ビルが溶け、人が死ぬ、それはこの街ではよくある事だ。だがこの街の悲劇を拭う二枚のハンカチがこの街には存在する。
俺の名前は左翔太郎、この街『風都』の少しは名の知れた私立探偵、猫探しから難事件だろうが俺達の手にかかれば難なく解決する事が出来る。
だが今回は非常に厄介で非常に難しい依頼が飛んできた。
それは依頼主から女心や女性を笑わせる方法云々を教えて欲しいと言った内容だった。
この依頼は今から一時間前に遡る。
「いいかい翔太郎? これは僕なりの判断だが君は『男』に逃げた方がいいと思う」
口に含んでいたコーヒーが霧となって吐き出した。
「な、何言ってんだフィリップぅ! 変な冗談言いやがって!」
フィリップと呼ばれた中性的な少年とも青年とも言える男性は普段は興味を持つ物には子供のような満面の笑みで調べるが、今回はかなり真剣な表情のまま話し出す。
「少々失礼な物言いだが君が好意を示す女性は皆何かしら問題を抱えている、それに君はネギで……これはやめておこう」
「それがなんだってんだ……」
「この際はっきり言っておこう、君は女性に関して軽いトラウマを抱いている。ちなみに男性同士でも恋愛は可能だ、国によっては結婚も可能だ」
そう言われ、翔太郎は面倒な事になったと頭を描いた。
「いや相棒……お前が心配してくれてんのは分かってるが流石に人のプライバシーまでは縛られたくねえんだ」
「分かっているさ、僕も本気で言ってるわけじゃない。でも本題はそこじゃないんだよ。君が女性にトラウマを抱いているところだ、そこを変えない限り君に春は訪れないと言えるだろう」
「んなこたぁ分かってる……」
否定しようと思ったが確かに女に対しての悲劇が脳内でフラッシュアップする。そして何故かネギ。
悔しいがフィリップの言うことは正しい。
けど急に女性に対してトラウマや云々は急すぎないか。
「とゆーか急にどうしたフィリップ? お前、今までこの事に滅多に口出ししなかったはずだろ」
「ああそれは、最近女運のない男について興味を持ちはじめてね、検索よりも身近に体験した翔太郎の方が大量の知識を得られると思ったんだ」
そしてフィリップは最後に保険をかけるように冷静に言った。
「けど心配しているのは本当だ」
「はぁ……ったく何てもん興味持ってんだ……」
気分転換に本棚の推理小説に手を取ろうとしたが、インターホンの音が鳴り響いた。
客人がやってきたという事だ。
話を折り、一体どんな客か姿を見ようとした。
少年と青年の中間と言ったところか、フィリップよりも少し幼さを感じる赤いマフラーをした少年だった。
「あ、あの、ここ探偵事務所って」
少年は緊張しているのか少し口調が硬い。
恐らく依頼なのは確定だろう。
こういうのは第一印象が肝心だ、翔太郎は帽子を手で抑えながら自分が思うカッコいいポーズを取る。
「ああ、俺は鳴海探偵事務所所長の左翔太郎、どんな依頼も確実にこなす、ハードボイルドな探偵さ」
実際所長は別にいるが今は休暇中で翔太郎が『代理』所長という事になっている。嘘はついてない。
後ろでフィリップが笑ってるような気がするが気にしない気にしない。
「じゃあ……俺の依頼もちゃんと聞いてくれるんだよな」
「大船に乗った気でこの俺に……任せな!」
そして翔太郎は少年をソファーにまで連れて行き依頼内容を聞こうと話を始めた。
「俺の名前は千翼、知り合いからここならどんな依頼だって聞いてくれるって言ってたんだ」
「千翼……か、今日はどういった用で?」
千翼は小さい写真を取り出し机に置いた。
無表情で人形のような子と千翼が写っているプリクラ写真だった。
「イユって子がいるんだ……俺、その子と今度水族館に行くんだけど……全然笑ってくれなくて……」
イユと言うのは一緒に写っている女の子だろう。
「俺、あんまりデートとかした事ないし何をしたらいいのかわからないし……」
うんうんと首を軽くうなづきながら話を聞いているとマキシマムドライブ級のワードが翔太郎を襲った。
「女心を教えて欲しいんだ」
「そうかそうか……えっ?」
一瞬、思考が止まった。
今なんつった。女心って言わなかったか。
いや、大丈夫だ。大人の男で先輩であるこの自分なら大丈夫だと何度も言い聞かせたが自身は湧かない。
「探偵には程遠い変わった依頼だね、けど君なら今回も了承するんだろ?」
後ろからフィリップが小さい声で囁くように呟いた。
平然を装いながらも何当然だと少し笑った。
「ったく何当然のこと言ってんだ。街からは小さな悩みかもしれねぇがあいつにとっては大きな問題だ。ここに来たって事は助けを求めてるって事だろ? 俺達が聞いてやらなくて誰が聞いてやるってんだ」
すると千翼は明るい表情を浮かべていて翔太郎も少し嬉しくなった。
「んじゃ、俺はちょっと席を外す。後は頼んだぞ相棒」
すさすさと探偵事務所の外に出て、かもめビリヤード場と書かれた看板の下に翔太郎は立って。
「っあああああー!!」
どうしてこうなったと叫んだ。
「いや落ち着け俺……ま、まだ希望はある……」
震える手で携帯電話をピポパポ鳴らした。
「何の用だ左、俺は今仕事中だ」
照井竜という男と繋がった。
「あいにく俺も依頼中な、ん、だ、よ」
「ならさっさと要件を言え」
「なあ、お前どうやって亜希子と結婚できたんだ?」
「……俺に質問するな」
そう言われてプツッと切られた。
くそ、と地面を踏みながらまた照井に電話をかけたようとしたがフィリップの声に手が止まった。
「翔太郎、ここは僕に良い考えがある」
これは悪魔の囁きなのだと、この時に気づいていればよかったのだと全身骨折で入院した後に後悔する事になると今の俺には知る由もなかった。