「つまり、水を通さぬ管を繋げて里まで水を引くわけか。」
「たしかにそれなら水は引けるでしょうけど、管と言われても・・・」
「そうですね・・・単純に考えれば、金属を加工すればいいと思うですが、それだとお金もかかりますし、何より腐食してしまうのです。そうなると水質が悪くなってしまうです・・・」
「・・・他には竹を使うという方法も考えられるが、竹が自生しているのはヤマトでも東部地域のごく一部のみ。それに強度や太さ、輸送の事を考えると現実的ではないか・・・」
マシロ殿が示した計画の概要は、『管を繋げて水路とする』という至って単純なモノであった。しかし、それは某達が考えもしなかった方法でもあった。
確かにに水を通さぬ素材を使った水路というモノは存在する。例を挙げるならば帝都を流れる堀がそうだろう。あれは切り出した石で造った水路、所謂石張水路と呼ばれるモノで、丈夫であることは勿論だが水が地面に吸われてしまうこともない。しかし、そういった水路を造る場合、多くの人員と膨大な金子を必要とする為、ヤマトに属する國々でもそういった水路を使っている國はごく僅かしかない。そして、その水路を持つ國であっても、全て褒美として帝から賜ったモノである為、 造る事が如何に困難であるのかが伺える。
だが、マシロ殿が言う、管を使った方法ならば、このエンナカムイの様な小國であっても不可能ではないだろう。問題はどの様な管を使うのかということだけだ。
元来考えるより動く方が得意な某は、早々に考えることを放棄した。そして、ちらりとマシロ殿を見てみると、彼は某達を笑いながら眺めていた。しかし、それは某達が悩む姿に愉悦してるのではなく、某達を試している様な・・・そして、何かに期待するような笑みであった。
「・・・何か安価で加工しやすい物があればいいのですが・・・」
「と言っても、エンナカムイで手に入る物で水路に使える物なんてあるのでしょうか?」
「木はどうです? それならエンナカムイにも沢山ありますし、加工もしやすいのです。」
「でも木だと筒状にするのは大変じゃないですか? それに板を組み合わせて水路にしたとしても水漏れが心配です。」
「うっ・・・たしかに・・・むぅー・・・」
幼い二人は未だ水路の素材について懸命に考え続けていた。しかし、中々妙案が浮かばないようで、額に皺を寄せてうんうんと唸っている。
そんなネコネ達の姿にそれまで眺めるだけであったマシロ殿が何やら思案する素振りを見せると、一つ頷き二人の傍に近づいていった。
「・・・なぁ二人共。考えているところ悪いんだが、エンナカムイに何か特産品は無いのか? ちと土産に買おうと思ってな。」
いったい何をするつもりなのかと見守っているとマシロ殿は突然そんなこと聞き出した。
考えを中断されたネコネは不満げな顔でマシロ殿を睨みつけるが、考えが煮詰まっていたキウルはこれ幸いとその話に乗っていた。
「えっと、そうですね。周辺の山々に自生する
「ふむふむ・・・他には?」
「他にですか?・・・あっ、あとは陶芸品が人気です。エンナカムイでは良質な粘土が取れるので、それを使って造られる器や人形は帝都の貴族の間でも有名なんですよ!」
キウルの口から陶芸の言葉が出た瞬間、マシロ殿の口角が上がったような気がした。
マシロ殿が陶器に興味があるとは思えないが、もしかして彼の家族にそういう趣味があるのだろうか? それとも何か他に思惑があるのか・・・
「ほ~・・・陶芸品か。良いよな陶芸品!
どこかわざとらしい物言いでそんな事を言ったマシロ殿は、チラリと目線をズラし、何やら考え込んでいるネコネの姿を見て笑みを深めた。
「粘土・・・器・・・・・・・・・・・・そうです! 陶器です! 陶器を使えば良いのです!!」
何か閃いたらしいネコネが湯飲みを掲げながら立ち上がる。その目はこれまで見たことが無いほど輝いており、頬も興奮からか赤くなっていた。
「ちょっネコネさん!? どうしたんですか!?」
「分からないのですかキウル!? 陶器です! 陶器を使って管を作ればいいのです! これなら安価で大量に作れて作事もすぐに終わるのです!!」
ネコネが語った方法に目から鱗が落ちる思いがした。確かに陶器ならば形も自由に作れる上に焼き方や厚さ次第で十分な強度になる。そして何より材料となる粘土はエンナカムイを囲む山々から幾らでも手に入るので量産する事も可能だ。これならば・・・
「流石ネコネ。お前ならその考えに辿り着くと思っていたよ。」
「やっぱりそうなのですね!・・・あ・・・でも、対価も払ってないのに・・・」
「うん? なに言ってるんだ。別に自分は教えていないだろう? それはネコネが自分で思いついたことだ。まぁ、少しだけ助言もしたが、それはオシュトルから対価を貰い過ぎた事への穴埋めだ。だから、それに関して自分が対価を要求することは無い。」
飄々とした態度でそのようにのたまうマシロ殿はこちらに向かって片目を閉じて合図を送ってきた。それはまるで悪戯が成功した悪ガキのようであった。
もしかしたら、形見のキセルを要求してきた時から彼はこうするつもりだったのかもしれない。
なにやら複雑な事情はあるようだが、それでも自ら抜け穴を探してこちらの望みを叶えてくれようとするその在り方に畏敬の念を抱いてしまう。
もしかしたら、彼はこちらが思っている以上に気高い存在なのかもしれない。
「マシロさんっ!」
感極まったネコネがマシロ殿に抱き着いた。
マシロ殿はネコネを優しく抱き留めると慈愛のこもった眼差しで見つめながらその頭を撫でていた。その姿は仲睦まじい兄妹の様にも見えた。
某はその事に若干の嫉妬を抱きつつもネコネの望みを叶えてくれてた素晴らしき友に心の中で感謝した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自分達はオバロ湖への道を歩いていた。
ネコネが陶器の管を思いついた後、どうせならしっかりと計画を立ててから提案しようという話になったので、その資料を集めるためにオバロ湖を調査することにしたからだ。
オバロ湖への道は、ネコネから聞いていた通り大変荒れていた。地面は凸凹で所々木の根も這っており、倒木で道が塞がれていることもあった。
そして、そんな悪路を自分とネコネの呪術で均しながら進んでいた。
「また倒木が在るな。」
「今度のは結構太いのです・・・マシロさん、お願いできますか?」
「おう、任せろ。」
自分は太い倒木に手をかざして
これは自分が司る『循環』の力によるもので、微生物が木を分解するサイクルを早めることで腐敗を促進させたのだ。
力が十全ならヒトや動物にも作用できるが、現状では精々植物や微生物、無機物なんかにしか効果がない。とはいえ、使えたからといって生き物に使うなんてことは殆ど無いわけだが、こういった場合や植物の成長を早めるの時に役に立つ。
「よし。 これでいいだろう。」
「何度見ても凄いのです・・・こんな呪術、どんな書物でも見たことがないのです。」
「確かに・・・某は帝都で何人もの
「あ~・・・別に自分の呪術が特別なわけじゃないぞ? 自分が使っている呪術は、普通の呪術を応用して使っているにすぎん。」
オシュトルが自分の術を神官の術と結びつけようとしているのを察して、考えを遮るように言葉をかぶせる。
もしこれが神官の扱う術だと思われてしまったら、自分が神職だと勘違いされてしまう。
神職はヤマトの中でも特別な存在だ。そして、そうだと勘違いされてしまった場合、いろいろと面倒な事態が発生してしまいそうなので誤魔化すことにしたのだ。
「応用・・・ですか? それはどういうことなのです?」
「ああ。例えばあそこの地面に溝があるだろう? ネコネはあれを呪術で無くす場合どうする?」
「どうするって・・・呪術で土を生み出して埋めるですが・・・」
「そうだな。それが一般的な方法だ。だが自分の場合は、周りの土を動かして溝を塞ぐ・・・こんな風にな。」
そう言って自分が地面を踏み鳴らすと周りの土が蠢き、流れるように動いて溝を塞いだ。
それに二人は目を瞬かせて、溝があった場所まで行くと不思議そうに地面を撫でた。
「これは・・・いったいどうなっているのだ?」
「これは
「呪術にそんな使い方があっただなんて・・・どうしてそんな事が考え付くのですか?」
「自分は他の奴とは物事の見方が違うからな。そのおかげで先入観に囚われず、こうやっていろいろな事を考え付くんだ。」
ネコネ達は「先入観」という言葉に思い当たる節があったようで、ハッとした表情をした。
恐らく、水路の件を思い出しているのだろう。
「そういうことか・・・某達とマシロ殿の違いはそこなのだな。」
「はいなのです・・・ほんの少しだけ視点を変えるだけでいいというのに私たちは今ある物を「こういう物だ」と決めつけ、進歩させることを自ら放棄しているのです・・・こんなことではいつまで経っても國を発展させるなんて無理なのです・・・」
自分は、項垂れる二人を見ながら、これもしょうがない事だと考える。
ヤマトという國は帝を絶対的な存在として見ている為、その帝に与えられた物を変えようと思う者は殆どいない。
その典型的な例が呪術だ。呪術は自身に宿る
まぁ、これに関しては現在のヒトには分からない知識が含まれているので思いつけという方が無理な話なのだが、それでも頭が良い連中が研究すればより広い分野で呪術を活用できるようになるはずなのだ。それなのに未だ戦闘関係にばかり使われている事を考えると、ヒトが如何に先入観に凝り固まっているかがよく分かる。
しかし、ネコネとオシュトルはその先入観に気付き、広い視野を持つきっかけを得た。
今はまだ難しいだろうが、優秀な二人の事だ、すぐに物事を柔軟に考えることができるようになり、ヤマトにとってかけがえのない存在となるだろう。
無論行き過ぎた技術を生み出してしまわないように注意が必要だが、そうなりそうになったら自分が止めてやろう。
彼らが紡ぐ未来が少しでも幸福な世界となるように・・・
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふう・・・とりあえず、調査はこれで終わりだな。少し休憩したら里に戻ろう。」
「そうだな・・・ネコネ、休憩にしよう。」
「あ・・・はい! 今行くのです!」
湖での調査を終えた自分達は、岸辺の岩場で休憩を取ることにした。
ここでは湖のおおよその面積と水深、水質なんかを調べた。そして、調査の結果、水質、水量共に問題無い事が分かり、御前へのプレゼンに向けて良いデータが取ることができた。これで水路計画は一歩前進だ。
「ネコネ、湖でいったい何をしていたのだ?」
「えっと・・・マシロさんがやっていたことを水でできないか試していたのです。」
湖の畔で何やらやっていた妹を不思議に思ったオシュトルがそれについて尋ねるとネコネは溜息を吐きながらそう答えた。
その様子を見るに上手くいかなかったようだが、新たに得た知識をすぐに試してみようというネコネの姿勢にはとても好感が持てる。
「ほ~・・・それでどうだったんだ?」
「全然ダメでした。湖の水に気力を流してみてもうんともすんともいわなかったのです・・・それに普通に呪術を使う以上に疲れたのです・・・」
やはりというか如何に天才的な才能を持っているネコネでもいきなりは無理だったようだ。
チラリと見た限り、水に気力を流すことはできていたが、方向性を与えることが出来ずに無駄に気力を垂れ流しているだけだった。あれでは水を操るのは不可能と言ってもいい。
溜息を吐きながらしょんぼりと項垂れるネコネ。自分はそんなネコネの姿にモヤモヤとした思いを抱いた。
ネコネとは出会ったばかりだが、彼女の遠慮の無い振舞いの御蔭で自分達の仲は急接近しており、今では妹の様だと感じていた。そのせいか、ネコネが哀しそうな顔をしているのが嫌だと思ったのだ。
そして自分は、項垂れ続けるネコネの姿にいても立ってもいられなくなり、懐から盃を取り出すと水筒の水を注いでネコネの目の前に差し出していた。
「? どうしたのですかマシロさん?・・・これは!」
盃に満たされた水を見てネコネが驚きの声を上げる。何故ならば、盃の中で水が独りでに渦を巻いていたからだ。そして、その水は盃から浮かび上がると水の玉になって漂い始めた。
「これは、マシロ殿が水を操っているのか?」
「そうだ。これは気力制御の初歩みたいなもんで、これができるようになれば、あとは気の量と練度を高めるだけだ。まぁ、コツを掴むまで大変だと思うがネコネなら大丈夫だよな?」
「はいなのです! 教えてくれてありがとうなのですマシロさん!・・・あっ、でも・・・良かったのですか?」
「気にするな。これくらいなら問題ないさ。それにこれは頑張っているネコネへのご褒美みたいなものだからな。けど、他の奴に教えるのは禁止な?」
「大丈夫なのです! 誰にも教えたりなんかしないのです!」
満面の笑みを浮かべたネコネが抱き着いてくる。
陶管の一件から、ネコネは喜ぶとこうやって自分に抱き着いてくるようになった。
元々ヒトとの触れ合いに飢えていたとはいえ、他人である自分に抱き着くのは如何なモノかと思うが、その姿はとても愛らしく、ついつい受け入れてしまっていた。
とはいえ、横から物凄く複雑な視線が向けられるので、せめてオシュトルが居る時は自重してもらいたい。
「うむ・・・マシロ殿。貴殿に頼みたい事があるのだが・・・」
「うん? なんだオシュトル?」
オシュトルの視線に気まずく思いながらネコネを撫でていると真剣な声色でオシュトルが話しかけてきた。
その声でネコネはオシュトルの前だということを思い出して、自分から離れると顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんなに恥ずかしがるならやらなければいいだろうにと思うのだが、それだけ自分になついてくれていると思うと嬉しくなってくる。
「オホン!・・・それで頼みなのだが・・・ここに居る間だけでもネコネの師になってはもらえないだろうか?」
「・・・へ?」
突然兄が言った言葉にネコネは目を白黒させる。そして、その意味を理解すると期待を込めた眼差しで自分を見つめてきた。
自分はその眼差しに思わず頷きそうになったが、対価の事を考えてグッと思いとどまる。
先ほどの様な助言程度ならネコネから貰った幸玉で事足りるが、弟子にするとなると足りなくなってくる。
だが、仲良くなった二人からこれ以上何か貰うのは気が引ける。しかし、考え込む自分の姿にネコネはどんどん悲しそうな顔になっていく。
止めてくれ。それじゃあ断れないじゃないか!
「・・・分かった。だが、対価は貰う。」
「当然だな。何を差し出せばいい?」
「いや、今回の対価は物じゃない。ネコネの時間だ。」
「へ? 私の時間? どういうことなのですか?」
「それはだな。ネコネが自分の弟子になった瞬間から自分がこの國を去るまでの間、ネコネは自分の指示通りに生活してもらうってことだ。」
「な!?・・・マシロ殿、流石にそれは・・・」
自分が対価の意味を説明するとやはりオシュトルは渋い顔をした。自分が言っていることは、ネコネを好き勝手にすると言っているも同じだ。いくら友人である自分が相手であっても到底受け入れられるものではないだろう。
「安心しろ。何もネコネを好き勝手しようと思っているわけじゃない。普段は好きな様に生活してもらって、自分が必要とした時に手を貸してくれるだけでいい。」
「そんなことで良いのですか?」
「何言ってんだ。ヒトの命は有限なんだぞ? しかも子供の時の時間ってのは人生の中でも特に重要なものだ。だからこそ対価になる程の価値があるんだよ」
その説明でオシュトルは納得したようで、ネコネに向かって頷くと、彼女はぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。そして、それに合わせるように尻尾もブンブンと動き回り、自分の弟子になれた事を本当に喜んでいるのが分かった。
「マシロさん・・・いえ、
全身で喜びの感情を表しているネコネがそう言ってお辞儀をしてくる。
そんなネコネに師匠と呼ばれた自分はむず痒さを感じながらも初めて出来た弟子という存在に喜びを感じていた。
そして、その事に緩む頬をなんとか引き締めながら大きく頷くのだった。
・マシロ様の願いの叶え方について
マシロ様の願いの対価は、ハクオロさんよりもかなり融通が効きます。
簡単な願いならばストックしている幸玉で叶えて、難しい願いは相手が払えるであろう対価を考えて要求します。
そして、対価は彼が価値があると判断したモノならばなんでもよく、金銭や高価な物品よりも、ヒトの思いが籠っているモノや感謝の気持ちが籠ったモノの方が価値があります。
マシロ様本人としては対価無しでも叶えてもいいとは思っていますが、神としての性質のせいで、対価無しでは願いを叶えられなくなっています。
なので、マシロ様が対価無しで何かをアドバイスしたり、教えたりした場合は、幸玉で対価を代用していると思ってください。