つまらない……
この世界は、とてつもなくつまらない
変わり映えの無い日常、光景、習慣、家族、勉強で学ぶこともテレビで知ったことも、何一つ面白みを感じることが出来ない
暮凪刹那にとって、現実は信じられないほどに空虚だった
変わり映えのしない夕日に沈む電気街の中心で、赤いランドセルが夕暮れに反射する背の小さな少女__暮凪刹那は帰路へ就く
紫紺の巻き癖のかかった長い髪に、異国の血を思わせる透き通った翡翠色の瞳には、小学生ながらに大人びた妖艶さを持ち合わせていた
彼女の容姿は望むとも望まないとも、人を寄せ付けた
校内の男子生徒の間でファンが生まれ、都内で暮らしていたこともあってか週刊誌の目に留まり、小学生ながらに撮影モデルをするようになった……所謂、”ちょっとした有名人”になった
まるで典型的な成功者の話に聞こえるが、勿論この少女「暮凪刹那」の望んだ結果でも、彼女の生きがいでもなかった
何事にも無頓着な彼女は、正に完成された人形にようであった、人形師が美しさを追求した人形を作るのならば、彼女こそが理想図となるだろう
しかし周囲から賞賛を浴びても、彼女の瞳には何も映らない
どんな群衆も、ファンも、取材にくる人間も、決して興味の対象にはならない
周囲に興味を持てず、常に無気力だった彼女を、周りは疎ましく思い始めた
当然、彼女と親しくなろうというクラスメイトなどいなかったし、今こうしているように下校の時間は独りぼっちなのが当たり前で、授業も休み時間も、必ず独りで過ごしていた
ただ、生きているだけだった
絶望的なまでに空虚な時間を生きる彼女が、もう何度となく歩いた夕暮れの電気街を歩いていると、ふと耳にした電子音と小さな集団の歓声に意識を奪われる
「ガンダム」
その言葉を耳にして、立ち止まる
目を向けた先には、通りを行き交う人々の中に生まれた小さな集まり、スーツを着た大人や学生服の人間、個々に色々な特徴を持った人の群れだった
その中心に置かれた、大型の液晶モニターを見る
「ガンダム」というワードには、何度となく聞き覚えがある
刹那の兄、暮凪恭弥が最近になってハマりだしたVRゲームのこと……仮想現実の世界で実際に宇宙空間や様々な土地へ赴き、モビルスーツと呼ばれるモノに乗って戦うゲームであること、これにハマりだした兄の学校の成績が下がり(元よりゲームは昔からやっていたのを知っているが)、母が苦言を呈していたこと
そして、今はもういなくなってしまった父も、この「ガンダム」を愛していたという話……
これ以上に知ることは彼女にはなかった
そもそも仮想現実というものが何なのかを知らず、このゲームのタイトルすら知らない刹那にとって、想像も及ばないような世界だ
これまで、幾度となく私の周りに現れた「ガンダム」という存在
何事にも興味を示さなかった私を見かねた母は、私に様々な習い事を体験させてくれたことがある
スポーツも料理も、果ては詩吟や川柳までやらされたことがある
これまで私の周りに現れたものは、どれも私にとって「与えられたもの」でしかなかった
なのに、この「ガンダム」だけは、私のすぐそばに存在していながら、その姿を見せてはいなかった……
そこまで思考し、ふとあることに「気付いた」
__これが、運命だったのかもしれない
瞳の色が変わった、何も写すことのなかった刹那の目に、一瞬だけ人間らしい「興味」という感情、自ら行動しようと思わせる光が走った、彼女がここまで一つの対象を意識したことは、自分から見ても他人から見ても、きっと初めてのことだろう。いやそのはずだと、刹那はその瞬間理解した
「気付いた」時には、刹那は”人の群れ”に歩み寄り、背丈がまだ大人たちの腰くらいまでしかない小さな体が人混みをよじって掻き分けていく
なんとか最前列(の足元)に辿り着き、高く設置された液晶を見上げた
人型の機械……モビルスーツと呼ばれるソレが砲火と閃光のに包まれた空間を飛び回る
そこへ飛び込んだ白いモビルスーツが、その右手に持つ銃のようなものを構え、一発の光の柱を放った
その一撃が、人型をした深緑色の機体……モビルスーツを撃ち抜き、白い機体が旋回、赤い目をした深緑色の機体から撃ちだされる銃弾の弾幕を潜り抜け、一閃、また一閃と光の柱を赤目に向かって放ち、その柱が機体を捉え、胴体を射抜いた
「ガンダムだ……」
その言葉が、画面に映るあの白い機体を指していることは、何もしらない刹那にも分かった
「アレは”オリジナル”の機体なのか?」
「あんな性能、”オリジナル”じゃなきゃ出せないだろ」
群衆の中から聞こえる、ゲームの専門的な会話が聞こえてくる、しかしその会話の内容よりも、刹那の目を引くものが画面に映し出される
場面が切り替わり、一人の男が現れた
白をベースに青のラインが入れられたヘルメットとスーツを着用し、座席に座り操縦桿を握る男だ
ヘルメットのバイザー越しに、ちらりと顔が見えた
見覚えのある顔だった
「兄さん……」
見間違うことはない、そこには刹那の兄、恭弥の姿があった
このゲームを兄がプレイしていることは前から知っていたが、まさか店前のテレビのモニター中継でその姿を見る時が来るとは思ってなかった
兄さんの乗るガンダムが、今こうして画面の中の宇宙を翔け、次々と他の機体を撃破していく
初めて、刹那が「興味」という感情を持った瞬間だった
そもそも、自分の意思でここまで行動したことがなかった、何かを追求したことはなかった
ゲームの中継映像を見て、心を大きく揺さぶられ、感動したというわけではない
自分の兄が深く入れ込み、事あるごとに口にする「ガンダム」
見てみたくなったのだ、体感してみたくなったのだ
小学生程度の発想ではあるが、この仮想世界にあるものに感じた感情の光を追い求めてみたいと思った
あのガンダムに……
私も、あのガンダムに……
後日、とある土曜日の昼下がり、天井を叩きつけるように降り注ぐ大雨の日だった
刹那は部屋でPCを弄る兄、暮凪恭弥に一つのお願い事をする
「どうした?刹那」
ほほ笑みかける兄の様子から小さな影を感じる、兄は誰にも本心を悟られることのないポーカーフェイスの持ち主でもあり、それもまた兄が周囲の人を惹き付ける要素の一つなのかもしれない
今日の兄からは、普段見せないような弱さを感じた、何かに迷ったような様子だった
「ガンダム」
ただ一言、そう告げた
その言葉を聞いて、動揺したのか一瞬だけ狼狽える恭弥
「ああ、それがどうかしたか?」
だが、すぐにいつもの調子になり、取り繕う
「あたしも、あのゲームやってみたい」
「ゲームって……なんで急に……」
彼の表情から先ほどまで感じていた陰りが消えた、その代わりか、今は純粋な疑問を抱え困惑している
「兄さんいつもやってるから、”気になった”の」
恭弥はその言葉を聞くなり、驚いたように目を大きく見開いた
未だに困惑した様子ではあるが、何処か喜びを感じたように「そっか」と微笑みながら立ち上がり、何やら色々なものが詰まっている本棚からいくつかのケースを取り出す
部屋の真ん中には机と座布団が、そこへ刹那を座らせると、机の上にDVDが入ったケースを一斉にぶちまけた
「まずは、兄ちゃんと一緒にアニメみよっか」
「アニメ?」
「そう、アニメだ!」
兄の不穏な空気はいつの間にか消えてしまっていた、今彼に残るのは、ただただ好きなものに没頭する少年のような目だった
「ガンダムのアニメ、最初から一気に見よう、ちょっとずつな!」
「うん」
楽しみでしかたがなかった
考えてみれば、こうして兄弟で何か一緒に同じアニメを見るなんてことが、今まであっただろうか
もしかすればあったかもしれないが、少なくとも刹那の記憶にはもう残っていない
これまで感じたこともないような高揚感が体中を満たし、呼吸するたびに肩が大きく動く
自然と笑みがこぼれた__刹那にとって初めて、自分の意思でこぼれた笑みだった
今ここにいる刹那は、誰もが彼女に抱いている”お人形”のような少女ではない、雑誌に写真が載るモデルらしい面影も、クラスで疎まれる無気力な少女の面影もない
年相応の、興味や興奮を抱く子供の姿がそこにはあった
今まで灰色の世界しか見ることのなかった彼女の瞳だが、今は違った
見えていても、それはただ通り過ぎていく灰色の風景でしかなかった刹那の瞳に、初めて色が宿った
これから見る仮想の世界……いや、ガンダムの世界を
彼女は持ちうるすべての知識を使ってそれを描いた、体に照り付ける日差しを、空気の味を、風を、匂いを
兄があそこまで入れ込み、父が愛したといわれた世界を
子供のようなそれらの妄想は__彼女自身が気付く間もなく、”現実”のものとなった
__それから6年の月日が経った
世界同時接続型のオンラインVRMMO、「GUNDAM」という名で知られたこのゲームは、世界約80か国以上の国でプレイされている
世界同時接続という名の通り、一つの広大なワールドを舞台に世界中のプレイヤーが同サーバーに同時接続して遊ばれるゲームという、オンラインゲームとしてはこれまでにない規模のものである
元は日本のアニメ作品であるが、その知名度は世界でも大きく、最新のVRハードウェアであるアストラル・デバイサーを開発しVRゲームに核心を起こしたエクシテンス・インタラクティブの手によって開発されたこの「GUNDAM」はユーザー数が億単位で存在し、同時接続数は平均で数百万人に及ぶ
脳量子波と電子的に接続し、仮想空間における人間の五感を完全再現したこのアストラル・デバイサーによって描かれた「GUNDAM」の世界は、まさにガンダムにおける宇宙世紀の世界を”現実”であるかのように錯覚させるほどのリアリティを誇る。舞台となるのは宇宙世紀時代の地球と、その周りを広大に広がる宇宙空間であり、プレイヤーは現存する勢力のどれかに所属することができる
元は連邦軍とジオン軍のどちらかの陣営に所属することができたが、現在ではジオン軍勢力が壊滅、地球連邦は2つの勢力、「エゥーゴ」「ティターンズ」に分かれて内戦が起こり、そこにジオン残党勢力や地球連邦亡きあとの国際連合組織(武力を持たないゲーム内における全ての勢力に対して力を持つ司法組織のようなものとなっている)、合計で4つの勢力が存在している、新規にゲームを始めたプレイヤーはこの4つのうちどれかを選択してゲームを開始することになる
その日、地球連邦2大勢力のうちの一角をなす同盟「エゥーゴ」の傘下に置かれた「トウキョウエリア」の港湾区画に、一隻の輸送艦が入港した
貿易ギルド「クリスタルベイン」のエンブレムが船体に描かれた水上を渡る大型の船舶だ
ギルドとは、プレイヤー同士の集団組織の中でも最小の単位であり、おもにMSを運用する傭兵部隊や、その他の同盟や勢力の経済活動を行う組織、更には外宇宙を開拓する組織などがこの「ギルド」というプレイヤーの集まりを作っている
このギルドは所有する船舶を各勢力に貸し出し、貿易を行うことで利益を上げている中堅規模のギルドの一つであり、他の大規模な貿易ギルドのように他勢力の息のかかっていない者たちでもある、この極秘貨物を運ばせるには適任だったのだろう
その船舶を護衛するように、4機のMSが波止場にて立ち尽くしていた
MSA-003”ネモ”、原作作品であるガンダムで登場した、エゥーゴという組織によって運用されたモビルスーツである
長身のジムライフルを携え、およそ12メートルほどの大型のシールドを左手に構えている
彼らはこの日の輸送艦の入港を防衛するためだけに、今回召集されたユナイテッド・ステイツ傘下の小規模ギルドのMS部隊である
合計で8機のネモを所有しているそのギルドは、4機が波止場で周辺の警戒、2機の別部隊が外洋で巡回し、残りの2機が格納庫待機という編成であった
「なぁ、コレ俺らいる意味あんのかな?」
周波数を限定した通信、オープン回線ではなく、モビルスーツが一対一で会話する際に利用する個別通信で飛んできた一人の男の声
格納庫にて待機していた二機のネモの間で、その会話は行われた
「いや、理由なんてどうでもいいんじゃないか?報酬も貰えるんだし」
「こんなつまらねぇ依頼で小銭稼いでるのなんて俺らのギルドぐらいじゃないか?ほかのプレイヤーはみんなドンパチやってるってのに、俺らはこんな安地で意味のない警備だよ……全く、全然面白くねぇって」
男はいかにも気怠そうに答えた
「こっそりログアウトして別ゲーいこっかな……なぁイタルよ、タムリエルオンラインとかどうだよ?」
「いや!それは不味いだろグラン!」
グラン、小さな体躯とチリチリ頭が特徴的なその男の誘いをイタルは強く否定した
イタルはグランとは正反対の高身長で、髪も癖のないサラサラとしたものだ
「何言ってんだよ……せっかくガンダムの世界を再現した仮想世界だってのに、まともにドンパチもしないでコクピットにいるだけで数時間潰すとかさ、あの超ダルいモビルスーツの操縦訓練を終えたってのに、これじゃなんのためにこのゲーム買ったか分かんないぜ……ああ、こりゃ返品だな、明日にでもやめるかな、やってらんねーわ」
悪態を付くグランに、イタルは小さくため息をつく
格納庫にて待機するネモには、腕と足に白い縦に伸びたラインが引かれている
ギルドのメンバーには「初心者プレイヤーには乗る機体に塗らせるんだよ、初心者マークみたいなもんさ」と説明された
”シロオビ”と呼ばれる者の証であるこの白線は、初心者でグランとイタルを蔑称するものだった
「俺らはいつまで”シロオビ”呼ばわりなんだろうな、まぁ実際モビルスーツに乗って戦うの面白いけどさ、少なくとも入るギルドはまちがえたよな?頃合いを見て他のギルドか同盟の大きい部隊に行きたいな、もっと最前線でドンパチしたいわ」
「確かにな……」
リアルなガンダムの世界を描いた「GUNDAM」というゲームに惹かれて、9800円という値段で購入、もう7年以上も前のゲームだが、これでも安くなったほうだといわれている
しかし、ゲームを始めてみれば思いのほか「モビルスーツ戦闘」を行う機会は少なかった
そもそも、MSの操縦自体がある程度の訓練を積まなければまともに戦闘できるものではないため、どのプレイヤーも初めは所属した勢力ごとにモビルスーツの操縦訓練をしなければならない、これは強制ではないものの、少なくともモビルスーツパイロットとしてこのゲームをプレイするためには必要である
とにかくシステムが優しくないのだ、ミリタリー系統のゲームで例えるなら、銃と装備を渡されて最初から撃ち合いができるFPSではなく、怪我や出血の概念、銃弾の当たり判定やそれによるHPの減り方の違いがあるリアル趣向な玄人向けゲーム、そういったイメージだろう
そんなやりづらいシステム故に、プレイヤーの年齢層も高いほうではあるため、オンライン上では割と普通に会話できる相手が多い、ネットゲームでよく目にする誹謗中傷ばかり発言する者や、過度な煽りプレイ、MS戦闘以外での過度な殺害行為などは、最初のイメージよりは少ないほうではある
もちろん同盟同士の争いの最前線では、MSが生身のプレイヤーを殺害するようなことも起こるが、ガンダムの世界を忠実に再現したというだけあって、そこはどうしようもないだろう、実際多くのプレイヤーが「このゲームは競技性のあるものではない」と語っている
「つまんねーよな、もっとガチなモビルスーツ戦闘がしたいってのに……あー、なんかテロリストみたいな連中でもここを襲ってくれればいいのによ」
故に、グランのこういった気持ちは痛いほどイタルには伝わった
グランもイタルも、実はリアルでは同じ高校の同級生である、年齢層の高く、システムがあまり優しくないこのゲームは彼らには物足りなさを感じさせる内容だった
イタル自身、モビルスーツによる闘いを心の奥で強く望んでいたのだ
グランの悪態はその後もグチグチと続きうるさくてたまらなかったが、止めるのも可哀想に感じたイタルはただただ黙ってうなずくだけだった
そんな苦痛に近い時間は、そう長く過ぎる前に一本の無線通信によって断ち切られた
『シロオビ、応答せよ。こちら哨戒チームの02だ』
ずっと反応もなかったチームチャットから流れる哨戒チームのネモ、02機のパイロットの音声だ
「こちら……待機チームです、どうかしましたか?」
シロオビ、と自分から答えそうになるのをイタルは躊躇した、自分から蔑称を名乗るのは癪に感じたからだ
ギルドのメンバーからいじめを受けてるわけではなかった、寧ろお互いガンダムファンとしてよい交流をしているとイタル自身は思っているが、こういった部分でチーム内の亀裂を感じていた
『哨戒網に所属不明のMS群の反応だ、あと04の反応も消えてる……ただの通信不良ってわけじゃなさそうだ』
04、同じく哨戒チームのネモの機体番号だ
チームチャットの反応がないということは、なんらかのジャミングを受けた場合か、或いは機体そのものが破壊された場合だ
前者の場合であれば、音声通信が駄目な場合でもプレイヤー同士のメール機能を使えば文章のやりとりはできる、しかし後者の場合、戦闘中であれば文章を送る余裕もないだろうし、最悪”死亡”した場合であれば、プレイヤーは自分の所属する勢力の病院でリスポーンする、この場合戦闘地域にいるプレイヤーにメール送信は出来ないため、チームメイトは仲間の死を目視しなければ確認すら行うことができない
『本部隊へこちら02、04の反応途絶、恐らく撃破された可能性がある』
『こちら01、了解した……シロオビたちは格納庫を出て我々と合流だ』
01、隊長機の指示に従うように、スリープ状態の機体を起こし、ゲートを開けて外へと出た
ガシャンガシャンと、二機のネモが地を鳴らすようにして走り出す
「おいおいイタル!どうやら俺の願いは叶ったみたいだな!?凄くないか?俺の予知能力よ!!」
これから始まるであろう__長く待ち望んだ本当の闘いが、恐らくだがこれから始まろうとしている、グランはその予兆に心を躍らせ、有頂天になっている
対するイタルは、高揚感もあれど、自分があっけなく敵に打ち倒されてしまうのではないか、もしコクピットをビームで撃ち抜かれたらどんな風に”死亡”するのか?いや、死亡することに関するシステムは知っているので、”どう感じるか”になるのだが、とにかくそういった不安な気持ちが彼の頭の中をめぐった
そんなイタルの不安をどう感じ取ったのか、グランは何かを察したように励まそうとする
「大丈夫だって、所詮ゲームはゲーム、やられるかもだけど楽しく行こうぜ?」
「あ、ああ、そうだよな」
そうして、二人は戦いの舞台へと歩きだす
もういつの間にか慣れてしまったモビルスーツの歩行音とその振動、もしかすれば急にこの足取りが止み、何が起こったかもわからないまま倒され、コクピットが焼かれるかもしれない
そんなような悪いイメージばかりが先行してきてしまう、しかしそれでも進むのを止めない
自分が少し心配性すぎるのは理解している、だが同時にこの戦いを何処か楽しみにしていたような自分も、イタルの中にはあった
港湾区画では既に戦いが始まっていた
炎上する三隻のMS輸送艦と、その横で倒れる二機のモビルスーツ……03と05のコードネームを割り当てられていた隊員の機体が、無残にコクピットを鉤爪なようなもので引き裂かれ、打ち倒されていた
その残骸を見下ろすようにして、一機のモビルスーツ”MSM-07”「ズゴック」
方幅の広い首なしの人間のようなシルエットを持ち、頭部には周囲360度をすべて目視できるモノアイカメラに、腕には3本の爪を持つ
胸部と腕部の装甲には”都市迷彩”が施されたその機体の風貌は、それが隊長クラスの機体であるということを認識させてくれる
隊長機のズゴックに続き、3機のズゴックが水中から這い上がり、港湾区画の地にたどり着いた
そのうち一機のズゴックが高く跳ね上がった、スラスターを勢い良く吹かし、より内陸へと進みだそうとする
しかしそれは、一本の光線が飛び上がった機体を貫いたことで阻止される
内陸側のコンテナ群に、その光線を放ったモビルスーツ「ネモ」がライフルを構えたまま立ち尽くしていた
「01、こちら06。目標を補足した……上陸したのは4機、全部ズゴックでそのうちの一機を狙撃に成功、だが恐らく他にも居るはずだ」
『01了解、攻撃を続行せよ、とにかく数で上回られた以上一機でも多く敵を減らすんだ』
指示を受け、ネモはシールドを左腕に装着し、スラスターを吹かして飛び上がった
敵との距離はそう遠くはない、ビームライフルの射程圏に収まっているズゴックに向かい、一発、また一発とビームを放つ
初弾が隊長機の左腕に命中し、膨大な熱量を持った光線により関節は溶かされ、鉤爪のついた腕が削ぎ落とされる
一斉にズゴックたちがあわてて散開し、各々が腕部に備え付けられたメガ粒子砲を放つ
左右両方に散ったズゴックを目で追いつつ、ネモは孤立した一機のズゴックを確認し、それを目標と定めた
判断は素早く、着地したネモは孤立したズゴックめがけて突進、メガ粒子砲を盾で受けながら建物の影へ、他のズゴックたちの死角に回り込みながらビームライフルを放ち、見事ズゴックの肩口に命中させ、腕を焼き切った
反動で跪いた隙きを付き、ライフルを投げ捨て、スカートアーマーに装着されたビームサーベルを引き抜く
立ち上がろうとしたズゴックの特徴的な頭部モノアイを、サーベルの放つ圧倒的な熱線が貫き、動きを完全に停止させた
「06、一機撃破!」
06のコードを持ったネモのパイロットが、一瞬だけ安堵の息を漏らした
それはほんの3秒か4秒だっただろう、何かを成し遂げた人であれば、誰でも作ってしまうようなほんの数秒の隙きだった
『……もらったァァ!!』
オープン回線で混線した一瞬の通信、06に困惑の表情が生まれる
目の前の格納庫の壁が打ち破られ、モビルスーツが飛び出す__先ほど腕を焼き切ったズゴックが、残った右腕の爪をネモの頭部に突き立てた
頭部の装甲は、頑丈な爪を突き立てられても耐えるほど頑丈ではない、頭部カメラがまるで豆腐のようにぐしゃりと潰されてしまう
06は機体を後ろに後退させて、もう一度高く飛び上がった
追撃のメガ粒子砲を受けながらも海側へと退避し、身を隠す
「頭部損傷、メインカメラが逝ったか……01、こちら06、機体損傷大、撤退し__」
言葉は遮られ、06は呆然と空を見上げた
彼が見上げたそれは、水中から飛び出し、その特徴的な大きな頭とズゴックとは違った逆三角形の体躯を持った機体
MSM-04”アッガイ”、ジオン公国軍で初期に運用された水陸両用モビルスーツ
腕部に収納した爪を剥き出す、06が何か対応をとろうと考える猶予を与えること無く、それはボディーブローを食らわすようにしてコクピットを貫いた
『無事か?』
そう問いかけたのは、先ほどの都市迷彩を胴体に施した隊長機体のズゴックだ
アッガイは爪をコクピットから引き抜き、潰したネモを跪くような姿勢で波打ち際に寄せながら答えた
『ああ、だが今のコイツは……実戦慣れしてるやつの動きだった、射撃も正確だったし、何よりあの状況で孤立したズゴックを追い込んだ時の判断の素早さ、他の奴とは違ったぜ』
『それは同感だな、俺等の知ってる”日本人”プレイヤーはもっと強かったはずだからな』
日本人プレイヤーが強い
VRMMOというジャンルが始まり、現在に至るまで__そうでなくともそれ以前から、日本人はオンラインゲームという舞台においてどのようなゲームでも平均的なスコアが高いことは知られていた
『GUNDAM』の世界においても、日本人のモビルスーツパイロットという存在は一年戦争が行われていたころから知られていた
その後ジオンが亡くなり、連邦が内戦状態になった後も、古参の日本人プレイヤーたちは傭兵となり、個人で保有するモビルスーツを駆り、世界中の戦場に現れては数々の戦果を挙げた
故に今日この日、トウキョウエリア襲撃を決行した彼らの部隊は、かなり念入りに準備をして臨んできたのだ
しかし迎え撃ったイタルたちの部隊は、それほど戦歴のあるわけでもないような出来立ての部隊であり、彼らにとっては物足りないくらいの戦力でしかなかった
『やっぱり、Noob相手じゃこんなもんだな。日本人で強い連中が多かっただけで、やっぱりNoobはNoobだ』
「なぁ、あれって……」
港湾区画に到着したグランとイタルが目にした光景は、自分たちの想像をはるかに超える惨状だった
搬入路とコンテナ群のブロックは至る所が炎上し、波打ち際に佇んでいるネモの残骸(先程アッガイに撃破された06)がその戦闘の悲惨さを物語っていた
「ヤバいだろコレ……俺たちでなんとかできる相手じゃない……」
「いやいやいや!これこそまさに待ち望んだ展開でしょ!?なんかゲームのチュートリアルみてぇじゃん?」
イタルに対してお気楽なことをぼやいているグラン、そんな彼を横目に、イタルはある光景を目にした
「あれ見ろ!隊長だよ!」
その視線の先に見えたのは、燃え広がるいくつもの格納庫と、その中心でビームサーベルを構えた片腕のネモだ
鋭い爪で引きちぎったような傷が各所に見られ、足元には一機のズゴックが横たわっている
恐らく隊長が撃墜したものだが、それ以上に隊長を取り囲むようにして多数の水陸両用MSがいるのが分かった
「隊長!イタルです!現場に到着しました!」
『駄目だ!撤退して援軍を要請するんだ!ここはお前らで戦えるような場所じゃない!』
通信越しに隊長の必死な声が聞こえた、勿論ここまできて帰るつもりもないし、そもそも隣にいるグランはどっちにせよ戦おうとしている以上、見捨てるわけにもいかなかった
「やります、俺たちも!」
「先に行くぜイタル!」
えっ__
突如、バックパックスラスターを点火させて勢いよく跳躍したグランの機体が、イタルが制止する間もなく隊長の傍へと飛び込んでいった
「おらおらぁ!!一匹残らず撃墜してやるってよぉ!!」
空中からマシンガンのオート射撃を降らせ、まずは単独で行動していたアッガイに向かって降下していく
アッガイはそれを避けるようにして回避するが、幸か不幸か、まぐれなのかグランの才能だったのか、マシンガンの弾丸がアッガイの両足を粉砕した
『冗談だろチクショウゥ!!』
「……っへ、やった……やったぞ!!」
ガスン!と大きな地響きを鳴らして隊長の傍へと着地、両足をなくし横たわったアッガイに銃口を向け__
グランが、引き金を引く
「死ね死ね死ね死ねぇぇ!!」
高速で撃ち放たれる弾丸が、金属特有の重低な炸裂音を響かせながらアッガイの装甲を撃ち貫いていった
やがてマガジンが空になったのか、カチカチカチと空回りする撃鉄が音を鳴らし始めて射撃が止んだ
アッガイは機能を停止させ、ぐったりと体を沈めるようにして動きを止めた
「……勝った」
その一瞬にして、グランは自分が初めての実戦というものを経験したと自覚した
そこで初めて勝利というものを実感した
「ッ……!!おいイタル!勝ったぞ俺はっ__」
グランが勝利に酔いしれ、歓喜した瞬間
その隙を突いて、接近する影が二つ
通信モニタに向かって騒ぎ出したグランの表情が、コクピットに響いた熱源接近の警報アラームによって曇らされる
咄嗟に機体を振り向かせ、姿勢を低くしてシールドを構え防御態勢を取る
しかし攻撃はグランではなく、隣にいた片腕のネモに向けられる、ネモのコクピットに右腕の鉤爪を叩きこんだズゴックが、大きく爪を開き、メガ粒子砲の銃口を突きつける
装甲が剥がされたコクピットブロックはもはや丸裸同然であり、中でもがいていた男の姿が見える
しかしその男が機体から抜け出すのを待つこと無く、ズゴックはメガ粒子砲を放った
「隊長っ!!」
『次はお前だっ!!』
振り返るようにして左腕の鉤爪をグランの乗るネモに向かって突き立てるが、運よく防御が間に合い、背後から突き立てられたズゴックの鉤爪を受け止める
グランも反撃に移り、弾倉を交換していないマシンガンを頭部モノアイにむけて勢いよく叩きつけ、バックステップで距離を取る
「グランっ!そこを離れろ!」
イタルがその渦中へと飛び込み、殴りつけられ怯んだズゴックに向かいビームライフルを放つ
放たれた熱線が推進バックパックを貫通し、爆発を起こす
立て続けに撃ち込んだビームが胴体に何度も命中し、3発目のビームがついに装甲を貫いて機体の中心に大穴を開け__爆発
容赦なく機体が真っ二つに破裂し、その火の手が自らの機体に降りかかる、しかしモビルスーツの巨体を形作るパーツは頑丈であり、多少の火の手であればびくともしない耐熱構造を持っているため、視界を一瞬奪われた以上に被害はもたらさなかった
「ありがとうイタル!」
「無茶しすぎだって!!危なかったぞ!!」
イタルの必死な様子に多少気圧されたグランも、少し反省するようにして「すまない……」と彼に謝罪の言葉を加える
「でも隊長が……」
「もうどうしようもないよ……」
グランは隊長の元へ駆けつけるためにここへ飛び込んだ
その隊長を、助けられてなければ意味がないのだ、最早隊長を失った以上、この場所をなんとかして抜け出すしか無い
「脱出しようグラン、やられたら失うものが大きすぎる」
このゲームには、死亡時に課せられるペナルティがある
まず死んだMS戦闘で死亡したプレイヤーは、乗っていたMSが大破すれば回収するまで永久にロストすることになる、他のゲームと違い撃破されたMSはきちんと修理を受けなければならない
次に、戦場で死亡した場合、再復活する場所が”自分の所有する物件がある都市、またはコロニーにある病院”か、”自分が一番最初にゲームを始めた都市の病院”のどれかに飛ばされてしまう。前者はゲーム内で自分の暮らす物件を持つプレイヤーの場合、物件を持たないプレイヤーは後者になる
これをRPGに例えるなら、敵に倒されると一番最初の村の教会で復活するというのと同じ意味である。
これがかなり不便で、地球に家を持つ男が宇宙で死んだ場合、地球にまた戻されてしまうためにまた宇宙へと戻るという手間が発生する
このゲームにはワープの類が一切存在しないため、移動にはかなりの手間がかかる。更に復活した際に”治療費”として所持金をかなり多く持って行かれる、はっきり明記されてるわけではないが、所持金の4割から最大7割は失われる
更に失ったMSの修理にかかる費用、失った装備品を補填するのは個人ではかなり厳しい
軍属のプレイヤーであれば一切の金銭的心配は必要ない(完全に負担をしてくれるから)ものの、治療費に関しては絶対自己負担であるため、なんにせよペナルティが大きすぎる
これは初心者やライトゲーマー、またはこの世界で商業やMS開発、整備などのサポート職を担うプレイヤーには優しくないため、新規のプレイヤーがあまり増えない理由の一つでもあるが、それでも戦場のリアリティの高さや、ガンダムファンを引きつけるような宇宙世紀を再現した世界というだけあってプレイヤー人口はかなりの数を保ち続けているし、例えMSに乗らなくとも、このような厳しい難易度のお陰か先ほどのようなサポート職を自ら進んでやるようなプレイヤーが多数出てくる理由の一つにもなっている
「そうだよな、これだけ騒ぎがあれば俺ら以外の防衛勢力が出てきてくれるだろうし、貨物は守れないかもしれないけど……」
トウキョウエリアの港湾区画を防衛していたのは自分たちの部隊だったが、何もトウキョウにいるモビルスーツ隊が自分たちだけという意味ではない、他にも防衛に当たる戦力がトウキョウにはいるはずだった
しかし彼らからの連絡は今のところない、この戦闘に気付いていないということはないだろうから、恐らく別エリアにおいても戦闘は発生しているのかもしれない
*******
「不味い、撃墜されるっ!」
アッガイのアイアンネイルの刺突をシールドで受け止めたものの、それはシールドを貫通し、ネモのマニピュレータごと潰してしまう
振りほどこうにも、腕にまで到達した爪は簡単には引きはがすことができない
「グランっ!!」
機体を反転させ、グランに取り付いたアッガイに向けてライフルの引き金を引くが、粒子残量の尽きたライフルの銃身から小規模のスパークが発生するのみで、それ以上に何も起こらなかった
__弾切れだ
「それでもっ!!」
ライフルを投げ捨て、スカートアーマーからビームサーベルを引き抜き、それを突き立てる
一本の光る熱線が堅牢なアッガイのコクピットブロックを焼き切り、左半身にかけて振りぬいた
「助かった!!」
勿論相手はこのアッガイだけではない、今こうしている間にも他のモビルスーツの弾幕を浴び続けているのだ
シールドを持っていた左腕がメガ粒子砲によって吹き飛ばされたグランが慌てて後ろに跳躍する
「グラン!そっちは駄目だ!」
「えっ……」
着地した途端、右脚関節をメガ粒子砲が貫き、グランは姿勢を崩してしまう
動きを止めたネモは格好の的になる、無理やりにも体を起こそうとバーニアを最大出力で噴射するが、機体推力の要であるバックパックを撃ち抜かれ、大爆発を起こしながら転倒した
「うわぁぁああ!!イタル助けてくれぇぇえ!!!」
バックパックは推進剤を多く搭載している故に、破壊されれば大爆発を起こす
ネモは頭部と両腕を肩から無くしてしまいながらも、コクピットブロックだけが綺麗に残され、それはコンクリートの地面に何度もぶち当たりながら転がっていく
「グラン!おいグラン!!」
「……おえ__……ぇぇ、なんだっ__た__よ今の……」
雑音交じりにも、こちらの呼びかけに反応があった、どうやら生きてはいるらしい
敵も両腕両脚を失ったグランに脅威を感じなくなり、コクピットを破壊することなく__
__今度はイタルにヘイトが集まる
「やっぱそうなるよなッ……」
建物を盾にしながらスラスターとバーニアだけで浮遊移動を行い、後方へと下がっていく
敵がこちらの軌道めがけて撃ち込まれる砲撃が、様々な建物へと命中し、崩していく
『逃がすな!追いかけろ!!』
「グラン……アイツは生きてるっぽいな、あのまま逃げきれればっ……」
コクピットブロックのある胴体部分が、四肢の付け根と首から上から火を噴きながら転がって行ったのを見た、ネモは球体型のコクピットを採用した最新の「ムーバブルフレーム」構造を取っている、パイロットの安全性が敵の使うジオンの水中機体より高いはずだ
イタルも”上手く撃墜されて”逃げようとも考えた、がその考えをすぐ愚策と判断し選択肢から捨てた
奴らはパイロットまで殺す勢いで襲ってきた、グランは運がよかっただけだが、隊長や他のみんなは機体が動かなくなったあともコクピットを破壊され完全に封殺されていた、自分も下手をすれば同じような目に合う場合がある
『捕まえたぞ!』
一本のアイアンネイルが腕に突き立てられる、グランを背後から射撃したズゴックのようだ
片腕を掴まれ、身動きを封じられる
ズゴックが空いたもう一本のアイアンネイルを閉じ、鋭く尖った腕をイタルに向けて振り抜く……その瞬間
「まだ終わってない!」
握りしめたままのサーベルから、もう一度粒子状ビームを抜き出す
咄嗟の判断で掴まれた自分の腕を右一線に切り裂き、体を後ろにそらして振りぬかれたアイアンネイルを紙一重で躱す
『そんな馬鹿な……どうやってこの一瞬でそんな判断をッ!!』
「うおぉぉぉおおおッッ!!!」
右半身に構えたサーベルで袈裟切り__左半身から右斜め下に向かって切り裂いた
ジリジリとズゴックの耐水装甲を引き千切るように焼き切り、真っ二つに割れた機体がスパークを放ちながら爆散する
核融合炉を主電源としたモビルスーツの爆発は凄まじく、その時の姿勢の不安定さもあって機体がバランスを崩して後ろへ吹き飛ばされる
「不味い……システムダウンか」
風圧で姿勢を崩し、機体が横なぎに倒れてモニターが赤く点滅、機能停止を知らせる警報音が鳴った
カメラとの接続が壊れたのか、モニターには砂嵐が走っているせいで機体の詳しい損傷状況がわからない、システムの自動復旧まで数分かかる……もはやこの機体でこれ以上の戦闘は不可能だろう
装甲はボロボロだろうし、下手をすれば四肢を失ってしまっているかもしれない(既に左腕は敵の刃によって傷つけられていたが)
「……ッ、さすがにここまでか……」
小さく舌打ちをして見せるが、決して自分に不甲斐なさを感じたとか、もっとうまく戦えただろうという後悔がある、というわけでもない
寧ろここまで奮戦した自分を少し誇っているし、そうそうに離脱したグランと今敵を自力で撃破した自分を比べて、内心ホッとしていたりもする
イタルは座席下の脱出装置に手を伸ばす、脱出装置は映画やドラマなどで見る航空機のものと同じような、よくある形のものだった
具体的にイメージするならば、エネミーラインの序盤で出てきた米軍戦闘機のモノにそっくりだとイタルは感じている
「一度コレ言ってみたかったんだよな……ベイルアウトッ!!」
脱出装置を起動させると、コクピットハッチが開いて内部隔壁が小さな爆発を起こして吹き飛ばされる。座席は全天周モニターの骨組みにもなっているポッドごと射出され、機体の手前に転がり落ちた
落下の衝撃で体を揺さぶられながらも、シートベルトを外して外へと飛び出た
「ここ、さっき船が入港したドッグじゃないか」
ポッドから脱出し、しばらく方向もわからないまま歩きさまよっていると、どうやら自分がまたもや海側のエリアに戻ってきていることに気付く
そこはイタルたちの小隊が護衛していた船舶が入港したドッグだった
荷下ろしがある程度進んでいたようで、かなりの数のコンテナやモビルスーツのパーツのようなものが辺りに置かれている
イタルはそれらの物資一つ一つに目を配りながらドッグのなかを歩き出す、するとしばらくしないうちに聞きなれない人の話し声が聞こえてくることに気付いた
「おい、本当にこれ動かせるのか?」
「セットアップさえ完了すれば動かせるだろ、3機もあるから時間はかかるけど、最悪頭部と胸部だけ持ち帰れればいいって”アシュラ”が言っていた……俺らの目的はコイツの中にあるシステムだそうだからな」
彼らは貨物の中にあったモビルスーツを奪おうとしている、恐らく俺たちの守っていた本命の貨物とは彼らがいま奪おうとしているモビルスーツのことだろう
イタルは小隊の皆が守ろうとしたそのモビルスーツが何なのか興味を持った
「3機あるなら、1機を奪ってしまえるだろうか……」
こちらから様子を伺う限り、見えるのは4人のプレイヤーだけだ
あの数であれば、もしかしたら……
そんな考えが頭をよぎった瞬間だった
__ガシャン!!
梱包された箱の上に身を乗り出した瞬間、傍にあったバケツの”オブジェクト”に衝突し、それは現実であればそう大きな音にはならないはずなのだろう、ゲームエンジンの仕様上仕方がないというか、物理演算の”バグ”のようなものと言えばいいのだろうか……あらぬ方向へとバケツが跳ね返り、騒音を立ててしまう
過去のPCゲームなどではお馴染みの”アレ”である
「だれだっ!!」
「まだ生きてる一般プレイヤーかもな、俺が二機目のセットアップをやっておく、みてこい」
ぞろぞろと、3人のプレイヤーが各々に武器を構えて音の発生源である自分の場所へ向かってくる
早くこの場を離れなければ、見つかって何をされるかわからない__先ほどの会話を聞く限りなら、ここにいた一般プレイヤーを殺害している可能性もある
しばらく様子を見るつもりだったが、イタルは護衛のいなくなったモビルスーツのほうに向かって駆け出した
コクピットに残っていた作業中の男が足音に気付いて振り返るが、彼がコクピットから飛び出てくるよりも先に、既にハッチの開いたもう一機のモビルスーツに乗り込む
「うわ、これなんだ!?全天周モニターじゃないぞ」
シートに座り直してベルトを締める、既に電源がついていたコンソールを操作し、ハッチを閉める
「おいお前!誰だか知らんがそっから出てこい!!」
「だれが出てきてやるもんか……」
モビルスーツの各部位の動力が完全に起動したのを確認し、ペダルを強く踏み込む
オート動作で機体が起き上がり、ハッチに張り付いていた男を振り落とした
「せまっ苦しいなここ……見た感じ旧世代MSじゃないか」
最新の機体であれば全天周モニターが完備されているはずだった、そのようなシステムを備えたモビルスーツはまだ量産され始めたばかりであったが、ジムⅡやネモ、ハイザックなどの全天周モニターを持つモビルスーツは各地で使われている
先の戦闘で戦ったような、あの規模の制圧部隊が奪うほどのものが、こんな旧世代機体だったというのだろうか
「これ、どんな機体なのかまだ確認してないよな」
コンソールを操作し、機体情報を開いてみる
「おい……この型番って」
機体図面とともに表示される型番を読み上げる
そこには「ガンダム」シリーズの機体につけられたRXの文字が映っていた
「RX-80、”ペイルライダー”?」
残念なことに、イタルはいくつかのアニメでガンダムを知るばかりで、そこまで宇宙世紀シリーズの機体には詳しくない
彼はこのペイルライダーの出典作品が何なのかわからなかった
「とにかく武装は……バルカンと、ミサイルポッドがあるのか」
火器管制システムをチェック、今使える武装を確認してみると、殆ど弾薬の入っていないバルカンと、撃ち切って使い捨てるミサイルポッド、ビームサーベルが2本と、心許ない武装ではあった
「とにかく、ここを抜け出すことが優先だ……」
周囲は大量の貨物で囲まれており、歩いて抜け出せるようなスペースはない
サーベルを抜き出し、天井目掛けて飛びあがり得物を突き立てて屋根を突き破る
「凄い……機体の推力が旧世代のものじゃないよ、コイツ」
ネモやそれ以下の量産機体のレベルではない、このガンダムと同じ「RX」の型番を持つモビルスーツは、今までイタルの載ったことのないような破格の性能を誇っている
周囲を見渡せば、先ほどの武装勢力が攻撃した炎上する港全体を眺めることができる
そこには何機かこちらを見上げてくるモビルスーツの反応があり、ペイルライダーのセンサーがそれらの位置情報をオートで表示しいてくれる
「システムのアシスト機能……素の性能じゃなくて、誰かがカスタマイズしたモジュールを積んでいるのか」
既に誰かが使い込んだ機体であれば、”モジュール”と呼ばれるカスタマイズパーツが積まれていることがある
モビルスーツは搭乗者に合わせてカスタマイズされることが多いため、長く使われ続けた機体であればそのような改修を受けた形跡がある場合が多い
空を舞うこの機体に向かい、メガ粒子砲が数発放たれる
重力下の空中機動で攻撃を避けるというのは簡単なことではない、しかしこの機体はそれを難なくこなし、ネモよりも軽やかな動きで攻撃を躱した……イタルはこれが自身の力ではなく、これもまた機体の性能によるものだと確信した
やれる、このモビルスーツであれば___
「まずはお前からだっ!!!」
機体を下方向に傾け、バルカン砲を発射しながら一気に急降下する
目標である手負いのズゴック__先ほど苦戦を強いられた隊長機は、残った片腕で身体を守るようにして後退していく
「隊長をやらせはしない!!」
隊長を守るように出てきた新手のゴックが胴体に設置されたメガ粒子砲をチャージし始める
「そこを……どけよ!!」
もう一本のサーベルを引き抜き、全速力で正面から突撃をする
こちらの動きに焦ったゴックは、チャージしきる前にメガ粒子砲を放つ、その時距離は数百メートルしか離れておらず、弾速を考えてもペイルライダーは避けきれないはずだった
「なんだとッ!?」
ゴックのメガ粒子砲が空高く一直線に放たれる
出力不足の不完全な粒子砲の射線上に、もうペイルライダーの姿は何処にもなかった
「どこに消えた……ぐわっ!!」
粒子状の熱線がゴッグの両肩を貫く
背後へと回り込んだペイルライダーの2本のビームサーベルが、両肩から胴体を一気に焼き切った
「すごい……この機体、本当に俺が操縦してるのか……」
操縦系はネモより複雑に感じたが、こうして戦闘しているとまるで”自分の意識で操縦している”感覚だ
機体が自分の思った通りの動きを再現している、そんなレベルだった
これまで感じていた”機械を動かしている”というような感覚ではなかった、実際に四肢が自分のもののように動かせている
気が付けば機体の各所から、赤く輝いている粒子が放出されており、コンソールモニタには”HADES”と表示されている
知らないうちに起動した謎の”HADES”というシステムが、どうやらこの機体の機動性を一時的に強化しているようだった
「これ……どうなってるんだ、強化システムのようなものなのか……」
そんなシステムがあるのかすら自分でもよくわかっていない、しかしこのシステムを使えばあの隊長機を、それに続く別の機体も、全て一掃できるとイタルは確信した
「次こそお前をッ!!」
機体を反転させ、もう一度あの隊長機に目標を合わせる
ブースターを限界まで噴射し、一気に間合いを詰める
片腕から発射されるメガ粒子砲を躱しながら、脚部に装着されたミサイルを発射、6発の弾頭がズゴックの各部位に直撃し、動きを完全に封じる
「……死ね」
次第に、イタルは感情的になっていく
__壊せ、壊せ、壊せ
ゲームとはいえ、これほどまでに現実味をもたせる戦場であれば、勿論戦いの最中に気分が高揚することもある
それでも、イタルはどちらかというと心配性が過ぎる性格であり、どのようなゲームでもあまり暴言を吐くようなプレイスタンスではなかった
「死ね……死んでしまえ………」
意識が”喰われていく”
HADESが起動してから数分ではあるが、イタルの表情から冷静な色は既に感じられない
イタル自身に自覚はないが、この機体にまるで意思があるかのようだった
__この機体は、”HADES”は破壊を求めている
「死ねないのならッ!!」
少しでも前に踏み込めば互いが衝突する距離にまで接近し、振りかぶったサーベルを縦に振り下ろす
ズゴックが咄嗟に動かした片腕でそれを防ぐが、圧倒的な力でもって呆気なく腕を切断されてしまう
「俺が殺してやるよォ!!」
両手を失い抵抗する力を失ったズゴックに、更に2本めのサーベルを胴体に突き立て、横一線に振り抜いた
最後の一撃を受けて、壊れた人形のように手足を投げ出しながら機体が地面へと転がり、やがて爆発を起こす
__まだ足りない、俺が求めていた戦いはこんなに呆気ないものじゃない
それはイタルの本心だったのか、それとも”HADES”の見せるシステムの意思なのか
”HADES”は未だ、その機能を発揮し続けている
次々と視界に写り込む敵の影、自分を脅威だと認識した彼らは、何としてでもその動きを止めようと躍起になって襲い掛かってくる
正面から、ペイルライダーは堂々とそれを迎え撃つ
一機、また一機と斬りかかっていく中で、新たな機影を確認する
「さっきの”もう一機”の方か!!」
先程イタルが強奪したペイルライダーは合計で三機あった、奪ったこの機体を除いた二機のうち、起動セットアップを行っていた機体、今目の前で立ち上がった機体はそれだろう
__そうであるならば、相手に不足はない
「一気に仕留めてやるっ!!」
振りかぶったサーベルを、大きく振り下ろして攻撃を繰り出す
しかしもう一機目のペイルライダーもまた、サーベルを抜いて対抗し、つば迫り合いが始まる
「なんだこの出力の差は!同じ機体なのにまるで歯がたたないぞッ!」
イタルの機体は”HADES”と呼ばれる謎のシステムを使用している、大して一方の機体はなんの変化も起きていない
同じ機体でも、”HADES”によって引き上げられた機体の出力差でイタルが有利になっていた
「このまま押し切るぞ……」
ペイルライダーがバーニアを点火させ、サーベルで押し出すようにして敵を真後ろに倒した
続けてトドメを刺すべく、倒したペイルライダーに向かいサーベルを突き立てようとした
「やらせるな!ヤツの動きを止めろ!!」
その瞬間、イタルの機体に数発の弾丸が炸裂した
周囲に退いていた別の敵機、マシンガンで武装したアッガイ二機が背後からの奇襲を仕掛けてくる
運悪く弾丸が機体関節部を貫通し、バックパックを掠めて火花を散らして爆発を起こす
「……ッ!!しまった、機体出力が落ちるっ!!」
反動でのけぞった機体をもう一度起こそうとするが、アッガイに背後から間合いを詰められる
「おっと!起き上がらせてたまるかよ!」
片腕のアイアンネイルが飛び出し、それをペイルライダーの頭部めがけて振り下ろす
頭部は全損とは行かないまでも、半分が曲がったように潰れてしまい、同時にコンソールに表示された機体パラメータが赤く警報音を鳴らし始めた
いつの間にか機体装甲から噴出していた赤い粒子の輝きは消え失せ、ペイルライダーは人形のように倒れ込んだ
赤く点滅するモニターだけがコクピット内の灯りとなった
照明が消え、コクピット内の非常電源が可動し、空調と通信機能だけが確保されてはいる、しかしこの状況下ではこの場所も直接攻撃によって破壊されてしまうかもしれない
しかしハッチを開いて外に逃げ出そうとすれば、それこそ死を免れることは出来ない
__万事休す、とはこのことか
イタルはすべてを諦めたように、このままキルされる瞬間を待った
「動きが止まったか……このままトドメだ、モビルスーツ泥棒っ!!」
やってきたのは、先ほど押し倒したもう一機のペイルライダー__全身の装甲に傷を多く受けていたが、本体のフレームは健在だ
一歩ずつ、歩み寄りながらビームサーベルを引き__
__それを容赦なく、刃を向けて突き立てようとした
* * *
地球圏を脱しても、このゲームにはエリア移動という概念が存在しないため、ロードを挟む必要はない
このゲームは背景に見える数々のビルや家屋全てに侵入が可能であり、やろうと思えばNPCたちの住宅に侵入してトイレを借りることだってできる、なんなら司法機関まで存在するので、そんな馬鹿げたマネをすれば警察と争うことも出来てしまうくらい忠実にこの世界は作られている、ここまで来ると最早別ゲーだろう
このゲーム内に存在するのは”本当に”一つのワールドだけである、プレイされる国や地域に関係なく、すべてのプレイヤーが同じ一つのサーバーに、ワールドに集っている。ワールドは宇宙世紀ガンダム作品に登場する地球と宇宙の果てまで、すべて存在する
「大気圏突入から地球降下、そのままロードもムービー演出も無しで作戦続行なんて、ガンダム作品じゃこのゲームだけじゃねえか?」
紫紺の柔らかな髪を撫でながら、高身長のパイロットスーツの男は呟いた
「バリュートと違って兄さんの勝手なタイミングじゃ駄目だから、アタシの上から振り落とされないようにね」
男の横にちょこんと佇んでいる、同じ髪色の少女
紙パックジュースを吸いながら、隣にそびえ立つ男にたしなめるように言った
「わかってるって、シュミレーションは一回やって上手くいったし、何も心配はいらんだろうよ」
「一応アタシこの機体の初実戦なんだけどな」
「なんだぁ?兄ちゃんはな~んも心配しとらんぞい」
おどけた様子を見せる兄に、少女は深くため息をつく
「少しは心配してほしかったな」
「要らないだろ、お前なら出来る……なんならこの作戦お前ひとりで敵を一掃できるぞ」
兄はそう言って少女を抱き寄せ、その柔らかな髪をぐしゃぐしゃと掻いた
「うへへ~♪……ありがとっ!」
少女もまた嬉しそうに唸る
6年前、もう昔のような、死んだように生きる少女と、幼さを残していた少年の姿はない
けれど、その姿にはかつての面影が残っていた
暮凪恭弥と、刹那
二人の兄妹は、今こうして「GUNDAM」という仮想世界にいた
『各員に通達、本艦はこれより地球軌道に入る、MSの地球降下を開始するためパイロットは出撃を』
「艦長からのお呼び出しだな、行くか”刹那”」
地球連邦軍、”元”第七艦隊所属アーガマ級強襲用宇宙巡洋艦「ハンコック」
現在は反地球連邦組織エゥーゴの所属艦艇である
ガンダムシリーズに登場した”アーガマ級”の戦艦の後継艦の一つであり、現在エゥーゴが所有するアーガマ級では唯一の艦である
テレビシリーズでは存在しない艦ではあるが、「GUNDAM」ではティターンズ勢力がアーガマ級を3つ建造しているため、さして特別なことでもない
”GUNDAM”に登場する艦艇は、少しだけ特殊な性質を持っている
それは、艦艇の使用に必要な人員は最低6名であること、MS整備を行うものはせいぜい2人か4人、パイロットは搭載しているMSの数だけいればいいことになる
大規模作戦を行う場合においても、艦艇一隻に必要な人員は多くて20名いれば手が余るくらいだ
最低人数の6人はブリッジに集まり、それぞれオペレータ二人、操舵主、火器担当、通信主、そして艦長がいればこれで揃う
艦艇に装備された艦砲の殆どはオート制御のシステムで行われる、もちろん実際に乗り込んで直接操作も可能であるが、そのような必要がある場面は滅多に見られない
ハンコックの乗組員は全部で11名、6名はブリッジに、4名はパイロットで整備担当の人間が1名のみだ
『カタパルトスタンバイ、トウキョウ降下へのポイントに到着、モビルスーツ発艦用意、タイミングを恭弥さっ……”エス・オー・エス”に譲渡します』
「先に行かせてもらうぜ……”エス・オー・エス”百式、出撃するっ!」
『刹那ぁ~』
地球軌道へとまっすぐ飛び出していく恭弥は、一本の暗号回線による通信を行う
『どしたの?兄さん』
『楽しみにしてるぜ、新しい”ガンダム”の初陣をな』
数秒置いて、愛する妹からの返事はやっと帰ってくる
『アタシ結構動き回るから、後ろから誤射なんてしないでよね』
”いつも”の調子だ、と恭弥は鼻で笑う
『そんなわけあるかよ、俺のエイム力は一年戦争の古参の中でもずっとナンバーワンだからな!』
だから……そう言葉を続けて言い放つ
『見せてやろうぜ、俺たちの……”ガンダム・マイスター”の称号を持つ兄妹の実力をな』
* * *
__振り下ろされた高熱の刃は、ペイルライダーの胸部装甲を貫くことなく空気へと還っていく
一本の光の柱が、イタルを追い詰めていたもう一機のペイルライダーの頭部から下半身にかけてを貫いた
即座に機体は爆炎を起こし、その光の柱はもう一機、また一機とモビルスーツを撃ち貫いていく
「じょ、上空から狙撃!?一体誰が……」
唐突な展開に慌てふためくイタルは、自分の上空を見上げ、唖然とした
一機のファイターが、高出力のビームを放ちながら急降下を行ってくる
「ファイターであの火力なのか?……いいや違うな、ありゃモビルアーマーか?」
対空射撃の弾幕が上がる、イタルにはお構いなしに、すべての機体がただ一機、上空にいるモビルアーマーを前に攻撃を行う
異常なまでの旋回軌道で弾幕を回避し、地上へと接近する
接近するたびに機影ははっきりと映し出され、それがファイターの大きさではないというのがわかる
そしてその機影は、徐々に速度を落としつつ__変形した
ウィングが折りたたまれ、肩と腰回りのシルエットが映し出され、太陽を背にしてその全身を広げた
「可変機なのか!?モビルスーツじゃないか!!」
見覚えがある、だがおかしいのだ
ムーバブルフレームはすでに存在する、しかしそれはまだ量産の始まったばかりの珍しいものだ
現時点での最高科学力を保持しているティターンズですら、ムーバブルフレームを使った第二世代MSを配備し始めたばかりなのだ
だから、存在するには少し早すぎる
そのガンダムは……
「刹那、”ゼータ・ガンダム”目標、敵水陸両用MSを確認、これより対象を駆逐する……」
Zガンダム……本来であればグリプス戦役後半に登場する機体だ
それも「GUNDAM」の世界において、科学リソースの大半を握るティターンズ以外にこんな最新鋭の機体は作れないはずだ
であれば、あれはティターンズの機体である可能性がある
しかし、なぜエゥーゴの勢力下にわざわざやってくるのか……??
疑問は多かった、しかしそれらはこの”ゼータ”による圧倒的且つ一方的な戦闘の光景の前にすぐ消え失せた
ビームライフルの射撃で牽制し、接近してサーベルを振り下ろす、死角からの一撃を狙って近づいた別の機体が、ゼータの圧倒的な反応速度の前に攻撃を躱され、返す刃で機体を切断される
至近距離における圧倒的不利な状況を、機体の速度とパイロットの的確な反応により覆していく
一機、また一機と、瞬きをする間に次々とジオンのMSが撃墜されていく
「かっけぇ……」
それは自分の見せた”HADES”による戦闘以上の興奮をイタルに与えた
圧倒的な実力差に落胆はしない、自分は初心者であるという自覚や謙虚さもまた、彼のゼータをみる目を輝かせる一因となった
『トウキョウエリアの防衛部隊に次ぐ、これより長距離狙撃を行うため、港湾部にいるものはその場から動かないかすぐに離れてくれ』
暗号回線、それも同軍の識別コードだった
そして通信が終了したと同時に一本の粒子砲が空を切り裂いた
「高出力のメガ粒子砲だ……」
危機的状況を察知したものの、指揮系統を完全に失ったジオンのMS部隊は混乱し、各々がゼータに反撃を行う
そこへ割り込むように撃ち込まれた粒子砲は、地上を蠢くモビルスーツたちを的確に射抜いていく
回避行動をする間もない奇襲とはいえ、その狙撃能力は恐るべき精度だった
たった一機のガンダムと遠距離狙撃が、トウキョウエリアの惨事を引き起こしたジオン残党のMS数十機を、ものの数分で片づけてしまった
空に佇む”ゼータ・ガンダム”は、機体をこちらに向け、ゆっくりとバーニアを吹かしながら降下してきた
イタルもまた、こちらの無事を確認しに来たのか___おそらくは自慢をしに来たのか、ゼータを前にコクピットハッチを開けて外へと乗り出した
ゆっくりと降り立ったゼータは、こちらと同じようにハッチを開き、パイロットがその姿を見せた
赤紫のパイロットスーツから分かるのは、体は自分よりも一回り小さく、身長も150㎝といったところか
小柄な体躯ではある……しかし、ガンダムのパイロットの胸部は、不自然な膨らみを持っていた
パイロットがヘルメットをゆっくりと取り外す……そして、紫紺のウェーブかかったセミロングの髪と、愛らしい少女の顔が露わになる
お、女だっ!__
イタルは一瞬唖然とした、おそらく自分と年齢差の殆どないくらいであろう少女が、あの圧倒的力量をもってしてジオン残党のモビルスーツ部隊を壊滅させたというのだろうか?
「ねぇ!」
突然大声で声を掛けられ、思考が追い付かないまま驚いたイタル
「ああ……はいっ!なんでしょうか!?」
「大丈夫か聞きたかったんだけど、アナタは大丈夫そうだね……仲間の人とかはどうしたの?」
「みんな撃墜されてます!……ああでも一人だけ確実にキルされなかったやつがいますが、どこに行ったかわからないです!」
「そう……」
話を聞き終えると、少女は興味を失ったかのように、またガンダムのコクピットへと戻ろうとする
「あっ、ちょっと待ってください!」
「どうかした?」
少女は顔だけ振り返ると、興味無さそうに聞き返す
「お名前教えてください!あと所属!たぶんティターンズじゃないかと思ったんですけど……ああ、ていうか何でゼータがもうあるんですか!?それと……」
「一度にいっぱい言わないでよ、答えらんないじゃん」
冷めたように言い返され、おもわず口をつぐむイタル
少女は抱えていたヘルメットを片手でぶら下げ、こちらを振り向いて堂々と仁王立ちをした
港湾部は風が強く、今なお海風が強く吹き付ける
すぅ、と息を吸い、まっすぐにイタルを見つめた
「プレイヤーネーム”グッドネイバー”……エゥーゴ、アーガマ級強襲重巡洋艦ハンコック所属の”ガンダム・マイスター”よ」
炎上するトウキョウエリアの港湾部を、名前のないエリア外の廃墟地帯のビル屋上から眺める二人の男女の姿が、そこにはあった
二人とも黒いつややかな髪を持ち、片方は黒いフード付きコートを纏ったショートボブの少女であり、もう片方は少女よりもやや高い身長の、同じ黒いコートに身を包んだ、白い肌を持つ異国風の少年だ
「圧倒的っすね、ガンダム」
「素晴らしいじゃないか……いいぞ、燃えてきたな」
面倒くさそうにつぶやく少女を横に、拳を握り闘志を燃やす少年、二人の感情の温度には大きな差があった
「もしかしたらキミよりも強いかもしれないぞ?”アカリ”?」
「あー、機体の性能差もありますしね……私にもゼータを貰えれば、渡り合って見せますとも」
「張り切りがいいな」
「一応ティターンズの”ラウンズ”第七騎士ですし、プライドもあるんで」
「キミが負けたら、私はあのゼータのパイロットに目移りしてしまうかもしれないぞ?」
「ストーカーがいなくなって私はうれしいですけどね」
「つれないなぁキミは……キミの底知れない強さと美しさに一目惚れし、たった一年と数か月で日本語をここまでマスターしたっていうのに、少しは可愛がってもらえないものかね?」
「どうやらモラルの勉強が足りなかったみたいですね」
少女の変わらぬ冷たい態度にしびれを切らし、男は踵を返し、ビルの階段の中へと消えていく
「あっ、ちょっと”アシュラ”!!片づけくらいやれって!!……はぁ」
監視のために用意された荷物やそれらの資料、道具は散乱したままだ
アイテムタブを開き、アカリは一つ一つをストレージの中へとしまい込んでいく
中にはどこで拾ったのかわからないガラクタアイテムまでも交じっており、ため息をつきながら片づけを始めた
「私だ、総帥よ」
携帯端末から、誰かに連絡を取り始めたアシュラという名の少年
「そうだ、ガンダムが現れた……アレを開発したのはティターンズから勝手に飛び出したプレイヤーだろう?確かロイドとかいう……そうか、ロイドは戻ってきたんだなティターンズに、馬鹿げた話だ、そいつはガンダムを作ることしか考えてない奴だからな」
「……そうか、そうだな、ティターンズには私から話を通して、私とアカリのガンダムを用意させるよ、ガンダムにさえ触らせて開発資金も惜しみなく出してやれば奴は大人しくしているだろうからな……楽しみだ」
通話を終え、少年は笑みを浮かべ、両手を広げて大きく笑った
「フハハハッ!!楽しみだな!これから起こる”戦争”がっ!!フハハハハッ!!」
「五月蠅い厨二病!早く帰るぞ」
背後から怒鳴りつけられ、機嫌を損ねたように表情をゆがませ、振り返る
「なんだ、やっと終わったのか」
「お前がアイテムリストにあった道具や書類をストレージごと全部地面にばら撒くからいけないんだろうがっ!」
足を思いきり蹴られ、けらけらと笑いながら階段を降り始めるアシュラに続き、アカリもその後を追う