ハイスクール・フリート~北の海より愛をこめて~   作:葉桜照月

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前々回、次回「不法侵入と学歴開示祭り」とお伝えしましたが、
10000字を超えたので二つに分けます。
すんません。
今回はその後半。6000字強でお送りいたします。


七話 不法侵入と学歴開示祭り―学歴開示祭り編―

──柏原港 大和艦内 教室 2016/4/15/2100

 

いっけな~い!遅刻遅刻!!

わたし、島村悠希菜!この船で第一マストの見張をしているの(*`艸´)でもある日艦長が「私の過去を知りたいやつは教室へ来い」とか言い出してもう大変!みんな「どうでもいい」とか言ってるけど私はすっごい気になる・・・私いったいどうしたらいいの~!?次回「全員出席」お楽しみに( ´∀` )

 

…なんてことを考えつつ、教室の机に座っています。実際にここまでの流れはおおむね上記の通りだから、ちょっと面白い。

教室は騒がしい。まだ「やっぱり飛べる宣言では…!?」みたいな事前予測が飛び交っていて。

艦長がどういう風の吹きまわしでいきなり学歴開示をしようと思ったのかは分からないけれど、でもここに全員が集まっていることからもわかるように、やはり全員が「気になる事柄」ではあったみたいで。

…でも私は、おそらく期待していることの本命はみんなのそれとは違う。ずっと感じてた違和感なんだけど…

 

「…なんだ、全員集まったのか」

艦長がやって来た。

艦長は、なにやら紙袋をひとつ携えて、そしてやや緊張した顔で、教卓から私たちを見ていた。そして、

「…黙ってても始まらないから、始めるぞ」

と言った。教室はすっかり静かになっていた。

 

 

「…私については、色々な噂が飛び交っているらしいが、実際のところは…この紙袋の中に全て詰まっている。まずは…そうだな、これか?」

そう言って取り出したのは、ひとつの書類。

文字がびっしり書き込まれていて──しかも英語──、席が後ろの方の私には読めなかったけれど、前の方の席の人が読んでみたらしく、前の方からはどよめきが上がっていた。艦長はそれに答えたらしく、

「ああ、博士号の書類だ。おおよそこう書いてある。『海洋地理学博士 七島珠洲』と」

後ろの方も、ざわざわしはじめる。

艦長が博士…

マジか…

やべえよやべえよ…

そうしてドヨッている私達におかまいなく、艦長は続けた。

「そして…おおよそ皆が知りたいのはこちらだろう」

と言って、それを高く掲げた。

それは私にも読むことができた。

 

「卒業証書 七島珠洲 ────北海道海洋大学」

 

大卒だった…??

大卒だった…!!

またひとしきりどよめいた後、自然と教室中の視線が艦長に向いた。「どういうことか説明してください」──と、そう言いたげに。

それを知ってか知らずか、艦長は語り始めた。

 

「…経緯を説明しよう。

これは言ったことがある人もいるかもしれないが…私は中一で『学生論文大賞』の最優秀賞を受賞したんだ。地元の海底地形の調査だったんだが。…それがどういうわけか、その筋の学者にも知られ、どういう運命の悪戯か、そこでも高い評価を得てしまったんだ。海洋学界隈に、七島珠洲の名は広く知れ渡ったらしい。謎の天才中学生、海洋研究界期待の星として」

艦長はそこで一拍置いて、また続ける。

教室は静かだった。

 

「そうしたらある日、北海道海洋大学から手紙が来た。何かと思ったら、中学高校を全部スッ飛ばして、大学に入らないか──と、おおよそでそんなことが書かれていた。

 中学は義務教育だ。そんなことが可能なのかと思ったが案外可能らしく、私が希望したこともあり入学はすぐに決まった。形体的には転入が近いかもしれない。…まあ後で知ったことだが、北洋大は若い才能を活かす事に力を入れているらしく、飛び級や優秀な高校生の…引き抜き、とでも言うのか?言い方は悪いかもしれないが…まあその辺は既に多くの前例があったらしい。流石に中学生、となると例がなかったようだが。

…ともあれ、私は大学に入った。確か9月の末だったから中学生活は6ヶ月もなかった」

 

「私はそれ以来、地理学の勉強ばかりやった。それで大学に入ったのだし、周囲もそれを期待していたから、当然と言えば当然だ。そうして期待になんとか答え続け、大学側も若い人材の育成推進という点で私に何らかの思惑を掛けていたらしく、私は飛び級に次ぐ飛び級。書いた論文も好評に次ぐ好評。知名度目当てに私との共同研究を提案してくる大人もいた。…おっと、自慢するつもりはないんだ。今はただ事実のみを述べるよ。

…まあ、色々あって。私は普通の中学生が入学して卒業するまでの間に合わせて15学年くらい飛び級し、10以上の論文を書き、博士課程を卒業、晴れて博士となった。世の中は中3の2月の末だった。…とはいえ、周りの目には、私は義務教育を終える中学生どころか、大学生ですらもなく、一人の若い、未来ある研究者として映っていたんだ。多くの人は、大学でこれからも長く研究を続けて行くものだと思っていた。

私もそうしようとは思ったが、ある技術が足りなかった。──測量技術だ。大学では測量のことは一切やらなかったし、研究の時はできる人間に任せていたのだが、これからはどうしても自分で測量しなければならない日も来るだろうし、技術は持っていて損はないと思った。…ところが、大学ではもう測量の基礎を学べる科目はなかった。海洋大学だったからな。できるやつのみが集まっていた。そこで私が選んだのが…呉女子海洋学校への入学だった」

 

「呉に打診してみたら、いくつかの書類を要求されて、そのまま入学を許可された。そして…あの筑紫座礁事件を経て、舞鶴に移り、大和(このふね)に乗ることになった。艦長として、皆と共に」

 

以上だ、と言って、艦長は口と目を閉じた。

 

そのあとしばらく、教室はざわざわしてた。

私が知りたかった「あること」を知ることは出来なかったけれど、それでも艦長の話は予想や噂を大きく越えていて。

その場にいた誰もが、艦長のことを予想よりもずっと、自分達よりもずっと、上をいっている(少なくとも一部分においては)ことを思い知った。

 

 

人間は、不思議です。

私はそうはならなかったけれど、人間、特に自尊心の強いようなのは、自分がある相手に負けていることを知ると、どこかで優越できる点がないかとあら探しを始める、と、何かで読んだことがあります。

そしてこの場合も、どうやらそれが発現したみたいで。誰かが立ち上がって、こう叫びました。

 

「…だったら、艦長は地理の成績良くて当然じゃないですか。ズルですよ、そんなの」

 

艦長はそう言われたとき、何か酸っぱいものを噛んだ時のように、一瞬だけ目を細くすぼめて、悲しげな表情をさせました。

その時に私は、多分こういう指摘を受けることを艦長は予測していたんだろうな、と感じました。

 

でも、大衆心理はその程度で動かなくて。

「そもそもテスト受けてないのにここにいたんですか??」

「艦長と私たちで何が違うの?」

「それで艦長になったの?」

「高柳さんが本当は艦長になる予定だったんだね?」

「高柳さんの方が良かった」

 

云々。

一部のラディカルな皆さんに詰め寄られてもなお、艦長はなにも反論することなく、俯いて目を閉じたままでした。そこに込められた感情が何かは、分からない。

もっとも、不快感をあらわにして艦長に詰め寄っている人は精々10人弱で、その他の生徒は私含め、席に座っていました。しかし、艦長の擁護に動いている人はいないまま。私もそうだったけれど、知らされた事実を整理して、自分の考えを立て直すので精一杯だったのです。そういう人たちは、艦長がもう話をしそうにないことを見ると、無言で、何か考えたまま、教室を去ってしまいました。

そうして、その場に座ったまま残っていたのは、私と、副長の高柳さんと、書記の国東さんと、測量専科の大雪さんの四人だけでした。

私は少し前から、座って俯いていた状態から脱却して、周囲を見渡すことができていました。それに関する全ての思考をいちど後回しにすることでなんとか心に平静を戻したからです。

けれど、大雪さんは、まだ俯いたままで、むしろ何かしら思い詰めているかのように強く目を瞑っていました。心なしか、少しだけ震えてもいました。

国東さんは、ほぼ前の方に当たるので表情こそ分からなかったものの、既にペンをもって紙に何か走らせていました。まるで全てを最初から知っているようでもありました。

もしかしたら艦橋組はみんな知っていたのかもしれないな、と一瞬だけ思いましたが、それを否定させたのが、高柳さんでした。彼女もまた大雪さんのように何かしら思い詰めていたような表情をしていましたが、目を閉じていた大雪さんとは違って、艦長の方をじっと見つめていました。そこからは何か強く思うことがあることしか分かりませんでした。

 

しばらくして、前に出ていた人達が戻ろうとすると、ガタァン!と言う音と共に、大雪さんが立ち上がりました。その時は全員の視線が大雪さんに集まっていました。──艦長含めて。

 

大雪さんは静かに艦長の前に歩いていき、そうして、何を言われるのか分からないで少しだけ戸惑っている艦長に向かって、こう言いました。

「──私には、すごく仲の良かった幼馴染がいてさ。身長やら成績やら、何につけても競争してた。そして殆どが実力伯仲。でも、測量とか、数学系の成績だけは勝てなかったんだよね。

…呉も一緒に受験したんだ。でも私はちょっとだけ数学が出来なくて、直前まで教えて貰ってた。それのおかげで、入試で教えて貰ったとこが出たから、私は受かった。けれど、あの子は受からなかった。自己採点のとき、あの子はすごく気難しそうな顔してて。聞いてみたら、私と3点差で負けてたんだ、自己採点。その時は、まあここまで点数が近ければ、どっちも受かってるか受かってないかだって、一緒に笑ってたんだ。

けどボーダーは、その3点に、その1問のところに引かれた。私は慰めたけど、それは上から目線に過ぎなくて。勝った側が負けた側を褒めているに過ぎなくて。そのまま疎遠になって、もう長く話してないんだ」

大雪さんはそう語った。

ここまでの話を聞いて、先は読めた。多分みんな読めている。でも、話は続いた。

「私はずっと自分を責めてさ。どうして私だけ受かってしまったんだ、一緒に落ちた方がずっと良かったって思った。思ってた。今も思ってる。

…けど、艦長さん。さっきの話が本当なら、艦長はテストを受けてないのにここにいるんだよね?もし艦長さん…いや、艦長が、ここに来なければ、あの子は確実に受かってたんだ。…いや、言い方が違うや。あの子は受かってたんだ。けど落ちた。艦長が…お前がっ、押し退けたんだ!」

 

おそらく、事実はそうではないだろう。

矛盾や不可解な点が多すぎる。私の見たてでは、そもそも多分その幼馴染さんは嘘をついている。何故なら、今の話が事実ならば、大雪さんはギリギリで受かったのだから、成績が悪くないといけない。しかし、彼女の成績はむしろこの船ではいい方だ。それに彼女は測量副長なのに、測量は苦手だと言う。少なくとも、大雪さんについてはボーダーからかなり余裕のある位置にいたはず。恐らく幼馴染さんは相当のコケ方をして、落ちるべくして落ちたのだ。けれどそれを悟られたくない一心で、その場凌ぎの嘘をついた。3点だけ負けたと言う嘘を。

もしそうでないなら、入試、そしてそれまでは成績が低かったけれど、何らかの理由で一念発起して成績を上げる必要が────

(……ッ!!!)

いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

──いや、これは私(こっち)の話だ。大雪さんは全く関係ないの。思考を戻そう。

 

…ただ、大雪さんと幼馴染さんとの事実がどうであるにしろ、「一方は受かり、一方は落ちた」という事実は変わらない。そして、幼馴染さんの方が受かる確率が高かったのに…ということも。

それについて、艦長という丁度いい感情のぶつけ先、責任の押し付け先が出来たのだから、感情論に立てば、艦長を責めるのはある種仕方ない。そういう状況において、論理だった正論は受け入れられないから。

艦長は押し黙り、俯いていました。

教室は静かだったものの、しばらくして、大雪さん以前に艦長に詰め寄っていた人達が、こう言う。

 

「艦長…私達は、ちょっと納得できません。しばらく、指揮権を副長に委譲してください」

 

それは、クーデター宣言。

副長も国東さんも若干驚いた顔をしていましたが、クーデター発案者の彼女達は、面白い事でもあったかのように、黙りこくっている艦長をひっ摑んで、どこかに連れていこうとしました。おそらくは艦長室へ、軟禁に。

流石にこれはまずいのではないかと思って、艦長っ、と声をかけようとして立ち上がったのですが、制止されました。

艦長に。

「島村、やめてくれ。仕方のないことだ。

…それに私はまだ、君に隠し事をしている」

 

(…!!)

艦長はそれだけ言って、摑む周りの手を払うと、艦長室だろ、といって、自分から去ったのでした。彼女たちを伴って。

 

教室には無言が残った。

流石に反乱は…これはまずい、今艦長へ反乱なんて起こしたらそれこそ横須賀と同じになってしまうのだから!

私は副長に詰めよって、

「副長!どうして止めないんですか!」

と批難しました。

しかし。

「私だって、艦長に不満はあるんですよ」

と言って、去ってしまいました。

 

 

ここに、実質のクーデターが成立したのでした。

 

 

私は、どうしたらいいか分からないけれど、もう不満をぶつける相手はいない部屋(国東さんはいる)にいても仕方ないと思って、その場を去ろうとしました。

その時でした。

「…島村…さん」

「へ?」

振り返ると、思い詰めたような表情で、国東さんが立っていたのです。

国東さんの声は、もしかしたらはじめて聞いたかもしれません。透き通った綺麗なソプラノでした。

 

「国東さん…?」

「…(コクッ)」

「何でしょうか?」

「…話が…あるの…」

 

きっと艦長の事だろう。

「長いですか?落ち着ける所がいいですか?」

「…(コクッ)」

「じゃあ…あそこかな。

私の仕事場…マストに行きましょう。二人ぶん暗いのスペースはあります。寒いですから、毛布とか持っていった方がいいと思います」

マスト。

この船では正式な個人スペースは艦長室だけだが、一人でいられるスペースとしては、マストもまた引けをとらない。普段は第一マストに私、第三マストに月視ちゃんが入っているが、そこにはよほどの事がないと担当以外の人は来ない。私の手伝いとしてサブとして見張りをしてくれる人もいるので私物が持ち込めるわけではないが、見張りは一つのマストに一人なので、一人でいられるスペースではあるのだ。そこなら、二人でゆっくり話せる。港にいるから、担当もいないし。

「…大丈夫。私、道産子」

そうだったのか。知らなかった。

「…それと…」

「?」

「…敬語じゃ…なくても…いい」

そうなのか。

国東さんといえば、無口なこともあって、余り人と関わろうとしていないから、敬語が出てしまう。何となく威厳があるのだ。

でも、敬語が要らないというのなら。

私に何か相談をしようとしてきている。相談相手が満足できる環境を作るのは当然でしょう。

 

「そっか、じゃあ行こう、マストへ(^-^)d」

 

国東さんは頷いた。

…私も、艦長の言葉は気になる。秘密にしていること。多分、あの人のことだ。

(…ま、検討はついてるしね)

そう心で呟いて、二人でマストへ向かった。




次回、「暗躍―Side;島村悠希菜」をお送りいたします。

来週もまた見てくださいね。
ジャン、ケン、ポン。デュフフフフフフ。
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