「お呼びでしょうか、光相国」
「ああ、呼び立てて悪かったね、昌文君」
中国は秦、その王宮に一人の男が呼び出されていた。
男の名は昌文君。
元は武官として活躍しながらも現在は文官として働いており、先王、先々王の頃からの忠臣ということもあってかなり位は高い。
そんな男を気軽に呼び出したのは、光相国。
大国秦において、大臣の最高位”相国”を務める人物である。
姓は光、名は永、字を双樹というその人物は、見た目は若いというよりは幼く、ともすれば女にすら見えるほど線が細い。
実際、女なのでは、との噂がまことしやかに囁かれる程である。
「一週間くらい出かけようと思ってね。その間の仕事を任せたいんだけど大丈夫かな」
「はっ、問題はありませんが、出かけるというのは?」
「うん、ちょっと片田舎まで下僕の少年たちに会いにね」
「ううん……?」
昌文君が首をかしげるのも無理はない。
この広い中華で最も強い国である秦の、その中でも王すら凌ぐと言われるほどの権力を持つ光相国が、片田舎に、それも下僕の身分の者に会いに行くというのだから。
「ふふ、実は前々からファンでね。正確な場所が不明だったから手の者に調べさせていたんだ。黒卑村の東側にあるってことしかわからなかったし、せめて里典の名前くらい知ってれば早かったんだけど」
「はぁ……」
理解できない話を聞くどころかファンなどと横文字を使われ、もはや話についていけない昌文君は何とも言えない顔で戸惑うばかりだった。
「ま、楽しみにしててよ。上手く行ったら面白いものが見れるから。たぶんみんなびっくりするよ」
――それに、ゆくゆくは天下の大将軍になる二人だしね。
そう呟く光相国は実に楽しそうに笑っていた。
★
「てなわけで下僕の少年に会いに行くよ! 四十秒で支度しな!」
「ンフフフ……光相国、アナタが唐突なのは昔からですが、本日はまた一段と突き抜けていますねェ」
「永様! お久しぶりですね」
「あら、摎とイチャイチャしてたとこ邪魔しちゃった?」
ところ変わって光相国――光永がやってきたのは王国内のとある家。
使用人の数も多く大豪邸と言って差し支えない家であり、通常なら面会の許可をとったりなんだりという手間が必要な人物が住んでいる。
しかしそこは、光相国。
顔パスでさっさと上がり込むと、庭にいた男女と子供に声をかけたのだった。
男の名は王騎。
秦国六大将軍の一人であり、押しも押されぬ天下の大将軍。
分厚い唇と三つにわけた顎髭、そして巨躯に纏う鎧が特徴的な偉丈夫である。
女の名は摎。
王騎の妻であり、女だてらに彼と同じく秦国六大将軍にまで上り詰めた武人だ。
ただし彼女の場合は「元」が付き、現在は秦国禁軍の隊長、通称「禁将軍」を務めている。
禁軍とは天子を守護する軍、つまり近衛兵のことだが、秦国では基本的に王宮やその城下を守護している。
この邸宅は彼女の住居であり、王騎は自分の領地から通っている形になる。
そして二人の間にいる子供は。
「や、久しぶりだね、映ちゃん。こないだの七歳の誕生会は行けなくてごめんね」
映。
七歳にして既に矛を振り回し元気に庭を駆け回る二人の娘である。
「映ね、えーさま忙しいの知ってるから寂しくないよ。それに誕生日の贈り物くれたし!」
そう言って誇るように持ち上げられたのは光永が映に贈った矛だった。
矛と言うには細く短いが、七歳の女の子が持てば身の丈を超える長大さ。
しかし、素材が特殊であり、見た目からは想像もできないほど軽いため、童子の手でも持てるのである。
「おーさっそく使ってくれてるね。使い心地はどう?」
「軽くて振り回しやすいよ! それに銀色でとってもキレイ!」
「そーかそーか、良かった良かった。でも使い潰すつもりで使っていいからね。十歳の誕生日にはまた新しいものを仕立ててあげる。まあアルミニウム合金製だからそうそうヘタレないだろうけど」
「あるみにうむ?」
「とっても軽くて丈夫ってこと。それで王騎、ちょっとついてきてほしい用事があったんだけど、せっかくだから摎と映ちゃんも連れて行く?」
「ンフフフ……下僕の少年に会いに行くというのはどういうことです?」
「言葉通りだよ。田舎に将来有望な少年が二人いるから迎えに行くの。天下の大将軍に憧れてるからせっかくだし本物連れて迎えに行こうかなって。特に見る物もない田舎の町だけど、映ちゃんはあまり外でたこともないでしょ。いい機会だし摎と映ちゃんも一緒に物見遊山に行かない?」
物見遊山?であってるのかな、まあピクニックだよピクニック、と話しかける光永を横目に王騎と摎は目だけで会話する。
元々摎は映を産んでからというもの王宮務めということもあり、なかなか映とともに外に出る機会がなく、王騎もそんな摎に遠慮してか自分の領地に映を連れて行こうとはしていなかった。
何より二人は秦国の誇る大将軍。
ちょっと外に出るだけでも供回りの兵を引き連れていく必要があるし、そうなれば家族でお出かけなどとんでもない。
ただしこの光相国とともなら話は別だ。
供回りなどいらないし、関所なども全てフリーパス。
勝手な行動をしたとしてもそれを咎めることができる者もまたいない。
人は法の下に平等である、として法治国家秦国を作り上げた光相国であるが、しかし、その光相国は法の上に立っているのだから。
「まァいいでしょう。出発はいつですかァ」
「すぐにでも、って言いたいところだけどせっかくだからお弁当でも作ろっか。摎の腕がどれだけ伸びたか久しぶりに見てあげるよ」
「あはは……嫁入り修行をつけてくれた時以来ですか。お手柔らかにお願いします」
「映ちゃんも一緒にご飯作ろっか」
「うん、映もお料理する!」
春のある日、秦国にて。
なべて世は、こともなし。
相国は丞相の上、大臣の最高位ですが、戦国時代以前から劉邦が帝位につくまでは「相邦」と呼ばれてました。
しかしキングダム作中では呂相国と普通に呼ばれているのでそれに倣い相国呼びとします。
以後このように史実と矛盾等生じる場合が多々あると思います。