歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

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エ・ランテルへ

「騎士殿、今日の調子はいかがでござるか?」

「オォア!!」

 

 小さく鈍く低い、淀んだ声が響く。その骸に張り付いた皮が歪み、それが実は笑みなのだと理解できるのは彼女一人だけだ。

 

「グォア!!」

「ギャアアアアアアアアアア!!!!」

「騎士殿今日も朝から元気でござるなー、それがし朝はご飯食べるのでいっぱいっぱいでござるよ?」

「グォォォアアアァァ!!!!」

 

 会話が通じているのか通じていないのか、傍から見ると一切分からぬそのやりとり。

 だが確実に分かることがある。

 

「ギアアアアアアアアァァァ!!!!」

「もう、()殿うるさいでござるよ。騎士殿が喋ってるのだから静かにするでござるよ」

「オ、オマ。助けろぉおおおおお!!!」

「ゲッゲッゲッゲ」

「ほら騎士殿も楽しそうにしているでござる。罰なんだから受け入れるでござるよー」

「な、何が罰ダ!単に楽しみたいだけギャアアアアアアアア!!!?」

 

 歪な、人間以外の叫び声。それが定期的に響き渡るのだ。

 ―――ここはカルネ村の近く、トブの大森林の中。そんな中にデスナイトともう一匹……ネズミ型のモンスター。『森の賢王』が佇んでいた。

 デスナイトが現れた当初、森の賢王は抵抗したのだ。圧倒的というほどでも無い武力、それでいて貫通できない防御力、長い時間を一体と一匹は戦い続け、そして勝っちゃったのだ―――デスナイトのほうが。

 何せ相手はアンデッド、ネズミ型モンスターである森の賢王は拮抗する戦闘力に疲れを見せ、疲弊し、そして最後には死を覚悟しちゃったのである。

 

「それがし、ここで死ぬのであろうか?」

「オオオオオオアァッァアァアアアアア!!!!」

 

 ドス黒い叫び声が上がり、死者の騎士は剣を構え、相手を射抜く。その視線は並大抵の者なら死を覚悟する視線だ。だが森の賢王は怯まなかった。彼女はこれでも百年以上の時をこの場所で過ごしてきた存在。ならば相手に臆するよりは勇猛たれと最後まで立ち向かったのだ。

 

「子孫を残せなかったのが残念でござるよ。子を残すのは種としての本質であるが故に」

「グォォォア!!!」

 

 彼女は覚悟した。大きな歪んだ剣を持ち、自分の皮膚すら切り裂いてくる死の剣士に覚悟をしたのだ―――だが、そんな覚悟は霧散する。

 

「……なぜ殺さないでござるか?」

「………」

 

 問いかけも、無言で貫くデスナイト。そんな姿に何を覚えたのか、彼女は声を朗らかにしながら話し出す。

 

「それがしのこと、見逃してくれるでござるか!?」

「グォッ」

「ありがとうでござるー!!」

 

 そうして、彼女と騎士はなんと、仲良くなっていっちゃったのだ。

 

 

 

「ギアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」

 

 トブの大森林に薄汚い叫び声が響く。

 一体と一匹が戦っている間に近隣のゴブリンやオーガたちは巻き込まれ、森を追い出された挙句冒険者に刈りつくされ、拮抗していた森の勢力バランスは崩れ去る。そうしてもっと強い部族たち―――今も叫び声を上げているグがそうだ―――は縄張りに他のモンスターが逃げ込んだりと、自分の縄張り荒らされたとして喧嘩を吹っかけ、まんまとこの一体と一匹の強さの前にひれ伏そうとした。……したのだ。

 

「ギャアアアアアアアアアア!!」

「眠れないでござるよグ殿、どうせ復活するのだから問題ないでござろうにー?」

「グォォォア!」

 

 お馬鹿にも単独で喧嘩を挑んだ東の森のトロールのグは今、デスナイトのオモチャになっていた。

 森の賢王同様、千日手に近い状態になっていたグ。賢王と同じく疲弊し、そして攻撃を喰らい始めた時点で切り刻んでも回復することに気づいたデスナイトにより最後は木に貼り付けになり、二十四時間休むことなく身体をバラバラにされていたのである。その叫び声が今まで鳴り響いていた声の元凶だ。

 この叫び声のおかげか、近頃は森の中に人間が入り込むことは滅多とない。あっても精々森の入り口部分に生える薬草をとっていくぐらいだ。

 

 そしてこの声が原因で、一人の少年が薬草を採取するのを断念した為、後に繋がる命があるのだが、それは切り刻まれているグが知ることではない。

 

「タ、タスケギャアアアアアアアアア!!!」

 

 ゴリゴリジュリジュリとフランベルジュを使ってゆっくりしっかりと切り刻んでいく。アンデッドのカルマ値というのは基本的にマイナスなのだ。それも極悪方向に振り切れているといっていい。そんなアンデッドであるデスナイトは今日も楽しそうにグを切り裂く。

 

「楽しそうでござるな騎士殿。それがしには何が楽しいかさっぱりでござるが…騎士殿が楽しいならそれでいいでござるよ!」

「ォォア!!」

 

 グイっと右手を上げて親指を突き出す。―――サムズアップポーズをするデスナイトの姿があった。

 

「それではそれがし、今日も見回りにいってくるでござるよー」

「グォッグオォア!!」

「わかってるでござる。気をつけるでござるよー」

 

 のそのそてくてくと歩いてゆく森の賢王。彼女は実に楽しそうだった。数百年来に出来た友人との時間は彼女にとって至福の時だったのだ。

 そうして彼女は歩き出す。カルネ村を離れないデスナイトの代わりに見回りをしているのだ。近頃は平和になりつくしたこのナワバリ近隣の見回りもそこそこに「今日はちょっと冒険してみるでござるか」といいながら新たな場所へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――複数の蹄の音が街道に鳴り響く。縦一列に列をなした四頭の馬が王国でも数少ない舗装された道をひた走る。その姿は漆黒の重装鎧を持つ者、獅子をあしらった純白の全身鎧、すらりと身体にフィットする露出の多い服と鎧で統一された軽装鎧姿に、ドス黒い赤を纏った重装鎧の男と見間違える女。

 彼女達蒼の薔薇と漆黒の剣士、モモンは今、エ・ランテルへ向かう街道をひた走る。

 

「イビルアイは無事だと言ってるんですよね?」

「えぇ、もうすぐエ・ランテルに着くと言っていますよ」

「でも、<伝言>だから信用はあまり出来ません」

「いや、そんなことはないと思いますが…」

 

 この世界の人々は<伝言>を信用しない人が多い。イビルアイとて「サトルが使えないなら取得しなかった」と言うほどに<伝言>は信用されていない。

 ラキュースは平時ならばイビルアイの<伝言>を信用していたが今は違う、アインズ・ウール・ゴウンに捕まっている状態なのだ。その状態で<伝言>を使われても嘘を言わされている可能性があると訴えているのだ。

 

「モモンさん、とにかく今は早く行きましょう!!」

「えぇ、なるべくは急いでいるつもりですが……」

 

 モモンの背中から息巻いた声が上がる。―――ラキュースは今、モモンガの背中に抱きついている。

 王都を出る際、馬を買い付けたのだが四頭しか手に入らなかったのだ。何せ混乱している最中の王都。馬は逃げ出し、街から出るため盗むもの。大枚叩いてでも買い付ける者が多数現れたため、なんとか手に入った数が四頭なのだ。

 最初は自分で走るからとモモンガは言ったのが、当然だが周りが認めてくれず。何故かモモンガの後ろを巡ってジャンケン勝負の末、ラキュースが乗ることになったのだ。

 

「ヒュー!!リーダー絵になってるぜー!」

「鬼ボス、おっぱい密着中」

「鬼リーダーの処女も散る日は近い」

「あなた達良い加減にしなさい!!」

 

 先ほどから事あるごとにいじってくる忍者とトロールに苛立ち、つい大声を上げるラキュース。その顔が真っ赤なのは怒りだけではないに違いない。

 

「……こっちが恥ずかしいんだがな」

「な、何か言いましたか?」

「いや、別になんでもありませんよ」

 

 モモンガだって実は緊張している。イビルアイを乗せて馬に乗ったことはあるがお腹に抱え込むようにして乗せていたのだ。こうしてふくよかな双丘を持つ女性が背中に密着するなど、今まで無かったので年甲斐も無く意識してしまう。

 鎧越しとはいえ、当たっているのだ。―――童貞暦280年の彼は正直ちょっと困惑していた。

 そうして彼女達は突き進む、イビルアイ達に遅れること約半日で王都を飛び出し。エ・レエブンとは違う王族直轄ルートを邁進していた。エ・レエブンは大混乱が予想されたので、迂回して進むことにしたのだ。イビルアイのもたらしてくれた情報に感謝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして彼と彼女達は早駆けを続け、夜の帳が訪れる頃にはテントを張り休息を取る。どれほど焦って移動しようにも、馬の息が続かない。それゆえに彼女達はいつもどおり、夜は休息をとることにした。

 

「モモンさんは食事は要らないんですね」

「えぇ、私は維持する指輪(リング・オブ・サテナンス)で食事も睡眠も不要ですので」

「凄えよなぁ、その指輪。俺も欲しいくらいだぜ」

 

 ガガーランが物欲しげに言う。欲しいというのは本心のようだ。そんな物を欲しがるほど貧困してるとは思えなかったが、実際には遠征時の食糧問題の解決だそうだ。なるほど、確かに食料が必要な種族にとって欠かせない問題だ。イビルアイと一緒に旅をしていた頃は精々が戦闘用の装備の仕入れ程度だったので、そういう感覚は薄かった。

 

「その袋も凄い。何でも出てくる」

「500kgまでなら何でも入りますよ。袋に放り込めるサイズ限定ですけどね」

 

 無限の背負い袋(インフィニティ・ファバザック)もこの世界では超貴重品だ。彼女達は次々と出てくる貴重なアイテム郡に目をキラキラ輝かせながらモモンガに視線を合わせている。

 

「簡単なレジスト系の指輪なら差し上げますよ。イビルアイが世話になっているお礼です」

「マジか!」

「太っ腹」

「これは濡れる、主に鬼ボスの股間が」

「ちょっと!何で私なのよ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら怒るラキュース、今日何度目の怒りの声だろうか?相変わらずの蒼の薔薇にヤレヤレといいながらモモンガは指輪を取り出す。

 

「炎抵抗、水抵抗、風抵抗……皆さん好きなの取ってください。ラキュースさんは―――要りますか?」

 

 見ればラキュースは全ての指に装備済み。流石はアダマンタイト級と思うところだが、その実は単なる装飾品で、何の効果も無い指輪をつけていたのだ。

 

「い、要ります!!!是非ください!!」

 

 自分だけ除け者にされるのが嫌だったのか、慌てて指輪を外していくラキュース。

 「あぁ、やっぱりそういう()()なのね……」とモモンガが頷いていた。中二病もここまでくれば大したものだとウンウン頷いていた。

 

 

 

 

 

 ―――夜も耽り、寝入る時間になった。<警報(アラーム)>の魔法は使っているが、それでも見張りは必要だ。それぞれ交代で見張りをすることになる。モモンガは眠る必要もないので、一人で見張りをすると言ったがそれも却下されてしまった。夜空に月が輝く中、眠る事も出来ない身体は静かに朝を待つ。そんな時間も悪くないとモモンガは思っていた。―――というか時間を長引かせたかった。何せイビルアイと再会するにしてもアインズをどうごまかそう、という部分に行き着くのだ。かつての仲間の栄誉を守る為、ギルドの名を汚すつもりはない。ただ、今はバレないようにするのが最優先だ。どうするべきかウンウンと悩み続ける日を過ごしていたのだ。

 そこへ一人づつ交代でモモンガの横へとやってくる。蒼の薔薇は遠征のとき、いつも二時間おきに交代という体制を取っていた。毎回イビルアイは起きっ放しだったらしい。寝ることは出来ないので当然といえば当然だが。

 

「モモンさん、次は私の番ですので。少しは気を抜いていてください」

 

 ラキュースがそういいながら、暗闇を見渡す。隠している中二病はあれだが、こういう部分は真面目な彼女は真剣に辺りを警戒していた。大き目の丸太にチョンと座り、内股できっちり女性らしい座り方をしている姿が絵になる。月光の元に照らされるその白い鎧が淡く光り輝き、幻想的な姿を映し出す―――そんな姿を眺めながら、モモンガはポキリと枝を折り、篝火に投げ入れながら答える。

 

「まぁ、そう気を張り詰めずに行きましょう。まだ夜は長いので」

 

 ここは年長者として落ち着いた態度を見せるべきだ。そう判断してまるでどこかの御長老様かのような落ち着いた雰囲気を醸し出す。年齢は280を越えているので実際御長老、というかお爺ちゃんといって間違いない。もっというとミイラどころか骨だ。

 

「それもそうですね………モモンさんはいつもその指輪を使っているのですか?」

「えぇまぁ、外すことは滅多にないですね」

 

 まぁ、つけてないのだが。本当の姿をばらさない為にも嘘をつき続ける。

 

「でも、辛いときとかありませんか?食べれるはずのものが食べれないというのは…」

「あぁ、指輪の効果でそういう感情は湧きませんよ。ご安心を」

 

 何ともマジメな人だ。自分なんかの心配をしてくれるとは…と、モモンガは思う。どこまでも自己評価の低い彼はこうして心配してくれる女性が現れると心なしか避けた感じの答えを返すのだ。そんなモモンガに少しばかり疎外感を抱いたのだろうか?ラキュースは少しばかり悲しげな表情のまま、モモンガに問いかける。

 

「そうですか……あの、モモンさん」

「何でしょうか?」

「……いえ、やっぱり止めておきます。」

 

 迷いのある表情の後、話すのをやめてしまった。どうしたのだろう?という純粋な疑問に駆られてモモンガは催促を出す。

 

「何かあるなら気にせず話してくださっていいですよ」

 

 その言葉に再び悩ましい表情を見せた後、意を決したかの様に表情を引き締めてモモンガを見つめるラキュース。綺麗な緑の瞳に漆黒の鎧が映し出されていた。

 

「私、どうしてもモモンさんに聞きたいことがあるんです」

 

 そう言い、何故か顔を赤らめるラキュース。何が彼女を恥らわせているのか分からなかったモモンガはただジッと待つしかなかった。

 

「あの、その……ええっと」

「………」

 

 喋ろうとした途端モジモジするラキュース。気を紛らわせようとしているのか、目を彷徨わせつつ、両の手を合わせて指同士を絡めさせあっている。その姿に一つ、ピンと来るものがあった。

 

 

 ――――――まさか、主役は色恋多し(クリエイト・オブ・ザ・ハーレム)に当てられたのか?――――――

 

 モモンガのタレントは滅多と効果は出ない。だが時折現れるのだ、恋心にまで到達しちゃった異性が。このタレント、実は<魅了(チャーム)>の魔法を使えば一気に一方的な求愛(ストーカー)レベルまで引き上げられる効果までおまけ付きだ。過去に実験して酷い目に会ったことのあるモモンガは<魅了>は可能な限り使わないことにしている。

 とにかく、今は目の前の自分を熱い視線で見てくるラキュースをどうにかするべく必死に考えを巡らせる。

 

「ラ、ラキュースさん?おちついて―――」

「あの!!!暗黒騎士が設定好きってどういう意味でしょうか!!!?」

「―――あ、そっちか」

 

 モモンガはホッとしたような、ちょっと残念なような気がしながらも精神を落ち着かせていった。

 

 

 

 

 

 先日口を滑らせた「暗黒騎士は設定好き」という言葉が忘れられなかったラキュース。そんな彼女の疑問に答えるべく、モモンガは過去を振り返る。

 

 十三英雄当時、ユグドラシルプレイヤーは四人―――モモンガを含めれば五人居た。

 

 やがてリーダーとなる人間の軽戦士。四本の魔剣を操る悪魔と人間のハーフの黒騎士。忍者や野伏のクラスを習得している老人姿のイジャニーヤー。そしてもう一人―――リーダーが死ぬ原因となった者。そこにモモンガが加わって五人のプレイヤーが集まっていた。

 それぞれがそれぞれ、ギルド出身のものやソロ専門だったものなど、バラバラだったが彼らは偶然にも集まりあうことが出来たのだ。奇跡と言っていい集いだった。中には口だけの賢者のように孤立したままだったプレイヤーもいたのだから。

 そしてその中で悪魔とのハーフ種を選んでいた異形の黒騎士―――ドンケルハイトさん。そんな彼の持つ魔剣だが、能力は大したことが無かったのだ。何せこの世界のアイテムだから。実際の所は彼の取得している職業―――カースドナイトの特殊技術(スキル)でそれっぽく見せていただけなので、轟いている性能とは違う効果しかない。

 キリネイラムが良い例だろう、闇の力を放つことが出来るという触れ込みなのに、実際には無属性衝撃波を発生させる。闇の力は彼のスキルで付いた特性なだけなのだ。

 だがしかし、剣に次々と設定を与えては必殺技を叫びながら攻撃していた暗黒騎士はまさに中二病と言って良かった。―――どちらかというと、ウルベルトさんに似た性格だったな。という感想が付く。あと、何でドイツ語ネーミングなんだよ畜生という感想がつく。出会った頃、何度精神の沈静化が起きたことか。

 

(さてさてどう言ったものか、下手に言うと傷ついてしまうよなコレ)

 

 とはいえ、大切な仲間だった人のことだ。あまり嘘もつきたくない。彼女の夢を傷つけないようにしつつもそれなりに満足させなければならない。中々難しい課題だ。

 

「そうですね。彼はまず、剣に力を与える特殊技術(スキル)を持っていたので…自分で色々な技を作りだしてましたね」

「オォ」

「……」

 

 若干反応がおかしいのは気のせいだろうか?とにかく会話を続けるしかない。

 

「彼は色々な技を生み出していました、その剣もそんな沢山産み落とされた技の中で使用された剣ですね。」

「やっぱりキリネイラムもそうなんですね!」

「え、えぇ…まぁそういうことです」

 

 乙女宜しく目をキラキラさせながら同意してくるラキュース。

 イビルアイはこのラキュースに気づかなかったのだろうか?少し気になるので今度会ったら聞いてみよう。そんな事をふと思いながらも会話を続ける。

 

「そういった作り出された技と一緒に剣にもせって―――ゲフン!この世に生まれてきた意味を彼は与えたんです。それは傍目から見れば理解できない趣―――意欲に満ち溢れていましたが。彼はそれにのめりこんでいましたね」

「すごく、すごく分かります!!」

「ア、ハイ…」

 

 こういう状況でグイグイこられるとちょっと引く。本人を気落ちさせないためなのは確かだがここまで乗ってこられると困ってしまう。中二病相手に乗っちゃう話題するモモンガにも問題はあるが。

 

「あの、暗黒騎士……英雄譚の中での黒騎士様は一体どうなったんですか?」

「………」

 

 そこは語るに困る。実はモモンガはリーダー達の最後を目撃しているわけではない。黒騎士ドンケルハイトが最後まで戦い抜いたのは知っている。だがツアーとの約束もあって、表舞台での活動は避けていたモモンガが活動した量は意外に少なかった。自分はお助け役であって十三英雄のメインじゃなかったのだ。だから彼がどうなったのか詳細は知らない―――リーダーが亡くなった後、どこかへ旅立って行ったと聞いている。早々に冒険から降りたイジャニーヤーさんぐらいしかその後を確認できているものはいない。

 

「最後は……すみません。彼は結構自由気ままな人だったので、どういう最後だったかは…」

 

 「そうですか……」とあからさまに落ち込むラキュース。少しばかり心が痛むが、自身も知らないことを嘯くわけにもいかない。何か知れたなら教えてあげようか、と思いながら夜空を見上げる。最後に一つ、呟くように語る。

 

「けど、私たちは楽しんでいましたよ。この世界を冒険することを」

「冒険ですか……」

「えぇ、冒険です。今の冒険者制度のように、モンスターを倒すのが目的ではなく、未知を既知に変えて行く。そんな冒険です」

「それは―――素敵な冒険ですね」

 

 自分も、そんな冒険をしてみたい。ラキュースはそのために家を飛び出したのだから。かつて憧れた英雄譚。その英雄そのものが今目の前に居るのだと、改めて自覚した瞬間だった。

 

 それっきり、特に話題も思いつかなかったのか、二人共静かになる。静かな、ゆったりとした時が流れていた。

 今は夜。見上げた夜空には月が輝いている。満天の星空までオマケ付だ。そんな空を眺めながらかつての仲間達との冒険を思い出し、その楽しい日々に思考が耽る。それと同時に、かつてのギルドメンバーの中でも、こういった夜空を求め愛していた者が居たことを思い出す。―――名前は、確かブループラネットさんだったか。彼もこんな星空を描こうとしていたな――と。そうして夜空を見上げながら。つい、言っちゃったのだ。うっかりと、そんな意味も篭めてはいなかったのだけど、つい。

 

「―――月が、綺麗ですね」

「そうですね、こんなに綺麗な月は久しぶりに拝みました」

 

 モモンガの呟きににこやかな笑みを返してくれるラキュース。暗黒騎士の話では少し落ち込んでいたように思えたのだが、意外にも少し楽しげな声が上がる。

 気が付けば、先ほどまでよりも近くに寄り添ってきているような気もする。何か彼女が気を許す要因でもあったのかもしれない。

 

「暗黒騎士様も、こんな月夜を過ごしていたんですね…」

「かもしれませんね、彼はまぁ、結構冗談好きで騒がしい人でしたけど。こんな時ぐらいは静かにしてくれてた……かなぁ?」

 

 中々おしゃべりだった彼が月夜を眺めてじっとしている姿が浮かばず、つい疑問系になる。そんなモモンガの姿が可笑しかったのか、笑顔になるラキュース。―――二人の時間はゆっくり流れる。パチパチと折れ木が燃えていく音が優しい時間を作り上げていた。日中は早く行こうとせっついていたラキュースも、この時間だけは別らしく、その夜空に見惚れる姿は絵画のようであった。

 

 「お話、ありがとうございます」

 

 そう言って、交代の時間になり立ち上がるラキュース、次はティナの時間らしい。きっちり時間通りに目覚める辺りが流石の忍者といったところか。既にテントの中から顔を出している。

 ティナは近づいてきたラキュースを手で拱きし、疑問を浮かべながらも近づくラキュースに耳打ちをし始める。

 

「私の故郷ではこういう告白の仕方が伝わってる。『月が綺麗ですね』という意味は―――」

 

 顔どころか首筋まで真っ赤に染め上げ、パクパクと鯉がエサを求める姿の様なラキュースの姿が、月夜に照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうモモンさんの後ろには乗りません」

「だからあれはそういう意味で言ったわけでは―――」

「意中の相手が居ながら他の女性に手を出す殿方の言うことなんて信用できません」

 

 バッサリ斬り捨てられる。モモンガも失念していた日本の古い作家が残したエピソード。それがイジャニーヤーさん越しにこの世界に伝わっていたのだ。―――我君を愛す―――という意味になるそれを囁いてしまったモモンガは絶賛ラキュースから避けられていた。

 何とも困ったものだと思いながらも馬は駆ける、後ろにティナを乗せながら走るモモンガと蒼の薔薇。四六時中こっちをチラチラと見てくるラキュースは気になったが、それで進むペースを落とすわけにも行かない。そうして遅れを取り戻すべく、それなりにスピードを上げていたため、意外と早くに都市へとたどり着いたのだ。

 

 モモンガ達は単騎駆けで三日のところを四日かけて到着する。二人乗りしている馬があることを思えば中々の早さだ。そうしてイビルアイに遅れること丸一日程の時間差でモモンガ達は街に近づいていた。三重の城壁に囲まれた重厚な城塞都市が暗闇越しに見える。

 既に時間は夜だが、見えている街を前に野宿をするのも馬鹿らしい。―――それにモモンガとティア以外はこれから戦いになると思っているので、皆一様に真剣な表情だった。眠気を見せる者もいない。

 

「夜なら丁度いいぜ、忍び込んであのアインズを叩くってのはどうだ?」

「でも相手はアンデッド、夜は向こうが有利」

「そうね、私達じゃ攻撃も碌に効かない可能性もあるし、やっぱり不埒なモモンさんに直接乗り込んで貰うのが一番かしら?」

「グッ…」

 

 ラキュースの発言の一つ一つが辛辣でちょっとばかり心に傷を負ってしまいそうだ。そんな意図も無かったのだが、リアルでは口説き文句の一節として百年以上前から残っていた台詞を堂々と言ったモモンガの負けである。―――とりあえず、とモモンガは思い直し、彼女達の作戦について自身の意見を述べる。

 

「私としてはそれで構いません」

 

 その作戦ならばモモンガにとってもありがたい。アインズを適当に追い払った事にして連れて帰ればいいだけなのだから。頭の良いラナー王女なら上手く話しにあわせてくれるに違いない。

 若干投げやりな考えだったが、もうこれ以上アインズという存在を出すつもりも無かったモモンガとしては良い方向へ進んでいると思えたのだ。

 

 そうして作戦を考えつつも要塞都市であるエ・ランテルの外壁へと近づく。大きな橋が渡っているが中へ入れる通行手続きは日中だけだ。衛兵が見張りをしているので声をかければ対応はしてくれるかもしれないが、モモンガとてそのつもりは無かった。壁でもよじ登るか、と思い外壁を覆う堀の前まで移動する。

 

「とりあえず、私が先行していきますので―――ん?」

 

 何かがおかしい、そうモモンガが気づいて疑問の声を上げる。

 

「煙、上がってる。」

「騒いでる声もする」

 

 野伏の能力を持つティアとティナが告げる。どうやら街中で何かあったらしい。やれやれ、計画実行どころか実行前に狂いが生じてしまったな―――モモンガが思ったのはそんなことだった。

 

 

 

 

 

 

「門にたどり着け!!アンデッドを追い返すんだ!!」

「無理だ!数が多すぎる!!」

「ミスリル冒険者達はこっちには来てくれないのか!?」

 

 冒険者達が口々に叫びたてる。彼等は今、エ・ランテルの墓所から沸き立つアンデッドの群れと対峙していた。

 次々に現れるスケルトンの群れ、中には合体して集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)まで誕生し始めている。アンデッドは密集すると更に強力なアンデッドを生み出す。何故突然これほどのアンデッドが湧き出したのかも分からぬままに冒険者達は必死に戦っていた。

 エ・ランテルが誇る三重の城壁、その壁の一つ―――居住区へと続く城門、その中でも西の門は墓地から近かったためにアンデッドの進入を許してしまったのだ。戦いなれた冒険者ならばスケルトン程度どうということはないが、数が違いすぎるために押し返すことが出来ず。門から次々とアンデッドがなだれ込んできていた。

 

「石を投げつけろ!スケルトンだけでも砕くんだ!!」

「この西門が突破されれば一気に半分が落ちることになるぞ!!いいからとにかく攻撃しつづけろー!!」

「だめだ!!数が多すぎる!!!一体どこからこれだけ沸いて来たんだよぉ!!!」

 

 槍、弓、斧、投擲―――ありとあらゆる攻撃手段で攻撃するが数の暴力の前では知れていた。

 

「衛兵どもと鉄級以下の冒険者は下がってろ!!ここは俺達ミスリル級の出番だ!!」

 

 叫びながらすぐさま剣を振り回し、壁から這い上がってきたムカデ型のアンデッドを切り裂いていく。更には同族の亡骸を踏み分けて登ってこようとしたゾンビ達を魔法の矢が襲い掛かる。

 この街において最高ランクであるミスリル級冒険者チーム―――クラルグラならばこの程度のモンスターならばどうということはない、先ほどまでと違い、押し返すことすら出来ている。

 

「おぉ!!ミスリル級冒険者が来てくれたぞ!!」

 

 瞬間的に活気を取り戻す衛兵達。他にも銀級や鉄級冒険者達も安心したような顔を見せる。―――だが、状況はそれだけで良くなったわけではない。

 

「クソッ!マジで数が多いなこりゃ」

「イグヴァルジ!こりゃ俺達だけじゃ無理だぞ」

「分かってる!!!……どうする、どうするんだっ!」

 

 見ればスケルトンなどの弱くて知性の無いモンスターだけではなく黄光の屍(ワイト)腐肉漁り(ガスト)等少々厄介なモンスターも含まれている。明らかに異常な発生量だ。たとえミスリルが一チーム来たところで全てをどうにかできる量ではない。

 だがどうにかしなければエ・ランテルの西側居住区画へとアンデッドがなだれ込む。そうなれば一気に都市の半分近くが死者に飲み込まれることになるのだ。どうするか?逃げるべきでは?―――来て早々、イグヴァルジは焦りを覚えていた。

 これまで自分を売り込むために仲間をしっかり生かして帰し、そして冒険者組合にもそこそこ顔が売れてきてるのだ。順調だと思っていた自身の道行きに陰りが挿したのを実感する。

 この緊急事態に召集された状態で逃げても良くて罰則、悪ければ冒険者資格剥奪までいくに違いない。それが分かるからイグヴァルジは逃げることを選べなかった。

 

(だが、これは本当にやりようがないぞ…!)

 

 別に自分だけが死地に追いやられているわけではないのは分かっている。今頃他の門にも同じくミスリル級が派遣され、そして苦しんでいることだろう。ただ、それで死ぬのを納得できるわけではない。そんな彼は焦る。その焦りが悪かったのか、崩壊した死体(コラプト・デッド)が彼の背に迫っていた。

 

「イグヴァルジ!!後ろ!!」

「しまった!?」

 

 見れば千切れた死体同士が合体して誕生した醜いアンデッドが腕を振り上げ、今にも叩き潰さんとしている。

 

(油断した!!)

 

そうイグヴァルジが思い、目を閉じた瞬間―――

 

「<水晶騎士槍《クリスタルランス》>」

 

 魔法で作られた物理攻撃の特性を持った水晶の槍が飛来し、コラプト・デッドは地面に串刺しになり、死滅した。

 

「えっ?」

 

 思わず呟き、声のした方向―――上空を見渡す。空を飛ぶ影が二つ、イビルアイとデイバーノックが<飛翔>で城壁を通過していく。

 

「いいか!門の内側だけを死守しろ!!後は私達がなんとかする!!」

「お嬢、逃げたほうがいいのでは―――」

「馬鹿言ってないでさっさとソウルイーターに指示を出せ!」

 

 その叫び声と共に壁の向こうに消えていく二つの影。その直後、イグヴァルジは後ろから凄まじい気配を感じる。驚き、急いで後ろを振り返るが既に遅い。―――黄色いオーラを纏った見た事も無い骨の獣が目の前にいたのだ。さしもの自分もここで終わりかと、彼はそう思ったのも仕方ないことだ。

 目を瞑り、再び死を覚悟する―――だが、その重苦しい気配はあっさりと自分の横を通り抜けていった。

 

「えっ?な、なんだ??」

「おい、今のは一体なんだったんだ?」

 

 物凄い勢いで走り去る二体の獣の骨。それはまるで先ほどの二人の魔法詠唱者を追いかけているように見えた。そんな状況に呆けてしまうのは無理も無いだろう。空を眺めたままイグヴァルジは固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 こうして王都に続き戦いの舞台はエ・ランテルへと移る。時間は既に深夜を過ぎていた。




エ・ランテルの戦い始動。
しばらくラキュースさんイベント中心になるかも。
そして十三英雄は勝手に何人かプレイヤーにしちゃってます。
そのほうが描いてて楽しいって理由からです。
あと、名前知らないほうが不自然だろって理由から各キャラの名前勝手に捏造してます。

黒騎士ドンケルハイト=中二ぶりはラキュースより上でウルベルトさんと同等レベル。
ガチ勢ではなくレベルもビルドもそっちのけでこの世界を楽しんでた勢。
モモンガさんとはドイツ語を使っちゃう時点でトラウマを引き起こしてしまう人なのでリーダーほどには親交が深まりきらなかった人。
モモンガは会話の節々にトラウマを引き起こされ何度か逃げ帰るほどであったという。
つまりはモモンガさんの天敵。
ただ、過去になった今では大切な友人認定。

モモンガ「あぁぁぁぁ喋らないで!!!やめて!!その言葉ドイツ語でしょ!!!」
ドンケルハイト「Jawhol!!」
モモンガ「んああああああああああああああああ!!!?」

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