ラキュースは再びラナーの元を訪れていた。
と言っても同じ日の内に来た訳ではない。流石に日に何度も王家の自室を訪ねる訳にもいかないからだ。
それに眠気もあったし、イビルアイのちょっとした―――いやかなりのイベントが起こってしまって彼女もそれ以上は疲れと眠気で行動する気にはなれなかったのだ。
無事報復行動なども起こらず、安心して一夜を過ごした一行はそれぞれが朝一番に自由行動となっていた。
八本指の動向を恐れて街中でもジッとしていては気が持たないし、何より彼女達はそれぞれが強かった。連中のうち六腕とタイマンを張ったとしても勝てる自信はある―――そう判断している以上、引きこもる選択肢は無い。
何よりティアとティナは待機命令があっても勝手にどこかに行ってしまうことがあるので無駄だし。ガガーランも待機時間に酒を飲むことがあるし。イビルアイに至っていえば、別に六腕全員相手にしても勝てるのではなかろうか?
そう見込みをつけて今は自由行動の時間となっていた。
「そういえば、イビルアイはちゃんとお披露目できたのかしら?」
今朝のイビルアイの姿を思い出す。
朝目が覚めたら化粧棚の鏡の前に座っているイビルアイが目に映ったのだ。そのまま声をかけたら物凄い勢いでラキュースの化粧品の数々を隠そうとしだし、そんな姿につい自分も意地悪な笑みを浮かべてしまったのを覚えている。
「ち、違うぞ!?これは違うからな!?」
珍しく仮面を外した状態で、顔を真っ赤にさせながら手を前に出して必死に振るう。
そんな貴重な彼女の姿を微笑ましく思ったラキュースは「いいのよ?使ってくれても」と言った。
「え?良い…のか?」
「えぇ、勿論。イビルアイは普段化粧品なんて買わないものね」
彼女は「強者たる自分には女の手口など必要ない」という持論を持つ。
だからこそ今まで化粧品を買わないのもそういう考えがあってのものなのだろうと思っていた。それは間違いではなかったのだが、まさか初恋の相手なんてものが居たのは予想外だった。
イビルアイは否定していたが、傍からみても一発で分かるくらいに気があるだろう。本人は誤魔化しているつもりのようだが。
「…ほんとに構わないのか?」
静々と、顔を俯けて上目遣いで聞いてくるイビルアイにうっかり自分の中の「お姉さん魂」がやられてしまったのも仕方の無いことであろう。相手のほうが年上というのはこの際無視だ。
まずはみっちり髪を梳いてやり、ついでに少し結ってあげた。右耳の近くの房を小さく結って、そこの末端に小さな赤いリボンをあしらう。
死者とは思えないほど美しい白い肌はそのままにした。外に出れば仮面をつけるので、顔の化粧は崩れるかも知れないからだ。
紅も付けてあげたかったが同様の理由で断念した。目尻と瞼にだけ薄っすらと青のシャドウを塗ってあげる。ここならば仮面に触れて崩れることもないだろう。
いつか仮面を外して行動できる日があれば、その時はみっちりお化粧してあげよう。化粧がくっつかないような工夫を仮面に意施しても良いかもしれない。
そんな思いを抱きながらイビルアイの外装を整えていく。髪に赤い花のコサージュを飾り、耳には綺麗なルビーの宝石が輝くイヤリングを。首元はローブで隠れてしまっているので代わりにローブにも花の柄の入ったブローチを付けてやった。
「…完成!可愛くなったわよイビルアイ!」
「そ、そうだろうか?」
何時もと違う髪形、よく梳かれてその髪は綺麗にまとまりを見せている。
結った髪と付けた装飾品が目立ちすぎることなく彼女の彩を更に美しく見せている。元々素材はいいのだ、それもとびきりに。
薄っすらと青くなった目元が二重の瞼を深くさせ、彼女の赤い綺麗な目をさらに際立たせていた。
「ありがとう…ラキュース」
そういいながら走ってモモンガの元へと向かうイビルアイの姿に頬がにやけずには居られなかった。
そういえば他の三人は何処へ行ったんだろう?とか思いながらも、自身もラナーの元へ行くために準備をし始めていた。
「おはようラキュース!今日は元気そうね?」
「おはようラナー、えぇ勿論。昨日はよく眠れたわ」
「それは良かったわ」そう一言返してラナーは挨拶を終わらせる。クライムも勿論、脇に使えていた。
席に着くラキュースに紅茶を注いでやり、「どうぞ」と勧める。一口付けてその美味しさにホッと一息吐いたあと、昨日の続きとも言える会話を始めることにした。
大体の出来事は昨日のうちに話していたし、情報が書かれた紙もラナーに渡していたので既にほとんどは話し終えたも同然だ。
少しばかりの再確認をしてから、昨日の午前中に起こった襲撃者の話に移っていった。
「まぁ?イビルアイさんのご友人?」
「えぇ、それもイビルアイがほんとに小さなときからの…保護者?みたいな感覚なのかしら?」
彼の言い方を聞く限りはそういった関係に近いだろうか?でも最後の別れ際のあれは…思い出すだけでも顔が紅くなる。
「あらラキュース?どうしたの?顔が紅いわよ?」
「言われなくても分かってるわ。単にその人のイビルアイへの想いが純真でね…なんというか、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうのよ」
「まぁ!素敵ですね!」
その少しの情報でも桃色の話題なのだと気付き、目を光らせるラナー。やっぱりラナーはそういう反応をするのね。
そうラキュースは思いながら目の前で爛々と目を輝かせ、恋物語への期待に満ち溢れた表情をする友人に、思わず苦笑いをしながら応える。
「二人ともそんな関係までは行ってないみたいだけどね?イビルアイは珍しいことに化粧なんてして逢いに行ってるわ」
「素敵な話じゃない!クライムもそう思わない?」
「はっ、私はその―――御婦人の色恋沙汰の話題に自分のようなものが交じるのは…」
堅苦しいことを言って苦手な話題から逃げようとしているクライムをラナーが離すはずもなく、クライムはずっといじられっぱなしであった。
クライムがいじられすぎて心なしどころかげっそりと頬がこけた頃。
「それで、その御方は凄く御強いんですよね?」
「えぇ、私達が全員でかかっても勝てないってイビルアイは言っていたわ」
そしてそれは事実だろう、とラキュースは思っている。
自分が経験した戦闘でもどう考えても勝ち目があるとは思えない。特にイビルアイの魔法を簡単に消し去ったという内容が肝を抜いた。しかも本気を出さずとも国が滅びるという話だ。一体どんな化け物なのだろう。
イビルアイと同じぐらい長い時を生きているのだから人間ではないとラキュースは考えていた。
王女であり戦いの事に詳しくないラナー相手にあまり細かい説明はしても分かりにくいだろうから、要点だけを掻い摘んで戦いの経緯を説明してあげた。
横で聞いていたクライムから、驚愕とも感動とも取れる感情が漏れて来ているのだけは伝わってきた。痩せた頬に少しツヤが戻ってきたようだ。
「…」
深く考えるような仕草を取り、沈黙を貫くラナーに疑問を抱き、ラキュースは声をかけた。
「ラナー?どうしたの?」
「…いえ、そのお方がそこまでの強さをお持ちなら。是非
「ラナー、それって…」
その言い方にある程度の予想が付いた。ようは自分達と同じような依頼を頼みたい、ということだろう。だが知り合っても居ない人物に頼まなければならない事とは一体どういうことであろうか?
それだけの強さが無ければ実行できない計画があったということだろうか?時折意地の悪い部分を見せたりするこの友人に少しの不満の気持ちを抱きながらも返事を返す。
「会ってみてどうするの?私達みたいに依頼するのかしら?」
「えぇ、それは…内容聞きたい?」
「勿論!」
どうやら自分は除け者にされるわけじゃない。意外とあっさり、ラキュースは不満の気持ちも鞘に収めた。
「ほんっとうに突然なんだからラナーったら」
ぶつくさと文句を呟きながらもモモンと名乗った彼の宿を目指す。予め昨日聞いておいてあるので場所は分かっていた。
今の時間は丁度正午頃、お昼でも誘いながら話をしてみようか? そう思いながら歩く。
誠実そうな人だったので彼に対する印象は悪くない。寧ろあのイビルアイの想い人なのだ、応援したい気持ち以外は他に無い。
問題はイビルアイが彼の言葉に従って青の薔薇を離れるのかどうか、気になるのはそこだった。そこ等辺の問題も解決できないかどうか、あわせて聞いてみるのも悪くないだろう。
最初文句を垂れていたラキュースはいつしか足取りも軽く進んでいった。
彼の居る宿へ着き、部屋の場所をカウンタから聞いて部屋を目指す。
宿屋の受付の男性が…というか周りがジロジロと見てきていたがラキュースは特に気にした風でもなく進む。
元々見られるのは慣れていたからだ、それなりに容姿に自信のある女性なら誰だって経験する感覚なのである。
実際には無名の全身鎧男の部屋にあの青の薔薇が
その日この宿はその話題で持ちきりだったという。
幾つか階を登って彼の部屋の前に着いた頃、中から絶叫が聞こえてきた。
「くっ殺せ!!」
よく聞きなれた少女のくっころにラキュースが驚き目を見開く。
(え?イビルアイ!?何故そんな台詞を!?―――ってそれどころじゃないわ!)
慌ててノックもせずに扉を開けてどうしたのかと叫びながら突入する。
中に入ると何故かティアティナとガガーランが居た。
「おぉ!丁度面白いところ来たじゃねーかラキュース!」
「イビルアイの面白い過去発見」
「イビルアイにまさかの性癖発見」
三人とも言いたい様にいっているがその横でイビルアイが地面に両腕を立て、見事な挫折のポーズをお披露目していた。
愛する人に逢いに行っていたはずなのにどうしてこうなったのだろうか?目の前の小さく項垂れている少女を見ながらラキュースには理解が出来ず、困惑するだけであった。
ラキュースがラナーとの茶会を行っている頃。
イビルアイはモモンガが滞在している宿へと来ていた。
(どうしよう、ラキュースにおめかしして貰ったのはいいけれど。どう言って会おう?)
昨日の答えについて保留にしたまま。なんとは無しに寝台の前に立っていたら勘違いしたと思わしきラキュースにおめかしされてしまったのだ。
別に今日はモモンガの前に現れるつもりなんてなかったのだ。会えば当然答えについて求められるだろうから。
とはいえラキュースがしてくれた事については感謝していたイビルアイは、折角なんだからと彼の宿へと来ていたのだ。
(…もし、今サトルの部屋に行けば二人きりだよな?…何かあったりしてしまったりするんじゃないのか?)
男女が二人、密室に揃えば起こりうることをつい想像する。昨日の言葉は彼女にとって精神の動揺を引き起こす十分なものであったが彼女だって単純ではない。
というか、冷静になって考えてみれば「どうせリグリットあたりの入れ知恵でしょ?」だ。はっきり言って、モモンガの言葉に従う理由は無い。
(大体、私はまだサトルの事を許しているわけではないのだからな!)
そう、彼女はまだ振られた思いをまだ拗らせていた。まぁ200年も続いていた失恋の思いなのだ、いきなり一日で変化を受け入れるのは無理があるに決まっている。
ともあれ、受付にモモンの場所を聞いて、宛がわれた部屋へと歩みを進める。何故か一歩一歩、抜き足差し足しているのは気のせいだ。部屋に近づけば近づくほど息が荒くなっているのも気のせいだ。
カチコチとぎこちない歩き方をし、その容姿が少女でなければ部屋に泥棒にでも入ろうとしているのではないかという不審者待ったなしな姿だ。必要のないはずの呼吸をして「ゼヒュー、ゼヒュー」なんて息が漏れている。
250年ものの処女は一杯一杯であった。
「ま、まさか入ったら押し倒されたりしないよな?しないよな!?」
考えるのは昨日の態度が本当に自身への恋慕だった時、密室で為される行為に意識が向く。
可能性は低いと言い聞かせても脳内が勝手にその方向性を考えずにはいられないのだ。彼女の脳みそはドンドンとヒートアップしていくばかりだった。
言う必要もない言葉をぶつぶつと呟き、さっきからすれ違う人に見られていたが、気にしていなかった。というより意識が回っていなかった。
だからか、彼女は気付かない。中から談笑のような声が聞こえていることに。
気付かぬままに意を決してドアをノックし、そのまま返事も聞かずに入り込んだ。
「た、たのもー!!!?」
頭に血が上がり過ぎた処女吸血鬼が何故か道場破りのような勢いで声をあげ、乗り込んでいく。
あぁ、ひょっとして今日が散らす日なのだろうかそうかもしれない、いやそうだろう。なんて考えが頭を占めて、脇を締めゆっくりと歩いていく。
実際のところモモンガにはそんな気は毛頭無いわけで、必要も無いのにお化粧を施されてしまったイビルアイはまだ気付かない。
今から待っているのはそんな色恋沙汰ではなく、勘違いに頭を悩ませている…いや、
まぁ、ぶっちゃけいうと。
「やっほー」
「処女が散らされにやってきた」
「おぅ!やっぱきたのかイビルアイ!」
何故か青の薔薇のラキュースを除いた三人が居た。
「…お前らなにしてるんだ?」
目の前に今居て欲しくないランキングNo1~2まで勢ぞろいだ。ちなみにティアティナが同率1位でガガーランが2位だ。
何故居るのかと疑念の目を向けたところでモモンガが口を開く。
「おはようキーノ、来てくれたのか」
「…」
いやに楽しげなモモンガの様子に眉根を顰める。なんでこいつ等と楽しそうに過ごしているんだ?
色々する必要の無い覚悟をしてきていたイビルアイはついつい不機嫌になってしまう。
約束なんてしていたわけではないので言えた義理ではないが、何故ここに別の女を連れてきているのか?いかんと思いつつもそう思ってしまうイビルアイ。割とメンドクサイ女であった。
「彼女達は私の過去について色々聞きたかったみたいでね、少しだけ昔話をしていたんだ」
「あぁ、なるほどな…」
不機嫌な様子を隠さないまま、モモンガに返事を返す。すっと青の薔薇の面々に顔を移せば別に何時も通りの顔だ。過去話と言っても要らぬ事は喋ってないのだろうと納得し、渋々と彼女達の横に座った。
(散ることは無かったか…)
なにが?とは言わない。彼女も言葉でしか聞いたことがないのでそれ以上は想像の世界のみなのである。
モモンガは軽快に過去の話を語る、特に十三英雄との数々のエピソード。もっというとリーダーとの話には熱が入っていた。彼らが如何に仲が良かったのかをうかがわせる。
そんな熱の入ったモモンガを見ているイビルアイも、楽しそうな彼の姿を見てどこかホッとしたような、慈しみを感じさせる表情をしていた。
「まるで趣味に熱中する旦那を子供だなぁと見ているかのような表情」
「!!っ具体的だなおい!そして誰が旦那だ!」
ティナの抜け目の無い観察眼により仮面の下が微笑みで埋め尽くされているのがばれていた。というか全員にばれていた。
「いいんじゃねーの?旦那も楽しそうだし」
「面白い話、これはイビルアイが慈母の様相を見せても仕方ない」
誰が慈母だとツッコミたかったが、夫婦扱いされて悪い気はしないイビルアイは舞い上がってフフンとかいいながらモモンガが喋るがままにしていた。
さっきまで拗らせていたのに、彼女はちょろかった。
だがそれが悪かったのだ。ツアーとの喧嘩とか、他愛の無い話が多かったせいもあるだろうが、彼女は油断していた。話はミノタウロスの国に移った頃になる。
「あの時は確か”口だけの賢者”がミノタウロスの国を大きく変えた時代だったかな?十三英雄の面々はその国に出現した魔神を倒すために、異形種オンリーのチームを結成していたんだ」
「あぁ、懐かしいな…」
そこに反応するのがいけなかった。イビルアイが反応するということはつまり関わりがあるわけで、当然仲間は疑問に思い尋ねた。
「その時イビルアイはどうしていたの?」
「キーノかい?うーんと…あぁ」
未だフフンと鼻を高く掲げて話を聞いていたイビルアイは反応するのが遅れたのだ。彼が今から何を言おうとしているのか気付くのが遅れたのだ。
「そういや、奴隷になろうとしていたなぁ」
「ぐっふぉぁ!!!!」
その一言で過去の自分の
「ちょ、まっまて―――」
「あの時は確かキーノが手枷と足枷を持ってきて―――」
―――ミノタウロスの国に現れた魔神を討伐するために十三英雄のメンバーの中から異形のメンバーが選抜された。
今回のメンバーは強さから言っても対魔神戦で不安が残る状態だった。その為、十三英雄の枠組みからは外れていたはずのモモンガに白羽の矢が立ったのだ。
リーダーに協力を仰がれ、当時仲の良かったモモンガは協力を了承し、ミノタウロスの国へ行くこととなる。
その時イビルアイは見た目が人間そのままに近い容姿だったため、置いていく話になっていたのだ。
それを嫌がったイビルアイがモモンガに「自分を奴隷という扱いにしてくれ!」と切り出したのである。勿論モモンガは渋った。
だが何故か興奮したようにひたすら「サトルの奴隷に!!」とか言い続けるイビルアイに押され、最後には了承することになったのだ。
そして次の日から本当に奴隷の格好をして手枷も足枷もつけて歩いて回る彼女の姿が多数に見られ、モモンガはあらぬ疑いをリーダーにまで掛けられた、というのが話の内容だった。
「何してもいいんだぞ?」とか言っていたのも誤解を増やした原因であろう。「据え膳だぞー、据え膳だよ?」とか言っていたのもそうであろう。あと、わざと立ち止まって手綱を握るモモンガに引っ張られて「あんっ」なんていいながら倒れてわざと服を肌蹴させて見せたのも誤解の原因であろう。当然だが、その後十三英雄の面々からは「っこのペド!」という罵倒を浴びせられた。
辛い記憶に思えるが、リーダーとの数限りのあるエピソードでもある。
そこが彼にとっては大切で、大事な思い出だったのだ。そこ等辺まできっちり綺麗に解説してくれたモモンガによって、イビルアイの精神は崩壊へと向かっていた。
自業自得である。
モモンガが語り終えた頃、丁度お昼時に近い頃。
金髪幼女が見事地面に突っ伏し、くっころのポーズをとっていた。勿論仲間はそれを笑顔で見ていた、笑いを堪えるので必死なのが分かる。というか仲間の顔は見たくなかった、イビルアイは地面を見るしかなかった。
「まさかの性癖、私ならもっと良いプレイができる」
「誰がするか!あと性癖じゃない!性癖じゃないからな!!」
真っ先にティアがからかい始める。その時限りの一時的な関係であると主張するも、それはそれで何か卑猥な言葉だろう。相手のニヤケ顔を取り除くことは出来ていない。
「奴隷になって何してもらうつもりだったんだぁ?おねいさんわっかんねぇなぁ?」
笑顔でガガーランが質問してくる、というかその容姿でおねいさんはないだろう。
「遊ばれた?物のように犯されて捨てられた?」
「されとらんし捨てられてな…」
反論しようといいかけて、200年前の別れの日の見放され方を思い出してシューンとなる。捨てられては居ないのだが、自身に燻る恋心が似た様なものだと言い放ち気が沈む。その姿を見て全員がモモンガの顔を見る。
「え?な、なんですか?」
何故か責められるような視線を受けて焦り始める。語り終えた当たりで合流したラキュースにも何故か半眼で見られて更に焦る。
「この中では常識人だ!」というのがモモンガの感想だったのでその常識人に睨まれて焦りはMAXであった。今の会話の流れで考えると犯るだけ犯られて捨てられたようにも聞こえるので、女性人の視線が鋭くなるのは当然なのである。
そこに思い至って慌てて否定の言葉を上げる。
「捨ててませんから!!捨ててませんよ!!?」
「ならイビルアイのこの様子は何?」
ティナから意外にキツ目の声で返され、こういうときの男の扱いの悪さを理解する。「膣に出したのか?膣に?」とか言ってきているが、もうちょっと隠すべきだろう。仮にも妙齢の女性なのだから。
「出してませんから!出してないししてもいませんから!…っていうか恥ずかしがって!」
「じゃあ顔か?顔にぶっかけたのか?」
「具体的過ぎる!具体的過ぎますから!ハズカシイでしょ!!」
ティナの堂々としすぎる追及に焦ってそう応える。
何故かは知らないがいつの間にか自分は強姦魔扱いされてるのだと気付いたモモンガは必死であった。というか男なら誰だって必死に誤解を解くだろう。
「じゃあ捨てたのはどうして?」
「だから捨ててませんから!」
さっきから責めたてられて必死である。精神の沈静化が必死に仕事をしているが追いつかないほどだ。
女性陣は普段はイビルアイをからかって楽しんではいるが、基本的にイビルアイの事が大好きである。
ティアは性的に好きである。
そんなイビルアイが犯られて捨てられたのだとしたらそれは青の薔薇にとっては許せない事なのである。つまりはギルティ。性犯罪者には死の断罪をくれてやる。今彼に向けられる視線は犯罪者を断罪する裁判官のそれである。
勿論モモンガはそんなことはしていない、というか本来の姿であればナニも付いていない状態なのでやりようもないのである。だが漆黒の鎧に身を包んでいる状態なので、人型だと思われる彼の姿は彼女達に勘違いをさせていた。
「じゃあ後ろか?後ろがええのんか?」
「後ろって!無理です!ていうか恥ずかしいからやめて!」
誤解を解くのに軽く一時間以上は費やしていたような気がする。その後もひたすら「パンパンしたんか?」とか「ヒギィ!とかいわせたんやろ?」とか質問攻めである。この数日間で一番精神が磨耗したと言っていいだろう。何度精神の沈静化が起こったかわからなかった程である。百は越えただろうか?
なんとか騒動が落ち着いたのち、ラキュースに夜の都合の事を聞かれて勘違いしたイビルアイが夜のお誘いと勘違いし、また一悶着起こるのだが割愛しておこう。
「ラナーが今夜にもお忍びで会いたいと言っているのですが」
「な、なんだ。そういうことか…」
あまりにも早とちりしすぎたことを恥じたイビルアイは椅子に深く座りなおし、小さくなって黙ってしまった。
「それにしてもお姫さんも変わりもんだよな、伝説上の人物とはいえ、相手は恐らく人外なんだぜ?」
イビルアイの保護者とも名乗った彼は恐らく人の範疇から外れているだろう。そう彼女達は睨んでいた。
別にそれについて今更どうこう思うことは無い。イビルアイだって所謂異形なのだから。
その人外を目の前に堂々と発言するガガーランの図太さに呆れながら、ラキュースは言い方を嗜めた。
「ちょっとガガーラン、御本人を前に失礼じゃないの?ごめんなさいモモンさん…」
「い、いえ。別に気にしてませんので…」
「それで、ラナーとは会っていただけますか?」
可愛らしく首をかしげながら尋ねる。 美人はやはり美人であり、何をしても美しく見える。
だが、さっきまで女性人にやっかみされていたモモンガは既に心が磨り減っていた。王女様でもなんでも会ってあげるから、今は兎に角帰って欲しかったのである。
普段なら王女と密会などとびっくりして即座に拒否していただろうが、気の緩みまくったモモンガは頷いてしまったのである。
そしてそれが一連の事件の発端へとなっていくことを彼らはまだ知らない。