ハイスクール・フリート~北の海より愛をこめて~ 作:葉桜照月
七島珠洲の艦橋入り。
つまり解放。
七島珠洲の解放を提案します。
それはつまり、私よりも艦長の方がこの場に対応できるだろうと思われた、ということ。
ああ、やっぱりそうだと思った。
私は出来てなさすぎる。
でも…艦長に頼りたくはなかった。
艦長が、やはり許せないのだ。
艦長には、ずっと閉じ籠っていただきたい。
「駄目です。私の一存で決められる話ではありません」
「…現在の責任者は副長…です」
「それでも、です。ここは、私で切り抜けられます」
「…ですが…」
カッときた。
そんなに信用されてないのか、私は。
そんなに艦長と比べて駄目か。
あの駄目艦長より下なのか、私は。
「ッ!私は副長です!私が責任者です!あなたさっき言ったでしょう!私の指示に従ってください」
「…わかりました。…折衷案…です。…砲撃を受けている現状を…舞鶴に連絡しましょう。…増援が来るまで…持ちこたえれば…」
「なるほど、ですが却下です。」
「…何故…」
「舞鶴への報告は原則として艦長が行うものです。現在は指揮は私ですからそれ自体は問題ないですが、先生に七島珠洲はと聞かれたら答えようがありません。分かってください。ここは逃げるしかないんです」
「…(ハァ…)」
大きな溜め息をついた国東さんは、それきりなにも言わなかった。
「敵艦発砲!」
島村さんがまた叫ぶ。とっさにまた言う。
「か、回避!」
そうしたら、今度は常陸さんが怒り気味に言った。
「だから無理って、さっきからウチ言ってるよね!?いい加減にしてよ、ウチがハッキリ言おうか?アンタ指揮官に向いてない!艦長の方がマシだとかそんなレベルじゃない!ずっといいよ!艦長あれでもちゃんと艦長してたんだって痛感してる!
アンタ感じないの!?艦長が、思ってた以上に仕事してたってコト!」
「それは…」
思わずたじろぐ。
次の常陸さんの言葉は、痛かった。
「アンタ分からないの!?アンタ、今この船にいる31人の命を背負ってんだよ!?アンタがテキトーな指示してるから、31人が死にかけてんだよ!?アンタのせいで!!」
「…‼」
「いいから艦長を呼び戻してよ!…いいや、アンタがしたくないなら私はもう舵を動かさないから!
…国東ちゃん、艦長つれてきて」
「…了解、航海長」
「ちょっと、勝手に…」
「アンタ黙って!いい加減メーワクだから」
「……」
もう、何も言えなかった。
※
「…戦闘中だな」
しかもそうとう被害を食ってるはずだ。余程敵艦に詰め寄られたのだろう。普通なら逃げるはずなんだが、反撃を優先したのだろうか…?
ふと時計を見たが、まだ「らっきべつ」との合流予定時刻は遠い。らっきべつが応戦してくれているとは考えづらい。敵がいくついるのか分からないが、あまり戦況は芳しくなさそうだ。
「…艦長」
「え?」
詩歌がきた。
貴重な艦橋人員を一人削ってまでここに来るとは、上はなにやってるんだか…
「…解放」
「本当か?」
何だ何だ、この期に及んで私が必要なのか?
「…(コクッ)」
「そうか、感謝する」
それだけ言って、私達は艦長室を出た。
艦長室から艦橋までは短い。
艦橋のすぐ手前まで来ると、詩歌は振り向いて言った。
「…艦長…あの…」
「なんだい」
「…ごめんなさい…」
「それは…、何についてだい?反乱を止められなかったことかい?」
「…それもだけど…艦長を、珠洲ちゃんを…助けるっていう…前の約束…破った」
ああ、あれか。
古い話だ。
国東博栄教授が、私と同い年の娘がいると言って会わせてくれたのが、国東詩歌だった。
それまで、ある程度地理の話の通じる同じ学年で人間と会ったことがなかった私には、学者の娘として幼少期より本棚から知識を吸い上げてきた彼女は、よく話の合う貴重な友人だった。呉に入った理由は色々あったが、その原点を辿れば、国東詩歌が呉に入る、と言っていたから、私も呉に入りたいなあと思ったからだった。
「…そんな約束もあったね。懐かしい」
だけど、と前置きして、伝えた。
「艦橋に戻って来れたことだけで、私は助けられてるよ。そうしてくれたのは、詩歌だ」
「…珠洲ちゃん…」
「その言い方はやめてよ、恥ずかしいなあ」
気付くと素の口調が漏れていた。
素の口調がでるのは、中学の時までと、詩歌に初めて会ったときだけだったかもしれない。
大学では、砕けた会話なんて誰とも出来なかったから。
ここでも、艦長としての威厳だなんだ言って封印していたから。
砕けた口調で会話する相手は、なかなかいなかった。
もしかしたら、なんだかんだ言って私は、砕けた会話をしたかったのかもしれない。
神宮寺と朝田みたいに。
機関科みたいに。
操帆科みたいに。
私以外の、皆みたいに。
砕けた口調で。
揶揄でも軽口でも何でもなく、ただ他愛もない話を。
その追想を破ったのは、ただ一人私と砕けた会話をしてくれる人だった。
「…艦長」
「なんだい」
『珠洲ちゃん』ではない。口調は仕事モードに戻す。
「…お伝え…しなければ…ならないことが…」
詩歌の報告を聞いてから一分。
艦橋に立って、副長の前に立った。
私の代わりに艦長帽を被った副長に。
「艦長…」
「高柳…」
私は高柳の顔を見て、そして思わず、
「このアホンダラァ!歯ぁ食いしばれ!貴様それでも副長かーッ!!」
柄にもない事を言って、高柳の頬に鉄拳を叩き込んだ。
高柳はのけ反って倒れた。艦長帽も飛んだ。
「がっ…」
「…(!?)」
「艦長!?」
みんな驚いてる。そりゃそうだ、この船乗って人を殴るのなんて、初めてに決まってる。
「…艦長…?」
高柳は何が起こったか分からないかのように、殴られたところを抑えつつ目をパチクリさせていた。
その間抜け顔にまた腹が立って、
「立て高柳!いつまで寝っ転がってんだ貴様!」
軍人風に叱責する。
「艦長…」
高柳は立ち上がったが、まだ何も分からないみたいな顔をしていた。
私は高柳の胸ぐらを摑んで、そしてまた言った。
「聞いたぞ!第二マスト上部破損!第一マスト帆損傷!船体直撃!これじゃあいいカモだぞ!貴様何を指示していた!しかもこちらからは一発も撃っていないだと!?
…おい神若!何やってた!?」
と、砲雷長の神若に言うと、
「副長は一切砲撃を許可しませんでした」
…は?
「…はぁ?そんなわけないだろ」
「それがあるんですよ。副長はずっと回避主張でした」
「…なにぃ?じゃあどうしてこんなに被害を食ってる。どう言うことだ航海長」
「ウチ悪くないし。回避したら余計に被害が出てたってコト」
ほーお、成程、読めてきたぞ…
「成程。規律を保つ上では仕方ないな、それは。
しかし、だよ、高柳?ちゃんと敵がどこにいてどんな艦種かって把握しているか?」
「ひっ…し、してない…です」
「…まさか舞鶴に連絡入れることすらしてないとは言わないな?」
「うっ…そ、それは…」
高柳が返答に窮していた。
もうこの時点で察しはしたが、島村が伝声管で介入してきた。
「してないですよ副長は。舞鶴に連絡したら、艦長を軟禁していることがバレるから、と」
「う…いやその、これは…艦長…」
「もう一発殴らせろ」
「え」
「問答無用だ」
ガッ。
さっきとは反対側の手で、反対側の頬を殴った。
殴ると、自分も案外痛い。
「痛いですって…仕方なかったんですよ…」
何が仕方なかった、だ。
私はもう呆れ返り、わざと大きな溜め息をついて、言った。
「高柳。お前は副長だろう。
日頃からお前が私の事をものぐさな反面教師艦長だと思っていることは知っている。知っているが…、だからと言って私から何も学ばないのか?私がした対応を思い出せないのか?そして、もしもの時のマニュアルが頭に入っていないのか?とっさに対応することが出来ないのか?
私が死んだらどうしていた?連絡もしなければ、我々は突如失踪したことになるんだぞ?この水深3000mの大海に沈んだかどうかも分からない。失踪位置も、どんな状況だったかも分からないまま、我々は死ぬんだ。それを回避するか出来ないかは、船の指揮官にかかっている。全ての責任が、指揮官の双肩には乗っかっている」
「……」
「私は確かにものぐさだ。どうせできることを、わざわざやりたくない。天才の無駄遣いだ。だが、私は艦長としての責任その他を放棄しようとしたことはない。出来ないかもしれないことは、やりたくなくたってやらなきゃいけない。天才とは完璧を求める姿勢だ。艦長としての責任は、常に意識してきた。お前には伝わっていなかったかもしれないが」
「……」
「『文句を言うなら、私に並んでからにしろ。』
……むかし籠原に言った言葉だ。傲岸不遜の極みだが、私はやはり好きだよ」
「……え?」
「…なんでもない。昔話だ。高柳、お前は後で艦長室だ」
「はい」
「…よし。やるぞ」
「…へ?」
「何だ?」
「いや…、何をするんですか?」
落ちていた艦長帽を拾い、
「決まってるだろ。分かってるだろ?」
そして被る。
「応戦だ。私情は入れてくれるなよ、大和副長・高柳うしお」
「こちら艦橋。七島だ。
ただ今より、高柳うしおに代わって私が本船の指揮を執る。
大和乗員諸君。昨日諸君が私に言ったように、私はズルだと言われても仕方ない入学経緯を辿った。この点については、もし諸君がこの後、私に聞きたいこと、言いたいことがあれば、言ってくれ。
ただし、今じゃない。
今本船は、敵の攻撃を受けている。既に第二マストの上部が吹っ飛ばされた。船体に砲弾を直撃されてもいる。
このままでは、本船は沈む。この千島海溝の端、水深3000mの海に。
だが、私にはこの場を抜け出せる自信がある。だからこの場だけ私に任せてくれ。私情を一旦老いて、私の指示に従ってくれ。コレが終わったら、また軟禁してくれても構わない」
ここで私は一拍置いた。
隣で詩歌が私を驚いたような目で見た。それはそうだ。また軟禁してくれても構わない、なんてことを言ったら、軟禁から解放してくれるのに奔走した詩歌と島村の努力を無下にしてしまうことになる。
だが、
「私に任せろ」
それぐらいの決意がないと、
「私は天才だからな」
ここを乗り切ることはできない。
「…異論があるものは言ってくれ」
30秒待ったが、異論は遂に出なかった。
「武装輸送船隊、発砲!」
第一マストの島村が叫ぶ。
さっき私は高柳を叱った。これくらい反応しろ、と。
でも、私だってそうだ。突然攻撃を受けたらそりゃあ反応もできない。
でも反応しなくてはならない。
自信がある、と言った。
あるわけがない。
でも、ここから生きて帰らせるのは艦長の仕事だ。
艦長は船の最高責任者だ。常に見られる存在で、常に頼られる存在だ。
普段ふざけていても、ダウナーでも、艦長の仕事は時々、無差別にやってくる。
笑うことしか知らない天使が、顔色を変えず、屈託のない笑顔で舞い降りてくる。
戦闘経験はない。非戦闘艦だから当然と言えば当然だ。勿論演習くらいはしたが、実戦とは状況が違いすぎる。けれど最適な方法を見つけなければならない。でないと―死ぬ。
私を現実から引き戻したのは、第一線からの冷静たる言葉だった。
「今のはおそらく機銃の類いで、威嚇と思われます。射程外ですので直撃の心配はありません」
第一マスト見張り員の島村が報告。
ああ、本当に私は今、この人の命を預かっているんだ、と思った。
「発砲してきた艦隊は4時の方向、2隻…かな。どちらも旧型の輸送船を改造し武装している模様…かな。ようやく見えてきた。識別信号やはり確認できない。詳細不明!」
続いて第三マスト見張り員の今井は素早く分かる限りの情報を提供してくれる。
ああ、本当に私は今、この人に信頼をされているんだ、と思った。
危険な役目だ。
でも買って出てくれている。
なら…
ならば、やらねばならない。
「こちら艦橋、七島から。各マスト見張り員は救命衣を着用し非常時に備え。危険なら生命を優先!なんなら海に飛び込んでも構わん!救助する!」
「「りょ…了解!」」
マスト達も当然こんなことには慣れていない。ましてや、第二マストが吹っ飛んだのを、自分たちもそうなるかもしれないということを、間近で見ていたはずだ。私はそのバックアップを、できるだけのことをしなければ。
艦長帽の鍔を持って目線まで下げて、言い放つ。
「総員、第一戦闘配置!
繰り返す、第一戦闘配置!」
大和に乗船して、初めて言う言葉だった。
「はい…。ええ、謎の襲撃を受けました。識別信号なし。民間改造船舶かと。松輪島西沖です。…柏原に戻りますか?…ええ、もうらっきべつが羅処和島に?…わかりました。進路を南東に変更し保護を受けます。…安全最優先で。はい。また連絡します」
舞鶴との受話器を置く。
「羅処和島に既に「らっきべつ」が待機しているから保護に行ける、と。」
「なんとかなれば良いですが…」
「にしても随分変な形の艦首してんねー」
「おそらく揚陸艦を転用したものだと思います。であれば、この艦首にも説明が着きます」
「しかしそれにしても艦長、実際どうしますか?」
「それが問題。管制室、聞こえているか?」
ラッパを伝ったくぐもった声が帰ってくる。
「はい聞こえています。こちら砲雷長神若、威嚇程度であればいつでも撃てます。それ以上は期待しないでください。反撃には射程が貧弱です」
「わかった。詩歌、敵船艦種分かるか?」
「…(クルッ)」
詩歌はタブレットを見せた。画面には推定される敵艦スペックがまとめられていた。
「ふむ、第103号型輸送艦。なになに…元々のスペックは8cm高角砲と25cm3連装機銃。改造され重武装になっていると見られ、12cm単装砲とおぼしき砲熕装備一基を増設している模様…と。なるほど、12cm単装砲の射程は?」
と特に宛もなく聞くと、伝声管から冠の声が聞こえた。
「だいたい18000です。
ちなみに次に艦長が聞くのを当てましょうか。うちのは射程はいくつか?ですよね、きっと。
…ボフォースL70は12000届けば良い方ですね。」
図星だった。
「応戦は厳しいか…。ちなみに速度は?」
「…」
詩歌がタブレットをもう一度見せる。
「ふむ、16ノット…って、16ノット!?
ははは!これは傑作だ!!遅い!のろい!16ノット!いくら何度も改造受けてるとはいえこの大和だって本気出せば風無しでも20は出るというのにか!?
16だったら100年前の大和だって風次第でギリギリ振り切れる!よし、これは逃げ切れそうだぞ!うしお、距離は?」
「10000ちょいだそうです。ボフォース、届くんじゃないですか」
それを聞いて冠がため息とともに言う。
「はぁ…。じゃあ威嚇で撃ちますか?」
「うん、やろう。準備は?」
「できてますよ。先程も言いましたが、いつでも撃てます。当たるとは思いませんが、近くには行くようにします」
「わかった。
作戦を説明するよ。…ま、作戦とはいえ逃げるだけだけど。速力でなんとか勝てそうだから。南東に逃げて「らっきべつ」の保護を待つ。風も味方をしているし、運悪く弾が来なきゃ逃げ切れる!いいね?」
「わかりました。それで行きましょう」
「りょ。ウチに任せなって!」
「ok。進路転換、135゜よーそろー!」
「よーそろーっと!」
「機関、第二戦速出せる?」
「大丈夫。長くは持たないけど、敵さんを降りきるまでは行けると思うよ」
「よし、射撃指揮所!任せる!」
「はい!よし、狙っt─────」
そのとき、一番マスト・島村悠希菜が叫んだ。
「敵艦発砲!12cmです、来ます!」
次話、「たった一発の冴えた砲撃」