襲撃の翌日、蒼の薔薇の面々からしてみればそのまま日を跨いでいたので今日と言っても違いないが―――ラキュースは王城に来ていた。
『黄金』と呼ばれるラナー王女に面通りをする為である。
正直数時間も寝ていなかったので眠いと言えば眠いが、昨日の襲撃で手に入れた情報は今すぐにでも持って行きたい類の物だった為、寝る間も惜しんでラナーの元を訪ねたのだ。
客人が来ても恥じぬよう彩られた王宮の中を進みながら欠伸をかみ殺し、目的の扉の前へと到着すると声をかけ、いつもの友人の「どうぞ」という返答に扉を開けた。
「おはよう、ラキュース。―――ちょっとお疲れの様子ね?」
「おはよう、ラナー。えぇ、流石に眠いわ…クライムもおはよう」
「はっ!おはようございます!ラキュース様」
ラナーと呼ばれた少女―――ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ―――
この国の第三王女であり、臣民からは『黄金』などと呼ばれる美しき王女である。
そしてその横に控えているのは彼女のお付の衛兵であり、お互いが思い人でもある存在だ。
ただし、立場が二人を自由にはさせていない。
平民出身のクライムと王族出身であるラナーとではどうしても身分が合わないのだ。
ラナーにとってはクライムと過ごせる自由な日々こそが待ち望んで止まないものだった。
そして彼女はその為に可能な限りの行動を移していた。
この蒼の薔薇のラキュースとの付き合いもその一つだ。
「大変だったでしょ?眠い中で―――それでも来てくれたということはつまり…」
「ご明察ね、昨日の襲撃でいくつかの重要な人物の情報が手に入ったわ」
重要な人物、それはつまり
可憐な美少女とも呼べる年頃の二人がする会話としては些か不穏なものではあるが、こういった会話はもうとっくの昔から続けられている。
それを平然と美しく彩られた室内でするほどには彼女達の仲は深かったのだ。
「とりあえず今はこの情報を元に次の一手を考えるべきですね。すぐにも行動に移れる段取りだけはしておくべきかと」
「そうね、私たちの襲撃とばれるような真似はしてないけれど、時間が経てば調べられるものね。準備だけはしておくべきかしら」
会話だけ聞けばどこかの賊の裏工作のような内容にこの場に他の人間が居れば冷や汗を浮かべる事だろう。
うっかり聞いてしまえば消されるかもしれない様な会話内容を平然としながら彼女達は用意された紅茶や菓子を手に取る。
傍から見るだけなら本当に美しい、それこそ黄金と言われて間違いない景色。
口から出る言葉は中々にヤバイ物があるがそれでも美少女二人の会話は普通の者が見ればそれだけで美しさに圧倒される光景だろう。
美少女二人の会話は今も続いていた。
ラキュースの頭に突如浮き出た違和感で、その黄金の景色も中断されることになる。
<
ラナーに一声かけ、こめかみ辺りに手をやり<
<<イビルアイよね?どうしたの?何かあった?>>
<<あぁ、理解が早くて助かる!昨晩の襲撃のとき私が感じた違和感があっただろう?あれの原因が現れたぞ>>
<<何ですって?分かったわ、すぐに行くから―――>>
そう返答し、意識をこの部屋の主に向けなおしてから言葉を出す。
「ごめんなさい、ラナー。どうやら仲間の身に何かあったみたい」
「…八本指による報復、とは違うようですね?」
「えぇ、それならもっとコソコソとした…そうね、夜に攻撃してくると思うわ」
イビルアイの反応を見る限りは八本指とは言い切れない。
もし八本指ならあの頭の回る吸血姫ははっきりとそう断言しきっているだろう。
ラキュースはそう考え、急ぎ次の行動について考える。
眠気はあったが、今の<
「ラナー、悪いけれどこの話の続きはまた後で」
「えぇ、分かってるわ。お仲間の人たちにもよろしく頼みますね」
ニッコリと返事を返してくれる友人に笑みを返して、ラキュースは王宮を去っていった。
―――後に残されたラナーは一人、その表情を変えながら思案に耽る。
自身が想定していなかった存在が現れた?それは一体何だろう?このタイミングで現れたのは八本指と関係が?
瞬時に様々な思考を巡らせるが今起こっている出来事には情報が足りなさ過ぎる。
少なくともこの王都内の出来事だ。
蒼の薔薇が全滅だなんて事は早々無いだろう、と当たりをつけて思考を終わらせる。
今はまだ全滅されては困るが、別にタイミングさえくれば見切りをつけるのは問題ない存在だ。
蒼の薔薇に対する―――いや、この世界の全てに対するラナーの価値観はそれであった。
黄金と呼ばれ、その美しい姿に貴族も民衆も羨望の眼差しを向ける中、実際の彼女の姿は黄金と呼ぶにはドス黒い何かがあった。
「ラキュース様、慌てて出て行かれましたが…大丈夫でしょうか?ラナー様」
「あら、クライム。あの蒼の薔薇よ?そんな簡単にやられる存在じゃあ無いもの、平気よ」
サラリとなんでもないことの様に言ってのける。
「それよりクライム、そろそろお散歩の時間よ?行きましょう!」
「…はっ!了解いたしました!ラナー様!」
彼女の言葉を盲目的に信じる青年は疑わない、彼女は慈愛に満ちた存在であるという欺瞞の姿を信じて疑わない。
少し時間は帰り、ラキュースと分かれたイビルアイ達はいつも彼女達が過ごす宿へと移動していた。
王都リ・エスティーゼは古臭い街並みだ。
舗装された道はほとんどなく、大通りですら真ん中に馬車の通行用の舗装が敷かれているぐらいだ。
その脇には人々が雑多に途切れることなく歩いている。
だが、その姿はあまり華々しいものには見えない。
皆どこか暗く、王都というのに明るい雰囲気は見えてこなかった。
八本指が根付くこの街では麻薬や非合法な取引が横行し、治安も下がっているのだ。
明るい様相を見せるものは極少数だった。
そんな中でもこの大通りにある宿屋は繁盛していた。
決して安い宿ではなく、限られた人間しか泊まることの出来ない高級宿。
そこが彼女達青の薔薇の拠点だった。
「はー、疲れたー眠いー」
「今日は頑張った、ごほうびにイビルアイの抱き枕を所望する」
「誰がするか!…まぁ私は寝る必要なんて無いから、この後の警戒は私がしておくさ」
お前達はゆっくり休め、そういいながら部屋の外の景色を眺める。
報復行動が来てもおかしくは無いのだ。
ここに戻るまでの間も油断せず、警戒をしながら戻ってきていた。
「まぁ、おめぇら二人が一番仕事多かったのは確かだかんな、今日はお疲れさんだぜ」
ガガーランも部屋に戻ってきてもすぐには警戒を解かなかった。
先ほど直接イビルアイが未知の存在に警戒をしていたのを見ていたガガーランは眠気も見せず、ギラリと眼光を光らせ窓の外を眺める。
いや、彼女の場合は睨みつけるといったほうが似合うだろうか。
「にしてもよぉ、最後の最後でなんかケチが付いちまったみたいに思えるなぁ」
「確かにそれは否定できんな、私にだけ気付くよう指向性を持たせて存在感を出していたからな…ほんとにどういった意図なのか」
「イビルアイ、モテモテ」
「ティナ、お前までガガーランみたいなこと言うのか…」
ガクリ、と項垂れながら喧騒とした道を見つめ直した。
彼女達が宿屋住まいなのは冒険者らしく、身が軽いのが利点だからだ。
アダマンタイト級冒険者は本来人類の希望であり、羨望される存在である。
だが彼女達は今回の八本指との戦いのように個人的な形で動く事も多い、恨まれることだって少なくは無いのだ、身軽なのは必須と言っても良い。
「さぁ、一眠りすっかねぇ!その前に酒だな!」
豪快にガガーランが笑いながら酒瓶を取り出す。
どうやらイビルアイに警戒を任せることに決めたらしい。
既にグラスにワインを注ぎ始めていた。
「朝から酒か…」
朝からと言っても昨日の晩は畑の焼き討ちと言う作戦があり、勿論酒など口にはしていなかったのだ。
今日朝から飲むぞと言ってもそれに口を尖らせるべきではないだろう。
黙っておいてやるかと思っていた所に、またイビルアイを違和感が襲った。
「…ガガーラン、どうやら酒はまた後だ」
「あぁん?…敵か?」
イビルアイの雰囲気の変化に気付いて怪訝な視線を向ける。
「否定、そんな気配は感じなかった」
「イビルアイ、人肌恋しくて過敏症?」
「違うわ!なんかこう、そうだな。
種族特有―――それはつまり、イビルアイがアンデッドだからこそ感じられる何かを放つ存在が居ると言うことだ。
イビルアイ自身はアンデッドの気配を遮断する指輪を装備している。
相手はイビルアイが死者だと知っているのだ。
その意味に気付き、全員がいつでも戦闘に入れる様、身構える。
宿の寝室と言うこともあり、あくまで意識だけの構えだが。
「どうする?宿に居れば恐らく接触はしてこない」
「相手はイビルアイと会うのが目的、囮に使える」
さらっと自分を囮扱いされていい気はしないが、ティアの発言は納得のいくものだ。
自身を囮にすることを決め、皆に宿屋の裏手方向へと出歩いていくことを伝える。
「了解、裏路地で囲い込む。狭い場所は得手」
「私達二人なら確実に追い込めれる、イビルアイが襲われて処女喪失する前に捕まえる」
「誰がするか!」
相変わらず軽口の消えないティナにツッコミを入れつつも作戦を即席で練り上げていく。
彼女達の経験はそれほどに深かったのだ。
「ほいじゃ、俺ぁ表をぶらついてる振りすっからよ、タイミング見て合図くれや」
四人ともそれぞれがそれぞれに動き出す、即席の行動ですらバッチリこなしきれる程度には彼女達の連携は深く、付き合いの長さを物語る。
まぁ、それも相手が悪すぎてどうしようもないのだが、それは彼女達が知るはずも無いこと。
自信満々に行動して返り討ちにあうのも仕方の無いことなのである。
階段を降りながらラキュースへと<
彼女なら直に来てくれるだろう。
そう思いながら酒場になっている宿の一階を抜け、外への門をくぐった。
そのまま相手の視線が途切れていないことを確かめつつ、裏路地へと入っていく。
「―――来たか。何用だ?私の周りをコソコソと嗅いで回って居た様だが?」
「…」
相手はすんなり現れた。
漆黒の
寧ろ、何故今まで気付かなかったのか?という疑問すら浮かぶほどの存在感だ。
「気配を消す魔法…は使えそうに見えないな、マジックアイテムか」
「…」
「何か言ったらどうなんだ?」
「…っ」
相手の剣士は動かない。
何か言おうとしている雰囲気を一瞬だし、元の沈黙を保つ。
「名乗りすらしない、か。ではこちらから行くぞ!」
その言葉を皮切りに忍者の二人が影から飛び出す。
<忍術―影潜み>による潜伏だ、並大抵のものでは気付くことすら不可能だろう。
二人寸分のズレも無いタイミングで飛び出し、後ろから一気に切りかかる。
相手の剣士はその二人に気付いていないのか身じろぎ一つしない。
「ッシ!!」
「…取った!」
二人のクナイが同時に全身鎧の隙間を狙う、兜と鎧のわずかな隙間、そして足の膝関節裏のプレートの隙間へと突き立てる。
可動域が必要な膝裏などにはいくら全身鎧といえども極細な隙間が出来るのだ、その二箇所を打ち合わせた訳でもなく息を合わせて攻撃する。
―――止まっている相手ならば、確実―――
クナイは迷うことなく隙間へと吸い込まれ、やがて肉を刺す音が―――聞こえない。
「!?離れて!」
ティナが一瞬で判断し、ティアも言葉に従いクナイを抜こうとする。
が、それよりはやく剣士が動く。
力任せに身体を一回転し、クナイを手に持っていた二人は振り回され、外れたクナイと一緒に壁に飛ばされる。
だが空中で姿勢を取り直し、壁を蹴って無傷で着地する。
忍者の二人の身体能力は伊達ではないのだ。
「ティア、ティナ!平気か!?」
イビルアイが二人を気遣う声を飛ばす。
「平気、こっちは無傷」
「あの相手、確かに刃は入ったのに」
二人が飛ばされるのを見た瞬間に<
「中々やるようだな、だが私に勝てる程の強さには感じない。ここで倒し、情報を吐いてもらうぞ」
イビルアイの強者が持つ気迫を相手へとぶつける、それなりの強さがあるのだ、相手もこれだけで力量を測れるだろう。
目の前の相手は何故かは知らないが、強さを測ることは出来なかった。
そんな相手にも通用する手はある。
強者の力の気配に意識を裂かれた瞬間を狙い、四人で畳み掛けるというのがこの一瞬の出来事での判断だ。
既に忍者の二人も体勢を立て直し、いつでも切り掛かれる状態だ。
対する漆黒の剣士は未だに直立の姿勢のままだ、先ほどの回転する動き以降、一歩も動いていない。
舐められているのか?ひょっとするとこちらがアダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇だと気付いていないのかもしれない。
見ればプレートもつけていない、どうやら冒険者では無いようだし、ワーカーなのかもしれない。
裏の仕事を任せるのなら冒険者よりはワーカーになるだろう。
だとすれば八本指絡みもありえるのかもしれない。
―――だとしても倒すだけだ、イビルアイは漆黒の剣士の向こうから猛烈な速度で走ってくるガガーランを視とめながら行動に移った。
ティナがクナイを投げ、ティアが懐に切り込む。
漆黒の剣士はクナイを手で弾き、兜のスリット目掛けてクナイをつきたてようとしてきたティアの右手を掴み、軽く壁側へ投げ返す。
そして後ろから迫る気配に身を翻して攻撃を止める為の蹴りを繰り出そうとする。
「―――うぉ!!?」
そこで初めて漆黒の剣士が驚きの声を上げる。
何故かガガーランをみて動揺しているようだ。
「貰ったぜ、オラァ!!!」
その隙を逃さず横薙ぎ払いの一撃をガガーランが繰り出す。
だが、その攻撃を後ろに飛び跳ねかわす、体勢を崩していたにも関わらずつま先の一跳ねだけでだ。
驚きにガガーランが目を見開くほどだった。
ありえないほどの身体能力と反射神経、英雄級とすら言われるガガーランの一撃を避け切れる相手はまさに英雄級の存在だろう。
しかし彼女達の連撃は途切れない、最後の一人、イビルアイの魔法が漆黒の戦士を襲う。
「喰らえ<
かなりの一品と思われる鎧に対し、マジックアイテムの可能性も考えて貫通力を上乗せした攻撃力特化の一撃を見舞う。
この一撃で倒せなくてもダメージは確実に入るだろう。
確信し、男に攻撃が届くのを見守る。
だが漆黒の剣士は身を翻した後、
「な、何!?」
驚愕し、思わず踏鞴を踏む。
その一瞬の隙を見てか、漆黒の剣士は猛烈な速度でイビルアイに向かって突進してきた。
「!…くっ、<
水晶の壁を作り上げ剣士のタックルを止めようとするも、なんと相手はそれすら突き破って変わらぬ勢いで突っ込んできた。
(ば、化け物か!!?)
この世界でも強者とされるイビルアイの自信を撃ち砕くかの様な猛烈な勢いが彼女に迫る。
―――避け切れない!そう判断し、ダメージをMPに移行させる魔法を唱えるべくして、間に合わなかった。
「と、<トランスロ―――グッフ!!?」
剣士の突進にダメージを覚悟したイビルアイはしかし、全くと言って良いほど痛みが来なかった事に違和感を覚える。
漆黒の剣士は彼女を突き飛ばすのではなく、自分の右手脇に抱えてそのまま走り出す。
「イ、イビルアイ!!てめぇ!待ちやがれ!!」
「幼女拉致された」
「大変、早くしなきゃ処女が」
ガガーランはともかく、ティアティナ、本気で心配してくれてるのか?というツッコミを言いたくなりながら男に連れ去られてゆくイビルアイ。
(どうやら、狙いは本当に私のようだな―――)
どこか他人事のように思いながら、イビルアイは手荷物のように抱えられて裏道へと消えていった。
毎度誤字報告皆様ありがとうございます。
何度も読み返して確認してるのに毎回誤字はあるものですね。
素人ながら商業誌における編集がいかに仕事してるのかが分かります。
そしてまだマジメ。