GoGoがんばれ!ヘイローちゃん   作:竹林の春雨

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チーム<レヴァティ>始動

「さて、一通り自己紹介は済んだわけじゃが」

 

 初老の男性――坂戸トレーナーはいくつかの資料を捲る。

 目の前には3人のウマ娘が直立した状態で立っていた。

 

 キングヘイロー、マヤノトップガン、そしてツインターボ。

 新たなメンバーを加えて坂戸率いるチーム<レヴァティ>の本格始動といったところだ。

 自己紹介は既に終わっている。

 終始にこやかな坂戸に騒がしいマヤノとツインターボ。

 それを暴走しないようにキングヘイローが抑えたり、ツッコミを入れただけの雑談会場になってしまっていたが。

 そして挨拶も終わり、坂戸から連絡事項が言い渡される。

 

「まずは――ツインターボ」

「はいっす!」

「今年は学業と私事に専念したいということでいいんじゃな」

「それでお願いするっす。もちろんトレーニングには出るっすけど、大学課程も色々難しいんで一年目は単位取得に専念しておきたいっす。大逃げっす! それに今年は外せない用事もあるので……」

「……そうか。ふむ……なら、レースは組まないようにして、時間も空けるように調整しておこう。レヴァティはのんびりゆっくりが基本じゃからな」

 

 そういって穏やかにツインターボへと語りかける坂戸。

 その言葉にツインターボは申し訳なさそうに頭を軽く下げる。

 なにかしら事情があるようにも見えた。

 横目にそれを観察していたキングヘイローだったが。

 

(……あまり首を突っ込まない方が良さそうね)

 

 短期間ではあるが彼女の人柄は把握できた。

 お気楽なお調子者といった風の彼女だが、先ほどと違って静かだった。

 用事というものがどんなものかは知れないが、事情があるのだろう。

 

 坂戸も彼女の用事(・・)というものが何なのかを理解している様子。

 彼がいつも以上に言葉を選んで喋っていることも考えると、これこそ正にデリケートな話題だ。

 平時は気になる話題なら飛びつきそうなマヤノトップガンが無反応なのも考えると、気にしないの方がいいと判断した。

 トレーナーはツインターボとの会話を終えるとキングヘイローへと向き直る。

 

「次は……キングヘイロー」

「はいっ!」

「まず健康診断の結果とスポーツ管理栄養士からウマ娘仕様に調整した献立が届いた。アレルギーもないというし、好き嫌いも無視して三食全部を任せるとのことだが、ええんじゃな?」

「はい、それでお願いしますわ。勝利のために手は抜かない主義なので」

 

 トレセン学園の食事は基本的に三食バイキング形式だ。

 普通の学園と違ってかなり太っ腹だったが、学園側もウマ娘たちのグッズ販売などで儲けている。

 そういった利益は学園の維持や運営、そして食事などに還元されていた。

 また食べる量については基本的に生徒たちの自由にさせている。

 

 ただチーム<レヴァティ>の特色として管理栄養士が考案した献立の食事を用意して貰えるというものがあった。

 他チームでも実施しているところはあるが、健康管理を第一とするチームとあって外せない要因なのだろう。

 しかし、そこは年頃のウマ娘。中には好きなものを食べていたいという子もいる。

 あくまで希望制なので好きに食べたい子は一、二食だけ献立を頼んだりなど、各ウマ娘たちの自由にさせていた。

 

 ただキングヘイローからすると実家では、出された食事をキチンと食べるだけだったので、むしろ献立を考えてくれる方が楽という考えもある。

 勝利に執着するなら食事も気にしなくてはならないし、ならばプロの栄養士が考えた食事を頂くのが合理的。

 彼女からすると断る理由がなかった。

 

「ふむ、分かった。では献立は食堂の者に連絡して作るようにしてもらう。さて、それでは健康診断についてなんじゃが」

「……はい」

 

 坂戸が幾分か眉間にシワを寄せながら資料を読んでいる。

 どこか悪いところでもあったのだろうか。

 初日のカフェインによる寝不足という失態はあったものの、それ以降で体調管理にミスはない。

 我ながらはしゃぎすぎたとキングヘイローは自省していた。

 

 ただ常に自分の体調が完璧だと把握できるわけではない。

 何かしら隠れた怪我や病気の可能性が否定できないだけに、健康診断の結果を見ている坂戸の様子に不安を覚えてくる。

 

「ふ~~~む……うん、うん、なるほど。いやしかし…………でも、これなら……あるいは先に」

「あ、あの坂戸トレーナー、何か問題があったのでしょうか?」

「うむ? ああ、済まん済まん。今後の予定も組み立てていたせいか、長く考えすぎたみたいだのう」

「こう言っては何ですが、自分の健康診断の資料を片手に難しい顔をされると不安になりますわよ」

「そうだそうだー、おじーちゃん遅いぞぉー」

「茶化さんでくれマヤノ。(じじい)はゆっくり考えんと物事が疎かになりがちでの。……それでキングヘイロー、結果に関してなんじゃが」

「……はい」

 

 途中でマヤノの茶々が入ったものの、ゴクリと生唾を飲んで結果を待つ。

 妙に神妙な坂戸の態度に、肩に力が入ってしまう。

 もしかして重大な問題があったのか――そんなことが脳裏をよぎるが。

 

「――至って健康体じゃったよ」

「坂戸トレーナー、その勿体ぶった前振りをする癖は改善してくださりません!?」

 

 入部の時もそうだったが、なぜこのトレーナーは変に不安を煽るのか。

 キングヘイローは脱力しながらがっくりと肩を落とす。

 常に完璧な体調管理を心掛けているので、良かったといえば良かったのだが心臓に悪かった。

 気勢を削がれた気分で次の言葉を待っていると相手が事情を話し始める。

 

「いや、済まんかったな。しかし正直なところ驚いているんじゃよ」

「驚いている?」

「うむ」

 

 坂戸の言葉に首を傾げる。

 健康ということだが、そこまでおかしな結果なのだろうかと疑問に思う。

 

「儂のチームの方針ではな、まず負担の少ないトレーニングと健康管理でレースに十分耐えられる土台を作ることを一番に重視すべきという考えのもと指導しておる。レースは最悪、死亡事故が発生しかねない過酷なものじゃ。だからその発生確率を極力下げ、最悪事故が起きても軽傷になるよう、肉体を頑丈にしていく方針だ」

「理屈は分かりますわ。けれど話の流れを見るに私の健康状態に問題なかったと捉えているんですが……」 

「うむ。だからこそ問題なさすぎるのが問題(・・・・・・・・・・・)なんじゃよ」

「……すみません禅問答(ぜんもんどう)はさすがに習ってないので」

 

 意味が分からないとキングヘイローは怪訝そうな表情になる。

 さすがに坂戸も悪いと思ったのか、「済まん済まん」と頭を掻きながら弁明する。

 

「少々言い回しが悪かった。つまり骨密度などを始めとした土台がキッチリできておったことに驚いておったんじゃよ。レヴァティが実施しているトレーニングの第一段階を既にクリアできるだけの素地があることにな。……何か実家でやっておったりするのかの」

「実家……ああ、そうですわね」

 

 坂戸の言わんとすることをやっと理解する。

 トレセン学園へ入部する者の多くはトレーニングらしいトレーニングを積んでいない状態でやってくることが多い。

 中には自分なりに鍛えているウマ娘もいるだろうが、住んでいる環境によっては満足に走れない者だって出てくる。

 

 特にトレセン学園が近所にない都会などは、事故を防ぐためにウマ娘が走ることを制限する条例が存在している自治体もある。

 そういった能力の基礎が玉石混交のウマ娘たちの中で、キングヘイローは自分が恵まれた環境にあったことを思い出す。

 

「実家に私設のトレーニングコースがあって、ゲート訓練など基本的な技術は既に習っていました。結果はそのせいかもしれませんわね」

「ふぅむ……もしや食事なども管理されていたりするのかの」

「ええ、そうです。お母様――ブレーヴお母様が若いときに、体調管理などで苦労なさったということで、私に同じ目に遭わないよう知り合いの栄養士の方をよく呼んでいたんです。プロが考えた献立が毎食だされていたので」

「なるほど、なるほど。……幼少期から、か」

 

 一度言葉を区切る。坂戸はペンを片手に何かメモを取りながら難しい顔で思案していた。

 悪いことではないと思うので、今後の予定でも立てているのだろう。

 

 マヤノやツインターボは真面目な雰囲気を察してか二人の様子を見ているだけだった。

 再度、坂戸トレーナーが確認するように聞いてくる。

 

「……確かウイニングライブの振り付けなども完璧なんじゃよな?」

「もちろん。テレビで気軽に曲やダンスは見れますし、そちらは専門の方を呼んで幼い頃から作法を習っていたので完璧にこなせますわ」

「健康良し、土台良し。第一段階の馴致(じゅんち)も良し……うむ。これなら……いけるか。キングヘイロー」

「はい」 

「本来なら半年から一年間は、ゆっくり調整していく予定だったが変更じゃ。年内でのレースデビューを目指し、トレーニングは第二段階より開始する。マヤノとの併走トレーニングも積極的に行ってもらうが良いか?」

「第二段階……いえそれよりもレースデビューですか!?」

 

 第二段階の内容の詳細は不明。

 しかし大きくステップアップしたということだけは何となく分かった。

 更に今年からデビューできるのだという坂戸の言葉に思わず驚く。

 まだ心の何処かでふんわりと、来年にでもなるのだろうと考えていたせいもある。

 だが聞き間違いではない。事実、喜色を帯びた声が隣から聞こえてきた。

 

「うわー凄い凄いヘイローちゃん! マヤノと一緒にトレーニングだぁー!」

「マヤノ先輩も第二段階……トレーニングをしてらっしゃるの?」

「うんっ♪ 一年くらいはゆっくり走ったり、ゲート練習とかばっかりだったけど、最近は坂路とかプールとか色々やってるんだよっ」

 

 マヤノトップガンの言から察するに基礎練習をみっちりこなしたということなのだろう。

 堅実な坂戸らしいとも言えた。

 

「レヴァティではウマ娘たちの状態に合わせて、第一段階から第三段階に分けてトレーニングを実施しておる。第一が基礎、第二は発展、第三は強化といったところじゃ。徐々に負荷を増やして丈夫に、そして強いウマ娘になるよう調整するといったところかの」

「そして私は第二段階からトレーニングを実施するということですわね」

「うむ。第一を施す必要がないほど基礎が出来上がっておる。念のため経過は見ていくが……経験上、大丈夫だろうというのが儂の見解だな」

 

 よし、と静かに拳を握りしめる。

 将来のために様々な基礎をこなしてきた成果。他者よりも大きく前進できることに内心喜んでいた。

 やはり努力はするべきだと気持ちを新たにしているキングヘイローを他所に、坂戸はマヤノトップガンへと顔を向ける。

 

「そしてマヤノトップガン」

「はーい!」

「芝のレースがしたい、じゃったな?」

「うんっ。ヘイローちゃんと走ったときの感触がとても良かったし、一杯走りたいなぁーって」

「ふむ……だったら良いレースがあるぞ。長いコースで観客も大勢来る舞台じゃ」

「大勢?」

 

 キングヘイローの右側にいたマヤノは首を傾げる。

 釣られるようにトレードマークのツーサイドアップの髪が傾く。

 坂戸は大きく頷くと、

 

「土台は完璧に仕上げた。芝適正もキングヘイローを抜き去った二の足からも潜在能力を伺わせるものがある。三冠ラストの栄光――秋の菊花賞に照準を絞るぞ!」

「お、おぉー?」

「菊花賞っすか! いいっすね!」

「菊花賞……皐月賞、日本ダービーに続く最後の三冠ウマ娘にとって大一番であるGⅠですわね。しかし難しいAルートの方ですが大丈夫ですの?」

 

 日本における三冠ウマ娘を決めるレース。

 それは一生に一度しか挑むことができない栄冠だ。

 

 その三冠には俗称だがA、Bに分けられる二種類の三冠があった。

 

 一つはAルート――皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三つを狙う三冠ウマ娘。

 距離が長く、過酷なレースとなるこのルートは真の強者が集まる三冠とされ、一般的に三冠といえばこちらの方が格が上とされる。

 記録にも『三冠ウマ娘』ときっちり残される栄誉だ。

 何よりもこの三冠に含まれる日本ダービーに勝利することはウマ娘に限らず、トレーナーが一生に一度は夢見る何物にも代えがたい栄光。

 誰もが勝利を望んで止まない文字通り別格のGⅠだ。

 

 そしてもう一つがBルート――桜花賞、オークス、秋華賞の三つのGⅠを勝利することで得られる三冠ウマ娘。

 ただしこちらは距離が400~600mほど短くなり、一般的にAルートの三冠と比べ、格が一段落ちると言われている。、

 記録には三レースの頭文字を取って『三冠ウマ娘(OOS)』という注釈が加えられる。

 またAとB両方の内、合計三レースを優勝することで『変則三冠ウマ娘』と呼ばれるものもあった。 

 

 これらは名称は違うものの、それでも栄誉であることには違いない。

 そうそう簡単に達成できる記録ではないため、どちらの三冠を取っても一定の名声は得られる。

 ただ坂戸がなぜ難しい方を選ぶかだけは気になっていた。

 

「簡単な話じゃよ」

「簡単な話、ですか?」

「そうだ――ずっと努力してきたマヤノトップガンなら菊花賞に勝利できる可能性は十分にある。それを信じないでトレーナーを名乗れるか、ということだ」

「……失礼いたしました。当たり前の質問でしたわね」

 

 キングヘイローは頭を下げる。

 確かに簡単な話だった。

 困難な道か、簡単な道か。どちらを選ぶのかと聞かれれば、挑戦者なら迷う必要なんてない。

 勝つつもりで戦うのは当たり前なのだ。

 

 そして当のマヤノトップガンも、普段の無邪気な笑顔を引っ込める。

 坂戸をじっと見つめ問いかけた。

 

「おじーちゃんは勝てると踏んでるんだよね?」

「……儂はGⅠウマ娘を輩出したことはない。しかし、マヤノの才能なら十分に勝機はある、と踏んでおる。何より――」

 

 普段の様子とそこまで変わらない。

 しかし淡々とした口調ながら老人の声には少しだけ熱が帯びているようにも感じる。

 それは彼なりの勝算があるということを表していた。

 

「いかな過酷であっても生き抜けるウマ娘を育てる――それがチーム<レヴァティ>じゃ。『強いウマ娘が勝つ』と言われる菊花賞なら十分に狙える。それにマヤノは地力があり、それは他のウマ娘たちと比べても決して劣らない。GⅠ無しのレヴァティが奇襲を仕掛けるなら絶好のレース、勝機と見なくてなんとする」

 

 ハッキリと坂戸は断言する。

 勝てる戦いだと。勝機があるだと。

 GⅠウマ娘を輩出できていなかったトレーナーの言葉。

 それを重いと見るか軽いと見るか、どちらかは一目瞭然だった。

 

 普段の曖昧な表情はそこにはない。

 決意を秘めた初老のトレーナーに、マヤノは言葉を反芻(はんすう)するかのように目を瞑った。

 彼女の内心は分からない。

 ただ思うことは、

 

(……マヤノ先輩はやはり先輩、ですわね)

 

 勝利を目指す立派なウマ娘。やるときはやるのだという意思がそこにはあった。

 

 マヤノトップガンは口角を上げながら満面の笑みを作る。

 普段の無邪気な少女の顔ではない。猛禽類のような、獰猛さも窺える闘志だ。

 

「……そこまで期待されたら答えないわけにはいかないよねぇー? いいよ、マヤノ全力で頑張るっ!」

「気負いは禁物じゃぞ。まずは二週間後にあるロイヤル香港JCT、そして更に一カ月後にあるやまゆりステークスで重賞に出走できるだけのランクを上げる。あとは重賞勝利を狙いつつ、菊花賞の出走権をもぎ取る。そしてツインターボ、キングヘイロー!」

「は、はいっす!」

「はいっ」

 

 気合の入った坂戸の声に少し戸惑いながらも答える二人。

 初老のトレーナーは目を見開きながら告げる。

 

「菊花賞は3000mの過酷なレースを行わなくてはならない。そのためのトレーニングとして、併走トレーニングを行う。最初の1200mはツインターボとマヤノで併せ、そして続けて残りの1800mをキングヘイローとマヤノで併走する。名付けてWロケットトレーニングじゃ!」

「……W併走トレーニングでよろしいのではなくて?」

「ツインターボ作戦も良いネーミングだと思うっすよ!」

「そこは……ほれ、気合いを入れるためのノリみたいなもんじゃ」

 

 思わずツッコミを入れてしまったキングヘイローに、ノリで続くツインターボ。

 予期せぬ指摘に珍しく坂戸が動揺する。

 温和ながらも普段は落ち着いている人の困った表情を意外に思いつつも、ひとしきりみんなで笑う。

 そんな一騒動が終わった後は、GⅠ勝利を目指すための特訓を開始するために動くのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 レヴァティの練習時間となった芝のコース。

 以前と同じ観客席も付いている場所で一同が揃っていた。

 坂戸は資料を見ながら話す。

 

「準備運動のあとはスローペースでコースを左回り、右回りに3周ずつ。そのあと流しながら左右のコーナー走を10本ずつに、あとはゲート練習を20本。身体が温まってきたら、大まかな流れを把握するためにWロケットトレーニングを手を抜いて実施する。ただマヤノの直近のレースは中京の芝2000mコースだから今日はあくまで動きを覚えるための練習みたいなものじゃ」

「「「はい!」」」

「キングヘイローのレースに関しては練習の仕上がり具合によるが、おおよそ10月あたりに出走予定と思っておいてくれ。距離は無難にマイル~中距離あたりで様子見といったところじゃ」

「分かりましたわ」

「儂は少し席を外す。先ほどの練習メニューが終わる時間になったら戻るので、練習だけ始めておいてくれ。終わっても儂が戻ってこなかったら小休止とする。キングヘイローが音頭を取ってやるように」

「私は後輩なんですが……」

 

 困ったような表情を浮かべるキングヘイロー。

 先輩がすべきなのではないかと言いたげだったが坂戸は苦笑いしながら、

 

「しかしまとめ役には向いておる。これから後輩が増えるかもしれんし、今のうちに慣れておく方がええ。何事も経験が大事だ」

「それでも腑に落ちませんが……はぁ、まあ分かりましたわ。それがトレーナーのご指示とあれば――――マヤノ先輩、ツインターボ先輩! 行きますわよ!」

「はーい♪」

「はいっす!」

 

 腰に手を当てやれやれといった様子の少女。

 ただ他者に指示するのが慣れているのか、ハキハキとした口調でマヤノたちを先導しながら走っていく。

 名家の令嬢とあってその姿は本人が思っている以上に様になっている。

 

 マヤノトップガンは気合が入ると自分のことばかり考える傾向があり、ツインターボはそもそも今日来たばかりなので頼みづらい。

 スタッフに頼んでも良かったが、同じウマ娘が音頭を取ってくれる方が集団の動きは良くなる。

 キングヘイローのような責任感を持って動いてくれる人材がいることに内心、感謝をしながら坂戸はトレセン学園へと歩き出した。

 

「さて、と。うちの子たちが頑張ってるんじゃ。儂は儂で動こうとするかのう」

 

 トントンと腰を叩く。

 若い頃と違って老いた身体は疲労も溜まりやすくなってしまった。

 しかし60を超え、70も遠くないぽんこつでも頑張らねばならないという使命感も抱いている。

 足取りはゆっくりのまま、坂戸は目的地へと目指すのだった。

 

 

 

 そんな坂戸が目指したのはトレセン学園の一室。主に学園関係者の部屋が連なる区域である。

 白磁の廊下を歩いた先で、とある一室に目を向けるとゆっくりと扉を開く。

 内部は机やパソコンが並び、壁際には過去の資料が納められている、青いファイルなどがズラリと並んでいた。

 

「ん? ああ、坂戸さんか。お疲れ様です」

「お疲れ、穂田さん。そちらは今年どうかね?」

 

 他チームのトレーナーと挨拶をしながら軽く雑談をする。

 ここはトレーナーたちに与えられた部屋の一つだった。

 チームを立ち上げた者には部室などトレセン学園から活動場所を与えられているが、そちらはウマ娘たちのスペースという意味合いが強い。

 他チームとコースの使用時間の相談やトレセン学園に申請する遠征や訓練計画など、交渉や書類仕事もあるためトレーナー同士が近い場所にいる方が何かと便利だった。

 坂戸と穂田と呼ばれたトレーナーがにこやかに会話する。

 

「うちは良い子が入ってきてくれましたよ。マイペースなウマ娘のようだけど素質は十分ある。来年のクラシック戦線が楽しみですわ」

「それは羨ましいばかりだのう。うちは目ぼしい子はおらなんだ」

 

 キングヘイローたちを低く見積もっているわけではない。

 軽いジャブのようなものだった。

 しかし相手はニヤリと笑うと、

 

「はっはっは! ご冗談を。昨今は精力的に動いているそうじゃないですか。聞きましたよ、キングヘイローの件。他チームが虎視眈々と狙っていた有力なウマ娘を、横からかっさらったとか」

「……耳が早いのう。しかしそれはうちの子が偶然、誘ったもんですから別にスカウトしたわけじゃない。それに当人に移籍はいつでもして良いと伝えておりますから、そちらに行く可能性もあるかもしれんよ。彼女も上昇志向が強いので、希望すればうちが止める術はないのでな」

「ほう――それは面白い話ですね」

 

 一見穏やかな様子だが探り合いも忘れない。

 ウマ娘が互いにライバル視するように、トレーナーも他チームの動向を注視している。

 あまりドロドロした関係とまではいかないまでも、やはり自分のチームに所属しているウマ娘を勝たせたいのがトレーナー心理だった。

 

 ただし、坂戸がもたらした情報は真実だが、全ては伝えていない。

 キングヘイローが希望するならリギルだということを。

 しかしそれは話さない。

 一から十まで全て伝えるほど坂戸はお人好しではなかった。

 

 相手も全てを信じているわけではないだろう。

 トレセン学園で長くトレーナー業をしている坂戸が、喰えない男だという話は周囲にも知れ渡っている。

 頷きながらも深く思考を巡らしている様子だった。

 それも含めての駆け引きともいえた。

 

 坂戸の話した事情を興味深く聞いていた穂田は、「そういえば」と声を漏らす。

 

「移籍といえばチーム<リギル>で動きがあったそうですよ」

「それは気になる話だのう。事情を聞いても?」

「……良い話も聞けましたし、少々お耳を拝借してもいいですか」

「もちろん」

 

 先ほどの話のお礼なのか、穂田は快く受ける。

 練習時間とあって室内に他トレーナーの姿はあまりいない。

 しかし小声で話すということはそれなりに有力な情報なのだろう。

 

「――ジェニュインというウマ娘がいるじゃないですか」 

「ふぅむ、確か今年の皐月賞で一着、先日の日本ダービーで二着だったウマ娘か。リギル所属の子だったと記憶にあるが、何かあったのかのう」

 

 黒髪が美しいウマ娘だと聞いていた。

 臆病との噂もあったが、既にGⅠ勝利を果たしており、今年のトゥインクルシリーズを特集する番組では、よく名前を聞くことが多くなっている。

 そんな子に何かあったのか。非常に興味を惹く内容だ。

 

「それが、どうも今後のレースの予定について東条ハナトレーナーと揉めているそうなんですよ」

「……おハナさんか。しかし、それは毎年の風物詩みたいなところもあるから分からんな。あの子は腕は良いし、ウマ娘の体調を常に気遣う良いトレーナーだが、相手が意志を全て汲み取れるかというと難しいところでもある」

 

 東条ハナ――トレーナー間ではよく話題に挙がりやすい敏腕トレーナーの一人だ。

 女性で若いながらその手腕をいかんなく発揮し、学園最強とまで呼ばれるようになったチーム<リギル>の名伯楽。

 常に最善を尽くす人柄ではあるが、それ故に指導しているウマ娘と意見の喰い違いから衝突することも少なくない。

 穂田は頭を掻きながら「確かに」と頷く。

 

「まあ強いウマ娘は総じてアクが強い傾向にありますし、チーム<リギル>は自然と良い子たちが集まってくるとなれば苦労も絶えないでしょうなあ」

「それでも羨ましい限りだわい。レヴァティも少しはおこぼれに与かりたいもんじゃ」

「そういって、レヴァティもウマ娘たちが自然に集まるチームでしょう。こっちからしたら羨望の眼差しですよ」

「分かってて言っているなら皮肉が強すぎるのう」

「おっとこりゃ失敬」

 

 坂戸の苦笑いに相手も手のひらを縦に挙げながら軽く詫びる。

 片や年間最多勝やGⅠ勝利の常連チーム。片や未勝利戦で勝つか負けるかを競うのが精一杯の弱小チーム。

 虎の群れと羊の群れを比較されても困るといったところだ。

 それでもウマ娘たちが集まるのは、さすが老舗チームといったところか。

 脳内でリギルについてのメモを取りつつ締めくくる。

 

「揉めているとなると怪我か、あるいは出走予定のレースで意見の食い違い、というところかのう。長年チームを見てきたが、多くがそれで揉めることが多い。それに確か……サイレンススズカ、だったか。かなり独特な雰囲気を持つウマ娘と記憶しているが、そちらの扱いにも困っておるという噂じゃしな」

「ああ、そういえばそっちもありましたね。どちらもトラブルの末の移籍となるか分かりませんが、秋のGⅠ戦線もチーム同士の駆け引きが激しくなるかもしれませんね」

「うむ。さてと、仕事に戻りますかな」

 

 そこで話は終わり、互いのデスクワークに戻る。

 先ほどの話が本当かどうかは不明だが、噂話というのは広がりやすい。

 女の子特有のネットワークを駆使すれば、レヴァティにも遠からず情報がもたらされるだろう。

 何しろ人数だけは多いのだから。

 時間が経てばおのずと真実が見えてくると考えながら書類をまとめて立ち上がり、そのまま部屋を出て歩き出す。

 

「はてさて、普段ならリギルについてはいつものことと流しても良いが、今回ばかりはレヴァティにも関係してくる。マヤノの実力はまだ周囲にさほど広まっておらんが……ふむ、奇襲すべきか、あるいは」

 

 レースひとつとっても悩みが増えていくもの。

 厄介だなと思いながらも、それを考える坂戸の顔はどこか笑顔だった。

 マヤノと並び、他のメンバーたちのことも合わせて考える。

 

「ツインターボはうまく溶け込めそうじゃし、時間はまだある。とすると片づけるべき件は、キングヘイローの方か。どうにもマヤノと併せたとき以降のキレが鈍くなっている。原因がイマイチ掴めないが、一つ一つ問題点を修正していかねばならんな」

 

 いくつかの出来事を思い出し、やるべきことを並べていきながらのんびり肩を回す。

 歳と共に硬くなっていく身体をほぐしながら、腕を組んでひと伸び。

 必要な書類をまとめ終わり、雑事は済んだと判断した。

 

 キングヘイローたちももうじき渡したメニューが終わるだろう。

 坂戸は温和な表情に戻ると、ゆっくりとした歩調で彼女たちが練習するコースへと戻っていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 坂戸がやり取りをしていた一方、キングヘイローたちはというと。

 

「レヴァティが就職斡旋もやっているチームって初耳なんですが……それって大学側がするべき仕事でなくて?」

「いやでも、実際やってるっすよ」

「マヤノはよく分からないけど、お姉さんたちがよくやってくるのは聞いてるかも?」

 

 一通りメニューが終わり、小休止の時間となっていた。

 三人とも体操服の出で立ちで芝の上に座っている。

 

 足を開いて柔軟をしながら雑談タイムをしているなか、ツインターボがレヴァティにやってきた理由を聞いたところ、意外な事実を知る羽目になったという流れだった。

 むむむと眉間にシワを寄せながら口もとに手を当てるキングヘイロー。

 不思議なチームと前から思っていたが、更に謎が増えた事実に考え込んでしまう。

 そんな彼女にツインターボは「それに」と続ける。

 

「レヴァティの入部特典も魅力的っす。ぶっちゃけアレがあるから、人がめっちゃ集まりやすいんすよ」

「入部特典……? ああ、確か近所の温泉や銭湯スパの年間フリーパス券でしたっけ」

「そっす! お肌の気になる年頃のウマ娘からしたら、超魅力的なご褒美っすよ!」

 

 レヴァティに入ったときに渡されたチケットを思い出す。

 坂戸の説明では、疲労回復のために最低でも月1、2回は温泉に入るようにと言われていた。

 

「トレーナーですし、ウマ娘の体調管理の一環なのだろうという印象しかなかったのだけれど」

「のんびりやらせるチームで、入部特典付き。更にいくらか就職の口利きもしてくれる――トレセン学園に入ったはいいけど、頑張り過ぎない程度に学園を楽しみたい子はこぞって集まるということっすね」

「……レースでの勝利を目指す私からすると、それはちょっと眉を(ひそ)めたくなりますわね」

「そこは人それぞれ、ウマ娘もそれぞれっす。誰しもレースだけを人生の目標にするわけでもないっすよ、お姉さん」

「お姉さんは余計だけど……まあ何となくカラクリは見えてきたわね」

 

 そう言ってキングヘイローなりにレヴァティというチームを理解し始める。

 要はチームのスタンスがレース至上主義というより、学園生活を楽しみたい者向けに寄っているのだ。

 ツインターボの言ではないが、確かにレースだけが目標ではないというのは分からないでもない。

 

 トレセン学園では学食がバイキングで毎日、食べ放題など普通の学園ではあり得ない破格待遇だ。

 もちろんレースに何回かでなくてはならないという制約はある。

 しかしそれも、世界各国で開催されるウマ娘たちのレースは、国民的スポーツエンターテインメントという大舞台として名高いのだから、むしろ喜ぶだろう。

 

 そんなスポーツに憧れてやっては来たものの、右も左も分からなかったところにレヴァティという移籍推奨の手軽な腰掛けが用意されたら、なるほど確かに集まりやすいのも頷ける。

 入部特典目当てなら更にウマ娘が集めやすい。

 トレーナーも複数人が用意され、各人のやる気や実力、相性などでグループを形成すれば居心地が良いだろう。

 ただ疑問もまだ残っている。

 

(そんなに人が集まるならマヤノ先輩クラスのウマ娘が来てもいい気がするんですが……)

 

 いくらやる気に欠けるとはいえ、チーム<レヴァティ>の成績は非常に悪い。

 ツインターボから仕入れた噂話では、『レヴァティに欠けているのは才能とやる気』などとも(ささや)かれていると聞かされていた。

 トレーナーの問題かと考えても坂戸という人物はあれで、キングヘイローが知る限りかなり有能な人物にも見える。

 口に手を触れ、深く思考を巡らしていく。

 

 ――まだ何か事情が隠されている。

 

 そう結論付けた。

 レヴァティに在籍し続けるかの判断はまだ付いていない。

 キングヘイローは自身の名を知らしめるために、勝利への最短ルートを構築し続けると心に決めている。

 正々堂々、ライバルたちと競い合って勝利する。

 そのための手段ならいくらでも手を打つ。レースのあとに後悔は残したくない。

 ただ考えすぎてもすぐに結論が出る話でもなかった。

 

 今日はこのくらいでいいだろうと、一応の納得を得ると大きく息を吸う。

 そしてゆっくり息を吐きながら内々に考えていた余計なものと一緒に霧散させた。

 

「……とりあえず今日の思考はここまでね。まずは今という時を精一杯、頑張ることが私にできる最善。努力し続ける者にこそ栄誉は与えられるはずだわ」

「ヘイローちゃんがまた(・・)大人っぽいことを呟いてる……」

「? 何か言ったかしら?」

「ヘイローちゃんはやっぱり大人っぽいなぁーって思っただけだよっ」

 

 マヤノの元気な声に首を傾げる。

 まだまだ脇が甘いキングヘイローであった。

 

「腑に落ちませんわね……?」

「うちもなんなーくキャラが掴めてきたっす」

「――おーい、今戻ったぞー。準備ができているようだから所定の位置について、特訓を始めてくれ」

「あ、はい、分かりましたわ!」

 

 坂戸の声に反射的に答える。

 余計な思考は一度、蓋をしておいて今やるべきことに集中し始めた。

 その後、ツインターボの快速に驚かされたり、3000mを走ってもなお健脚を誇るマヤノトップガンに驚かされたものの、トレーニングを順調にこなしていった。

 

 

 

 ただ気になったのは、とある日の出来事。

 6月末で徐々に晴れの日が多くなっているのを感じる。

 蒸し暑さに、道路の上に陽炎が揺らぐ。キングヘイローにとっては嫌になる季節だ。

 そんなある日、坂戸から声を掛けられる。

 

「時にキングヘイロー」

「はい、なんでしょうか?」

 

 その日も練習をしようと外へ出かけようとした矢先だった。

 坂戸の手にはメモ帳のようなものとペンを持っている。

 マヤノたちと並走練習をした日とは別の日、坂戸が唐突に質問をぶつけてくる。

 

「夏が近づいて最近、暑くなってきておるが大丈夫かの」

「……正直いえばキツイですわね。泣き言を言っても仕方ないと思っていますが、こればっかりはなかなか」

 

 忌々しげに外を見つめる。

 レヴァティの拠点である貸しビルの外には燦々(さんさん)とした太陽の光が降り注いでいた。

 室内は冷房が効いているが、一旦外へ出ればあっという間に汗が湧いてくる。

 ただでさえレヴァティの場所は学園から遠い。

 

 練習前にも夏服が汗を吸い込んでしまうほどだ。

 身体もだるさを訴えかけている。

 持ち前の理性で抑え込んではいるものの、鬱陶しいことに変わりはなかった。

 

「なるほどのう……」

「何かあるんですの?」

「いや、アンケート調査みたいなもんじゃ。他の者にも色々聞き取りしていてな。今後の予定にも関わってくるが、まだどうなるか分からん」

「……予定というと夏合宿とかかしら」

 

 夏は多くのチームが合宿を行うという。

 秋に向けてライバルたちを追い抜くために各自が更なる努力を重ねる季節。

 キングヘイローも密かに心待ちしていたイベントでもあった。

 

「それもある――が、予定は未定というところじゃ。とりあえず質問は以上だから練習に行って良いぞ」

「分かりましたわ。……ちゃんと決まったときには連絡をお願いします」

「もちろん、その時はキチンと伝えておくぞ」

 

 忘れないとは思いつつもしっかり念押しをする。

 夏は目前。レヴァティに所属する各々はしっかりとトレーニングを重ね、準備を怠らない。

 マヤノトップガンとキングヘイローのレースも着実に近づいていた。

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