GoGoがんばれ!ヘイローちゃん   作:竹林の春雨

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期待の新星

 マヤノトップガンとの一件があったもののすぐ合宿が終わるわけではない。

 相変わらずツインターボは勉強に勤しみ、マヤノトップガンはトレーナーの言いつけ通り安静にしている。

 そしてキングヘイローは決意も新たに特訓を行っていた。

 

 黙々と足を踏みしめて道路を歩いていく。

 背中にはリュックの重みがあり、初日と違って両肩に食い込むレベルの重さになっている。

 坂戸が用意していたトレーニング計画に沿って徐々に重量が増しているのだ。

 

 ただその重みはむしろ喜ばしいところ。

 温いトレーニングかと思ったが、夏の暑さとダルさの中で長時間行動するのは地味に負担が掛かかっている。

 表面には現れない内側の土台――筋肉などが変化していく気配を日々感じていた。

 

(軽度のトレーニングをひたすら行う……激しい動きがなくても疲れるものですわね。それにしても――)

 

 茶褐色の髪がバサバサと乱暴に揺れ、風の強さを物語っている。

 

「――っ!? ……ふう、嫌な天気ね」

 

 小粒の雨が頬を濡らす。

 雨に慣れるトレーニングの一環として傘はささない。

 レインコートなどで極力、雨に打たれる感覚を覚えるよう言われていた。

 まだ着用していないが土砂降りになったら着なくてはならないだろう。

 

 空を見上げる。

 天気はあいにくの小雨混じりの曇り空。薄暗く、ぶ厚い暗雲が全天を覆うように広がっている。

 先ほどビクンと反応したのは遠くでゴロゴロと雷鳴が聞こえたからだ。

 父島にある山々をウォーキングしていくコースは、キチンと舗装されてはいるので歩くだけなら支障はない。

 

 坂を上って眼下の海原を見下ろす。

 波が高く、嵐が近づいていた。さすがに極端な悪天候でのトレーニングは安全上の理由から実施されない。

 明日は外のトレーニングを中止し、特別訓練が用意されていると言い渡されていた。

 

「さっさと終わらせて、通常のトレーニングに戻りますか」

 

 負担が増えているとはいえ、歩くだけのトレーニングではやはり物足りない。

 キングヘイローは足早に悪天候の山々を歩いていき、その日の練習に励むのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 次の日。

 ホテル『シュ・ラ・フロンティア』の一室――交渉の末、特別に貸し切りとなった談話室の一室にて、坂戸は腕を組みながら言う。

 

「――本日は外が悪天候のため、キングヘイローに関しては特別メニューに取り組んで貰う」

「と、特訓はいいんですが――ぴゃう!?」

「ヘイローちゃんはほんと雷が苦手だねぇー」

「本日は荒天ナリーっすね」

 

 外出できないのでホテルで暇潰しするしかない一同。

 

 先日のヘイちゃん呼び宣言をしていたマヤノトップガンはなぜかいつもの呼び方だが、キングヘイローがそれを気にする余裕はない。

 坂戸の説明を聞くために両耳に神経を集中してはいるが、時折響く雷鳴にビクビクしてばかりだ。

 

「ウマ娘というものは通常、人間より聴覚などの感覚器官に優れておる。そのため雷鳴などといった大きな音を苦手とする者は存外多い。しかしそれをそのままにしていては、レースでの観客たちの歓声に集中力を乱される可能性がある! よって本日のメニューは――」

 

 ホワイトボードにきゅっきゅとマジックペンで書いていく。

 雷鳴が轟く中、坂戸が提示した特訓が何だったのかというと。

 

「……レース鑑賞会?」

 

 きょとんとした表情で呟く。

 ホテル内とはいえ、身体を動かす特訓かと思ったら想定の範囲外の内容に困惑気味だ。

 しかし坂戸は真面目な顔付きで頷く。

 

「チーム<レヴァティ>が戦後以降、ずっと収集し続けてきた往年の名レース集じゃ。キングヘイローには、それをじっくり鑑賞しながら、今後のトゥインクルシリーズについて想いを馳せるようにしてもらう。全神経を集中させながら、もし自分がレースに出場していたらという仮想トレーニングを脳内できっちり行うんじゃ」

「……雷雨で気が散って仕方ないんですが」

 

 気力で維持しようとはしているが、時折雷鳴が(とどろ)いており、頭部のウマ耳がビクつくくらいには驚いている。

 

「それを闘志でまくり返すというのが今回の主旨じゃ。キングヘイローは儂が見てきたウマ娘たちの中でも、抜きんでた勝利への執念と向上心がある。そのメンタリティは非常に有用じゃ。なので名レースの鑑賞で闘志を滾らせ――」

「――苦手な雷が気にならなくなるよう調整していく、ということですか?」

「そういうことだ。弱点を克服すれば、お主に残るのは闘志というメリットだけになる――できるか?」

「できる、できないではありません。やれ、と仰るなら意地でもやって見せますわよ。……それがキングヘイローなのだから」

 

 確認するように聞いてくる坂戸に対して、一度溜め息を吐きながらも答える。

 精神論に根性論を重ねたような内容ではあるが、理には適っていると受け取っていた。

 もとよりキングヘイローの弱点と呼ばれるものはメンタル面での脆弱性が目立つ。

 

 同時に勝利を目指して貪欲になれる性格が弱点を大きくカバーしている側面もあった。

 そういった強い光があったゆえに、弱い部分が影のように小さく、裏に潜んでいたと言ってもいい。

 

「勝利への最短ルートは何が何でもこなしてみせる。眉唾な部分もありますが、きっちりやって見せます」

「よく言った。これをこなせなくてはGⅠなんぞ夢のまた夢だからな。……名勝負の視聴でキングヘイローの闘志を掻き立て、雷が気にならなくなるよう視聴特訓する――――名付けて『熱血! 名試合de克己心トレーニング』じゃ!」

「内容はともかくネーミングセンスだけは壊滅的ですわね……」

 

 至って真面目な顔で変な特訓名を語る坂戸に対して、呆れたように腰に手を当てながら呟く。

 自身の言葉が届いてなかったのか、坂戸は手を叩きながら部屋の入口――テレビとは反対方向に顔を向ける。

 

「ヒショウマル、準備はできておるか」

「はいは~い。資料室からあったのをまとめて持ってきてたけど、これでいいですか」

「……これはまた、随分とありますわね」

 

 扉を開け、足元にあった段ボール箱を持ち上げるヒショウマル。

 自慢のサイドテールを揺らしながら、テレビの前におろした箱の中にはビデオテープがズラリと並んでいた。

 中にはDVDなども混ざっており、時代に即してか多種多様。ラベルには『シーン集1988年』など時代分けされている。

 

 多くはビデオテープ――昨今ではDVDなどの記憶媒体に押されて、すっかり見る機会も減ってきた長方形のプラスチック体。おおよそ長鉛筆が入る筆箱ほどのテープだ。

 ご丁寧に上書きできないようテープのつめ(・・)も折ってある。

 少しだけ胡散臭いものを見るような目で適当にテープを拾い上げた。

 

「今では骨董品みたいな代物ですわね」

「一昔前は主流だったんじゃがな。古い試合も多いから自然とこういったものも多くなる。テープの寿命を迎えようなものは一緒に入っているDVDに焼き付けておるから、そっちから見るといいかもしれんな」

「ふーん……あら、爪の部分にテープが付いてますが」

「それは録画するときの応急処置じゃな。ビデオテープは『つめ』の部分を折ることで、上書きできなくなるが、テープを貼ると出来るようになる。まあ庶民のちょっとした知恵じゃよ」

 

 興味深げにビデオテープを観察する。

 使ったことがないわけではなかったが、CDのような記憶媒体が広がってからは実家でも使う機会はほとんどなくなっていた。

 とはいえテープの雑学が本題ではない。

 

 室内に備え付けられていたテレビとDVDプレイヤーにヒショウマルが、件のテープを入れて起動させると途端に歓声が聞こえた。

 レース前特有の徐々に沸き上がってくるような観客の声。

 「GⅠが――」という実況の声も混じっていたが、それを抜きにしてもかなりの大歓声と言えよう。

 そのテレビの声にキングヘイローだけでなく、ツインターボやマヤノも興味津々に覗き込む。

 

「おじーちゃんおじーちゃん、これっていつのレース?」

「これは――シンボリルドルフの三冠を取る前のレースじゃな。無敗で菊花賞を迎えた当日は多くの観客が足を運んだと聞いている」

「いきなりとんでもないレースね。確か7連勝中で、菊花賞で8連勝だったかしら」

 

 トレセン学園では生徒会長もやっているというシンボリルドルフの伝説的な記録を打ち立てたレースの一つだ。

 ウマ娘のレースには地方、中央という違いがあるが、基本的に中央と呼ばれるレースはレベルが段違いと言っていい。

 その中央のレース――トゥインクルシリーズを無敗で駆け抜けるというのは、並大抵の実力で達成できるものではない。

 どんな実力者でも、スタート、ペース配分、レース中の位置取り、仕掛けのタイミング、他のウマ娘の実力差等々、多くの要因が関わってくる。

 

 レースも大体が10名以上のウマ娘が戦う場。2着以下は評価されるものの1着にならなければ敗北扱いだ。

 そんな多数のネガティブな要素を実力一つで叩き伏せ、無敗の三冠ウマ娘に輝いたシンボリルドルフは、まさに歴代屈指の実力者と言えよう。

 真剣な表情でテレビ画面のシンボリルドルフを見つめるのを他所に、ターボとマヤノが雑談をしている。

 

「ほんと派手な人っすよねー会長って。うちからしたら天上人みたいなもんすよ」

「ターボちゃんって成績いくつだっけ?」

「うちは8戦3勝っすね。一応GⅢのラジオたんぱ賞に勝てたのが密かな自慢っす」

 

 ピンとツインターボが白いゴーグルを弾く。

 彼女はゴーグルを複数持っているようで、今日は白いゴーグルを付けているようだった。

 

「えー、十分勝ってるじゃん。マヤノなんて9戦3勝だよ。しかも重賞はまだ勝ったことないし」

「いやいや重賞勝てたのはまぐれ勝ちみたいなもんすよ。もしかしたら白ゴーグルが勝ちを呼び寄せたのかもしれないっすけどね」

「そうかなぁー……あ、ルドルフ会長めっちゃ早い!」

「うっわ、中団に居たのになんで最終コーナーに入ったら前にいるんすか。こりゃ作戦勝ちっすねえ」

「並外れたレースセンスと位置取りの巧みさがあるからこそ出来る芸当じゃな。二人もよく勉強するといい」

 

 坂戸も加わってテレビを見ながらワイワイやっている。

 自分のトレーニングのはずなのになぜレースで盛り上がっているのだろう。

 

「……私を忘れないでくださいませんか」

「おっと、すまんすまん」

 

 ツッコミを入れつつ画面の前に行く。

 本日の特訓が始まった。

 

 

 

 

 

「…………っ!? むむぅ」

 

 時折、雷鳴に身体が驚きつつもキングヘイローは画面に魅入っていた。

 往年のウマ娘たちが争うレース。

 やはりというべきか、その一流のテクニックは目を見張るものがあった。

 

 例えば大逃げから徐々にスローペースへと落としていく高等テクニック。後続集団が必死に追うも体力を温存したウマ娘が悠々と一着を取る姿が映っている。

 

 別のレースでは闘志を前面に出しながら先頭は譲るまいと激走する凄まじい姿も展開もあった。精神が肉体を凌駕する光景は息を飲むしかない。

 

 後方から直線一気にゴボウ抜きで差していくウマ娘もいた。その姿は稲妻の一言に尽きる。二着になったウマ娘が茫然とした表情で一着になった相手を見ていたのが印象的だった。

 

「勉強になるばかりね」

「ほんと凄いよねぇー」

「ええ」

 

 一緒に見ていたマヤノトップガンも目をキラキラさせながら見ている。

 既にレースデビューしているだけに、キングヘイロー以上に考えさせられるものがあるのかもしれない。

 そのままずっと見ていたい気持ちもあったのだが、

 

「……ちょっと御手洗に行ってきます」

 

 クーラーの効いた部屋で身体が冷えたせいか催してしまった。

 自室ではクーラー禁止令が出ているため無駄に暑い室内で暮らしている。

 どうにも暑さに慣れてきたせいか、逆に冷えるのが堪えてしまっているのかもしれない。

 

「行ってらっしゃいっす。テレビはどうするっすか?」

「マヤノ先輩が楽しんでいるようなので、そのままにしておきましょう」

 

 立ち上がったキングヘイローに、ツインターボが自身の長い前髪をかき分けながら聞いてくる。

 彼女のゴーグル姿には慣れたものだ。

 

 屋外が騒がしく勉強にも集中しづらいだろうということで、ツインターボの勉強会も今日はお休み。一緒にレースを見ていた。

 キングヘイローの特訓ということでテレビを一時ストップするか聞いてきたが丁重に辞退する。

 

(マヤノ先輩の気分が少しでも晴れた方が良いですし)

 

 自身もGⅠに出る予定とあってか、マヤノも笑顔ながら真剣な様子でテレビに集中していた。

 昨日の一件から夜が明けたが彼女のお気楽な様子は変わらない。

 しかし彼女のレースに掛ける情熱を知ってしまった。

 それはキングヘイローにとって好ましくもあるが、同時にちょっとした悩みも発生している。

 

 単に無邪気なだけではない少女。

 大切な人が失ってしまったがゆえに、心のどこかで無理をしているのではないかとつい考えてしまうのだ。

 

(気にしすぎてもいけませんが……まあ、トレーナーに任せた方がいいのかしらね)

 

 当の坂戸はマヤノにいくつか解説を入れながら一緒にレースを見ている。

 

「つまりこの状況ではな――」

「おぉー、そうなんだ。じゃあ、こういうときは――」

 

 キングヘイローの特訓ではあるが、マヤノに対しても必要なレース知識を教える予定だったのかもしれない。

 それを横目に邪魔しないよう静かに部屋から退出した。

 

 

 

 むわっとする熱気を感じるホテル内。

 手洗いを済ませたキングヘイローが室内に戻ると、マヤノトップガン、ツインターボ、坂戸トレーナーが並んでテレビを見ている。

 頭部の耳を正面に向けて音を拾うと「タマモクロスが15人ゴボウ抜きだー!」という実況が聞こえてきた。

 シンボリルドルフのレースは既に終わり、今度は別のウマ娘のレースになっているようだった。

 なかなか興味深い内容なのか、真剣な表情でテレビを見ている。

 

(レース好きというか、なんというか……)

 

 本当に自分の特訓のために持ってきたのかと疑問に思うくらい集中している。

 固唾を飲んで静かに視聴している一同にどう声を掛けるか少し迷っていたところ、真横に人が並ぶ気配がした。

 

 横を向くとサイドテールの女性――ヒショウマルだ。

 思い返すと彼女だけなぜか輪に加わっていなかったことに気付く。

 ツインターボの教師役がなければ、ヒショウマルも特に予定がないことになる。

 

 ただ眉を下げながらマヤノたちに対して苦笑いしている雰囲気が気になっていた。

 

「どうかしたんですか、ヒショウマル先輩?」

「うん? ああ、ヘイローちゃんか。いやーなんていうのかなあ……後ろでのんびり聞いてたけど、割と天上人な会話してるよねーって思ってね」

「……確かにシンボリルドルフ先輩に関しては、天上という他ありませんわね」

 

 トイレに行く前の会話を思い出し、そう返答する。

 なにせシンボリルドルフは碌に敗北をしたことが無いことでも有名だ。

 あまりに負けなさ過ぎて数少ない敗北したレースの方が、ファンの間で語り継がれるというのだから化け物ぶりに拍車が掛かっている。

 

 そしてWDT――ウィンタードリームトロフィーという殿堂入りレベルのウマ娘たちを集めたレースでも、真っ先に呼ばれる常連。

 まだヒヨッコでしかないキングヘイローには遠い存在だった。

 しかしそんな彼女の言葉にヒショウマルはゆるゆると首を振る。

 

「いやーそっちじゃなくてね、テレビの前にいる二人だよ」

「……ターボ先輩とマヤノ先輩が、ですか?」

 

 小首を傾げるキングヘイロー。彼女の言葉の意味は少し分からない。

 確かに二人も既に勝利している身だ。

 しかし常日頃から聞かされていたが、二人にとって3勝というのはそこまで大きくないという話だった。

 同期ならもっと多くの勝利数を挙げている者もいるし、GⅠなどの大レースで勝利した者もいる。

 そんな剛の者に比べれば、自分たちはまだまだという話だ。

 

 それでなくとも勝負とは水もの。運がいい、相手が良かった、そもそもレースの格が低い等々――ツインターボとマヤノトップガンは謙遜なのか自慢げに語ることは少ない。

 坂戸も上を目指すなら、まだステップレースに過ぎないと断言していた。

 そういうものなのかとキングヘイローは受け取っていたのだが、ヒショウマルは違うと言う。

 

「1勝――そのたった1勝がね、人によっては重さと価値が凄い変わるんだよ。他の誰かが軽く1勝をする横で、どんなにトレーニングを重ねても届かない子ってのが出てくるの」

「それは……」

 

 確かに頷ける話ではあった。

 誰かが勝つということは、誰かが負けるということと同義である。

 そしてウマ娘のレースはチーム戦ではなく個人戦。一人が勝てば、他の全員が敗北となる過酷であり、残酷なものだ。

 キングヘイローにとっても、それは分かりきっている当然の事実。しかしヒショウマルが語る言葉の一言一言には経験者だからこその重みがあった。

 

「その、ヒショウマル先輩は――」

 

 聞いて良いものか、悪いものか。

 だが勢い余ってキングヘイローは聞いてしまう。

 相手はどこか寂しそうな、それでいてなぜか晴れ晴れとした表情を浮かべる。

 

「あははっ、そんな神妙な顔しなくていいよ」

「そう、ですか?」

「うん。だって17戦0勝なだけだからね。戦績的には0―0―2―15かな?」

 

 あっけらかんな様子でヒショウマルが言う。

 レースの戦績は1、2、3着とその他という区分で用いられることが多い。

 ヒショウマルの場合は1、2着がゼロ回、3着が2回、そして4着以下が15回ということになる。

 

 彼女の戦績は一般的には凡庸なんて言葉では表せない。

 ある意味、チーム<レヴァティ>が対外的に言われている凡人――言わば才能がない人そのものの成績だった。

 勝つか負けるかなんて次元の話とはほど遠い。

 

「……なんか申し訳ありません」

「だから良いって。後輩ヘイローは変に気を回しすぎだよって、ね?」

 

 手をヒラヒラさせながら苦笑いをする。

 しかし気を使わせないようにしているが、全てを隠しきれているわけではない。

 ヒショウマルがマヤノトップガンやツインターボを眺める姿は、どこか眩しいものを見る目だった。

 

「まあ、なんというか、さ」

 

 両手を組んで伸びをする。

 ふわりとサイドテールが揺れた。

 

「レヴァティはやる気ないチームなんて言われてるけど、実際のところみんな割とやる気満々なわけよ」

「それは勝ちたいという意味、ですよね?」

「そりゃそうだよ。いくらふんわりした気持ちでトレセン学園に来たって言っても、みーんな心の片隅ではウイニングライブで称賛を受けている姿を想像しちゃうものよ。特に私みたいな下手に2、3着を取ってウイニングライブをやった子は特に、ね」

 

 「年頃の女の子はみんなライブを憧れてるんだよ」と付け加えるようにヒショウマルが言う。

 以前、ツインターボからレヴァティに足りないのはやる気と才能だと噂されていることは聞いていた。

 実際チーム成績は規模に比べるとかなり悪い。ワーストとまでは言わないまでも、お世辞にも上位を争う陣営ではない。

 同時に故障の発生率などは非常に低く、骨折などの重症はチームの歴史においてもほぼ皆無。レースに出すことを心配する保護者からの信頼が非常に厚いという評価もあったが。

 

(非常に複雑な想いを抱いてらっしゃるようですわね……。それに他人事ではありませんし)

 

 成績に関してはキングヘイローも他人事ではない。

 自分が同年代では実力上位という自信はあるものの、レース上で実際に真剣勝負で戦ってはいないのだ。

 マヤノトップガンなどのような普段は笑顔でいる少女でも、こと走ることにおいては誰よりも真剣な表情で行う。

 連敗に次ぐ、連敗で何も為せないまま終わるという未来は結果を残さない限り、常に存在している。

 先日、マヤノから聞いたトレーナーの一件もあってか、グッと静かに拳を握って気合を入れ直す。

 

 そんなキングヘイローにポンとヒショウマルが背中を叩く。

 

「食堂でも言ったけど、だからこそキングヘイローにはみんな期待してるんだ。勝利するだけでも嬉しいからね」

「……自分自身の勝利ではないのに?」

「そりゃ自分が勝てれば一番だけど、勝負の酸いも甘いも嫌になっちゃうほど味わってるのがチーム<レヴァティ>だからね。チームメイトが1勝するだけでも貴重だし、とっても嬉しい。それが頑張り屋で、真っすぐな後輩なら尚更。……だから言ったでしょ、みんな応援してるって」

「あの時はヒショウマル先輩個人の話かと思いましたが違うんですのね」

「これでも年長者として各グループの子たちと交流することが多いからね。あなたの話題は結構頻繁に出てるよ。……ま、変にプレシャーとか感じなくていいと思うけどね。うちらは画面向こうのスポーツ選手を応援するような心境で、やいのやいの言ってるだけだから、ガヤもいいとこよ」

「それもそれで気になりますけど……ふぅ、そうですわね」

 

 つっかえていた物を吐き出すように一息。

 どうやら期待の新人ということで、人知れずレヴァティの他の面々から思った以上に注目されているようだった。

 

 観察するように相手をじっくり観察し、言葉を思い返す。

 ヒショウマルに嫌味のような感情は見え隠れしていない。声音からも嫉妬などの負の感情も見受けられない。

 こういった時の感情の機微を察知するのは得意だ。腹芸ならそれなりに出来るのだから。

 そしてその経験から相手が感情のなんとなく察知できる。

 ――純粋にキングヘイローを応援したいという想いで語っているのだろう。

 

 レヴァティも面々は最低でも100名以上はいる大所帯のチームだ。

 その仲間たちの期待を一身に集める――通常なら緊張の一つでもしよう。

 だがしかし、

 

「期待に応える者は私が目指すべき道と(たが)わない――チームメイトの皆さんの期待には、勝利の花束と一緒にキチンと返礼してみせましょう」

「……本当に凄い自信だね」

「当然です。もちろん虚勢ではなく、長年積み上げてきたものがあるからこそですけどね」

 

 自信満々に胸を張って答える。

 プレッシャーなど糞くらえとばかりの返答だ。見方によっては傲慢とさえ受け取れるかもしれない。

 ヒショウマルは最初こそ自信過剰にも見えるキングヘイローの答えに驚いていたが、クスリと笑う。

 そして最後にとばかりに、小さく、しかしハッキリした声で伝えてくる。

 

「――みんなの想い、お願いね」

「ええ、期待の新星キングヘイロー、しかと受け止めましたわ。想いの100や200、たくさん載っても大丈夫、というやつでしょうか」

「とことん大きく出られると、逆に清々しいねえ」

 

 茶化すように笑いかけるとヒショウマルも同じように笑った。

 

 マヤノトップガンといい、ヒショウマルといい、そしてトレーナーの一件といい随分と他者の想いを預けられている。

 しかしキングヘイローは特に気負うことはしない。

 誰かの期待を背負うことに心地良ささえあった。

 

 そんな心境を覚えつつ、テレビ画面の方に視線をやる。

 別のウマ娘のシーンに移ろうとしていた。

 話しながらも画面の内容はキチンと把握はしている。

 この後もじっくりレースを鑑賞して歴代強者たちの姿を目に焼き付けるのだ。

 それが後々のモチベーションアップにも繋がる。

 

「さて、次に見るテープでも探しましょうか――――と?」

 

 一枚目に入れたシンボリルドルフのシーン以外に、あといくつか入っているか分からないが、テープの準備はしておいた方が良いだろう。

 画面前では相変わらずマヤノたちがわいわい騒いでいる。

 白熱したレース展開にすっかり魅入っているようだった。

 

 その姿に少しだけ呆れつつ、キングヘイローは段ボールの中身に手を入れたとき、コツンと偶然手に触れた感触を覚える。

 適当にこれで良いかと拾い上げたそれは、随分古めかしいテープだった。

 そしてラベルには、

 

「テンポイントのレース集、ね。これで良いかしら」

 

 目を細め、逡巡するが持ち上げる。

 記憶が正しければ色々といわく付きのウマ娘だったとうろ覚えで思い出すが、キングヘイローは意に介さずテープを眺めていた。

 

「坂戸トレーナー、ちょっとよろしいかしら」

「うむ? どうかしたのかの」

「今見ているレースが終わったら、こちらを見てもいいでしょうか」

「ふぅむ、それか」

 

 坂戸は髭をなぞりながらキングヘイローが渡してきたテープを見て考え込む。

 いつもの長考癖だ。

 ただ古い代物だからか、テープの伸びを確認したり、日付を確認したりと色々と調べている。

 そこまでする必要があるのだろうかと内心思いつつ、様子を窺っていると、

 

「……すまん、確かこれは中身が駄目になったやつじゃな」

「あら、そうなんですか」

「うむ。古いテープなだけに寿命を迎えているのがたまに混ざっておるんじゃ。一応レヴァティの事務所のパソコンに映像データが残ってはいるとは思うが、今回の特訓ではさすがにな」

 

 どうやら不良品を引き当てただけのようだった。

 それでは無理もないとキングヘイローも引き下がる。

 

「仕方ありませんわね。何かおススメとかありますか」

「そうじゃな……同じ古い繋がりだが、DVDにハイセイコーというウマ娘の映像を残しておる。かなり昔だが、今ではなかなか見ないテクニックなどを見せる場合もあるから勉強になると思うぞ」

「ではそれでお願いします」

「うむ。とりあえずこれは別に分けておこう」

 

 そう言って坂戸は扉を開けて部屋を出ていく。

 その姿に若干の違和感を覚えたが、

 

「まあ、続きを見ましょうか」

 

 特に気にせず特訓の続きを開始することにした。

 

 以降は特に大きなイベントもなく、キングヘイローたちは夏合宿を消化していく。

 時折、休憩時間と称してダイビングや自然観光を楽しみながら二週間が過ぎていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「――まあ、そんなわけで私は夏を超えて更なるパワーアップを測りましたわ」

「ふ~ん、キングヘイローのところも色々やってるんだねえ」

 

 夏合宿が終わり、季節も秋へと向かうトレセン学園。

 キングヘイローは久しぶりに会ったセイウンスカイに合宿でのことを軽く話していた。

 もちろん弱点の話は省いてだが。

 

 セイウンスカイはというと眠たげな瞳をとろんとさせながら軽く欠伸をしていた。

 

「随分、眠たそうですけどたるんでいるのではなくて?」

「こっちもトレーニングは積んでるからね。キングヘイローこそ元気一杯だけど、夏場は本当に練習してたのかなぁ~?」

「もちろん。手を抜くなんて選択肢はありませんもの」

 

 にやりと笑いかける相手。小悪魔っぽい表情でからかってくるが、キングヘイローも想定していたので受け流す。

 そんあ二人が笑い合いながら静かに火花を散らしていると、元気よく教室の扉が開け放たれ、ピンク色の元気娘がやってくる。

 桃色の髪が特徴的なウマ娘――ハルウララだ。

 

「ねぇねぇねぇ! セイウンスカイやキングヘイローは聞いた!?」

 

 扉の近くにいたキングヘイローたちに目を向けると近づいてくる。

 教室内では地味に話すことが多くなっている相手だ。

 

「あらウララさん、そんなに急いでどうしたのかしら」

「何かビッグニュースでも入ったのかな」

「それはもうビッグニュースだよ! なんかね、あのね、海外から転校生がやってくるんだって!」

「海外からの転校生、ですか」

 

 つまりは帰国子女というやつだろうか。

 日本国内ならまだしも海外とは珍しい。

 セイウンスカイも眠たそうな顔をやめて興味津々で耳を立て始めた。

 

「場合によっては、結構重要なニュースかもしれないね」

「ええ。海外のウマ娘はかなり手練れが多いと聞きます。もしかすると――」

 

 ――かなり強敵なのではないか。

 

 そんな言葉が出そうになったとき、キングヘイローたちとは別の方にある扉――教卓がある方の扉が開け放たれる。

 入ってきたのは二人のウマ娘。

 

 一人は陽気そうな雰囲気に黒髪。顔に両目をマスクのような物で覆っている。

 もう一人は物静かな出で立ちの少女。マヤノトップガンと同じ明るい栗毛だ。

 

「ワターシは、エルコンドルパサーでーす! よっろしくお願いしまーす♪」

「今日よりこのクラスへ転入することになったグラスワンダーと申します。皆様、以後お見知りおきを」

 

 大物の雰囲気を纏った二人の少女が突如としてキングヘイローたちのクラスへと転入することとなった。

 




※6/24追記
今年NHKマイルカップで初GⅠ勝利を挙げた藤岡佑介騎手
そして20年かけてダービー制覇を果たした福永騎手と続いて
テイエムオペラオーの主戦騎手だった和田騎手まで
17年ぶりのGⅠ勝利を飾るとはまさに現実は小説より奇なりですね
強豪不在と言われていた宝塚記念でしたがドラマ性という意味では印象的なレースでした


ついでに枠連2-8、7ー8買っておきながら2-7を何故か買い忘れたり
ワーザーの体重を見て複勝をスマートレイアーに変えたら当ワーザーが2着に突っ込んできたり
三連複ミッキーロケット&ワーザーにヴィブロス、ダンビュライトを狙ったら3着にちゃっかりノーブルマーズがやってきたりと

うん、いろんな意味で印象的なレースでした

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