アルザーノ帝国の王都から遠く離れた小さな村で銀髪の少年と赤髪の少女が木製の剣を交えていた。
「そこ!」
少年の剣の一振りで少女の持つ剣が宙を舞った。
「もーまた負けたー!」
少女はその場に仰向けになって倒れ込んだ。勝負に勝った少年も肩で息をしている様子から疲労している事が分かる。
少年の名はレオン=ベルナール。そしてその少年の相手をしていた赤髪の少女の名はイヴ=ディストーレ。
イヴは数年前この小さな村にふらりと母親と共にやって来た。村に同じ年頃の子供が居なかったこともありレオンはイヴと積極的に関わろうとした。そんなレオンに初めは心を閉ざしていたイヴも心を開いていき、今ではこうして剣や魔術の稽古をしたり年相応に遊んだりする仲になっていた。
「相変わらず仲がいいのね」
「あら、イヴ。また負けたの? レオン君は本当に強いのね」
二人の元にイヴの母親とレオンの母親がお菓子を手にしてやって来る。
「やめてよお母さん。剣術では勝てないかもしれないけど魔術だと圧勝だもん!」
「そのうち魔術でも僕が勝つんじゃない?」
「言ったわね! 私だっていつかレオンに剣術で勝ってみせるわ!」
火花を散らす二人にイヴの母親が話しかける。
「まあまあ……さあお菓子作ったから二人共食べなさい?」
「ディストーレさん。ありがとうございます!」
レオンが我先にと皿の菓子を手に取って食べる。
「あ、それ私が狙ってたのに!」
イヴがレオンを指さしながら話すもレオンは知らぬ顔で菓子を食べ進める。
「早い者勝ちだよー」
「むー」
そんなレオンの姿を恨めしそうに見ながらイヴは顔を膨らませる。
「まあまあ……たくさんありますから」
そんなレオンとイヴの姿を見て母親二人は微笑むのであった。そんな平和な日常が何時までも何年先まで続くと思っていた。
◇◆◇
平和な日常は突然、終わりを告げた。イヴとレオンが9歳の頃、イヴの母親が病にかかってこの世を去るとそこから徐々に歯車が狂い出す。
「……っ……お母……さんっ……うぅ……」
一人で泣いているイヴにレオンが声をかける。
「……イヴ……」
「……レオン。私……お父さんの所に行きたくないよお……村の皆と離れたくないよお……うぅ……」
イヴのことを突然現れた実の父親であるアゼル=ル=イグナイトが引き取る事となった。イグナイト家は魔術の名家であり貴族である。それも帝国の貴族の中でも有名な名門。その評判はこの小さな村にまでも伝わるほどだがあまりいい噂は聞かなかった。
そんな貴族の家で平民の血が混ざったイヴがどのような扱いを受けるかは子供にも容易に想像がついた。レオンの母親がイヴを引き取る事を提案したが受け入れられる事は無かった。どうやらイグナイト家の嫡子が一人亡くなり、次期当主の予備が無くなったとの事でイヴを引き取るらしい。
その事にレオンや村の者たちは怒りを覚えるが相手は魔導の大家の現当主であるアゼル=ル=イグナイト。逆らう事は誰にも出来なかった。
泣きじゃくるイヴの肩をレオンは優しく抱きイヴを引き寄せる。
「イヴは一生、俺が守るから。だから待ってて……」
「……っ……レオン……」
イヴはレオンの胸に顔を伏せ泣き続けた。
◇◆◇
それから数年の月日が流れ、イヴはとある事故から空席になった帝国軍特務分室の室長の座に就くと順調に戦果を積み重ねていった。
レオンも実力が認められ最年少で帝国軍に入り同じく特務分室に所属している。今や帝国一の剣士と言われており《銀の剣聖》という二つ名まで付いている。レオンはイヴと共に多くの任務をこなして行った。
だが、その日の任務は特別だった。帝国軍を裏切った特務分室の元メンバー《正義》のジャティス=ロウファンの始末。それが今回の特務分室に課せられた任務だった。
帝国軍の一室でイヴはアゼルに対して訴える。
「──そんな、父上ッ! どうして!? ここは《愚者》と《女帝》の援護に──」
「ならぬ。彼奴等は所詮、イグナイトたる我らの駒に過ぎん。ここで援護に向かわせる必要は無い」
「っ……」
グレンとセラに援護を送ることを求めるイヴに対しアゼルは冷たく言い放った。
「貴様は裏切り者の《正義》を仕留め、最大効率で戦果を上げることのみ考えれば、それでよい。それがイグナイト家の大義だ。逆らうなら──」
レオンは天使の塵の中毒者達と戦っていた。既に何人殺したかは分からない。だがいつまで経っても敵は湧いて出てくる。斬っても斬っても斬っても敵の数は一向に減ることは無い。
そんな中、通信機から声が聞こえてきた。
『───クソッ! 誰でもいい! 誰か援護をッ!』
その声は聞き慣れた同僚のグレンの声だった。既に今回の目標であるジャティスはグレンとセラの二人が討ったもののジャティスの周囲には天使の塵の中毒者達が数多く居た為に二人は窮地に陥っていた。ジャティスとの戦いでの消耗を考えると二人はいずれマナ欠乏症に陥り、確実に死ぬ事が予想出来た。誰かが早急に援護に行かねばならない状況だが援護の指示は一切出ていない。レオン通信用の魔導器を取る。
「──イヴ。グレンとセラの援護に行かせてくれ。このままだと二人は死ぬ」
『──ッ! 駄目よッ! 貴方はそこで敵を倒しなさい! 二人の援護に向かう事は…….私が許さないわ』
「アルベルトも居る。ここはまだ何とか持ち堪えられる。だから──」
『駄目ったら駄目よッ!! 貴方はそこで敵を倒しな──』
「イヴ」
イヴの台詞を遮りこれまでとは打って変わった静かな落ち着いた声で男はイヴの名を呼んだ。
『何? やっと従う気になった? ならさっさと──』
「誰の指示だ?」
その言葉にイヴは動揺した。
『何を……言って……』
「ここでグレンとイヴの援護に誰も向かわせないのがお前の作戦なのか?」
『……そ、そうよ! だから貴方はそこで──』
「……イグナイト卿の指示だな。そうだろ?」
『──いえ、私の判断よ』
「お前が仲間を見殺しにするような奴じゃないことは誰よりも俺が一番分かってる。二人の援護を提案したがイグナイト卿に却下された。違うか?」
『──ッ!』
レオンの言葉にイヴは言葉を詰まらせた。その反応でレオンは確信を得る。
「だと思ったよ。今助けに行けばまだ間に合う」
『……駄目よ』
「手遅れになるぞ。それでも行くなと命令するか?」
『……駄目よ! ……私だって……私だって今すぐグレンとセラを助けに行きたいわよ! でも父上に逆らうことなんてできない! もし逆らったら貴方だって……!』
「クビにでもなんにでもなるさ。二人を助けられるならそれでいい。二人を助ける事こそイヴが本当に望んでることだろ?」
『……レオン』
「覚悟は出来てきる。改めて聞こう。室長、俺はどうしたらいい?」
『……行って』
「──了解」
レオンはイヴとの通信を終え、すぐさまアルベルトとの通信を開始する。
「アルベルト、俺は──」
『分かってる。早く行け』
レオンが用件を伝える前にアルベルトは答えた。どうやら言いたいことは分かっているらしい。
「助かる」
レオンはその場をアルベルトに任せるとすぐにグレンとセラの元へと向かった。
◇◆◇
「ハァハァ……」
グレン=レーダスは天使の塵の中毒者達と戦っていた。セラ=シルヴァースもグレンと共に襲い掛かってくる中毒者を次々と倒していった。
しかし二人が幾ら敵を殺しても次から次へと敵が湧いて出てくる。更に中毒者はしぶとく生半可な攻撃では倒しきれない。すぐに起き上がり再び襲い掛かってくる非常に厄介な相手だった。
グレンとセラは二人でかつての同僚ジャティス=ロウファンを討ち取った。しかしその戦いでグレン、セラ共に魔力を多く消耗していた。ジャティスを倒したとて周囲の天使の塵の中毒者は元通りなんてことは無い。二人の周りにはまだまだ敵が残っていた。
グレンは室長のイヴに再び連絡を取ろうとするが繋がらない。やはり援軍を寄越す気は無いらしい。このままではジリ貧。いつか倒れることは火を見るよりも明らかだった。
「うがぁあああ!!」
「クソッ……!」
背後からの攻撃を捌ききれなかったグレンは中毒者の攻撃を受け吹き飛ばされる。その隙にも次から次へと敵が襲い掛かってくる。グレンが応戦しようとするが三節詠唱しか出来ないグレンの魔術ではこの量の敵を一気に相手をするのは無理だった。中毒者がグレンに止めを刺そうと襲いかかる瞬間、突風が吹き荒れ中毒者達を吹き飛ばす。
「グレン君っ!」
セラの風の魔術によってグレンは間一髪助かった。しかしその攻撃は広範囲の敵に攻撃する為の魔術であり仕留め切るには威力が足りていなかった。敵はすぐさま起き上がり今度は標的をセラへと変え襲いかかる。セラも素早く応戦する。
「セラ! 後ろだ!!」
セラの背後からも攻撃が迫っていた。前方の敵を倒したセラは続けて魔術を唱えようとするが間に合わない。
「クソッ! 骨が折れてやがる」
グレンも思ったように身体を動かせない。そんな中なんとか狙いを定め銃を連射するもその攻撃は間に合わない。
「ッ! セラぁあああああああ───……!!!」
グレンの放った銃弾が中毒者へと届くより先に中毒者の振るった斧がセラを切り裂こうと振り下ろされる。
「──ふぅ。間に合った」
中毒者の攻撃がセラを捉える前に中毒者は真っ二つになった。セラの前にレオンが降り立つ。同時にセラの周りを取り囲んでいた天使の塵の中毒者達が血飛沫をあげ次々と倒れていく。
「レオ君!」
セラが自分の前に降り立って男を見て声を上げる。
「……レオか!」
「まだやれる? お二人さん?」
「……なんとかな!」
グレンは立ち上がりレオンに答える。既に疲労困憊だったが援軍の登場は戦力的にも精神面にも非常に大きな効果があった。
「それじゃあ……やるよ」
レオンが援護に来たことでグレンとセラも持ち直し次々と敵を葬っていった。
◇◆◇
「はぁあああああ!? レオがクビだぁあああ!?」
帝国軍の一室にグレンの声が響いた。その部屋にはグレンの他、セラ、アルベルト、リィエル、クリストフ、バーナードといった特務分室のメンバーが集まっていた。
「──当然じゃな。結果的にレオ坊がした行為は、命令違反。軍としては当然の判断じゃ──ワシとて納得はしてないがな」
「……私達のせいで……レオ君が……」
セラは俯きながら呟く。
「結果的に命令を無視すると決めたのはレオン自身だ。責任を感じる必要は無い」
アルベルトは冷静に言い放った。
「──そうは言ってもよ! レオが来てくれなきゃ今頃、俺とセラは……」
レオンが命令を無視し駆けつけていなければ、グレンとセラは死んでいただろう。その事は誰もが分かっていた。部屋は静寂に包まれる。
「ん。レオン。いなくなるの?」
静寂の中、リィエルが声を上げる。いつも無表情のリィエルだが、今日の表情はどこか悲しげだった。
「……分からない……今は……待つしかない……」
セラは奥の室長室の扉を見つめた。
◇◆◇
室長室ではイヴとレオンの二人が話していた。その表情は暗い。
「──つまりレオン。貴方は……」
「クビって事だな」
「──ごめんなさい。私、貴方を守れなくて……」
「まぁ仕方ないさ。イヴが気にすることなんてない。結局命令を無視したのは俺だから」
「私が父上に逆らっていれば……」
「おいおい。そしたらイヴがクビだろ? 室長がクビになったら困るって。それにイヴの場合クビだけじゃないだろ」
イヴがアゼルの言い分を無視しグレンとセラの二人に援軍を寄越していたら今頃イグナイト家を追い出されていただろう。それはレオンにとっても困る。それではあの人との約束が果たせない。
「だけど……」
「だからイヴが気にすることじゃないって。俺がこうしたいと思ってやった事だ。変えるんだろ? イグナイトを」
「……えぇ」
「じゃあな、イヴ。何かあったら呼んでくれ」
レオンが室長室から立ち去る。レオンが立ち去って一人となった室長室でイヴは呟いた。
「また貴方と離れ離れになるの……? ……レオン」
イヴは首から下げたネックレスを握り締めた。