歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou

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愛の時間は動き出す

一悶着あったが、一行は宿へと戻ってきていた。

あの場で話し合ってもよかったが場所は娼館近く、八本指の連中が闊歩している場所だ。

魔法やマジックアイテムで会話や存在を消すことは出来るが、それにしても連中の真横で色々と喋りたいとは思わない。

落ち着ける場所で会話しようということになり、青の薔薇が泊まる宿へと足を運んだ。

 

「さて、誤解も解けたようなので改めて自己紹介を―――私はモモンといいます」

 

漆黒の剣士―――モモンと名乗る男が自身の説明を始めていく。

 

「私は、そう―――キーノの()()というべき存在ですね」

 

「グッ」

 

思わずダメージを受ける。

友人とかさっき言ってた保護者より関係が遠のいた気がしたのだ。

燻る初恋の想いがイビルアイを締め付けていた。

 

「私の名前はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ―――ラキュースと呼んでください。…その、さっきはすみませんでした。まさか十三英雄の一人だったなんて」

「正確にいうと、協力していたってだけですので、私の事は普通の人は知りませんよ」

 

先ほどの混乱を恥じているのか、恥ずかしげに謝って来たラキュースに手で制止の仕草をしながら受け流す。

そんな仕草の一つにも自身の胸が高鳴る気がするのが嫌になる。

私はコイツを諦めたんじゃ無かったのか?

そう自身に言い聞かせ、目の前に現れた理由などについて甘い想像をしそうになるのを必死に跳ね除ける。

イビルアイは拗らせた初恋をどうにかするのに必死だった。

 

「俺の名前はガガーランってんだ、よろしくな旦那」

 

偉丈夫が名乗りを上げてきた、どう考えても男としか思えない見た目と喋り方にモモンガは思わず身を引いてしまう。

全身を見回し、何故か驚いたかのような雰囲気でガガーランに尋ねる。

 

「さっきも驚いたんですが…珍しいですね、今は人間の国って聞いていたからてっきり人間だけのチームだと思ってました」

「あぁ?そりゃどういう」

「…トロールですよね?」

「あぁん!!!?」

 

その一言に周りが一斉に笑い出す。

必死に無愛想な表情を作っていたイビルアイもこれには笑いが零れずには居られなかった。

 

「中々良いセンスしてる」

「ガガーランの血は真っ青だから、それであってる」

「誰が真っ青だ!赤けぇに決まってんだろが!!」

 

眉間に筋を立てながらガガーランが忍者の二人を睨んだ。

そんな二人は何処吹く風といった感じで視線を受け流しながら自己紹介をする。

 

「私はティア、イビルアイの恋人」

「おいこら誰がだ」

 

相変わらずのティアに、イビルアイは思わずツッコミを入れる

 

「私はティナ、お兄さんは小さい弟とか居ないの?」

「お、弟?いませんが…」

 

何でそんな事を聞くのだろうか?という疑問を持つ。

モモンガにとっては唐突過ぎて戸惑いしか生まれない。

 

「ちっ、食べ頃が欲しい」

「えぇ…?」

 

何故か「残念」という目でモモンガを見てきて彼は動揺する。

いきなりそんな事いわれても困るのは当然だろう。

なんか、凄い子達だね…という視線を言外に受けてイビルアイは肩を竦めた。

 

「…身内に見せるには確かに恥ずかしい連中だ」

 

そう言ってはいるが、彼女達と一緒に行動しているイビルアイは楽しそうでもあった。

実際彼女達との行動は楽しかったのだ。

いつだって笑いあう仲間、軽口を忘れず、それでいて強者として常に戦い続ける姿。

イビルアイとしては十分大切なものになっていたのだ。

そんな自分の前に今になって現れたモモンガの理由が気になって、話を本題に戻した。

 

「それで、何でここに来たんだ?ただ私に会いに来たわけじゃないんだろう?」

「あぁ、それかい?」

 

イビルアイに視線を向けた途端、柔らかな物腰の喋り方が更に柔らかになった気がする。

彼女がそんな思いを抱いてしまうのも無理はないだろう。

実際モモンガはイビルアイに声をかけるときはかなり優しい声だった。

あの時のような激高した声でもなければ、強敵と戦っているときの緊張の走った声でもない。

彼女が一番大好きな声だった。

 

「パッパに恋をする幼女」

「ぐっふぉ!!?」

 

甘い声に蕩けそうな時、不意打ち気味にティアが呟いてきた。

思わず噴出し、今の発言をもみ消そうとアワアワとしだす。

 

「パッパってなに?」

「ひょっとして―――イビルアイのお父上ってこと?」

 

でもさっき友人って言ってたわよね?

そんなラキュースの疑問にも答える余裕も無く手をバタバタと振り声を出す。

 

「わ、忘れろ!!それは今関係ない話だ!!」

 

見ればガガーランとティアのニヤニヤとした表情がこちらに向いている。

…こいつら後で覚えていろ。

そう思いながらイビルアイは話の続きを促した。

モモンガも話の腰を折る気は無いのか、一つ頷き返すと話を続けた。

 

「私が来たのは…キーノ、君を迎えに来るためだよ」

「っな!?」

 

その一言を聞いた瞬間、イビルアイの顔が耳まで真っ赤になる。

仮面を被っているのが幸いした。

もう周りには見せられないほどに自分の顔が赤くなっているのが分かる。

動いているはずの無い心臓はトクンッと強く跳ね、身体から出るはずの無い変な汗が出そうになる。

 

「ヒュー!!マジかよ!!?」

 

これは面白いものを見たという表情でガガーランが嗤い出す。

 

「まさかラキュースより早く貫通するなんて」

「ちょっとティナ!?」

 

目の前に異性が居る状態で自身の処女をばらされたラキュースが真っ赤になりながら「違いますからね!?」とか言っている。

何が違うんだろうか、とか取り留めの無いことを考えながらイビルアイは放心間近の状態となっていた。

あれだけ否定しようとしていたのに、目の前でこんな事を言われただけであっさり崩れそうになる。

台詞が脳内で反響しトロトロと頭が融けそうになる感覚を覚えてしまう。

ちょろくなりそうだった。

 

「私のはそういう意味じゃありませんよ、ただ色々と理由があって迎えに来たんです」

「ムゥッ!!…で、その理由というのはなんだ?」

 

いきなり現実に戻されるような否定的な発言がモモンガの口から出てきて、少しどころじゃないほどに不機嫌になりながらイビルアイが聞き返す。

彼女の内心では今荒れ狂った気持ちが溢れている。

 

そうかそうか、そういう()()じゃないと。ほー?

二百年も離れておいて今更なんだ?何か用があるのか?下らない事なら追い返してやる!と。

怒りを表すために床を足でドンドンドンと踏みつける。

実際には体重が軽すぎて「ペチペチペチ」という音しか鳴っていないのが悲しいところだ。

 

「…百年の揺り返しさ。このひと言で分かるだろ?」

「っ!!」

 

理解できたよな?そう言いたげな視線を受けて気付く。

そうか、もうそんな時期だったのか…と。

 

「…魔人でも現れたのか?」

「いいや、まだ何も来たことは分かっていないよ。ただツアーが今回は来るだろう、と言ってね」

「それで私を迎えに来るのと何の因果関係があるんだっ?」

 

まるでツアーに言われたから来た、とでも言うかのような発言に苛立ちを覚える。

さっきまでの自分がバカみたいだ!と内心で苦々しい気持ちを抱きながらも我慢してイビルアイは相手の発言を促した。

 

「ツアーとしては単純に、戦力の補強だろうな。キーノぐらい強い奴は滅多と居ないし」

 

皮肉か、と目の前の存在に言ってやりたくなる。

何せ目の前の存在は自分より遥かに強いのだから、攻撃も通った試しはないし、本気を出せば国家一つ一瞬で消し去るだろう存在。

そんな存在が自分を戦力補強の為に連れて行こうとするとは思えない。

そう判断し、追求の一言を飛ばす。

 

「それで私が納得するとでも?お前が居ればそれで事足りることだろう?何で私がお前の元に態々行かねばならんのだ」

「うわぁ…嫌われちゃってるなぁ。そうだな、確かに俺でも十分かもしれない」

 

なら何故、という前に彼は言葉を続けた。

 

「単純に、心配なんだ。キーノの事が」

「グフッ」

 

予想外の一言に予想以上のダメージを受ける、本当に心配そうな声をかけて来るモモンガに思わず威勢がなくなり始める。

 

「な、なんでそんな、私なんかの為に心配をする必要があるのだ?別に魔人の一人や二人、私でも倒せるぞ」

 

強がろうとしているが、仮面の下は口端が上がりそうになるのを堪える為にもにゅもにゅと動き続けていた。

そしてそんなちょろいながらも頑張って抵抗を続けるイビルアイに対して、無遠慮な発言が続く。

 

「分かってる、それでも心配なんだ。昔君を突き放してしまったことは謝る、心のそこから済まないと思ってる」

「うぅっ!」

「キーノ…頼む、今度来るプレイヤーが私より弱い保証はないんだ。そんな奴がもしツアーの言う世界を汚す側だったとしたら?そしてそんな連中にキーノが出会ってしまったら?そう考えて君を迎えに来たんだ」

「ぐうぅっ!」

「…何よりも君の事が大切なんだ、もう失いたく無いんだ。君が居なくなるのだけは避けたい…頼む」

「ぐぅぅぅぅう!!!」

 

話を聞いている間に段々と恥ずかしくなり仮面の上から顔を揉みほぐし、身体をジタバタと動かして羞恥心をごまかそうとする。

これが二人だけの時に言われたならもっと素直に受け止めていただろうがはっきり言って茶化しまくる連中が周りに、というか横に居た。

さっきから真剣に喋っているモモンガに気を使ってか口は開いていないが明らかに面白いものをみた、という表情でイビルアイを見てきている。

ラキュースは何故か顔を赤らめ、両手を頬に添えて二人の間を視線を行ったり来たりさせていた。

彼がここまでストレートだったかな、とか思わなくも無いが二百五十年物の初恋を拗らせたイビルアイにはそれすら冷静に考えれる状態ではなかったのだ。

 

(っというかこれじゃまるで告白みたいじゃないか!!なんだ!?今更になって愛おしくなったとかそんなことなのか!?)

 

まさかの可能性に両手で顔を覆って天を仰ぐ、気が飛びそうなほどの感情に飲まれてしまいそうになりながら何とかして精神の沈静化を図ろうとする。

「あ、なんか鼻血でも出ちゃいそうだこれ」興奮しすぎたのか、そんな事を思ってしまった彼女の思考はそこから固まって動かなくなった。

 

 

 

 

実際の所、この台詞は前もって用意されていた。

勿論モモンガ自身が作ったのは間違いない。

イビルアイは自分で迎えにいく、という意思をツアーとリグリットに話したところ「謝罪の言葉を用意しろ」と二人に揃って言われてしまったのだ。

当然といえば当然なので頑張って書いて読んで貰ったところ

 

「どこの誰が謝罪の言葉を言うときにこんな台詞から切り出すヤツがいるの?」

 

―――この度は、(ワタクシ)の不始末によりご迷惑をおかけしましたことを―――

 

営業マンバリバリだった。

かつての職業の癖が抜けず、堅苦しい言葉ばかりが連なるモモンガ。

二人から「もっと優しい感じで」とのアドバイスにも

 

―――本日はお日柄もよく―――

 

「ただの天気の話だよね?これこの後謝れるの?」

 

全くもってその通りだった。

そうして何度も修正の方向性を定めていく。

ツアーとリグリットにかなり具体的な方向性を示されて完成したのはまるで恋文みたいで「え、マジでいわなきゃダメ?」とか思ったけれど二人は何故かドヤ顔だった。

彼女への罪悪感と、心配というのは嘘ではなかったので恥ずかしいながらもきちんと誠実な態度を取ろうと思って言いに来たのだ。

伝言(メッセージ)>でコンタクトを取らなかったのも電話先で相手に謝るような行動に不誠実な気がして直接会おうとしたにすぎない。

だが恥ずかしすぎる台詞故に彼は他の人に聞かれたく無く、彼女を見つけた時に特殊技術(スキル)を使っておびき出そうとした。

 

「おねがい、届いて…!」

 

そう言いながら両手を組み、森の茂みで祈りのポーズを浮かべる推定280歳。

彼の持つ特殊技術(スキル)の中から「どれか気付くでしょ」という考えでオーラを飛ばしていくが気付いたのかは分からなかった。

「あれ?畑燃やし始めたよ?これ森も燃えちゃわない?」とか思って立ち去ったのだ。

その必要性は無かったが。

 

街中でもう一度使ってみたら今度は動いてくれたが、他もついてきたのは彼にとっては予想外だった。

二百年振りの活動に彼の感覚は今だ鈍っていたのだ。

仲間なら付いてくるのはあたりまえでしょ?という。

そうして「わーなんか困ったぞ」とか思いながら二人だけになろうと頑張ったのだけれど意外と無理だった。

諦めて今、こうして恥を晒しているのだ。

つまり、イビルアイの思っているような事では全然無かった。

 

普段の彼からすればまず言うことの無い台詞だったが、イビルアイへの謝罪の気持ちは本物だ。

言ってる最中何度も精神の沈静化が行われたけれど何とか言い切った。

心の中は今や言い切った!俺はやりきった!ほめて!という感情で一杯である。

 

「答えは今日じゃなくてもいいから、どうかじっくり考えてくれ」

 

彼女達の仲を裂きたいわけでもなし、イビルアイがどうしたいかはっきりしてくれればそれで良いと思っていた。

そして言い切った後にさっさと立ち去ろうと立ち上がったのは恥ずかしすぎたからだ。

正直彼女だけでなく、青の薔薇の面々の前からも早く立ち去りたかった。

自身もこの街で宿を取るからと言い残してモモンガは立ち上がる。

 

「はずかしっ」とか呟きながら250年物の初恋を拗らせた原因は、恥ずかしそうに縮こまりながら宿を去っていった。

 

 

 

モモンガが立ち去った後、それぞれが隠そうともせずに話題を振りまく。

 

「イビルアイ貫通確定」

「マジっかよ!こりゃ面白くなってきたぞ!」

「恋人を失った、鬼ボス慰めて」

「なんで私のほうに来るの!?…兎に角ゆっくり考えてくれて良いわよ?」

 

好き勝手言ってる面々だがその中でラキュースだけはイビルアイに自由に考えて良いと優しく促す。

だが彼女は反応しない。

 

「イビルアイ?」

 

不思議に思い、声をかけたり。揺すって見たりするが、反応がない。

 

「…気絶してる」

 

ロリ吸血鬼の天を仰ぐオブジェが完成していた。




モモンガさんの感情や行動理論を正確に言い当てているコメントがあったりしてびっくりします。
どれだけ愛されてるのモモンガさん…。
うらやましっ!(褒め言葉)

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