朝日の昇る頃に   作:uco

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 三人がかりで引っ張っていったものの、鎮守府が見えてくる頃には、明るく輝いていた月は山の際に隠れてしまっていた。水平線の彼方から、すこしずつ紫がかった空が上ってきている。

 

 曙は一言も発することなく、素直に三人に支えられながら海を進んだ。いつしか緊張は解け、きつい表情も緩んでいたが、桟橋に上がるときにはやや強張っていた。

 

「曙ちゃん、大丈夫? 歩ける?」

 

 曙を桟橋に引っ張り上げてから、潮が尋ねる。

 

「ン……」

 

 曙がこくりとうなずいたのを見て、潮は嬉しそうに微笑んだ。

 

 艤装はだいぶダメージを受けていたものの、身体自体には目立った傷はなく、曙はしっかりとした足取りでコンクリートを踏みしめた。

 

「こっち」

 

 曙の手を引いて潮は歩き出した。

 

 海上では先頭にいた神通は最後尾に回り、五人はぞろぞろと人気のない鎮守府内を行く。

 

 庁舎には入らない。艦娘寮の横を抜けて、さらに奥、木々が生い茂るなかに小さな石階段がある。

 

 鎮守府の裏手にある高台に登るための石階段。艤装をつけたままだと一人分ぎりぎりの幅しかない。

 

「暗いから気をつけて」

 

 昼間ですら陽が差さずに薄暗い場所。足元が全く見えず、知らなければそこに石段があることすらわからないくらいに真っ暗だ。

 

「ちょっと待ってください」

 

 暗闇の中を登ろうとする潮たちを呼び止めた神通が、なにやら腿のあたりをごそごそと探っている。

 

 不意に神通が強烈な光を放ち出した。

 

「わっ」

 

 まぶしさに潮たちは目を背ける。直視すれば目がつぶれてしまいそうなほどの光は、神通の左脚の付け根辺りから出ていた。

 

「探照灯の使い方ではないと思いますけど」

 

 そう言って神通は腿に備えられた探照灯の角度を、なるべく足元だけを照らすように、下に向けた。

 

「神通さん、ありがとうございます」

 

 昼間のように明るくなった階段を、潮たちは登り始めた。

 

 途中で九十度折れ曲がり、さらに登る。階段は急で、艤装をつけた状態では艦娘でもなかなか辛い。

 

 しかし、曙は顔色ひとつ変えずに黙々と石段を踏んでいた。

 

 一番上まで登ると、急に視界が開くなった。海の方に向かって拓けたその場所からは、鎮守府構内が見渡せ、頭上には紫色の空が広がっている。

 

「曙ちゃん」

 

 息を整えてから、再び潮は曙の手を引いた。

 

 そう広くはない高台の端、きれいに丸く草木が刈り取られているところで、潮は振り返った。

 

「提督だよ」

 

 そう言って指し示したのは、潮の膝の高さくらいの四角い石だった。その前には花瓶が置かれ、すこし萎れた花が差してあった。

 

「本当は別の場所にちゃんとしたお墓があるらしいんだけど、提督に見守っててもらえるようにって、みんなでここに作ったの」

 

 曙はその小さな暮石の前に進み出て、しゃがんだ。そして、右手を伸ばして暮石の表面を指でなぞった。もう探照灯は消されていて見えないが、そこには提督の名と、あの最後の戦いの日——曙が沈んだ日と同じ日付が刻まれている。

 

「……ソ……ク……」

 

 何度か指を往復させた曙がなにかをつぶやくと、急に震え出した。

 

「ク……ッ」

 

 潮がかたわらにしゃがんで、肩を抱いた。

 

 曙は大粒の涙をぼろぼろこぼして泣いていた。しゃくりあげる音が周囲に響いていた。

 

「ごめんね、曙ちゃんも、提督のことも、守れなくって。曙ちゃん、最期まで提督のこと心配してたのに、ごめんね……」

 

 言っても仕方のないことだし、当然潮のせいでもなかったが、潮は何度も「ごめんね」を繰り返す。その瞳からは涙がとめどなく溢れていた。

 

「クソテイトク——!」

 

 曙が空を仰いで叫んだ。かつてことあるごとに口にしていた言葉を。

 

 それは心の底からの罵倒と、正反対の感情とを込めた呼び声だった。

 

 

 東の空が赤く色づいてきていた。

 

 昇り始めた陽の光が、徐々に海と鎮守府を明るく照らしていく。

 

 おもむろに曙が立ち上がり、朝日をじっと見つめた。曙に寄り添っていた三人も、引っ張られるように立ち上がって、赤くなっているその目を細めた。

 

 次の瞬間、曙の身体は柔らかい光に包まれた。瞬く間に、漆黒の艤装が光となって蒸発するように消えていく。

 

 そして、次第に曙自身の身体も光の粒になって、すこしずつ朝焼けの空へと昇っていく。

 

 なにが起ころうとしているのか、すぐに理解した姉妹三人は思い切り曙を抱きしめた。もうどこにも行かせはしないとばかりに。

 

 しかし、太陽が水平線からその姿を見せるにつれ、曙の身体から立ち上る光は増えていく。

 

 両腕が消え、両脚も光となった。曙のいる場所はどんどん小さくなっていった。

 

 枯れ果てたと思われた涙が、三人の目からこぼれ出す。抱きしめていたはずの身体は消えてなくなり、最後に残った花飾りもぱらぱらと崩れて消え去った。

 

 唯一消えることのなかったもの——銀色の指輪が、朝日を浴びてきらきらと輝きながら落ちて、暮石に当たって跳ねた。

 

 その小さな指輪だけを残して、まるで幻のように、曙は跡形もなく消えていなくなってしまった。

 

 しかし、曙が完全に消え去る直前、彼女が言った言葉が、三人ははっきりと聞こえていた。

 

 

「ありがとう」

 

 

 と——。

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