戦騎絶壊ディケイド 作:必殺仕事人BLACK
言い分けはしません。本当に待たせて申し訳ございません。
感想の返信も満足に行えませんでしたが、皆さんの感想は励みになりました。
お待たせした挙げ句に、今回の話しは出来に自信はございません。戦闘シーンは短いです。
「クソ、クソッ。どうなってやがんだ、これは!」
演習場の全体を見渡せる、演習場の離れた高台に一人の少女がいてかなり焦っていた。
綺麗な銀髪を揺らしながら少女は手に持っている奇妙な杖を地面に叩きつけていた。しかし、余程頑丈なのか少女の筋力とはいえ硬い地面に何度叩き付けられても傷一つ付かない。精々土で汚れる程度だ。
「ノイズをディケイドのいる場所に出現させれば、ディケイドだけを狙うんじゃないのかよ!」
『それは、貴女がなにかヘマをしたからじゃないの?クリス』
「っ!?……フィーネっ」
クリスと呼ばれた少女の頭の中に、女性の声が響く。だが、今いる場所にクリス以外の人間は存在していない。
クリスはそんな事態にさほど驚いていない。むしろその声を聞いて、幾分か落ち着きを取り戻した。
「フィーネ、アンタの言うとおりにアタシは
『貴女の言うとおりだとしても、本来ならディケイドだけを狙うはずよ。なのに、ほとんどのノイズは天羽奏を狙っている。狙う対象を選べるのは、今貴女の持っている【ソロモンの杖】だけよ』
「だからわかんねぇんだよ!ノイズを出したら、真っ先にあの女を殺そうとしたんだよ!?第一、この杖はまだ正確に対象を選べる段階じゃないと言ったのはアンタだろ?」
『確かにそう言ったわ。でも、貴女が嘘をついている可能性も否定できないわ。もしそうだとしたら私の愛が貴女に届かなかったのね……。とても残念よ、クリス』
姿なき声の雰囲気が変わり、身も凍える冷たさを孕んでクリスの頭の中へ告げていく。
クリスは出そうになる悲鳴を必死で押し殺し、無意識に自分の身体を抱きしめながら応える。
「ほ、本当だっ。アタシはノイズを出した以外、なにもしてないんだ。信じてくれよ!」
目尻に涙を浮かべながら、切実に自らの無実を訴える。身体は震えて、手にした杖を地面に落としてしまう。
『…………そうよね。可愛い貴女が私を裏切る筈はないわよね。ごめんなさいね、クリス』
クリスの反応からして、本当のことだろうと察して謝罪する。
「グスッ、……ううん。気に、しなくていい」
『ありがとう、クリス。なら、今すぐ其処から離れなさい。二課が演習場に向かっているわ。また後でね♪』
「……わかった、フィーネ。また、後でな」
涙を拭い、落とした【ソロモンの杖】を拾って、クリスは足早にその場を去り、夜の闇に溶け込んだ。
『(クリスの言うとおりだとして、何故ノイズは天羽奏を狙う?今までのデータから、その場にディケイドが存在すれば人間を無視してやつに向かっていった筈だ。アレで対象を選定していなければこんな現象は起きない。原因の究明は後回しだ。今は天羽奏をなんとしても生き延びさせなければ……。私の悲願成就の為にも、ディケイド。お前の力を頼るしかない。もし天羽奏を失う事態になれば、容赦する気はない)』
■■■■■
──やめてくれ。
「──────」
──アタシは、アンタに守ってもらう資格なんてない。
迫り来るノイズに、ディケイドは確実に攻撃を当て、最短最速の立ち回りでノイズの魔手から奏を守り続けていた。
ディケイドの姿を瞳に納めれば、次第に惹かれていった。先ほどまでディケイドに悪感情を抱いていたのに、それを忘れるくらいディケイドの力は凄まじかった。
同時に自分の醜さを直視している気分であった。自分勝手な理由で攻撃を仕掛けた自分に、ディケイドは何も言わずに奏を守っている。対して、自分はどうだ?戦う意思を失くして、無様に地面を這いつくばっている。守られているのだ、本来なら戦う力が有るというのに。
「……やめてくれ」
なんと、情けない。
「あたしは、自分の無力さを──」
首に掛けているペンダントを握りしめても、なんの力も湧いてこない。
「あた、しがっ。出来なかっ、た、ことを、あ、んたのォ……せ、いに、してぇ!」
声を出すのが、辛い。口から何度も、吐血してしまう。これまでも何度も血を吐いてきたのに、今回のは更に辛い。
「だ、れかを、救え、なかった……ゴフュ!」
一際大きい血塊が、口から零れ出てきた。一瞬、息が詰まりかけたが、吐き出されたことによって呼吸が楽になり、奏は言葉を繋ぎ続けた。
「現、実をぅ、認めたく、なかったぁ!」
最初は復讐を果たせれば、それで良かった。でも、あの女の子の悲しむ姿を目にし、自分のやっていることが実に愚かしいことかを薄々感じ取っていた。自らの願望で、助けを求める人間を果たして無視していいのだろうか?
「──あたしには、無理、だった」
結局、天羽奏は自身の人生を復讐に捧げることは出来なかった。それは、罪悪感から来るものであったし、彼女が本来持ち得る善性であったかもしれない。
だからといって、それでナニかが変わったということはなかった。残酷な言い方をすれば、苦しみが増えた。それだけのこと。
力を手に入れながら、目の前のたった一人の人間を救えなかったこともあった。
対して、ディケイドは今もこうして、天羽奏を守ってくれている。
この差はなんなのか、残念ながら今の奏には考える余裕はなかった。
今は、それよりも──
「誰かの命を満足に守りきれないあたしが、アンタにとやかく言う資格なんて最初からなかった……。だから、謝るのはあたしなんだよっ」
「─────」
「ごめんなさいッ、ディケイド。父さん、母さん、湊ぉ、アタシは何も変わらなかった。あの時の、無力な弱いままのガキだったぁ、ぁぁぁぁぁっ」
涙が溢れだし、雫が地面を濡らしていく。最早、心に秘めた想いも止まらずに出てくる。
「あたしの歌じゃあ、何も、救えない。救えなかったぁ!!もう、嫌だ。目の前で、誰かが死ぬのはぁ!」
「──────」
【ATTACK RIDE BLAST】
奏の慟哭を背にして、ディケイドは銃──ライドブッカー・ガンモードを構える。照準は迫り来るノイズの群勢にしっかりと定められている。
トリガーを引けば質量をもった銃身の幻影が4つ現れ、無数の光弾が放たれた。ノイズは回避する間もなく次々と風穴を開けられていく。ディケイドも容赦なくトリガーを引き続けノイズを殲滅していく。
為す術もなく光弾の嵐によってノイズはこの場から全て消滅した。ディケイドは銃を構えたまま残敵がいないか確認するがその気配はない。
警戒を怠らないまま、静かに銃を仕舞うディケイド。そして、ゆっくりと後ろを向きその瞳で奏の姿を捉えた。
ディケイドの瞳に見られただけで、まるで金縛りにあったかのように全身が硬直して動けない。
そして、ディケイドはゆっくりと奏へと向かって歩き出す。
「っ!」
奏は息を呑み、身体を起こそうとするが、意思に反して動こうとしてくれない。それが余計に、奏の中に芽生えた恐怖を肥大化させていく。
『奏!聞こえるか、返事をしろ!奏っ』
焦りだした奏の耳に慣れ親しんだ男の声──風鳴弦十郎の呼び掛けが届いた。発声源は、奏の目前にある二課のスタッフ専用の通信機からだった。
私服のズボンのポケットに入れておいたはずだが、ディケイドに投げ飛ばされた拍子に落としてしまったのだろう。
思わず奏は弦十郎の問い掛けに答えようとするが、その直前に状況が一変した。
目前にあった通信機を、此方に近づいていたディケイドに拾われてしまった。ディケイドは手にした通信機を一瞥すると、
「────」
一切の躊躇なく、ディケイドは通信機を握りつぶした。掌の中から壊された通信機の小さな部品が地面に音もなく洩れ落ちていく。そして、掌の中に残っていた部品も容赦なく振るい払った。
「………………」
奏は完全に言葉を失ってしまい、一種の絶望感が心を覆っていた。
奏とディケイドの間の距離は、そんなに開いていない。故に、奏が再び聖詠を唱えようとしても唱え切る前にディケイドが素早く対応してしまうだろう。
ディケイドが倒すべきノイズは、既にここにはいない。ノイズを殲滅すればすぐ消えてしまうのに、未だに奏の眼前に留まっている。何か理由があるのか解らないが、少なくともディケイドはしっかりと奏の存在を認識していた。
「…………」
「…………」
互いに見つめたまま、沈黙が場を支配する。この時の全ての一瞬が、奏にとっては生きた心地がしなかった。
無感動なディケイドの瞳が奏を見つめ続けている。
沈黙を破ったのは、奏からだった。
「何なんだ、お前はっ」
奏の声には確かな怒気が宿っていた。先ほどまで心に恐怖心が巣食っていたのが嘘のように思えた。ディケイドは、そんな奏の怒りに臆した気配が微塵にも感じていないように見えた。
その様子に、奏の心は次第に荒れ始めてきた。
「さっきから、何なんだよお前はぁ!黙りしたままっ、そんな目であたしを見るんじゃねえ!」
助けてもらった恩を忘れ、奏はディケイドに掴み掛かった。身体は既に限界に達していたのに、驚くほどの身軽さで立ち上がっていた。しかし、その場かぎりの力だったのかすぐに前に倒れそうになってしまう。
だが、倒れそうになった身体は目の前に立っていたディケイドにぶつかる形で、怪我もなく阻んでくれた。
体勢を戻そうにも、そんな力は湧いてこなかった。奏は顔だけを動かし、ディケイドの顔を瞳にとらえていた。ディケイドも、同じように奏の顔を無感動な瞳で見つめていた。
ディケイドのそんな瞳が、奏には気に入らなかった。何を考えているのか分からない。自分にどのような感情を向けているかを分からないからこそ、恐怖を抱いてしまい誤魔化すために無理矢理に怒りを奮い起たせた。
「……哀れんでいるのか。見下しているのか。嘲笑ってるのか。お前は一体、何を思ってるんだっ。どうして、あたしをそんな目で見るんだ?……もう此方にノイズはいない、消えるんならとっと消えてくれよ!」
止まりかけていた涙が再び溢れ出そうになりながらも、奏の言葉は止まらなかった。
「ノイズが憎くてこの力を手に入れたのにっ、何人もの命を蔑ろにして、そのことを後悔して!だから、今度こそ救おうと思ってぇ、でも、……出来なかったっ。あたしは、復讐も人助けも満足にこなせない、最低な中途半端な人間だ」
自覚がなかっただけで、奏の心は既に限界だったのかもしれない。今宵の戦闘で、ノイズを前に不様を晒し、助けることが出来なかったこの場の人間の死によって今までのストレスに潰れかけていた。
今さらながら、ディケイドへの八つ当たりはきっと、そんな自分の心を守るために行ってしまったのだろう。相手からしたら堪ったものでないが。
遅かれ早かれ、奏は遠くない未来に限界を迎えていただろう。どう取り繕うとも、悪足掻きに過ぎない。
あの時の謝罪の言葉も、そんな自分の心が生み出した幻聴──
「──それでも、誰かを助けようとしたんだろ?」
その声が誰のものかを理解する前に、奏の両肩を無骨な両手が掴み、ゆっくりと身体を後ろに動かした。
静かにディケイドの身体から離され、奏は真正面からディケイドを見つめてしまうことになった。しかし、今のディケイドの瞳に熱が籠っているように感じ、奏は視線を逸らせなかった。
先ほどまでの冷たい瞳とは思えない変化に戸惑うも、更なる衝撃が襲い掛かった。
「──たとえ、中途半端な気持ちだろうと、誰かを助けるために戦ったんだろ?」
聞き間違いではなかった。確かに今、眼前にいるディケイドから、奏に対し言葉をかけた。初めて表舞台に現れて自分の名を告げて以来、何も語らなかった戦士がはっきりと言葉を紡いだ。
その事実に呆けてしまい奏は、ただディケイドの問いに頷くことしか出来なかった。
頷いた奏を見て、ディケイドが笑ったような気がした。
「何もしなかったんじゃない。たとえ中途半端だろうが誰かを助けようと戦ったのは事実だ。ならきっと、そんなお前に救われた人間がいたはずだ」
「────ぁ」
『ありがとう』
いつだったか、誰かに感謝を伝えられた気がする。
ボロボロで死の恐怖で憔悴していたのに、感謝を告げてくれた人は笑みを浮かべながら言ってくれた。
『もう駄目だと思った。だけど、アナタの歌から力を貰ったんだ』
──生きることを、諦めない力を。
確かにいつの日か、そう言ってくれ人がいた。自分の憎しみに塗れたこの歌が誰かの希望になれたのが、凄く不思議な感覚であった。
それでも、悪い気がしなかった。
多くの地獄をこの目で見てきた。失った命は数知れず、されど確かに救えた命もあった。
「全ての命を救うことなんて、大層難しいことだ。それでも口だけで動こうとしない奴より、力及ばずとも行動できる奴の方がよっぽどマシだ」
過去に確かに救えた人たちの顔を思い出し、そして、ディケイドの言葉で奏の心に光が射し込んできた。
だからだろうか、奏は一切の悪感情を抱くことなくディケイドに言葉を掛けた。
「……どうして、アンタはあたしをそんな気に掛けてくれるんだ?」
何故ディケイドが自分にこんなにも気にかけてくれるのか、奏には見当がつかなかった。自分はディケイドに随分と酷い言いがかりを投げつけてしまったのだから。自分が謝罪しても、そんな資格は得られないのだから。
「さぁ、な……。オレにも分からん」
自嘲気味に言いながら、肩を竦める。
「もしかしたら、羨ましいのかもしれないな。命だけでなく、心も救える力を持っているお前が」
──羨ましい。
ディケイドから放たれた予想外の言葉に、奏は何度目かわからない胸の高鳴りを感じ、頬に熱が集中する。
「助けたい人たちのために、全力で戦えるお前はすごい奴だ。……オレには、それすら出来なかった。助けることができたであろうその命を、その人たちの心を、
血を吐き出すかのようなその独白はまるで先程の自分自身のようで、だからこそ奏は驚き、理解できた。
「(ディケイドも、あたしとおんなじなんだな)」
強大な力でノイズを倒し、瞬く間に世界中の人間の希望となったディケイドに奏は自分たち人間とは違う高位な存在だと思った。しかし、今の奏には目の前の存在が強大な力を持っただけの、何処にでもいる人間のように思えた。その事に、失望や落胆は感じなかった。
それどころか、奏はディケイドが人の痛みや苦しみを理解できる存在であることが嬉しく思えた。反対に苦しみに気づかず仕方ないとはいえディケイドに自分勝手の悪意をぶつけた罪悪感の重みが遥かに増してしまい、意識した途端に奏は顔を伏せてしまう。
ディケイドもまた、誰かを救えなかった現実に地獄を味わい続けているのだ。それこそ、奏とは比べ物にならないくらい。それなのに、ディケイドは立ち止まることなくノイズと戦い続けている。そして、そんな苦しいメンタルの状態で愚かな自分に、自分のやってきたことを認め折れ掛けた心を修復しようと言葉を尽くしてくれた。
奏は顔を上げて、ディケイドの目に合わせる。
「許してもらおうなんて、思っちゃいない……。けど、言わせてくれ。本当に、ごめんなさい。そして、ありがとうな。今さらだけど、大事なこと思い出せたよ。アンタのお陰で」
「謝る必要も、お礼を云われる筋合いもないんだが……。まあ、いいか。おい、…………
「ああ。あたしはこれからも
「(そこまで過小評価しなくてもいいんじゃね?)そうか。なら好きにしろ。お前がこの先どうなろうと知ったことじゃないが──」
ディケイドの指が、奏の胸に優しく突きつけられる。
「自分の歌と、仲間を信じてみろ。少なくとも、お前は決して一人じゃないんだから……」
仮面の奥に隠されたディケイドの顔が笑っているような気がして、奏も釣られて笑みを浮かべる。
再度、奏の脳裏に助けることができた人たちの顔が浮かび上がり、次に特務二課の面々が思い浮かんだ。
奏の胸から指を離し、ディケイドは静かに後ろに振り返る。そして、何も言わず奏に背を向けながら歩きだす。
やるべきことはやった、と背中が語っているかのように奏とディケイドの距離が開いていく。
静かに去り行くディケイドに、無粋だと思いながらも奏は何かを語りかけたかった。
ディケイドの背中は、今日この夜までの戦いが嘘のように綺麗だった。だが、ディケイドのあの独白を聞いてしまい、償いも込めて何かを伝えたかった。
言葉がうまく見つからず、ディケイドはどんどんと離れていく。焦りが募り、奏は堪らず呼び止めてしまう。
「ディケイド!アンタはいったい、何のために戦っているんだ?」
……何を言っているんだ自分は、と奏は自分を殴りたくなってしまう。自分は素直に気の利いたことすら言えないのか。改めて自分の本番の弱さと不器用さに怒りを抱いた。
掛けるべき言葉を間違えてしまい、奏はどうか自分を無視して早く去ってくれと切に願う。だが、願いに反してディケイドはその場で止まり、背を向けたまま奏の質問に答えてくれた。
「──オレ、『俺』はヒーローなんて柄じゃない。別に、ノイズに対して憎しみを持っている訳でもないしな。だから、『俺』には誰かの助けを求める声に颯爽と駆けつけられない」
疲れたように言葉を紡ぎながら、ディケイドは奏の方に振り返る。
──奏はその一瞬のことをきっと、忘れないだろうと思う。
振り返ったディケイドの横に、名も顔も知らぬ青年の姿を幻視した。
「『俺』は、ただの通りすがりだ。その道中に困っている奴がいれば、出来る範囲で助ける。きっと、『俺』が消えるその時まで、それは変わらんだろう」
そんな当たり前のような答えに、横にいる青年は幼子のような無邪気で誇らしいながらも、どこか悲しい笑みをディケイドに向けていた。
ディケイドの背後に灰色のオーロラのようなものが出現する。確かな速度でディケイドに迫りだし、数秒で衝突するだろう。
迫り来る灰色のオーロラを察知したのか、ディケイドは別れを告げる。
「じゃあな。──また、会おう」
その言葉を皮切りに、オーロラがディケイドを潜らせると「(あっれー、まだ終わりじゃないんすかぁあぁアッツィィ??!!ナズェ火の海ナンデスクワァ!!?)」、ディケイドは音もなくそこから姿を消した。
突然消えたディケイドに驚きながらも、いつもの消え方だとわかるとすぐに納得してたら力が抜けて、その場で尻餅を突く。
夜空に浮かぶ三日月を見上げながら、奏はディケイドの言葉を思い出していた。
「──困っている奴がいれば、助けるか……。やっぱ、凄いな、ディケイドは」
生きていれば何度でも、何処でも聞くようなありふれた台詞だ。だが、ディケイドから放たれたそれは何よりも重みがある。
今の人類にとってノイズは最大の死の象徴だ。そんな向こうから這い寄る災いを、自衛にではなく助けるために使える。果たして、他の人間がディケイドの力を手にしてそれを何人が実践できるだろうか。
「……こりゃ、旦那が惚れ込むわけだ。まあ、あたしもなんだろうけど」
全ての人間を救うと宣う奴より、手の届く命を全力で救い尽くすと頑張れる奴の方が個人的には信用出来る気がする。
「だっはーっ、いろいろ疲れたぜぇ、今日は」
倒れ込むようにその場で横になり、言葉とは裏腹に奏の顔は晴れやかだった。
「またな、ディケイド。今度は仲間の翼と一緒に、アンタと共に戦えるのを願うよ。……いつになるか分からないけどさ」
■■■
どーも皆サン、『俺』の
今の『俺』はある究極の選択を迫られていた。
1.世界の中心でラスボスに責任転嫁させたい気持ちを叫ぶ。
2.特務二課に「ラスボスは身内にいるぞ」と告発する。
よし、1だな(即答)
そうと決まれば、善は急げだ。時は有限どころか、どっかの時空では最低最悪の魔王が支配してるしな!(白目)時間を奪われる前に、未来を掴み取らなければ!(混乱)
ふう、よし。
では、せーのっ。
仰々しく両腕を精一杯広げて、溜まりにたまった怒りと怨みと憎悪とミジンコ一匹分の感謝を全て吐き出す。
ブゥゥゥゥゥゥン。(ベルトを外す音。口で発音しながら)
はあーー。はあーーーーぁぁぁぁぁぁぁ。
風呂に入り直そ。
さっきまで、火の海どごろか炎の海の真っ只中にいたけど、流石になにも着ずにテーブルの上で精神統一(30分)をすれば身体が冷えるわな。
まったく、極寒のつぎは灼熱地獄に落とされるとか最悪すぎる。普段から健康第一の生活を送っている『俺』でなければ司くんの身体が持たなかっただろうな。
カァァァァっ、ペッ。
あ゛あ゛っ、今でも思い出すと腹が立つ!
あの炎の海にいたあの白いモンスターがっ。あいつのせいで、あいつのぉっ、せいでぇ。
奏ちゃんのおっぱいの感触を、ほぼ忘れっちまっただろうがぁっ!!
ただ大きいだけのノイズだと思ったのになんかしぶとすぎて殴りあう羽目になったし!なんかちょっとブヨブヨしてたから強制的に感触が上書きされちまったよ。
…………まぁ、一番の問題はあの場で【KAMEN RIDE】してしまったことなんだけど。
てっきり、あそこなんか事故が起きたっぽい場所だからもう避難が済んでるとばかりに仮面ライダーアギトになったんです。
そしたら、割りとすぐ近くにいたんです。目や鼻や口から夥しく出血されてる小さい女の子が。
思わず両手で顔を覆っちゃったね、「オォー」と呻き声を漏らしながら。
結局、状況が状況なだけに変身解除しないでサクッと白いモンスターをコロコロしてその女の子に「内緒だよ」と約束だけはしといた。その後にすぐ意識を失ったその子をお姫様抱っこで運びだし、またまた近くにいた姉らしき小さい女の子と瓦礫の下敷きになった妙齢の女性を助け出した。合わせて3人を火の手の届かない場所に避難させ俺はその場を去った。というよりオーロラさんから還された。
あの場で思わぬ失態をしてしまったわけだが、実を言うとそんなに気にしていないのが本音。まず、第一目撃者の女の子は見られた時点で意識が朦朧としていたからはっきりと覚えていないだろうことが半分。もう半分が、覚えていて話したとしても頭の悪い大人なら極限状態が見せた幻だと結論付けること。
更にその女の子の姉は誰なのか分からなかったみたいだし。妙齢の女性は変身する前から意識を失っていたぽい。
精々、『俺』が心配しているのはちゃんとあの三人が保護されているかなんだが。
保護といえば、奏ちゃんはちゃんと二課の人間に保護されたかな。(されてます)
お風呂に浸かりながら、今日の演習場での戦いを思い出していた。
はっきり言えば、俺は奏ちゃんのことを無視して問題なかった。いきなり仕掛けられたときは焦りまくって撤退出来なかったが、そのあとのノイズを殲滅したら普通に去って良かった筈なのに。
奏ちゃんを守っている最中に奏ちゃんの抱いていた想いを聞いて同情はしたが、それ以上に二課の人間や日本政府の人間にあの時の『俺』は怒っていた。
いくら戦える力があっても、どれだけノイズを憎んでいたとしても、天羽奏はまだ子供なのだ。マトモな感性を持つ人間ならば容易く命を奪い遺体すら遺さないノイズによって引き起こされる惨状を果たして耐えられるのか。それも、子供がだ。
家族を失い、力を手に入れたにも関わらず目の前で人が死んでいく。それをまざまざと見せつけられてきたのだと思うと、その苦しみは想像すらできないものだ。
だけど、戦場に出続けたのは奏ちゃんの意思だ。拒否権などはきっとあった筈。それでも貫き通そうとするなら、もうそれは本人の問題だ。
にしても、せめてメンタルケアはしっかりとした方がいいけどな。心理学に疎い『俺』でもわかるくらいヤバめだったんだから。
一応、『俺』は奏ちゃんに言われたことは全然気にしていない。むしろあの場で奏ちゃんの想いの吐露を受け止めなければいけない緊急性を感じられた。下手したら、二度と戦線に復帰出来ないくらいに。
お陰で、無言の戦士キャラが唐突に終わっちまったよ!(謝罪の言葉は無意識に出たものです)
現時点で天羽奏に戦線を離脱されるのは非常に不味いのだ。
漸くなんだ。『俺』が司くんの肉体から消え去る方法を見つけたのは。
その為には最低でもこの世界の物語を始動させて本筋通りに進める必要がある。だから、原作すら始まってない時点で躓くわけにはいかないのだ。
これが、『俺』が奏ちゃんを放っておけなかった理由。
そんなこんなで『俺』が奏ちゃんに立ち直ってもらうために組み立てた即行の作戦。
作戦名『実はお前は俺よりもすげぇんだよ!』
要約すると、落ち込んでいる自分よりも駄目な奴が自ら駄目なところを言い出して相手の良い点を褒めちぎり優越感に浸らせるのである。
そうするとあら不思議。落ち込んでいる自分がアホらしく感じ、逆に相手の駄目な所をネチネチ指摘するほどに自信を取り戻すのだ。
本当に緊張したもんだぜ。『俺』の語りは事実を99‰嘘を1‰織り交ぜたからなあ。だからといって、あれで個人を特定できると思えんし。念のために通信機を破壊したから俺の声でディケイドの正体に近づけるはずがない。
そもそも『俺』がこんなことをする羽目になったのもぜーんぶフィーネのせいだしな!
いつか後顧の憂いがなくなった時に直接叩きのめす。あくまで願望だが。
まぁ、その役目はきっと主人公が果たすだろう。
『俺』はただ、祈ろう。
『俺』は仮面ライダーではない。『俺』は小さい幼子の人生を奪い続けている。『俺』は助けられた命を確実に見殺しにした。
天羽奏の言うとおり、『俺』は悪魔だ。
だから、悪魔らしく最初の祈りを呟いた。
読んでくださり、有難うございます。
怪我や仕事も漸く全てが落ち着き、執筆を再開できました。誤字脱字を修正しながらやっていきます
これからも、よろしくお願いします。
捕捉:天羽奏が口にした湊という名は奏の妹の名です。もし、正式名称をご存知でしたら教えてくれるとありがたいです。