二人になってしまった僕たちは、相変わらずあてどもなく獣道を進んでいた。
どうすればよいのか判断がつかなかった。
僕たちは今、食料もなく、武器もない。
何もない状態だった。
RPGゲームなら、序盤の何もない状態でもヘルプがあったり、何らかのお助けキャラに出会えたりするだろう。
だが、この異世界はそうはいかないらしい。
無駄に体力を削るのも良いとは思えず、我々はとぼとぼと歩んでいた。
徐々に日が落ちてきた。
時間の経過がよくわからなかった。
日が落ち始めると、まとわりついていた湿度が消えた。
急激に冷え込むような気がして僕はポケットの日の丸を握りしめた。
「あのさぁ」
坂口が口を開いた。
我々は先ほどから、時折雑談をしていた。
「何?」
「俺さ、実はさ、親が議員だったんだわ」
「え、初耳だぞ」
「まぁ、言ってなかったしな。言うことでもないかと思って」
僕はそのことについて考えた。
確かに、言わないほうがいいだろうなと思った。
というのも、就職もせずアルバイトをしてバンドを続けている坂口が、実は政治家の息子だと知って失望したからだ。
何だ、こいつ、親のすねかじりか。
そう思ったからだ。
だが、坂口は違うことを言った。
「なんかさ。自慢たらしいじゃん」
「どうだろうね」
僕は気のない返事をした。
しかし一つ、思い当たることがあった。
「あ。だから村木にあんなに突っかかったのか?」
「ご明察」
坂口が笑った。
「ちょっと長い話だけど、してもいいか?」
「いいよ。どうせ他にするべきこともないし」
「……そうだな」
坂口が苦笑した。
「俺の親父はさ、市議を長くやってたんだ。右だと思う? 左だと思う?」
「さっきの村木との会話で考えると、左か?」
「逆さ。右だ。保守系のドンみたいな立ち位置だった。市政ではね」
「へぇ」
意外だ。
いや、父と子で考えが違うのか?
「それがあるとき、市内の会派内で分裂が起こったんだ。保守内の分裂だ。政策だったり、選挙だったり。いろんなことでかみ合わなくなって、二つに割れたらしい」
「それで?」
「その次の選挙の時だよ。うちの前に街宣車がやってきた。おやじのことを、売国奴だなんだって怒鳴りまくるんだ。びっくりしたよ。その内容は全く根も葉もないことだったからね」
「…………」
「親父はさ、どうしたと思う?」
「わからない」
「いろんなところに電話かけてさ。警察とか、知り合いの議員とか。そんでもって最後には、街宣車のリーダー格に現金を渡したよ」
「え?」
「金だよ、金。そしたらしばらく街宣がやむ。でもしばらくしたらまた始まるんだ。そのたびごとに金をせびられてた」
なかなか返答しづらい話だった。
坂口は続けた。
「そんでさ、その街宣車回していたやつら、誰だったと思う? 敵の左側の陣営じゃないんだ。分裂したとはいえ、もう一個の保守系の会派さ。そいつら、いうなれば仲間の背中を撃ってやがったんだ。マシンガンで。自分たちの選挙がちょっとでも有利に動くようにってさ」
そう言って、乾いた笑い声を立てた。
「それからもいろんな汚いものを見たよ。大体、地方の議員なんて本当の意味で思想を持っていないんだ。名誉職なんだから。票になるために適当に思想の理論武装してるだけなんだよ。右も左もないんだ。俺がよく知ってるのは、親父の会派だけどさ、逆側左側も同じようなもんだろうぜ。ポーズだけの似非人権派だっていっぱいいるはずだ」
彼の言葉には、薄っぺらい諦観があった。
実体験として見てきたものであるはずなのに、そこには何とも言えないあさましげな諦観が漂っていた。
「それじゃぁさ、坂口は」
「うん」
「右も左も嫌いなんだ」
「そういうことだ。俺はノンポリだよ。ノンポリ・アナーキーの売れないロックンローラーだ」
彼は芝居がかって肩をすくめた。
「こういう捻くれた性格だからさ。ついつい村木には突っかかっちまったんだよ」
「村木を、似非思想野郎だと思ったってわけか」
「心の中ではそうでもないとは思っていたんだけどね」
「え?」
少し意外な言葉が出てきた。
「あいつさ、やっていることはまぁ、バカだったが。でも本当の意味で純粋だったのかもなとは思ったよ。いや、今は割と確信してる」
そして一息ついた。
ため息のような呼吸を吐いた。
「俺さ、あいつが会社辞めたってだいぶ前に聞いてたんだ。パワハラに会ってさ、こっぴどい精神状態で辞めたって。実はその頃、一度会ってるんだよ。もう5年以上前だけど。何人か古い友達で喫茶店で会ってさ。あいつ、そん時はガリガリに痩せてて、目がきょろきょろしてて、うつむいてて。統合失調症ってのかな? かなりヤバそうだと思った」
「それじゃ、村木はそれから5年ほどであんなに変わったのか」
「そういうことだろうな。ろくでもない勘違い野郎に変り果ててはいたが。でもまぁ、精神的には以前よりは安定していたんだろうよ。日の丸をよりどころにしてな。それがまぁ、その。イラっと来たんだよ。うまく言えないけど。うらやましかったのかもな」
そこまで言い終えると、坂口は短く言った。
「それにしても、疲れたな」
「あぁ」
僕も簡潔に答えた。
僕たちは、その場に座り込んだ。
一度座り込んでしまうと、もう動く気にはならなかった。
どっと疲れが沁みだしてくる。
するとふいに、まとわりつくような悪臭がまた気になるようになった。
人間の精神というものは不思議だ。
他のことに気がとらわれている間は、このような悪臭ですら一時的に忘れてしまう。
あたりは暗くなる一方だった。
強い風が吹いた。
風に乗って、立ち込める悪臭がさらに強くなった。