歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

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漆黒と蒼

 ランポッサ三世、それは当代の王国代表者たる人物だ。39年という長い年月この国の王として国政に携わってきた人物。しわがれた顔に白く染まった頭髪。曇った表情に霞んだ瞳。王と言うには覇気のないその姿はこの国の有様を表している。貴族派を打倒できるでもなく、国内の膿をはじき出す事もできないままひたすらに時を過ごしてきた王。―――第三者からしてみればその評価は限りなく低いだろう。

 しかしガゼフ・ストロノーフはそんな王に敬意を示す。貧しい育ちだった彼にとってはこの優しすぎる王は欲に塗れた貴族よりも余程正しい生き方に見えたのだ。そんな王からの直々の依頼に彼は応えるべく、装備を身につけ、部下を纏め上げていた。そして王の御前にて片膝をつき、こうべを垂れる。

 

「ガゼフよ、どうか…どうかラナーを見つけ出してくれ」

「勿論です、陛下。この身に代えて王女殿下を探しだし、必ずや連れ帰って見せます」

「あぁ…頼んだぞ」

 

 そう、短い会話の中にお互いの信頼を乗せた言葉を発し続ける。―――ラナー王女はいつの間にか姿をくらませていた。今王都内は怒涛の勢いで情勢が動いている、あの蒼の薔薇の魔法詠唱者はなんと吸血鬼だという噂が蔓延り、蒼の薔薇を捕まえるべく貴族達が過激に動いているのだ。

 この荒れた状態の中、王族は警護をしやすくするために国王の部屋へと集まっていたのだ。ラナー王女の迂闊な一言に自身の名声を高めることを欲心してしまったバルブロ第一王子を除けば三人の王家の血筋のものが揃っていた。だが厠へと向かう旨を伝えた後、ラナー王女の姿はどこにも見当たらなくなったのだ。

 ―――よもや、この王都の事件に紛れ込み、連れ去られたのでは?

 悪い予感が時間と共に増していく、王族ながらに子を大切にするランポッサ三世はたまらず、ガゼフに捜索の依頼をだしたのだ。

 

 そうして王城を調べるうちに隠された王族脱出用の通路につい最近開かれたかのような痕跡を発見し、その出口を推測する。王の懐刀であるガゼフは当然この道を知っているのだ、一番遠いところでは丁度王都の外へ出られる位置に門が繋がっていたはず。

 この状況、もし攫われたとするならば一番遠い場所を目指す可能性は高い。そうでなくても王都内に居てくれるのならば対処のしようはある。一番まずいのは王都外へ逃げられることだ。―――そう考え、急ぎ馬を用意し駆け出す。何が起きても対処できるよう準備していた部下達と共に王都を覆う防壁の外へと馬を走らせる。

 そうしてガゼフ・ストロノーフは見つけてしまう。ラナー王女がアインズ・ウール・ゴウンに攫われてしまう瞬間を。

 

 

 

 

 

「仮面、渡しておく。モモンに返して」

 

 ティアが嫉妬マスクを取り外し、イビルアイへと手渡す。さっきまでグヘグヘ言いながら股間を覗こうとしてきていたので涎がびっしょりついていた。汚い。モモンガの物だから綺麗にしてあげたいが拭くものは手じかには自分の羽織っているローブしかない。折角愛する人が被せてくれたローブなのだ、汚したくないと仮面はそのまま座席においておく。

 

「あぁ、ありがとう―――いくのか?」

「…うん、鬼ボスが待ってる」

「そうか…すまないな、最後に迷惑しかかけなかった」

「そんな事ない―――ありがと、さよなら」

 

 ティアが短い別れの一言を発する。彼女はこれがイビルアイとの永遠の別れになるだろうと察していた。ふざけていても彼女は蒼の薔薇が大好きだったのだ。ある日唐突に迎えた別れにティアにしては珍しく―――いや、初めて見たかもしれないほどに表情を変える。それは綺麗な笑顔だった。

 

「―――あぁ、ありがとう。さようならだ。…ラキュース達にも宜しく言っておいてくれ」

「うん、わかった」

 

 恐らく、伝えることはないだろう。ラキュース達はアインズに攫われたと思っているだろうから。ティアはモモンガの本当の姿を伝えない、きっと約束を守ってくれるだろう。そんな事ぐらい分かっている。

 だけど―――それでも思いを伝えたかった。大切な蒼の薔薇の皆に別れの一言を。いつか時間が経ってから伝わる―――そんな形でもいいから、その一言を。

 イビルアイも長々しい台詞など用意せず、すっきりと終われるよう。短い一言を伝言として頼み、最後の別れを済ませた。

 

 ―――まぁ、この時はそう思っていただけなのだが。

 

 

 

 

 

「なんだあれは!?隊長!!何か獣のようなアンデッド2体発見!!その上に謎の魔法詠唱者と思われる男が騎乗しています!!!」

「なんだと!?総員抜刀!!油断するな!!!アンデッドの大半は夜が得意だ!追い払うが不用意には近づくな!!」

 

 ガゼフが声をあげ、戦士団の者達が剣を抜き馬を駆けさせる。彼等は歴戦練磨の(ツワモノ)揃いだ。迷うことなく動き始める。

 それに気づいた謎の騎乗者はチラリと後ろを見て驚いた様子で速度を上げて逃げ出す。

 目の前の強力なアンデッドと男の姿をはっきりと視認できないのが辛い、彼等王国戦士団は松明の明かりといくつかの<永続光(コンティニュアル・ライト)>を宿したランタンを持っているだけだ、手に持ちながら夜の王都近郊を捜索していた彼等には少し距離が離れればその男の姿ははっきりと視認出来なかったのだ。

 

「あのアンデッド…ありえぬほどに強いぞ―――まさか、ゴウン殿か!?」

 

 ありえないほどの存在感を放つアンデッドの獣に戦慄を覚える。そして思い至るのだ。王都で今起こっている騒動、アインズの娘というイビルアイは今処刑が行われようとしているはずだ、あの御仁ならば娘の危機に必ず現れる。そうガゼフは踏んでいたのだ。彼は今、まさしくここに現れたのだ。救い出した後なのか、それともその前なのかまでは分からない。なんだか少し体躯が小さく見えるし装備品も質素に見える。だがこの暗闇だし、何より相手は想像を絶するほどの魔法詠唱者だ。見た目の変化など些細なことだろう。そう考え、そして彼をとめるべきか悩む。そこへ―――

 

「<火球(ファイアーボール)>」

 

 騎乗していたローブ姿の男から次々と火球の連打が見舞われる。その連射量に避けきれず、犠牲になる戦士たちが出る。「ギャァ!!」という叫びと共に馬と共に倒れ、のたうちまわる戦士たち。

 

「待ってくだされゴウン殿!!!!私は!!!私は―――!!!」

「<火球>」

「…ッ!クソッ!!!!」

 

 火球の嵐は止まない、避けきれずに負傷するものが後を絶たない状態だ。―――そんな中、早駆けを得意とした者が前に出る。

 

「戦士長、私が隣接し攻撃します!!防御に出れば速度は落ちるはずです!!!」

「ま、待て―――」

 

 ガゼフが言うが緊迫したこの状況、若い戦士は興奮し、そのまま止まらず前に出る。得意の早がけと数人の仲間が囮になる援護を受け、ある一定の距離まで近づいたときそれは起こった。

 

「喰らえ―――あ?―――」

 

 馬と共に突然倒れ込み、そのまま若い戦士は動かなくなった。

 ソウルイーターによる魂喰いだ、抵抗(レジスト)できるだけの能力値が無ければ簡単に魂を喰い散らされるのだ。そうして若い戦士の命は散った。

 

「クソ!!全員近づくな!!!」

 

 ガゼフが叫び、一斉に戦士たちが散らばる。敵の攻撃を懸念しての散開陣形だ。この暗闇の中でも彼等は一流の戦士としての動きを見せていた。矢を持つものは矢を番えいまにも攻撃するぞという意気込みを見せている。だがそこへ容赦なく、ソウルイーターからの<火球>が降り注ぐ。謎のローブ姿の男性だけではなく魔獣たちまで魔法を飛ばしてくるのだ。いくら散開しているとはいえこのままではこちらがやられてしまう。

 何とか状況を変えるべくガゼフは必死に叫ぶ。

 

「ゴウン殿!!!ゴウン殿なのだろう!?どうか攻撃をやめてくだされ!!!」

 

 だがガゼフが叫ぶも攻撃は止まない、見過ごすわけにもいかず、ただ消耗するだけかと思われたそのとき、ある一つの存在が現れた。

 馬車だ、一つの馬車が何故かこの暗闇の時間帯に用意されていた。こちらの騒動に気づいていたのか既に走り出し、抵抗をしようともがいている重装の剣士の姿がちらつく。―――何か密命でも帯びていたのだろうか?かなりの装備品…闇夜でも光り輝くミスリルで全身を覆った鎧のように見える―――「んん!?」とガゼフが声を上げるのは当然だった。

 

「…まさか、その鎧は!!クライムか!!!」

「ガゼフ様!?クッ!!!この離れろ!!!」

「ラナー王女は!!ラナー王女はそこにいるのだろうか!!」

 

 「はいっ!!」―――と、その言葉に肯定の声を出し、目の前の敵へと剣を向けるクライム。

 

「よせ!!!そいつらは君の手に負える相手ではない!!!」

 

 そういいながらも何も手出しは出来ない。馬車に近づかれては矢を撃つことすらできないのだ。人質に取ったのか、そうでないかまでは分からないが攻撃するわけには行かない。クライムがいるならラナー王女もそこにいるはずだ。間違っても馬車の中にいるだろう王女に当てるわけにはいかない。

 

「攻撃中止だ!!!相手に刺激を与えるな!!!」

 

 それ以外の指示の出しようが無かった。王女が囚われている以上、どうしようもない。アインズが何故王女を人質に取るのか、そこまで察することは出来ないがこのままでは王女に危害が加わる可能性がある。矢も撃てず、ただ追いかけるしかない。

 

「ゴウン殿!何故なのですか!!!ゴウン殿―――!!!」

 

 そう叫ぶガゼフを尻目にローブ姿の男は一つ声を上げた。

 

 

 

 

 

「ゴウンって誰だ……」

 

 デイバーノックはそう呟く、彼はかなり離れた距離からもガゼフに気づいていた。

 アンデッドの大半は暗視の力を持っている。闇に生きる存在が闇を見通せなくてどうするのだ、という話だからだ。自分を保護してくれた謎のアンデッド―――魂喰らい(ソウルイーター)に腕を縛っていた縄を解いてもらい、王都を抜け出す手伝いをしてもらっていたのだ。

 どういう理由か知らないが自分の命令を聞いてくれるこのアンデッドを利用し、見事王都を抜け出せたと思った矢先の出来事だった―――。

 偶然にも人が乗っていると思わしき馬車を盾にさせてもらい、なんとか場を切り抜けられそうだ。後はこの骨の四足獣に<火球>の魔法や先ほどの命を吸い取る攻撃で相手を蹴散らせば逃げ切れるだろう。

 

「悪いが人質になってもらうぞ、<飛翔(フライ)>」

 

 乗っていたソウルイーターから馬車へ飛び移る。荷馬車の狭いスペースから剣士が必死ににらみを利かせているが自分の見立てではたいした敵ではない。<電撃(ライトニング)>でも使って無力化するか?―――そう思って荷馬車に降り立った直後。

 

「……人質とは物騒だな、デイバーノック」

「げぇ!?お嬢!!?」

「キショイからやめろその呼び方」

 

 何故かいるイビルアイにデイバーノックは驚きの声をあげるしかなかった。

 

 

 

 

 クライムが装備するミスリルの全身鎧は兜の部分に暗視の効果がついたマジックアイテムなのだ。外でお忍びということで完全装備をしていたクライムは、早くから謎のアンデッドが近づいてくる事に気付いていた。ラナーを馬車に乗せ、敵から離れる為に馬車を走らせていたのだ。

 そうして馬車の中で休息をとっていたイビルアイもまとめて騒動に巻き込まれる羽目になったのだ。迷う事なく魔法の準備を始めるイビルアイ、だがしかし御者の男性が声を上げる。

 

「な、何だこの化け物は!?」

 

ふと意識を回せばソウルイーターがイビルアイに向けて〈火球〉を向けている。この狭い馬車に向けてそんな魔法を使われては全員火だるまだ、どうするべきか?イビルアイは悩む。切り抜ける方法を考え、じっと相手の出方を伺っているとき、新しい声がかかった。

 

「大人しく従いましょう」

「ラナー王女?」

「ラナー様!?」

 

イビルアイとクライムが揃って疑問の声を上げる。

 

「どうやらこのお方の御付きの魔獣はイビルアイさんでも攻撃を躊躇うほどの存在のようです。今はこちらの御方の指示に従いましょう?」

 

 ニコリ、と笑顔を絶やさずに人質になることを受け入れる発言をするラナー。それはつまりデイバーノックのいうことを聞くということだ。

 

「話が早いようで助かるぞ。それで貴様等は何者だ?」

「王女って言っただろうが。耳が付いてないのか?」

 

 イビルアイの辛辣な一言が続く。

 

「……王女がこんなところにいるわけが無いだろう。この騒動の中だ、きっと王城で―――」

「はい、私がラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。宜しくお願いいたしますね」

「……………うっそ」

 

 デイバーノックは、言葉もなく固まるしかなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、我々は攻撃するわけも行かず、アンデッドの獣に引っ張られた馬車はそのままエ・ランテル方面へと逃亡していったのです」

「はぁ………」

 

 ガゼフが語り聞かせるも上の空の返事をしてしまう。(何やってるんだ、デイバーノックさん…)―――モモンガはそう頭の中でツッコミを入れるが、状況を考えるとモモンガもかなり悪い。何せ逃げるための手助けをしてるのだから。言い返すことも何も出来ずに相槌だけ打って黙ってしまう。

 そういえば<伝言(メッセージ)>が何回も届いていた気がする。―――前夜の騒動が終わった後、モモンガは精神的ショックが収まるまでしばらく意識が飛んでいた。あの後あまりにも哀れに思ったラキュースが周りを静め、「この御仁は英傑モモンとおっしゃるのだ!」などの演説を行ってくれなければ本当にあのペド・ゲスが広まっているところだったのだ。

 そのラキュースの善良っぷりにガシィッ!と彼女の両手を掴み「女神ィ……!」とか呟いてしまったモモンガ。それに処女っぷりを発揮したラキュースは目を泳がせ「あの!?そういうのは……イ、イビルアイにしてあげてください……」と顔を真っ赤にさせながらポツリと呟いた。

 そんな二人を見た人たちが後世に残る吟遊詩として『太陽と漆黒の恋物語』という詩を残してしまうのだがそれはそれ。まだ先の話だ。

 結局のところ彼等はこの惨状を前に何か夢中になれるものを探したに過ぎない。恐怖を忘れるために。変な名前で喝采をしたのだって心を落ち着けるためだ。今だって彼等はちょっとした噂で残りの八本指を粛清するために動き回っている。まさしく暴徒として。

 モモンガが噂を流して消しつくすつもりだったが、いつの間にか合流していたティアがティナと二人で裏路地に噂を流していたのだ。

 

 ―――今回の出来事の全ては八本指がアインズ・ウール・ゴウンをおびき出そうと企てたからだ―――と。

 

 その話を聞いた民衆や冒険者達、八本指に恨みを持つもの達は今、裏路地で私刑を始めている。この王都は膿を抉り出しきるまで血肉の流出は止まらないだろう。―――それでいい、そうモモンガは思う。

 元より八本指は全て存在を抹消する。必要悪もいるのはわかるがあれは必要のない悪だ、少なくともモモンガにとっては。イビルアイを消そうとした連中全てを駆逐するまで止めるつもりはない。アンデッドでの駆逐が出来ないならばラキュースの言葉通り、人間に裁かせる。徹底して消し去ってやるつもりなのだ。そういう意味では協力どころか進んで裏で行動してくれたこのイジャニーヤさんの子孫とも言える二人には感謝の気持ちで一杯だった。

 

 話題は逸れたがそうして現在に至る。ガゼフ・ストロノーフが自身では為しえなかったことを行ってもらうため、モモンガに依頼をしにきたのだ。

 

 

 

 表は中央広場から辺り一帯、血と臓物の川が今も築かれている。そんな中にいつまでもいるわけにもいかず、今は蒼の薔薇の宿泊する一室を使い、ガゼフとモモンガが面談をしていた。

 

「どうか、ゴウン殿を止めてはくださらぬでしょうか」

「は、はぁ…」

 

 目の前にいるんですが…と言うわけにはいかない。この人にばれたら本当に悲しまれるだろうな、というのが分かる。自分も気に入っている男だ。苦しめるつもりも無ければ曲がったことをするつもりも無い。何より向こうの信頼が凄いのだ。

 

「ゴウン殿が王女を理由も無く誘拐するはずがない、何か事情があるはずだ」

「え、えぇ…そうなんですかね」

「そうですとも!ゴウン殿は!……失礼、取り乱しました」

「いえ、お気になさらず……して?」

 

 簡素に先を促す言葉を呟く。なんの遠慮も気配りも入れないその一言にガゼフは感謝の眼差しを向けながらも続きを語った。

 

「貴方は私ですら倒せぬ死者(アンデッド)の群れを次々と屠ったと聞いております。かの御仁は恐らく死霊系魔法詠唱者…貴方こそ適任と思い、不躾ながらも願いに参ったのです」

「………」

「情けない話だとは思っております。あの御仁を止めることどころか……娘様を救うことすら出来なかった」

「……あの子は吸血鬼です。そしてゴウンはスケルトン系のアンデッドだ。あの子も実の娘ではないでしょう。あなたはそれでもゴウンとあの子を認めるのですか?」

 

 ガゼフの物言いは一切の侮蔑を感じさせない、それが演技だとは思えないし、何よりゴウンという人物に対しての敬意すら感じられる。人外であったとしても彼は認められるのだろうか?モモンガは純粋な疑問を抱き、質問をする。

 

「驚いてはいますが……ゴウン殿は私の恩人です。そこに変わりはありませぬ……それに」

「それに?」

「あの時見た怒りは、何よりも大切な者を守ろうとする姿でした。嘘偽りとは思えませぬ」

 

 あの時、とはカルネ村のことだろう。イビルアイを攻撃しようとしてきた法国の特殊部隊を蹴散らした時のことだ。そのときからこの人は一度あったきりなのに変わらず信頼を抱いてくれているのだ。

 「例え異形でも、血はつながっていなくとも。それは父と娘の愛だ」この人ならばそういいきるに違いない―――あぁ、良いなぁ、格好良いなあ。こういう男はやっぱ男が惚れる男って奴だよな。モモンガは誰に聞かせるでもなく脳内で語りながら頷く。

 

「……分かりました。ガゼフさんの人柄を立てましょう」

「ありがとうございます、モモン殿」

 

 深く、本当に深く頭を下げてくるガゼフ。騙しているようで、どこか心が痛んだ。―――いや、騙しているか。と自嘲する。

 

「イビルアイについてはこちらで独自に動きます。お任せください」

「あぁ、頼みます。モモン殿!」

 

 男と男の約束、まさしくそう形容するべきだろう一場面、これでモモンガとアインズが同一人物でなければ完璧なのだが…。ともかく、それと知らぬガゼフは本気の信頼を寄せているのが分かる。イビルアイと懇意にしていたというモモンを本気で信用しようとしているのだ。その実力と普段からの態度を聞いて真っ直ぐに信用してくれたのだ。

 人を疑うというのは必要な事とは思うが、この真っ直ぐさはやっぱりモモンガには眩しい。気に入る存在だ。

 

「では…私はこれにて失礼する」

「えぇ、そちらも―――この状況、どうかご無事に」

「―――感謝致す、モモン殿」

 

 この状況―――八本指の死骸と呆然とする貴族、そして暴徒達。貴族は生きてはいるがほとんどは心神喪失状態だろう。現に中央広場からモモンガ達が動き出すまで呆然とし、涎と汚物を撒き散らしていたのだから。

 そんな中でもガゼフにはやらなければならないことがある。この状況を収め、次に進む一歩への足がかりにならなければならないのだ。それは苦行だろう。なにせこの何も出来ない政治家が集まった国家なのだから。

 腐るも腐り、既に腐り落ちつくした国家。そんな国家でも王にだけは絶対の忠誠を誓う彼は今から数年―――数十年の苦行の日々を過ごすことだろう。ラナーが戻らなければ、王国の膿を出し切っても次の一手を打てるとは思えない。―――目下私刑が繰り広げられている状況とアンデッドが湧き始めている状況に手を取られるだろうガゼフがこの日から休む暇も無く働き続けるのは間違いないだろう。

 王国のあり方も、この日から急速に変わっていくに違いない。

 

 

 

 

 

 

「ラナーが攫われたって話、本当ですか?」

「えぇ……どうやらそのようで」

 

 違うんです、デイバーノックさんが悪いんです。そういえればどれほど楽なことか。

 だが現実はソウルイーターを貸し与えたモモンガのせいなので完全に黒だ。ラキュースがズンと黒い表情をしている。親友と言っていたラナーが攫われて怒りに悶えているのだろう。

 ラキュースは信仰系魔法を使えるため、先ほどまで表で救護活動を行っていたのだ。それに負傷者の運搬、動死体(ゾンビ)化を防ぐための火葬などの処理を蒼の薔薇の面々も手伝っていた。救護者を運ぶ最中、ラキュースは神殿と行き来する間にニグンにも会ったらしい。どうやら彼は約束を果たしてくれたそうだ。色々行き違いはあったが、守るべき部分は守る男として認識してもいいのだろうか?なんにせよ、救った存在が無事でよかった。それにつきる。

 

 そうして事態がひと段落した頃、改めて宿で集まって打ち合わせが行われていた。

 

「……モモンさん、どうか私を連れて行ってくれませんか?」

 

 ラキュースが真剣な表情で懇願してくる。その表情に曇りは一切感じられない。自分もラナーを助けるため、命を懸けてでも戦う……そう言いたいのだろう。

 

「いえ、ですが……」

「お願いです!!親友を攫われて黙っていられるほど私は薄情者ではありません!!足手まといになれば囮に使ってくれてもかまいませんから!!」

「い、いや流石に囮は…」

 

 ついついしどろもどろになってしまう。ラキュースを囮になんて使えばイビルアイになんていわれることか。

 見れば蒼の薔薇全員が参加するつもりらしい。既に装備を整え始めている。なんとも困ったものだ。―――自分だけならラナーを送り返して、そのままイビルアイと立ち去るだけでいいのに…。

 

「どの道、ここにはいられない」

「え?」

 

 ティナが突然呟く。

 

「冒険者達も八本指に従っていた。冒険者組合も怪しい」

「そう、それに私達は一応逮捕されてそのまま脱獄している状態。ここに居て無事な保証は無い」

「あぁ……」

 

 ティアとティナの冷静な思考に頷く。なるほど、そういえばそうだ。冒険者組合への不信はともかく、脱獄は確かに不味い。状況が落ち着けば改めて逮捕される可能性もありえるのだ。勿論英雄蒼の薔薇を今更糾弾すれば政治家たちが国民の不信を受けるのは違いないが、それでも法律上は脱獄犯なのだから。―――後でゴーストでも送って脅しをかけておこうか。どの道貴族はレエブン侯以外は容赦するつもりはない。全員自殺するまで追い込んでやってもいい。モモンガにとってはその程度の存在価値しかなかった。

 

「そうね、その通り……私達はここにはいられない。ラナーが帰ってこなければ王都も落ち着くとは思えないわ」

 

 ラキュースもティア達の考えにコクリと頷き、皆を見渡してから改めて宣言する。

 

「モモンさん……私達は今から根無し草です。その中でも唯一できる事は親友と仲間を救い出すことなのです。どうか、どうかお願いします!」

 

 立ち上がり、深く頭を下げてくるラキュース。今まで世話になってきた部分もある。励まされた部分もある。そんな相手に頭を下げてもらうのは悪い気持ちがした。

 

「……わかりました。どうぞ付いて来て下さい」

「ほんとですか!!ありがとうございます!!」

 

 パァッと明るい表情を作るラキュース。太陽と呼ばれるにふさわしい笑顔だ。

 

「ただ、条件があります」

「条件?」

 

 クニッと柔らかく首を傾げる。美人がやると何でも絵になるものだ。イビルアイもそうだがこの世界の住人―――特に女性は本当に美形揃いで驚く。ラナー王女なんて黄金と呼ばれるのも納得の美しさなのだから。

 鈴木悟の部分が思わず目を逸らしそうになるのを我慢する。自分を見てくるラキュースも本当に美人で困るのだ。キョトンとした綺麗な緑の瞳がこちらを真っ直ぐに見てきていた。

 

「私が危険だと判断したら皆さんは安全な場所にいてもらいます。そこから先は私が解決してみせますので、皆さんは必ず自身の身を守ることを優先してください」

「しかし、それではラナーを助けるには……」

「皆さんは、私よりも弱い」

 

 ここははっきりと言ってあげるべきだとモモンガは判断する。だからこそ辛辣な態度を取る。

 

「お荷物になるというのははっきりと分かりきっています。だからこそ、せめて私の判断には従ってください」

「………」

 

 蒼の薔薇の全員が全員、沈黙する。はっきりいって実力から言えばイビルアイと比べても倍近く下なのだ。そんな連中を連れて行くほうがこちらとしては困る。そうはっきり断言してやる。

 酷いようで、これは寧ろ優しさだ。彼女達に自分の実力を思い知らせる意味もあるのだから。

 

「……分かりました」

 

 ラキュースが肯定の意を示す。他のメンバーも他意はないようで、黙って頷く。

 

「モモンさんに私の全てを託します」

「ブッ」

 

 信頼の証なのだろうが、まるで何でもしますみたいな言い方なのにはつい噴き出してしまう。案の定。忍者とトロールがニヤニヤ顔になりながらあおり始める。

 

「ヒュー!!リーダーの処女が散る日も近いねぇー!!!」

「鬼ボス、先に私としよう?」

「鬼リーダー、積極的」

「ちょっと!?何勘違いしているのよ!?」

 

 真っ赤になりながら否定するラキュース。さっきまでの神妙な雰囲気は何処へといったのか。蒼の薔薇は相変わらずだ。けれどそれも重い空気を吹き飛ばすための気遣いなのだと今はわかる。

 イビルアイが気に入る理由も何となく分かった。―――本当にバランスの良いチームなんだな。

 そう、なんだか妙に嬉しい気持ちになって。そしてこれからのことを考えて気が重くなる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンねぇ……」

 

 思わず呟いてしまう。かつてのギルド、過去の思い出……忘れようとしていた自分が咄嗟に口をついて出た嘘はそんな名前だったのだ。

 たった一度―――いや二度か。それだけの回数名前を登場させただけでこれだ。そしてそんな事をしてしまった自分にも嫌気が差す。

 もう諦めたはずなのに、何をグズグズと悩んでいるのだろうか?長い時の中、もう出会うことはないのだと理解していたはずなのに。

 

「ひょっとして、何か知っているのですか?」

 

 ラキュースがモモンガの神妙な態度を疑問に思い、問いを出す。

 

「知っているというか―――失った何かというか…いうなら闇のようなものですかね」

「闇」

 

 ラキュースの肩がピクンッと跳ねる。

 

「……失礼を承知で伺いますが、何か深い関係があったということですか?」

「あぁ……いえ、そうですね。かつての存在意義というか、そんな感じでしたかね」

「かつての?」

 

 皆が疑問の表情を浮かべる。―――少し喋り過ぎたか、そう思いラキュースの方へ顔を向けると興味深々な顔を見せていた。他の者と比べても喰い付き具合が違うような気がする。何故だろう?と考えてみたところではたと気づいた。

 

「あぁ、()()()()()じゃないですよ?その、もっと別のものです」

「え、あ!?そんなんじゃないですから!!気にしなくてもいいですから!!」

 

 慌てて取り繕うラキュース。その頬は真っ赤に染まり、恥ずかしい方向へと思考が向いていたのだと言外に物語っている。

 

「ははっ、ラキュースさんは暗黒騎士さんそっくりですね」

「!!……暗黒騎士とですか?」

 

 燦々と目を輝かせながら質問してくるラキュース。分かりやすい。

 

「えぇ、あの人も()()大好きでしたからねぇ」

「……設定?」

 

 瞬間、目から光が無くなるラキュース。分かりやすい。これ以上は彼女の夢を壊すかと思い、口を塞ぐ。そこへティアから声がかかった。

 

「そろそろ行動に移すべき」

「ティア?」

「…イビルアイは犯されてた」

「ブフッ!?」

 

 思わず噴き出す。何を?何をいっているのだ?と疑問の表情をモモンガは向ける。

 

「別行動していたからみてた、空中でイビルアイはアインズに唇を奪われその後は……」

「な、なんて下劣な!!」

 

 すかさずラキュースが声を上げる。乙女として少女に行われる蛮行に許しがたい怒りを覚えたようだ。

 

「それだけじゃない、胸も揉みしだいて下も手を這わせて……」

「や、やってません!やってませんから!」

「なんでモモンが否定するわけ?」

 

 ティナの冷静なツッコミが響いてくる。こっちとしてはこれ以上余計な容疑をかけられたくはないのだが、真実を喋れないのが不利に働いている。……というかティアは見ていたのだろうか?音声阻害の魔法は使っていても生命探知は使っていなかったので気づかなかった。「ていうか事実と違うし!」とモモンガは言いたかった。

 あれはイビルアイからしてきてくれたわけで……瞼も無い身体だからその光景の全てが映し出されていた。美しい金の髪が揺らぎ、綺麗な赤い瞳は閉じられ、柔らかなそうな瞼と可愛らしい小さな鼻が自分の視界一杯に映し出される。「んっ……」と小さな声を漏らす少女の姿。

 それを思い出すと妙に気恥ずかしく―――と記憶に耽っていたところでまた現実に引き戻される。

 

「かわいそうに、舌を絡ませられて……ウゥ!!」

 

 わざとらしい、実にわざとらしい棒読みっぷりで口元を覆うティア。

 

「してない、してないですから!!大体舌ありませんよ!?スケルトン種だし!!」

 

 なんとか誤解(?)を解こうとするのだが、女性陣はこういうとき完全に女性の味方だ。男は汚物として扱われる。

 

「なんてひでぇことしやがるんだ!!」

「そんな、イビルアイはモモンさんのことを想っていたのに……クッ!!!」

「してないですから!!イビルアイは別に苦しんでもいませんから!!!」

「モモンさん!!あなたはどっちの味方なんですか!?」

 

 何故かアインズの擁護をするモモンガに思わず怒りを見せるラキュース。だがモモンガの言うべき一言は決まっている。

 

「自分の味方ですからぁぁぁぁー!!!」

 

 真相も言えぬままにそう叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 そうして漆黒と蒼の薔薇は走りだす。王都を抜け出し、大切な仲間の下へ。短いようで長い冒険譚が今始まる。




ガゼフさん登場回、もっと登場させてあげたかったけれどこれで当面出番はなしです。
原作で死んじゃった人を生き残らせるルートって描くの楽しいですね。
デイバーノックさんは原作の描写がちょこっとしかないので捏造し放題ですね。
下手に作りこまれていない分自由に動かしやすい感じです。

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