朝日の昇る頃に   作:uco

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時雨が見つけた小さな秘密。


後日談
小さな秘密


 艦娘が生活する寮の一階の片隅に、日用品や雑貨、お菓子などを取り扱う酒保がある。小さなスペースだが、艦娘の多種多様なリクエストに応えるため品揃えは豊富。それでも欲しいものがない場合は、ものにもよるが、注文すれば大抵は取り寄せてくれる。

 

 この日、時雨は数日前に注文しておいたものを受け取りに酒保を訪れていた。

 

「どうぞ、ご注文の品です」

 

 店番の鹿島から差し出された一本の花。茎がたくさん枝分かれして、それぞれに小さな白い花を咲かせている。

 

「ありがとう」

 

「あの、大淀さんに言えば、経費で落とせるんじゃないかと思うんですけど。よろしいんですか、時雨さん持ちで」

 

「いいんだ。僕が個人的にやってることだから」

 

 小さく笑って、時雨は花を受け取った。一本しかないのに、無数に開く花びらのおかげで小さな花束くらいに見える。

 

「なんなら艦隊のみんなで持ち回りとかでも」

 

「みんながそうしたいならそれでもいいけど、僕自身は止めないよ」

 

 あくまで時雨自身が始めたことだから。他の艦娘もやりたいならやればいいだけのこと。もっとも、時雨がやっているせいで、他の子たちが遠慮しているのかもしれないという思いもある。それでも、始めてしまったからには、時雨はこれからも続けるつもりだった。

 

 なおも引き留めようとする鹿島に別れを告げて、時雨は酒保を離れた。

 

 片手にバケツ、もう一方に花を抱えて、時雨は玄関へと向かう。出口の手前で、外から入ってきた夕立とばったり会った。

 

「あ、時雨、お花?」

 

「うん」

 

 知らない人が聞いたら意味のわからない会話に聞こえるだろうが、二人の間ではこのすくない言葉のやりとりだけで十分伝わる。

 

「じゃあ夕立も一緒に行くっぽい!」

 

 外から来たばかりなのに、夕立は元気に言うと時雨の横に並んで回れ右をした。もし夕立にしっぽがあったら全力で振っているだろうなと考えて、時雨は小さく笑った。

 

「ところで夕立、それどうしたの?」

 

 夕立の姿を目にした時から気になっていた、彼女の手に握られた、サツマイモ。焼き立てなのかホカホカと湯気が上がっていた。

 

「ああ、そうそう、神通さんと潮たちが焚き火で焼いてたから、もらったっぽい。みんなも呼んでこようと思ってたの!」

 

 季節は秋。過ごしやすい陽気が続いている。焼き芋にぴったりの季節ではある。それにしてもなんで突然と、不思議に思って焼き芋を見ていたら、夕立は勘違いしたらしく、

 

「時雨も食べるっぽい?」

 

 焼き芋を時雨の目の前に差し出してきた。皮が剥かれて色鮮やかな黄色を見せるサツマイモ。焼き芋特有の甘い香りが時雨の鼻腔をくすぐった。

 

 一瞬、そのままかぶりつきたい衝動に襲われた時雨だったが、すぐに思い直して首を振った。

 

「僕はいいから、夕立が食べなよ」

 

「そう? もし食べたくなったら、神通さんのとこに行けばきっともらえるっぽい。たくさんあるって言ってたから」

 

 そう言って、夕立は嬉しそうに焼き芋にかぶりついた。

 

 花を持った駆逐艦と、芋を持った駆逐艦とが連れ立って艦娘寮の外に出る。変な組み合わせだが、見ている人はいない。

 

 頭上には清々しいほどに青い空が広がり、雲は小さなものが一つ浮かんでいるだけ。グラウンドの脇にある水道で水を汲んでから、二人は寮の裏手へと向かった。

 

 途中、神通たちの姿が遠目に見えた。漣が白い煙を上げる落ち葉の山を棒でつついている。中にある焼き芋を掘り出しているのだろう。

 

 ——帰りに僕ももらおうかな。

 

 そんなことを考えながら、時雨は歩を進めた。

 

 しばらく敷石上を歩いていた二人だったが、途中で横に折れて、緑に覆われる丘の方へ進路を変えた。

 

 道はないはずのだが、草の中地面がむき出しになった細いルートが一本伸びている。その先に、草木に覆われて見づらいものの、丘の上へと続く石段があった。

 

 ひと二人横に並ぶにはちょっと狭い階段。時雨が先に登り始め、夕立が後に続いた。

 

 昼間なのに、木々に光が遮られて薄暗い。出来が良いとは言えない石段を踏み外さないように、時雨はゆっくりと、一段一段踏みしめて登っていく。いつも元気が有り余っている夕立も、この階段を登るときは静かだ。

 

 長い階段を登りきると再び陽の光にさらされて、時雨は思わず薄暗さに慣れた目を細めた。

 

 周囲を常緑の林に覆われる中、海に向かって小さな家が一軒建つくらいの広さがぽっかりと拓けていて、そこからは鎮守府中のほぼ全域が見渡せる。

 

 この小さな広場の片隅、高台の際の方に置かれた四角い黒っぽい石の前で、時雨と夕立は立ち止まった。

 

 高さ五十センチもない直方体。この飾り気のない小さな墓石の目の前には花瓶が置かれ、薄桃色のコスモスが三輪差してあった。

 

「提督、また来たよ。今日は夕立も一緒だよ」

 

 時雨はしゃがんで、墓石に話しかけるようにしながら、慣れた手つきで花瓶からコスモスを抜き取り、中の水を捨てた。そして、バケツから新しい水をすくって、コスモスと持ってきた新しいカスミソウとを一緒に生ける。このコスモスに時雨は見覚えがなかった。最近誰か他の艦娘が持ってきたのだろう。

 

 もう一年、時雨はたまにこうしてこの場所を訪れて、花を供えている。すこしでも寂しくないように、けれど派手過ぎないように。墓守を買って出た、というほど立派なものではない。特にスケジュールは決めておらず、月に一、二度、思いついた時に花を注文して、取り替えに行くだけ。きっちり何日おきに、と決めてしまっていたら、気負い過ぎてかえって続かなかったかもしれない。

 

「これは夕立から提督さんに。はい、どーぞ」

 

 そう言って夕立は手に握っていたなにかを花瓶の横に置いた。

 

「……夕立、提督はドングリは食べないと思うよ」

 

「やっぱり?」

 

 舌をぺろっと出して、夕立はいたずらっぽく笑うと、置いたばかりの丸々とした二つのドングリを拾い上げた。たぶん階段を登ってくる途中に拾ったものだろう。

 

「これは雪風にあげよっと」

 

 雪風もドングリは食べないだろう。すぐにそう思ったが、時雨は口には出さなかった。

 

「焼き芋は?」

 

「あ、もう食べちゃった」

 

 言われて気づいたらしく、夕立はまた笑った。そして目を閉じ、手を合わせると、

 

「提督さん、焼き芋おいしかったっぽい」

 

 と、よくわからない報告をしていた。

 

 時雨は一緒に持ってきていた雑巾を絞って、墓石を拭き始めた。最後に来たのはひと月ほど前だったはずだが、思ったほど汚れていなかった。きっと、花を持って来た誰かが掃除もしてくれたのだ。

 

「あれ?」

 

 それでも一応丁寧に磨いていると、墓石の裏手に妙なものを見つけて、時雨は小さく声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

 夕立が顔を上げて覗き込む。時雨の人差し指がびんと伸びて、地面に向けられた。

 

「なんだろう、これ」

 

 墓石の真裏、ぴったりと寄り添うように、片手に収まるくらいの小さな白い石が置かれていた。ひと月前にはなかったものだ。

 

 綺麗に切られた墓石と比べると、表面はかなりがたがたしていたが、ちゃんと四角にはなっている。自然の石とは思えない。

 

「誰かのお供え物?」

 

「石はお供えしないんじゃないかな……しかもわざわざ裏側に」

 

 時雨は提督が石好きだったなんて話は知らないし、特に珍しい鉱石のようにも見えない。誰かのいたずら、という感じでもないし、そもそもここでいたずらしようなんて思う子はいないだろう。

 

 花を持ってきた誰かが置いたというのが、一番可能性は高いかもしれない。でもなぜだろう。考えたところで答えは出るはずもなく、時雨はすこしでも手がかりがないかと、手を伸ばして石を拾い上げた。

 

 ちょうど墓石と接していた面が目に入った瞬間、時雨は言葉を失った。

 

「なにかわかったっぽい?」

 

 息をするのも忘れて、手にした石をじっと見つめていた時雨。背中越しの夕立の声に気がついて、慌てて振り向いた。

 

「あ、いや、なにも」

 

 時雨は暴いてはいけない秘密を見てしまったかのような罪悪感を感じて、石を夕立からは見えないようにして答えた。

 

「でも、これはここに置いておこう」

 

 そう言って、石を元あった場所に、元あったように、慎重に戻した。これがなぜここにあるのか、わからないままだけれど、これはここになくてはいけないものだと、わかったから。

 

「そろそろ戻ろうか」

 

 夕立は怪訝な顔をしていたが、これ以上踏み込まれないように、時雨は告げた。

 

「でも」

 

「僕も焼き芋が食べたくなってきたな」

 

 ちょうどここから神通たちが小さく見える。まだ芋は残っているらしく、漣と朧が一緒になって掘り返していた。

 

「夕立も食べたい!」

 

 なにか言いかけていた夕立だったが、焼き芋の話に食いついた。そんな夕立に、時雨は笑って言った。

 

「夕立はさっき食べたばかりじゃないか」

 

「おいしいから問題ないっぽい! ほら、はやく行こ!」

 

 言うなり夕立は一足早く階段へ向かって駆けていった。時雨もバケツを持って後を追う。

 

「また来るからね」

 

 去り際、時雨は振り返ってつぶやく。提督と、そしてかつて共に戦ったであろう艦娘へ向けて。

 

 ふと、時雨は自分の左手に目を向けた。陽の光を反射してきらめく銀の指輪がはめられている。なにか仰々しい正式名称があったはずだが、もっぱら「ケッコン指輪」と呼ばれるその指輪は、かつて提督と結んだ強い絆の証。

 

 あの石に埋め込まれていたのは、確かにこれと同じ指輪だった。みな常に肌身離さず持ち歩いているはずのもの。だから、きっとあれは小さな小さな墓標なのだ。

 

 誰のものなのかは知らない。でも、時雨も知っている誰かの。

 

「時雨ー? はやくはやくー」

 

 先に階段を降り始めていた夕立の呼ぶ声が聞こえた。

 

「今行くよ」

 

 時雨はもう振り返らずに、夕立が待つ石段を急ぎ足で降りていった。

 

 次来るときは、花をもう一輪追加で持ってこよう。そんなことを考えながら。

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