中級悪魔の昇格試験から二日が経ったお昼頃。
僕――――――木場祐斗はグレモリー城のフロアの一角にいた。
グレモリー城は慌ただしくなっていた。
それはそうだろう。なぜなら都市に向かって魔獣たちが行進を始めているからだ。
フロアの一角に取り付けられている大型のモニターからは悠々と都市へと進撃している
魔獣たちの姿が映し出されていた。
各勢力から救援を受けているから現時点で最悪のシナリオだけは避けられているけど
それ以外にも問題は山積みだった。
この騒乱を期に、無理やり悪魔に転生させられたセイグリッドギアの
所有者たちが主に反旗を各地で翻したらしい。
「魔獣どもの迎撃に魔王様方の卷属が派遣されることになった」
突然の声に、後ろを振り向くとそこにいたのはライザー・フェニックスだった。
「兄貴の付き添いでな。レイヴェルの顔も見に来たが……状況が状況だ」
そうか……この人にもイッセー君の死が伝えられたのか。
オーフィスを取り返すために単身乗り込んだイッセー君……でも、
必ず帰るという約束は果たされることはなかった。
ドラゴンゲートで呼び出せたのはイーヴィルピースだけ。
ゲートからは少量のサマエルの毒が感知されたので何らかの形でシャルバに
毒を注入されたと思われる。
いくらイッセーくんでも2回も毒を入れられたら……
「痛み入ります……それで部長には」
僕の質問に暗い表情のまま首を横に振った。
「駄目だ。呼びかけても返事すらしてくれなかった。愛した男が
ああなったんだ。俺達なんかじゃ理解すらできねえよ」
コトッと、フロアの一角にあるテーブルにカップを置く音が聞こえた。
「……お茶です」
小猫ちゃんだった……でも、いつもの彼女じゃない。
小猫ちゃんはフラフラとフロアにある椅子に座った。
「良いかい、レイヴェル。とにかく元気を出すのだよ」
フロアにさらに二人の人物が来た。
レイヴェルさんとフェニックス家の次期当主である、ルヴェル氏。
氏はレイヴェルさんを励ましたあと僕を確認する。
「リアスさんのナイトだね。この状況だ、君にこれを渡しておこう」
そう言い氏はポケットから小瓶に入った液体を僕に渡してきた。
……これはフェニックスの涙か。
「これを渡すついでに妹とリアスさんの様子を見に来たのだよ。
もうすぐ私はそこの愚弟を連れて魔獣迎撃に向かう」
「……愚弟で悪かったな」
氏の言葉にライザーが口をとがらせる。
これを渡してくれたのも僕達が前線に行くことを信じてくれているからだろう。
「赤龍帝君の死でリアスさんとクイーンはひどく落ち込んでいる。
今の状況で冷静なのは君くらいだろう」
……僕も一杯一杯なんだ。
でも、僕が冷静さをなくしたら確実にこのチームは瓦解してしまう。
皆、イッセー君の死でひどく落ち込んでいる。
アーシアさんに至っては今の今までずっと泣きっぱなしだ。
皆、悲しみと闘ってる。
イリナさんとゼノヴィアはまだ、天界にいる。
彼女たちにイッセー君の死が伝えられているかは分からない。
「赤龍帝君にはレイヴェルを卷属にしてもらいたかったのだが」
イッセー君は気づいていないみたいだったけどフェニックス家の意向は大体気づいていた。
「では、私たちはそろそろ行くとしよう。行くぞ、ライザー。
これ以上、成り上がりとバカにされたくはないだろう」
「分かってますよ、兄上。じゃあ、木場祐斗。後は任せた」
ルヴァル氏とライザーはそう言い残してこの場から去っていった。
再びフロアが静寂に支配された……僕はレイヴェルさんと
小猫ちゃんの真ん中に座った。
「ようやく、心から敬愛できる殿方を見つけたのに……こんなのありませんわ!」
そう言いレイヴェルさんは顔を手で覆った。
小猫ちゃんがぼそりとつぶやく。
「私は覚悟してたよ。激戦続きでいくらイッセー先輩でも限界が来るんじゃないかって」
あの死線の連続を見れば以前から覚悟を決めているというのも仕方がない。
僕は一度、彼とどちらかが死んだ後の話をしたことがある。
「割り切りですわよ……私は小猫さんのようには強くありませんわ……っ!」
同級生からの激情を与えられた小猫ちゃんはいつもの冷静な表情を
崩して涙を浮かべながら震え始めた。
「私だって……限界だよ…っ! 先輩の馬鹿! ……大馬鹿です!」
小猫ちゃんは肩を震わせなが涙を流していく。
「木場祐斗君か」
僕も涙腺が崩れそうになり、ソファから立ち上がって歩いていると
第三者の声が聞こえ、後ろを振り向くとそこにはパラキエルさんがいた。
「そうか……朱乃は」
朱乃さんがいる部屋にお連れする間に今の状況を簡単にパラキエルさんに伝えた。
パラキエルさんは沈痛な面持ちをしていた。
「彼の存在がここまで大きなものだったとは」
僕は朱乃さんがいる部屋に入るとそこには明かりもつけずに真っ暗な部屋に
光を失った双眸をした朱乃さんが座っていた。
「朱乃」
「……とう……さま」
パラキエルさんは一歩前に出て娘を抱きしめた。
「話は聞いている」
「……イッセー……どうして!」
朱乃さんはパラキエルさんの胸で泣き始めた。
僕はここにいても邪魔になると感じ、部屋の外へと出ると見知った顔がいた。
「ソーナ会長、匙君」
「我々もセラフォルー・レヴィアタン様からの指令で都市部へ向かいます」
そうか、シトリー卷属にも声がかかったのか。
魔王様がたが政治的立場から動けないのでランキングに入っているランカーたちが
召集されているのだがそれでも人手が足りないらしい。
「部長は」
僕の質問に会長は首を横に振る。
「私が問いかけても無反応でした。胸に彼の駒を抱いたまま
ずっと、彼の名前を呼び続けています」
……親友である会長でも無理だったのか……。
「その代りとっておきを呼んでいます」
会長はそう言うと匙君を連れて去っていった……とっておき?
僕がフロアに戻ると備え付けられているモニターから中継が映っていた。
『僕、怖くない?』
『大丈夫だよ!仮面の戦士があんな奴倒してくれるもん!』
そう言う少年の手には仮面の戦士を模した人形が握られていた。
僕はその映像を見て……口を押さえてこみあげてくるものを押さえていた。
……イッセー君……聞こえてるかい?冥界の子供たちは君を待っているんだ。
だから……早く帰ってきてくれ!
「冥界の子供たちは思っている以上に強い」
「あなたは」
いつの間にか僕の隣に男が立っていた。
「リアスに会いにきた」
サイラオーグ・バアルさんだった。
会長が言っていたとっておきはこの人だったのか。
僕はサイラオーグさんを部長がいる部屋の前に案内した。
「入るぞ」
その一言だけを言って部屋に入るとベッドの上に部長はいた。
ずっと泣いていたのか目元がかなり赤くなっていた。
「リアス」
「………何よ」
部長は不機嫌な声音でサイラオーグさんの方を向いた。
……なんて恐い顔をしているんだ。
「ソーナ・シトリーから連絡を貰ってな。安心しろ、大王側には
まだあの男がどのような状況なのか漏れていない」
大王側の政治家たちにイッセー君の現況を知られるとこの戦乱の後に
どのような手を使って現政権に食ってかかるか分からない。
「……イッセー」
イッセー君への依存度が一番大きかったのは部長だ。
「堕ちたものだな、リアス」
「……なんですって?」
「たかが愛した男が消息不明になったからと言って
ここまで堕ちるか。お前はもっといい女だったはずだがな」
それを聞いた瞬間、部長はベッドから飛びあがってサイラオーグさんに殴りかかった!
しかし、その拳はサイラオーグさんによって阻まれた。
「たかがって何よ! 私にとってあの人は私の命と同じなのよ!
イッセーがいないこの世界なんてもうどうだっていいのよ!」
また涙を浮かべて表情を落とそうとするが―――――
「最強の男が愛した女はこの程度ではなかったはずだ!」
サイラオーグさんが部長に激を飛ばす。
「あの男はいついかなる時もお前の夢に殉ずる覚悟で戦ってきた!
怯えながらも何度も死線をくぐりぬけた! あの男はどんな時でも
止まりはしたが後ろには下がっていない筈だ! 前に進み続けてきた!
その最強の男が愛したお前が後ろに下がってどうする!」
サイラオーグさんが言っている事に部長はかなり驚いている様子だった。
「俺は先に前線へと行く。リアス! 戦場へ来い! 先に行って待っているぞ」