に顔を見られた。

 

「うわぁぁぁぁ!!エルダーリッチだぁぁぁぁ!!!!??」

「う、うわぁぁぁぁ!!?」

 

 もう街中はパニックである。日中の王都のど真ん中にエルダーリッチがぽっと湧いたのだ。恐慌状態になるのは当然だろう。そうして事態は悪い方向へと動き出す。どんどんと、ひたすらに悪い方向へと流れ出す。

 ―――彼ら衛兵は本当はもっと早くくるはずだったのだ。だが娼館壊滅というアクシデントがその足を止めていた。それだけじゃない、デイバーノックがここに居なければ、ただ偽の情報で一時的に拘束をするだけだったのに。事態は悪い方向へと動き出す、それはまだ留まることを知らない―――

 

 

 

 

 

「超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!!!」

 

 気合いを込めた掛け声と共にラキュースの魔剣が唸りをあげる。横に薙いだ魔剣キリネイラムが放つ無属性衝撃波が男目掛けて突き進む!

 

「な、何!?」

 

 その一言をもって、サキュロント―――六腕最弱の幻術使いは死亡した。幻術で何処にいるか分からないというなら面で制圧すれば良い。ラキュースの技量ならば簡単な戦いであった。代わりに宿の壁が穴だらけになったが戦いなのだ、仕方ない。後で宿の店主が泣きはらしていたが仕方ない。

 既に周りは制圧済み、そもそも自分は突っ込んで行ったモモンガのお零れを斬っていただけだ。宿泊していた自室に特攻していく彼に気を向ける。

 

「まぁ、大丈夫よね。モモンさんなら――」

 

 あの強さなら間違いなく全部やっつけてるだろう。イビルアイでも絶対勝てないという男。ただ心配なのは少しばかり陰鬱な気配が感じられたことか。そこが気になり、外でジッと待っている状況でもないとラキュースは彼の自室へ駆け出すのだった。

 

「モモンさん!大丈夫―――」

「あぁ、ラキュースさん。こっちは終わりましたよ」

 

 「そちらも無事で何よりです」そう言いながら平然としているモモンの姿に驚愕を覚える。なんといっても真っ赤なのだ。彼がじゃない。彼の過ごしていたはずの部屋が真っ赤なのだ。それもドス黒い色をしていて臭いも強烈だ。

 言うまでも無く。部屋は血みどろにまみれていた。恐らく残りの六腕だったろうものやゴロツキの腸がそこかしこに飛び散っている。もはや何人居たのか把握することも出来ないほどの肉塊の量だ。

 

「モ…モンさん、これは…一体」

「あぁ、すみません。不快でつい。…あと、助けた女性は攫われてしまったみたいです」

 

 サラッと、何でもない事のように言うモモンガの姿。それに恐怖の感覚を持つことは可笑しい事ではないだろう。ラキュースは少しばかり、肝が冷え上がった。

 

「ほんと…こいつら不快ですね。せっかく助けたのに…」

「モモンさん…」

 

 彼が何故ここまで苛立っているのか。それを知りたいと思うと同時に怖いとも思ってしまう。一体彼が何故ここまで?イビルアイが関係しているのか?―――分からない。聞こうにも恐怖が先に立つ。

 

「……イビルアイは、元気にしてますか?」

「は、はい?」

 

 突然の質問に思わず疑問系の声を上げる。

 

「あの子を、その…色々、傷つけてしまったかもしれないから」

 

 言い淀みながらも最後まで言ってくれる。彼はラキュースを信頼して言葉を発しているのだろう。イビルアイのよき仲間、よき友人であるラキュースに。

 

「私が…その、ここに来たせいでイビルアイが苦しんでいるのかもしれない…と。」

「モモンさん…」

「余計な事をしてしまったのでしょうか?私としては、イビルアイに安全に過ごして欲しかっただけなんですが…」

 

 二人に何があったのか、詳細は何も聞いていない。だけれど分かることがある。二人はお互いの事で心が揺れ動いている。その先の感情がラキュースにとってはっきりと語れるものではないけれど、それがお互いにとって大切なものなのだろう。

 

 ―――それだけはわかる。

 

「イビルアイは…楽しそうでしたよ?」

「………」

「あなたに会えてから、お化粧したり―――服や仮面の手入れをしていたり」

「………」

 

 化粧はラキュースのお姉ちゃん魂によるものだが、それを言うのは野暮だろう。実際嫌なことは嫌と言い切るイビルアイは今の今までラキュースの施す化粧は一切断らなかったのだから。

 今日だってそうだ、結局は断らなかった。彼女はやっぱり恋を続けているんだろう。

 

「私は、蒼の薔薇のリーダーとしてあなたに感謝します。―――イビルアイに女としての笑顔をくれてありがとうございます」

「―――!!」

 

 一瞬、動揺したかのように身体を揺れ動かしながら顔を覆い、それから続けて言葉を出す。

 

「…ありがとうございます。少し気が楽になりました」

「どういたしまして」

 

 ニコリ、と笑いかけるその笑顔はまさしく生きるエネルギーを感じさせるものだ。彼女は黄金ではなくとも、太陽ではあるのだ。そんな笑顔に心が救われた気分になる。

 

「あぁ、()()()には秘密ですよ?こんなこと言ってたなんて聞かれるとちょっと…いやかなり恥ずかしいので」

「えぇ、内緒にしておいてあげますよ」

 

 フフッと笑うラキュース。その笑顔はやはり美しかった。

 

「…ありがとうございます。私もあなたの”闇”については黙っていますので」

「や、”闇”って何のことでしょうか!?私はそんなの知りません!!」

 

 顔を真っ赤に染め上げ、両手を前に突き出しブンブンと手を振り回す。動揺しまくっていた。

 

「ハハハッ!…さぁ、行きましょう。攫われた彼女を探し出さないと」

「うぅっ…えぇ、イビルアイも探さないと」

「まぁ、あの子は強いから大丈夫だとは思うんですが…」

 

 幾ばくか、空気の和らいだ口調でモモンガが言う。

 

「とにかく、移動しましょう。攫われた…ツアレって名乗ってましたか。彼女を探しましょう」

「はい…なるべく穏便に、行きましょう」

 

 この血と臓物の部屋がもう一度生まれることが無いよう、祈りつつラキュース達は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 王都は未だ混乱状態だ。厳戒令が敷かれ、エルダーリッチを探索する王都憲兵団がそこかしこに蔓延っている。彼らは表向きはそのエルダーリッチを探して行動中だ。だが実態はイビルアイ達を追い詰めるために行動している。連中は、イビルアイの本当の姿を知っている。

 ―――そう、彼女が吸血鬼だという噂が都内に広まって行ってるのだ。

 それだけじゃない。蒼の薔薇のイビルアイはエルダーリッチを使って王都を混乱に陥れようとしていたと話が広まっているのだ。嘘の中に真実を織り交ぜられると嘘と判断が付きにくくなる。そうして彼女達は追い詰められていく。時刻は夕刻を指しつつあった。

 

「…不味いな、完全に私達のせいになってるぞ」

「一時的なもの、八本指さえ潰せばどうとでもなる」

「ティナの言うとおりだぜ?こっちは英雄。あっちは悪党。どっちを信じるかなんて決まってらぁ」

 

 そういいながら自責の念に駆られるイビルアイを励ます。既に広まった噂に自省の念に駆られる彼女はどこまでも気落ちしていた。

 この状況、本来なら王都をさっさと出るべきだが、そうしないのはラキュースとティアが行方不明だからだ。あの時離れてからティアも姿を見ていないのだ。潜伏中か、捕まったかすら分かっていない。

 

「とにかく、皆と合流するべき」

「そうだな、だが憲兵が邪魔だな。先ほどから輪を作るように警戒網をしいている」

「こりゃバレてんな。仕掛けてくるか?」

 

 ガガーランが確信じみた宣言をする。彼女達は多くの修羅場をくぐってきたのだ。状況を把握する能力も伊達ではない。

 

「全く勘の良い連中だな…流石はアダマンタイト級冒険者といったところか?」

 

 その声に全員が視線を向ける。そこに居たのは―――

 

「ゼロ、やはり生きていたか…」

「あぁ、おかげでポーションの手持ちが減ってしまったがなぁ?」

 

 ニヤリと笑いながらゼロが仁王立ちしていた。その姿はどこか狂気じみていて、正気を保っているのか疑わしいほどだ。

 そして後ろにはゴロツキと見られるもの。依頼されたのか組合から討伐依頼でも出たのか、冒険者達まで居た。

 

「ふん、てめぇがゼロか…てめぇだけなら私でもやれっぞ?」

 

 ガガーランが相手を挑発する。実際ガガーランのほうが強いのだ。彼女の力ならばゼロを圧倒は出来ずとも確実に勝利へと向かっていけるだろう。

 だがガガーランの挑発もなんのその。ゼロはイビルアイへ強く睨みを利かせたまま視線を外さない。

 

「貴様等はどうだっていい、そこのクソガキに用がある」

「変態現る」

「アァ!!?」

 

 軽口を忘れないティナの一言にゼロが反応する。どうやらどうでもよくは無くなったようだ。短気なだけかもしれないが。

 

「…フン、貴様等の()()はもう決まっているんだがな?今朝のお礼参りをしようと思ってな」

「あん?どういう意味だ」

「なぁに、()()だよ、()()。貴様等…おっと、そこの()()()()にはダメージになるんだったか?」

「…貴様」

 

 つまり、吸血鬼に効く何かを用意したということだろう。こちらが語る間も無くゼロは続ける。

 

「あぁ、そうだ。言い忘れていたぞ?切らした回復薬を補充しようと買い物に行ったらなぁ…この街の薬剤店がこぞって()()してくれてなぁ」

 

 ニヤリという下卑た笑みと共にゼロが語りかける。()()、それはつまり、脅したか強奪でもしたのだろう。

 

()()()()()を排除するのに、目一杯協力してくれたぞ…クソガキがぁああああああああああああ!!」

 

 狂気の表情を灯しながらゼロが叫び、そして辺り一帯から突然ポーションが空中を飛び交う。

 彼女達の周りにある建物全てから一斉にポーションが中を舞う。イビルアイにとって毒でしかないそれが全方位から見舞われたのだ。

 

「クソッ!!<水晶盾(クリスタルシールド)>!!」

 

 咄嗟にポーションを避けるべく、全方位のそれに対応すべく水晶の膜を張る。だが()()()()である瓶の投擲は防げても、そこから割れた液体までは防げないのだ。何せ()()()であって()()ではないのだから。

 品質の差はあれど薬師や店から強奪してきたと思わしき液体の数々がイビルアイを襲い立て、彼女の体が煙を発する。ジュゥゥ!という肉の焦げるような音が体のあちらこちらから発せられる。

 

「グァァァ!!ックソォ!!!?」

「イビルアイ!!俺の懐に入れ!!」

「忍術<大瀑布の術>!!」

 

 ガガーランがイビルアイを庇い、そしてティナの忍術が液体を退ける。大瀑布の水が投擲の勢いを削ぎ、割れた瓶の液体も一緒に流されるのだ。その隙を縫ってティナがクナイを投擲しようとする。

 

「よせ、ティナ!!一般人を殺す気か!!?」

「こっちの身の方が大切!!やらなきゃやられる!!」

「おいティナやめろやぁ!?」

 

 そう、さっきからポーションを投げてきているのは家屋に住む一般人なのだ。ゼロに脅されたのか、嫌々投げてくる。だが少女を攻撃するという罪悪感はイビルアイがあげる煙を見ればたちまち薄れていく。

 ―――それは、この世界の人間にとって当たり前の、死者(アンデッド)へ向ける思考。

 

「ほ、本当だった!?アンデッドだぞ!!こ、殺さなきゃ!!こっちが殺される!!」

 

 家屋の中から誰かが叫び、次々と液体が降り注ぐ。最早イビルアイを庇いきれる状態ではなく、少しずつ体が溶かされていく。だが、しかし…それでも彼女は取り乱さなかった。

 

「アグッ!!…いいかティナ、絶対殺すなよ」

「どうかしてる!自分が殺されるかもしれないのに―――」

「今…グッ!市民を殺せば私達が完全悪だ!!ラキュースも!ここに居ないティアも悪党として断罪される身だぞ!!」

 

 この状況、この立場。それが彼女達を追い込む。知らず悪として断罪される側になるだろうラキュースとティアを巻き込みたくない。そんな優しいイビルアイの思いはしかし、ハゲ頭のクソ野郎によって潰される。

 

「カァァァァァッ!!!!!!」

 

 シャーマニック・アデプトの力<足の豹(パンサー)>を使い一瞬で近づき<腕の犀(ライノセス)>で剛撃を繰り出す。言い争いをしていたティナのその気の乱れを突き渾身の一撃を繰り出す!

 メキィ!と拳が脇腹にめり込み地面を転げまわる。ガシャァン!という音と共に壁にぶつかり、そのまま動く様子は無かった。

 無言で地面に伏すティナの姿を見ながらイビルアイは叫ぶ。

 

「くそっ!!ガガーラン!!私は放って逃げろ!!」

「出来るわけねぇだろが!!」

 

 そう言いながらイビルアイの体を抱え込むガガーラン。イビルアイにポーションがかからない様その巨躯を使って防いでいたのだ。だがそれも直に終わりを迎える。

 

「どうやら、効き目ありだったようだな?クソ吸血鬼」

「ってめぇ…!!」

「邪魔だ…セァァァァアア!!!!」

 

 ガガーランの叫びも途中で消える。今だ全方位から降り注がれる液体に身動きもとれず。ゼロの強烈な一撃をまともに喰らったガガーランは建物の壁を破壊しながら崩れ落ち、白目を剥いた。

 

「ガガーラン!!クソッ!!!!」

「さて、お楽しみと行こうか?クソガキ」

 

 イビルアイにとって地獄の時間が始まる。守るものが無くなった彼女の身体は蒸発を続ける。―――状況はどんどん悪くなっていく。それはまるで()()()()()()()()()()しているかのように。

 

 

 

 

 

 

 日は暮れ、夜へと変化する時刻。

 モモンガとラキュースは王城の前に来ていた。もっというとモモンガとラナーが密会をしていた堀のある場所だ。

 彼らは街中で広まりつつある吸血鬼捕縛の話を聞きつけ。ラナーとコンタクトを取りここに来ていた。どれだけ探してもツアレという女性は未だ見つからず、今は都内に蔓延る噂を優先する事にした。

 苦渋の決断だが、二人にとってもイビルアイは大切な存在だ。失うわけにはいかないと、選んだのだ。

 

「お二人とも、こちらです」

 

 ゴリゴリという音と共に壁の一部が開いていく。開いた壁の中に居たのはラナーだった。

 

「こんな所に地下通路があったなんて…」

「これは王族の緊急脱出用通路よ。本来は私達王家の者と信用できる側近以外は知りません」

 

 ラキュースの疑問にラナーが応える。「内緒ですよ?」と言いながらツカツカと早歩きで進む。その顔はいつもの明るい雰囲気は無く、無表情に真っ直ぐ通路の奥を見つめていた。

 

「お二人とも、襲撃されたとは聞きましたが…お怪我はないのですね?」

「えぇ、モモンさんが全部―――その」

 

 言い淀むラキュースの姿に違和感を覚える、顔が青いのだ。

 背中から感じられる気配は只者ではないと、戦いに関して素人のはずのラナーですら分かる気配が漂っている。恐怖で足がすくまなかったのは事前に覚悟が出来ていたからか…彼女にはわからなかった。間違いなくこれから先、地獄が待っているだろう。思えたのはそんなことぐらいだった。

 

 ラナーが協力したとバレる訳にはいかない。彼女とは地下通路の出口で別れて城内を隠れ進み、地下牢へと突き進む。不可視化の指輪を使い、衛兵達にもバレることなく地下牢の中に潜入することが出来た。

 中の守衛はサクッと気絶させ、一つ一つ牢屋を確認していく。そうしてあっさりと、二人はティナとガガーランの居る牢屋へとたどり着いた。

 

「良かった!二人とも無事なのね!」

「鬼リーダー、こっちは平気だから」

「ちびさんが連れてかれちまった。すまねぇ、なんも出来なかった…」

 

 豪快なはずのガガーランがぐてん、と頭を下にさげて謝罪する。

 

「イビルアイは?ティアも何処へ行ったの?」

「ティアは分からない。多分どこかに潜んでる」

「モモンの旦那よぉ、済まねぇ。イビルアイは身代わりになっちまった」

「…それは、何故ですか?」

「私達が至らなかった、イビルアイは私達に罪がかからないように嘘をついた」

 

 ティナの簡素な説明に同意するかのようにガガーランが俯く。

 

 

 

 他の冒険者達に取り押さえられたティナとガガーラン。イビルアイは二人を救うべく、拷問と変わりない状況で戦い続けた。絶えず降り注ぐポーションに体中が焼け焦げ。満足に動けない身体はゼロの攻撃を避けることは出来なかった。そこへ更に登場した連中がいる。

 既に全身から煙を上げた状態で彼女を迎えたのは八本指に協力していた貴族の私兵だったのだ。

 

「クソッ!」

 

 その状況でイビルアイは尚もあきらめなかった。―――いや、勝ち目はないと考えはしたのだろう。

 

「貴様等のせいだ!!私の計画を邪魔するためにバラしたんだろう!?ガガーラン!ティナ!!」

 

 そう叫びたてる。仲間を不審し、協力してないかのような態度を作ろうとし続けたのだ。

 勿論、バレバレの嘘だ。けれど彼女は嘘をつき続けた―――仲間の命を救いたくて。自分の命はあっさり差し出してでも。

 

 そんな話を聞いて尚、モモンガは―――

 

「…とにかく、お二人共怪我も大したことないようだ。良かった」

「旦那…」

 

 ガガーランの呟きも耳に入れない。仲間が無事だったのだ。そこに嘘偽りはない。

 後はイビルアイを救う。それ以外無い。ただそれだけの為に動き出す。

 

「イビルアイは何処に?」

「分からない。ただ処刑されるというのは耳にした」

「処刑…」

 

 その言葉にモモンガからゾワリとするほどのオーラが漂う。

 

「モモンさん…ラナーなら何か知ってるかもしれません。聞いてみては?」

「…そうですね、もう一度<伝言>で会話を―――」

「そ、そこの剣士!!待ってくれ!!!!」

「ん?」

 

 一つの牢屋から叫び声が響く、向けた視線の先にいたのは数週間前に見た顔だった。

 

「あ、あんたは!!」

「む?私の顔を知っているのか?…まぁいい、とにかくここから出してはくれないか?」

 

 そういい、懇願の目で見つめてくるニグン・グリット・ルーインの姿があった。

 

「生きてたのか…てっきり()()()()で死亡していたと思ったのだが」

「そ、そこまで知っている貴殿は一体何者だ?」

 

 法国の特殊部隊には捕縛され、洗脳魔法を使用し質問を三回すると身体に埋め込まれた魔法が発動し死に至るという割とえげつない仕組みがある。それを目の前の剣士が知っているのだ。法国と何か縁があるのかと驚きの表情を作る。

 

「いや、今はどうでもいいか。出してはくれないだろうか?」

「…貴方を出すメリットが思い浮かびませんが」

「私はこれでも優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。何か力になれることがあるなら手伝おう」

「…信頼できませんね。第一私は蒼の薔薇の味方だ。貴方は協力出来るのか?」

 

 イビルアイを殺そうとした時の事を思い出す。とてもではないが協力できる相手ではないだろうと考え至る。

 

「…背に腹は変えられない、か。―――協力は約束する。どうか機会を与えては下さらないだろうか」

 

 悔しげな表情を見せながらも真っ直ぐにモモンガを見つめ返す。少なくとも脱出の機会を逃すつもりは無いらしい。

 

「…いいだろう。ただし一つ仕事をしてもらうぞ?」

「あぁ、感謝する。して、仕事とは?」

「人探しだ、奴隷扱いを受けていた女性を探し出してもらいたい」

 

 今は人手が足りない。本来の姿に戻れば簡単に全てケリが着くのだろう。だが目立たないようツアーから言われているし、本来の姿で行動してどこかに居るかもしれないプレイヤーを刺激したくもない。だがツアレという女性も放っては置けない。そこでこの男だ。

 自身はイビルアイを助けに行く。彼女が無事ならそれでいい。今はただそれだけだ。

 

「なるほど、人命救助ならば喜んで協力しよう。どの様な姿の御婦人なのだ?」

「あぁ、えーっと顔は―――」

 

 情報を与えた後、檻から出してやる。

 

「感謝する…貴殿の名は?」

「モモンだ」

 

 名を聞き、感謝の意を示しながらニグンは立ち去っていった。

 途中ラキュースと目が合って火花が飛び散っていた気がするが気にしてはいられない。<伝言>を使い、ラナーと手短に情報交換をしていく。

 

<<ラナー王女、どうやらイビルアイとはすれ違いだったようです。居場所を突き止めたいのですが…>>

<<申し訳ありません、モモン様。私も先ほど彼女を連れて出て行く一団の姿を見ました。ご連絡差し上げたかったのですが…>>

<<王女様が悪いわけじゃありませんよ。どこへ向かったか分かりますか?>>

<<えぇ、場所は―――>>

 

 場所を聞いた瞬間から走り出す。今すぐにでもイビルアイの元へ駆けつけたい。そうしてラキュース達を置いたままに走り出す。

 内心では焦っていたのかもしれない。生き返らせる方法はあるが、でもそれなら死んで構わないわけではない。生きていて欲しいと願いながら足を動かす。

 そうして王都中央広場へと駆ける。

 

 

 

 ―――この日、王都が滅びるその時まであと僅かになっていた。




イビルアイって神人みたいにプレイヤーの血混ざってるの覗けばこの世界では竜王に次ぐクラスの強さですよね。(竜王とは桁が離れてますが)
そのイビルアイが追い込まれる状況ってのを現地勢力だけで作るってのが本当に苦労しました。この数日間ひたすらそれに悩み続けていました…。
そして王国編も終わり近くになりました。あともう少しだけ続くんじゃ。

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