美作家の家庭の事情で、ちょっと『鬱』説明入ります、ご注意を。
さあ、やってきました修行先。
洋菓子のジャンルは、確かに新鮮で面白いといえば面白いんだけどさ。
ははは、お店の雰囲気わるーい。
ヘルプに来た俺に対する扱いもわるーい。
まあ、お店の中がギスギスしてる時に、ヘルプとして子供がやってきたら『はぁ?』って言いたくなる気持ちはわからないでもないけど。
我慢しつつ、情報を集めてみました。
うん、どう考えても、うちの母親の実家筋の店だったわ。
母親の言うところのクソ親父は、『美味いものを作れないやつは人じゃない』って感じ。
そしてクソ兄貴は、『オリジナリティ信奉者』って感じ。
そこにオリジナリティがない限り、全ては評価するに値しないってとこ。
……料理って、わりとアレンジの歴史だと思うんだけど。
まあ、自分の父親の『美味ければ……』の理念に反発して、そういう美学っぽいものを求めた結果なのかもしれない。
親の教育の歪みは、子供に連鎖していくっていう、いい見本だよね。
う、うちの母親は、立ち直ったから……。(震え声)
お酒飲んで、実家の悪口なんて、ふつー、ふつー。
さて、そんな祖父と父親に育てられたわが従兄弟、美作昴くん。
幼少期は、祖父に育てられ。
物心ついてから、父親のもとで修行。
俺が言うのもなんだけど、めっちゃ歪んでる。
いや、歪んでしまった……かな。
子供の頃は、父親から放置されてて……まあ、だから、父親に認めて欲しかったんだと思う。
そこで、『祖父』の価値観に従って、『美味いもの』を作ってしまったと。
父親の新作を、ちょっとアレンジする形で。
ああ、うん。
そりゃ、無茶苦茶になるわ。
父親の求めるベクトルとは真逆のやり方で、父親を否定する形になっちゃったから……大人げないとは思うけど、父親もまた息子を否定するしかなかったのね。
それも、全否定。
『模倣は模倣でしかなく、魂がない』とかそんな感じに。
料理に対する主義主張は多いけど、『美味さ』ってのは説得力のあるものさしになりやすい。
店の人間は、『店主が全否定する息子の方が美味しい』って認識したから……もう、無茶苦茶よ。
猿山のボスが、異物を排除にかかった状態なんだけど、配下を納得させられないわけだ、と。
で、ゴタゴタしてる間に、スタッフが1人独立、2人ほど離職。
仕事の量はそのままに、人が減ったから、疲労もたまって、余計に店の中がギスギス。
自分の息子の頭を撫でるとか、抱き上げてやりながら、『ははは、俺の息子は天才だ!この店の将来は安泰だな』などと親バカムーヴしてれば、万事オッケーだったはずじゃん。
自分の息子が、自分とは違うやり方で美味い物を作っただけで、アイデンティティが揺らぐとか……。
結局、父親も父親で、余裕がないんだろうね。
そしておそらくは、自分の父親に対しても、何か抱えてるものがあるんだろう。
よく、『親の教育に縛られる』って表現を使うけどさ、親の主義主張を鵜呑みにするのと同じぐらい、『拒絶』ってのは影響を受けている証明だから。
『美味ければ』の父親に対し、『オリジナリティ』を掲げている時点で、親子の仲にギスギスしたものを感じるけど……当たらずとも、遠からずじゃないかな。
たぶん、息子を放置して祖父に任せた件も……家庭板ばりの、ドロドロしたものがあったんじゃないかと思う。
まあ、子供の頃からうちの母親への虐待とか、実家追放とか見ながら育ってきたわけだから……同情はする。
同情はするんだけどさあ。
お母様、貴女の言うクソ兄貴は、確かにクソです。
息子を持てあまして、遠月に放り込んで、そのまま追放するつもりらしいっすわ。
どう考えても、親子の仲直りとかいう段階を過ぎてます。
出来損ないだから追放する。
自分の手に余るから追放する。
うちの母親への仕打ちと、基本のベクトルは同じなんだよなあ……。
放っておけないだろ、これは。
そう思って、俺の従兄弟である昴くんに接触。
美作家によって教育され、出来上がったのが、こちらの昴くん。
うん、外見は父親とあんまり似てないね。
ちょっと濃い感じの、端正な顔つき……かな。
体つきから察するに、まだ本格的な成長期に入ってないっぽい。
まあ、外見の話はおいとこう……ブーメランになるし。
「くくっ、結局あいつはさあ、逃げたんだよ……」
俺も昔は『僕、5歳!』を多用したけどさあ、小学生にしてこのセリフを吐かせる父親ってどうよ?
擁護できる?
まあ、5歳や6歳で、『僕はもう疲れたよ』などと、世をはかなみながら死んでいく某主人公に負けるかもしれないけど。
この店へのヘルプの話が、もっと早く来てたら……ここまでこじれなかったのかなあ。
いや、そもそも話がこじれたから、ヘルプの話がオーナーのところに来たんであって。
人間なんて、所詮万能にはなれないんだけど……俺の従兄弟なんだよなあ、こいつって。
なんとか力になりたいと思うのは自然だよな。
「ははは、美味ければそれでいいんだ。力さえあれば、それでいいんだ。料理なんて、結局はそんなもっ!?」
昴の顎を握りつぶす勢いで、そのまま壁に押し付ける。
おう、そのぐらいにしとけ。
スポーツだろうが料理だろうが、『そんなもん』扱いされていいジャンルなんてないんだよ。
おう、どこ見てんだよ、こっち見ろや。
5秒。
10秒。
それまで何も見ていなかった昴の目が、ようやく俺を見てくれた。
「……なんでだあぁぁぁぁっ!」
うん、ぶん殴られるよね。
人間生きてれば、ガス抜きは必要なんだけど。
「オリジナリティとか、偽物とか、どうでもっ……ただ、頑張ったなって……美味いって……それだけで……」
やばい、今、俺って主人公ムーブしてない?
こういう場面で殴られるだけ殴られて、相手が落ち着き始めたところで一発だけ殴って……まさしく王道だ。
努力、友情、勝利の第二ステージ突入ですよ!
2発、3発……。
くくっ、好きなだけ殴るがいい。
殴れば殴るほど、俺の主人公力が高まり、お、お前は、敗北フラグを、立てていく……んだよ。
「俺はっ、パパに、パパにぃっ……」
パパ言うな!
つーか、なんで俺が一方的に殴られなきゃいかんのだ!
やってられっか!
そもそも、殴られる覚悟は出来てんだろうな!
大人気なく、そして容赦なく。
ローキックから、関節技に移行し、最後はキュッと締め落としてやった。
うん、主人公とか無理。
あんな格好いいことできんわ。
俺って、1発殴られたら、3発ぐらいは殴り返したくなる俗物だもの。
夕陽の河原で殴り合って『ユウジョウ!』とかないわ。
そりゃ、世界から戦争とかなくならないわけだよ。
勝てばいいとか、相手の土俵にあがらないってのは、戦争のやり方だから。
父親に認められたいってことは、まず父親の何かを認めてからじゃないと話にならんのよ。
つまり、戦争じゃなくて、喧嘩。
戦争と喧嘩は別物だから、まず、喧嘩の仕方を覚えよう、な?
「……」
ああ、言っておくけど、俺とお前、従兄弟同士だから。
うちの母親、どうもクズ扱いされて美作家を追放されたっぽい。
「……マジか?」
マジよ。
俺とお前は仲間だよ、的な語りって、なんとなく後ろめたくなるよね。
やるけどさ。
ほんと、人の悪口は、コミュニケーションの第一歩とは、よく言ったもんだね。
しかし、昴は俺と同学年か。
昴も、勉強は家でやるだけで、学校とか通わずに家で修行だったそうな。
親近感覚えるわあ……。
あれ?
そういや、俺って……。
準ねえは、家族枠だし、友達とか、いない?
俺の会話する相手って……ほかに誰か……いたっけ?
ぼ、ぼぼぼ、ぼっちちゃうわ!
結婚披露宴の友人招待枠で、夫婦揃って頭を抱えたカップルとは違うんです。
ほ、ほら、料理というやり甲斐にあふれた仕事を、アットホームな職場で頑張ってる。
待って、社畜とか言わないで!
その言葉は、俺に効く……。
友情大事、超大事。
ほどほどに豊かな人間関係が、ほどほどに幸せな人生をもたらす。
俺は、昴に、手を差し出した。
母親が追放された家で、生涯の友を得る。
運命的な導きを感じるよ。(自己暗示中)
俺は、早瀬心。
いや、心だけでいい。
ただの、心と呼んでくれ。
「……昴」
俺の差し出した手を握ってくれた。
俺と昴の間に、何かがつながった。
でも、今は脆弱な糸のようなもの。
この、絆とも呼べない何かを、強靭に練り上げるためには……共同作業だ。
そのための生贄……ゲフンゲフン、そう、共通の敵。
わかりやすいな。
俺は、母親が受けた仕打ちへの意趣返し。
昴は、主人公ムーヴの、父親越え。
その、王道的なベクトルを、友情パワーで包み込めば……。
綺麗なドラマが出来上がる。
主人公じゃなくても、脇役ですらなくても、ドラマは転がっているってね。
でもまあ、その前に……確かめなきゃいけないことがある。
俺は、昴を連れて家に……じゃなかった、オーナーに会いに行った。
うん、職場に『帰る』とか、仕事場を『家』とか言い出したらやばいから、マジで。
さて、オーナー。
うちの母親の実家のことを知ってた上で、俺を修行に行かせましたね?
目を泳がせるオーナーの脇腹に、奥さんのエルボーが叩き込まれた。
うん、準ねえがいなくてよかったですね。(棒)
……えっと、大丈夫ですか?
「いや、その……心くん。『知人』の頼みで『知人の恩人筋の店』と私は言ったね?」
ええ、それが何か?
オーナーは、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「『知人』というのは、きみのお母さんのことだよ」
……。
「きみのお母さんが、美作家でどういう扱いを受けたか……想像はつく。怒りはあるだろう、恨みもあるだろう……でも、それでも……彼女にとっては実家であり、親戚で……」
いったん言葉を切り、オーナーは昴を見た。
「放っておけなかったんだろう」
出来損ないとして、追放された自分。
そして、追放されそうになっていた昴。
料理の腕がモノを言う実家で、自分にはできない、でも俺にはできる……と。
昴を、見た。
泣いていた。
ああ、確かに。
これはずるい、反則だ。
家を追放された叔母が、会ったこともない叔母が、自分を気にかけてくれていた。
昴は聡い。
そして、愛情に飢えている。
声をあげずに泣く昴を、オーナー夫妻が、優しい目で見つめている。
そして俺は、『ざまあ!』を繰り返しながら酒を飲んで騒いでいた母親の姿を思い出して、こめかみを押さえた。
あんな実家なんかぶっ潰しちゃえ……という、副音声が聞こえてくるんですけど。
気のせいかな?
気のせいだよね。
いやいや。
綺麗な母親と、醜い母親の可能性。
だったら、息子の俺は、綺麗な母親を選ぶぜ。(自己暗示中)
この世に生を受けて10年あまり。
初めて出来た友達のためにもな。
俺は、涙を流し続ける昴の肩を叩き、無理やりその手をとって握手した。
ああ、料理人の手だな。
俺よりもイケメン(主観)だけど、友達だから目をつぶろう。
なあ、昴。
これからやることはシンプルだ。
ただ勝つのではなく、相手の土俵で勝つ。
それで、仲直りするきっかけになればよし、父親の心を完全に折るもよし。
俺と昴の手で、それだけのクオリティの『オリジナリティ溢れるデザート』を作りあげる。
それだけのことだよ。
俺と昴の友情パワーは、53万です。(予定)
次で最終話なんだからね。