GoGoがんばれ!ヘイローちゃん   作:竹林の春雨

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夢の第一歩

 その日、坂戸は日課になっているガラス拭きをしていた。

 ガラスと言っても窓ガラスを拭いているわけではない。

 

 場所はチーム<レヴァティ>の拠点――普段、キングヘイローたちが集まってくる貸しビルの一階。

 室内の中央にはトレーニング器具が置かれ、右隅には休憩スペースとして畳などが置かれている。

 それとは別に玄関からまっすぐ奥側へ行くとあるスペースにガラスケースが置かれていた。

 

 水拭きをしたあと、乾いた雑巾で丁寧に拭き取る。

 ただそれだけの作業だが早朝に行うことが多いそれを、毎日の日課として行う

 細かいビル全体の掃除は専門の業者に任せているが、これだけは例え業者が綺麗に掃除をしていっても最後は自身がやっていた。

 

 背中に軽く突き刺すような痺れを覚え、トントンと左手の甲で叩く。

 持病ではなく年老いたことによる痛みだ。

 一年が経つごとにまるで借金の負債が膨らむように、身体のあちこちにガタがきているのを自覚する。

 

 歳は取るもんじゃないな、と苦笑いしながら掃除用具を片付ける。

 もう少しのんびりやっていても良かったが今日ばかりは用事があった。

 

 玄関からスタッフの一人がやってきて坂戸の名を呼ぶ。

 

「坂戸さん、ウマ娘運搬車の準備が出来ました。要望通り、キングヘイロー仕様(・・・・・・・・・)です」

「おお、できていたか。隣の車庫に置いてあるのかの」

「はい。よろしければ見ていきますか?」

「そうじゃな、変なところがあったら困るし、見ておくか」

 

 そう言ってスタッフと共に坂戸は貸しビルの隣にある大型車用の車庫に向かう。

 

 レヴァティに限らないがウマ娘の輸送というのは存外、神経を使うものだ。

 飛行機や列車などの公共機関を使ってもいいが、デビュー前を除けば彼女たちはそこらのアイドルよりも知名度が高い。

 キングヘイローはともかく同行するマヤノトップガンやツインターボは、既にかなりのファンを獲得しており、各地の競馬場へ行くための手段も限られていた。

 

 また十人十色という諺があるように、彼女たちも多彩な性格をしている。

 それこそ常人の理解を超えた独特の感性と価値観を持つ者も決して少なくないのがウマ娘だ。

 幸いといっていいか、キングヘイローやマヤノトップガンなどは、その本質はレース一筋の真面目なタイプ。ツインターボも周囲に迷惑を掛けるのを良しとしない性格であり、トレーナーの手を焼かせるウマ娘ではなかった。

 他所のチームではたまに大喧嘩の末、チーム離脱という話もチラホラ聞くので、身体のガタがきている坂戸にとっては幸いだっただろう。

 

 ただいくら人間と同じ言葉を話すとはいえ彼女たちは『ウマ娘』という人と違う種族。

 環境の変化などには当人たちが思っている以上に弱い面もある。

 ましてや彼女たちはトゥインクルシリーズという過酷なレースに赴く者たち――そのコンディションは常に最高の状態を保つのもトレーナーの大切な仕事と言っても良かった。

 

 そんな彼女たちを輸送する車にもちょっとした工夫がされている。

 

 坂戸たちはシャッターが開かれている車庫へと赴き、緑を基調とした大型バスに目を向ける。

 

「……相変わらず良い車だのう」

 

 見上げながらそう呟く。

 大型バス――しかし通常のバスと違い、外からは見えないよう曇りガラスを使用している。

 また窓は少な目で金属部分がかなり多い。

 坂戸の呟きが聞こえたのか、スタッフも気持ち目を輝かせながら話す。

 

「トレセン学園が誇る特殊車両ですからね。中には冷蔵庫、トイレ、簡易ベッド、流し台、テレビ等々の一式を揃え、事故が起きても大丈夫なように車体も金属で覆って耐久力も向上。10名は載せられる豪華仕様ですよ。一度こういう車で日本一周を体験してみたいものです」

「こんなデカブツだと山越えなどはあまりしたくないがな。ハンドルを誤って横転しそうじゃ」

「ははは、確かに」

 

 スタッフも本気で日本一周など考えてなかったのか同意する。

 どのみちガソリン代なども考えたら普通のキャンピングカーでも買って乗り回した方が楽であろう。

 

 雑談もさておき坂戸は車両に施された意匠に目を凝らす。

 緑を基調とした車体――それは普段から、その様な色合いをしていない。

 今回、特別に施されたものだ。

 

 坂戸は髭をなぞりながら「うむ」と小さく頷いた。

 

「なかなか良い感じにプリントされておるな」

「ええ、キングヘイローさんは写真に良く映えるタイプなので、宣伝効果(・・・・)もおそらくバッチリかと」

 

 大型バスに装飾されていたもの。

 それは痛車――ではなく、キングヘイローの名前とシルエットなどが施されている。

 

 顔は見えないが緑のドレスと華麗にポーズを取っているウマ娘。

 出るところは出てひっこむところは引っ込んでいる見事なプロポーション。

 セミロングの髪なども、その美しさに一役買っている。

 シルエットだけでも美人であろうことは容易に想像ができ、車体を眺めた者は一体どんなウマ娘なのかと興味を惹くこと間違いなしだ。

 

 車体に書かれた大きく書かれたキングヘイローの文字に、『10月5日、京都第2Rに期待の新星現る!』とあからさまな煽り文句まである。

 文字通り、トゥインクルシリーズにデビューする新ウマ娘キングヘイローの宣伝車両だ。

 見事な出来だったがスタッフは少しだけ難しい顔をする。

 

「しかし良かったんですか? こういった宣伝はデビューするウマ娘に行う場合も確かにありますが……」

「大半は実績を積んだウマ娘がファンサービスも兼ねて行うパフォーマンス、と言いたいんじゃろ」

「ええ……」

 

 ウマ娘たちのレースはファンあってこそ成り立つエンターテインメント。

 トレセン学園はファンが沸き立ち、夢を見させるようなイベントを行わなくてはならない。

 

 彼ら彼女らの多くがコースに訪れ、レースを見学し、店やグッズ、席料などを払うことで維持費が賄われる。

 ウイニングライブなどの映像や歌などを収録したCDも発売され、少なくない利益を生んでいる。

 

 馬券などというギャンブル要素はない。

 だからこそウマ娘と人との間に余計な感情が混じることなく、スポーツとして成り立っているのだ。

 

 キングヘイローの宣伝についても要はファンを増やしておきたいという坂戸の思惑に他ならない。

 ただそれはトゥインクルシリーズを盛り上げたいトレセン学園が考えるべきことだ。

 

 『〇〇対〇〇の姉妹対決はいかに!?』や『天皇賞春夏連覇なるか!?』などといった大記録が起きそうなときに、トレセン学園側が宣伝車両を用意することが多い。

 当然、注目されるウマ娘は既にGⅠを勝っている実力上位者。

 秋ごろの府中などは三冠ウマ娘が誕生するかという話になってくると、ちょくちょくそういった宣伝が行われていて風物詩となっていた。

 

 対してキングヘイローは実績皆無の新人。1勝どころか1戦もしていないヒヨッコだ。

 だからこそスタッフはその行動に対する問題点や懸念材料を述べる。

 

「鳴り物入りで鮮烈デビュー! というのはたまにある話ですが、キングヘイローさんに関しては少々問題があるかと思われます」

「ふむ、問題か」

「はい。こういった場合、反感と言いますか……デビュー前に煽るのがちょっと……。表現が難しいんですが、マスコミが持ち上げすぎると逆にお茶の間で嫌われる現象みたいのが、割とあったりするんじゃなかって思うんですよ」

「うむ。まあ……あるじゃろうな」

 

 坂戸はゆっくりと頷く。

 それは覚悟していたことでもあった。

 

 ネット社会の怖いところか、コアなファンの間ではウマ娘たちの情報が頻繁に行き交う。

 デビュー前ならまだしもデビューしてしまえばあっという間に情報は広まる。

 実質アイドルであり、スポーツ選手でもある彼女たちのwikiなども当然のように作られてしまうのだ。

 

 その中でキングヘイローというウマ娘の立ち位置はというと、新人たちの中ではかなり有名な部類に入っていた。

 なにせ両親が共に有名人。更に凱旋門賞に勝っているダンシングブレーヴを親に持つとなれば注目度はうなぎのぼり。

 ついでにヨーロッパの英雄的なウマ娘がなぜ日本に住んでいるかなども謎を呼び、ファンの間では根も葉もない噂話の数など枚挙に暇がない。

 

 そんなに有名人に娘がいてしかもデビュー時期が近づいているらしい……となればネットの口を塞ぐことなど不可能だ。

 キングヘイローも地元の学校に通っていた時期があったので、同級生を名乗る人物がネットに書き込みをすればあっという間に把握される。

 

 そういう意味では、キングヘイローはデビュー前から有名人という他のウマ娘にはない稀有な存在だった。

 そんな彼女をデビュー前から宣伝するようなことをすればどうなるか。

 

「何やらいけ好かないウマ娘がいるなどと言われるかもな。裕福な家庭育ちというのは知れておるし、鼻もちならんと毛嫌いする連中もいるじゃろう――しかし、だからこそやる意味がある」

「だからこそ、ですか」

「キングヘイローはプレッシャーを跳ねのける強いメンタルの持ち主であり、多くの注目を集めることを力を増す目立ちたがり……と、儂は見ている。ファンの好悪問わず、目立ってなんぼと開き直った方が案外良い結果を生むと儂は思う――思うからこそやるんじゃがな」

「はぁ……そういうもんですか」

 

 坂戸の持論にスタッフは曖昧な返事をする。

 これに関しては理解されると思ってはいなかった。

 ふと外を眺める。

 

 道路を挟んで向かい側にあるトレセン学園。その敷地内の木々は秋の入り始めを感じ取ったのか、緑の葉が色づき始めているものもある。

 日付は10月4日。

 キングヘイローのデビュー前日のことであった。

 

 高くなった空を見上げて彼は誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「……願わくば、全てが良い方向に向かえばよいがの」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 キングヘイローは予定通りの時刻にレヴァティの貸しビルへと到着する。

 正確には隣の車庫ではあるが、目を向けると坂戸と、隣にマヤノトップガンとツインターボも来ていた。

 

「来たなキングヘイロー。準備は大丈夫かの」

「ええ……それにしても随分大掛かりなものを作りましたのね」

 

 バスを見上げるとキングヘイローの文字やデビュー戦を宣伝する内容が書かれた大型車両。

 京都までの()だと説明はされていたが、変わったものを用意するんだなと内心で思う。

 

「デビュー戦じゃからな、ド派手にいってもよかろう。……それとも怖気づいたかな?」

 

 坂戸が心なしかニヤリと口元を歪めた気がした。

 そんな相手にキングヘイローは別段気にした素振りも見せず、左手で前髪を払う。

 

「まさか。このキングヘイロー、今までの人生で後悔するようなトレーニングはしていませんわ。それに、この宣伝もトレーナーが必要と考えたのでしょう? だったらその思惑に乗ったうえで勝利してみますわよ」

「ほっほ、頼もしい限りじゃな」

 

 まったく動じないばかりか胸を張って自信満々な表情を見せる相手に、坂戸は好々爺然とした様子で笑う。

 自信過剰とも取れるが、ただの自信家でないのは普段のトレーニングからも見て取れる。

 キングヘイローは自分が誇れるだけの積み重ねはしてきたという自負があった。

 

 街宣車のような車両の状態に、特に異を唱えなかったわけだが違う方向からツッコミが入る。

 

「むむむー……おじーちゃん、マヤノの時にはこういうことしなかった気がしたけど、どういうことぉー?」

 

 問題の声の主はマヤノだ。

 甘ったるく可愛らしい声と顔立ちだが、眉間にシワを目いっぱい寄せながら不機嫌アピールを行っている。

 話から察するにマヤノのデビュー戦では宣伝のようなことはしなかったのだろう。

 だが坂戸は特に同様した様子もなく、落ち着いた様子で話す。

 

「この手の宣伝戦略はタイミングが重要なのでな。マヤノの場合は1月にデビューじゃったろう? 寒い時期にやってもあまり効果がない」

「えぇー、でもでも、マヤノもこんなでっかいプリントされた車に乗ってみたいなって」

「慌てるでない。菊花賞のときには特注の宣伝車両で出撃してやるぞ」

「ほんとっ!? 楽しみにしてるからね!」

「うむ。ちゃんと準備しとるから安心しなさい」

 

 マヤノを宥めている坂戸を他所に、キングヘイローとツインターボはそのまま車両を眺めていた。

 いつものように髪の隙間から青いゴーグルを覗かせている。

 

「けっこー派手っすねえ。レース前からこんなのやってるとマークもキツキツかもしれないから注意っすよ」

「そうなんですか? 私はそこら辺は分からないんですが……」

「噂好きのツインターボ調べによると、キングヘイローというウマ娘には注目がかなり集まってるっすよ。良くも悪くも」

「悪くも、ですか」

 

 キングヘイローの言葉にツインターボは頷く。

 普段の様子とも違う、先輩らしいと言うべきか。

 おちゃらけた様子は鳴りを潜めている。

 

「そ、悪くも。出る杭は打たれるのが宿命だからね。うちの目からみてもキングヘイローは実力が抜けてる方だから、マークがかなり集中すると思った方がいい……いいっすよ!」

「……口調についてツッコミを入れたいけど、流しておきますわ。アドバイスも頂けたわけですし」

「そうして貰えると助かるっす。いやぁ、キャラじゃないことをすると駄目っすね」

 

 「たはは」と頭を掻きながら苦笑いしているツインターボ。

 彼女のキャラもそれなりに掴んできた頃合いではあるが、どうにも変なペースになるときがあるようだった。

 ただ疑問には思ったものの、彼女にとって一番気にすべきはレースのことだ。

 

(マーク、ね。私は2番人気だけど、かなり警戒されているでしょうね)

 

 キングヘイローの対抗となるウマ娘は1番人気のトレアンサンブル。

 同じ栗東寮所属なので何度か見かけたことがあった。

 体育などで綿密な調査をしたが、動き的にはさほど脅威にはならないと判断していた。

 とはいえレースはゴール板を通り過ぎ、結果が確定するまでは何が起こるか分からないのが勝負の世界。油断は禁物だ。

 

「キングヘイロー」

「? 何かしらトレーナー」

 

 どうしたものかと考えていたところに、坂戸が挟まれる。

 年老いた、しかし力強い瞳でこちらを見つめていた。

 

「真っすぐ走って勝つ。それだけを意識すればええ」 

「……了解しましたわ」

 

 小難しいことなどいらないとばかりのアドバイスだ。

 考えすぎていた自分に少し苦笑いしながら、キングヘイローたちは車に乗り込み、一同京都へ向かって動き始めた。

 

 

 

 

 

 京都への旅路は特筆すべきことはなく、ホテルに宿泊していた。

 レースは明日に行われるため、本日はそのまま休養となる。

 

 本来、チームで行動するときにマヤノやツインターボが同行する必要性はない。

 トレーナーとレースに出る者だけがいればいい。

 

 ただホテルに泊まる宿泊費はトレセン学園側から支払われるとあって、仲間の応援ついでに同行するというのは割とよくある光景だった。

 

「試合着よし、着替えよし、財布よし――一通り揃ってますわね」

 

 既にお風呂も入ってさっぱりしたパジャマ姿のキングヘイロー。

 あてがわれたホテルの一室にて入念なチェックのもと、必要なものが揃っていることを確認する。

 仮に忘れてしまっても現地で揃えられなくはないが、大切なデビュー戦とあってレース前から変なケチは付けたくない。

 

 ようやく大丈夫だろうと一息付くと、おもむろに旅行カバンの中から一枚の布切れを取り出す。

 白地に黒い数字で『10番』の文字。

 坂戸から渡されていたゼッケンだ。

 

 キングヘイローは鏡の前でゼッケンを広げると胸に当て、ニッコリと微笑む。

 

「とうとう……とうとうこの日が来ましたわ。キングヘイロー、その名を知らしめるための第一歩」

 

 ニッコリというよりはニンマリとも取れるくらい満面の笑みだ。

 

 試合では体操着にゼッケンを付けただけの簡素な出で立ちでレースを行う。

 しかしウマ娘にとってはこれから何度も着用することになる戦闘着でもあった。

 ぎゅっとゼッケンを握りしめる。

 感慨深いものが胸中に広がっていた。

 

 トレセン学園のみならず、実家からずっと研鑽(けんさん)を積んできたのも全ては今日という日のため。

 GⅠのような大舞台ではなく、あくまでメイクデビューではあるが、それでも夢にまでみたレースなのだ。

 幼い子供の頃はTVの一視聴者でしかなかった自分。

 それが今日、中継されながら大スクリーンに映し出されながら、レースの様子を大観衆に見せるつけることになる。

 

 軽く手が震える。

 怖気づいているのではない。武者震いに近いものだ。

 これからやってやろうという闘志が胸に満ち満ちしている。

 

「……いけないいけない、レースは明日。この燃え上がる心はスタートするまで残しておかないと」

 

 頭を左右に振り、掛かり気味だった自身の闘志は散らす。

 遠足の前のような子供染みた感情を持て余してしまうと眠れなくなってしまう。

 

 キングヘイローは意識を逸らすついでに、過去の名レースを演じてきたウマ娘たちを思い返す。

 余計に闘志が湧きそうな気がしないでもなかったが、レース前なので仕方ないと自身に言い聞かせる。

 

 夏場に行った特訓の一幕。

 GⅠの大舞台を駆け抜けていく多くの雄姿を視聴するというもの。

 ビデオで見ていたが、やはり胸にくるものがあった。

 

 シンボリルドルフ。

 タマモクロス。

 オグリキャップ。

 ミスターシービー等々――ビデオで見た彼女たちはその一人一人が力強い走りで勝利をもぎ取っていっていた。

 

 また参考にすべきテクニックも多くあった。

 テレビで見た技術の数々を思い浮かべていく。

 少しでも盗めるように、思い出せるように。

 

 目を閉じて瞑想にも近い状態になっていたキングヘイローの脳裏に最後の単語が思い浮かんだ。

 

「――テンポイント。そういえば、まだ見ていませんでしたわね」

 

 結局、坂戸がDVDを持っていって、そのままになっていた。

 『流星の貴公子』という二つ名で有名な日本を代表する名ウマ娘の一人。

 底知れぬ不屈の闘志でライバルたちと激戦を繰り広げた時代を代表する者だ。

 

 帰ったら坂戸にDVDを見せるように急かそうと内心決めた彼女は、ちょっとした事実に気付く。

 事実といっても、ささやかな本当にどうしようもない結びつきだ。

 

「……10番のゼッケンに、テンポイント――そういえばtenは英語で10を意味する言葉ね。……ふふ、願掛けには良いかもしれませんわね」

 

 別にどうでも良い偶然だった。

 ただ試合前には出来るだけ縁起が良いと嬉しいのも事実。

 

(明日のレースでは良いことがありますように……)

 

 電気を消し、布団に入りこむ。

 明日はようやくレース。

 キングヘイローは目を閉じ、その日が来るのを静かに待つことにした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 青空が広がる秋晴れの日。

 ザワザワと大観衆が詰めかけている10月5日の京都競馬場。

 宇治川と桂川の間に作られたコースには大勢のファンが観客席に集まっていた。

 

『さあ、今年もやってきましたメイクデビュー! フレッシュな面々で行われるウマ娘たちによるレースが始まろうとしています!』

 

 耳に良く通る張りの良い女性実況アナの声が競馬場に響く。

 既に第1レースは終了しており、第2レースの始まりが刻々と近づいていた。

 

 体操着に10番のゼッケンを付けたキングヘイローは静かに息を吐く。

 パドックでの初見せも終わり、目指すは本馬場入場のみ。

 

 目指すは夢の舞台。

 夢の第一歩。

 ターフの新緑によく映える少女は大観衆の前に姿を現す。

 

「――ッ」

 

 わっという声を壁がいきなり押し付けられたような錯覚を覚える。

 いや実際にそれだけの重圧があったと言ってもいい。

 声だけで突風が起きたとさえ思った。

 しかし少女は怯むことなく薄笑みを浮かべて手を振り上げる。

 覚悟はできていたのだ。あとは前に進むだけ。

 

『出てきましたっ。今年のトゥインクルシリーズでも有望株の一角と言っていいでしょう! 母が為した伝説を子が受け継ぐことができるのか!? 10番、キングヘイローです!!』

 

 多くのライバルたちが激闘の繰り広げるレース。

 まだ見ぬ強敵がひしめき合うターフの世界。

 

 キングヘイローの長く、険しい、決して平坦ではない戦い。

 その踏み出した一歩は、多くの強敵たちと演じる激戦の第一歩だった。




キリが良すぎたのでレースの始まる前で一旦区切ります




※7/17,18追記
誤字脱字、似たような表現を使っていたので一部修正

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