GoGoがんばれ!ヘイローちゃん 作:竹林の春雨
夏――家族連れは海に、山に、海外にと多くの人々が頻繁に移動する季節。
教室から見下ろす府中の道路も気持ち交通量が増えてきている。
一般車もいれば、トラックもいた。
照り返す太陽はひたすら白い輝きを放ち、容赦なく大地へと降り注ぐ。
田舎と違い、セミの鳴く声があまり聞こえないことを覗けばまさに夏真っ盛りな状態だ。
そんな暑さが大挙してくる季節に対してキングヘイローはといえば。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……つ、い……」
教室の机で見事突っ伏していた。
梅雨の時と同じようにウマ耳はへたれ、力尽きている様子も一緒。
ただしうだるような暑さは、周囲に取り繕う余裕さえ奪っていた。
日本特有の湿度と温度のダブルアタックに、都会特有の熱を溜めこむアスファルト。建物が多いせいか、自然の風も弱く、本日は無風状態。
汗が噴き出てきて仕方がない。
冷房はあるにはあるのだが、教室を冷やすにはパワー不足で日差しが直撃するキングヘイローの席は地獄の様相を見せていた。
「さしものキングヘイローも暑さには敵わないみたいだねぇ~」
「……府中の夏を舐めてましたわ……うぅ」
涼しげな口調で近所のセイウンスカイが話しかけてくる。
とはいえ彼女もしっとりと汗が流れ、白を基調とした夏服にも薄っすらと肌色が見え隠れしていた。
時計を見ると既に正午。教室内には3分の1程度のウマ娘しかいない。
昼食の時間なので食堂に向かうべきなのだが、人混みひとつとっても
残っている二人は申し合わせたわけではないが、共に時間をズラそうという思惑だった。
そんなのんびりとした時間の使い方をしている二人を他所に、タッタッタッという足音が右手廊下側から響いてくる。
そして教室前で止まったかと思うと突如として廊下側の扉が開かれた。
やってきたのは小柄な女の子。
「やっほー……て、あれ、もうみんな食堂いっちゃった?」
「やあウララ。残念ながらうちらの授業は早めに終わってねえ、一足先に食堂に向かっちゃったよ」
「あれっ、そうなんだ。折角、みんなと一緒に行こうと思ったのになー」
「……また騒がしい方が来ましたわね」
暑さに負けるどころか張り合おうとさえしている騒がしい桃色少女。
髪も瞳もピンク色の一風変わったウマ娘――ハルウララだ。
両手を腰に当てて見るからに元気
クラスは違うのだが、人懐っこい性格で良くいろんなクラスに顔を出しては、話しかけてくる。
コミュニケーション能力においては学園でもトップクラスなどと噂されているほどだ。
そんな彼女が、机に突っ伏していたままのキングヘイローに気付く。
「キングヘイローちゃんどうしたの? 体調悪いなら保健室ついてこっか?」
「……ただの夏バテですからお気になさらず、ハルウララさん」
覗き込むように見てくるウララ。
悪意があるわけではなく、純粋に心配しているのは分かるが、あまり顔をアップで見てこられても困る。
その
トレセン学園に来る前だったら、イライラから強めの言葉がひとつふたつ付いて出たかもしれないが。
(良くも悪くも騒がしい先輩に比べたら、まだ大人しい方ですし……)
下手人はマヤノトップガンとツインターボだ。
最初にマヤノトップガンと出会った時点で、賑やか耐性なるものが付いたような自覚があるが、ツインターボで更に強化されたなとキングヘイローは内心で思う。
三人が揃って既に一カ月以上が過ぎていた。
先輩なので授業があるうちに出会うことは少ないが、トレーニング中はもちろん一緒。
大騒ぎしやすい二人にキングヘイローがツッコミを入れ、タイミングを見計らったかのように坂戸が割って入るという関係が出来ていた。
そんな日々を送っていたのでハルウララくらいの相手に目くじらを立てる気にはならなかった。
「それにしても、こんなに暑いのに元気一杯ですわね」
「うん! だって毎日が楽しいからね! トレセン学園に来る前は不安だったけど、今はもう授業もトレーニングも大好き。暑いのも、なんかこう賑やかな日が近づいてくるようでワクワクしてくるし」
「実際、賑やかなのは間違いないね。ウマ娘のメイクデビュー戦は早い季節だと夏頃開催されるから、どんどんレースに出ていくことになるよ」
「そうですわね……メイクデビュー、か」
メイクデビュー戦は一戦もレースを行ったことがないウマ娘限定のレース。
日本ダービーと違い、格式などはまったくないが新しいウマ娘を見ようとコアなファンが足を運ぶレースでもある。
条件が同じなだけに圧倒的な実力を持つウマ娘が他者をぶっちぎって勝利したり、若々しい拙いレースながら必死に競い合う姿など様々だ。
中には将来、GⅠを取るウマ娘同士がデビュー戦でかち合うと、ちょっとした語り草になることもある。
どちらにせよ一生に一度しか挑めないレース。
キングヘイローも10月に予定されているレースのために鋭意、調整中だった。
そんな話の流れから、ふと気になったことが口に付いて出る。
「そういえば、ウララさんとセイウンスカイさんはデビュー戦は決まっているのかしら」
「ウララ? うーん、こっちはまだ未定かなあ。たぶん来年になると思う」
「私もまだかな。来年かもって聞いてるよ。そういうキングヘイローは?」
「さあどうでしょう。割と近いうちに走ることになるかもしれませんわね」
ふふんと腰に手を当てて微笑む。
期日は明確にしなかったが、暗にデビューが近いことを告げる。
ライバルより先んじていることが少し嬉しかった。
当然、聞いていた二人はクラスメイトのデビューが近いことを理解する。
「えー、キングヘイローちゃんいいなあ。私も早く出たい!」
「ふ~ん、先に聞いといてデビュー日は明かさないとか良い度胸してるねえ」
咎めているわけではないが、からかう様な口調でチクりと差してくる。
しかしキングヘイローは気にした風でもなく、どこ吹く風という様子だ。
「出走日はトレーナーに決定権がありますし、守秘義務というものですわ。それにどうせ貴女もそう遠くない時期に出れるでしょう。態度に出ていますわよ」
「えっ、セイウンスカイもそうなの!?」
「……いやあ、どうだろうねえ。出れるかもしれないし、出れないかもしれないし」
一呼吸置いた後に返事を返してきた。
掴みどころがない少女ではあるが隙はある。
キングヘイローよりは遅いが、かといってデビュー時期がかなり遅れるということもない。
クラシック戦線には仕上げてやってくるだろうと当たりを付けていた。
不敵な笑みのキングヘイローに、温和だがどこか裏を残しているような態度のセイウンスカイ。
バチバチと見えない火花が散っていた。
そんな静かに闘志を燃やしていたところにハルウララが声を上げる。
「ねえねえ二人とも、お昼の時間がなくなっちゃうし一緒にご飯食べない?」
「確かに食堂はもう空き始めてる時間かな」
「……食べるなら二人で良いのではなくて? 私は静かに食べたいので」
静かに席を立って歩き始めるキングヘイロー。
同年代とは話はしても慣れ合いはしたくない。
いつかライバルになるのだから、ほど良い距離感を保ちながらいる方が良いと考えていた。
その様子に苦笑いを浮かべるセイウンスカイ。
彼女の在り方に異議を唱えることはしなかったのだが、今日に限っては別の存在がそれを許さなかった。
「じゃあ一緒に食べようよ! そっちの方が楽しくなると思うし!」
「え、ちょ、ちょっと手を引っ張らないでくださいな!?」
「ほらほら早く行かないとお昼時間が無くなっちゃうぞ。セイウンスカイも早く行こうっ」
「急がなくても、まだ時間はたっぷりあると思うけどねえ」
キングヘイローの手を取ってハルウララが走り出す。
いきなり動き出した彼女に困惑な表情を浮かべながら連れていかれていく。
手を振り払っても良かったのだが。
(……マヤノ先輩と同タイプの方ですし、これは断ってもたぶん強引に連れて行かれますわね……はあ、仕方ないから付き合いますか)
無邪気なだけに一度これと決めたらテコでも動かないタイプだ。
人知れず溜息を吐く。
今日の食事は賑やかになりそうだった。
キングヘイローの食事は基本的に管理栄養士が考案した献立に沿っている。
食堂では『レヴァティ、キングヘイローです』と答えれば、調理師が元から予定されていた料理を作ってくれるという流れになっていた。
また、それは坂戸の訓練計画にも連動しており、料理の多寡で今日のトレーニングがおおよそ予想できる程度には慣れていた。
テーブルに座り、お盆の上に載っていた料理の数々を降ろす。
「……今日のトレーニングは激しくなりそうね」
主菜は和風おろしハンバーグだが、それが三つも皿に載せてある。
さらに全てのハンバーグに半熟卵が載せられていた。
基礎代謝と消費カロリーが高いウマ娘ではあるが、各人によって食べる量は大きく違う。
それこそカツ丼一杯で済ます子もいれば、文字通り山盛りで食べる者もいる。
今回の献立を見るに身体の基礎はできている判断して、筋肉を更に増やす方向なのかもしれない。
タンパク質が多めな料理の時点で、それなりに強めのトレーニングが予想できた。
ハンバーグ三つに、卵三つの時点でボリュームはあるが、副菜も揃っている。
森のバターとも呼ばれるアボガドとキャベツやニンジンが混じったサラダ。
味噌汁にはしいたけ、ワカメと疲労回復効果もある刻んだタケノコ。
最近、健康効果が取り沙汰されているメカブに、絹豆腐、梅干し、漬け物など多種多様だ。
ご飯は大盛り気味だが、それ以前に茶碗ではなく、丼ぶりに大盛りというスペシャル仕様。
梅干しの果肉を混ぜた炊き込みご飯――夏バテ対策の一環と分かるだけに、プロの方も分かっているのだろう。
お盆と一緒に添えられたメモには『ご飯、お代わり二杯までOK』の文字。
夏バテ気味ではあるものの、香り高い料理の数々に感謝するしかない。
とはいえ、
(……これ、さっさと食べないとお昼が終わってしまうわね)
目の前のセイウンスカイもこちらの料理の量を見て若干引いているのが分かる。
ハルウララは「おおすぎー」と笑うだけでスルーしていたが、同年代から見てもかなり多く見えるのも仕方ない。
「――それでね、それでね」
「ええ、そうね。はむ……はむ……」
「よ、よく食べられるね。大食い大会みたいだよ」
「はむ……残すわけには、はむ……いけませんもの、んぐんぐ……」
水も飲みながら強引に飲み込む。
対面に座っているハルウララに対して、適当に相槌を打ちながら料理を頬張っていく。
ハルウララには悪いが話してばかりだと食事が終わらない。
重い昼食ではあるが必要なカロリーなのだと判断してキチンと食べる。
ホカホカと湯気が漂う味噌汁を啜り、タケノコなどを
触感を楽しみながらハンバーグを一口――醤油と大根おろしに、肉汁が混ざってやはり美味しい。
ご飯を口にすれば梅干しの酸味と一緒に白米の甘味が口に広がる。
更に胡麻のドレッシングをかけたサラダを口にし、一息。
腹が膨れていくのを感じながら、トレセン学園の料理は美味しいなとぼんやり考えていた。
そんなマイペースに食事を楽しんでいたキングヘイローだったが、セイウンスカイから声を掛けられる。
「ちょっとキングヘイロー」
「あら、何かしら。ゆっくり食事を楽しんでいるのだけど」
「ウララちゃんのマシンガントークを流すマイペースっぷりはなかなか凄いけど、後ろにお客さんが来ているよ」
「あら?」
ちょいちょいとキングヘイローの後ろを指差している。
それに釣られるように後ろを振り向くと、一人の女性が少し困ったように眉を下げながら立っていた。
見るとチーム<レヴァティ>に所属している先輩の一人だ。
ただツインターボやマヤノトップガンではなく、他所のグループで練習をしている女性。
たまに連絡事項を伝えてくる女性だと記憶していた。
「申し訳ありません食事に集中していたもので……えっと、確かヒショウマル先輩、でしたわよね」
「ああ、いいよいいよ。ちょっとセレブっぽい雰囲気で気後れしちゃったたけだし。それより坂戸トレーナーから連絡事項を伝えてくれって言われててさ」
黒髪の女性は手を左右に振りながら気にしないでとジェスチャーする。
可愛いより綺麗といった様子で、左のサイドテールが特徴的か。
レヴァティでは最年長の一人で今年、卒業予定だという。
サバサバとした印象でニコニコした軽い様子を崩さないウマ娘といった感じだ。
ただ重要なのはトレーナーからの指示。
どんな内容かと身構えていると。
「マヤノトップガンちゃんの試合が終わったばかりだけど、ランクが上がるから重賞に向けて調整し始めるんだって。今回は2000mを何本か走るから、体調に気を付けるようにと」
「ええ、もちろん気を付けますわ」
あれから予定していた2レースで、それぞれ1着と3着に入っていたマヤノトップガン。
順調な滑り出しで次はGⅡ――日本ダービーなどのGⅠと呼ばれる格式高いレースに続いて、2番目にランク付けされている重要なレースに出走予定だった。
これに勝利するか、上位に付ければ菊花賞への道が大きく開かれる。
そのためにも万全を尽くさなければならない。
能力の高いキングヘイローは彼女の練習相手として期待されていた。
「あと夏合宿には筆記用具や宿題一式とかも持っていくようにってのも言われてる。たぶん合宿先で勉強会するかもしれないから、購買で買うなら早めにってさ。場所によっては買い物も碌にできないからね」
「宿題ならすぐに終わらせますが……まあ、了解しました」
トレセン学園も夏の間は暑さもあってか授業がなく、長期休講となる。
宿題は出されるがキングヘイローはさっさと終わらせるつもりで、渡された教科は既にやり終えていた。
ただトレーナーの指示ではあるので、とりあえず返事だけはしておく。
「あとは――食事の量がきついかもしれないけど、何とか食べるようにってさ」
「少し胃袋にはきますが……何とか食べておきます」
「連絡事項はそれぐらいかな。それと……練習、頑張ってね。みんな応援してるから」
「? ええ、もちろん。常に勝利を目指して最善を尽くす所存ですわ」
「……ふふっ、あなたのその言葉は眩しいなあ。じゃあね!」
ウインクをするとヒショウマルは手を振りながら去っていく。
意味ありげな笑みではあったか、キングヘイローにはその真意は分からない。
少し間だけ去っていった先輩の後ろ姿を眺めていたが。
――キーンコーンカーンコーン――
5分前の予鈴が鳴り響く。
そのことを頭で理解した瞬間、急いでテーブルに向き直る。
対面にいたはずの二人はおらず、遠くの方で食器を返却していた。
ハルウララが大きく手を振りながら、
「キングヘイローちゃん先に戻ってるよ!」
「じゃあねキングヘイロー。間に合うといいねえ」
「貴女たち一言くらい声を――いえ、それより早く済まさなくては! はぐはぐはぐ!」
飛びつくように皿を持ちあげ、残り三分の一程度になっている料理を食べ始める。
先輩と話していたとはいえ、小突いて知らせるくらいはあっても良かったのではないか。
そんな不満はあったものの余計なことをしている暇はない。
後で文句の一つでも言ってやろうと心に決める。
食べきれない場合、今日の練習でガス欠に可能性があった。
少なくともマヤノトップガンとの併走トレーニングは、キングヘイローにとってまだかなり苦しい。
坂戸が本格化し始めたと言った通り、彼女との練習は常に汗が滝のように流れるほどだ。
無理はしなくていいとも言われているが、並んで走っているとついつい本気を出してしまう。
実力を付けるための丁度良い手本でもあるので、むしろ願ったり叶ったりではあった。
しかし生半可な食事量では今日の練習が無駄になりかねない。
早く胃に納めなければと一人早食い競争状態になっていたとき、不意に頭上から影が差す。
誰かが通ったのだろうと気にせず食べていたのだが。
「……あの」
落ち着いた、それでいてどこか底知れぬ雰囲気を感じさせる声が耳に届く。
しかしあと3分。
顔を上げる暇さえない。
「ふぁい、はむ……ふぁに? 食べるので忙しいのだけど!?」
「……食べきれないなら、手伝おうか?」
「お生憎様、はむっ、今日動くのにっ、あむ、必要なエネルギーなのでっ、はぐはぐはぐ!」
どうやら料理が多すぎて困っているのだと思われたらしい。
しかし自分で食べないと意味がないため、料理を口に放り込みつつ断った。
相手も無理強いするつもりがなかったのかあっさりと引き下がる。
「そうか……よく食べるんだな」
何故か満足そうな
結局、顔を確認する余裕もなかったので、誰なのか分からない。
しかし気にしている暇はない。
「――――これで、終わり!」
最後に残ったハンバーグを飲みこむ。
時計を見る余裕のないまま、急いで食器を返して教室へ向かう。
最終的にはギリギリで授業に間に合うことができたのだった。
練習もいつもの通りに、マヤノトップガンやツインターボに振り回されつつも無事に終える。
話はそれで終わったかに見えた、が。
ウロウロ、ウロウロ。
大量の料理をお盆に載せた少女が食堂をフラフラと歩いている。
それを横目で観察していたセイウンスカイはのんびりとした口調で話す。
「……あの芦毛の人、最近よく見かけるなあ」
「他人を観察してる暇があったら自分の食事に集中した方がよろしいのではなくて。食べきれなくても私は貴女を颯爽と置いてきぼりにしますわよ!」
「あはは、この前のことはごめんってば」
流れでまた別の日も一緒に食べていた両名。ハルウララは別の友人たちと談笑している。
ジト目のキングヘイローに、苦笑いを浮かべる目の前の友人。
他所は他所だと当の芦毛の人物に関しては特に気にしなかった。
そうしてキングヘイローたちの近くに、芦毛の髪が特徴的なウマ娘が大盛りの料理を持ち、フラフラと彷徨う光景がしばらく目撃されたとかされなかったとか。
アニメ絵的には食べ終わったお嬢様の腹はたぶんボテッとしています