GoGoがんばれ!ヘイローちゃん 作:竹林の春雨
大地を蹴り上げ、息を切らしながら走り続ける。
トレセン学園に来てから既に半年ばかり。キングヘイローは今日もまたトレーニングに励む。
「はっはっはっ……くっ!」
一定速度を保ちながら息を切らさないようにする。
脚は早く、心拍は一定、姿勢を正し、常に最短最善のルートをシミュレート。
動きには余裕を持たせ、無理はし過ぎない。末脚を残すためのスタミナ維持に努める。
フォームを堅持し、レース中の集団に揉まれながら疾走するイメージ。周囲には一流のウマ娘たちがいると仮定する。
レース中に自身の最高の
「う、っく。……よし、仕掛ける!」
風を感じながら一気に急加速。
足裏に神経を集中させて、自身で踏み固めた即席の地面を蹴るようにして飛び出す。
体操服姿のキングヘイローは鋭くインを切り込むようにコーナーを曲がっていった。
何本か走ったことでぬかるみ始めた内ラチ沿いを走り続ける。
深く地面を踏みしめたことで運動靴が汚れていくが気にしない。
レース中にそんな無駄なことを考える暇などないのだから。
「――――っ!!!」
加速した後にやることは少ない。
ただ圧倒的な速度で前へ前へと行く。
先行していたライバルを追い抜き、差しや追い込みを見せるウマ娘たちを振り切り、ゴール板を駆け抜けるイメージ。
今回は荒れている内側の芝を他のウマ娘たちが嫌がり、外目を走っていたところを奇襲するという想定で行っている。
茶褐色の髪を激しく揺らしながら、キングヘイローはそのまま予定していたゴール地点を一息に駆け抜けていった。
過ぎたあとは息を整えるように軽いランニング――荒い息を吐きながら、ストップウォッチを持っている坂戸に話しかける。
「はぁ、はぁ……はぁ~。……タイムは、ふぅ、どうでしょうか?」
「1分46秒01――何本か走っているからさすがに遅くなっておるな」
「ふぁ……ふぅ……そう、ですか」
「しかしラスト600m――上がり3ハロンは35秒5。疲労状態かつ荒れた馬場を駆け抜けた割にはかなり良いタイムが出ておる。地力が付いてきたなら良し、だが道中で脚を溜めすぎているかもしれんから、そこだけは注意じゃな。脚を残しては悔いも残ろう」
「そうですわね。次は修正しておきます」
脚を残す、あるいは脚を余す――要はスタミナを残したまま、ゴール板を過ぎてしまった状態だ。
レースでラストスパートを仕掛けるタイミングが遅すぎると発生しがちである。
疲労が表に出やすいラスト600mのタイムは、そのウマ娘の地力を測るのに丁度良い。
しかし坂戸の目にはペースにこだわり過ぎてスタミナを過剰に残してはいないかという懸念があったのだろう。
練習なので全力を出し過ぎるのも問題だが、流し過ぎてもいけない。
そういったことも考えなくてはいけなかった。
デビュー戦は1600mのコース。それを想定した同距離の単走トレーニング。
併走トレーニングも行いたいところだが、マヤノトップガンやツインターボも次レースが近づいているため、本日はそれぞれ別メニューをこなしていた。
背筋を伸ばし、疲れた様子から普段の体勢を戻す。
息を整えながら、キングヘイローは青空を見上げる。
残暑も最近では和らぎ、芝コースをダッシュしても無駄に汗が流れることも少なくなってきた。
高く澄み切った秋空というには早いが本日も穏やかな陽光が府中に降り注いでいる。
熱中症などのリスクがある夏が過ぎたことで、練習を本格的に行うチームも多い。練習中であろう走っている最中の掛け声も、トレセン学園内にいるとよく聞こえてくる状態だ。
「……学園全体が熱気に包まれているようですわね」
「ほっほ、この時期はみな気力十分、戦意十分な頃合いじゃからな。仕上がりが早い者はGⅠである『朝日フューチャリティステークス』への出走も狙っておる。新たなウマ娘たちが芽吹く時期だ」
初夏に入る頃からデビュー戦も含めてウマ娘のレースも多くなっていく。
秋になれば更に開催日が増えていき、周辺施設も賑やかになる。
そのせいか府中全体が活気づいているように感じていた。
事実、この時期には新世代やトゥインクルシリーズの新たな歴史を見ようと熱心なファンほど足を運ぶ。
他人に影響されやすいわけではないが、キングヘイローも自然と気合が入っていた。
「そういえば……」
レースついでに確認しておこうと坂戸に尋ねる。
「私のデビュー戦は10月の上旬――で、よろしいのかしら」
「ああ、すまんな。細かい日取りを伝えておらんかったか――――10月5日、京都の芝1600mのコースじゃ」
「決まりましたのね」
「うむ。誰かのデビューしていく姿を、指を咥えて待つのは終わりじゃ。…………やれるか?」
坂戸は短い白髪の髪がそよ風に揺られながらも、温和な表情は崩さない。口調も同じ。
しかし最後の言葉だけは少しだけ低く、最終確認をするように問いてくる。
その言葉に返す言葉は決まっていた。
キングヘイローは茶褐色の前髪を左手でバサリと振り払う。癖ともいえるお馴染みの動作だ。
そして髪の裏から現れた表情もまたお馴染みの顔。
自信満々で、迷いなどない。
「何を今更。私はキングヘイロー――ダンシングブレーヴ母様とグッバイヘイロー母様の娘で、どのウマ娘よりも先頭を疾走する者。調子はいつも最高で最善で、なにより完璧に仕上がってますわ」
誰よりも努力してきた自負がある。
誰よりも能力がある自信もある。
大言壮語ではない。
この日のために積み重ねてきた、重みが違うのだ。
だからこそ揺るぎない自信が彼女を支えている。
キングヘイローの自信過剰ともいえる返答に、しかし坂戸は静かに頷く。
「そうじゃ、お主が積み重ねてきたものを披露すればええ。そうすればおのずと結果は付いてくる」
「もちろんそのつもりです」
「――――時にキングヘイロー。お主がレースを通じて求める目標はなんじゃ」
「目標、ですか?」
「うむ。本来はレヴァティに来た時に聞いておくべきなのだったのだが、出会いが出会いだったのでな。今更で悪いが確認しておきたい」
坂戸のそう聞かれ、キングヘイローは改めて過去の出来事について思い返す。
元々レヴァティに入ったのはマヤノトップガンと偶然出会った経緯があってのものだ。
丁度チーム選びに迷っていたところに、昔からの老舗チームで看板や規模に惹かれて入った面もある。
マヤノとの併走トレーニングを通じて勢いでいった部分があるが、特に後悔はしていなかった。
(……そういえばリギルがどうとか言われてましたが、ほとんど忘れてましたわね)
現状も一応だが、レヴァティへの加入が仮入部という立場になっているのを思い出す。
ただ書類上ではキングヘイローは立派なチーム<レヴァティ>のメンバーだ。
坂戸からはチーム<リギル>への転入も勧められていたが、既にチームの一員として動いている身。
ここまで来て何処かへ行くのも薄情者だろう。
「折を見て伝えておこうか」と内心決めたところで、再度キングヘイローは坂戸に対する答えを用意する。
すなわち目指していく目標は何なのかという点。
「狙うは頂点しかありませんわ」
「それはWDTかSDT――ウィンタードリームトロフィーかサマードリームトロフィーのどちらかということで良いのかの」
歴代の名優たるウマ娘だけが出場できる『ドリームシリーズ』。
通常、ウマ娘たちはトゥインクルシリーズで多大な結果を残すと、更に上位のシリーズへ進出できる――というより進出しなくてはならない。
これは一部の実力最上位のウマ娘たちが、実力下位の者たちを蹂躙するようなレースがあってはならないという理念の下に行われている。
昔は
そのハンデの代わりになったシステムの一つが『ドリームシリーズ』――実力最上位の者たちのみで行われるドリームマッチ。
悪い言い方をすれば化け物は化け物同士で競い合えというものだ。
これに出場できるウマ娘は文字通りレジェンドと言って差し支えなく、日本でも屈指の実力者が並ぶ一大イベントだ。
当然、出れるだけ称賛される名誉なレースなのだが。
「ドリームシリーズはお呼ばれされたら、もちろん嬉しいですが……私の狙いではありません」
「ふぅむ。キングヘイローなら喜んで出場するかと思ったが意外じゃのう」
キングヘイローの返答に、坂戸は細い目のまま髭をなぞる。
ドリームシリーズへの出場は数多のウマ娘たちにとって夢の舞台。
出走することが非常に困難だと分かりつつも、心のどこかで「いつか自分も」と期待している者も少なくない。
スポーツ選手ならオリンピックに出場するようなものだろうか。
出るだけでも自慢ができる程度には名誉なレース。
だからこそ、坂戸はキングヘイローの返答はいささか意外に思っていた。
肩を竦めながら彼女は答える。
「私だって名誉欲はありますし、目立つことは好きですわよ。ですがそれ以上に大切なものがあるだけです」
「大切なものとな」
「……ええ。凱旋門賞へ出場し、恥ずかしくないレースを行う。それこそが私の一番の夢であり、最短で目指したい目標です」
「凱旋門賞、か。前人未踏のレースであり、日本では聖域にも近い賞――確かにそれは高い頂じゃな。しかしその挑戦は無謀と言われるかもしれないぞ。それでも尚、挑むことができるか?」
「……夢ですから、どうしても諦められません。母からは『諦めの悪い子だね』なんて苦笑されたこともありましたが」
真剣な表情で話しながらも、茶化すように格好を崩す。
尊敬してやまない母ダンシングブレーヴが為した偉業であり、世界最高峰のレース。
ひたむきに勝利するために努力し続けるのも凱旋門という高い目標があってこそだ。
揺るぎない決意の言葉を受け、坂戸は一度瞑目する。
普段の深く思考する姿にも見えたが、静かに佇む様子は並々ならぬ雰囲気にも思える。
そして彼はゆっくりと口を開く。
「――――分かった」
聞こえてきたのは短い一言。
呆れるわけでもなく、適当に放った言葉でもない。
ただ全てを受け入れるような、そんな意志が窺える。
「これでもウマ娘の要望はできる限り答えていくチームのトレーナーとしてやってきたのでな。将来的には凱旋門賞を狙っていく方向でいこう」
「……ありがとうございます」
凱旋門を狙うということは海外遠征をするということである。
トレーナーによっては拒否される可能性もあったため、坂戸が素直に了承の意を示したことに、キングヘイローは内心で安堵していた。
かの賞は日本勢にとっては悲願ではあったが、トレーナーによっては敬遠する者も当然いる。
特にコース設計の理念は各国で違っており、それに即して芝やコース形態も大きく変わる。
遠征したはいいものの日本の整備された芝とは一風変わった状態に戸惑い、調子を崩したり、怪我をする者も決して少なくない。
ウマ娘に理解があるとはいえ安全重視の坂戸が首を縦に振るかは、ちょっとした懸念事項でもあった。
ふうと息を吐き、落ち着く。最初にして最大の関門は抜けた。
残る問題はたったひとつだけ。
「ではまず目指すべき目標も分かっておるな?」
「もちろんですわ。まずは1勝、そしてGⅠ勝利――栄光への道筋は見えています」
「うむ、そうこうことじゃな。さて、今の会話で体力もだいぶ回復しただろう。気合を入れて坂路10本、いくぞ!」
「はいっ!」
まずは1勝、とにかく1勝。
坂戸の掛け声に答えるように気合の入った声で答える。
目指すは初戦、メイクデビュー。10月5日の京都での勝負。
キングヘイローにもはや迷いはなかった。
☆
月日は更に流れ、本日は10月1日水曜日。
今日も今日とてトレーニング日和だが、神妙な面持ちでキングヘイローはレヴァティの建物内でいた。
「んん…………ふう。あー……」
そわそわ、そわそわと。
立っては座ったり、トレーニング器具に触れては離れたりと落ち着かない。
「……何やってるっすか?」
室内の片隅にある畳の休憩所で、のんびり足を伸ばして座っていたツインターボからツッコミを受けてしまう。
同じく休んでいたマヤノトップガンは畳に枕を置き、うつ伏せでお休みモードだ。寝ているわけではないが完全に寛いでいる。
そして当のキングヘイローはというとせわしなく頭部の両耳をぴくぴく動かしながら、
「落ち着かないんですのよ! こう……期末試験の開始前みたいなピリピリした空気って言うのかしら」
いつもの落ち着いた様子とは違って落ち着きがない。
さしもの彼女も試合前になるとどうしても気が立ってしまうようだった。
今日は坂戸から特記事項があると連絡を受けていたのだが、トレセン学園の方で用事があるらしく、まだレヴァティには来ていない。
結果として心の休まらない状態が続いていた。
「レース前のこの時期は大変だよねぇー。あとは走るだけなんだけど不安になっちゃうのは分かるよ」
「その割にマヤノ先輩は余裕そうですわね。神戸新聞杯が終わって再来週には、また京都新聞杯が控えてますのに」
「慣れだよなれー。もう11回目だから試合前にジタバタしても仕方ないからねえ」
腕を組みトントンと叩くキングヘイロー。
手持ち無沙汰気味な彼女に対し、同じくレースが近づいているマヤノは至って冷静だ。
元々動揺するようなタイプではないことを抜きにしても自然体といった様子はさすが先輩といったところか。
キングヘイローがデビュー戦の準備をしている合間にマヤノトップガンも夏の休養が明けたあとレースを行っていた。
9月17日に開催されたGⅠにつぐランクのGⅡである神戸新聞杯――そこでは惜しくも2着。
しかし次走で同じくGⅡの京都新聞杯では2番人気だろうともっぱらの噂だ。
マヤノトップガンというウマ娘の評判も徐々に上がっており、関係者各位も今まで眠っていたレヴァティの隠し玉かと警戒を強めているという。
特にキングヘイロー、マヤノトップガン、そして根強い固定ファンを獲得しているツインターボと、スター性のあるウマ娘が揃っていると見た記者から取材の申し込みまであったほどだ。
「菊花賞の前評判では3番人気になるんじゃないかって記者の方が仰ってたじゃないですか。話では今年のダービーを取ったタヤスツヨシさんと拮抗しているそうですし」
「あれーそうなの? みーんな油断してくれた方が楽なんだけどなぁー」
「GⅡなどの重賞で好走できるということはGⅠでも争える証左。神戸新聞杯では5番人気でしたが、京都新聞杯が始まる頃には1、2番人気になりますわよ、おそらく」
「みんなマヤノの魅力の虜になっちゃったのかなぁー。菊花賞が待ち遠しいね♪」
キングヘイローの指摘にも別段気にした素振りは見せない。
狙いは菊花賞だけに照準は完全に菊花賞へ向いているのだろう。
そんな二人の会話にツインターボも乗っかる。
「人気者は辛いっすねえ。人気上位だとマークされたり、最悪周囲のウマ娘が全て敵状態になる場合もらしいっすし」
「ターボ先輩も来月のオープンクラスである福島民友カップに、久しぶりに出走するんでしょう? 大手情報サイトである『ねっとウマ娘』では、ぶっちぎりで1番人気確定だそうです」
「あれま」
情報収集を欠かさないキングヘイローはネットなどで調べ物をするときもある。
その中でたまに使っているサイトの一つが『ねっとウマ娘』だ。
ウマ娘の成績などを記録、収集することを重視しているサイトであり、トゥインクルシリーズの関連ニュースを取り扱ったり、果てはレース前の人気投票なども行っている。
登録者数が日本最大手とあってか、その精度は非常に高い。
レースが近づかないと分からない人気順もあっという間に判明してしまうくらいだ。
そして件のツインターボはといえば、独特の大逃げスタイルが大受けしているらしい。
久しぶりのレース出走にファンの間では喜びの声と共に、休暇を取ってでも見に行きたいという声が非常に多い。間違いなく1番人気だった。
ただツインターボもマヤノと同じく気にした様子はない。
こちらは平常運転というより苦笑い気味だったが。
「まあうちの場合は実力人気というより、マスコット人気の色が強いっすからねえ。たぶん警戒されているのは2番人気の方っすよ」
「……言ってて悲しくなりません?」
「いちウマ娘というより芸人枠なので、これで良いんすよ。うちは最終コーナーまでトップで走り、その後の見事な失速っぷりでファンを沸かせるのがお仕事っすからね」
お馴染みのゴーグルをクイッと動かし、眼鏡のように光を反射させる。
自分の中では決め台詞を言ったと思っているのかもしれない。
その様子に呆れたような表情のキングヘイロー。
「そこまでハッキリ断言すると逆に清々しいものがありますわね」
「ふっふーん、ツインターボ凄いって褒めてくれて良いっすよ?」
「いえ、褒めるのはあんまり……そこは『大逃げで油断してたら勝ち抜いてやる!』みたいな言葉が入っていたら、プラス評価になっていましたけど」
「ガッデム! ヘイローお姉さんの査定は厳しいっす」
「私の査定は勝利を諦めないという実にシンプルな評価基準ですわよ。先輩なら頼りになる言葉を出してください」
もはやお姉さんという部分にツッコミを入れない。
単にいちいち指摘するのも面倒になっただけども言うが。
和気藹々とした雑談は続く。
「あはは、ヘイローちゃんは厳しいねぇー」
横で聞いていたマヤノも耳を傾けていたのか、会話に参加してきた。
それを見たツインターボは味方を得たとばかりに口の滑りが加速していく。
「ほんとっすよ。バファリンの半分の成分を含有した方が良いっす」
「ターボ先輩はもう少し真面目な方が私の胃にやさしいので、このままで良いということですわね」
「なんかうまい言い回しをされたような、微妙に強引なような論法を見たっす!? 今日のキングヘイローは言葉の切れ味が鋭すぎっす!」
「あはははは、二人とも賑やかだねぇー…………緊張は溶けたかなぁー?」
「え?」
「ふふっ、何でもなーいよ――ヘ・イ・ちゃん♪」
マヤノがニッコリと笑い、小さな言葉で呟くがキングヘイローの耳には届かない。
ただ時折見せる先輩らしい表情を覗かせるがすぐに消えてしまっていた。
その後も雑談に興じていると、入り口の扉が開かれる。
「おーい、今来たぞー」
坂戸がのんびりした歩調でやってくる。
いつもの練習時に使う資料等一式が詰められたカバンを片手に持っていた。
そんな彼の言葉にキングヘイローが即座に反応する。
「トレーナー、用事なので仕方ないのは分かっているんですが……」
「ほっほ、遅れてすまんすまん。調整に手間取っていてな。最終追い切り――きっちりやるぞ」
追い切りはレースの直前、およそ数日前に行うトレーニングの用語だ。
完全に身体の調子を上向きにして身体をじっくり休める。
そしてベストコンディションでレースに赴くのだ。
「もちろんですわ。私の試合の後にはマヤノ先輩のGⅡ、ターボ先輩のオープンレースへと続くチーム<レヴァティ>の大切な初戦。きっちり勝利してみせます!」
「うむ、その意気じゃ。そして今回はゲストも用意しておる」
「ゲスト、ですか?」
「はいはーい、呼ばれそうな雰囲気なので不肖、このヒショウマルがやってきましたよっと」
挨拶するように軽快な口調でやってきたのは合宿で一緒に行動していたヒショウマルだった。
トレードマークのサイドテールが今日も元気に揺れている。
同じレヴァティ内のチームとはいえ、グループが違うと会う機会は意外と少ない。
しばらくは挨拶するだけの間柄だったのでキングヘイローは彼女の登場に少し驚いていた。
「ヒショウマル先輩……何かご用事が?」
「用事もなにも後輩キングヘイローのためにみんなが協力するために、ね?」
「私のためにですか?」
「うむ。キングヘイローが言ったように、今回のレースはチームに弾みを持たせるための重要なレースじゃ。そのためチーム<レヴァティ>だからこそ実施できる訓練を用意した」
ヒショウマルの言葉を引き継ぐように坂戸が話を続ける。
「チーム<レヴァティ>のお家芸。特訓名はそうじゃな……『連続集団併走トレーニング』と言ったところか」
「今回の名称は随分普通ですわね――と、いえそれより名称からするともしかして」
「察しの通り、他グループも招いてキングヘイローと実戦を意識した併走トレーニングじゃ。10名ずつと休まず連続して併走トレーニングを行い、レースの感触をみっちり叩きこむ。主に新入生を対象とした訓練だな」
「つまりこのヒショウマル先輩とも一緒に走るのだ。……きっちり追い抜くように頑張るんだよ。私たちも経験だけは多いし、実戦を意識して少しダーティなラフプレー混ぜてくるから気を付けるように」
ウインクしながら注意もしてくる。
あまり褒められた行為ではないが、レース中は純粋な走力勝負の戦いではない。
身体をぶつけてくる他にも、時には
試合巧者な者は
将来を見据えた大切なトレーニングだとすぐに察することができた。
「ありがとうございます……私のために。この御礼は明日の新聞で、『キングヘイロー初勝利』という文字を飾らせることでお返ししましょう」
「相変わらず自信満々で凄いね……時間もないし、坂戸トレーナー」
「うむ、コースへ行くか。ヒショウマルたちとは斤量――ハンデを付けて争ってもらう」
「はい!」
「ラストはマヤノトップガンとツインターボも加えた併走トレーニングじゃ。時間も惜しい、ヒショウマルはキングヘイローと一緒に駈け脚で身体を温めながらコースへ連れて行ってくれ。ツインターボとマヤノは連絡事項を伝えた後に行かせる」
「ヒショウマル了解。じゃあ行こうか?」
「了解です!」
坂戸はテキパキと指示を出す。
そのままキングヘイローとヒショウマルは駆け足のまま、練習場へと向かう。
(ようやく、ようやくですのね……レースが、試合ができる。絶対に勝って見せるから見ててください……お母様)
キングヘイローにとっての初戦――メイクデビュー。
京都という歴史ある舞台で、彼女にとっての大切な一戦を迎えることとなる。
まだ長い長い戦いのほんの序章。
彼女の胸には様々な想いがこみ上げながら練習場へと向かっていくのだった。
☆
「さて、お主たちには残って貰ったわけじゃが」
キングヘイローたちが去った後にレヴァティに残っていたマヤノとツインターボ。
マヤノは不思議そうな顔で坂戸を見上げていた。
「うーん……おじーちゃん何か企んでる?」
「謀略っすかね」
「そんな大層なことは企んでおらんよ。ただラストの併走トレーニング――そこでキングヘイローがおそらく全力でお主たちを抜きにかかるじゃろうから、無理に追わず適度の負けておいてくれ、という要望だけじゃ」
苦笑いしながら坂戸が話す。
そもそも併走トレーニングはあくまで他のウマ娘同士で争いながら走るトレーニングだ。
特に闘志が強いタイプには有効な方法であり、キングヘイローのような負けず嫌いなタイプは限界を超えて走ろうとするため効果が高い。
二人とも先輩とあって、その有用さは知っている。
ただ疑問もあった。
「ヘイローちゃんなら普通に併せるだけでも猛烈な脚を見せると思うよー?」
マヤノが思い出すのは初めてキングヘイローと走ったときのこと。
まさに限界を突破して追いすがる姿は鬼気迫るものがあり、思いがけず全力で追い抜いてしまった。
そのときのことを思い出すたびにマヤノの心はざわつく。
――もし実戦で彼女のあの激走を背中で感じたらどうなるだろうか。
きっと楽しくてワクワクするレースに違いない。
負ける気はしないのに、追い抜かれてしまう錯覚を覚えるほどの強靭な意思の強さ。
あそこまで負けたくないという闘志をあからさまなまでに前面へと出す者はそうそういなかった。
大概が「ムリー」と諦めて沈んでいく。
仮に勝っても負けても笑顔で「良いレースだった」と心の底から想い、握手をして終わる。そんな爽やかな戦い。
そんな中で仮に負けが確定していても諦めようとしない――『覆水盆に返らず』という
「だから仮にトレーニングでも手を抜くのはマヤノの主義じゃないかなーって」
マヤノは普段こそ友好的ではあるが、レースにおいてはそこまで甘い感覚を持ってはいない。
そしてマヤノトップガンはキングヘイローに期待している。
いつか素の実力で追い抜いてゴールして見せる日が来ることを。
だからこそ今はまだ彼女に負けてやれないのだ。
沸々と湧いてくる闘志が彼女の言葉を後押ししていた。
普段はあまりしないマヤノの主張に坂戸は「ふむ」と考え込むように髭をなぞる。
「わざと負けるのは嫌、か」
「うん。練習でもレースでも、ヘイローちゃんには負けたくないかなぁ。全力で正々堂々ぶつからないと失礼かなって思っちゃうの」
「……無自覚じゃが、ライバル心を持っているようだのう。これはこれで良い傾向か」
ぼそりと坂戸が呟く。ささやくような声だったせいかマヤノの耳にも届かない。
不思議そうに首を傾げる。
「おじーちゃん?」
「いや、何でもない。ならば普通に併せようか。キングヘイローに勝たせるのは、気持ち良くレース当日を迎えさせようという考えと、無理追いで身体に負担をかけない方が良いかと思ったが……考えてみればあやつは筋金入りの丈夫っ娘じゃからな。叩けば叩くほど嬉々として走りそうじゃ」
「……叩かれるのは嫌だよ?」
「そこはほれ、言葉の綾じゃ」
変な勘違いをしたマヤノに坂戸が弁明していた。
聞き方によっては妙な誤解が生まれかねない会話である。
「何やら話が終わったっぽいっすけど、結局普通にやるってことで良いっすか?」
「悪い悪い。それで問題ないぞ。遅くなってもいかんし、そろそろ行こうかの」
坂戸の言葉に二人は頷き、予定していた練習場へと向かっていく。
入念な準備を訓練をこなしていくキングヘイローと坂戸たち。
陽が注ぐトレセン学園。夢を抱いた若者たちは今日もまた練習に励む。
太陽が沈むまで、少女たちの掛け声が止むことはなかった。
次回はレース回
キングヘイローに母親が二人いることについて描写を挟もうか迷いましたが今回は省いています
たぶん後々設定的な話をするときにでも話題にでるかも