いつもポッケに日の丸を   作:忍者小僧

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「食うのか、あれを?」

「いや、違う。猿のほうじゃない。羽虫の幼虫だよ」

「え!?」

 

坂口のとんでもない提案に、僕はたじろいだ。

食うだと?

あの芋虫を?

 

「考えてもみろ。俺たちは今、食料も何も持っていない。このままでは飢え死にだ。“奴ら”に殺されなくともな」

 

それは事実だった。

僕は慎重に頷く。

 

「で、だ。武器も何も持たない俺たちが、動物を狩って食えるか? この森で大取物をするのか? それこそ“奴ら“に見つかる」

「そ、それはそうだが……」

「ならば、だ。あの猿をちょいと傷つけてあの異常に成長する芋虫をいただくほうが簡単で安全だ。短時間で済む。さっき見ていただろう? あの猿、騒がなかった。おそらく神経を麻痺させられている」

「だが、芋虫が安全なのか?」

「それはわからん。だが、それを言い出したらこの世界に存在するものすべてが同じだ。少なくとも、“俺たちと似たような風貌の動物”がそれを食べていた。奴らには安全だった」

 

僕は首を振った。

判断がつかなかった。

あの“人に似た何か“は長年芋虫を食して、解毒する器官を体内を得ているのかもしれない。

坂口の考えは安易に過ぎるように感じられる。

だが、同時に、他に答えが見つからないのも事実だった。

 

「さぁ、どうする?」

 

坂口の問いかけに、僕はうなだれて弱々しく答えた。

 

「待ってくれ。時間をくれ。踏ん切りがつかない。もし食べて毒だったら、それで終わりだ。とりあえず、今はまだ空腹というほどではない。もう少し、時間をくれ」

 

坂口が不満げに頷いた。

 

 

いずれにせよ少し様子を見たほうがいい。

そう判断をして、我々は木陰から祭壇を見守った。

おそらく、数時間が過ぎただろうか。

そのあとは誰もやってこなかった。

 

「この場所はおそらく、食事か儀式か知らないが、それ専用の場所だな。だから、必要な時にしか“奴ら”はやってこないんだろう」

 

坂口が確信するように言った。

僕は頷かなかった。

確実にそうであるとは言い切れなかった。

僕は坂口を見た。

彼は、やせた頬に目をぎらつかせていた。

ちょっとした興奮状態に見えた。

オタク気質とはいえ、ロックの衝動に夢中になる男だ。

向こう見ずな部分があるのかもしれない。

僕は坂口を自分よりもうだつの上がらないいじけた男だと思っていたが、予想以上の向こう見ずな行動力がある。

それが蛮勇だとしても、僕にはそれすらないのだ。

僕は……唇をかんで、またポケットに手を突っ込んだ。

指先に例の白いハンカチが触れた。

 

「わかった。一度。一度、近づこう。近づいて状態を確認しよう。本当にそんな風に、芋虫を手に入れることができるのか」

 

僕は意を決して言った。

自尊心が、このような危機的状況であるというのに、ひょっこりと顔を出した。

そんなもの、命の危機の場面においては邪魔であるだけだというのに。

 

「いいね。行こう」

 

坂口が目をぎらつかせたまま言った。

そして、木陰を飛び出し、坂を下る。

小さな坂を下ると、すぐに開けた祭壇のスペースに出た。

もうかなり宵闇が迫っていた。

暗闇がやってくる寸前の、血をぶちまけたような夕暮れの赤。

周囲は赤く染まっている。

そのことも気がかりだった。

 

「もうすぐ暗くなるぞ」

 

僕は問いかけると坂口は

 

「もしそうなら闇に乗じられる。ちょうどいいじゃないか」

 

と言った。

石段にたどり着き、石段を踏み込んで祭壇を覗き込んだ。

猿が縛り付けられていた場所に血の汚れが残っていた。

それを一瞥し、

 

「猿はどこに隠したんだろうな」

 

坂口が言った。

そして、彼はふと、祭壇の奥の例の大きな布に目をやった。

僕を手招きする。

 

「おい、これ見てみろよ」

「なんだ?」

「奴ら、布に血をかけてたわけじゃないみたいだ。あの位置からじゃ見えなかったが、布のすぐ前に、小さな石像がある」

「へぇ」

 

僕もそれを覗き込む、

なるほど、そこには、異形の小人とでもいうべき形容の石像があった。

ブクブクと膨れたその面構えは古代の神か何かの像にも見える。

頭にはヘルメットのようなものをかぶっている。

その意匠に見覚えがあった。

ヘルメット。

こんなところで?

それはまるで、ごく近代的な軍事用ヘルメットのようだ。

そもそも材質が。

これって、鉄じゃないのか。

僕が唖然としていると、坂口が言った。

 

「ヘルメットだな」

 

彼も同じことを考えていたらしい。

 

「どういうことだろう?」

「わからん。“奴ら”が軍事に使用しているものか。それとも、たまたま似た意匠なだけで無関係なただの帽子か。あるいは……」

「あるいは?」

「俺たちのほかにも転生者がいるかだな」

 

僕は息をのんだ。

確かにその可能性はある。

そして、ここにこうやって帽子が捧げられているということは、その転生者はもう……。

 

「そしてその線が濃厚だぜ」

 

坂口が、象の背後の壁に貼られた布を指した。

よく見てみろよ、奥の布。

そう言う彼に促されて布を見つめる。

するとそこには、うっすらと何らかの文字が書かれているようだった。

 

「ん……なんだこれ……漢字?」

 

かなりの達筆で書かれたそれは明らかに漢字だった。

筆で書かれた無数の漢字。

まっすぐに書かれてはいない。

中心部に向って波状系に漢字が並んでいる。

漢字は経年劣化して薄れているうえに、上から動物の血が幾重にもかかっているために分かりずらい。

だが、読むことができる部分もあった。

 

「浪江宗次郎、芝いくゑ、藤沢勘十郎、三喜田義信……これって、名前が書かれているのか?」

「そうみたいだな」

「まさか、この異世界で死んだ奴らの墓碑銘か」

「そうじゃないと思うぜ」

 

坂口が笑った。

 

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