「
夜、縁側でオシュトルと二人で月見酒に興じているとオシュトルは突然そんな事を言ってきた。
自分達がエンナカムイに着いてから既に5日経っていたが、オシュトルにとっては久しぶりの帰郷だったので、もっとゆっくりしていくものだとばかり思っていた。
「・・・早くないか?」
「いや、元々の予定では今日國を立つつもりだったのだ。だが、其方の御蔭でいろいろと楽しくてな。予定を延ばしたのだ。」
「それは大丈夫なのか? 仕事もあるんだろう?」
「なに、帰りに少し駆け足で帰ればいいだけの事。帰還日が同じならば問題無い。」
二日の遅れを走って取り返すと事も無げに言うオシュトルに呆れた溜息が漏れた。
普通のヒトでは考えてもやろうとはしない極めて馬鹿な考えをこのオシュトルがやると言っているのだ。自分でなくとも呆れるだろう。
確かにオシュトルほどの身体能力の持ち主ならば可能だろうが、見た目に反した脳筋な考えにコイツへのイメージがどんどん壊れていくような気がした。
「それでなのだが、明日一日某に付き合ってはくれないだろうか?」
「別にかまわんが・・・いったい何をするんだ?」
「いやなに。最後に某のとっておきの場所にマシロ殿を案内しようと思ってな。少々道なりは険しいが、きっとマシロ殿も気に入るはずだ。」
「ほ~・・・オシュトルとっておきの場所ね・・・そいつは楽しみだ。」
「絶対に期待は裏切らぬよ。」
そう言って悪戯っぽく笑ったオシュトルは空になっていた盃に酒を注ぐと自分の前に差し出してきた。自分はそれに己の盃を軽く打ち合わせると、同時に一気に酒を煽り、顔を見合わせ笑い合った。
男二人の酒盛りは静かな時間と共に過ぎていく。そして、爽やかな風に誘われて見上げた空には、黄金色の美しい満月が大地を優しく包み込むように輝いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これがオシュトルが自分に見せたかったモノ・・・・・・千年
オシュトルに連れられて訪れた深い森の奥で目にしたのは、丸く大きな白花の群花を陽光に咲き誇らせた
冬を乗り越え、ようやく待ちわびた春を迎えて天に向かって花弁を伸ばす白木蓮《シノニム》の花はとても美しく、森を抜けるそよ風に運ばれた上品な香りが心を和ませてくれる。
「・・・この
「そうだったのか・・・確かにこの
男二人で樹の前に立ち、
花弁が大きく肉厚な
そして、千年
「・・・マシロ殿。某と手合わせしてもらいたい。」
「・・・・・・あ?」
オシュトルは若いながら既に将となってもおかしくない程の腕前だ。そして、そんなオシュトルと長い年月の間に培った技術を持つ自分が闘えば、
「なんでよりにもよってこの場所でやるんだよ?」
「家族でここに来る度に父上と手合わせしていたのだ。それに手合わせと言っても一太刀のみ。共に構え、
「どっちにしろここでやんなよ・・・」
オシュトルの説明に頭を抱えたくなった。
オシュトルにとっては、ここでの手合わせは父親とやっていた恒例行事なのだろう。しかし、それをこのように美しい場所でやっていたとか発想が脳筋過ぎて笑えない。
だが、確かに一太刀だけなら問題は無いだろう・・・風情が無いにも程があるけどな!
「はぁ・・・分かったよ。一回だけだぞ?」
「かたじけない。代わりといってはなんだが、手合わせの後は某が持ってきた酒で一杯やろう。」
「そういうことは早く言え! ほら、さっさと構えろ!」
酒と聞いてテンションが上がった自分は、素早く位置に着くと刀の柄頭に手を当てて抜刀の構えを取った。
そんな自分にオシュトルは苦笑するが、すぐに自分の向かい側に立つと同じように構える。
構えた自分達の間に静寂が訪れる。先ほどまで吹いてた風も止み、森に潜む鳥の鳴き声だけがこだまする。
そんな中、自分はその瞬間に向けて精神を集中させていく。
この手合わせは戯れの様なものだ。だが、オシュトルにとっては神聖な儀式と言ってもいい。故に自分も全力で挑む。不完全な今の自分が出せる最高の一撃を放つために全神経を研ぎ澄ます。
そして、遂にその時が来た。
その瞬間、自分達は同時に動いていた。
この時、自分は利き手と同じ足を前に出すという居合の常識を捨てていた。
通常、抜刀術は刀を左から抜刀するため、抜刀時に左足を前にすると斬ってしまう危険性があるので右足を前にする。
しかし、自分はあえてその刹那のタイミングを見切って左足を前に出して踏み込むことで、手の振りや腰の捻りの勢いを一切殺さずに加速と加重を斬撃に加え、『超神速』の抜刀術とした。
そして、これにより超神速で振り抜かれた自分の一撃は、振り切る途中のオシュトルの刀を捕らえると真っ二つに切り裂き、衝撃でオシュトルを後方に弾き飛ばした。
これぞ、『
昔見た、流浪ニート漫画の技を忠実に再現した自分の必殺技の一つだ。
オシュトルを吹き飛ばし、手合わせに勝利した自分は、刀を鞘に納めると大きく息を吐き出した。
この技を出すには強い集中力と気力が必要だ。そして、相手が超一流の腕前を持つオシュトルということもあり、精神もかなり消耗してしまったのだ。
自分は息を整えるとオシュトルに向かって酒盛りをしようと声をかけようとした。しかし、視線の先には岩にクレーターを作りながら埋もれているオシュトルの姿があった。
自分はその姿に橙色の胴着を着たかませ犬を重ねながら、急いで駆け寄り治療を施すのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まったく・・・あの場所で
「ははは・・・すまないネコネ。だが、どうしてもあそこでマシロ殿と手合わせをしたかったのだ。」
「その結果が完敗では、
「む・・・」
オシュトルの送別会の為に集まった居間で自分達の手合わせの話を聞いたネコネは、呆れた眼差しを向けながら強い口調でオシュトルを諫めていた。
そして、そのまったくもっての正論をぶつけられたオシュトルはすっかりたじたじになっており、額に汗を浮かべながら大人しく説教を受けていた。
「ネコネさん、兄上も反省しているみたいですし、もういいのでは・・・?」
「何を言っているのですかキウル! これはお馬鹿な兄さまのためなのです! 今きちんと叱っておかないとまた同じようなことを仕出かすに違いないのです!」
「ネコネよ。某は童か何かか?」
「実際似たようなもんだろ?」
「いいえ師匠! 今の兄さまを童と一緒にしたら童に失礼なのです! 精々脳たりんの抜け作なのです!!」
「」
「あ・・・あにうえーーー!?」
送別会に参加すべく来ていたキウルがオシュトルを庇おうとするが、ネコネはそれを一刀両断する。どうやら思い出の場所で手合わせをした事にかなり腹を据えかねているようだ。
今のオシュトルを見るネコネの目は、自分が最初にからかった時に向けてきた目と同じだった。つまり、ゴキブリを見るような目で兄を見つめていた。そして、そんな目で見られながらこき下ろされたオシュトルは塩の塊のように白くなった。
「だいたい兄さまは栄えある近衛兵としての自覚が足りないのです! 師匠と一緒に居ると楽しいから帰る日を遅らせるだなんて・・・しかも走って帰るから問題無い? 馬鹿なのですか!?」
「すまぬ・・・すまぬ・・・」
ネコネの前で正座しながら項垂れるオシュトルの姿はなんとも情けなかった。最早ここに居るのは一流の
「ま、マシロさん! ネコネさんを止めてくださいよぅ!」
「・・・そうだな。もうオシュトルも反省しただろし、このままじゃ明日の朝まで説教が続きそうだ・・・」
「ですね・・・ネコネさん、怒るとなかなか止まりませんから・・・」
オシュトル達の姿を見て、自分とキウルは深い溜息を吐いた。そして自分は、尻尾を逆立てながら烈火の如く怒るネコネの背後に立つと後ろから抱きかかえてそのまま座り込んだ。
「うな!? なんなのですか!? って師匠!? いきなり何するですか!?」
「何ってお前を止めたんだよ。このままじゃオシュトルの送別会が説教会になっちまう。」
「うっ・・・ですがっ!」
「自分は気にしてないし、オシュトルも反省した。だから、今日のところはこの辺にしといてやれ。」
「む~・・・分かったのです・・・師匠に免じて終わりにしてあげるのです! もうあんなことしてはダメなのですよ兄さま!!」
「すまぬ・・・本当にすまぬ・・・」
自分の膝の上で腕を組みながらネコネがそう言うと、頭からキノコが生えそうな程落ち込んだオシュトルがさめざめと泣きながら土下座してくる。妹のネコネに虫けらの様に見られながらコテンパンに叱られたのが余程ショックだったようだ。とは言え、自業自得なので慰めたりはしない。
「あら? お説教は終わったのかしら?」
ネコネの説教が終わると同時に夕食の準備を終えたトリコリさんがやってきた。
台所でネコネ達のやりとりを聞いていたであろうトリコリさんは、自分の膝の上に座るネコネと影を背負ったオシュトルの方を向いて可笑しそうに笑っていた。
「あ、母さま、ごめんなさいなのです。お手伝いしなくちゃいけなかったのに・・・」
「ふふふ・・・良いのよ。また暫く会えなくなるのだから、しっかり触れ合いなさい。」
「はい! 母さま!」
「某としては、もっと穏やかな触れ合いがしたいのですが・・・」
「諦めろ。今回はもう無理だ。」
「はははは・・・」
自分はガックシと肩を落としたオシュトルの背中を軽く叩くと乾杯をすべく、盃に酒を注ぐのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、自分、ネコネ、キウルの三人はオシュトルを見送るべく、正門の前まで来ていた。
トリコリさんは体調を崩したので家で留守番だ。どうやら昨夜の寒さが身体に堪えたらしい。
元々周囲を山々に囲まれたエンナカムイは、雨雲が山に遮られて雨が降り辛い土地である為、空気が乾燥しやすく、それに伴い寒暖の差が大きくなりやすい。そして、ここ最近は暖かい日が続いていたので、トリコリさんは薄手の掛布団のまま寝てしまって身体を冷やしてしまったのだ。
そんな訳で、自分の薬草を煎じて飲ませ、オシュトルへの別れの挨拶をした後、布団で休んでもらっている。
「・・・ネコネ、母上の事を頼んだぞ。某が居ない間は、其方が一番の頼りだ。」
「任せてください兄さま。それにしばらくは
「おう、任せろ! でも本当に良いのか? 自分が居候なんかになって。」
「マシロ殿の事を信頼しているからこそだ。それにネコネの師なのだから、同じ家に住んでいた方が何かと都合がよいであろう?」
「確かにな。だが、キウルが嫉妬しないか心配だぜ!」
「ちょっマシロさん!?」
ネコネと一つ屋根の下で暮らすことになった自分がからかい混じりにそう言うとキウルが慌てた声を上げた。しかし、彼の気持ちに全く気付いていないネコネは不思議そうに首を傾げていた。
「? キウルも師匠の教えを受けたいのですか?」
「えっ!? そ、そうです!! マシロさんの話はタメになりますから羨ましいな~って!」
「やはりそうでしたか。ですが、師匠は私の師匠なのでキウルには貸してあげないのです。それに、キルウは皇子としての知識がまだまだですから、今はそっちをしっかり勉強するのです。」
「ですよね~・・・はははっ・・・はぁ・・・」
誤魔化すことは出来たが全く脈がなさそうなネコネの様子にキウルは溜息を吐いた。
キウルは歳の割には落ち着いているが、ネコネにとっては敬うべき皇族であると同時に幼馴染だ。そんな相手を恋愛対象として見るのはなかなか難しい事だろう。
それにそもそもネコネの理想がオシュトルなのだから、キウルの思いが届くには余程の努力が必要なわけで、そこに辿り着くまでにネコネに好きな人が出来ないとも限らない。
つまりキウルの失恋は半ば確定しているようなもので、そんなキウルに目頭が熱くなるような気がした。
「どうしたのだマシロ殿? 目を抑えたりなどして?」
「いや、キウルの未来を考えるとちょっとな?」
「そういう事か・・・キウルも良き
「こればっかりは好みの問題だから仕方がないさ。」
「あの・・・なんで兄上達はそんな目で僕を見てるんですか!?」
オシュトルと一緒にキウルに憐みの眼差しを向けていると、気付いたキウルが不安そうな顔で抗議の声を上げてくる。
自分達は、そんなキウルの肩に手を乗せると慰めの言葉をかけていた。
「大丈夫だキウル。お前ならきっと良い嫁さんが見つかるさ。」
「そうだぞキウル。いつかお前の良いところを見てくれるヒトが必ず現れる。それまで己を磨く事を怠ってはならぬぞ。」
「え・・・いや・・・それって・・・」
「どうして突然そんな話になったのかは分からないですが、優しいキウルなら結婚してくれる相手が必ず見つかるのです。それに最悪どこかの國の皇女さまを娶ればいいのですから、心配しなくても大丈夫なのです!」
「あはははは・・・そうですね・・・はぁ・・・」
慰めるつもりが、ネコネが入ってきたせいで逆にダメージを与えてしまったようだ。
キウルは死んだ魚の様な目で乾いた笑いを漏らしながら、溜息を吐いた。
キウル・・・強く生きろ・・・
自分はその姿にキウルに良き出会いがある事を祈らずにはいられなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「では、そろそろ出発しようと思う。皆、達者でな。」
沈んでいたキウルが持ち直したのを確認したオシュトルは、荷物を背負い直すと自分達に向かい合いながらそう言った。
その顔は穏やかな笑みを浮かべていたが、どこか寂しそうな色が混じっており、自分達との別れを惜しんでいる事が伺えた。
「はい・・・兄上もお元気で。」
「兄さま、また帰ってくるのをお待ちしてるです。」
オシュトルに別れを告げるキウルとネコネも先ほどとは打って変って寂しそうな顔をする。
オシュトルと義兄弟の契りを結んでいるキウルとオシュトルの実の妹であるネコネにとって、オシュトルはとても大きな存在だ。今生の別れでは無いとはいえ、やはり辛いものは辛いのだろう。
「マシロ殿。この國に居る間、母上とネコネを頼んだ。」
「おう。任せてくれ。お前の方も頑張れよ。」
そう言って自分達はガッチリと握手を交わした。
ひと月にも満たない短い間ながら、自分とオシュトルは、幾度となく杯を交わし、共に笑い、騒ぎ、友情を育んできた。
自分にとってオシュトルと共にある時間は、まるで旧来の友の過ごすように気兼ねなく純粋に愉しむ事ができる時間だった。
最早自分にとってオシュトルは、親友を通り越して『心友』と言える存在になっていた。
「そうだ。お前に頼みたいことがあるんだがいいか?」
「某に頼み? マシロ殿の頼みなら断る理由は無いが、いったい何だろうか?」
「なに、そんなに難しい事じゃない。頼みたいことは二つ。一つは自分を呼び捨てにすること。ダチだってのにいつまでも敬称付けられるのは肩が凝るからな。」
「それもそうだな・・・では、マシロよ。もう一つの頼みというのは?」
「それはだな、こいつを預かってほしいんだ。」
自分は懐から布に包まれた物を取り出すとオシュトルに手渡した。
受け取ったそれを見たオシュトルは目を見開き、急いで中身を確かめる。
「ッ! やはり・・・これは・・・」
「え!? それは水路の対価に差し出した父さまのキセルなのです! いったいどうしてなのですか!?」
手渡された物が対価として渡した形見のキセルだと気付いて声を上げるオシュトルとネコネ。
その顔には驚きと共に戸惑いが浮かんでおり、自分が何を思ってキセルを返してきたのかと探るような眼差しを送ってきた。
「いやなに。折角貰ったはいいが、自分は煙草なんて吸わないって事に気付いてな。そうなると宝の持ち腐れになっちまうから絶対に大切にする奴に預かって貰おうと思ったんだ。期間は自分が煙草を吸いたいと思うまで。どうだ?」
「師匠!」
自分の真意を察したネコネが感極まって抱き着いてくる。そして、オシュトルも何かを堪えるように目を瞑るとひとつ頷き、キセルを大事そうに握りしめた。
「相分かった。このキセル、確かに預からせて貰う・・・・・・マシロよ、本当にありがとう。」
「さて、なんのことかね? まぁ、兎に角頼んだぜ?」
「あぁ・・・任せてくれ。」
オシュトルは再度頷くとキセルを布で包んで懐にしまい込んだ。
ネコネは今だに自分の腹にぐりぐりと頭を押し付けており、あの場に居て事情を知っていたキウルも嬉しそうに笑っていた。
そして、自分は悪戯気な笑みを浮かべながらオシュトルに向かって拳を差し出した。それにオシュトルは愉しそうに微笑むと拳を合わせてくれた。
春の穏やかな日差しに照らされる中、自分達は固く結ばれた絆を確かめ合う。
そして確信する。この男こそ、嘗ての世界で自分と深い友情を結んだ存在である事を。
嘗て彼が何を思い、どんな道を辿ったのか。これから先、彼がどんな道を歩み、何を成すのかは分からない。だが、願わくば、我が友の未来に幸多からんことを・・・
マシロ様は以前のタタリ浄化の長い旅の最中に色々な漫画やゲームの技を
できないか試していました。
その結果、様々な作品の必殺技を習得しています。
まさに、暇を持て余した神の遊び!