歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

18 / 21
ブレイン・アングラウス

 デイバーノックに追従するアンデッドに引っ張られた馬車は止まることなくそのまま突き進む。寝食の必要の無いソウルイーターを荷馬車につなぎ、休むことなく街道を突き進んでいた。

 元々繋がれていた馬は捨て置かれ、御者が「俺の馬がぁああ!」と叫んでいた、哀れな御者は今顔を青くさせながらも御者台に座り、ソウルイーターの手綱を握っていた。これぞプロ根性と言う奴だろうか。

 ―――只の馬と比べてもソウルイーターは十分な馬力を持っている。一体で荷馬車を引き、もう一体は警備の為に近くをうろつく。完璧な警備体制だ。

 何しろ放っておいても向こうから逃げ出してくれる。先ほどからずっとすれ違う馬車や冒険者達が慌てて逃げ出していた。

 

「おい、流石にやりすぎじゃないか?」

「……仕方ないでしょう、馬車で移動する以上目立つのは避けられない」

 

 イビルアイの指摘に答えるデイバーノック。若干引き気味に答えてる。―――彼もやり過ぎとは思ってはいるのだ。

 エ・ランテルへ向かう最短ルートとして今現在、レエブン侯の領内を通っていた。先ほどから逃げ惑う人々も全部領内の人間だ―――哀れレエブン侯、彼が何をしたというのか。妙にデイバーノックに協力的なラナーが教えてくれたのが運の尽きか。

 レエブン侯の手駒である衛兵たちが検問所の前で待ち伏せ、果敢に立ち向かおうとしてきていた。

 

「か、かかれええぇぇ!!!」

 

 抜刀し、一斉に切りかかってくる衛兵達。だが所詮レベル2~5ほどの集まりではレベル50近くにもなるソウルイーターを倒すことは出来ない。近づいただけでバタバタと魂を吸い取られ。彼らはゴミのように死んでいった。

 

「イビルアイ様、なんとか止めることはできないのですか!?」

「……私にも無理だ、あれ一体ならなんとか戦えるが二体居てはな」

 

 悔しそうにクライムがソウルイーターを睨みつけるが何も出来ないことを自覚し、「くそぅっ!」と悔しげな声を上げた後、座席に戻ってしまった。

 

「クライム、悲しまないで。今はアインズ様のお考えに従うしかないのですよ」

「……私はデイバーノックというのだが?」

「あら?逃亡中なら偽名は必要ではありませんか?」

「ムゥ!……確かに、そうかも知れんな」

 

 笑顔を絶やさずラナーが語る。この王女様は一体何を考えているのだろうか?イビルアイはひたすら悩むが、ラナーの考えを見通すことは出来ず、ただ放っておく事もできないままにズルズルと付いていくハメになってしまっていた。―――そんな間にも、道端には衛兵達の死体が築き上げられていく。死屍累々の街道の誕生だ。本当に、レエブン侯は哀れである。

 

 この後、王都から逃げるようにして帰ってきたレエブン侯は自分の領内が死体(まみ)れになり、混乱する市民で溢れかえっているのに驚き、「リーたんは!?リーたんは無事なのか!!!?」と自分の息子の名前を叫び喚きながら自分の館へと飛び戻ったという。

 この出来事も後のアインズ・ウール・ゴウンが見せた力の一部として語られることになる。―――歩くだけで死を振りまく、想像を絶する力を持った魔導の王として語られるのだ。

 無事だった息子と妻を抱きしめながら泣きはらす中年貴族、その彼がアインズ・ウール・ゴウンの恐ろしさと力を後世に語り継いでいくのであった。

 

 

 

 

 

 そうしてエ・レエブンを蹂躙した後、一週間はかかるはずの馬車での移動はハイスピードで移動し続けるソウルイーターのおかげで僅か三日で到着する。アンデッドは休む必要がないのだから、止まる事も無く突き進んだのだ。御者は途中で倒れて馬車で寝込んでいたが、その後もデイバーノックが指示を出し続けていた。止まってくれないものだから馬車の中で食事をとり、厠以外は休息もとらずに移動していたのだ。

 イビルアイとクライムは何度も引き返すよう訴えていたが、ラナー王女のには考えがあるのか、止めきる事も出来ず、結局そのまま目的地へと到達した。

 

「さぁ、エ・ランテルについたぞ」

「なぁ、もっと穏便に行かなかったのか?」

 

 もっと人通りの少ないルートを行けば犠牲も減ったはずだ。そう考えイビルアイは声をかける。

 

「私も逃走中なので、最短ルートを行くしかなかったのですよ、お嬢」

「……ガゼフも去ったんだから、一人で逃げればよかったんじゃないのか?」

「――――――あっ」

「お前なぁ……」

 

 イビルアイの言葉にはたと気付き、割とショックを受けるデイバーノック。

 こいつ、割と馬鹿だ。―――イビルアイがそう思うのは無理もない事である。

 ショックを受けながら御者と一緒に馬車からソウルイーターを引き剥がすデイバーノック。御者はビクビクしながらデイバーノックの言うことにしたがっているだけだった。彼が一番哀れかもしれない。

 

 ―――到着とは言ったが今居る場所は離れた森の中、アンデッドであるソウルイーターを連れたままエ・ランテルへと入るわけには行かないからだ。身を隠すのに丁度良い森の中に馬車を止め、骨の獣を茂みに隠す。

 デイバーノックを守護する任務を帯びたソウルイーター達は彼の命令ならば静かに従う。今も素直に命令に従っていた。

 

「私と貴様はここで待機だ、ラナー王女は好きにしろ」

「えぇ!?私も都市に入りたかったのですが?」

「だめだ、お前が来ればソウルイーターも一緒についてくる。街がどうなると思ってるんだ?」

 

 イビルアイの懸念はもっともだ。何よりソウルイーターなんてこの世界では伝説級の存在であって滅多と拝めるものではないのだから。そんな存在がエ・ランテルに入り込む危険性と起こるだろう騒動に気を回すのは当然であった。

 未だ王女の考えは読めぬまま、本人の希望通りエ・ランテルに到達してしまったのだから後は好きにさせるしかない。そう思いイビルアイは別行動を取ることを選んだ。

 

「さぁ、ラナー王女。後は好きにしてくれていいぞ。こいつは私が見張っておく」

「そ、そんな……」

 

 情けない声を出すデイバーノック。だがラナーは思案顔になり、しかしすぐに顔を上げて笑顔を見せる。

 

「お二人共、是非ご一緒にどうでしょうか?」

「……ダメだと言ったろう?こいつが来れば―――」

「このままでは御者さんが可哀想なことになってしまいます。馬だけでなく馬車まで捨てねばなりませんよね?」

「お、王女さま…」

 

 御者のおじさんが感動したかのように言葉を発する………いや感動していた。ズビッとか鼻をすする音が聞こえている。

 

「ダメだ、エ・ランテルまで大騒動を起こすわけにはいかん。只でさえ王都は半崩壊中なのだぞ?」

「分かっております。ですが―――」

「ちょっと待て」

 

 何か言いかけたラナーをイビルアイが制する。右手を上げて制止のポーズを取るイビルアイの気は、周囲へと向いていた。

 

「…で、この状況。どうするんだ?」

「この状況とは?」

 

 イビルアイが何かに気づいたらしい、それに疑問の声を投げかけるクライム。イビルアイほどの猛者ともなると敵意の混じった視線には敏感になるものなのだ―――そう、彼らは今。包囲されていたのだ。

 

「ゲッヘッヘ」

「かなりの上玉が手に入ったぜ」

「貴様等!何者だ!?」

 

 クライムが剣を抜きながら叫ぶ。いつの間にか森の茂みから武装した連中が這い出してきた。どうやらこちらがソウルイーターを隠している間に気づいて近寄ってきたらしい。

 ―――死を撒く剣団―――それはこのエ・ランテル周辺で傭兵家業を行う者たちの集まりだ。

 実際には戦争の無い時は強盗、窃盗、略奪を行う集団の為、エ・ランテルにとって手痛い存在なのだが―――そんな彼等はラナーの姿を見て上玉が手に入ったと思い、取り囲んだのだ。

 

「やるつもりか?貴様等程度なら回復したばかりの私でも勝てるぞ」

「お嬢、私だけでも十分ですぞ」

 

 嫉妬マスクを装着したデイバーノックが馬車から降り立つ。ティアが涎を付けていたので「クサッ!?」とか言いながらも身を隠したい彼はマスクを装備することにしたのだ。

 

「なんだぁ!てめぇ等は!」

「俺達が死を撒く剣団って知らねぇのか!?」

 

 がなり立つ薄汚い男の叫び声、自分の所属してる組織をあっさり名乗る奴は大抵の場合、それに胡坐を掻いているだけの雑魚だ。相手にする必要も無いと、イビルアイは鼻で笑う。

 

「知らんな」

 

 バッサリ斬り捨てるイビルアイ。デイバーノックも「右に同じく」と続く。

 

「ふざけやがって!!そのローブの男は殺せ!!ミスリルの鎧の奴は上等な鎧だ!強いだろうから手を抜くなよ!!ガキは好きな奴は遊びたいだろうから殺さず捕まえろ!!」

 

 男達の欲望に満ちた視線がラナーとイビルアイに向かう。少女だろうと捕らえれば使い物にならなくなるまで犯し尽くすつもりなのだ。それにラナーは絶世の美女だ。これを見逃す手は無いと男達は武器を構え、向かってくる。

 

「ラナー王女は馬車の中へ!!御者!戦わなくてもいいから武器だけでも構えてろ!!」

「わ、わかった!!」

「どうかご無事で!クライムも馬車の中へ……!」

「すみませんラナー様!相手は数が多い!!イビルアイ様とあのエルダーリッチでは対処しきれないでしょう!!」

 

 そう言い放ち、迷わず戦うことを選ぶクライム。―――「そんな!クライム!!」とラナーは叫ぶがクライムの意思は固いようだ。額に汗を流しながらも迷わず対峙を選んでいる。

 

「ラナー様!早く中へ!!」

「ラナーだってよぉ!!あの”黄金”とか呼ばれてる奴と同じ名前だぜぇ!!」

「これで王女様を犯したって周りに吹けるなぁオイ!!」

「犯せ!!捕まえて犯せ!!!」

 

 どうやら同姓同名の他人と認識したらしい。それも当然だろう。いくらお忍びとはいえ普通森の中に馬車を置いていくお姫様なんぞいないだろうから。

 相手の数は十数人ほどか、だがそれだけの数の相手を前にしても怯むことなく体勢を整えていくイビルアイとデイバーノック。アンデッド二人からしてみればこの程度の野盗は敵にはならない。だがクライムは別だ。

 強さで言うとミスリル級冒険者ほどの強さはクライムだってある。それは日々彼が鍛錬を欠かさないからこそ到達出来たものだ。だが彼には実戦経験がないのだ。唐突に起こった初の実戦に身体が硬くなっていくのが分かる。―――緊張している。それを自身も実感していた。

 

「肩の力を抜け、どうせこいつらはお前には勝てない程度の強さしかないさ」

「あんだとこのガキィ!!!」

「おい、オレがこのチビ犯すんだからあんま傷つけるなよ!?」

 

 魔法詠唱者と思わしき見た目少女に軽く馬鹿にされ、激高する野盗たち。攻撃を仕掛けようと前に出る。

 

「<結晶散弾(シャード・バックショット)>」

 

 すぐさま練り上げられた水晶の散弾が男と近くにいた数名を巻き込み風穴を開ける。ビチャビチャァ―――という音と共に開いた穴から血が噴出し、削られた肉があたりに飛び散る。数名が一瞬で蜂の巣状の肉の塊になった。

 デイバーノックもそれに続くように<火球>を飛ばす。威力を最大限にしたそれは範囲型の効果を生み出し、三人ほどが瞬時に焼け焦げる。あっという間に半数が消え去っていた。

 

「ヒッ!!」

「おぉおおおあぁあぁ!!!!」

 

 怯んだ目の前の男相手に隙ありとばかりに斬りかかるクライム。

 そのしゃがれた声で雄たけびをあげ、練習してきた剣技を振るい、彼が想っていた以上にあっさりと男の首は落ち、初めての勝利を掴み取った。

 

「や、やった!」

「油断するなクライム!」

「こいつらぁぁぁ!!!」

 

 クロスボウを番えた一人がクライムに狙いを定める。既に斜線に入ったのだろう、男は引き金を引き絞り撃とうとしたとき―――唐突に力が抜けたかのように倒れこむ。

 ソウルイーターだ、攻撃を仕掛けてきた連中の魂を次々と抜き取っていく。

 デイバーノックに危害が及ばないよう、独自に判断して攻撃したのだ。野盗たちは何が起こったのかも理解できないままにやられていく。クライムは呆気に取られながら固まっているしかなかった。

 

「……ただの雑魚だったな」

「お嬢の言うとおりですね」

「………」

 

 何か言いたげなイビルアイだが、最早何を言っても敬語は止めはしないのだろう。いい加減スルーすることにしたようだ。

 

「さて、生き残ったお前には質問がある」

「ヒッ!ヒィィイ!!?」

 

 一人リーダー格と思われる男だけは生き残っていた。ソウルイーターが威嚇するように周りをグルグル回っているものだから顔は青褪めきっている。

 

「いいか、全部話してお縄になるのと。抵抗して無残な死を受け入れるのと、どちらが―――」

「話します!!何でも話しますから許してくださいいいい!!!」

 

 喰い気味に叫ばれて少し機嫌を悪くするイビルアイ、だが彼女はそんな事程度では殺しはしない。

 

「なら答えろ。貴様等はなんちゃら剣団といったな?もっと数がいるのか?」

「は、はい―――」

 

 こうして捕縛した男から情報を聞き出し。森の奥に野盗の本拠地があることを知ったイビルアイ達は、馬車を停留させる手前見逃すわけにも行かない。と乗り込むことを決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 洞窟内には明らかに人の手が入っていると分かるような永続光(コンティニュアルライト)が続く一本道の空洞が広がっている。流石に日の下ほど明るくないが十分歩くのに問題ない視界を保てている状態だ。

 そんな野盗達が暮らす洞窟には今悲鳴が響き渡っていた。野盗に捕まった娘達の悲鳴ではない、野太い男共の叫び声だ。

 

「ギャアアアアアアアアア!!」「なんなんだこの獣のアンデッドは!?」「ちょ、許しグェ!!!」

 

 次々と上がる叫び声、一本しかない道だからこそ奥に逃げるしかなく、次々とすれ違う雑魚を横目に眺めながら男は突き進む。

 この世界では珍しい青色の髪の毛をし、カビのように無精ひげを生やした細身の剣士―――ブレイン・アングラウスは強者の登場に喜びの気持ちを抱いていた。

 複数のポーションを使い、自身の能力を強化(バフ)して対峙する。

 逃げ去る男の一人から聞いた話では相手は謎のアンデッドを駆使する魔法詠唱者二人が攻めて来ているらしい―――なるほど、少人数で攻め込み力を持つとは冒険者に違いない。そう当たりをつけてブレインは彼らと対峙することを選んだのだ。

 

「どうやら本当に見た事もねぇ化け物を操るようだな」

「そういう貴様は何者だ?」

 

 紅い宝石の埋まった仮面をつけ、何故か首と手足に枷をつけた少女が声を出す。―――コイツが上なのか?偉そうな態度にもう一人は付き従っているように感じられる。ならばコイツがアンデッドを操っているのかとブレインは考える。

 魔法詠唱者と言うのは侮ってはいけない存在だ。例え見た目が少女だったとしてもとんでもない攻撃方法を持っていたりするのだから。過去に老婆と侮って痛み分けになったことすらある身としては当然の考えだった。見てみればその少女の着ているローブはありえないほど上質なものだ。真っ赤に染まったローブは年季が入っているかのようにボロボロのように見えてしかし、キラキラと紅い光のようなものが零れている。魔化されたローブなのだろう。そう認識し、警戒する点の一つとして数えながら対峙する。

 

「俺の名前はブレイン・アングラウスだ」

「何!?本当か!?」

 

 どうやら小娘の方は自分を知っているらしい、変な仮面をつけた男は知っているのかイマイチ分からない反応だ。

 

「知っている奴がいてくれて光栄だ。俺はあいつ――ガゼフ・ストロノーフを倒すために剣の腕を磨くためにここにいる。どうだ?一戦手合わせ願おうか」

「……あぁ、どの道ここの連中は全員処分させてもらう予定だ。やらせてもらうぞ?」

 

  見れば既に小さな魔法詠唱者は魔法の準備を済ませている、小さな刃物のような形をした水晶が空中に浮かんでいた。

 

「……いいぜ、やってやろうじゃないか」

「ふん、あの世で私と出会ったことを後悔すると良いさ。―――手は出すなよデイバーノック」

「了解しました、お嬢」

「―――どうやら、おチビさんがボスで間違いないらしいな?」

「……フンッ」

 

 そう言いながらお互いに構えを取る。魔法詠唱者相手では距離があるのは不利だが、単発の魔法ならば避ける自信はあるし、事前に刀に魔法を付与してあるので多少の位階魔法ならば斬って反らすことすら可能だろう。―――ブレインが得意とする武技、<領域>と<神閃>を併用した秘剣<虎落笛(もがりぶえ)>ならばどのような速度にも対応出来る自信がある。

 切り結ぶその前に、構えたままに再び名乗りをあげる。

 

「ブレイン・アングラウスだ」

「……イビルアイだ」

「イビルアイ?聞いたこともないな、冒険者か?」

「アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の()()()()()さ」

「元?……蒼の薔薇だって!?」

「そっちは知っていたか」

「あぁ!!知っているとも!!あの婆さんはどうした?」

 

 ブレインが少しばかり喜色ばんだ声で問いを出す。―――ブレインとリグリットは昔戦ったことがあるのだ。勿論手合わせという形でだが。蒼の薔薇は彼女が所属していた冒険者二人のチームだったはず。気になるあの老婆の情報を手に入れたくて真っ先に質問する。

 

「引退したさ―――代わりに私が入ったんだ」

「そうか……残念だな」

 

 どうやら本当に悔しがっているのかイビルアイから視線を外し、苦い顔をしている。リグリットからブレインの話の詳細は聞いていないが恐らく引き分けだったのだろう。ガゼフとリグリットも良い勝負が出来るはずだから、ブレインもそうに違いない。イビルアイはそう考えていた。

 

「リグリットに会ったら伝えておいてやる。案外弱かったとな」

「へぇ、言うじゃねぇか」

 

 イビルアイの煽り文句にブレインがニヤリと笑いながら答える。―――強者であることは分かるのだ。ブレインにとって戦いたいタイプの相手ではないが、強者を倒すというのは彼にとって必要なことだったからだ。

 

「さて、行くぞ。」

「……その前に、一つ聞いて良いか?」

「何だ?」

「……なんで首輪してるんだ?」

「こ、これはその!?理由があるのだ理由が!!!!世界よりも何よりも大切な理由がな!!!!」

 

 途端に年相応の声色を出し、耳を真っ赤にさせるチビ魔法詠唱者。―――イビルアイは手枷足枷首輪はそのままだった。単にモモンガがこれでその気になってくれたら嬉しいなという考えでずっと付けていたのだ。いつの間にか馴染んでしまったので外すこともなく過ごしていた所をブレインに突っ込まれてしまった。

 

「コホンッ!……冥土の土産に拝んでおくんだな。これでも仮面の下は自信があるんだぞ?喜んで殺されるんだな」

「……ほざけ、小娘が!」

 

 叫び、<領域>を展開し、相手の攻撃を見極める。対してイビルアイは数歩ほど近づいて来た後、何の前動作も無くその刃物を撃ち放った。

 

「<神閃>!!」

 

 ヒュッと短い音がした後、無属性物理魔法であるクリスタルダガーは真っ二つに切り裂かれ消滅した。圧倒的速度、それは人外にとっても対応しきれるものではない。―――この世界に限って言うならば。という言葉が付くが。

 

「―――確かに、中々の腕前だな」

「そいつはどうも。……で?次はどうするんだ?」

 

 相手を苛立たせるため、挑発するべく言葉を投げかける。

 ―――相手の手札がわからないなら相手から手札を見せるよう動いていく。決闘の上等手段だ。しっかりと計算を行いながら会話を続け、警戒も緩めないブレインはまさしくアダマンタイト級に等しい剣士だったのだ。

 

 

「……では、次はこちらの番と行かせて貰おうか」

「あぁ、来やがれ!!」

 

 鞘に戻した刀の柄を握り締めなおし、次に来るだろう攻撃に意識を集中させる。―――それが悪かったのだ。()()だと思っているから油断してしまったのだろう。

 

「<重力反転(リヴァース・グラヴィティ)>」

「何!?」

 

 しまった!!阻害系魔法か!?宙に浮きそうになる感覚にそう思い、抵抗(レジスト)するべく意識を集中させる。だが相手はそこで見逃してくれる程軟な相手ではなかった。

 

「ならこれはどうだ?<砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)>!!」

「ぐおぉあ!?」

 

 ブレインが必死に浮き上がるまいと抵抗していた所にこの世界でも究極レベルの妨害魔法が降り注ぐ!―――顔面を塞がれたブレインは、残念なことに五感が薄れ、抵抗する力も無く宙に舞ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 死を撒く剣団の面々は洞窟の一番奥、最後の砦となった場所で敵を迎え撃つべく、バリケードを築き上げながら油断無くクロスボウを構えていた。

 万が一にもあのアンデッドにブレインが負けた場合、ここが自分達の最後となる場所なのだ。だがそうならないよう、全員が息を潜めながら真剣に前を見据えていた。

 

「おい、なんか音がしなかったか?」

「ブレインじゃないのか?」

 

 洞窟の先、永続光で照らされているとはいえ薄暗い通路の先から確かに音は聞こえる―――ジャカリ、ジャカリという爪が地面を蹴るような音だ。

 

 ―――ジャカリ、ジャカリ、ジャカリ――――――ジャカジャカジャカジャカ!!!!

 

「この音、獣の爪みたいな音…」

「ま、まさか―――」

 

 団長である男がまさかの可能性に思い至り、急いで部屋の後ろ―――物置小屋へと走り出す。だがそれよりも早く、バリケードを飛び越える影があった。―――ビュウ!という音と共に頭上を駆け。シュタリ!と降り立つ存在。そいつは薄黒くかつ黄色身を帯びたオーラを纏った骨の四足獣。ソウルイーターだった。

 

「うわぁああああああああ!!」

「ブレインはやられちまったのか!?」

 

 クロスボウの矢は骨の体には通用しにくく、素通りしていく。「ちくしょおお!!」と叫びながら打撃武器を使って攻撃しようにも近づいたものからドンドン魂が吸われていく。バタバタと倒れ時にはグチャグチャ口で噛み潰され。体当たりで自分達が築いたはずのバリケードに串刺しになる者までいた。容赦等アンデッドには無いのだ。

 「ギャアアアアアアアア!!」「ヒギアァァ!!!」と叫び散らす―――彼らは一人も残らず、皆殺しになった。

 

 

 

 

 

「はぁ、まさか俺が負けるなんてなぁ―――」

「私とお前とじゃ『れべる』という奴が違いすぎるんだよ。諦めろ」

「れべる?なんだそりゃ?」

「強さを表すものだ。冒険者が使う難度と一緒だな」

「へぇ…」

 

 感心したようにブレインが相槌を打つ。あの後、あっという間にボロボロにされたブレインは少しばかり気が落ち込んでいた。相手がいくら相性の悪い魔法詠唱者とは言え、そう簡単にやられるとは思わなかったのだ。しかもかなりボコボコにされていた。

 そんなブレインに初めて聞いた”れべる”なる単語が出てきたのだ。また強くなれる可能性を求めて少しばかり瞳に活気が灯った―――そんな彼等が洞窟から出てくる頃、丁度外に謎の集団がいた。

 

「ん?あれは?」

「冒険者達のようですね」

「ラナー王女とクライムも一緒だな、あと御者も」

「……王女?」

 

 耳を疑う単語が出てきてブレインが思わず問い返す。だが質問の返答が来る前に前にいる集団から声がかかった。

 

「お前達は何者だ!?身分を名乗れ!!!」

「お待ちください神官様!!あれは私達の仲間です!!」

 

 クライムが焦ったように前に出て説得をし始める。外で待っていたクライムたちは、警備活動を行っていた冒険者達に鉢合わせし、そのまま連行されていたのだ。何せ身分は良さそうだがこんな森の中で馬の居ない馬車の中に居たのだ。怪しんで連行するのは当然の対応だった。

 一応、身分の高そうななラナーにだけは丁寧な対応をしているあたり、彼らは低脳な賊とは違いを見せていた。

 

「私は元蒼の薔薇のイビルアイだ、こっちは……私の部下だ」

「部下」

 

 デイバーノックが不満の声を上げるが、それ以上は何も言ってこない。言い返せるような言い訳を思い浮かばなかったのだろう。

 

「蒼の薔薇だって!?なんでそんな冒険者がエ・ランテル周辺ににいるんだ?」

「あぁ!!見ろ!!あのアンデッドはなんだ!?」

 

 一斉に冒険者達がざわめき立つ。エ・ランテルという城塞都市には冒険者組合があるが、オリハルコン級までの冒険者しか居ないのだ。そんな中に突如現れた英雄級の存在にざわめき立つのはおかしい話ではない。更には連れていると思わしき獣はアンデッド。驚愕が冒険者達を襲っていた。そこへイビルアイが冒険者プレートを出す。最早冒険者でなくなったが、蒼の薔薇との大切な思い出が詰まったプレートは大切に持っていた。

 

「プレートを見ろ。本物だぞ。あと、クライムの装備も返してやってくれ。それから―――」

「ブレイン・アングラウスだ。ここの傭兵達の用心棒役をやっていた」

 

 これまたザワザワと騒ぎ出す。知っているものは知っている、凄腕の剣士なのだ。そんな存在がエ・ランテルにとって犯罪者としてこれから駆逐しようと思っていた組織に与していたなどと知ってはどよめきも起こるというものだ。

 

「これでお縄頂戴……か」

「あぁ、そういう事になるな―――何、リグリットに会ったら伝えておいてやるさ。()()()()()()一流だったとな」

「―――フンッ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべるブレイン。完敗したのだから、何も言えたものではない。――(また、鍛えなおしか)と、今は只成長する未来があることを願うのみだった。

 そんなイビルアイ達に唐突な展開が待っていた。

 

「すみませんが彼女達も連れて行ってもらえますでしょうか?」

「ラナー王女?」

 

 警備を行う冒険者達に説き伏せるラナー、彼女の狙いは何なのか。それがよく分からないまま、上手く言いくるめられた冒険者達によって、イビルアイも、ブレインも。まるっと纏めてエ・ランテル行きになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「まさか、ここまで羽振りの良い仕事とはな」

「あからさまに怪しいじゃない!ほんと生きて帰れるのか不安だわ」

「……ごめん、皆。私のせいで」

「あぁ!?ごめんね!?アルシェが悪いわけじゃないのよ!」

「全く持ってその通りですね。アルシェは気にする必要ありませんよ」

「でも……」

 

 金髪の、肩口まで切りそろえた美しい髪を持ち、その痩せぎすな身体はしかし気品も感じさせる。その人形のような顔にはまだ幼さも残る女性―――アルシェ・イーブ・リイル・フルトは気落ちしながら歩き続ける。

 それを励ます耳の長い―――それが半分に切り落とされたペタン()。イミーナが彼女を励まし続けていた。更には見た目は無骨、大柄な男でありながら綺麗に身を正した男性―――ロバーデイク・ゴルトロンも続けて励ましの言葉を投げかける。

 一人リーダー格の男、日に焼けた健康的な肌を持つ、金髪碧眼の凡庸な容姿の男性―――ただし、この世界の基準における―――だけが、他の仲間に幼さの残る女性にたいして声をかけず、考えるように黙々と歩いていた。

 その男の名前はヘッケラン・ターマイト。帝国ワーカーチームの中でもミスリルに相当する中々のチームのリーダーだった。

 

「ちょっとヘッケラン!アルシェが落ち込んでるのよ!?何かいうことないの!!」

「えっ?あぁ、すまない。アルシェ、大丈夫か?」

「……うん、平気。気にしないで」

「良かったじゃないですか、貴族位が戻るとあらば借金だってチャラになる可能性は高いのですから」

 

 ロバーデイクが大柄な体躯に似合った笑いをワザと出す。優しい、本当に優しい大男。それがロバーデイクという男だった。

 

「……貴族位が戻ったって、今の帝政じゃ役に立たなきゃ処分されるだけ。寿命が縮んだかもしれない」

「そういうなって。どちらにせよ金貨300枚はこの仕事無しじゃ払いきれない。妹さん達をどうにかするためにも、親と決着つけるんだろ?」

 

 軽い感じの言い方を続けるヘッケラン。だが彼はこれで空気が読める人物だ。このワーカーチーム”フォーサイト”を維持運営しているだけの能力はあるのだ。

 

「そうだけど……皆を危険に晒すわけには」

「何言ってんのよ。ボロい仕事にしか思えないんだけど?」

 

 イミーナが軽く笑い飛ばす。さっきまでと真逆のことを言っている気がするが彼女はこれが平常運転だ。若干口は荒いが、彼女はとても仲間思いなのだ。半森妖精(ハーフエルフ)である自分を分け隔てなく接してくれるフォーサイトの面々を快く思っている彼女にとって、アルシェは妹のような存在であった。

 

「フェメール伯爵からの依頼、内容は『王都で起こった事件を解決した男、モモンを探し出せ』か」

「チームならともかく、単体を帝国に招きたいとは…どういう理由でしょうか?」

「アダマンタイトになる可能性があると聞く。裏が取れなかった…というか時間も無かったのが悔しい」

「仕方ないって!アルシェの親が快諾しちゃったんでしょ?」

 

 それぞれが励ましの言葉を投げかけるがアルシェは俯いた表情のままだった。

 彼等ワーカー―――冒険者組合のルールが合わず、単独で仕事をこなすことを選んだ連中にとって、仕事の依頼の裏を確認するのは当たり前のことだった。

 利用されて「はいサヨナラ」ではたまったものではないのだから。だがこの仕事の情報は手に入らなかった。何せ遠く離れたリ・エスティーゼ王国、その王都の事件だからだ。帝国市民にはこの事件の情報は隠蔽されている。そのため、アルシェたちが知る由もなかったのだ。

 それでも彼女達は受けるしかなかった。周りを固められたアルシェを見捨てることが出来なかったフォーサイトの面々は、この依頼を受けることにしたのだ。

 

「今の帝国に貴族はいらない……やな未来しか待ってなさそうで」

「帝国出るにも、お金が微妙すぎたんだから仕方ないさ。―――あっ、つってもアルシェは頑張っていたと思うぞ?その、だな」

「あぁーもう!!どうしてアンタはいらないこと言っちゃうわけ!!」

「す、すまんイミーナ」

 

 ヘッケランがイミーナの恫喝に縮小する。いらないことを言った自覚はあったようだ。こんな体たらくでいいてフォーサイト以外の相手とはきっちり情報戦も出来る。ヘッケランも優秀な人物なのである。

 

「はぁ、神さま……どうか妹達を守って」

 

 アルシェが手を組みながら天を仰ぐ。空は青く、既に太陽は真上に来ていた。

 ―――アルシェの実家は貴族の出だ。彼女が思春期に到達する頃には貴族は皇帝によって大半が粛清され、生き残っている者も貴族の位を奪われた者ばかりなのだ。

 だがそれでも貴族を捨てきれない両親のせいで彼女は大量の借金を抱え、そして振って沸いた上手い話に乗らざるを得なく、自分の命もこれまでかも―――と、十数歳にして達観した考えを持ってしまったアルシェ。

 だがそれでも止まるわけには行かなかった。双子の妹達を放っては置けないからだ。

 クーデリカとウレイリカ。この二人を守る為、自分が犠牲になってでも仕事をこなし。二人へ未来を託そう―――そう思って今に至る。

 

「………ん?」

「どうしたのアルシェ?」

「今なんか空に鎧が映ったような……」

「空に鎧?魔法か何かで飛んでるの?」

 

 「どこどこ?」という感じで当たりを見渡すイミーナ。だが姿は見えず、不満げな顔をアルシェへぶつけてくる。

 

「そ、その!見間違いかも!!」

 

 なんとなく、黙っておくほうがいいような気がして、言葉を噤む。ただ思うのだ。

 ―――あの白金の鎧が見間違いでないなら、重戦士にして第三位階魔法である<飛翔>を使いこなせるようにならなければならない。そんな存在、聞いた事もない――

 

 そうして、アルシェは空を舞う白金色の鎧を意図的に見落とすことにしたのだった。




後書き書くの忘れておりました。

誤字訂正&コメントいつもありがとうございます。
励みになります。大雨凄いですね。皆さん気をつけてください。

ブレインさん、何故か吸血鬼に襲われる運命。(本人は気づいてないが)
彼はイビルアイの爪を切れる日が来るのか!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。