ハイスクール・フリート~北の海より愛をこめて~ 作:葉桜照月
10000字を超えたので二つに分けます。
すんません。
今回はその前半。5000字弱でお送りいたします。
──柏原港 大和艦内 2016/4/15/2028
最近厄介事が増えた。
そんな気がしてならない。
その最たる理由は間違いなく晴風失踪事件だろう。…おっと、もう晴風の発見報告は届いているから、例の集団失踪事件…とでもしようか。
元々私は厄介事や面倒事が嫌いだ。
艦長特権を駆使し、同じ場所に留まって報告を送らせたことが何度あっただろうか?
仕事が増えるのが何より嫌だ。
尤も、自分の好きなことであれば仕事がいくら増えようと飛び付くが、世の中そんなに甘くはない。特にこの、学生艦の艦長という職は。
だが、非常に残念なことに、私の艦長として背負う仕事の殆どは、投げ出してはいけないものだ。投げ出していいもの、等閑にしてもいいものであれば、喜んで放棄するか、ヒマしてるヤツに慎んで進呈したいところだが、生憎そうではない。
しかし、…まあまったく嫌ではないといえばウソになるが、このテの艦長としての責任を伴うような仕事については、私はきちんとこなす。始末書を書くのが死ぬほど嫌だという理由も無くはないが、やはり、そこはテキトーにしてはいけないだろ、というラインは私も一応は弁えているつもりなのだ。
尤も、これがあまり周りに伝わらないというのは、艦長としてはなかなかに致命的だ。日頃から何でもテキトーにやっていると思われてしまう。まあある意味では狙ってのものだし、そう思われる分には特に文句があるわけでもないのだが、テキトーに物事を進めていると、兎に角変な印象を持たれる。
艦内には私がテレポーターであるという噂があるようだが、これもやはり、どれだけ私が船員に理解されていないかという事実の現れではある。勿論、全てを理解してもらおうとは更々思わないし別に良いのだが、この謎チックな都市伝説とも言うべきそれは、私の前に突然実体として姿を表すことがある。
例えば、今だ。
艦長室に戻ると、
ある人物が、
私の机を引っ掻き回していた。
海図室でもある私の部屋だが、私は停泊中の勝手な立ち入りを禁止している。海図なんて停泊中にこれほど要らないものはない。なのに海図室に入る必要があるか?ない。では、目の前にいる人物は何がしたいか?
海図室兼艦長室である部屋に人が入った。、そして海図室としての利用は考えにくい。となると、海図室ではなく艦長室に用があったと考えた方がいい。それは今目の前で「やっちまった」的な表情でこちらを見ている人物が、私の机を漁っていることからも明らかだ。
「…説明してもらおうか」
「…」
その女は口を開けたままであった。
「どう言うことだ、高柳…高柳うしお」
「…あの…か、艦長…これは…」
高柳…副長は、ポカンとしている。
最近、厄介事が増えた。
そんな気がしてならない。
まずは一旦落ち着いて、こうなった経緯を思い出すことにしよう。
──回想::幌莚海峡上 2016/4/15/1135
「艦長さん、全工程終了したよ」
その報告を聞いたのは、私が甲板に上がって、皆が測量しているなかで優雅に釣りと洒落込もうかと言ったのを副長に止められて拗ねていた時であった。報告をしてきたのは、測量長ではなく、その補佐をする測量専門員の大雪 名残だった。
大雪は、測量専科のなかで最も明るい性格をしている。その苗字を体現したかのようなやや白みのかかった肌と、それとコントラストをとるような黒い髪は、私からしても、見るからにケバケバした──というと流石に失礼な気がするのでのでその性格的に(もっと失礼になった)──常陸にさえも、美人だと言わしめる域だ。
ああ、ありがとう。お疲れ様、と言って艦橋に戻り、柏原に帰ろうとした。艦橋にはもうすでに人が揃っていて、帰港まではそれほど時間はかからなかった。
帰港して、下船する前に一旦ふと思い立って艦長室に立ち寄ると、開けた瞬間に、中がいつもと違うのに気づいた。具体的には海図が散乱している。綺麗な部屋だったのに。
…おっと、勘違いされては困るが、確かに私はものぐさだが部屋は綺麗に保つ方だ。床でごろごろしたいという希望によるものだ。なので海図が床に5枚ほど散らばっている事は、はっきり言って異様だったのだ。
しかし、この時は誰かが意図的にひっくり返したとは思わなかった。とかく船は揺れるからなんにでも固定をしなくてはならない。しかし、おそらく海図室として誰かが私の部屋を訪れて海図を返却する際、海図の固定を忘れたことが原因だろう。よほど焦っていたのだろうか。
海図をサッと片付けて机に座ると、なんとなく机の棚の資料の順番がこの前見たときと違うような気がした。あれ、変だな、とは思ったものの、自分的には棚の資料を見返すのはよくあることで、そのときにまあ正しく戻さなかったのだろうな、あるいは風呂の入りすぎでのぼせて机をいじって、記憶ごと無くしてしまったのだろうと思った。
──回想::柏原港 大和艦内 2016/4/15/1920
「…ええ、それはありがたいです」
『じゃあ、そちらからも連絡を入れておけ』
「わかりました。では」
舞鶴との電話を切って、ふう、と一息ついた。
私達が測量に励んでいる間に、晴風が無事保護されたという知らせは入っていたのだが、今回の電話では新たに、失踪艦が12隻になったことが知らされた。晴風が見つかってなおそれだというのだから、8日の報告──もう一週間も前の出来事になる──から6隻新たに失踪した(少なくともそう判明した)ことになる。
また随分と謎が深まってしまった。前に籠原と電話したときは色々な冗談が出たが、少し方向性を変えなければならなくなる。
例えば、「従わざるを得ない命令だった」や、「洗脳された」とかであれば、一斉に被害が出るはずである。追って6隻も新たに追加されることなんて考えにくい。最初から大規模な被害を出すつもりであれば、第一波のみでよい。第二波を引き起こす前に正常な船は横須賀に逃げ帰ることができてしまうからだ。そのリスクを考えると何回にも分けて行動を起こすことは効率的ではない。
逆に「単純に学生が反乱を起こした」「学生のみの国家を樹立する」というのは、にわかにそれっぽさを増してきたことになる。新規の失踪艦は、晴風らの反乱に賛同したから失踪したというのは、まあまあ納得の行く論理だからだ。しかし、これも考えにくいというのは既に籠原と結論を出しているし、晴風が極めて平穏無事に「保護」されたことも引っ掛かる。本当に反乱したのであれば保護という言葉を使うだろうか?鎮圧という方が考えやすいだろう。投降したとでもいうのならば保護という言葉でも筋は通るが、反乱の先陣を切り、反乱勢力の中で現在(報告のあるものとしては)唯一上司たる教員に攻撃している晴風がそう簡単に投稿するだろうか?
そう言えば俄に私のなかで急上昇している見解がある。
ウイルス、あるいはそのような、集団感染を引き起こすような病気だ。
何故そんなに唐突にか、というと、柏原の町に行った時に見つけた本屋に、全人類の半分がゾンビになって人間に反乱を起こす小説を見つけたからである。私はこのようなジャンルの小説は滅多に読んだりしないのだが、それでもまあたまには趣向を変えてみるのもいいだろうと思って、思わずその場で購入してしまった。それを、まだはじめの方しか読んでいないのだが、その本のせいで、なんとなく例の集団反乱もゾンビウイルスのせいなのではないか…と思ったのだ。ゾンビは得てして人間に反乱を起こすものである。
…まあ勿論痛い妄想だというのは百も承知だ。晴風が保護された事について何らの理論的説明が与えられない。これ以上は何も言わないでおこう。
話がそれたが、どうやら舞鶴は、私達が測量に励んでいる間に帰り道の安全を図ってくれたようだ。函館までの短い期間ではあるが、海上安全整備局紗那出張所の人達が護衛についてくれるのだという。合流地点は千島列島中部の島・羅処和島の東の沖合。そこから紗那までと、紗那から函館まで我々をインディペンデンス級の艦船が同行するらしい。嬉しいことだ。勝手に決められた事について文句を言う筋合いはない。安全が保証されたのだから、享受しておくべきだろう。
「もしもし、紗那出張所ですか?ええと、舞鶴女子海洋学校所属の…ああ、はいそうです、大和です。艦長の七島珠洲と言います。よろしくお願いします…」
このあと、コミュ力を少しだけ消費して、16日の6時に我々は柏原を発ち、21時に羅処和島沖で合流することで合意、確認した。
私は受話器を置いて、乗組員に通達をしてから、例の小説の続きを楽しみにしつつ、艦長室に向かったのである。
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艦長室に戻ると、高柳が私の部屋を机を物色していた。
文章だと以外にも表現が淡白になってしまうが、目の前の光景はなかなかに衝撃的である。別に裸な訳でも、ベネチアンマスクをつけている訳でも、メキシカンライスを食べている訳でもないのだが、副長がこっちを「あっ終わったやっちまった」的な目線であんぐりとしている様は、むしろ滑稽さすら感じるものであった。
「…説明してくれ」
「…」
答えない。
だが、予測はできていた。
「…私がこの学校に入学する前の事について知りたかった」
「…‼」
「…もっと具体的に言ってやろうか?私が大卒かどうか知りたかったんだろう」
「……」
「図星か?」
「…はい…」
やっぱりな。そうだと思った。
「…これ以上は無理か…」
溜息をついて、そう呟いた。
決して隠そうとしていた訳ではない。
決して知られたくなかった訳でもない。
知ってほしくなかったのだ。
艦長として、この船を統括するものとして、この船に火種を持ち込むのは極力避けてきた。今回の事は立派な火種になりうる。艦内が不穏な空気に支配されるのは、艦長としてこれほど心苦しいことはない。
過去にずかずかと踏み込まれる事は構わないが、踏み入った事を後悔させたくもなかった。
でも、どうやら知りたいらしい。
みんな。
人の過去にずかずかと踏み込みたいらしい。
楽しいかよ、そんなの。
遊びじゃねーんだぞ、それ。
「…知りたいというなら、構わん」
「…艦長…」
もういいのだ。
「副長」
「…はい」
「私の事を知りたいのは、お前だけか」
「…」
「噂がある以上、皆知りたいと見ていいんだな?」
「…はい」
「そうか」
そうか。知る権利か。厄介な権利だ。
艦長室の伝声管を使って、全員に伝える。
「皆聞いてくれ。私だ、艦長だ。
ええと…、日頃から艦内に蔓延っている、私の中学入学前の話について、どうやら話さなければならない時が来たらしい。
突然ですまないが、知りたい者は、約30分後、つまり2100に教室に集まってくれ。知りたい者だけでいい。強制はしない」
それだけ伝えて、まだ気まずそうな顔をしている副長の前に立った。
「艦長…すみません…私のせいで…」
「今は聞きたくない。準備があるんだ。君も戻れ。侵入については不問だ」
「その…私は…」
まだ何か言いたげだった。でも、それもどうせ…
「「これが一回目じゃないんです。」」
ハモった。
「…だろ?」
「…」
「それについても不問だ。さあ、戻りたまえ」
「艦長…本当にごめんなさい…」
「いいんだ」
それだけ言って、私はもう何も言わなかった。
副長も、終始申し訳なさそうにして出ていった。
「さて、と…どうしたものか…」
話さなければならなくなってしまった。
やはり不和を招かぬように、
「当たり障りのない…こと…を……あれ」
そこまでで思考が一度止まった。
「そうか…、私…は…、」
私は、艦長としてどうするかしか考えられていないのではないか。
相手は同級生なのに、下に見てはいないだろうか。
同級生と同級生らしい会話を、もう何年していないだろう。
あのアイドルが、そのケーキ屋が、そんな会話をもうずっとしていない。
艦の為と言っては俗を避け。
艦長だからと言っては俗を忌み。
みんなを思ってと言ってはみんなを抑圧し。
同級生でありながら、同級生であろうとしない。
そんなことばかりなのかもしれない。
私は。
「…馬鹿だ」
やっぱり、話さなければいけないらしい。
「…バカタレ」
自分を少しだけ罵り、準備を始めた。
小説を読むのは、後になりそうだった。
次回は「不法侵入と学歴開示祭り―学歴開示祭り編―」をお送りします。
艦長の正体が遂に明らかになります。
そして新秩序が始まる・・・
ではまた来週。葉桜でした。