王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフ。
近隣国家最強といわれる戦士、そんな彼は今、王国南方にある村々を訪れていた。―――いや、
彼が訪れる先々の村は既に焼き討ちにあい、黒く焦げた死体と切り刻まれた死体の山が積み重なっていた。いくつもの村をめぐっては同じことの繰り返し、道徳心の高い彼は既に深いシワを眉間に刻み、強い意志でもってこの非道に制裁をと決めていた。
「戦士長、どうやら次の村が見えるようです!煙、上がっています!!」
「クソ、やはり間に合わなかったのか!!?」
副長から上がる報告に苛立ちを隠せない。先ほどから無理をして飛ばしている馬が息を切らし始めている、限界も近い。だが止まる訳にはいかなかった。なんとしてもこの蛮行を止め、村人達が味わった苦しみを連中に仕返えさなければならない。そんな憤怒の感情と共に部下を引き連れ、彼は戦場へと向かっていく。
「いえっ!!今現在戦闘中のようです!!」
「なんと!?村人達が抵抗しているのか!!」
この近辺はトブの大森林の恩恵を受けている村が多い。すぐ近くの森に強力なモンスターが居るおかげで賊が住まないからだ。だからこそ、村は戦力を保持していないところがほとんどだった。それこそ防衛用の柵すら作らないほどに。
そんな村の状況で帝国兵と思しき連中と戦えるのだろうか?ガゼフがそう疑問を抱くのは当然だ。
「あれはっ…冒険者かなにかでしょうか!複数の者が帝国兵に反抗しているのが見えます!」
「なんとっ、では我々も急ぎ応援に駆けつけるぞ!!」
「はいっ!」
ここに来るまでの途中、これは罠だと進言し、戻るよう促してきた副長も生き残りの可能性が見えれば目の色は変わっていた。ようやく追いついたのだ、あの帝国兵共をなぎ倒し、少しでも多くの村人を護る。
国の兵士として当然の責務を果たすべく、王国戦士団は鞘から剣を抜いて戦場へと駆けていった。
「うおらぁ!!!!」
「ギャァッ!!」
ガガーランの刺突戦槌が相手の兜を叩き割る。英雄級と称される彼女相手に、この帝国兵の姿をした連中で敵う存在は居なかった。
「な、何故だ…何故こんな冒険者がここに!!?」
帝国兵の隊長格と思しき男が喚き叫ぶ。ただ冒険者が居ても雑魚なら部下が勝手に殺してくれる、そう思っていたのだ。だというのに目の前の男女は次々と部下を叩き潰して行く。
「強敵というほどではない」
「統率とれてない?隊長は何してる」
「ティア、ティナ。相手は数だけは多いわ。油断しないで」
忍者の二人がクナイを投げ、驚くことに重装備の帝国兵の兜のスリットを刺し貫き絶命させる。更にはラキュースが装備しているフローティングソードが次々と兵士達に飛来し、一撃のもとに身体を刺し貫かれて絶命していく。開戦した瞬間から既に敗北の色は濃かったのだ。
隊長格と思わしき男はアワアワと口をかち鳴らし、腰が引けて膝も震えている。
「口だけの隊長、これぞまさに無能」
「ヒッ!ヒィィィィ!!!」
男が背を見せて逃げ出そうとし始めたが、何の力も技術もない無能は影から現れたティナに顎から脳天までを短剣で刺し貫かれて死んだ。
相手の数は三十といったところか、それ程の数を相手にしても蒼の薔薇は連携を取り、見事に敵を打ち倒していった。判断の早かった兵士数名だけは取り逃したが、深追いする必要も無いだろうと見逃し、攻撃を仕掛けてくる連中だけを見事に潰しきったのだ。
「なんだ、全然大したこと無かったな連中?」
武技も使うことすら無かったことに呆れの感情を抱くガガーラン。
「これがあの黄金の狙い?それにしては簡単すぎる」
「そうね、村の人を救えたのは良かったけれど…」
ラナーが態々自分達を差し向けるにしては村一つを救うという目的だったとは思えないのだ。勿論村が助かったのは良かったと思っている。ただ別の目的があるのでは?という疑念が出てきているのだ。モモンガを必要とするほどの相手とは思えないのだから当然だろう。
その疑念を晴らすため、別行動を取っているイビルアイやモモンガと合流するべきか…彼女は悩む、二人揃って別行動を始めたのだ。あの二人の邪魔をしていいのか?200年ぶりの恋を再発させているだろうイビルアイを邪魔して良いものか。まだ戦闘が終わったばかりなのに少しばかり色めいた方向へ考えを走らせている当たり、彼女も常識人ではないのである。少なくともモモンガが思うほどには常識人ではないのである。
「サ―――モモン、来たみたいだぞ?」
「あぁ、やっぱり法国の連中なのね…」
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そしてモモンガが懸念していた通り、相手はやっぱり法国だった。目下に普通に法国の格好をした連中が伏せていた。恐らく帝国兵と思しき連中も法国の偽装だろう、モモンガは既にそこまでは当たりをつけていた。
「あぁ、なんで俺はこんな依頼を受けちゃったんだろうなぁー」
「…ラナー王女からの依頼なんだよな?どういった内容だったんだ?」
受けるんじゃなかったーとかぶつくさ言うモモンガに疑問の声をかけるのも当然だろう。あの箱庭の中に居るお姫様がしてきた依頼だ、頭は良いだけにきっちり考えた依頼だろうが、どういった裏があるのかは気になる。
「いやまぁ、ある特定の人物を救ってくれっていう依頼なんだけどね」
受けてあげたはいいが、帝国兵が襲ってきた段階で何かおかしいなと思ったのだ。そして単独で行動しようとしたところ、イビルアイはピッタリと離れずついてきた。仲間はいいのと尋ねたら「あれは楽勝だ」の一言である。
それに迎えに来た手前、別に来なくていいと断るのも悪く思えたので一緒に行動していたのだ。
「ふむ…それはあの今地平を走っている連中のことか?」
「うん?どこどこ?」
顔を向けて場所を示したつもりだが、仮面を被っているイビルアイの視線の先は分かりにくい。ぱっと見では気付かなかったから彼女の近くに寄って視線の先を追おうとする。ついでにちょっと肩を掴む、別に他意は無い。単に無意識である。
「っ!?」
「どこだ?キ…イビルアイ」
意識もしていないモモンガは何処吹く風である。
「あ、あそこ…だ」
「ふぇ?あぁ、あそこか…」
イビルアイが腕を上げ指差した方向を見てようやく気がつく。ついでに言うと、腕の向きに視線を合わせるためにイビルアイの肩口にまで顔を落とし、顔の横に近づける。そんな無意識な彼の行動に「ひぇっ」とか情けない言葉を発するロリ吸血鬼が居た。
「おー戦ってる戦ってる。やるなぁあの剣士さん」
「あれはガゼフ・ストロノーフだな。王国一の剣の使い手だ」
「へぇー」
上からガゼフと呼ばれた男を見る。剣技も然ることながら武技の数々は中々のものである。ガガーランも結構使えるらしいが彼程研ぎ澄まされてるのかどうかは微妙なところだ。聞けば既にガゼフに負けているらしいし。
「あぁ、でも負けちゃうなこれー」
「うん、無理だろうね…」
ジッと観戦し続ける間、先程の姿勢のままだ。もっというとモモンガの手はイビルアイの身体の前に廻されている。彼はまたもや無意識に、今度は彼女を抱きしめていた。出会った頃は本当に子供だったので、まるでペットの子猫を抱き上げるが如く身体でくるんであげることが多かったのだ。今も娘感覚がどこかにあるモモンガは二人きりだと割りとベタベタしてくるのである。
なぜか周りに誰か居ると意識して恥ずかしがる癖して、こういう時は堂々としている。彼はヘタレだった。
そしてそんな彼に抱きしめられるイビルアイは借りてきた猫の如く静かになっていく。いつの間にか普段仲間に見せる尊大な態度は消え、昔の喋り方に戻っていた。見た目と違わぬ幼児退行である。だが心のうちはキチンと(?)大人の女性の思考に陥っていた。
(な、なんだ!?この雰囲気はいくのか!?いっちゃうのか!?外で!?しかも空で!?)
どういう意味のいくなのかは定かではないが250年物の恋を燻らせている彼女は必死だった、ぶっちゃけパニック状態。
もしその気ならどうしよう?最早心は完全に浮ついており、頭は完全にのぼせきっていたほどだ。下の地獄絵図とは打って変わってピンク色な空間が漂っている。頑張って死闘を繰り広げている王国戦士団の上で砂糖がバラバラ振りまかれているだなんて知ったら彼らは戦意喪失するだろう。それこそ彼女の言うとおりいっちゃえば上空からナニやらアレやらのエキスが振りまかれるのである。死地に舞う物質としては最低極まりないだろう、下品な意味で。
「あ、やられそう」
流石に不味いよね?そう呟いて完全不可知化を解いて急降下するモモンガに彼女が意識を引き戻されたのは着陸する為に姿勢を変えて、彼の腕からすっぽ抜けた直後だった。
さぁ最後の瞬間だ、と思った瞬間に地面が爆発した。一瞬子供大の人影が地面に激突したように見えたが舞い上がる砂埃で確認できない。部下も何が起こったのかとオロオロしている。
「落ち着け!冷静に陣形を整えろ!不意打ちに備えよ!」
隊長らしく指示を飛ばし、配下の者達の意識を統一していく。ニグン・グリッド・ルーインは今回の作戦の最終段階において、その成功がなされる瞬間を喜びながら待っていた。ガゼフ・ストロノーフに個人的な恨みはないが、法国の上層部の判断では王国は既に亡き者にしたほうが良いという判断が下されているのだ。
その上で王国を無駄に長く存続させる存在となりえるガゼフ・ストロノーフが抹殺対象になるのは法国としては当たり前の判断だったのである。勿論、その抹殺作戦で無関係な人民を殺すというのは些か抵抗を覚えてもいたのだ。だが仕事は仕事、自身の仕事に誇りを持っていたニグンは国から与えられた命令を着実にこなしていた。
それなのに、仕事の完成の間際に邪魔が入ったとあっては彼も穏やかな気ではいられない。
ニグンもガゼフもお互いが目の前の出来事に警戒する中、聞こえてきたのはどこか情けない声。
「ちょ!?イビルアイ!?イビルアアアアアアアアアアイ!!」
地面に頭から深くめり込んだ少女を必死に抜こうとする
法国相手ならこのぐらいはするべきと思って九位階の魔法を使うため、元の姿に戻っていたのだ。勿論誰かに見つかった場合を想定して嫉妬マスク装備済みである。装備品だってみすぼらしい
猛者でもあるイビルアイだ、長年一緒に戦い抜いた彼女のこと。ちょっと惚けてるような感じはしたけれど戦いの場に行けば勝手に復帰するだろう、と手を離したら頭から地面にめり込んでいった。別にそんなつもりは無かったモモンガは罪悪感から必死に足を掴んで引っ張りあげていた。そんな彼が叫ぶ名前にニグンの表情が歪み始める。
「イビルアイ…だと?きっさまぁぁぁ!!蒼の薔薇の関係者かぁ!」
かつて蒼の薔薇に負わされた傷のことを思い出す。腐った連中しか居ないと思っていた王国で自分に傷をつけてきた憎き存在。その片割れが今何故か頭から胴体の半分を地面に埋め込み、ピクリとも動かないのだ。チャンスだ!と思って攻撃をするのは当然の判断だった。
「ちょ!?やめろ!やめて!!?イビルアイまだ埋まってるの見えるでしょ!?」
「はっはっは!!!それこそ好都合だ、忌まわしきそのガキを殺せれば私のこの傷の痛みも少しは晴れるというものよ!!」
どこかの三流悪役の如く、いやまさしくそれそのものの台詞を吐きながら部隊で一斉に攻撃を放つ。だがその全ての攻撃は埋まった少女の壁になるべく立った男にかき消される。
「な、なんだと!?」
「おいこら…この子が忌まわしいとか言ったな?」
「ヒッ!?」
見れば目の前の魔法詠唱者はとてつもない恐怖の気を発している。プレイヤーが見れば一目瞭然、絶望のオーラだ。
「私の大切な
モモンガは怒りを隠さない。彼女を害そうとするものへの怒りと憎しみが浮かんでは沈静化されていく。そしてまた浮かんでは消えていく。出した答えは折角迎えに来た大切なモノを傷つけようとするこの連中に粛清を。
後ろのガゼフを守るのが仕事だったことは完璧に忘れている。二百年振りに仕事をしたのだ、はっきり言ってブランクも良いところである。仕事人としてもダメダメであった。
「ヒッ…!ヒィッ…!?」
そのオーラに当てられただけで、ニグン率いる陽光聖典は士気が瓦解し、彼の魔法で壊滅した。
「ゴウン殿!!この度はなんとお礼を言って良いか!!!!」
「いや、娘を守っただけなので…私としてはあなたを助ける意図もありませんでしたので…」
「それでも!救われたことに変わりはありませぬ!!」
戦士長ガゼフ・ストロノーフの激励も覚めやらぬ中、生き残った彼の部下の中で元気な者はイビルアイを掘り起こしていた。「これもう窒息死してるんじゃね?」とか掘り起こしてる最中彼らは思ったが口には出さない。
さっきの戦いでモモンガの強さを見れば怒らせたくないのは当たり前の話だったからだ。そして命が救われたのも事実なので、彼に対する敬意は本物である。途中で空が割れて「あ、やっべ…」なんてモモンガが口走っていたがきっと彼ほどの魔法詠唱者でなければ分からないことなのだろう。そう思い皆何も言うことも無くイビルアイを掘り起こす。
「しかし、イビルアイ殿のお父上だったとは…」
「あぁ、まぁ普段は奔放なままに任せているので、父親と名乗っていいのやら…」
適当に話を作り、さっさと切り抜けるべく話を繋ぐ。モモンガという名前もモモンという剣士の姿も同一視されたくなかった為、咄嗟にアインズ・ウール・ゴウンと名乗ったのだ。そんな事とは露知らず、ガゼフは目の前の恩人に精一杯の礼を尽くしていた。
モモンガとしてはさっさと帰ってしまいたかったので早く立ち去ってくれないかなーという気持ちで一杯だ。別に彼らのことは嫌いなわけではないが、身バレが嫌なのでさっさと立ち去って欲しかったのである。
「シュッと行ってサッと帰る」という作戦のつもりだったモモンガは、名乗るつもりも無かったのだ。
「何を言います、娘の危機に怒りを覚える姿は間違いなく父としての姿でありましたぞ」
「えっあっ、はい」
何故か滅茶苦茶評価が高くなってしまったガゼフからの自分への評価についてちょっと引き気味になる。元々自分に自信を持てないモモンガ。基本他人を立てて今までも過ごしてきた。そんな彼にとってはガゼフは眩しすぎたのだ。
それと同時に嫌いになりきれない男だとも思っていた彼に、今回の出来事はなるべく伏せるようにだけ伝えて彼と別れた。「我が王や側近以外には伝えない」という約束をしてくれたガゼフには感謝だろう。誠実さを忘れない彼に好感を抱きながら分かれた。
ガゼフが陽光聖典を捕縛し、急ぎ王都へ帰って行った後。ラキュース達と合流し、何故か上半身ボロボロなイビルアイの姿に全員が疑問の表情を浮かべていた。
「モモンさん…一体なにがあったんですか?」
ラキュースがそう尋ねるのは当然だろう。合流前に変装は済ませておいたあたり、ちゃっかりはしているのだが…。モモンガは凄く気まずそうな様子を見せたが多くは語らない。自分が手を離したせいで地面にめり込みましただなんて言える訳もないだろう。ボロボロの姿にはちょっと罪悪感が浮かぶが黙ってみているしかない。
イビルアイも顔を下に落とし、ションボリした…というより反省している雰囲気だ。さっき何も出来ずに地面に埋まったことを恥じているのだろう。彼女も何も喋らなかった。
とりあえず服に着いた汚れを落とし、よろよろとし続ける身体をティナに支えを任せた。ティアに任せないのは食べられてしまわないためだ、勿論性的に。
「どいひー」とか言ってるが色々消耗状態のイビルアイは簡単にペロペロ食べられてしまうだろう。正しい選択であった。
「まさか王国戦士長がラナーの本当の依頼の救護対象だったなんて」
先ほどカルネ村で出会ったガゼフと会ったときはただ帝国兵を狩りに来たのかと思ったが二人の話を聞いてから合点がいった。この為にラナーは人を寄越したのだ。私達冒険者だけでは国家間の争いに介入は出来ない。そこまで見越して…。
色々なリスクを抱えてまで派遣した理由を考えると如何にラナーが人命を尊ぶ存在なのかとラキュースは目頭が熱くなる。きっと当人は今頃くしゃみでもしていることだろう。
本当の依頼をこなした蒼の薔薇とモモンガ達は、その日はカルネ村で休みを取る事にした。被害もほとんど無く済んだ村の面々に彼女達は歓迎をされたのは言うまでもない。
そして表向きの依頼もそこそこに彼女達は王都へと引き返すことを決めたのだった。
「…グオッ!」
「あぁ、今回は出番無かったな」
法国が関わっている以上、今回の出来事の目撃者を消そうとするかもしれない。カルネ村は後々でこっそり消されてしまうのかもしれない。そう思い、万が一の為にデスナイトを配備させ続けることにした。
そう、彼はこの森の
いつも誤字報告してくださる皆様ありがとうございます。
ベリュース、名を出すまでも無く死亡。
どうだっていいんじゃ。
そして王都での物語り再開です。
なんでニグンは小物になっちゃうんだろうか、子安だからか?子安だからなのか?