ふと当時の事を思い出せば思うのは一つである。
割と酷い出会い方だったな―――。
今では大切な存在となったが、それでもあの出会い方は酷いだろう。
大体がティアは酷すぎる、あの後自身の貞操を護る術を身に着けたほどだ。
防衛策が足りていなかった時はショーツ一枚越しにまで指が迫ったほどである。
今振り返っても―――というか振り返ると後でとっちめてやろうとしか思わない。
ご褒美になるからしないが。
「皆、ここが最後よ。油断せずに行きましょう」
透き通った声がかけられるのを切っ掛けに思い出の淵から舞い戻る。
どうやら長い時間耽っていたらしい。
「いかんな、仕事中だというのに」
彼女、イビルアイと今は名乗る少女は気を引き締め直すか、と声をかけてくれた者に返事を返す。
「あぁ、これで今回のこの襲撃は終わりだ。月もよく出てきたし、おあつらえ向きだな」
「よっしゃ、それじゃいっちょやるかぁ!」
「ガガーラン、声大きい」
「しかもその体躯、普通に立ってるだけでも目立つ」
仲間からも次々と返事が返ってくる。
赤黒い色の鎧に身を包んだ女偉丈夫、鍛え抜かれた筋肉は男に見間違うのも無理は無い―――ガガーラン
ピッタリと体に合い、少々どころではない露出の激しい忍者装束に身を包む女性。
それぞれが赤と青の色を特徴として持つ―――ティアとティナ
そして最初に声をかけた美しい女性、『黄金』と呼ばれるこの国の王女と比較しても決して劣らない美。
その翠玉の目は力強く前を見る―――ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ
いずれもリ・エスティーゼ王国の冒険者組合に所属する冒険者である。
そして彼女達はチーム「青の薔薇」という王国最強の一つの存在なのだ。
出会った経緯はそれぞれ色々あるが、この四人が彼女の
「るっせぇ、俺が目立つのはこの鍛え抜かれた美があるからなんだよ」
「美というか筋肉ダルマ」
「トロールなら美に見えるかも」
「てめぇらなぁ…!」
ガガーランの自信に満ち溢れた言葉に軽口をティアとティナが返す。
「お前ら、いい加減にしろ。さっきラキュースが言った事が聞こえなかったのか?」
三人は「へーい」と軽く返事を仕返し、前方に広がる畑に意識を向け直す。
「いい?打ち合わせどおりに動いてね」
相変わらずね、という顔をしたリーダーでもあるラキュースが再度確認をし、作戦の実行を宣言する。
黒粉―――<ライラの粉末>とも呼ばれる麻薬の栽培耕地を破壊する為に、彼女達は動き出す。
それぞれがそれぞれの役割を果たすべく素早く闇へと溶け込んでいく。
二人の動きはぶれない。
鍛え抜かれた体と忍者としての経験が闇の中でも迷うことなく行動させる。
あらかじめ確認しておいた人影にティアとティナが音も無く近づき、二人の人影に一気に首に刃を走らせる。
「忍術<闇渡り>」
二人揃い、一瞬で影から影へ伝い移動する。
「うっ!?」
ズプッという小さな音と短剣に刺された人影―――武装した男達の小さな声が上がる。
彼女達の持つ短剣が赤い光を発し始める。
軽く刺されただけでも見る見るまに血を吸われ、やがて干しものの様な姿に成り果てて男は死んだ。
「楽勝」
「またつまらぬ物を斬ってしまった」
刺したのであって、斬ってはいない。
ツッコミ役が不在なので彼女達のボケもそこで終了する。
ボケとはツッコミ役が居なければ栄えないのだ。
彼女達の役目は畑の周りを警備する警備兵達の掃討。
そしてラキュース達が向かっている詰め所の破壊工作が成功すれば畑に火を放つことになっている。
「暇、鬼ボス」
「早くしろ、鬼リーダー」
ラキュースとガガーランは警備兵達の休憩場所になっている詰め所の近くまで来ていた。
畑を見渡せる少し競りあがった丘の上に五名ほどの人数が寝泊りは出来るであろうサイズの詰め所だ。
詰め所の周辺は開けており、遮蔽物も何もない草原が続いている。
距離にして約100メートル、二人は畑の中を突き進みここまで近づいていた。
「いい?この任務もほとんど成功と言っていい、必要な証拠は十分押さえた…とはいえミスは許されないわ」
「分かってらぁ、目撃者を残しちゃならねぇってこったろ?」
楽勝楽勝、そう言いながらガガーランは詰め所を睨み付ける。
彼女達が畑を襲う理由は一つ、黒粉と呼ばれる麻薬の流通を減らし、それを商売にしている八本指と呼ばれる連中に打撃を与えるためであった。
その為に『黄金』の作戦を聞き、調査し、対策を練られる前に一気に畑を燃やしていく。
彼女達の作戦はそういったものであった。
そしてこの畑は今日の最後の獲物。
既に二つは潰し、移動しながら破壊を繰り返した上での締めの目的地でもあった。
「まぁ、
「…そうね、私もそれでいいとは思うわ」
事前の調べでもここに居る連中は大したことが無いのは分かっている。
罠の可能性は無くはないが、そもそもこの作戦は『黄金』と呼ばれるラキュースの友人から提案された作戦だ。
ティアとティナが潜伏調査を行い、短期間で襲撃箇所を把握。
そしてそれを一日の内に破壊して回るのだ。
そんな早業を行った青の薔薇の動向を的確に掴み、襲撃場所まで把握し対策を練れるとは思えない。
連中―――八本指という組織、麻薬や人身売買等の悪事に手を染め、王国を腐らせる存在。
奴らは大きな情報網を持っているというが、流石に彼女達の行動の早さにはついては行けてないだろう。
既に大規模な畑は潰していた。
この地域に残っているのは後はこの小さな畑レベルが数箇所である。
最後に小さな畑を狙った理由としては小さなところほど、案外重要なものをこっそり隠している可能性も考えての事ともう一つ。
既に二箇所襲った後で溜まった疲れも考慮して大規模なものは最初に狙い、最後は小さなものにした。
アダマンタイト級とはいえ彼女たちは人間、疲れもするのだ。
罠の設置の可能性も考慮しての襲撃となっていた。
「そいじゃ、行きますか」
腰に付けていた
それに追従する形で魔剣キリネイラムを握り締めながらラキュースが続く。
「ウラァ!」
ガガーランの戦槌が木製のドアを叩き飛ばす。
砕け散りながら破片が扉の真正面に居た男の一人にぶつかり、「ギャッ!?」という悲鳴を上げて倒れる。
「なんだてめぇら!!」
「外の奴らは何してたんだ!?」
驚きと焦りの表情を浮かべる男が二人、調べの通りこの畑の監視は全部で五名のようだ。
「残念だったなぁ、外の奴はお陀仏さんだぜ?」
「ナニィ!?」
剣を手に取り始めた男達にガガーランの後に続いて入ってきたラキュースの一閃が向かう。
「喰らえ!超技<
彼女が叫びながら叫ぶ必要の無い技を使おうとして途中でやめた。
使えばこの狭い小さな掘っ立て小屋がバラバラに崩れるからである。
決して距離が近すぎて叫びきれなかったわけではない―――決して。
とはいえ研ぎ澄まされた彼女の一撃に男は対応することが出来ず、横薙ぎに切り払われて絶命した。
「ヒッ…!」
殺される―――明らかに不利な状況になり、理解した男はガクガクと震え始めた。
「ゆ、許してくれ…俺はただ雇われてるだけなんだ」
「あぁ、知ってるぜ?雇われて人を殺したり、売っぱらったり、それで手に入れた金で娼館で女をいたぶるんだろ?…反吐が出るぜ!!」
「ヒ……ヒギャアアアァァァァッ!!!!??」
叫び声を上げながらガガーランの戦槌に頭を叩き砕かれ、最後の一人もあっさりと絶命した。
「…良かった、罠の類は無かったわね」
「心配しすぎだってのうちのリーダーさんはよ!」
この日、何度となく行われた黒粉の栽培地の焼き討ち。
そのうちのいくつかは罠を仕掛けられていてもおかしくは無いという考えをラキュースは持っていた。
それが杞憂に終わったのだとホッと溜息を吐きながらラキュースは詰め所の裏手を監視しているだろうイビルアイに声をかけるべく裏戸を開く。
「もう終わりか、あっけなかったな」
戸を開けてすぐに声がかかる、意外と近くにイビルアイは居た。
<
魔法の効果を切り、ラキュースの前に姿を見せる。
「ま、万事問題なしって事で、良い事なんじゃない?」
「フン…私が出るまでも、いや出る幕すら無かったな。まぁいいさ、私はティアとティナに合図を出す。ちょっと待っていろ」
そう言いながら空を飛ぶ。
イビルアイは種族能力で飛行が可能な為、<
勿論使えばより素早く自由に動けるので使うに越したことは無いが…今日やるべきことをやりきった今は特にそこまで警戒する必要もないだろう。
詰め所の屋根の上に降り立ち、あらかじめ合図として決めていたランタンに火を灯し、手を上に伸ばして振るう。
「畑に火をつけろ」という合図である。
ほんの一時も経たずに、畑から火の手が上がる。
直にこの畑は燃え尽きるだろう。後は森に延焼しないよう辺りに水を撒けば終了だ。
といってもそれも忍者の二人の<大瀑布の術>を使うだけなのでイビルアイに仕事は無い。
「ほんと、私の出番無かったな………」
「何?出番欲しかったのイビルアイ?」
「別に、こんな雑魚共を相手にするのは
下からラキュースの声が聞こえてきて、そう応える。
今回が黒粉農耕地の襲撃初回なのだ、悪くは無い結果である。
自分の役目は連中のもっと上部の存在―――警備部門と称される「六腕」の連中との戦いの時だろう。
そう彼女は考える。
「六腕の奴らと戦う時はいずれ来るわ…その時はお願いね?」
どうやらラキュースも同じことを考えていたらしい、仲間と思考が合致していた事に思わず仮面の下がニヤける。
出会った直後は変態集団だと思っていたが今となってはそれすらも凌駕して大切な存在に成り代わっていたのである。
今までの彼女の歴史の付き合いと比べると圧倒的に短い時間だが、イビルアイにとっては今や命に代えても良いほどの存在までになっていた。
彼女はちょろかった。
「あぁ、任せろ。連中なんて私が簡単に―――!!?」
仲間の言葉に喜びを抱き、高らかに宣言しようとしたとき違和感を見つける。
ビクリ、と反応しイビルアイは北西の方角を見つめる。
(何だ?今何かが見ていたかのような…?)
何かが自分達を…いや、
アンデッドとして暗視の力を持つ彼女が周囲を見渡してみても辺りには燃え広まりつつある畑と所々に存在する森や林があるだけだ。
木々の間を凝らしてみても何も見えず、そうしているうちに見られているような感覚は消え失せていった。
「イビルアイ、どうしたの?」
「何だぁ?おチビさんは出番が無いからって敵でも探してんのか?」
下から仲間の声がかかる、突如あらぬ方向を警戒し始めた仲間の姿に気付き、不思議に思い声をかけたのだ。
「…いや、何でもないようだ。私の気のせいかもしれん」
「何だそりゃ?ひょっとすると八本指の連中が覗いていたとかか?」
「いいや、それはないと思う。それなら私を見ている視線を感じるはずは無い」
「この暗闇の中、
この状況下でイビルアイだけに存在感を伝える相手、それがどういうことなのか。
少なくとも何か異常な存在であるのは間違いない。
「あぁ…、間違いない」
確信はある。
とはいえ実際に姿は見ていない。
それが何だったのか、今は答えは出ないだろう。
このメンバーの中で最強であるはずのイビルアイが全く姿を視認出来ず、気配だけをこちらに知らせて去って行ったのだ。
今から追いかけても見つかることは無いだろう、彼女はそう判断した。
「ヒュー、モテるねぇおチビさん!」
「そんなんじゃ無いに決まってるだろうが!まだ仕事は終わっておらんのだぞ、マジメにやれ!」
おぉ怖い!と大げさに肩をあげてビクつく振りをするガガーランから意識を離し、もう一度視線を感じた方向を見る。
(何なのか分からないが、次に気配を感じたときは必ず捕まえてみせる!)
どこかで感じたことのある気配だった気がするが、決してそれはないだろう。
かつての仲間はもう居ないのだから。
何故か懐かしさを思い出すその気配。
だからと言って油断をするようなヘマをする自分じゃないさ。
そう言い聞かせ、この襲撃の成功にケチをつけるような真似をしてくれた視線の主に対する戦意を掲げながら、そうイビルアイは心の中で誓った。
時系列は本編開始よりちょっと前、ifルートなんだから色々誤差はあってもいいよね?
ってことで畑の焼き討ち終了。