戦騎絶壊ディケイド   作:必殺仕事人BLACK

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いろんな意味で謝罪を……。

本当にすいませんでした。

相変わらずの文才のなさに、投稿速度が遅いこと。感想の返信が滞ったこと。

そして、両翼が作者の性癖の犠牲になったこと。

今回は世界がディケイドをどう思っているかの巻。

後書きにて、一番重い罪の告白をいたします。(ガタガタ)


07

時は、一旦遡る。

 

 

■■■

 

 

──思えば、この一年間は色々と大騒ぎだったな……。

 

 

ディケイドと出会って、ノイズと戦って、その最中に相棒である風鳴翼と共に歌手活動の日々。

 

 

そして、今日は歌手として活動している『ツヴァイウィング』の記念すべきドームライブ。

 

 

そのライブのリハーサルを先ほど終えた奏は、相棒の翼を探しながら物思いに更けていた。

 

 

首の下から足首までを白いローブで身体を覆う格好で、照明器具やケーブル、慌ただしく準備を進めるスタッフたちの間を縫うように奏は舞台裏たるこの場を闊歩していた。

 

 

ローブの下は既にライブ衣装に身を包んでおり、本人的には今すぐ本番が始まっても構わないほど準備万端であった。

 

 

すれ違うスタッフに挨拶しながら、奏は目的の人物を見つけた。

 

 

「お、いたいたっ」

 

 

蒼く美しい長い髪を結い、今の奏と同じローブで身体全体を覆っている少女は、隠れるように壁を背にして体育座りでそこにいた。

 

 

蒼髪の少女──風鳴翼の表情が暗いことを察し、奏は苦笑しながら彼女へと話しかけた。

 

 

「なんていうか、いつまで経っても慣れないよな。この本番までの数時間はさ」

 

 

「……奏っ」

 

 

話しかけられるまで気づかなかったのか、翼は驚いた顔で奏を見た。

 

 

奏は「隣、失礼するぞ〜」と翼がなにかを言う前に隣に座り込む。

 

 

「さっきのリハーサルでの勢いはどうした〜翼ぁ?もしかして、緊張してるのかなぁ?」

 

 

「あ、当たり前でしょ。今日のライブがどれだけ重要なものか……。逆に訊くけど、奏は緊張してないの?」

 

 

「全っ然!むしろ、早く暴れたくてウズウズしてるよ、こっちは」

 

 

「…………張り切り過ぎて、失敗しそうで不安なんだけど」

 

 

「そういう翼は、真面目が過ぎるなぁ。ま、そういう所が可愛いんだけどな」

 

 

「〜〜〜!奏は、すぐそうやって!」

 

 

頬を赤らめて翼は、奏から顔を逸らした。その様子に奏は笑い、翼は恨めしそうに視線を送る。が、すぐに翼も釣られるように笑みを浮かべた。

 

 

「二人とも、ここにいたか」

 

 

赤いスーツに身を包んだ男──風鳴弦十郎が二人に近づく。

 

 

「お、旦那か」と、奏が。

 

 

「叔父様っ」と、翼が。

 

 

弦十郎の登場に会わせて、二人が立ち上がった。

 

 

奏と翼の良い表情に、弦十郎は柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「二人とも、先ほどのリハーサルは見事だったぞ。本番もあの調子でな。なにせ、今日は──」

 

 

「人類の未来が懸かっている、だろ?この間から耳にタコが出来るくらい説明されたから、わかってるって」

 

 

ヒラヒラと手を振りながら、奏は得意気な顔で弦十郎の言葉を遮った。

 

 

そんな奏を、翼はジト目で見つめながらさらりと告げる。

 

 

「奏は、ほとんどの説明を居眠りして聞いていなかったじゃない」

 

 

「うっ」と喉を詰まらせたような呻き声を出し、固まってしまう奏。図星である。

 

 

奏のその様子に呆れながらも、いつもの二人のやり取りに弦十郎は安堵する。

 

 

今日行われるツヴァイウングのライブに併せて、裏側にて二課にとっての大きな試みが行われる。それこそ奏が述べた通り、これからの人類の未来を左右する程の価値があるのだ。

 

 

そのことは奏も翼も理解しており、弦十郎は気負いすぎていないか心配し、こうして直接確かめに来たのだ。

 

 

──今回は二人の活躍が、『実験』の成功に繋がるかに懸かっているからな。

 

 

弦十郎としては、そんな『実験』のことを気にせずに今日のライブを楽しませてあげたいのが本音だ。奏は17歳、翼は今年で15歳になる。まだ子供の二人に過酷な役目を背負わせたことに、深い申し訳なさを感じている。

 

 

スーツの胸ポケットから通信機を取り出し、実験の準備を進めている同僚に繋げる。

 

 

『はぁ〜い。こちら、『出来る女』で有名な櫻井了子で〜す。実験準備の確認かしら、弦十郎くん?』

 

 

「ああ、そちらの方はどうなんだ了子くん?」

 

 

『こっちはもう、準備万端よ。弦十郎くんの方は?二人とも、特に翼ちゃんはダイジョブそうかしら?』

 

 

「ははっ、翼は真面目すぎるからなぁ。了子さんも、心配だよな」

 

 

「さ、櫻井女史まで……。私はそんな柔な鍛え方をしてきたつもりはありません!」

 

 

「まったく、お前らは」

 

 

奏と翼も耳につけてる通信機をONにして、弦十郎と了子の会話を聞いていた。

 

 

通信機の向こう側にいる櫻井了子の心配に、奏は同意し翼は更に顔を赤く染める。弦十郎は苦笑しながらも、二人に言いたかった言葉を掛ける。

 

 

「……俺が言えた義理ではないが、二人は今日のライブを存分に楽しんでこい。難しいことは、俺たち大人の仕事だからな」

 

 

『私も弦十郎くんと同じよ。奏ちゃん、翼ちゃん。こっちのことはそんなに気にしなくていいから、二人は存分に羽ばたいてきなさいな』

 

 

「あんがとさん、二人とも」

 

 

「……叔父様、櫻井女史。ありがとうございます」

 

 

大人二人の温かい激励に、奏と翼の中にある不安が鳴りを潜めていく。

 

 

二人の柔らかくなった雰囲気を察し、弦十郎も肩の荷が少し軽くなった気がした。

 

 

『それじゃ、私も個人的に最終確認したいから通信を切るわね。バ〜イ♪』

 

 

了子の方から通信を終わらせ、弦十郎も通信機を仕舞う。

 

 

「さて、そろそろ俺も場に戻るか。二人とも今日のライブを無事終えたら、何か奢ってやるからな!」

 

 

「ナハハ、そりゃ楽しみだ!旦那、こっちはあたし達に任せな!」

 

 

「ありがとうございます、叔父様。奏と共に、歌女として全力を尽くします」

 

 

二人から返ってきた言葉に、弦十郎は力強く頷くと背を向けて自分の持ち場へと戻った。

 

 

「──ありがとう、奏」

 

 

弦十郎が立ち去った後、翼は奏に礼を告げた。突然礼を言われた奏は理解できず、首をかしげる。

 

 

「どうしたのさ、いきなり」

 

 

「今の私がこうしていられるのは、奏のお陰だから。きっと私一人じゃ、ここまで来られなかったから……」

 

 

天羽奏と一緒なら、自分は何でも出来る気がする。

 

 

「それは……、あたしも同じだよ。翼がいなければ、あたしもここまで辿り着けなかった」

 

 

それは天羽奏も、同じだ。自分一人の力が、どれだけちっぽけなのかを思い知っているから。

 

 

「たった一人じゃ、出来ることは少ない」

 

 

「でも、私たち両翼が揃えば──」

 

 

「『ツヴァイウィング』は、どこまでも飛んでいける!」

 

 

お互いの手を握りしめ、互いの存在を改めて確かめ合う。

 

 

「頑張って、楽しもうな翼!」

 

 

「うん!頑張ろうね奏!」

 

 

そして、全ての準備が整う。

 

 

始まるはどこまでも羽ばたく両翼が奏でる、歌の祭典。

 

 

しかして、待ち受けるのは絶望の宴。

 

 

だが、安心召されよ。

 

 

その惨劇は必ずや、絶望のままに終わらせないと。

 

 

 

■■■

 

 

 

ライブが始まると、大した時間も掛からずに観客は盛り上がった。

 

 

曲が流れた途端に、観客たちは喉がはち切れんばかりの歓声を上げ、上から降ってきたツヴァイウィングの二人を迎えた。ライブ衣装に付けられた白い翼を拡げながら降りてくる二人は、まるで天使のようだと誰もが思っていた。

 

 

奏と翼が地上に降り立ち、歌い始めると観客たちは更に色めき立つ。

 

 

開始早々から、異常な熱気が巻き起こるライブ会場の地下では、とある実験が人知れず行われていた。

 

 

地下深くにて行われている実験場には、風鳴弦十郎がいた。そして、その隣には眼鏡を掛けて白衣を着こなしている女性──櫻井了子の姿も。他にも専門の何人ものスタッフが、様々な計測器の機械を忙しなく操作していた。

 

 

地上のライブとは大分差のある、緊迫した空気がこの場に張り詰められていた。

 

 

しかし、それも仕方のないこと。先の弦十郎の言葉通りに、この実験は人類の未来が懸かっている。それほどの価値があり、この場にいる者全てが固唾を飲んで成功を祈っている。

 

 

完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』

 

 

現存、または新しく発見された聖遺物は経年劣化により激しく損傷しており、ほぼ欠片となった状態がほとんどだ。

 

 

だが、ごく稀に損傷がなく当時の状態のままの聖遺物が存在している。それを区別するために、便宜上『完全聖遺物』と呼ばれている。

 

 

現在の聖遺物は、余程のことがない限り基底状態で秘められた力を眠らせている。聖遺物を目覚めさせることが出来れば、化石燃料や核を越える『新エネルギー』の可能性と称される力が発揮される。

 

 

極僅かな聖遺物の欠片を核とした、シンフォギアは正にそれを証明した。天羽奏と風鳴翼はの二人は、前に演習の名目の下に旧式とはいえ自衛隊の戦車隊を苦もなく鉄屑にしたのだ。

 

 

では、欠片ではない『完全聖遺物』だとどうなるのか?

 

 

例を上げるなら、ギリシャ神話の海神ポセイドンが所持する『トリアイナ』が完全聖遺物であるとする。『トリアイナ』が無事に覚醒されれば、逸話の通りに大海を操れる力を手に入れられる。津波、渦潮、海上の嵐となんでもござれの天変地異を引き起こせる。

 

 

完全聖遺物はそれだけの力があり、故に弦十郎の言葉に偽りはない。

 

 

強化ガラスに隔てられた、化石と化した『ネフシュタンの鎧』を弦十郎が厳しい目で見守っている中、実験は順調に進んでいく。

 

 

地上で行われているライブ、天羽奏と風鳴翼の歌。二人の歌声に感情を昂らせていく大勢の観客たち。歌と大多数の感情がエネルギー──フォニックゲインに変換されて、『ネフシュタンの鎧』へと注がれていく。

 

 

結果だけを言えば、実験は成功であった。

 

 

世紀の大実験を成功したという事実に、実験室は所員たちの歓声に溢れ返る。

 

 

今回の実験の一部始終を見守っていた了子は、ネフシュタンの鎧の起動を確認すると柔和な笑みを浮かべた。

 

 

だが、隣にいる弦十郎の顔は目覚めつつあるネフシュタンの鎧を、複雑そうな表情で見つめていた。そんな弦十郎に、了子は不思議そうに問い掛けた。

 

 

「弦十郎くん。あなた、あまり嬉しそうじゃないわねぇ」

 

 

「……そうか?俺も、今回の実験の成功に喜んでいるよ。これで我々人類はまた、ノイズに対抗できる力を得たんだからな」

 

 

「そう、これは喜ばしいことよ。ふふん♪出来る女であるこの櫻井了子の理論じゃ、完全聖遺物には人の手による細工なしで、ノイズと戦える力を秘めているわ!」

 

 

今回のネフシュタンの鎧の覚醒実験は、ノイズに対抗する新戦力の開発という名目だ。成功すれば、シンフォギアのように特定の資格を持たない者でも、ノイズと戦えるようになる。その事だけを考えれば、弦十郎も手放しで喜べた。

 

 

しかし、今の弦十郎は素直に喜ぶことができない。覚醒したネフシュタンの鎧が、ノイズの戦闘以外に使用されることを知っているからだ。

 

 

「ま〜だ、納得してないのね。完全聖遺物を、ディケイドとの戦闘・捕獲に用いられるのが……」

 

 

「ふっ。了子くんには敵わんな」

 

 

弦十郎の心の内を読んだかのように、了子は彼の心中を言い当てた。それに対する弦十郎の返答は肯定であり、苦笑しながら肩を竦めた。

 

 

弦十郎と了子は改めて、今回の実験に下された命令を思い返した。

 

 

『ディケイドの確保をより確実にするため、特異災害対策機動二課にネフシュタンの鎧の起動を命ずる。

 

尚、起動した際には特例として鎧を用いディケイドとの戦闘を許可し、ディケイドの捕獲に尽力せよ。生死は問わないものとする』

 

 

ディケイドが現れてから、早くも一年が過ぎ去ろうとする今日。

 

 

今の時勢では世間、いや世界中の人間にとってディケイドを知らぬものはいない。もし、仮にディケイドを知らないという者が存在すれば、現代の最大級の恥晒しと周りから謗られるであろう。

 

 

曰く、人類最後の守護者。

 

曰く、絶望を払う真の希望。

 

曰く、厄災を打ち砕く破壊者。

 

 

等々と、多くの人間がディケイドのことをそう評している。殆どが、ディケイドを称えるものばかりである。

 

盛りすぎ、過剰な美色をしていると思われるが、実際にディケイドはその賛辞を贈られる程の行いをこれまでに幾度も繰り広げたのだから。

 

 

人類の天敵たるノイズに、人は成す術もなく殺される。自衛として戦おうにも、奴らにこちらの攻撃は通用しない。

 

 

しかし、ディケイドだけにはその道理が存在しない。ノイズに敷かされた法則を完全に無視し、徒手空拳の格闘で、時にはディケイドの専用武装であろう剣と銃でノイズを悉く葬り去る。

 

 

軍隊の大隊規模並の数のノイズが出現しようと、ディケイドはたった一人で完全殲滅を成し遂げる。

 

 

絶望的な状況であろうと、勝利を約束されてるかのようにディケイドはノイズに決して負けることなく、人類の天敵を打ち倒した。

 

 

そして、何よりノイズが現れれば、何処であろうとも必ずディケイドが参上する。国境を越えて、地球の裏側だろうとすぐに来てくれる。

 

 

いつしか世界の殆どの人々は、ノイズが現れようと、ただ恐怖による絶望に全てを諦めなくなった。恐ろしくあれど、必ず救世主が来てくれると信じているからだ。

 

 

その願いに必ず応え、ディケイドは現れてくれる。そうした状況に遭遇すれば、もうディケイドという存在に惹かれても仕方ないだろう。

 

 

弦十郎もその一人であり、天羽奏も同じだ。少なくとも、二課の人間でこの二人だけが、ディケイドを完全に敵視していないだろう。

 

組織に属している以上、上の立場の人間の命令は従わなければいけない。故に、いつかディケイドと戦うときに、完全聖遺物の力をぶつけるのは躊躇われる。かの存在の強さは知っているが、万が一ということは有り得るものだ。

 

 

「……誤解されない内に言わせてもらうけど、私だって本当はあまりディケイドと接触したくないわよ?戦うなんて、もっての他。藪をつついたら蛇どころか、もっと凶悪なのが出てきそうじゃない」

 

 

「そこまでか。まぁ、この一年でディケイドのことは、まだまだ解らずじまいだ。お上の方はどうしても、最悪な事態を想像してしまうんだろう。理解は出来るが、あまり深いところは理解したくないな……」

 

 

「あ、そこは同意するわ。ディケイドが善良な存在かはともかくして、私も同情するわ。奏ちゃんの話が事実ならね……」

 

 

「まったく、まだ根に持っているのか了子くん。結果的に一年前、ディケイドが奏を助けなければ、我々はこうして笑って過ごせなかった筈だ」

 

 

「そりゃ、感謝してますとも〜。でもね、少なくともディケイドのせいで私たちがこの一年、どれだけ苦労したかを知らないなんて言わせないわよ!」

 

 

両頬を大きく膨らませて、ジト目で虚空を睨んだ。きっと何処かで戦っているであろう、ディケイドに胸中で恨み節を吐き出しているに違いないと、弦十郎は思った。

 

 

一年前、奏とディケイドの戦闘はある意味、二課の存続に関わる程であった。

 

 

簡単に言えば、シンフォギアの実用性を政府の高官たちに疑われてしまったのだ。

 

 

あの戦闘での奏はコンディションが最悪だったとはいえ、ディケイドに大敗を喫した。即ち、それはシンフォギアの性能がノイズに通用しないのではないかと、元々不信感を抱かせていた官僚に火を付けてしまった。

 

 

元々シンフォギアがノイズ用の対抗兵器ではあるが、その真価を発揮した回数は実は多くなかったりする。というのも、国内に現れたノイズをディケイドが殲滅してくれたお陰で、ある意味シンフォギアの見せ場を奪ってしまうという、実は弦十郎自身もどうしたものかと頭を悩ませる事態に陥っていたことがあった。

 

 

無論、ノイズを倒してくれるのは有難い。弦十郎や了子や二課のスタッフも、年端のいかない少女二人を戦場に向かわせる状況が少ないことに感謝さえしていた。だが、それは個人的にであり組織を纏める人間と所属している人間は、組織の存在意義を失いかねないことだ。

 

 

そこに、ディケイドからもたらされた敗北の二文字。それをネチネチと指摘され、主に了子や了子の部下は大いにストレスを溜め、それを爆発させた。

 

 

結果、この一年は正に全スタッフの人生で忙しいものであった。

 

 

ある意味、今回の実験の下準備を兼ねた歌手ユニット『ツヴァイウィング』のサポート活動に、装者たちのノイズ戦の徹底支援。

 

 

シンフォギアシステムの信頼・信用を取り戻すために各所に東奔西走。了子もシンフォギア基本性能の改善と、奏に合わせたLiNKERの調整を手掛け。

 

 

改めて、シンフォギアの有用性を示すために、自衛隊のプライドを折りかねない模擬戦で圧倒的勝利を納め。

 

 

更にその後に現れたノイズを殲滅する様を、多くの官僚に見せつけ証明せしめた。

 

 

お陰で、シンフォギアシステムの凍結が見送られ、その功績に免じて今回の実験に命令という形で許可が降りた。但し、条件付きで。

 

 

それが今しがた目覚めた最高戦力で、ディケイドを手に入れることであった。

 

 

弦十郎や了子、二課のスタッフは上から下された命令の真意に感ずいている。

 

 

ディケイドの力を独占するためだ。その企みは既に日本だけでなく、各国の首脳陣がディケイドを狙っている。

 

 

今やディケイドは世界にとって無視出来ない、多大な影響力を持つ存在だ。加えて、その正体は謎に包まれている。

 

 

その謎に付け込み、仮にディケイドを我が国が開発した、或いは固い繋がりがあると世界に示せば、その国はこの世界で大きな発言力と権力を得られるだろう。

 

 

加えて、理不尽な暴力をその国は手に入れられる。ディケイドの転移能力を兵器に転用出来れば、回避しようのない奇襲戦略が実現できる。

 

 

そういった、下手をすれば世界大戦が起こりかねない最悪な未来がくる。弦十郎は腕を組みながら、疲れを隠しつつ祈るしかない。ディケイドがこのまま、国の陰謀に巻き込まれないことを。

 

 

「一応、訊くけども奏ちゃんや翼ちゃんは、そんな陰謀論のこと知らないわよね?特に、奏ちゃんの方」

 

 

「──恐らくは、な。かといって、教える気は微塵もない。きっと責任を感じてしまうからな」

 

 

「そう……。なら良いのだけれど。あの子も、漸く復讐以外の道を見出だし始めたのに、また苦しんで欲しくないからね」

 

 

了子の心配に、弦十郎は一年前の奏のディケイドに関する報告を思い出した。

 

 

──ディケイドには明確な意思・人格があり、口頭による言葉の意思疏通が可能。そして、ディケイドには人間に敵対する意思はない、か……。

 

 

弦十郎自身も言葉を交わしたことはないが、薄々と意思と人格があるのではないかと思っていた。人間に敵対してないことも、過去の戦闘映像で明らかだ。

 

 

そのディケイドと直接言葉を交わした奏は、世界中の誰よりもディケイドの言葉を信じているのだろう。

 

 

「(今思えば、本当にあの時の俺は愚かだった。この報告をお上にしたことで、強行手段に出るのを躊躇われることがなくなったんだろう)」

 

 

どうせ向こう側は、こんな曲解をしたに違いない。

 

 

『ディケイド自身が、こちらに攻撃しないのであれば好都合。例え、自衛されても被害は最小限だと予想でき、恐らく死者は決して出さないはず。故に、接触した場合、全力を持ってディケイドを鎮圧と確保できる可能性が高い。また、明確な意思・人格が在るならば捕獲後も、懇切丁寧に説得すれば(・・・・・・・・・・)協力関係を結べるかもしれない』

 

 

──自分たちの被害が少なく済む可能性が高い。

 

 

お上に報告するのも仕事であるが、結果としてディケイドの捕獲に本腰を挙げさせる羽目になった。

 

 

翼と奏はこの事を知らない。今回の計画が対ノイズの新戦力の獲得がただの建前であり、本当の目的はディケイドを手に入れる為の切り札を目覚めさせる物だと。

 

 

事実を知れば、二人は赦さないだろう。自分達の歌が、大人たちの汚れた陰謀にあまねく利用され尽くされたのだ。しかし、やがて近い内に知ってしまうだろう。

 

 

訪れる最低最悪な未来に、気が重くなる。避けられないのならば、甘んじて二人の怒りを受け止めようと弦十郎が改めて決意した瞬間、状況が一変した。

 

 

室内にけたましい警報音が鳴り渡り、職員たちが何事かと騒ぎ出す。

 

 

「落ち着けっ!いったい何が起こってるのか、直ぐに把握するんだ!」

 

 

弦十郎が冷静に、職員たちに原因究明の指示を飛ばした。油断なく身構えながら、ネフシュタンの鎧に視線を移した。

 

 

「た、大変です!ネフシュタンの鎧、上昇するエネルギー内圧に、セーフティが持ちこたえられません!」

 

 

一人の職員が悲鳴じみた報告に、この場にいる全員に戦慄が走り渡った。

 

 

「今すぐエネルギーの送射を止めなさい!」

 

 

「やっていますが、状況に変化はありません!」

 

 

了子が各々に指示を飛ばすが、状況は悪化の一途をたどり続ける。やがて、時が満ちたかのようにネフシュタンの鎧から眩い光が放たれた。

 

 

皆がその光景に目を奪われるなか、了子と弦十郎だけがうわ言のように声を溢した。

 

 

「ネフシュタンの鎧が、完全に目覚めたのか?」

 

 

「──いいえ、これは暴走よ…………」

 

 

次の瞬間、実験室が爆発した。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

地上のライブ会場のボルテージは、最高潮に達していた。

 

 

天羽奏と風鳴翼──ツヴァイウィングの歌に魅入られた観客たちは、はち切れんばかりの歓声で歌い終わった二人に応えた。

 

 

『皆さん。今日はこのライブに来てくださり、本当にありがとうございます!』

 

 

『まだまだ宴は終わらないからな〜。みんな、最後までついてきてくれるかぁ?!』

 

 

『『『『『ツヴァイウィング!ツヴァイウィング!ツヴァイウィング!』』』』』

 

 

異常な熱気で会場全体が盛り上がる最中、大勢の観客の中の一人でサイリウムを握りしめていた少女が、瞳を輝かせながらツヴァイウィングを見つめていた。

 

 

ツヴァイウングが奏で唄う歌の迫力に感動し、言葉がでなかった。最初はツヴァイウィングのことをよく知らなかった少女であったが、今ではすっかり虜になってしまっていた。

 

 

「これが、ライブ!これが、ツヴァイウィングの歌!!」

 

 

今日この日の感動を絶対に忘れることはないだろうと──立花響は思った。

 

 

次の曲のイントロが流れ出し、他の観客に合わせてサイリウムを振るい、響が精一杯の歓声を上げようとした瞬間。

 

 

会場の中心が突如として、爆発した。

 

 

あまりにも突然の事態に、会場全体が騒然として誰も動けずにいた。翼と奏も曲の流れを無視し、歌わず食い入るように爆心地を視線を向けていた。

 

 

人々が混乱しながらも静寂とも呼べる空気が漂い始めた数瞬に、状況の変化に気づいたのは奏と翼だった。視界の端に風に流された煤を捉えて、二人の背筋が凍った。

 

 

「──これは、まさかっ」

 

 

「ノイズが、来る──!」

 

 

二人の口から零れた言葉通り、爆心地の近くにいた人たちが炭素の塊に変えられて、粉塵となってその場で崩れ落ちた。

 

 

次いで爆煙が晴れて観客たちも、何が起こり何が現れたのかはっきり認識させられてしまった。

 

 

『の、ノイズだあっ』

 

 

認定特異災害『ノイズ』

 

 

人類の天敵にしてこの時代最大の死の宣告者が、よりによって大勢の人間がいる中心に出現するという、最悪の状況が発生してまった。

 

 

観客たちは悲鳴を喚き散らしながら、ノイズたちから逃げ延びようとする。しかし、無慈悲にもノイズは人々に死の魔手を伸ばした。近くにいる人間から片っ端に命を奪い尽くした。

 

 

ノイズの発生源から離れていた一人の観客は思った。こんなに離れているんだから自分は逃げられる、と安堵して身を翻した途端、意識が途切れた。否、死んだ。

 

 

その場にいた人間が、その人物の死に絶句しながらも思わず空を見上げてしまった。茜色に染まった空を悠々と飛行している、数多の飛行型ノイズの姿が確認できた。

飛行型ノイズは高速で急降下を行うと、地上とは違い無差別に各所で観客を殺し尽くす。

 

 

何処へいようとも何時でも死を訪れさせる惨状に、この場が先の活気溢れた歌の祭り場であったと誰が思えるだろうか。

 

 

「歌うぞ、翼!」

 

 

「奏、歌うって……。それに、司令からの許可が──」

 

 

「今ここで、歌わなきゃみんな死んじまうんだ。あたしたちの歌を聴きにくれた人たちを、守れるのはあたし達だけだ!」

 

 

「────!そうね、私たちの歌を認めてくれた人たちを、こんな理不尽に遇わせるのは腸が煮えかえるわ」

 

 

シンフォギアの力は強力であり、それ故に力の行使に多くの制限が設けられている。

 

 

二人は自分が持っている力の重要さを理解してる。それでも、目の前の命を奪い続けるこの惨状に何もせずにいられなかった。

 

 

「ディケイドがここにいないってことはさ、きっとこことは違う場所で戦ってるってことなんだ。だから、尚更あたしらがやらないといけない。どうせなら、ディケイドが来る前に終わらせてやろうぜ!翼と一緒なら、どんなことでも乗り越えられるからな!」

 

 

「今まで私たちの見せ場を横取りされ続けたもの。叔父様たちの頑張りに報いるために、この状況をなんとしても打開してみせる!」

 

 

以前までの奏を知っている翼は、これまでにない澄んだ力強い声音に内心驚いていた。復讐の為に戦っていた親友が、ここまで変わったのはやはりディケイドによるものか。

 

 

翼はディケイドにあまり良い感情を持っていなかった。奏ほど拗らせてはいないが、目的の見えないディケイドの振る舞いに翼は苛立ちを募らせていた。

 

 

戦場に突如として現れ、用が済んだらフラりと消える。ノイズを倒してくれるのは、翼も有難いと思っている。だが、ディケイドが何の為にその力を使うのかが定かではない以上、最悪の状況を想定し余計な警戒もしなければいけない。

 

 

それでも、感謝しているところもある。一年前、ノイズの渦中で行動不能に陥った奏を救ってくれたことを。救援に駆けつけようとしていた翼は、道中に出現していたノイズの対処に追われていた。間に合わないと思っていた矢先に、本部からの通信でディケイドが奏を助けてくれたのを聴いたときは思わず呆けてしまった。

 

 

その後の奏からの報告には、かなり驚かされた。疑っているわけではないが、もし対話の可能性が在るならば翼もその場にいたいと思う。大切な相棒をあの時に助けてくれたことに、直接礼を伝えたいと。

 

 

だから、対話を望むなら対等な関係でなければ望めない。

 

 

歌おう。人々の命と心を救うために。

戦おう。それがディケイドに近づけると信じて。

 

 

『Croitzal ronzell Gungnir zizzl』

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 

 

奏と翼から紡がれるは、災厄をはね除ける聖詠。

 

 

フォニックゲインが噴き荒れ、鎧として形成されていく。

 

 

戦衣(シンフォギア)が姿を現す。

 

 

【撃槍・ガングニール】の聖遺物を核とし、オレンジを基調としたシンフォギアを纏う、槍を携える天羽奏。

 

 

【絶刀・天ノ羽斬】の聖遺物を核とし、蒼色を基調としたシンフォギアを纏う、刀を携えた風鳴翼。

 

 

此処に戦姫が、戦場にて歌い舞う。

 

 

「うぉらァ!」

 

 

烈迫の勢いで奏が駆け出し、ノイズの群れに豪快な槍の一突き。一体だけでなく周囲のノイズを巻き込んで、一掃する。突きを放った槍の刀身の上に、翼が軽やかに踏み乗った。

 

 

「翔ばして、任す!」

 

 

「承知!」

 

 

翼を乗せたまま、奏は全力で槍を振り上げた。翼も全身のバネを使用し槍の勢いを加算し、空に放り上げられるように跳躍した。

 

 

空中で脚部の展開式ブレードを展開し、備えられたブースターが発動して更に加速・上昇する。滞空している飛行型ノイズ郡を置き去りにし、更に上へ翔んで一時的な制空権を握った。

 

 

会場全体を見渡せる高さにて、翼は一瞬でノイズの規模を確認する。

 

 

「小型、中型に大型も……。飛行型と合わせれば、とてつもない数ね」

 

 

眼下では会場の半分以上が、ノイズに埋め尽くされていた。その中で、未だに逃げ遅れている観客たちの姿も多く見られる。

 

 

「まずは、天の憂いを絶つ!」

 

 

心の奥底から浮かぶ歌を口ずさみ、フォニックゲインを急速に高め、飛行型ノイズ全てに狙いを定める。

 

 

【千ノ落涙】

 

 

無数の剣状のエネルギーが出現し、飛行型ノイズに降り注ぐ。

 

 

飛行型ノイズは成す術なく、剣に刺し貫かれ空中で身体を崩壊された。

 

 

重力に従い翼は落下し、討ち漏らした飛行型ノイズを切り払いながら次の獲物を狙う。

 

 

「今度は大物を──!」

 

 

アームドギアたる刀剣が翼の身の丈を超える大剣に変化し、蒼色のエネルギーを纏いわせて剣を振り下ろした。

 

 

【蒼ノ一閃】

 

 

巨大な蒼色のエネルギー刃が、芋虫を思わせる大型ノイズを縦一閃に切り裂いた。続けざまに傍にいた同型のノイズに向けて、手にしていた大剣を投げ放つ。放たれた大剣は更に巨大化し、大型ノイズを斬殺する。

 

 

まるで殺されたノイズの墓標のように突き立つ己の得物を一瞥し、一先ず安堵する。

 

 

大型ノイズは大体において、小型ノイズを産み出す手段を持っている。この状況で増援が湧き続ければ、一気に翼と奏の手に負えなくなる。幸い数が少なかったお陰で、その不安をすぐ取り除けた。

 

 

地上に近づくにつれ、地上のノイズが翼に目がけて飛びかかる。翼は持ち前の身体能力と、脚部ブレードのブースターを上手く使い、空中で舞うような動きでノイズを避け、すれ違い様にノイズを脚部ブレードで切る。

 

 

空中での舞踏を演じながらブースターで速度を落とし、逆立ちの要領で着地を行い次に繋げる。両脚を大きく開き脚部ブレードを展開したまま、独楽のように回転する。

 

 

【逆羅刹】

 

 

翼の近くに存在するノイズを一息に切り裂き、切り進みながら翼は巨大化して突き立っている剣の下へ近づいていく。

 

 

呼応するかのように大剣がサイズを縮め、翼がたどり着いた時には元の大きさに戻っていた。

 

 

【逆羅刹】を解除し、柄を握ると抜き様に周囲のノイズを切り払う。

 

 

右も左も前後もノイズだらけ。翼が今いる場所はノイズの発生源近くであり、無数のノイズが蠢く群れの中だ。絶え間なく襲い来るノイズを切り殺しながら、翼は思う。

 

 

恐らく、これがディケイドの見ている世界なんだと。

 

 

翼は間違えて、ノイズの群れに迷い混んだのではない。一体でも多く観客たちから狙いを逸らすために、囮を買って出たのだ。観客たちとノイズの入り乱れる状況で、被害を減らすためには獲物が最も近くに居るのだと、ノイズに認識させ誘わせるしかない。

 

 

ディケイドにはノイズに対する誘引能力があり、それのお陰で人的被害がここ近年で格段に減少した。一般人たちが入り乱れる状況において、ディケイドの力は正にうってつけだ。たとえ、遠くにいようともたった一人の存在に惹かれてくるのだ。

 

 

シンフォギアにはノイズと戦える力があろうと、ノイズを惹き付ける力はない。必然的に、多くのノイズが翼を狙っているが観客に近い位置に居るノイズは翼から離れていっている。

 

 

だが、翼は信じている。最高の相棒が、自分の代わりに彼の槍で以て人命を護っていると。

 

 

「うらぁ!」

 

 

翼の信頼に応えるように、正に観客の一人を殺そうとしていたノイズを奏が撃退した。

 

 

「早く、逃げろ!」

 

 

「は、はいっ」

 

 

恐怖で動けなくなっている観客に、怒鳴り気味で逃げるように促す。観客は驚くも、恐怖から我に返り一目散に駆け出した。

 

 

槍を構え直し、奏はノイズの軍団を睨んだ。

 

 

「本当にオマエらってさ、来て欲しくないときに来やがって」

 

 

自身の身体から沸き出る痛みと気持ち悪さを感じながらも、ソレを忘れるように槍でノイズの数を減らす。槍を一度振るうだけで激痛が全身に走りわたる。

 

 

──今の奏はLiNKERを施しておらず、既に活動限界を迎える寸前であった。全力を出しきれず、相棒に危険な役回りをさせている不甲斐なさに、反吐が出そうだ。

 

 

それでも、奏はそんな悔しい思いをバネにして人命救助に全力を注ぐ。

 

 

「きゃっ!」

 

 

小さな悲鳴が聞こえ、奏の意識がそちらに向けられる。

 

 

奏が視線を動かすと、転んで怪我をしたのか足を押さえて動けずにいる少女──立花響がそこにいた。そして、彼女の悲鳴に釣られたのか、ノイズが立花響に狙いを定めた。

 

 

「っ、やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

全身の痛みを無視して、奏は全力で疾駆する。然れど、奏の心の中は『間に合わない』と絶望の影が差し込んだ。

 

 

「だとしてもぉぉぉぉぉ!」

 

 

少女に訪れる結末を覆すために、一縷の望みを懸けて槍を投擲する。風を切りながら一気に距離を詰めた槍の穂先がノイズを貫こうとした瞬間、ノイズは突如として後ろに大きく飛んだ。

 

 

投げた槍は当たらずとも、ノイズから逃れた少女の姿に安堵する。庇うように奏が立花響の前に立ち、槍を持ち直しながら奏は飛んでいったノイズに目をやり言葉を失った。

 

 

ノイズを惹き付けていた翼も、周囲のノイズが突然自分を無視して動き出したことに困惑していた。

 

 

奏と翼を挟み込んだ距離間の中心で、ノイズが吸い込まれるように押し付け合いながら集合していた。

 

 

この会場にいる全てのノイズが集結し、前触れもなく全てのノイズが一斉にその身を弾けさせた。大量の煤が宙に舞い、意思を持っているかのように動き回り何かを形作る。

 

 

「おいおい、一体何がどうなってんだ?」

 

 

本当なら後ろにいる少女をすぐにでも安全な場所に連れていきたいが、目前で起きている不可解な現象に奏は警戒を解けずにいた。もし、少しでも意識を逸らせば命取りになりかねないと、奏の勘が告げていた。

 

 

翼も同様の理由で、その場に止まりいつでも対応できるように臨戦態勢を解かない。

 

 

唐突に状況が動き出した。

 

 

「うぉ!?」

 

 

「これは!?」

 

 

ノイズたちが固まっていた中心に、黒いノイズが立っていた。

 

 

奏と翼がよく相対するヒューマノイド型であるが目にいれるだけで、二人の背筋が冷えた。立花響も、黒いノイズに言い様のない強烈な不安感を抱いていた。

 

 

明らかに、あの黒いノイズは別格であると装者としての警鐘が鳴っていた。その警鐘に突き動かされるように、奏は黒いノイズへ駆け出した。

 

 

得体の知れなさ故に、早急に対処する。

 

 

奏の槍の穂先が回転し、風を巻き起こす。

 

 

【LAST∞METEOR】

 

 

これまでに何度も数多のノイズを屠ってきた技を、迷うことなく黒いノイズへ放つ。地面を抉り削りながら暴力的な竜巻は、黒いノイズが腕を一振りしただけで掻き消された。

 

 

奏が驚く間もなく黒いノイズは瞬時に距離を詰め、その勢いを乗せて剣に変形した腕を奏の槍に突き刺した。

 

 

穂先から柄の根元まで、あまりにも脆く砕かされた。奏にしてみれば、堅牢な城壁に槍をぶつけたような衝撃が手から全身に伝わってきた。

 

 

破壊された槍の破片が四方八方に飛び散り、その一つが立花響の胸に刺さった。胸から血を噴き出しながら、吹き飛ばされて瓦礫の壁に背中からぶつかった。これまで味わったことのない痛みに、立花響は悲鳴も出せずにいた。

 

 

怪我の痛みは激しいのに、それに反して眠ってしまうように意識が薄れていくのを感じる。瞼が重く、静かに閉じられようとしていた。

 

 

「(……私、ここで死んじゃうのかな?)」

 

 

このライブに誘ってくれた親友の顔を思い浮かべる。本来なら親友も一緒にここへ来る約束だったが、家族の都合で来れなくなってしまった。寂しいと思いながらも、今は安堵している。親友がこんな痛くて、怖い思いをせずにすんだから。

 

 

親友を思いながら、立花響はそっと意識を手放──

 

 

「おい、死ぬなぁ!」

 

 

せなかった。閉じかけた瞼が、止まった。

 

 

半壊した槍を後ろに飛んだ際、苦し紛れに黒いノイズに投げつけて奏は立花響に駆け寄った。

 

 

「させんぞ。黒きノイズよ!」

 

 

無防備な背中を見せる奏に追撃しようとするが、黒いノイズの背後から翼が奇襲を掛けて阻止する。

 

 

奏が立花響に近づき、必死に呼び掛ける。だが、立花響の顔色は更に悪化して再び目が閉じられようとしていた。呼吸も確実に浅くなり始めている。

 

 

「死んじゃダメだ!──生きることを、諦めるなぁ!」

 

 

奏の目には立花響が亡くなった妹に重なって見えた。あの時、妹の近くにいながら守ってやれなかった悔しさと哀しみが生々しく甦る。

 

 

だから、もうあんな想いはしないと誓ったのだ。こんな理不尽な災厄で、誰かの未来を奪わせたくなかった。

 

 

「………………かはっ」

 

 

祈りが通じたのか、立花響が息を吹き返す。予断を許さないが、何とか峠を一時的に乗り越えてくれた。そのことを察した奏は涙を流しながら、安堵の笑みを浮かべた。

 

 

得物である槍は壊され、自身の身体も最早限界だ。

 

 

黒いノイズは翼が抑えてくれているが、状況は芳しくなさそうであった。

 

 

激しい剣戟を繰り広げているが、翼が攻めあぐねているのが見て理解できた。次第に黒いノイズが押し始め、翼が劣勢に立たされていく。

 

 

槍を砕かれた衝撃は、今もはっきりと覚えている。黒いノイズの攻撃をまともに食らえば、翼の命が奪われてしまう。

 

 

「──観客は少ないけど、聴き手は極上だ」

 

 

覚悟を決めた。

 

 

あの黒いノイズを、今ここで確実に殺すために命を燃やす。

 

 

「が、ぐうぅっ!」

 

 

黒いノイズの攻撃は凄まじく、遂に翼は均衡を崩されてしまった。

 

 

鳩尾を狙った刺突を真正面から剣で受け止め、衝撃を殺せず後方へ弾き飛ばされた。

 

 

桁違いの威力で放たれた斬撃を何度も斬り結んだお陰で、翼には満足に武器を握る力は残されていなかった。

手から剣が滑り落ち、苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「──ディケイドならば、また違っていたのだろうか」

 

 

認めたくないが、翼はこの黒いノイズに勝てないのだと悟った。

 

 

奏と連携して当たれば可能性あったのだろうが、それでもこのノイズを足止めするだけで精一杯のような気がする。

 

 

そうすると残るはディケイドだけなのだが、その存在は此処にはない。

 

 

「打つ手なし、ではある。さりとてこの身は、人命を守護する防人だ!悪いが、この剣が果てるまで付き合ってもらう!」

 

 

翼の人生は殆ど流されて生きてきたようなモノだった。しかし、幼少から戦士として鍛練に費やし、この身を守りし者として生きてきた誇りがある。

 

 

目の前の脅威から、逃げる理由は存在しない。

 

 

地に落ちた剣を拾い上げ、再び構え直した瞬間。

 

 

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 

会場全体に、荘厳でありながらも悲壮感を孕んだ歌声が響き渡る。

 

 

──その詩を翼は知っている。

──その詩がどういうモノなのか理解している。

──その詩を唄っているのが誰なのかを、翼は直ぐに分かってしまった。

 

 

歌声の発声源に目を向けると、穏やかな表情で詩を口ずさむ奏の姿が。

 

 

その穏やかさとは真逆に奏の身体から膨大なフォニックゲインが溢れ、激しく奏の身を傷つけながら荒れ狂っていた。

 

 

シンフォギアに備えられた決戦兵装──『絶唱』システム。

 

 

特定の詩編を唱えることで、フォニックゲインを限界を越えて高めて、一気に放出するという最大最強の攻撃手段である。しかし、高めたエネルギーによって歌い手の身体に最大の負荷が与えられ、使い時を見誤れば命を落としかねない諸刃の剣でもある。

 

 

LiNKERの不使用により、奏は戦いの始めから自分自身にダメージを与え続けていた。そんな状態で絶唱を唄えば、奏の肉体が耐えられない。

 

 

「唄っては駄目っ、奏ぇ!その詩を唄ったら貴女が!」

 

 

その事実に気づいたからこそ、翼は奏に制止の言葉を投げる。

 

 

大切な相棒を死なせたくない。もっと二人で歌い続けていたい。だから、その詩で命を燃やし切らないで。

 

 

「(ごめんな、翼)」

 

 

翼の想いを奏は痛いほどに理解しているが、この状況を打破するにはこれしかない。何時来るかわからないディケイドを待っていたら、この会場にいる人々は殺し尽くされてしまう。

 

 

心の中で翼に謝り、奏は最後の一節を紡ごうとする。

 

 

翼の祈りは届かず、奏の命の灯火が消えかかる。

 

 

黒いノイズは奏からただならぬ気配を感じたのか、翼を無視して奏に急接近する。

 

 

歌いきる前にあの黒いノイズの凶刃は、自分を刺し貫くだろう。

 

 

ならばと、奏は覚悟を決める。刺し違えてでも、奴を道連れにする。

 

 

「Emustolronzen fine──」

 

 

翼もダメージが残っている身体に鞭を打って、黒いノイズに追走するも間に合うことのない現実を無意識に見いだしてしまう。

 

 

誰でもいい、自分の大切な親友を救ってくれと、翼は誰にでもなく願った。

 

 

奏は直ぐに訪れる痛みを受け入れるように、唄いながら目を閉じた。

 

 

黒いノイズが、右腕の凶刃を突き出し──

 

 

「el」

 

 

ドォン!

 

 

重々しい衝撃が発生し、奏の身体に生暖かい液体がへばり付いた。不思議と痛みは感じなかった。疑問を抱き、奏は目を開けて絶句した。

 

 

奏の目の前に、見覚えがありすぎる背中が視界に入り込んだ。

 

 

絶唱の最後の一節を止めてしまう程に、奏は今の状況を受け止めずにいた。それでも、その背中を見間違うことなどあり得ず、思わず声を出して確かめてしまった。

 

 

「ディケイド……?来て、くれたのかぁ?」

 

 

そして、今の状況の全体を見れる位置にいる翼もディケイドの出現に、驚きのあまり立ち止まってしまった。

 

 

黒いノイズの進行を阻むように立ちはだかっているディケイドに、翼はディケイドに対して有り得ない思いを口から漏れ出ていた。

 

 

「ディケイド?何故今になって、まさか奏とあの娘を守るために?!」

 

 

本当にまさかなのかと、疑ってしまう。ただの偶然に違いないと思っているのに、翼はもしかしたらと感じずにいられなかった。

 

 

自分の祈りが通じて、ディケイドが来てくれたのだと。

 

 

現に奏は絶唱の完成を止め、黒いノイズの凶刃から守られた。絶望的な状況を跳ね返し、翼の中のディケイドへの不信感が払拭されていく。

 

 

そして、二人は現実を思い知る。

 

 

奏は己の不甲斐なさが故に。

翼は祈りの代価だというように。

 

 

奏は自分の身体に付着した液体が、何なのか気づいた。

 

 

血だ。

 

 

確かに自分の身体は傷ついているが、己の身体の殆どを赤く染める程ではない。

 

 

答えは目の前に存在した。

 

 

黒いノイズの凶刃が、ディケイドの腹部から背中まで刺し貫いていた。ディケイドの後ろの地面は、夥しい量の赤で扇状に染まり、奏の後ろにも血飛沫が広がっていた。

 

 

ディケイドは腕を広げながら、刺し貫かれたまま微動だにしていなかった。まるで、奏をこの凶刃に触れさせまいと。

 

 

そして、奏はこの状況を改めて理解して、身体を赤く染め上げた血が誰のものかを認識した。されてしまった。

 

 

再びノイズの大群が出現する。

 

 

黒いノイズはディケイドから凶刃を引き抜き、ノイズの大群に合流する。

 

 

翼も見せつけられてしまった。ディケイドが、その身を犠牲にして奏と立花響を助けてくれていたことを。

 

 

ディケイドが、ゆっくりと顔だけを振り返り、奏と立花響を見つめた。

 

 

「……良かった」

 

 

それは今までにない安心できる、それでいて慈愛に満ちた言葉であった。

 

 

ディケイドは自分が負った傷を気にも留めず、ただただ他者を案じていた。

 

 

「あ、あぁ──!!」

 

 

「私は、なんて……ことをっ」

 

 

奏はかつて、命を賭けて守ってくれた両親の姿を重ね──。

 

 

翼はディケイドの高潔さに、自身を比較してディケイドへの猜疑心を抱いていた己を恥じて──。

 

 

胸に浮かぶ詩が、聴こえなくなっていた。

 




【KAMEN RIDE】せず、申し訳ございませんでした。(超土下座)

作者は罪悪感による依存系ヒロインが大好物。(唐突な告白)

おら、『俺』くん。ハーレムへの布石を打ってやったぞ喜べ(白目)

ps,作中ではディケイドドライバーは通常の白い方にしています。(随時、必要な箇所は修正していきます)

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