慣れとか、諦念とも言う。
うちの母親は、アグレッシブです。
「
あ、ちなみに
うちの母親が、『心』にこだわっているのがよくわかるネーミングです。
そして、5歳児の俺に対して、思いっきりお姉さんぶってるのが、
なにやら、『おねーさんポジ』に憧れていたのがわかったので、『準ねえ』と呼びかけたら、デレた。
ちょろい。
先日、母親が外食に連れて行ってくれたお店の娘さんね。
果物ナイフで、せっせと野菜の皮をむく。
食材の下ごしらえは、開店前からしなきゃいけない。
同じ食材でも、出るメニューを予測して、カットを分けなきゃいけない。
確かに準の言うとおり、やることはたくさんある。
ぼさっとしてる暇なんてない。
うん、うちの母親はアグレッシブだ。
『血筋なのね……料理に呪われた血筋なのね』などと呟きながら、俺の修行先として、準の両親も含め、『みんな』で話し合って決めた……らしい。
その『みんな』の中に、本人である俺が含まれてないのはどういうことですかね!
もう一度言わせてくれ。
大きな声で言わせてくれ。
僕、5歳!
ああ、でもスポーツの世界も似たようなものだしなあ。
前世の野球部の友人なんか、幼稚園のころから走り込みとバットの素振りをやらされてたらしいし。
手のマメがつぶれても『その下の皮が破れて血だらけになるまで振れ!そうして手の皮が強くなるんだ!』とか強制されたらしいしな。
うん、うん。
まあ、どの世界も楽じゃないってことだよね。(自己暗示中)
しゅるるんっ、ぽい。
しゅるるんっ、ぽい。
しゅるるんっ、ぽい。
こういう、手元の単純作業って、いい感じに心がトリップするよね。
ペン回しみたいな感じ。
こう、無心になれるというか、楽しくなってくるというか。
……無心じゃねえじゃねえか。
まあ、5歳児だから。
5歳児だから、正直、力仕事は厳しいの。
やることは多くても、できることは少ない。
まあ、こういうときは変に気負わず、邪魔にならないことが重要だ。
え、労働基準法?
ははは。
これは修行であって、お手伝いだよ。
当然、給料なんかでない。
サビ残、無理難題……うっ、頭が……。
いかん、考えるな、忘れろ。
そう、フロアの電気は消えてるから、誰も残業なんかしていないんだ。
はい、皮むき終了。
次は、こいつを……。
「うううう……」
どうした、準ねえ?
涙目だけど、なにか辛いことでもあったの?
「なんでそんなに手際がいいのよ!」
……チートだから。(震え声)
正直、そんなこと言われても……その、困るっていうか。
別に神様にも会ってないし。
いやまあ、精神的な落ち着きは、5歳児のものではないのは確かだけど。
ほら、こっちに半分貸して。
違う、違う。
馬鹿にしてるとかじゃなくて、練習するチャンスがあったら、モノにしたいって思うのは普通だろ?
準ねえは、僕のおねえさんなんだから、チャンスをちょっとだけ譲って。(白目)
……ちょ、ちょろいぜ。(震え声)
自分の精神をゴリゴリ削るから、二度とやらない。
あ、もしかしたら準ねえは、俺に指導したかっただけなのか。
お姉さんぶる機会を、奪っちゃったのね、ごめん。
しゅるるん、ぽい。
しゅるるん、ぽい。
「ああ、心くん。そっちの分は、心持ちざっくりとした感じで頼む」
ほらきた。
ふわっとした説明で、『こっちの言葉の意味を汲み取れよ』な曖昧な指示。
よくあるよくある。
あ、ちゃんと書面にしてお願いします。
とは言えないから、とりあえず3個ほど、違うカットにして。
どれでいきますか?
「うむ、こいつとこいつの中間ぐらいで頼む」
うーん、この。
料理に限らず、職人は
感覚の世界に生きてるって、はっきりわかんだね。
つまり、社畜や、その上司も、きっと芸術家なんだ。
ランチタイムという名の戦争が終了。
準ねえはともかく、このオーナー夫婦、二人して手が早い。
この店の規模、客数だと、もっとスタッフがいるかと思ったけど、接客はともかく、厨房は全部二人で回してる。
これ、たぶん……開店前の野菜の皮むきとか、俺や準ねえにさせなくても、全然平気だな、きっと。
良くも悪くも、俺はお荷物ってわけだ。
うちの母親、無茶を通したよな、きっと。
まさかとは思うが、うちの母親の実家って……『薙切』とか、『遠月』に関係あるんじゃなかろうな?
などと、うちの母親のいう『血筋』に思いを馳せてたら、オーナーが声をかけてきた。
「……心くん。何か作ってみるかい?」
いいんですか?
実は、ちょっとワクワクしてる。
家庭ではお目にかかりにくい、専門食材や、専門調理器を目の当たりにしてるわけだし。
前世(仮)も含めた、心の中の『男の子』の部分が加熱中だったり。
しかし、何を作ろうかな。
最初だし、ちょっとぐらい、いい格好はしたいよね。
とはいえ、こちらは5歳児……の身体。
体格的に、フライパンを振り回す系統の料理は厳しい。
とすると、煮込み系か……火の通りが早いというか、機械任せ系。
あ、賄いだから、あんまり時間をかけてもダメなのか。
野菜くずと、この鮮度落ちの魚を使って……いいですか、やったぁ。
ふんふん。
このブイヨンを少しもらって、野菜くずに火を通し、と。
その間に、魚に下味付けて、おなかの中に香草と、もち米少々。
究極の話、塩一粒で料理が終わる……たぶん、そんなバランスだ。
「ちょ、ちょっと、何してんのよ、心!?」
圧力鍋を使いますが、それがなにか?
カカカ、〇山の魔法を見せてやる……などと言ってみたい俺がいる。
水を多めに炊き込みご飯。
魚も同時に調理します。
圧力かけて短時間で熱を通しつつ、米には少し芯を残した状態で……ここか。
うん、チートってすごい。
チーズを散らして。
そしてまた、味付け。
自然と、意識が集中していく。
足し算、引き算。
上手く言葉にできないが、頭の中で様々な数式がダンスしているイメージ。
額に浮かんだ汗をぬぐい、グリルで焼いて余分な水分を飛ばす。
なんちゃってリゾットと、魚の包み蒸し。
準ねえはなんか怒ってる。
オーナー夫妻は苦笑。
調理方法は邪道かもしれないけど……けっこう、いい出来だと思う。
さてさて、いただきましょう。
うん、いい出来だ。
クリティカルではないが、スマッシュヒットぐらいの出来。
魚の旨みを吸ったもち米って、いいよね。
機会があったら、次は鳥の包み焼きに手を出したい。
などと、1人で自画自賛してたら……。
準ねえが、全裸になりました。
女の子が見せちゃいけない表情を浮かべ、床にヘタリ込んで【武士の情け】しちゃった。
オーナーが息を呑んでいたのはちょっと嬉しい。
自分の料理が認められたような、そんな感じがする。
奥さんは肩をはだけていた。
なんとなく、目をそらす。
母親のそれとは違って、女性の肌を目にするのは少々気恥ずかしい。
なんだろう、この世界がそういうものならば、これを目的に料理の腕を磨く青少年がいるんじゃなかろうか。
『料理はパッション(エロス)だ!』とか言いながら、おもに女性客を相手にする料理人……うん、どう考えても主役にはなれないな。
そうだ、床の掃除の準備しなきゃ。
できるだけ業務的な感じに、こんなの何でもないよって感じで……それが準ねえに対する優しさ。
俺、準ねえに張り倒されました。
なんか涙目で責任取れとか言われました。
僕、5歳!
というか、まず服を着なさい。
オーナーの奥さんも、笑ってる場合じゃありませんって。
オーナーは、目が笑ってないし。
待って。
刃物はいけない。
準ねえ、落ち着こう。
クールに行こうぜ、クールに。
責任なんて言葉は、衝動的に使っちゃいけません。
責任を取るってことは、もっと地道で、日常的な行為の中に示されるものなんだ。
食は人生の基本と言うけど。
料理で、就職先だけじゃなく、婚約者までゲットできます。
この世界ってすごい。
閉店。
さすがに疲れた……といっても、基本的には後ろで見てただけだけどね。
でも、疲れたけど楽しい。
ああ、どうしよう。
また、何か作りたい。
顔に出てたのかな、オーナーがちょっと笑って言ってくれた。
「何かつくるかい?」
準ねえが、びくっと、身体を震わせた。
でも、俺を睨みつけてくる。
いや、だから別に、なんとも思ってないから。
叩かれた。
理不尽にも程がある。
残った食材で、明日に持ち越せないのは……このあたり?
などと、俺が料理を作る間に、オーナー夫妻が洗い物などをすませていく。
うん、やっぱりすごいわこの人たち。
「ふふん、うちの両親は遠月の卒業生なのよ!」
へえ、そうなんだ。
叩かれた。
理不尽にも程がある。
ちくしょう、大きくなったら、尻をペチンペチンしてやる。
いや、なんか余計に『責任とれ』っていう泥沼にはまりそうだから、思うだけにしておくか。
まあ、お互いに子供だしね。
あと数年すれば、『子供って無邪気よね』とか言っておしまいの話だよ。
さてさて、味付けはいいんだけど、やっぱり5歳児の体格だと、炒め物なんかは厳しいな。
頭でわかっていても、タイミングが遅れるというか。
グリルとか、ただ取り出すタイミングだけの加熱なら、なんとか対処できるんだけど……。
うん、できたことはできたけど、納得のいかない出来だ。
「先に食べてなさい」
そう言って、オーナー夫妻が、料理に取り掛かる。
あ、なんか本気っぽい。
作業を見ていたほうがいいかな、それとも出来上がりを楽しむべきか。
「ほら、冷めちゃうわよ」
あ、はい。
と、手を合わせていただきます。
「……ふふ、しょせんお昼の賄いはまぐれだったってことよね」
いや、準ねえ。
気づいてないみたいだけど、上半身はシャツ一枚になってるからね。
「あ、暑かったのよ!悪い!?」
などと、会話を楽しみながら食事を終えた頃。
オーナー夫妻の料理が完成した。
あ、これは美味いわ。(確信)
見ただけでわかる。
雰囲気でわかる。
微かに震える手で、一口。
っ!?
……ぶっ、はぁっ。
しばらく、呼吸を忘れていた。
全裸……だと?
いつの間に。
いや、しかしこれは……店で出す料理より遥かに。
「うん、それがなぜかわかるかな?」
オーナーが、笑みを浮かべたまま聞いてくる。
そして奥さんが、一言。
「熱すぎるお風呂に入ると、疲れちゃうって聞いたことない?」
確か、体温との差が大きすぎる故に、刺激としての神経が……。
刺激?
疲れる?
俺は、手を見た。
そして、全裸の身体を見た。
発汗。
動悸。
ああ、なるほど……。
わかった。
でも、まずは服を着よう。
準ねえの俺を見る目つきがやばすぎる。
俺は服を着て、オーナーに言った。
美味すぎるんですね?
「うん、そのとおり。美味いってことは、刺激だ。強烈な美味さは、それだけ多くの電気信号を脳に向かって送り続けることでもある」
俺は頷いた。
外食の味付けが濃いっていう理由は、そこにもある。
濃い味付けは、単純にそれだけ刺激が多い。
美味い料理は、人生を豊かにする。
だが、美味すぎる料理は……ほどほどにしないと、人生が壊れる。
家庭料理に美味さを求めてもいいが、それが疲労をまねくならどうだろうか。
「まだ未熟だが、きみの料理はすでに美味い。しかし、その美味さを使い分けることができるようになるべきだ」
うん、勉強になる。
でも、ちょっとだけ突っ込みたい。
僕、5歳!
そして、オーナーが、俺の肩に手を置き……ギリギリと締め付けてきた。
「……準の肌を見た責任はとってもらうよ」
僕、5歳!
僕、5歳だってば!
娘を思うお父さんの戦闘力は、53万です。(白目)
追記。
『準ねえは、僕のおねえさんなんだから、チャンスをちょっとだけ譲って。(白目)』
白目ではなく、上目ではないかと報告がありましたが、前世の記憶持ちが5歳児のおねだりをするという精神ダメージの意味で『白目』と表現しました。
言われてみると、そっちもありか、と新たな気づきが。
文章のリズムの兼ね合いもあり、主人公の心情表現が不十分ではありますが、微修正するにとどめます。
他人の視点というのは、書き手としての財産になります。
修正そのものを受け入れてはいませんが、誤字報告に感謝致します。