「なんなんだ、いったい」
僕がつぶやくと同時に、祭壇の奥から、人が出てきた。
人。
僕は言葉をなくしてしまった。
絶句した。
人だと?
目を凝らす。
確かに、人だ。
隣を見ると、同じように坂口も呆然とした表情をしていた。
考えてみれば、僕たちは矢で狙撃されたのだ。
文明を持つ、人のような存在が存在しているのは何も常軌を逸したことではない。
僕はむしろ、多少の安堵を覚えさえした。
このおかしな世界において、もっと気味の悪いおかしな生物がいたとしても不思議ではなかったのだ。
それと比べると、人という形態は、まだ得体の知れなさが薄い。
だが。
そんな想像はすぐに破られることとなった。
その“人に似た何か“は異様にのっぺりとした顔をしていた。
顔立ちそのものはどこかアジア風なのだが、表情に乏しく、顔があまりにも平坦なのだ。
髪の毛は一様に短く切りそろえていた。
といっても坊主頭というのではなく、むしろ日本でいうところの、坊ちゃん刈りに近かった。
無表情でのっぺりとした顔面と相まって、品がよく幼い雰囲気を醸し出す髪型が、君の悪さを増幅させた。
それは、市松人形の気味の悪さに少し似ていた。
“人に似た何か“は全部で6人いた。
一様に、マントのようなものを身に着け、ほとんど微動だにせずに縛り付けられた猿を囲んでいた。
やがて、そのうちの一人が手を挙げた。
すると、残りの5人がいっせいに、猿を短剣で切りつけた。
猿は苦しげに蠢いた。
だが、さほど騒いだり鳴き声を上げたりはしなかった。
もしかしたら、感覚を麻痺させられる薬でも打たれているのかもしれない。
血が滴り落ちた。
その血に羽虫が群がってきた。
ことさらに傷口に無数の羽虫がたかる。
僕は先ほどの村木を思い出した。
そして唇をかんだ。
滴り落ちる血に対し、6人のうちの3人が、溢さないようにと受け皿のようなものをあてがった。
受け皿に、血が溜まっていく。
やがて、傷口が大きく蠢いた。
僕は思わず目を伏せた。
村木の時と同じだ。
羽虫に卵を植え付けられた猿の傷口からもぞもぞと芋虫が這い出して来る。
なんて気持ち悪い光景だろうか。
そして、なんという成長速度なのだろう。
隣の坂口が息をのんだ。
どうしたんだ、と小声で問いかけると、、彼が目線で猿を指した。
猿の盛り上がり、芋虫がはい出てくる傷口に、“人に似た何か“が舌を這わせていた。
そして、芋虫を唇で吸い上げ、口の中に含む。
プチっとそれを噛み潰す。
その時、強烈な臭気があたりに漂った。
ひどい頭痛がした。
臭気の原因はこれだったのか。
あの芋虫がつぶされた時の匂いなのだ。
吐き気を我慢してみていると、口の中で触感を楽しむようにして、“人に似た何か“が芋虫を飲み込んだ。
猿はぐったりとしてたが、死んではいなかった。
食事を終えると、“人に似た何か“のうちの2人が、猿を抱えてどこかへと連れ去った。
4人が残った。
彼らは、猿の血液が溜まった受け皿にしゃがみ込み、何やら呪文のようなものを唱えた。
畏怖するようにそれを天に掲げ、そして、祭壇の奥に張り付けてある布に向かって、中身の血をぶちまけた。
布に血がべっとりと降り注ぐ。
それは濁った血だった。
鮮血の状態から参加しているからであろうか。
赤というよりは黒ずみ、薄汚い不快感を与える色彩だ。
布は、幾度も幾度も血をかけられているようだ。
折り重なり染められた血の色で独特の風合いを醸していた。
そこまでの行為を終えると、恭しくお辞儀をして。
“人に似た何か“はまた森の奥へと消えていった。
「なんなんだあれは……」
僕がつぶやくと
「わかるわけがないだろう……」
坂口がそう答えた。
僕も答えを望んでいたわけではなかった。
「“奴ら”、あの虫を食ってたぞ」
「あれが食事なのか? 俺はそうは思えない。宗教的儀式なのでは?」
「あんな虫を食うことがか?」
僕は鼻に日の丸のハンカチを当てて答えた。
ひどい臭気に、そうやっていないと気が狂いそうだった。
「ありえんことはないだろう。宗教的儀式なんて、とんでもないものがたくさんある。特に文明が発達していなかったらなおさらだ。そもそも“奴ら“、我々とは全く感性が異なるかもしれないしな」
「感性か」
僕はつぶやいた。
「しかし、動物としての本能というか根本的な部分にあるものが感性だとすれば、心地よい、気持ちいい、おいしいといったものは共通するんじゃないのか?」
「おいおい、ここが同じ世界だと思うなよ」
坂口が苦笑した。
「それより、どうする?」
「なにがだ」
「さっきの猿だよ」
「??」
「食料になる」
坂口がとんでもないことを言い出した。