(かなり速いな…どうやら相手は私が思った以上の敵みたいだ)
小脇に抱えられ、抵抗するでもなくだらりと身体を垂らし、漆黒の剣士に運ばれながら考え込む。
抵抗したところで相手は<
力で適いはしないだろう。
そう考えて、抵抗よりも次の一手を考えることに決め込んでいた。
とてつもない速度で王国都市部の裏路地を走りぬける漆黒の剣士。
どう考えても重いだろうその
先ほどからティアが追跡をしているのはチラチラと見えていたがそれも次第に振り切られつつあるようだ。
(私をどこへ連れて行く?捕らえて拷問でもするつもりか?だとすればやはり八本指のものか…)
この漆黒の剣士が何者なのかは分からないが今のところ自分に危害は加えてきてはいない。
どう対応すればいいのかはイビルアイも判断しかねていた。
単純な敵対の意思があるようには思えなかったのだ。
敵ならば何故先の一戦の時に仲間に危害を加えなかった?
あくまで自己防衛以外の動作は一切していなかった。
目の前の存在は敵ではないのかも知れない…そんな考えが沸いてきていたのだ。
気付けば既に繁華街近くの路地は過ぎ、荒くれ者が多く居る娼館近くの裏路地で漆黒の剣士は止まった。
止まる場所が場所なだけに、イビルアイは本能的な女性としての勘が働く。
(ま、まさか私を娼婦にでもするつもりか!?)
自分で勝てるかどうか分からない相手なだけに、抵抗しても抑え込まれ、無理矢理あれこれされてしまうだけだろう。
だが彼女も伊達に歳を取ってはいない。
そんな恥を晒すぐらいなら死を選ぶ―――元から死んではいるが、自身の消滅を選ぶつもりだった。
だが彼女は気付かない、相手はただ忍者の女性を振り切ったから止まっただけという事を。
「―――ふぅ、ようやく二人で話が出来る状態になったな」
「むっ!?な、なんだ。何が目的だ!?」
漆黒の剣士はイビルアイに向かって初めて声をかける。
突然掛けられた声に思わず緊張する。
そんな彼女の様子に首を傾げるも、会話の続きをしようと漆黒の剣士は口を開く。
「目的、というか。まずはその…なんというか」
「っ??」
漆黒の剣士は何故かしどろもどろになり始める。
自分から会話しようとしてきたのに何だ?と、そう思うのも無理はないだろう。
「えーと、その…うん、よし!」
「っっ!!??」
何か覚悟を決めた様子で頷き、イビルアイへと視線を向けなおす。
目の前の男は自身より強い可能性が高いのだ、なにやら悩んでいる風でもその動きや言動一つ一つに意識を緊張させ、身体が強張ってしまう。
まるで小動物が警戒を抱いてピクピク動いているかの様な姿になっているが、そんな彼女に構わず剣士は言葉を発する。
「久しぶりだね、
「っ!?何!?貴様私の名前を知って―――」
「…あれっ、ほら分からないか?俺だよ、俺」
「な、何だと…っ!????」
緊張と焦りで気付かなかった。
よくよく聞けばその声は彼女がよく知っているものであり、彼女が過去に大事にしていた存在。
いや、今も大事と言っても過言ではないだろう。
何せ忘れようと今も思い出してはかぶりを振る日があるのだから。
優しい口調と声音に相手が敵意を持っていない事を理解し、気を落ち着けた途端にその声の持ち主に気付いた。
「―――サトル?」
「あぁ、そうだよ。ほんと久しぶりだな、二百年振りだものな、忘れられたかと思ったよ…」
何故、何故彼がここに?
一瞬で頭が真っ白になりながらも、イビルアイが思えたのはそんな事だけだった。
「やっと追いついたぜっ!!!ハァッ!!ハァッ!!」
「ガガーラン、息上がり過ぎ…フゥ」
「へっ!おめぇも息上がってるじゃねぇかティアっ」
ハァハァと荒い息遣いをしながらガガーランとティアが気を緩めず、漆黒の剣士と対峙しているイビルアイの横に並ぶ様に移動する。
全力疾走してきたのだろう、二人とも全身に汗が玉のように浮かんでいる。
「おや、お二人さんももう来たのか、思ってたより早いな…」
感心したように漆黒の剣士が二人に視線を向け、「どうも」なんて気軽な挨拶をしてくる。
対してイビルアイは剣士の方を見たままピクリとも動かない。
「なんだぁ?イビルアイ、どういう状態だ?」
急に挨拶してきた相手に対し、違和感を覚えたガガーランがイビルアイに向かって小声で尋ねる。
「…あいつは私の知り合いだ、手を出す必要はないぞ」
「なんだ、それ早く言ってくれりゃいいのによ?」
思わず疑問の声が上がるのも無理はないだろう、知り合いなら最初の出会い頭に一言発せばよかっただけなのだから。
「気付かなかったんだ、いつもと見た目が違うからな」
「古い知り合い?イビルアイの元カレ?」
「な!?そんな訳あるか!!」
どう考えても冗談で聞いたつもりのティアの言葉に対し、イビルアイが予想以上に大きい反応をする。
何か変だな?と二人が思った矢先、剣士のほうから声がかけられた。
「あいつって…まぁ、そう言われてしまうぐらいの事はしちゃったからしょうがないけどさ。ちょっと傷付くよキーノ…」
「ちょ!こいつらの前で変な言い方をするな!!」
言い方に焦ってつい大きな声を出してしまう。
この二人、というかティナも含めて三人にこういう聞かれ方をしてしまうとどうなるか、彼女はよく知っていたのだ。
案の定、横を見ると二人がニヨニヨとした笑いを浮かべながらこっちを見ていた。
「へぇー、どんなことをされたんだろうなぁ???」
「貫通済みとか驚き」
「されとらんししとらんわ!!ちょっとは隠せ変態!!」
ツッコミ返しても更に含みのある笑いを向けてくるガガーランとティアについ苛立ちを隠せない。
そんな様子の彼女にまた剣士が声をかけてきた。
「あ、あのぉ…キーノさん?」
恐る恐るといった様子でイビルアイに声をかけなおす漆黒の剣士。
「怒ってらっしゃいます?」
「…当たり前だ、いらんことを言うから変な誤解を受けるじゃないか」
自分は怒り心頭だぞ、という態度を目の前の男に向ける。
何だってこの男はこういうときに気が弱いのだろうか?
昔からコイツはそうなのだ、とイライラとする感情を収めるでもなく相手にぶつける。
「そんな、喋り方まですっかり変わっちゃって…なんだか
「グッ…」
ぽつりと呟いた剣士の一言に何故かイビルアイがダメージを受けたかの様な声を漏らす。
「聞いた?ガガーラン。娘だって」
「あぁ、聞いたぜ。イビルアイに父親がいただなんてな」
「誰かのおとーちゃんのせーしから生まれたのは確か、でも現存していたとは」
「誰が娘だ!大体ティア!もうちょっと隠して喋れ!あとコイツは親でもなんでもない!!」
さっきから猛犬が吼える如く怒声を響かせて仲間の二人にツッコミを入れる。
思わず息が荒くなってしまうし、心なしか顔も赤い。
勿論仮面の下なのでバレては居ないだろうが。
「そんな…酷い」
だが、剣士があからさまに落胆したのをみて「うっ…」とイビルアイもバツが悪そうにシュンとなる。
だがそれも直後の発言で後悔した。
「出会った頃は―――パパ―――とか言ってくれた事もあったのになぁ」
「う、うわああああああああああああああ!!!?お前何言ってるんだああああああああああ!!!?」
ば、爆弾発言だ!!
これはいけない!止めなければ!!!後ろの二人に何を言われるか分かったものじゃない!!
動揺の大声を上げながら仲間の二人に聞き取られないように必死に手振り足振りして声を掻き消そうとする。
勿論、手遅れである。
「クププ…パッパ…クプ」
「ぶっひゃははははははは!!!パパって!!!イビルアイがパパって!!!!」
二人は既に抱腹絶倒だった。
先ほどまでの戦いの雰囲気も消し飛び腹を抱えて地面を転がりまわる。
「わ、笑うなオマエラアアアアアアアア!?」
「ご、ごめんねイビルアイ―――パッパ―――」
「ヒィーックク、あぁわりぃイビルアイ―――パパ―――」
「お前ら殺されたいんだな?そうなんだな?」
あれはそう、この目の前の漆黒の剣士―――サトル―――と出会ったばかりの頃。
自分を保護してくれたサトルに対し、恐怖心も消えた頃。
まだ本当に少女というべき年齢しか時間を過ごしていなかった頃。
つい親恋しさにうっかり言ってしまっただけなのだ。
それなりに歳を経た頃にはそんな事はもう言わなくなったのに―――。
(覚えられていたかー!!)
イビルアイは頭を抱えてしまいたかった。
彼と別れて以降、もっと言うと青の薔薇と出会って以降。
割と過去の仲間が居ないのを良いことに自分の強さを前面に出し、プライド高く振舞っていたのだ。
自身が仲間に築き上げてきた強者としての側面を突如剥がされたような気持ちになりながら、笑う仲間に怒りの震え声を掛ける。
「おい、おまえら―――」
「ご、ごめ―――パッパ―――」
「す、すま―――パパ―――」
「ぬああああああ殺してやるうううううううううう!!」
「こ、コラちょっとキーノ!ほんとにやろうとしちゃだめじゃないか!」
割と全力の一撃を加えようとしだしたイビルアイに驚き、剣士が両脇を後ろから抱え込んで動きを止める。
「ひぁ!!ちょ!!何処触ってるんだ!!離せ!」
突然抱きしめられてついつい情けない声が出る。
普段なら―――というか相手がサトルと認識する前まではこんな声も出していなかったのに。
さっきまで抱えられてもっと際どい部分も触られていたのに。
今ではちょっと触れられただけでこれである。
ちょろい。
「ひぁ!!っとか出ましたよガガーランさんクプププ!!」
「ひぁ!!っとか出てたなティアグフフフフ!!」
「ティアーーー!!ガガーランーーー!!!!」
人ってここまで青筋浮かべれるんだなぁとか思えるほどに凶悪な顔をして、二人の仲間に怒りを向けるイビルアイ。
完全に自分のせいなのだが気付いていない漆黒の剣士は他人事のようにしながら「どうどう」と怒りを静めようとするのであった。
「っ見つけたわ!イビルアイ大丈夫!!?」
「やられた?もう犯られちゃった?」
「くっ殺せ」
「なっ!?あのイビルアイが敗北したとでもいうの!?」
「見事なまでのくっころ、相手は相当な手馴れ」
ラキュースを誘導するために別行動をしていたティナとそれに付いてきたラキュースが到着したころ。
さんざっぱらに笑われまくったイビルアイは心が挫け、見事な挫折のポーズを決めながらこの屈辱に死をと懇願していた。
横を見れば痙攣しているのかピクピクと跳ねながらお腹を抱えてうずくまるガガーランとティア。
この絶妙なタイミングは後から来たラキュース達に勘違いを起こさせ、更なる混乱へと導かれていく。
「あなたね?彼女にここまで言わせたのは―――イビルアイに何をしたの!!」
「えっいや私は何も―――」
「何もせずにイビルアイがここまでやられるわけない、天誅」
「えぇっ!?」
ラキュースはこの事態が全て目の前の漆黒の剣士のせいなのだと思い、相手に向かって叫ぶ。
それもあながち間違いじゃないのだが、責められている当人は自覚が無いのか素っ頓狂な声を上げていた。
そして漆黒の剣士は焦りながらイビルアイに向かって助けを求めるべく「説明をしてあげて!」と叫ぶ。
「くっ殺せ」
「やっぱりあなたのせいなのね!!」
「ちょ、なんで同じこと二回も言ってるんだ!!?」
茫然自失となったイビルアイは同じ言葉を繰り返した。
大事なことなので二度言ったわけではない。
「大事な仲間を三人も…!この卑劣漢め!!覚悟!」
「えぇぇぇぇ!?」
さっきから酷いことばっかり言われてる気がするな。
漆黒の剣士はそう思いながらも相手の剣をいなす。
レベル100にもなる自身―――モモンガとしての能力値なら彼女達を撒くのも倒すのも簡単な事だった。
とはいえ彼女達を傷つける気は毛頭無い。
大事な存在でもあるキーノが新たに作った仲間だとリグリットから聞いていたからだ。
先の戦闘でも傷をつけない程度の行動しかとっていなかった。
動かなかったのは単に相手がどの程度の力量か知っておくためだったのだ。
そしてこの仲間も先の戦い同様、同じレベルの相手のようだ。
長い間篭っていたが、どうやら昔と人間の強さはあまり変わらないらしい。
残念な気持ちになりながら声をあげる。
「か、勘違いです!私の話を聞いてください!」
「勘違いで三人はやられたりしない、天誅あるのみ」
「な、なんでそうなるんだっ…くそ!」
二人の攻撃をいなしながら何か誤解を解く方法は無いか考えてみる。
よく考えればリグリットの名前を出せば一発解決なのだが焦っていたモモンガはそこまで考えが至らない。
相手を傷つけるわけにいかない以上、対話と説明以外の方法は無いだろうと判断したモモンガはラキュースへ訴えかける。
「とにかく聞いてください!私はキーノの
「グハッ!!ゲッホ!!ゴフゥ!!!?」
何故かイビルアイがダメージを受ける。
二百五十年物の
ビクンと飛び跳ね、胸を抱え込んで地面に突っ伏す。
「あなたイビルアイの本名を!?で、でもなら何故皆倒れてるの!?」
「それは私もよく分かりません!!ですが私はあなた達の味方です!信じてください!!」
これで信じてもらえるだろうか?必死の思いでモモンガは気持ちを伝える。
だがしかし、横で突っ伏すイビルアイを見てティナがラキュースに口添えしてしまう。
「イビルアイがさっきからダメージを受けている」
「何ですって!?まさかあなた、説得の振りをして呪言か何かを!?…っく、この悪魔め!!」
「何でそうなるんだぁぁぁ!!?」と叫びながら、戦いは続く。
場が収まったのは笑いすぎて痙攣を起こしていたティアとガガーランが復活してくれた後だった。
カオスが止まらない。
誤字&脱字報告ありがとうございます。
コメントも想像以上に頂けて励みになります。
頑張って色々毎日妄想する元気がもりもりです。