第1話
グリンゾーン。緑豊かなこのゾーンは、デジタルモンスターと呼ばれる生き物が住むデジタルワールドの一つ。しかしバグラ軍と呼ばれる軍隊が、このゾーンを手に入れるために侵攻しており、存続の危機に瀕していた。
草原を侵攻するバグラ軍。ガスマスクを着けて銃を持つデジモンや戦車のようなデジモン、マンモスや鎧に包まれた犀などの動物のデジモンと様々な種類が整列している。
その光景をグリフォンに似たデジモンに乗った黒髪の少女が、バグラ軍を一望出来る高度から眺めていた。そこから数百のデジモンが確認出来る。
「ミオ、バグラ軍だがどうする? 殲滅戦か? それとも喰い散らかすのか?」
グリフォンに似たデジモンは、自身の背に座る少女へ問いかける。
「静観ね」
「何故だ? 指揮官も兵も大した相手ではないだろう……」
「ここのバグラ軍の指揮官はマッドレオモン。たしかに、マッドレオモンも雑兵も大したことないわ。でも……タクティモンの部下だった筈よ」
「先日の奴か?」
「ええ。マッドレオモンの報告で私達がこのゾーンにいる事がわかったら、出てくる可能性があるわ。決着をつけにね。まだ傷が癒えていない子が多い状況で、タクティモンとの戦闘は避けたいの。それにもう一つの選択肢をするにしろ、戦力が必要になる。だから静観」
「なるほど」
少女ーーミオの答えに不服があるのか、そのデジモンは不機嫌な様子で異議を唱える。しかし彼は、ミオの静観の理由を聞き納得する。
彼女は、このゾーンにやってくる前にバグラ軍幹部の一体である、タクティモンとコードクラウンを巡る戦いを行った。双方ともこの戦いでの損害は軽くなく、戦闘不能に陥るものが続出。戦いは、ミオがバグラ軍の物量とタクティモンに押し切られる形で決着し、コードクラウンはバグラ軍が獲得した。
「向こうも深刻だから、動かない可能性もある。一応、動向には注意しておきましょうか。リロード、エアドラモン」
ミオは、丈の長い白い上着のポケットから紺色のレトロマイクに似た機械を取り出し、デジモンを呼び出した。出てきたデジモンは、蛇の様な身体に赤い羽根が生え、硬質化した頭を持つデジモンである。
「まだ傷が癒えてない所悪いけど、下にいるバグラ軍の動向を監視して頂戴。何かあったら直ぐに知らせて」
エアドラモンはミオの命令に頷くと、彼女に甘えるようにすり寄る。
「いい子ね。さあ、行って」
ミオは、エアドラモンを胸元に抱きしめて頭を撫でる。そして、エアドラモンを離すと顎をくすぐりながら、行くように促す。
エアドラモンは傷付いた力強く飛翔し、侵攻中のバグラ軍の先陣へと向かった。
「グリフォモン、休める場所を探して。バグラ軍に新たな動きがあるまで体勢を整えないと」
「了解した」
ミオの言葉に頷いたグリフォモンは滞空していた身を翻し、彼女が休息できる場所を求めてバグラ軍から離れた。
エアドラモンをバグラ軍の偵察に出してから、半日が経過した。
ミオは休息にちょうどいい森を見つけ、そこで態勢を整えていた。
「ミオ、ミオ」
「エアドラモン、エアドラモン」
「アソブ? アソブ?」
森の少し開けた場所で眠っていたミオは、自分を呼ぶ声とエアドラモンが戻ってきたと知らせる声に目が覚めた。彼女の周りには、クラゲのような一つ目のデジモンが三体、空を見上げながら飛び跳ねている。
近くにいた一体を抱いて立ち上がったミオは、上着からあのレトロマイクの機械を手にする。
「遊ぶかはまだわからないの、ごめんねクラモン」
ミオは、申しわけなさそうに腕に抱いたクラモンを空いた手で撫でる。
「ナデテ ナデテ」
「ナデテ ナデテ」
残りのクラモンが地面を跳ねながら、甘えたそうにミオを見上げながら声を上げる。
その光景にミオは笑みを浮かべ、残りのクラモンを抱き上げて、頬ずりや頭を撫でたりとスキンシップを図る。
「ちょっとミオ! エアドラモンの報告を聞かなくていいの!?」
しばらくスキンシップを取っているとミオが手にしていたレトロマイクの機械から、赤とオレンジの模様のある鋭い爪のあるグローブを両手にはめた白い体躯の猫が出てきた。彼女はイライラとした雰囲気を纏っており、金色のリングを付けた尻尾が左右に揺れている。
テイルモンの言葉にはっとしたミオは、空を見上げる。クラモンと戯れている間に戻ってきたエアドラモンが寂しそうにしていた。彼女は、抱いていたクラモン達を地面に下ろし、エアドラモンに駆け寄る。
「バグラ軍が動いたのね?」
エアドラモンは、ミオの言葉に頷くように鳴く。
その仕草と鳴き声に満足げに頷き、新たなデジモンを呼び出した。そのデジモンは、バグラ軍を眺めていた時に乗っていたグリフォモンである。
「バグラ軍が動いた。エアドラモンの先導で向かうわ」
「了解した。向かう前に、あれをどうにかしないとな」
「あれ?」
グリフォモンの視線を追う様にミオは振り返る。
「……貴女達何やってるの?」
視線の先には、楽しそうに泡を吐きながらはしゃぐクラモンと泡の塊であった。泡の塊からは、ホーリーリングをはめた尻尾が見えている事から、塊の正体はテイルモンだと分かる。
「アワダラケ アワダラケ」
クラモンの行為に我慢限界がきたのか、テイルモンは泡を弾き飛ばすと、クロスローダーの中に帰って行った。からかうようにクラモン達も後を追う様に戻る。
一連の出来事を眺めていたエアドラモンとグリフォモン、ミオの間に何とも言えない沈黙が満ちた。
「取りあえず……行きましょうか。エアドラモン、案内お願い」
いつまでも止まって居られないと判断したミオの指示で動き出すエアドラモンとグリフォモン。エアドラモンはゆっくりとした速度で先行し、グリフォモンはミオが乗りやすい様に身を屈める。
「エアドラモンの後を追って」
グリフォモンは、軽やかに乗ったミオを確認すると、羽を羽ばたいて飛び立ち、エアドラモンを追った。
ミオは案内された先で、どのような事態が起こっているのかを想像して笑みが零れる。この事態がこのデジタルワールドを巡る争いに変化が起こる事を期待して。
●
エアドラモンの案内に従い、微笑みの里近くにやってきたミオは、エアドラモンをくろす眼下で行われている戦いを観察していた。タクティモン配下であるマッドレオモンと部下のオロチモン、その相手をしているのは、マイクを持った小竜型の赤い体躯のデジモンとカブトムシに似たマシーン型の青い体躯のデジモン。そして崖の上には3人の少年少女の姿。
「あの子達は初めて見る顔ね」
「あの様子だと、こちらにやって来て数日といった所だろう」
「ええ。マッドレオモン相手にどう戦うか、見物させてもらおうかしら」
ミオとグリフォモンの視線は、デジモンの戦いでなく、初めて見る少年少女に向けられる。彼らは、ミオが知っている他の人間とは違う「何か」を感じ、興味を持つ。
一方デジモン同士の戦いは、終始マッドレオモンとオロチモンの優勢であった。崖の立ち上がりに追い詰めていた彼らを早々に始末する事に決めたのか、マッドレオモンがオロチモンを吸収した。マッドレオモンは、吸収したオロチモンを巧みに操り、小竜型デジモンとマシーン型デジモンを左右から挟み込みように攻撃する。
その攻撃をマシーン型デジモンが受け止め、小竜型デジモンがスタンドマイクの様な武器を取り出して、マッドレオモンに飛びかかる。
「腕の蛇を押さえているから、攻撃が来ないと判断しての突撃。愚かね」
「ああ。オロチモンを吸収している事を忘れている。オロチモンの頭部が2つな訳が無いだろうに。他の頭部の攻撃で潰されるのがオチだ」
マッドレオモンはミオとグリフォモンが指摘した通り、隠していたオロチモンの残りの頭部で向かってくる小竜型デジモンと先ほどの攻撃を受け止めているマシーン型デジモンを攻撃、2体はその攻撃をまともに喰らい地面に倒れた。そしてトドメとばかりに、マッドレオモンはオロチモンの尻尾を倒れている2体に向けて掲げる。
「あのデジモン達は終わったな。どうする? 少年達を助けるか?」
「グリフォモン、よく見て。まだ彼らは終わってないわ」
グリフォモンは、ミオの言葉に従い眼下を見る。崖の際にゴーグルを付けた少年が立っており、手にはレトロマイクを模した機械を持っていた。
「あれはクロスローダー?」
「……あの子がジェネラル」
ミオがゴーグルの少年に向けて呟く中、彼が『デジクロス』と叫ぶ。と同時に、マッドレオモンはオロチモンの尻尾を倒れている2体のデジモンに振り下ろした。
攻撃の余波で上がった土煙が晴れると、そこにはマシーン型デジモンに小竜型デジモンを収めた様な姿をした1体のデジモンが、オロチモンの尻尾を受け止めていた。そのデジモンが受け止めた尻尾を引くと、マッドレオモンは力負けをし、仰向けに倒される。
「このゾーンから撤退する」
「撤退? コードクラウンを諦めるのか!?」
ミオの撤退宣言に驚愕するグリフォモン。これまで、ゾーンの支配者の証であるコードクラウンを手に入れようと奮闘していたミオが、そのコードクラウンを簡単に諦めたのである。
「コードクラウンなら心配いらないわ。新しいジェネラル達が手に入れる……そんな気がするから」
「予言か?」
「そんな大層なものじゃない、予感かな」
ミオは、グリフォモンの言葉をやんわり否定した時、マッドレオモンの叫び声が聞こえた。目を向けると、マッドレオモンがデジクロスしたデジモンが放ったエネルギー弾により敗北したところだった。
「うまくデジクロスを駆使して、オロチモンを吸収しているマッドレオモンに勝つなんてね。どのように成長するか……これからが楽しみ」
撤退するマッドレオモンを眺めながら、ミオは退けたデジクロス体のデジモンとそれを成したゴーグルの少年をそう評価した。
「グリフォモン、引き上げるわ」
「了解した」
新たなジェネラルの戦いを見終わったミオの命令を受けたグリフォモンは、近くの地面に降り立った。
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彼女らが降り立った場所は、森と草原の境界線であった。この場所は、新たに現れたジェネラルに敗北し、敗走中のマッドレオモン達バグラ軍の側面を襲撃出来る位置である。
「ミオ。撤退するのではなかったのか?」
降り立った場所に気づいたグリフォモンは、先程と違うことを指示した己の主に、説明を求める眼差しを送る。
ミオはグリフォモンの眼差しを気にする事もなく、ポケットから赤紫色のレトロマイク型の機械ーークロスローダーを手にする。
「ええ。撤退するけど、彼らの手助けをしてから撤退することに決めたわ」
「手助けするにも、主戦力は負傷中ーー」
「リロード、クラモンズ」
「おい、まさか……」
ミオは、グリフォモンを無視してクラモンをリロードする。リロードされたクラモンの数は多く、ミオとグリフォモンが立っている位置以外の場所全てにクラモンがおり、まるでクラモンの絨毯と化している。
その光景を見たグリフォモンは、彼女が何をするのか理解し、その行為を止めようと前に出る。
「手助けが終わったら即撤退するから、グリフォモンは戻っておいて」
「お、おい……」
ミオは、クロスローダーをグリフォモンに向ける。すると、グリフォモンの体は光に包まれ、クロスローダーに吸い込まれた。そして、ミオはクロスローダーを掲げて叫ぶ。それは、進化の一つの形。
「クラモン、デジクロス!!」
クラモンの集団は空に集まり、一つの形を形成する。黒に近い紫色の体に長い尻尾、所々に黒い殻が覆っている。六本の長い脚、醜悪な顔。その姿は蜘蛛に似ていた。大きさは巨大であるが。
「アーマゲモン、この森を焼き払いなさい。バグラ軍ごとね」
巨大な蜘蛛の様なデジモンーーアーマゲモンは、ミオの命令を遂行する為、大きな口を開く。開いた口に炎が生まれ、球体を形作る。
「アルティメットフレア、発射」
ミオの号令の元、放たれた火球はバグラ軍が撤退中の森に連続で着弾。大地は捲れ、木々は衝撃により折れて炎により灼かれ、森を蹂躙する。
それはバグラ軍も同じで、着弾点にいたデジモンは瞬く間に身体をデータに変えた。直撃を免れたデジモンは衝撃波により空中に舞い上がり、広がった炎に灼かれたりと、火球の副次効果により、直撃を受けたデジモンと同じ運命を辿った。
「次」
ミオの声に、アーマゲモンは再び火球を作り出す。そして、火球をまだ無事な森林に撃ち込んだ。
アーマゲモンが森林を蹂躙し終わるのは、戦場の跡地のように姿を変えたときであった。
「ご苦労様。戻っていいわよ」
一仕事終えたアーマゲモンに、ミオはアーマゲモンをクロスオープン――デジクロス体を元のデジモンの姿に戻す――させて、クロスローダーへとクラモン達を戻す。そして、空にクロスローダーを掲げた。
クロスローダーに反応したかの様に、空中にすることで黄緑色の壁面を持つ穴が現れた。
「頑張って。新しいジェネラル。あなたなら、このデジタルワールドを救えるわ」
ミオは、そう呟くと穴に足を踏み入れた。
はじめまして、葉月毅です。遅筆ですが、よろしくお願いします。