GoGoがんばれ!ヘイローちゃん   作:竹林の春雨

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チーム<レヴァティ>とトレーナー

 マヤノトップガンと名乗る底抜けに明るい少女。

 そんな彼女の誘いに乗る形で歩いていたキングヘイローだったが少し困惑していた。

 

「ねえ、ちょっと良いかしら?」

「んん~? どぉーしたの?」

「明らかにチームがいるような場所じゃない気がするのだけど……」

 

 二人がやってきた場所は学園の校舎からさほど遠くはない。しかし特に建物がある気配はなかった。

 周囲は綺麗に草木が切り揃えられてはいる。

 道も正面玄関と同じく、不思議と広いもののチームがいる風でもない。

 あえて言うならそんな場所でも雨避けの屋根が付いたアーチと風避けの壁が両サイドにあること。

 また時折、ウマ娘や学園のスタッフも行き交っている。

 キングヘイローを先導するマヤノトップガンは、知り合いなのかたまに他の人物と笑顔で挨拶しながら歩いていた。

 練習施設がないのに何故、といった具合だ。

 疑問が絶えなかったキングヘイローだが、更に混乱させることが起きる。

 辿り着いたのは学園の外へと通じる扉。外からは車が走る音が聞こえており、明らかに敷地外への道だ。

 

「ちょ、ちょっと! 外へ行ってどうするんですか!?」

「まあまあ、気にしなぁーい気にしなぁーい♪」

「気にすることだらけですわよ……」

 

 甘ったるい子供声でニコニコした様子の目の前の少女。

 キングヘイローは少しぐったりした様子で、「もう何がなんだか」とこぼすしかなかった。

 そのまま扉を開くと案の定道路が広がる。次いで目に入るのは横断歩道と信号――そして『ウマ娘注意!』と書かれた標識も立っていた。

 

 標識自体はトレセン学園の近くなので別に不思議ではない。

 ただマヤノトップガンはそのまま信号が青になると「こっち、こっち!」と言いながら眼前の横断歩道を渡っていく。

 そうして横断歩道を渡った先にあるビル。その入口で彼女は立ち止まると、

 

「とうちゃぁーく! さっ、入って入って!」

「ここ、ですの」

 

 キングヘイローは西日に目を細めながら、手で陽を遮ぎつつ、目の前のビルを仰ぎ見る。

 灰色のコンクリート。少し古ぼけてはいるが四階建ての立派なビルだ。

 1階部分はカーテンが掛けられているのか様子が分からない。

 ただ何となくだが、期待感みたいなものが湧いてくる。

 

 ――自分が求めていたものがここにあるのかもしれない。

 

 困惑に、少しだけ高揚感が混じりつつあった。

 入口は自動ドアらしく、近づくと普通に左右に開く。

 

 入ってすぐ左手には受付嬢とみられる女性。ウマ耳はないので普通の人間だ。

 あとは警備員らしき紺色のスーツを着た男性。こちらも人間だった。

 プロ意識が高いのか、キングヘイローたちに一瞥した後は、無言のまま正面に向き直る。

 

「いつもご苦労さまでっす! ドア開けるよ?」

「あ、ちょっと――!?」

 

 静かに入ろうとしたキングヘイローだったが隣の少女は気にしなかったらしい。

 勝手知ったる我が家とばかりに堂々と中に入っていった。

 仕方なくついていった彼女の前に広がった光景は――

 

「……トレーニングジム?」

 

 広さとしてはそこそこと言ったところうか。

 おおよそ体育館の半分くらいの規模だ。ただ外観に比べると幾分(いくぶん)狭い印象を受けるので、この部屋以外にも別の部屋があるのだろう。

 見える範囲には、筋トレやランニング用の器材など多様なトレーニング器具が揃っている。

 

 ところ狭しに機材があるわけではなく、何もない場所や畳が置かれて臨時の休憩所のようになっている場所もあった。

 奥の棚には本が納められているものと、何もない棚の2種類。用途不明だが空のガラスケースもある。

 他には飲み物を冷やしておくための冷蔵庫などといったところか。

 大人数では手狭だが、数人で使う分には申し分ない規模という印象だった。

 

 しかしパッと見では人の気配はない――と思ったら奥に白髪の男性が一人いる。

 奥まった場所の、隅にあるガラスケースをのんびりとした動作で拭いていた。

 清掃業者かと一瞬考えたが、マヤノトップガンがぴょんぴょんと跳ねるような調子で、男性に近づいていく。

 

「おじーちゃーん! やってきたよー!」

「やれやれ、マヤノは相変わらず底抜けに明るいのう……そちらさんは?」

「あ、どうも……」

 

 どう応対していいか分からず、軽く頭を下げる。

 近づいてよく見るとかなり歳のいっている初老の男性だった。

 杖は突いていないし、両脚はしっかりしている。

 ただ顔は皺だらけでガラスを吹いている手も、顔と同様にかなり歳付きを重ねた様子。温和な顔つきだが開いているのか分からないほど細目だ。

 トレーニングジムより、縁側でお茶を啜っている姿ならとても良く似合うだろう。

 様子を(うかが)うキングヘイローに対し、男性は一礼して話し始める。

 

「どうもお嬢さん、(わし)はここでトレーナーをやっている坂戸(さかど)という者です」

「わ、私はキングヘイローです。えっと今月からトレセン学園に入学した新入生ですわ」

「ほう新入生じゃったか。ということはマヤノの後輩(・・)ということか」

「ええ、そういう訳で…………後輩?」

 

 普通に受け答えをしようとしたところで固まるキングヘイロー。

 脳が言葉の意味を吟味し、理解したところだ。

 マヤノの後輩、という言葉の意味。

 

 キングヘイローの身長は150後半くらいだが、マヤノトップガンの身長は彼女の目算では140cmあるかどうかという見立てだった。

 約20cm弱の身長差とあってかなり低く見える。

 トレセン学園は不定期に入学者がやってくる学園。

 

 おねーさんと自身を呼ぶことも相まって無意識に、同学年かあるいは早期入学した年下などと考えていた。

 少し震える指を指しながら確認する。

 

「申し訳ありません……マヤノ、トップガン先輩、でいいのかしら……?」

「えっ、ヘイローちゃんって年下だったの? おねーさんだと思ってたんだけど」

「事態が良く分からんがマヤノはおそらくキングヘイローさんの年上で間違いないぞ。もうトゥインクルシリーズでレースデビューもしておるしの。まあちっこいから勘違いしても仕方ない」

「ぶーぶー! ちっこくないもん。これから大人のレディーになっていくんだよっ」

「ほっほっほっ、そうじゃな。まだまだ成長期じゃ」

「へへーん♪」

 

 好々爺然とした様子で老人はマヤノトップガンの頭をポンポンと撫でる。

 少女も満更でもないらしく、素直に撫でられていた。

 ウマ耳と尻尾の有無さえ考えなければ、傍目からは完全に祖父と孫の姿だ。

 その様子を眺めつつ、キングヘイローは思案する。

 

(まさか先輩だったとは……。いえ、その前にずっと撫でていらっしゃるけど、止めた方が良いのかしら……)

 

 仲が良いのか二人のやり取りが中々終わらない。

 マヤノは気持ちよさそうに頭を撫でられており、坂戸と名乗ったトレーナーも久しぶりに来た孫を構っているかのように撫でている。

 

 キングヘイローは部外者ではあるのだが、ほのぼのした様子をずっと見せられても困ってしまう。

 数分経っても結局終わる気配がなかったので、仕方なくキングヘイローはこほん、とわざとらしく咳をする。

 坂戸トレーナーも脱線しているのに気付いたのか、苦笑しつつ畳の方を指差した。

 

「いやいや、済まないね。孫が出来たようでつい撫でてしまうんだ。……とりあえず立ち話をするのも億劫じゃろう。茶菓子があるからゆっくりしていくといい。マヤノもそのつもりで連れてきたのだろう?」

「あ、うん! ヘイローちゃんに奢って貰っちゃったからね、お返しにジムで余ってるお菓子でも一緒に食べようかなぁーって!」

「そうですわね、あの時のお礼を――――ん?」

 

 その言葉に応じかけたところで止まる。

 彼女から「チームに招待したい」と言われていた。

 そしてキングヘイローはチーム選びに苦労していた最中。

 そのため彼女は勘違いしていた。

 

「ちょっと待って。チームの勧誘ではないんですの?」

「んん~? この前のお礼に、お菓子を一緒に食べようと思ってたんだけど……」

 

 お互いに首を傾げる二人。喰い違う言葉。

 その意味を吟味した結果、遅れて理解する。

 

 どうやら早とちりしてしまったらしい。

 考えてみたら最初はキングヘイローのことを年上と勘違いしていた彼女だ。

 普通なら既にチームに所属している身と考えるはず。それを奢ってもらったから勧誘というのもおかしい話だった。

 

 少しだけ嘆息する。

 マヤノトップガンではなく、冷静になり切れてない自分に対する呆れだ。

 何処かで(あせ)りが出ているのかもしれない。

 

(単なるポカミスですわね。このキングヘイローともあろう者がとんだ笑い草ですわ。この子――先輩にも落ち度はないですし……。どうしましょう、チーム選びをしたいのだけれど)

 

 チーム選びに早く戻った方がいいのかもしれないと考え始める。

 今日か明日にでもチームを絞る予定なのだ。

 生徒会長との面談が終わった後、昼休みなどを利用して各チームのトレーナーと接触していた。

 練習時間中の今は、各地にトレーナーが分散しているので、かなり労力がありはするものの、やらないわけにはいかないだろう。

 

 次はどこを巡ろうか――キングヘイローがそんな段取りを脳内で考え始めていたが、坂戸トレーナーが穏やかな口調で話してかけてきた。

 

「ふ~む、なにやら事情がある様子だ。とりあえずお茶でも飲みながら話してみると良い。爺と違って、若者は時間がたっぷりあるのじゃから」

「よく分からないけど、おじーちゃんに相談してみるのもいいと思うよぉー。これでもこの道30年以上のベテラントレーナーさんらしいし!」

「え? ああ、そういえば、ここもチームですものね……」

 

 動くことだけ考えていたら、自分が今いる場所にもトレーナーがいる。

 完全に失念していたことを悟った彼女は目を瞑り、(ひたい)を軽く揉んだ。

 ――少し休んだ方がいいのかもしれない。

 

「――そうですわね。それじゃあゆっくりしようかしら」

「うんっどうぞどうぞ~! お菓子も持ってくるね!」

「ええ、ありがとう」

 

 ここで場を辞すのも失礼と考え、思いとどまる。

 そのまま休憩に入ったキングヘイローたちだったが、先ほどの話をしないわけにもいかない。

 興味深げなマヤノトップガンと、穏やかな様子で質問してくる坂戸トレーナーを前に自分の事情を話し始めるのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 自分なりのプライドを持ってチーム選びをしていること。

 しかしこれといったチームが見つからないこと。また現在はそのチーム選びの最中であることなど、簡単な事情を話した。

 それを受けて坂戸トレーナーは自身の白い(ひげ)をなぞりながら、なるほどとこぼす。

 

「チーム選びは確かに難儀じゃのう。新入生のウマ娘にとっては重要な選択になるから慎重になってしまうのもしょうがない」

「ええ……でもライバルたちはどんどんチームを選んでいます。ただ下手なチームを選びたくないという想いもありますから中々難しくて。……あ、センベイ美味しい」

 

 ジム内での休憩所となっているらしい隅っこの畳の上で話し合っていた。

 話しながらも折角出されたということで、センベイなどの茶菓子いただきながらの会話。

 糖分を補給した方が頭の巡りも良いだろうと考えてもいる。

 

 広さ的には12畳ほどで、やはり数人くらいならのんびりできるスペース。

 ただ休憩所といっても畳の周囲を木の板で、気休め程度に仕切っているだけの簡素なものだ。

 

 本来なら仮眠室などちゃんとした施設もあるのだが、普段はあまり使っておらず、埃っぽい場所もよくないだろうということで畳の休憩所での会話となっていた。

 悩んだ様子のキングヘイローに、マヤノトップガンが話しかける。

 

「これだー! ってフィーリングじゃ駄目なの?」

「同じようなことを言って決めた方もいらっしゃるけど、私は自分の選択に自信を持って選びたいの。どのような結果であれ、後悔するような生き方はしたくないわ」

「おぉ~……やっぱりヘイローちゃんって大人っぽくて格好いい……!」

「そ、そうかしら。ふふ~ん♪」

「あ、また子供っぽくなった」

 

 いつぞやのように褒められて胸を張るも、子供っぽいと言われてしまうやり取りを挟む。

 二人の間に変なお決まりが出来つつあるのを見ていた坂戸トレーナー。

 少し考えた素振りをしたのち、一度頷き、キングヘイローを方に改めて向き直った。

 

「それならキングヘイローさんや、ちょっと走ってみんか」

「……どういうことですの?」

 

 言葉の意味を理解しかねた彼女は怪訝な顔を見せる。

 そんな相手に坂戸は少し苦笑いする。

 

「儂も長年ウマ娘を見てきた身じゃ。重賞のみでGⅠウマ娘を輩出していない、凡骨のトレーナーではあるが、これでも無駄に顔に皺を刻んできたわけじゃない。悩んだなら汗を流せばよい」

「ですがこの時にもライバルたちはどんどんチームを――」

「だからこそ走って汗を流すんじゃよ。君はまだまだ若い。選択はじっくり選んでもいいんだ。迷走するくらいなら馬鹿みたいに疾走した方が頭もスッキリして、見えてこなかった道が見えるかもしれん」

「――――」

 

 その言葉を聞いて逡巡する。

 確かに焦りすぎていたのかもしれない。

 他人は他人、自分は自分と言い聞かせたはずなのに見事に調子を狂わされている。

 セイウンスカイがそんな意図を持って言ったわけではないにしろ、そんな他者の一言で右往左往していた自分を客観的に見ると無様という他ない。

 

 人生の先達(せんだつ)ともいうべき人の言葉は、若いキングヘイローの思考を冷静にさせるだけの力があった。

 気付かないうちにへにゃりと曲がっていた彼女のウマ耳も、よく聞いておこうと直立し始める。

 

「それにマヤノのレースが近づいていてな。実は併せトレーニングのパートナーを探していたところなんじゃ。うちのチーム――ああ言ってなかったの。チーム<レヴァティ>は人数が多めなんだが、マヤノに付いていけるレベルのウマ娘がいなくてのう。人助けと思って、頼まれてくれんか」

「それにしては他の方々がいらっしゃらないような……」

「レヴァティというチームは少し特殊な形態を取っていてな。所属するウマ娘が非常に多いため、複数のトレーナーやトレーナー助手を雇って形成している複合チームなんじゃよ。グループごとに各々がトレーニングをしておる」

「複合チーム!? いえ、少し待ってくださいまし」

 

 キングヘイローは慌ててパンフレットを取り出し、チェックし始める。

 リギルなどを始めとしたチームと、所属している主なウマ娘が書かれているページをめくっていく。

 名前だけでなくチームの練習場所や部室などもあり、あちこちにキングヘイローがメモした文章もある。

 そして最後の方にあったチーム。かなりのウマ娘の名前が記されていた。

 しかし分からない事があったため、『詳細不明・他を優先』と横にメモを入れていたのだ。

 

「確かチームには学園内で主な拠点の場所が書かれている。けど一つだけトレセン学園以外の住所が記載されていたチームがあったはず」

「よく調べているのう。おそらくそれがレヴァティじゃろうな。人数が多すぎて普通の部室ではとてもじゃないが収まりきれん。なのでビルを貸し切ってここをチームの拠点にしている。トレセン学園からの裏口や横断歩道も頼んで作って貰ったんじゃよ」

「頼んだって……いえ、それじゃあ、どれほどのウマ娘たちが所属しているんですの?」

「儂も完全には把握しとらんのだが、まあ100名以上は所属しているかの。それにトレーナー2、3名と助手が十数名の大所帯じゃ」

「ひゃく!?」

 

 さらっとトンデモナイ発言が飛び出し、キングヘイローは驚愕する。

 横断歩道の件もあまり見過ごせないが、それ以上に重要なのは所属人数と規模だ。

 確かにパンフレットには大勢の名前が載っているのは把握している。

 しかしチーム<レヴァティ>という大きなくくりの中に、何故か各チームごとに名前が記載されていたのだ。

 そのことを坂戸トレーナーに聞いてみると、

 

「人数が多いため、儂が各グループごとに人員を割り振っておるからじゃよ。とてもじゃないが一人で捌ける人数ではないからのう。まだ足腰は健在とはいえ、老骨には厳しいものがある。チーム名に関しては色々事情があるが、各グループで行動しているため、把握しやすくするのが主な理由かの。マヤノだけは儂が指導している状態じゃな」

「じゃな!」

「そ、そうなんですか……」

 

 マヤノトップガンがニコニコした様子で坂戸の口調に合わせて喋ったことはスルーする。

 それよりもチームの実態が見えてきて、さしものキングヘイローも驚きを隠せない。

 マンモス学園ならぬマンモスチームだ。

 

 実績はないと言うが、チームの規模なら間違いなく最大。チームの歴史も長く、施設なども整っている。

 熟達したトレーナーというのもプラス材料だ。

 温和で闘志に欠ける部分も見え隠れするが経験は嘘をつかない。

 

 何より真摯にこちらの言葉を聞いてくれている誠実な人物とも言える。

 打算的な考えをしてしまっている自覚があるものの、当たりを引いたかもしれないと内心で考えていた。

 そんなあれこれと考えているキングヘイローを他所に、坂戸トレーナーは時計を覗き込みながら、

 

「ところで驚いているところで申し訳ないんだが、先ほどの併せトレーニングの件についてはどうじゃろうか。時間も圧しているようでな」

「えっと、そうですわね……先輩さえ良ければ」

「私? もちろんオッケーだよっ! おねーさん速そうだし、楽しみだなぁ~」

 

 無邪気な笑顔で快諾するマヤノトップガン。

 ただ彼女の中でおねーさんという単語が定着しそうなので、念のため釘を差す。

 さすがに先輩からおねーさん呼ばわりされるのは何かと誤解を呼ぶだろう。

 

「そちらの方が年上なのだけれど……」

「あれま、そうだっけ。それじゃ、ヘイローちゃんって呼ぶね! 私のことは気軽にマヤノって呼んでいいよっ。マヤなら更によし!」

「……ではマヤノ先輩で」

「むむむ、距離感を測っている気配がする。でも、それも面白くていいかもっ!」

「もうすっかり仲良しじゃのう」

 

 社交パーティでの会話は相手の反応を良く観察しながら慎重に会話することも多い。

 そういった相手と違ってマヤノトップガンの反応は素直すぎるので調子が合いやすいのかもしれない。

 ややこしいことを考えずに会話できる純粋な相手に少し苦笑いしながら、キングヘイローはマヤノ先輩に先導されながら併せトレーニングを行うための場所へと歩き出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんな二人の少女の仲睦まじく、微笑ましい後ろ姿を眺めながら、坂戸トレーナーは静かに携帯を取り出す。

 

「……ああ、儂じゃ。今日の合同トレーニングなんだが追加で一人加わるから、少し予定を変更したい」

「――――」

「訓練計画? 学園外ならともなく学園内なら後出しで構わん。あんなもの頭の固い役所連中のポイント稼ぎだ。辻褄が合えばええ」

「――――」

「ダートではなく芝に変更じゃ。合わせる相手は芝の方が良さそうじゃし、ダート主戦のマヤノ相手ならハンデにもなるしの。学園側には儂が根回ししておくから適当に捻じ込ませてもらう。普段はそこまで芝コースを使わんのだから、こういう時くらい我儘を言ってもええじゃろう」

「――――」

「ああ、それで頼む。残りの子たちはゆっくり観戦席で休ませてやれ。観客がいる方がより実戦に近いシチュエーションで行える」

 

 強引とも言うべき内容を口にしながらも、坂戸は的確な指示を出しながら携帯先の相手との会話を終える。

 そこに立っていたのは好々爺した人物とは少し違う。

 執念とでも言うべきなのか。

 普段の温和な様子とはまったく違った並々ならぬ気迫がそこにはあった。

 しかしそんな気配を嫌がるかのように、坂戸は大きく深呼吸する。

 普段通りの様子に戻った。

 

「まったく、嫌な大人になったもんじゃ。しかし――」

 

 懐から写真を取り出す。

 中央には見目麗しいウマ娘。身長は少し大柄で可愛いというよりは凛々しい姿だ。

 ピースサインをしながら白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべている。

 白黒写真ではあったが、前髪の中央には特徴的な白い流星があった。

 

 そのウマ娘の左右にも男女の姿があり、片方はどことなく坂戸トレーナーに似ていた。

 それを見ながら決意を瞳に宿す老人が一人。

 少し陽が傾きかけた空を見上げる。

 空はいつもの見慣れた光景だ。

 ただ幾度となく太陽が過ぎ去った後に残ったのは、老いぼれた男だけ。

 その事実を思い出した坂戸は誰に言うでもなく呟く。

 

「もう、儂一人か……。GⅠ…………勝ちたいのう」

「おじーちゃーん! 遅いぞぉー!」

「――おっと、すまんすまん。今行くぞー」

 

 老人らしいゆったりとした歩調で彼女たちを追いかける。

 指導者たる者、弱気な姿を見せてはいけない。

 彼女たち、ウマ娘はそういった感情を敏感に感じてしまう。

 坂戸は努めて穏やかな笑みに戻す。

 そこにいるのはいつもの年老いたトレーナーの姿があった。

 

 

 




レースを入れても良かったんですがキリが良かったので今日はここまで



※5/17追記
公式でチーム名を記載するときの記号が<>だったのに今更ながら気づいたので
公式に合わせて記号を 『』→<> へと変更しました
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