睡眠不足と疲労は、容易く人間を破壊する。
これは、宇宙の真理であり、宇宙の愛だな。
机の上のモニターをぶっ壊したら、仕事の納期に間に合うとか……どうしてそんな結論に達したんだろう?
なんにせよ、やらかしたなあ……と、今になって、ようやくそう思える。
やりかけの仕事、どうなったのかなあとも思える。
ジャングルジムのてっぺんで、綺麗な夕焼けを眺めながら物思いにふける俺。
今年で5歳になる。
いや、待って。
おかしくない、何もおかしくないから。
正気だよね?今の俺は正気だよね?
ほら、あれだ。
死んだと思ったら、幼児でした。
はてさて、これは転生か?
それとも、現実の俺は、集中治療室で覚めない夢を見続けているのか。
ただまあ、『夢』というには、少々現実感がありすぎる。
基本的に、俺は明晰夢しか見ない……から、余計にそう思うのだが。
まあ、これまでと同じように、今を精一杯生きていくしかないか。
夢にせよ、現実にせよ、『今』を投げ捨てる理由にはならないしね。
さて、カラスが鳴くから帰るべ。
今の母親、良くも悪くも『意識高い系』のところがあって、毎食毎食手作りのごはんを作ってくれる。
しかも、なかなか美味い。
前世(仮)の母親には悪いけど、料理に関しては今の母親の方が圧勝だ。
インスタント食品とか、ラーメンとかを目の敵にしてるのは、麺好きの俺としてはちょっと悲しいけどね。
でもまあ、好きな物を食べられないのは前世(仮)と同じで……一人暮らしを始めるまでの我慢だ。
一人暮らしを始めたら、自分で好きなように作る……これでも割と好きだったのよ、料理。
そんな母親が、5歳の誕生日だからと連れて行ったお店が……ちょっとしたお店なのは言うまでもない。
まずは一口。
美味っ!?
思わず顔を上げて……吹いた。
何してんの、かーさん。
うちの母親、着ている服をはだけてトリップしてました。
つーか、半分乳放り出して……はしたない。
確かに美味いけど、グルメ漫画じゃないんだからさ。
そんなリアクション芸人みたいなこと、お店にも迷惑……。
そのとき俺は見た。
見てしまった。
店の中、わりとカオス。
上半身裸のおじさんはいるわ、上品な老婦人が腰抜かして床に座り込んでるわ……美味いけど、教育に悪くないか、この店。
うん、飯を食おう。(目逸らし)
誰かが、飯を食うときはひたすら自由で、救われてなきゃいけないって言ってたし。
やはり、美味い。
前世(仮)を含めても、トップクラス。
本当に美味いものは、個人の好みを超越すると主張する人間もいるけど、俺はそうは思わない。
筋肉が、鍛えることで強くなるように、頭だって使わなければ発達しない。
そして、それは味覚にも言える。
もちろん、素質というか生まれながらの資質もあるけど、日本食というか東アジアの食事の旨味成分を、欧米人の半分以上が感じ取ることができないって、論文もあったしな。
もちろん、繰り返し食べることで、そうした旨みを感じ取ることができるようになる人もいるけど、やはりできない人もいるそうだ。
いわゆる、『食育』の理念は、このあたりからも来てる。
そもそも、日本人だって肉食が受け入れられるまでに色々あったわけだし。
当時は、『肉の旨味を感じとる能力が低い』というか、未発達だった日本人も少なくなかったと思うしね。
うむ、美味かった。
手を合わせて、ごちそうさま、と。
顔を上げると、目が合った。
女の子。
第一印象は、小学校の高学年……ぐらいかな、たぶん、中学生にはなってないと思う。
「……」
……お嬢さん?
「美味しくなかった?」
いや、美味かったよ。お世辞抜きに美味しかった。
そう言って、母親にちらりと目を向ける。
……うん、良いところも、悪いところも、全部受け入れてこその家族。
この店に連れてきてくれた、いい母親だ。
おっぱい(下着)丸出しで、ご飯食べててもな。
いい母親なんだ。(強弁)
「でもあなた、ふつーに食べてた」
いかんのか?
まあ5歳の子供だから許されるかもしれないけど、服脱いで『うーまーいーぞー!』などと叫びたくはない。
俺の自尊心が死ぬし、事あるごとに『あの時この子ったら……』などと、嘘、大げさ、紛らわしいの三拍子揃った昔話を披露されて、俺の精神を削りに来る未来が見えている。
「あなたも、料理、するの?」
……うん?
こてん、と首を傾げた。
5歳児だから許される仕草だ。
ああ、でも、子供の会話ってこんな感じだったよな……。
つながりとか無視して、話題が飛びまくるというか。
「私のお父さんの料理をふつーに食べられるってことは、普段から同じレベルの料理を食べ慣れているか、料理人としてそれだけの力量があるかってことだから」
そして少女は、ちらりとうちの母親を見た。
おっぱい(下着)丸出しで、一心不乱に食事を続ける母親の姿を。
見ないで!そんな母親を見ないで!
いい母親なの。
嘘じゃないから。
「……食べ慣れているとは思えない」
なんとなく、彼女の言わんとすることが分かってきた。
たぶん、バトル物の漫画でも読んだんだろう。
料理人と客、仮に料理力とでも呼ぼうか。
この料理力の差が大きいと、リアクションが大きくなる。
うん、子供だからね、仕方ないね。
俺は、やさしい気持ちで少女を見つめ……店の中を見渡した。
俺か?
俺がおかしいのか?
「……こんな小さい子供に……負けられない」
きゅっと唇を噛んで、少女が俺を見つめてくる。
なにこの展開。
ほんと、バトル漫画じゃないんだから……。
……漫画?
頭の中で、何かがひらめきかけた。
輪廻じゃなく、擬似二次元世界への転生……か?
「準、あなたお客様に何をしてるの!?」
「わ、おかっ……」
少女は、おそらく母親に連れ去られていき、代わって現れた父親には『娘が迷惑をかけた』と頭を下げられた。
うん、下げられたんだけどさ。
「きみ、料理をするのかい?」
僕、5歳ですから!
「うん、本格的にこの道を目指すなら、そろそろ修行を始める頃だね」
やばい。
なんか知らないが、やばい。
たぶん、この世界がやばい。
「やめてください」
凛とした声。
それが、母の声であることを気づくのに少し時間がかかった。
いつもとは違う、表情、雰囲気。
俺の知らない母親の姿がそこにあった。
おっぱい(下着)丸見えだけどな。
「この子が望まない限り……修羅の道を歩ませるつもりはありません」
待って。
待ってよ、母さん。
そんないかにも、料理の世界に因縁がありそうなセリフはやめて。
「……失礼ですが、お名前を伺っても」
「早瀬と申します、今は。旧姓は、捨てました」
「……お客様のプライベートに踏み込むような真似をしました。申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
母は、少し微笑んで。
「素敵な料理でした。美味ければそれでいい、美味くなければ料理ではない、美味い料理を作れないものは、人ではないと……そんな家で、育ちましたから、余計に心にきましたわ」
旧姓は捨てたんじゃなかったのかよ、母さん。
めっちゃ引きずってるわ。
そういや、俺の記憶にある祖父祖母に、叔父さんと、全部、父方だった気がする。
どう考えても、厄ネタです。
というか、名字だけでどの家かわかるぐらい、有名どころの反応だきっと。
やっべ。
これって、俺が料理を始めて、腕が認められたら、母方の実家が乗り込んでくるパターンだろ。
前世(仮)でその手の漫画や小説は結構読んだからな。
リアルと創作をごちゃまぜにするなって?
まあ、世の創作物ってのは、大抵はリアルをモデルにしてるから。
特に、人間関係については、リアルも創作も関係ない……たぶん、きっと、メイビー。
家に帰って、父親のパソコンを起動する。
そして、記憶の中の料理漫画に関係ありそうな言葉で検索。
味〇は……ないな。
〇寿司も……違うか。
天才料理少年……も、違うか。
五〇町もない、中華〇番も違う、スー〇ーな食いしん坊に、包丁人シリーズも違うっぽい、まさかド〇コックか?
たしかに、リアクションとしてはあれが近いけど……ジャンルが違う気がする。
料理は料理でも、パンか?
虹色〇ーメン?
たしかに、うちの母親の条件に結構一致するけど……仕事も名前も違うしなあ。
ふむ、方向が違うか。
視点を変えるため、『料理』で、検索。
ずらっと並ぶのは、『薙切』に『遠月』の文字。
……どうも、この世界では、これが本命っぽい。
うん、聞き覚えないや。
前世(笑)最後の数年間は、漫画もアニメもほぼ見られなかったからなあ。
なんとなく。
うん、なんとなくだ。
台所に立ち、包丁を持つ。
うむ、5歳児には厳しい……なので、果物ナイフで代用。
じゃがいもを持って、刃を当て……。
しゅるるるんっ。
……やべ。
チートっぽい。
5歳児なのに、前世(仮)の俺より器用というか、格段に速い。
食材を無駄にするわけにもいかないし、何か作るか。
じゃがいもの皮をむいてから考えるなよって。(笑)
今日も帰りが遅そうな父親のために、オニオンスープにしますか。
仮に酒を飲んでたとしても、いけるだろ。
じゃがいもは、崩し気味にして、とろみをつけるか。
さて、玉ねぎを……しゅるんっ。
たたたたっ。
……やばい、楽しい。
自分が、美味いメシを作れる予感がある。
チキンコンソメの素を入れて……あ、これ、マジでチートだわ。
理屈じゃなくて、味付けが感覚でわかる。
塩。
胡椒。
……いや、待って。
ホントに?
ホントに、これを入れていいの?
ダシ醤油。
お、オニオンスープ……だよな?
仕上げにごま油……マジか。
味見しなきゃ。
さすがに、5歳児とはいえ、メシマズは許されん。
どれ、一口。
……マジか。(汗)
いや、もしかすると『俺の口にだけ合う味付け』かもしれん。
万人にまずい料理はあっても、万人に美味い料理はない……それは俺の持論だ。
頭を抱えて悩んでいたら、いつの間にか母親がいた。
5歳児が、刃物と火を使って……怒られるかなと思ったが、何も言わずに一口。
「………ぁ」
いきなり母親が崩れ落ちた。
ビクンビクンしてる。
僕、5歳だから!
やめて、そんな姿見せないで!
その顔もだめぇ!
正気を取り戻した母親が、いきなり自分語りを始める。
僕、5歳だから!
いきなりヘビーな話聞かせないで!
母親の目のハイライトが消えてるーっ!?
めっちゃこじらせてるやん!
実家でどれだけ虐待されてたんだよ!
「……自分ができそこないなんだって、はっきりわかったわ」
あかん、やばい笑顔だ。
5歳とか、母親とか、前世(仮)の記憶とか言ってる場合じゃねえ。
何も言わず抱きしめる。
とん、とん、と。
心臓の動きに合わせて、背中を叩いてやる。
ゆっくり、ゆっくりと。
やがて、ダムが決壊するように、母親が俺の腕の中で泣き始めた。
5歳の子供の役どころじゃねえよ、これ。
ちなみに、父親は一口飲んでいきなりパンイチになった。
私の料理力は53万です。(白目)
料理力を鍛えて、女性のおはだけを見たい……そんな主人公がいてもいいと思うの。