GoGoがんばれ!ヘイローちゃん   作:竹林の春雨

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メイクデビュー京都

『さて各ウマ娘が出揃いました! 発走まで今しばらくお待ちください』

 

 実況の声と共にターフの上に立つ少女たちに視線が集まっていくのを感じる。

 傍から見ると見世物にも見えるが、トゥインクルシリーズを見に来た観客たちとスポーツ競技に参加するウマ娘たちというのがお互いの立場だ。

 

 人々は発走をまだかまだかと待ち望んでいる様子。

 そんな中でキングヘイローは腕を伸ばしながら、周囲の様子を観察する。

 

 親しい面々はいない。せいぜい廊下などですれ違った程度だ。

 クラスメートなら声の一つも掛けた方がいいのかもしれないが、生憎そんな空気(・・・・・)は漂っていない。

 特にキングヘイローには刺すような視線がいくつも突き刺さっていた。

 

(……敵意とまでは言いませんが、かなり警戒した様子で見られていますわね。ま、仕方ないことですけど)

 

 本日キングヘイローたちがレースを行っている京都競馬場のメインレースはGⅡの京都大賞典だった。

 シルクジャスティスやダンスパートナーというGⅠウマ娘たちが対決するとあって注目度は高い。

 それに比べれば自分たちのデビュー戦などオマケみたいなものだろう。

 

 キングヘイローは額を拭い、顔を張り着いた雨を拭う。

 先ほどまで晴れていたはずなのだが急に空が曇って小雨が降りだしていた。

 女心と秋の空という言葉のように天気が変わりやすい状態なのかもしれない。

 

 現在は小康状態といったところで、霧雨に近い状態になっているが肌に張り付く感触がお世辞にも良いとは言えなかった。

 

 芝の状態も稍重(ややおも)

 地面の水分含有量の違いで、良、稍重、重、不良の順番に悪くなっていく状態の中では、2番目にあたる。

 ダートなら土が固まり、むしろ踏み出しやすくなるが、芝だと若干だが走行に支障が出る状態だった。

 脚を踏みしめると普段より余計に地面が沈み込んでいくような感覚を覚える。

 

 しかしそんな悪天候にも関わらず、観客は多い。

 自身のウマ耳を立てて器用に動かすと、喧騒の中から声がいくつか聞こえてきていた。

 

『――あれがキングヘイローか。かなり状態が良さそうに見えるな』

『やっぱり実物は綺麗ねぇ~。一際輝いて見えるわ』

『あとでサイン貰えないかな……』

 

 キングヘイローに対する声の多くが好意的なものだった。

 その称賛に人知れず胸を張る。

 

(ふふん♪ やはり注目株は私のようね。レースでも華麗に勝利して期待に応えて見せましょうか)

 

 今は勝つことが一番とはいえ褒められるのは素直に嬉しいものだ。

 しかし純粋に称賛だけあるかと言えば違う。

 中には彼女に対して疑問の声を投げかける声もあった。

 そしてそれは、偶然にも耳に届いてしまう。

 

 ――キングヘイロー? いや、良家のお嬢様か何か知らないけど俺はいけ好かない気がするねえ。

 

(むっ! 何か聞こえましたわね)

 

 初めての試合。

 この時、キングヘイローは知らず知らずのうちに神経を尖らせてしまっていた。

 普段と違う環境であり、ずっと追いかけ続けてきた夢への初舞台ということもある。

 そのせいか『キングヘイロー』という単語に耳が敏感に反応してしまう。

 

 腕、肩、背中、腰、太もも、膝、足首と順番に柔軟をこなしていっている途中だったが、ついそちらの方へ意識を集中してしまう。 

 チラと目と耳を向けると、会話を続けてるカップルが二人。

 ペアルックのつもりなのか緑を基調とした同じ衣装に身を包んでいる。

 

(声の主は……あのシンボリルドルフ会長のキャラTシャツをきた男女ですわね)

 

 声からして男性側が発言したのだろう。

 キングヘイローの耳に届いたのは件の発言をした人物が最前列にいたせいだ。

 GⅡ開催とあって最前列を取るのはかなり難しいことを考えると熱心なファンなのかもしれないが。

 

 周囲に気付かれないよう、視線だけそちらに向けていると女性が話し始める。

 金髪に染めた髪をショートポニーに仕上げた、如何にも軽そうな女性だ。

 

「えー、でもでも、キングヘイローって子ケッコー可愛いじゃーん。これは1着取れるって」

「顔と実力は比例しないっての。俺の見立てでは6番のミスターダハールって子が勝つね。素朴な顔立ちだけど地方組特有の闘志が溢れてるぜ!」

 

 どうやらどのウマ娘が勝つかの予想し合っている様子だった。

 見た目で選んでいるらしい女性に対し、男性は男性で地方組を持ちあげているようである。

 ただどうも言葉の端々からエリート組を毛嫌いしている風でもあった。

 

(エリート扱いなのは嬉しいですが、ああいった手合いも出てくるのね……それにしても)

 

 観客席から目を離し、特に注目していなかったミスターダハールというウマ娘を探す。

 キングヘイローが10番なので内ラチ側にいる少女を見つける。ひときわ小さな体躯の子だ。

 肩にまでかかった髪を三つ編みでひとまとめにしている目立たない風貌である。

 

 マヤノトップガンどころかツインターボクラスの小柄な少女だった。

 落ち着かない様子で周囲を見回しており、キングヘイローの視線に気付くと何故か申し訳なさそうにペコペコと頭を下げてくる。

 

 気にするなと言わんばかりに手を振ると、そのままゲートの方に向き直った。

 

「……まあ、気にする必要はありませんわね」

 

 誰に聞かせるわけでもなく呟く。

 さほど脅威には感じない。

 警戒するとすれば良馬場でないコース状態をどう料理するかだ。

 

 そう結論付けると己のレースに集中するべく、ストレッチを再開したのだが横合いから声を掛けられる。

 

「まるで眼中にないって様子ですね」

「……ん?」

 

 声の方向を向くと少女が一人、キングヘイローを睨みつけるように見ている。

 相手のゼッケンは13番。

 13番の相手というと、

 

「トレアンサンブルさん、かしら?」

「ええ、そうですよ。2番人気(・・・・)のキングヘイローさん」

 

 やたらと2番人気と強調するトレアンサンブルという少女。

 今日のレースではトレアンサンブルが1番、キングヘイローが2番人気に付けている。

 つまりこの会場、そしてこのレースでは目の前の少女が一番勝利に近いと目されているということだ。

 

 ただそれはそれとして挨拶(・・)されたからには返さねばならない。

 

「それはご丁寧に、トレアンサンブルさん」

「ふんっ、握手ね……」

 

 手を差し出すと相手も応じないわけにはいかないと思ったのか握手をし返す――が。

 

「ッ!? あなたっ」

「――お嬢様と見くびられることが多いですが、これでも昔から跳ねっ返りの強さには定評がありますのよ。特に挑発された場合には、ね!」

「……こっちだって負けないからっ!」

『おーっと、ここで1番人気のトレアンサンブルと2番人気のキングヘイローが握手をしている! 正々堂々戦おうという姿は初々しさを感じさせるっ!』

 

 グ、グ、グ、とお互い子供のように握手した手のひらを握りしめ続ける。

 初々しいというより、キャットファイトに近い女性同士の睨み合いだったが、容姿端麗のウマ娘たちがやると微笑ましい光景にもなっていた。

 普段は子供っぽい先輩たちの世話でなりを潜めているものの、キングヘイローも年頃の少女。

 ここら辺は年相応の幼さがあった。

 

 ただずっとお互いに手を握っているわけにもいかない。

 特に示し合わせたわけではないが自然と互いに手を離すと、

 

「今日のライバルはアタシなんだから、さっきから観客席ばかり見つめてないで、試合に集中すること! いいね!」

「観客……? まあいいわ。もちろん分かってますわよ」

「ふんっ!」

 

 そう言い放つと一度ビシッとキングヘイローに指を突き立て、そのまま足早に13番ゲートの前に行ってしまう。

 首を傾げたキングヘイローだったが。

 

(……もしかして、観客席の様子を見ていたのが気に喰わなかったのかしら?)

 

 ちらちらと観客の反応を気にしていたのを、集中していないと注意したかったのかもしれない。

 少しだけ悪いことをした気分になるも気にしすぎても仕方がないと自分のことに集中し直すことにした。

 

 そして――

 

 

 

「奇数番のゼッケンからゲートに入ってください」

 

 係員に施されてウマ娘たちがゲートへと入っていく。

 キングヘイローは偶数番号だったが、奇数番の少女たちがすんなり入ったので、時を待たずしてゲートへと入る。

 

 ゲートは一直線の金属製のオリみたいな形状をしており、ウマ娘たちがスタートするときに使われる。

 スタートすると前方の柵が開け放たれる仕組みで、開いたらスタートしても良いという合図になっていた。

 

 通常の陸上競技のようにゲートなど使わなくても良いのではないかという意見もある。

 しかしフライングをした場合、瞬時に時速数十キロの速度を出せるウマ娘だと怪我の危険性もあり、スタッフや隣のウマ娘を巻き込む大惨事になりかねない。

 またゲートを使わない場合、音を使ったスタート方法だと音に敏感なウマ娘には不適という意見もあり、ずっと昔からゲートを使うようになっていた。

 

 そのゲート内でキングヘイローは静かに神経を集中し始める。

 

 ザワザワと遠くから聞こえてくる喧騒。

 車や木々が揺れる音。

 心臓が高鳴り、肌には視線が集中していく感覚を覚える。

 今この瞬間、会場の視線はウマ娘たちに注がれていた。

 

 ――練習通りにやればいい。

 ――勝つための努力は全てやってきた。

 ――あとは結果を出せば問題ない。

 

 自身を落ち着けるよう脳裏に囁く。

 前を見つめ、脚を踏みしめ、構える。

 風が吹き、前髪を揺らしている中でそれは来た。

 

 ガシャン!

 

「――――ッ!!」

 

 身体が自然と反応し、瞬時に前方へと駆け出す。

 キングヘイローの長い長い旅路の第一歩が始まる。

 

 

 

 ☆

 

 

 

『メイクデビュー京都、始まりました! さあ誰が鼻を切るか。まずは11番ケンペルが大外から果敢に攻めていった。後ろに10番キングヘイロー、横に並んで14番テイエムラシアンが追走します』

 

 スタートは上々と言っていいだろう。

 キングヘイローは周囲の動きを見ながら早めに先頭のウマ娘に取りつく。

 

(デビュー戦はみんな動きが固くなりやすく、後続集団に残されては勝ちが遠くなる。まずは先行策といきましょう)

 

 あらかじめ脳内でシミュレートした通りにレースを進めていく。

 京都競馬場の内回り――コーナーの途中には高低差約3m前後の上りと下り坂がある――が、そこは問題ではない。

 ペースさえ誤らなければいい。

 重要なのは位置取りだった。

 

 序盤から勢いよくスタートしたことで鼓動が早めに鳴り始めるが、努めて息を落ち着かせながら内ラチ沿いに走り始める。

 本来なら空気抵抗が掛かり、全身に負荷も与えられるところだが、先頭を走るケンペルというウマ娘の真後ろに取りつくことで幾分か風が和らいでいた。

 

『各ウマ娘、4コーナーを曲がり始めます。キングヘイローら先行集団を追うのは5番タニノハレム、外に12番ユウキレインボーだ。そして後ろ1、2バシンほど離れた好位に1番人気トレアンサンブル! 虎視眈々と先頭集団を見つめます。斜め後ろには8番アドマイヤディオス、やや外を回りながらコーナーを曲がっていく』

 

 上り坂を駆け上がり始めながらオーバーペースにならないよう注意する。

 ゆっくり上り、ゆっくり下る――のは主に外回りのコースではあるが、ここで無理をしても消耗してしまう。

 キングヘイローも他のウマ娘をスタミナを維持しつつ、第3コーナーの坂を攻略していた。

 

『さあ第3コーナーは下り坂があるぞ。後続集団もにわかに動き始めている。トレアンサンブルの後ろには1、3、7番は横一列。おっと15番ニシノカミーラ、9番ジントルネードは動き始めたか。最後尾集団には4、6番、一番後ろに2番マイネルサヴァンだが大丈夫か。6番ミスターダハールは既に苦しそうだ』

 

 はっはっはっと息を切らし始める者が出始めていた。

 ただ走っているだけなら、そうはいかない。

 

 しかし実戦のレースでは起伏に富んだコース。

 大観衆の前という緊張感。

 集団で走っていく中での駆け引き。

 

 その全てが若いウマ娘たちのスタミナを根こそぎ奪うかのように吸い取ってしまう。

 

 稍重の芝は少女たちの体力を削り、踏みしめる大地はまるで泥沼のように疲労した身体を巧みに絡め取っていく。

 当のキングヘイローも2、3番手に付いていた影響で脚に疲労感は残っていた。

 しかし、

 

(まだ脚は残っている――これなら!)

 

 余裕があるとキングヘイローは踏んでいた。

 坂を下りきった先に見えるのは第3コーナー――ゴール板が遠くに見えるラストの直線。

 誰よりも先に駆け抜ければ勝利となる。

 

 周囲が疲労感を隠せず、汗だくで走り抜けるなか、キングヘイローはまだ余裕があった。

 過酷な練習――と言っていいか分からないが、彼女が追いかけてきた背中はこんなものではない。

 

 スタミナを残した両脚は力強く前を進み始め、先頭を走る少女の真横へと行く。

 

『おーっと!? やはり来た、ここでキングヘイローがやってきました!!!』

 

 彼女が出会った背中は小さいのに、その走りは激しく。

 その癖、一瞬でも油断するとまるで蜃気楼のように消えてしまう。

 初めて勝負したときは茫然とするばかりだった。

 

 油断はしない。

 だからこそ全力で戦う。

 

(――ここにいる背中ならあっという間に抜きされるっ!)

 

 四肢に力を入れ、一息に先頭へと躍り出る。

 大歓声がキングヘイローを始めとしたウマ娘たちに浴びせられるが気にしている余裕はない。

 その余裕はゴール板を走り抜けるまでおあずけだ。

 

 勢いを保ったまま先頭を維持したまま、ゴール板へと迫る。

 キングヘイローはマヤノトップガンとの対戦を思い返しながら走り続け、そして――

 

『トレアンサンブルは中団に位置したまま動けないっ。8番アドマイヤディオスが後方から必死に追い込むがこれは届かない! ユウキレインボーやタニノハレムも追いすがるが足りないか!? これはキングヘイロー、キングヘイローだ! キングヘイロー1着!!! 名家の意地を見せつけました!』

 

 8番に追いつかれそうにはなったものの見事1着。

 デビュー戦を勝利で飾ることができた。

 




ちょっと間隔が空きましたが投稿

連日35℃越えのうえに雨も碌に降らないのはさすがにきつい今日この頃

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