この黒猫に祝福を! 作:双剣士
次の日、カズマ達は森林の中にいた。
木々に囲まれる中、カズマとミツルギが少し離れて対面する。
彼らは丸腰で、荷物は離れた場所に置いていた。
彼らの間には各々が用意した二本の剣が刺さっており、彼らを見守るように各々のパーティーメンバーとキリカが遠くで見物している。
「それじゃ、ルールを説明するね」
キリカの言葉に神妙な顔で二人が頷く。
元が日本人であり、礼節を重んじるミツルギはキリカに視線を向けた。
対するカズマはチラッとキリカの方を見ると、改めて前を向く。
「まずミツルギさん。魔剣なしでカズマから5分以内に「まいった」と言わせて降参させるか、もしくは気絶、戦闘不能にすること。殺し合いじゃないから、即死するようなこともダメだよ」
「分かった」
「カズマは5分凌ぐこと。気絶や戦闘不能はいいけど、同じく殺すようなことはダメ」
「あぁ」
「二人とも了解したね?――うん、じゃぁ
「……―ぇ?」
キリカが笑顔でサラッと自然に告げた合図に呆けたのは、ミツルギだった。
完全に
そして何より、いの一番に行ったカズマの行動に対して、彼は完全に虚を突かれた。
「《フリィーズ》!!」
「はぁ!?」
カズマ全力の凍結魔法は、初級であるが故に危機感など感じさせず、自分の側の剣を完全に凍結させた。位置の関係上、余波を受けてかミツルギの剣も少し凍っている。
さらにカズマは駆け出すと、訳の分からない行動に驚くミツルギに対しさらに魔法を発動した。
「《ブレス・アース》!!」
「ちょ、ゴホッゴホッ!」
「このッ卑怯だぞ!!」
目をこすりながら前を見直すミツルギ。
そこにカズマはいない。同時にミツルギが用意した剣も無くなっていた。
カズマは《潜伏スキル》の効果により、森林をうまく使って隠れたのだ。
そして、そんなスキルを使っているからこそ、カズマは喋らない。
「くっ」
チラッとキリカを見るが、彼女は真剣に場を見つめている。
キリカの後ろではカズマのパーティーが相変わらずなカズマに呆れ、ミツルギのパーティーメンバーは「卑怯者!」「正々堂々戦いなさい!」と罵声を浴びせていた。
(キリカさんは何も言わない、ということは
魔剣を使わない、だから少しでもいい剣を信用ある店から買ってきたミツルギ。
対するカズマは剣の勝負ではソードマスターに勝てるはずもない。だからこそのガン逃げであり、この
そう、カズマの行為は卑怯かもしれない。少なくとも格好悪いだろう。
だが、間違ってはいない。キリカは実戦に近い状況で、と先日言っていたことを今更ながら思い出した。
(なら、僕もそうするとしよう――!)
潜伏スキルは気配を断つ。そのため、気配を察する敵感知スキルではカズマを見つけることはできない。
だが、それは一歩動いた瞬間に効果を失う。カズマは5分間隠れていれば勝ち。
既に考えるだけで1分は経過している。これ以上時間を無駄にすることはできない。
「フンッ!!」
ミツルギは剣のそばに駆け出すと、凍っている地面に対して拳を振り下ろした。
レベルと職業相応の腕力が発揮され、初級魔法で凍っていた氷があっけなく破壊される。
凍ったままの柄を握ると、そのまま引き抜いた。
「ハァァ!!」
そして、そのまま剣を振りぬき目の前の木々を数本斬り倒してしまった。
ソードマスターの補正でこの程度の木々ならいくらでも斬り倒せる。もちろん、それはミツルギの力であり、魔剣の力ではない。
(彼は冒険者、目くらましがあったとはいえ遠くには潜伏できないはずだ)
この剣では辺り一面を丸太に変えることはできない。そんな無駄なことはしないし、する前に剣そのものがダメになってしまうだろう。
だが、カズマが潜伏している範囲の木々くらいは斬り倒せるだろうと考えていた。
そしてそれは当たっている。彼が斬り倒した木々のすぐ近くに、カズマは事実潜伏していた。
(くっそぉ。何のスキルか知らねぇけど、魔剣なしでも十分チートじゃねぇか!)
ミツルギが用意した剣は立派なもので、カズマでもきっと木の一本くらいなら斬り倒せる
だが、同じように格好良く斬り倒すのは不可能だろう。
この時点で2分が経過し、残り3分。カズマが隠れているだけで勝てる確率はグッと減った。
彼の運がいくら高くとも、この状況下で3分は持たないだろう。あと一回か二回、ミツルギが剣を振るえば居場所がばれてしまう。
「ハッ!」
そしてもう一度、剣が振るわれた。
カズマが陰に座り込んでいた木が切られ、斜めにずり落ちていく。
「くっそぉ!!」
座ったまま既に
「無駄だよ、剣の勝負では僕に勝てない。だから君はこういう戦法を選んだんだろう?」
「あぁそうだよ!格好悪いだろこんにゃろー!」
嗤うなら嗤えとやけくそ気味に叫ぶカズマの剣を一度、二度と弾いていく。
凍っていたミツルギの剣から氷がパラパラと零れ落ち、まるでカズマの剣はただの砥石扱いの様になっていた。
「ぐぎぎっ」
「……」
つばぜり合いになりカズマは苦しい表情を浮かべるが、ミツルギは涼しい顔でカズマを押していく。
「そろそろ、諦めたらどうだ?勝敗は目に見えてると思うが」
「余裕な表情かましやがって、イケメンチートハーレム野郎じゃなかったら似合ってなくて笑い飛ばしてやるんだがなぁ……!」
「何を言っているんだきみは……?」
「さらに鈍感とかやってらんねーー!!」
ハーレムの自覚がないのか、それとも同じように女性に囲まれているカズマに言われたくないのか、呆けた表情を見せるミツルギ。
そんな彼に苛立つカズマだが、段々押し込まれていく。
「くっそっ」
悪態をつくが、職業としてもステータス的にもカズマがミツルギに真正面から勝てる確率はゼロだ。
そこに奇跡を望むほどカズマは夢を見ていないし、命がけではないこの勝負にそんな強い運が働くとも考えていない。
弾くように飛びのくが、距離は開かない。《回避スキル》を用いながら、《逃走スキル》の応用でミツルギの剣から逃げるようにして避けていく。
「この、また不可思議な動きを!」
半分以上スキル任せな回避は時折カズマの体を変な方向に曲げようとし、ミツルギが戸惑う。
カズマも負荷がかかってきついが、それでもやり過ごすことに成功していた。
だがついに、カズマは木を背に密着させ、ミツルギの剣をどうすることも出来なくなっていた。
「ハッ!!」
「ッ!!!」
再度つばぜり合いになる。二人の間で剣がせめぎ合い、ミツルギの剣からはぽたぽたと水滴が落ちていく。
「降参しろッ」
「ぐっ……ほんと、お前強いよな。あぁ俺より強いよ確かに普通ならやり合うことすら間違いだ」
「言い回しによる時間稼ぎのつもりならよせ。殺しはダメだが、それ以外なら別に構わないんだぞ」
「……」
剣呑なミツルギの言葉に押し黙るカズマ。
カズマが見つかってからの発言のそれが時間稼ぎだということくらい、ミツルギにもわかっていた。
これ以上付き合うつもりはない、と力を込めていく。
そんなミツルギにカズマは――ニヤッと笑みを浮かべ話しかけた。
「なぁ、熱膨張って知ってるか?」
「無駄話に付き合うつもりはないと――」
そこでふと、自分の持っている剣に目が向いた。
そう、さっきまで凍っていたこの剣――熱くないか?
「熱の付与、付与術ってポイント高くてな、これ取るのに苦労したんだぜ?」
「まさか、砕くつもりか?無駄だ、いくら何でも一度の冷却と熱では砕くことなど出来ないぞ」
「一回だけならな」
ミツルギの剣とせめぎ合うカズマの剣。
だが、この剣たちはそもそも誰が用意したものだった?
そう、
「ま、さか」
「苦労したぜ?見かけばれないように削って一部薄くして、それを凍って熱しての作業。途中で何本折ったか。労力も費用も安くなかったんだぜ?」
「キミはそこまでしてッ」
熱さを感じる剣。このままではカズマの言うように折れてしまう、そう感じたミツルギは一旦引いた。
そして――。
「へ?」
ボッとカズマが勢いよく木の上へ飛び逃げた。
《魔力放出》による上空、正確には木の枝へ飛びつく逃避方法だ。
「え?」
だが、おかしい。剣が折れかけているのだから、カズマはむしろ剣を叩き折りにくるものだとミツルギは考えていた。
「ヴァ~~カ、付与術だぁ?あんな激高いの会得するとかそう簡単にできると思ってんじゃねぇよ!!」
「なっ!?」
カズマがやったのは付与術ではなく、
感じていた熱はミツルギの剣ではなくカズマの剣。カズマは自分の剣を熱し、口八丁でミツルギを騙したのだ。
これもそれも、付与術という聞きなれないスキルだからこそ出来たことであり、同時にカズマがキリカに師事されていたという事実があるからこそ成功したのだ。
「このっ」
「あぁちなみに――」
「フッ」
カズマが登っている木を斬り倒そうと剣を振るうミツルギ。
もうカズマの口車に付き合うつもりはない彼は、無視して木を切りつけ――パキンッという音がした。
「……え」
「剣に細工したっつぅのは本当だって遅かったな」
「な、な、な」
それでも半ばまで斬れているのは流石というべきか、それとも今までの斬り合いで折れていない絶妙加減を褒めるべきか。
怒るべきか嘆くべきかミツルギは二つの感情をさまよい――。
「そこまで!!」
キリカの声によってその二つの感情が爆発した。
「ち、ちっくしょぉー!!!」
「「キョ、キョウヤ!?」」
落ち込む彼を励まそうとクレメアとフィオが駆け寄っていく。
美少女にいたわれるミツルギに対し、カズマは逆に冷たい視線を浴びていた。
「いやぁ、流石カズマね。外道だったわ」
「なんというか、酷いですね……格好悪いです」
「情け容赦なかったな……うらやましい」
「オイお前ら、普通に称賛の言葉はでないのか?期待はしてなかったけど」
最初の最初、ミツルギの剣を奪い自分の剣を凍らせた時点でカズマの作戦の八割は成っていた。
後はもう容赦ないそのやり方にドン引かれていた。
「あ、アハハ。お疲れ様、カズマ」
「あ、あぁ……俺、勝ったんだよな?」
「うん。頑張ったと思うよ」
「だよなー……痛っ」
「火傷だよね、大丈夫?」
カズマは自分の剣を焼いて熱を出していたのだ。
剣を握りしめていた両手は酷い火傷を負っていた。
「診せて、回復呪文なら少し使えるし、一応治療薬もあるから」
「あぁ、悪い」
ドン引くどこぞの駄女神と違って優しいキリカはカズマを労わり、カズマの手を診てくれる。
――――そう、だからカズマは
差し出したカズマの右手を診ようと至近距離まで近づいてきたキリカ。
そんな優しい彼女をガバっと抱きしめる。
「へ!?え、か、カズ――」
「悪い、でも
「え、あ」
キリカは首筋にカズマが隠し持っていたダガーを感じた。
鉄ではない、木で出来た手作りのダガーだ。
「こんなの、いつの間に……?」
「最初っから狙ってた。《スティール》は見えてれば離れた物を手元に呼び寄せる役目も果たすだろ?」
離れに放っておいた荷物、そこにはこの木のダガーしか入っていなかったのだ。
鉄のダガーだと荷物を放ったときに怪しまれるかもしれないし、何より鉄より木の方が成功率は上だろう。
そう考えわざわざ木のダガーを自前しておいた。剣の細工も含め、カズマは徹夜である。
「これでパーティーに入ってくれるよな?」
「え、ぁ、ぅ……」
一本取ったら入る、そう約束した。
そしてその約束に日時、詳しい方法は指定していない。だが、それは
「……もぉ、仕方ないなぁ」
「よっしゃ」
喜ぶカズマだが、彼は現状を忘れていた。
そう、これははたから見ると――。
「か、か、カズマさん?なにをしているのかしら?」
「カズマ、そこまで外道でしたか……最低ですね」
「カズマ、パーティー加入を脅しで行うのは感心しないぞ」
「二人とも、グラムはあるかな?」
「あるわよ」
「一気にやっちゃって、キョウヤ」
「え、あ―ちょ、ちょっと待っ!?」
少女をダガーで脅しパーティーに引き込んだ外道にしか見えない。
このあと、カズマはキリカを抱きしめていることなど忘れ、必死に弁明を重ねることとなったのだった。