周が滅亡しちゃって次に立った王様は携王。
ところがこれに反対する人たちが王子宜臼を担ぎ上げて、東の洛邑に移動する。
ここに西周VS東周の戦いが勃発ですよ。
結果は東の勝ちなんだけど、これで西は完全に滅亡、東も力をだいぶ失ってしまう。
もともと悪政で国がボロボロだったからね、仕方ないね。
さてさてこれでついに春秋時代に突入だ。
しばらくは頑張っていた東周だけど、影響力は洛邑周辺だけに落ちてしまった。
そして周領に隣接する土地を治める鄭氏との関係が悪化。
原因は国境を越えて農作物を刈り取られたこと――で一見大したことなさそうなんだけど、まぁこの時代だと生き死にに直結する問題だからなぁ。
紀元前707年(私は93歳)、この時の周の王様は桓王。
この王様もまぁなんというか残念な王様で、周りの諸侯の力を剥奪することで相対的に王権を高めようと頑張ってはいたんだけどいかんせんやり方も悪ければ時期も悪い、おまけに運も悪いと来た。
桓王は鄭氏との関係悪化に歯止めがきかず、ついに蔡、衛、陳と合同で軍を起こして鄭氏に攻め入った。
ところがなんと一諸侯に過ぎない鄭氏に撃退される始末。
これでもう周王朝は諸侯に対する統制力を喪失。
諸侯間の紛争を阻止する影響力を失った。
つまりまぁ諸侯たちが好き勝手に自分の勢力を広げることができるようになってしまったわけだ。
一応それでも権威だけはまだあるから、諸侯はその権威を利用して諸侯の間の主導権を握ろうとする。
日本でも戦国時代に朝廷がこんな風になってたけど、権威だけあって力がないとまぁ利用されるお飾りになる運命だ。
これがいわゆる尊王攘夷。
周を盛り立てて外敵を打ち払おうっていう同盟を組むんだけど、内情はそこで自分が盟主として立って他より一歩リードすることを目的としてる。
この盟主がのちに春秋五覇と呼ばれるわけだ。
周王室はそのダシに使われているようなもの。
尊王攘夷は日本でも幕末で流行るから有名だよね。
え、そんなのどうでもいい?
お前もう老人だろなんで死んでないんだ、って?
どうも、実年齢93歳、見た目年齢10歳、光永です。
この時代、人間七十古来稀なり、なーんて時代よりも遥かに昔なわけで、医学なんて民間療法や祈祷なんかが大真面目に信じられてるし、衛生って概念はないわ栄養状態も悪いわで平均寿命なんてゴミクズですよ。
それでもまだちゃんとした生活してる貴族士族はともかく農民なんかはお察し。
ところがどっこい、私はどうも人間ですらない様子。
まぁ食べ物とらなくても生きてる時点で人間じゃねえって感じだけども。
結論から言えばRPG主人公に寿命なんか存在しない、ってところだろうか。
それどころか途中から成長止まって子供から先に成長しないんだが?
バグでしょこれ早く直して。
……まぁ原因ははっきりしてるんですけどね。
ステータス画面に燦然と輝く”性別決定”のボタン。
これだよこれ。
どうもこの体、第二次性徴の直前で停止しているらしい。
たぶんこのボタンで性別を決定したら成長するんだと思う。
なんか怖くて押せないままズルズルと93歳になってしまったけども。
前世と同じ性別にすりゃいいじゃんって思うかもだけど、どうせなら違う性別になってみたいなーとか思う、思わない?
ちなみに一次性徴(性器の発現)はちゃんと来ているものの、いわゆる両性具有状態である。
どっちもついてるよ!
こえーよ。
普通におっ勃つし濡れるけど、未知の領域すぎてまともに触ったことはほとんどない。
お小水はどちらから出るのか、とかそういう疑問はNGね。
おいRPGならトイレとかいらねーだろうが。
はい必要ないのに食事をとっているのは私めでございます。
おいしいもの食べたいじゃん?
食わなくても生きられるけど、食ったら出るもん出るらしい。
なんも食わなくても生きていられるってことは身体が栄養を必要としてないってことで、これ実質私はただのウ〇コ製造機なのでは?
やめてくれよ……(絶望)
そういや両性具有ってバレたらどうなんだろうね。
奇形として迫害されるのか、はたまた神聖視されるのか。
どっかの神話で神様がそうだったって記憶はあるんだけど、たぶん中国じゃあなかったな……。
ま、まぁ宦官の類似品みたいなものだしね。
許して許して。
まぁでも今は、そんな事はどうでもいいんだ、 重要なことじゃない。
大事なのはこの時代の事ですよ。
春秋時代は前770年に幽王が殺されてから晋が韓、魏、趙の三国に分裂する前403年までの時代を指す。
そのあと秦の始皇帝が前221年に中華を統一するまでの時代を戦国時代といい、あわせて500年もの群雄割拠の争乱が春秋戦国時代だ。
今は前707年だからして、戦乱のはじまりってところ。
正直、ここ中国にいる意味はあんまりない。
ぶっちゃけもっと別の治安のよさそうな地域に行ってもいいと思う。
ただなぁ、この時代の日本ってまだ弥生時代なんだよねぇ。
こっちでいう三国志あたりの時代でようやく卑弥呼やら邪馬台国あたりやらと考えると日本の発展は遅い。
少なくとも平安時代くらいまでは行く気にならない。
聖徳太子とかならちょっと会ってみたいかも。
じゃあ他はと考えるとオリエントだとユダとかアッシリアとか。
アッシュールバニパルはちょっと気になるかも。
地中海だとギリシアでドラコンが立法してたり、王政ローマが立っている頃だ。
まぁローマあたりまで行ければ楽しいかもしれないけどこの時代だとシルクロードよろしく交易路があるわけでもなし、遊牧騎馬民族の土地を抜けて山道やら草原やらをかなりの距離歩いて行かなきゃならない。
体力的には問題ないだろうし襲われても返り討ちにする自信はあるけど、やっぱりめんどくささが先に立つ。
母を訪ねて三千里ってか?
2000年代の日本に行けるよとかなら何万里だって歩くんだけどなぁ。
あああ、ネットがしたいいいい(中毒症状)
そんなわけで私は消極的な理由でなんとなくこの戦乱の中国にとどまることにした。
せっかくこの時代の文字とかも覚えたしね。
今から古ギリシア語とかサンスクリット語とか覚えるのだるい。
ま、この時代の中国は世界でもトップクラスの文明だったとか聞いたことあるし。
化石燃料が生み出されて西欧が進出してくるまでは世界の半分は中国とインドが握ってたとか何とか。
面積広いし人口多いしGDP換算したらそらそうよ。
私は各国を旅してまわることにした。
車もないのでほんとにのんびりしたものだ。
まぁ歩いているだけで探索扱いになるようで経験値が入るから悪くはない。
命を守るために戦闘系のジョブはだいたいカンストさせたけど、生産系とかお遊び系とかも大量にあるから当面暇にはならないだろう。
さて桓王が失敗してからというもの、周辺諸国は好き勝手やり始めたんだけど、中でも勢力が強かったのが東方の大国・斉だ。
この時代だとまだまだ未開の地だった東の方を開拓してどんどん国力を付けていく。
そしてある時、南の新興国・楚が好き勝手やっていたのを斉の桓公が大人しくさせる。
前651年、桓公は会盟を開いて周王に代わって諸侯の間の取り決めを行ったんだけど、リアルタイムで見てた身からすれば周王そっちのけで会議のリーダーみたいに振る舞う桓公は、楚に「周に失礼だぞ」と言って大人しくさせたのは「お前どの口が言ってんじゃい」って感じだった。
ただまぁこれで桓公は後の世に春秋五覇と呼ばれるようになったわけだ。
連合組んだのにぼろ負けした桓王と春秋五覇の桓公、名前は似ているのにどうして差がついたのか……慢心、環境の違い。
実際その通りだからなんも言えねえよなぁ?
春秋五覇の桓公にも会ってみたけど、話してみた感じやっぱ普通のおじさんだった。
覇気みたいなものは感じるし部下に対するカリスマ性とかもあるんだとは思うけど。
あ、ちなみにこの頃私は斉の宰相だったので割と近くにいた。
まぁこの桓公おじさんものちに慢心して封禅の儀式を行おうとするんだけどね。
封禅ってのは聖天子だけが行える儀式なわけで、これをするってことは周を無視して自分が天子であると宣言するようなもの。
宰相の管仲が必死にこれを諌めて止めさせたのはお疲れ様って感じ。
しかもこの忠臣の管仲(昔は桓公のこと殺そうとしてたけど)が死んでからは国政やらずに遊び惚けて、最後は佞臣に病床の身で監禁され、食料を与えられずに餓死、遺体は放置で蛆虫大量発生とかいう悲惨な没落フルコンボを経験する人物でもある。
人間ってある時期まで成功していてもなにかをきっかけに転がり落ちるんだなあって。
おお、こわいこわい。
桓公はまぁそんなんだったけど、代わりに夷吾とは親しくなって結構色々話した。
個人的にはむしろ彼の方が好きかな。
あ、夷吾ってのは管仲の名前ね、管夷吾。
昔殺そうとした人の元でずっと仕えてる気持ちは推し量れないけど、彼はとても聡明で改革とかも頑張ってたからね、ちょっとアドバイスとかもした。
彼にまつわる有名な話としては、桓公がとある家臣から質問された時に「管夷吾に聞け」とばっかり答えたから、たまたまその場に居合わせていた私が「君主って楽なもんだね。全部夷吾に任せておけばいいんだから」とからかったら、桓公は真面目な顔で「管夷吾を得るまでは苦労したのだ。管夷吾を得てからは楽をしても良いではないか」と答えた、なんてものがある。
うん、まぁ有名なシーンに居合わせたからつい、ね。
これ私が言わなくても誰か別の人が言ったのか、それとも歴史に私という異物が入り込んだから起きた変化なのかはわからんけどね。
なお、お前夷吾得るのに大して苦労してねーじゃねーかと突っ込んだら負けである。
他には俗に言う”管鮑の交わり”の親友鮑叔との関係も話に聞いている通りで、私があいつらはホモなのか?と疑ったくらい彼らは仲が良かった。
まぁ実際この時代男同士の交わりは別に珍しくもないんだけど……。
「お、来たかエイ。今日はどんな料理を作ってくれるのだ?」
「別に私はアンタの料理人でも通い妻でもないんだけどね」
「まぁまぁそう言わず。こないだもらったマヨネーズとやらは実によい調味料だった。私でも料理が上手くなったと錯覚するほどだ」
「使用人たくさんいるのに自分で作ったの?」
「アレの存在は秘匿しているからな。使用人経由で王にバレて醤や味噌のようにまた召し上げられては敵わん」
「まぁねぇ。アイツも王様のくせしてなかなか食意地張ってるからなぁ」
「むしろ大陸に覇を唱える我ら斉の総力をあげても手に入らぬモノということだ。それらを私が中華で初めて食する人間であるというのは我が生涯においてももっとも幸運なことの一つよ」
「あはは、大袈裟大袈裟。マヨなんかは新鮮な卵が手に入らないとなかなか作る機会がないからねぇ。やっぱお金持ちってそこらへん便利だよね」
「そうだ、実は先日よい酒を手に入れたのだ。今日はこの後時間はあるか?」
「ん、大丈夫。じゃあ泊まってこうかな。こないだの話の続き、商売やってた頃の話聞かせてよ」
私と夷吾はそんな気安い付き合いだった。
夷吾は暮らしぶりが豪勢だったと非難されることもあったけど、働いている量をみれば妥当だったし、ぶっちゃけ桓公よりもずっと王様っぽくて有能だった。
私は彼の晩年は斉を離れてたけど、死んだと聞いて中華の端から端へ葬式に駆けつけるくらいには親しかった。
ちょっと泣いた。
管子(夷吾は死後に桓公から敬の贈り名をもらって管敬仲と呼ばれるようになったけど、私は桓公があまり好きじゃなかったので彼の贈り名を使わないで管子と呼んでいた)が死んでからは桓公はもうこれでもかってくらいダメ人間になってしまって、斉の国は一気に衰退した。
せっかく管子が頑張って発展させた国だったけど諸行無常だ、虚しい。
周礼には醤の記述があるようだけど当時の醤は塩辛のようなものだったらしい。